第6話、「こぼれ花情け無用の無頼剣 小田原の巻」。
夜半、狂四郎が船で向こう岸に渡ろうとする。
だが船に火矢が打ち込まれ、船頭までが襲い掛かってくる。
火のついた船から川に飛び込んだ狂四郎の肩に、薩摩の刺客・塚本伝九郎の放った矢が刺さる。
薩摩のくの一のおりんも撃退した狂四郎だが、川辺で力尽き、打ち上げられていた。
そこに通りかかったのは町に提灯を納めて帰る途中の、提灯職人の小夜と従者の伊助だった。
2人は狂四郎を連れ帰り、傷の手当てをする。
その慣れた様子から狂四郎は小夜が単なる職人の娘ではないと思った。
小夜は、叔父が蘭方医だったと言う。
矢は抜いたが、矢尻には毒が塗ってあり、解毒剤を使ってもその夜は高い熱が出るだろうと小夜は言う。
この様子を、庭に潜んだ薩摩くの一のおりんが見ていた。
その頃、狂四郎を探して、金八とお蘭も来ていた。
お蘭は金八に博打でもと誘われるが、狂四郎がどこの宿屋にもいないことから機嫌を損ねていたお蘭は断る。
金八が出た後、部屋には水野忠邦の側用人頭・武部仙十郎が来る。
お蘭は狂四郎が襲われたのではと、気にしていた。
調所も狂四郎の後を追っているし、薩摩は手を変え品を変え、狂四郎を抹殺しようとしているのだから。
武部は「敵も必死じゃからな。しかし心配はあるまい。狂四郎のことだ。追い詰められて危地に陥れば陥るほど、冴えを見せるやつゆえな」と言う。
だがお蘭は「そうは思うのですが…、なぜか胸騒ぎがして」と言う。
武部が小田原に来たのは、島津の隠れ宿があるという噂があるからだ。
お蘭にその所在を探れと、武部は命ずる。
その薩摩の隠れ宿には、調所と蔵人、そして伝九郎がいた。
伝九郎は、「さすがに狂四郎も火矢と毒矢では、逃れようがない」と言うが、調所は「狂四郎を甘く見るな」と言う。
確かに伝九郎は、示現流竜の使い手にして、矢を討てば他に並ぶものもない名手だが…。
その時、薩摩くの一のおりんが戻ってきて、狂四郎は生きていると報告する。
提灯職人の家にいると聞いて伝九郎が向かおうとするが、調所は止め、代わりにおりんを行かせる。
その頃、小夜は狂四郎から取り除いた矢尻が、小夜の兄を殺したものと同じであることを知る。
小夜は狂四郎の回復を待って、これをどこで受けたのか聞いてみることにした。
狂四郎を看病していた小夜が、いきなり狂四郎に手を取られ、押し倒された。
小夜を押し倒したはずの狂四郎が、刀を畳に突き刺す。
次の瞬間、畳から刃が突き出る。
続いて狂四郎が天井に手裏剣を打ち込むと、手裏剣を伝わって血が流れる。
外から手裏剣が飛んでくる。
狂四郎が払い落とすと、畳に正宗を刺して持ち上げて防ぐ。
攻撃が止んだ。
緊張状態にあった狂四郎が、ふらつく。
「ご浪人さま!しっかりしてください!」と、小夜が叫ぶ。
おりんに支えられ、一人の手負いの忍びが必死に夜道を帰っていく。
その夜、小夜は狂四郎を夜通し看病していた。
明け方、小夜は眠ってしまい、体勢が崩れたのをきっかけにハッと目を覚ます。
すると、狂四郎が小夜を見ていた。
狂四郎と目があった小夜に狂四郎は「寝顔が余り美しいゆえ、ながめていた」と言う。
小夜の頬が染まる。
「思わぬ世話になった」。
「いえ…」。
狂四郎が起き上がろうとして小夜が「いけません」と支える。
小夜と狂四郎の手が触れ合う。
動揺した小夜が、傷口が壊疽を起こすといけないと言って、薬を取りに廊下に走り出る。
廊下に出た小夜は、たった今、狂四郎に触れた手にもう片方の手を添え、そっと握る。
その頃、お蘭は髪や姿を変え、遊び人風に装って、あるお屋敷の中間部屋で開かれる博打場に潜入する。
この屋敷だけは藩名がはっきりせず、ここが薩摩の隠れ宿と思われた。
傷が癒えた狂四郎は、自分がいれば迷惑がかかると言って、小夜の家を出て行こうとする。
止める小夜だが、思い切ってどこで誰に矢を射られたのか聞く。
その者が兄の仇。
兄を殺した矢尻と、狂四郎の肩から抜いた矢尻が同じものだった。
小夜の兄は目付けで、三つ月前に毒矢を射られて殺されていた。
その時から小夜は兄の仇を討とうと、この矢を射た相手を探していたのだ。
しかし狂四郎は小夜が討てる相手ではない、仇討ちなどあきらめたほうがいいと言う。
無駄に命を捨てるなと言うが、小夜は命などいらないと言った。
だが狂四郎は敵討ちより、生きて兄の弔いをすることが大切だと言う。
「眠さま!」と叫ぶ小夜に狂四郎は「断る!」と言い残して、去って行く。
その時、伊助が箱根の三枚橋の近くの屋敷で、矢を射る音が聞こえるという噂を聞いて帰ってきた。
宿場町に帰ってきた狂四郎に武部が、ここに薩摩の隠れ宿があること、それを探っていた目付けが殺されたことを話した。
薩摩が抱き込んだ藩は財政危機に陥っており、密貿易という餌を与え、その足場として隠れ宿を作ったらしい。
さらにはそれを足がかりにして、いろんな大名を取り込もうとしているらしい。
この陰謀を砕くためには、ぜひとも隠れ宿を押さえておきたい。
だが狂四郎は相変わらず、誰にも組しないと断る。
お蘭が武部のところに戻り、武部はお蘭にその博打場に潜入して調べよと命じる。
博打場に入ったお蘭は、屋敷内部を探っていたが、伝九郎に見つかってしまう。
お蘭と立ち会った伝九郎は、お蘭の小太刀が富田流と見抜いた。
只者ではない…、殺気が漂った時、曲者だという声が屋敷に響く。
伊助と小夜が屋敷に忍び込んでいたところを、見つかったのだ。
2人は逃げるが、たちまち囲まれる。
小夜が傷を負い、絶体絶命の時に狂四郎が駆けつける。
「狂四郎!」
薩摩の刺客たちが叫ぶ。
狂四郎は小夜たちに、逃げるように言う。
円月殺法の構え。
伝九郎がそれを注視するが、藩士たちはたちまち数名が斬られた。
不利と見た藩士たちが、ひいていく。
「円月殺法…、必ず!」と伝九郎は、打倒狂四郎を誓う。
それを聞いた調所は、「不死身な男よの」と言う。
調所にとって、今は怖ろしいのは眠狂四郎だ。
伝九郎は円月殺法を破る方法を、胸の中で考えていた。
家に戻った小夜は、伊助に傷を手当てしてもらっている。
先ほど、屋敷の裏に矢場があることを突き止めてきたと伊助が話しかけても、小夜は思案に沈んでいて、答えない。
ハッと我に返った小夜は、伊助の言葉からあの屋敷に兄の仇がいることを確信した。
しかし、伊助の言うとおり、相手はかなりの手練れの上、大人数だ。
命はないものと覚悟しなければならない。
小夜の脳裏には、傷の手当てをした狂四郎の姿がよみがえっていた。
「お嬢様、お嬢様は眠さまを…」。
「伊助。お願い。一人にしておいて」。
伊助はつらそうに、その場を離れる。
小夜は伊助がいなくなると、泣いた。
その時、狂四郎が庭に現れ、「命を粗末にするものではない」と言う。
小夜は「お願いがあります。どうか、この小夜に一夜のお情けを」と言った。
「そなた、死ぬ気か」。
小夜は、うなづく。
「死に急ぐものに情けをかけるほど、酔狂ではない」。
狂四郎はそれだけ言って、背を向けて去っていく。
小夜は一人、泣き崩れる。
ススキの野を行く、狂四郎。
その前にお蘭が現れる。
「生きて帰れるかもわからないのに、やっぱり行くんですか、だんな。小夜って言う…、娘さんのためですね?」
狂四郎はそれには答えず「俺にまとわりつくと、ろくなことはない。そのためにすでに何人もの女が命を落としている」と言った。
「覚悟の上…、って言ったら?」
狂四郎は黙って歩いていく。
おりんが風呂に入っている時、狂四郎の声がする。
振り向いた調所が、「眠狂四郎」とつぶやく。
2人は茶室で、向きあう。
「今宵は調所どのの命を頂戴しに来たわけではない。お手前の配下の中に、『吉』と彫った矢尻を使う男に会いたい」。
「会ってどうなる所存か」。
「斬る」。
「ほう、塚本伝九郎どのを、のう」。
狂四郎は、三つ月前、殺された目付けの妹のため、その男を斬ってやろうと言う。
「眠どのは、その娘後に惚れたと」。
「私にとっては、行きずりの他人でしかない」。
「妙な御仁じゃのう。行きずりのおなごのために、それもさして意味もない、報復のために。手練れぞろいのこの屋敷に乗り込むとはのう」。
「意味のあるなし。人の重き軽きはその人の心の中にあるもの。他人の論ずるところではあるまい」。
「ふふふふ。なるほど。、それも一理じゃ。しかし眠どの。お手前が伝九郎を討ったとしても、はたして無事にこの屋敷から出られるれるかどうか、考えられたかの」。
「生と死は背中合わせ。その背中合わせに生きてきた私。いずれに転ぼうとご懸念無用」。
「なるほど。おぬしらしいのう。伝九郎を渡すのを断ると申したら、どうなさる」。
「この隠れ宿、公儀義に潰されても良いいと申されるなら、それも良かろう」。
「はははは、眠どの、それでわしの首の根を抑えたつもりかの」。
茶室の周りを、藩士が囲んでいる。
狂四郎が、正宗を手に取る。
天井に刺す。
黒装束のおりんが、胸を押さえて落ちてくる。
狂四郎は、茶室に入ってきた数人を斬る。
「小細工は無用。塚本伝九郎とか言う男を渡してもらおう」。
ススキの野で、狂四郎と伝九郎は向き合う。
調所と蔵人、数人の藩士がそばで見ている。
2人は刀を交える。
伝九郎が飛びのき、左手に小刀を構える。
円月殺法を破るため、伝九郎は二刀流を考えたのだ。
狂四郎が、刃を地面に向ける。
切っ先が弧を描いていく。
円月殺法。
伝九郎が、斬り込んで来る。
狂四郎が、刀を横に払う。
伝九郎が左の小刀でそれを受け止め、刀を払って斬り付ける。
狂四郎が刃を交わして、飛ぶ。
2人が斬り結んだ。
調所たちが、息を呑んで見守る。
伝七郎が刀を振り上げる。
だが、そのまま倒れる。
額が割られていた。
調所が息を呑む。
数人の藩士が、刀を抜いて向かう。
「待て!手出ししをするな!」
調所が止める。
狂四郎が去っていく。
影で見ていたお蘭が「眠狂四郎」とつぶやく。
「憎い男だねえ」。
翌朝、金八が小夜に狂四郎が仇を討ったことを伝えに来る。
小夜が祈るように言葉を口にする。
「今、眠さまはいずれに?」
「さあ。あの人ね、群れから外れた雁だから、わかんねえんですよ」。
それだけ言うと、金八は出て行く。
朝焼けの中、狂四郎は一人歩いていた。
薩摩が抱き込んだ十三の藩は、いずれも財政が困窮していることが判明。
余計なところでは、くの一おりんは、調所の愛人も兼ねているようだった。
今回、狂四郎にパラリと着物を斬られて、肌があらわにならなかっただけ良かったのか。
狂四郎は小夜を押し倒したかに見えて、敵を撃退。
敏捷で的確なその動き。
敵には決して弱いところを見せないが、撃退した後、ふらっとよろけてしてしまう。
こんな男のこんな弱みを見たら、気分は特別になる。
その後、「寝顔が余り美しいゆえ、ながめていた」とか平気で言えちゃう。
加えて、手が触れてしまう。
廊下に出た小夜はその手を、そっと片方の手で触れてみる。
小夜が狂四郎に惚れちゃったとわかる描写。
女心をくすぐっておいた狂四郎ですが、しかし仇討ちは「断る!」
あの献身的な看病の後に、あの言葉の後に、きっぱり「断る!」
なかなかできないことです。
怖ろしい男だ。
普通だと「悪いかな~」と思っちゃうんですけど、断ることに慣れている人ってすごい。
でも、本当は小夜を死なせたくない。
幸せに生きてほしいからなんですね。
だけど、小夜にはわからない。
さらに死を覚悟した小夜は、狂四郎に一夜の情けを願う。
しかしこれまた、「断る」。
一夜の情けも断られて、泣く小夜。
小夜の気持ちがわかる伊助も、つらそう。
私は伊助が斬られるかと思って、ヒヤヒヤしました。
だけど断ったその足で、狂四郎は仇を討ちに行ってくれる。
小夜のことは「私にとっては、行きずりの他人でしかない」。
なのに、命は張ってくれる。
だから調所も「妙な御仁じゃのう」と言う。
「意味のあるなし。人の重き軽きはその人の心の中にあるもの。他人の論ずるところではあるまい」。
「生と死は背中合わせ。その背中合わせに生きてきた私。いずれに転ぼうとご懸念無用」。
狂四郎を動かすのは難しいが、身を捨てるまでの覚悟を見た場合や、弱い者には損得なしで命を張ってくれている。
彼の基準は自分の中だけにあり、自分が納得すればそれでいい。
こんな狂四郎に、お蘭も思わずつぶやく、「憎い男…」。
「眠、狂四郎」という口調が、狂四郎と言う男を再確認しているように響く。
片岡さんの狂四郎は、どういう男か。
それが語られているような回。
小夜は、佐藤万理さん。
可憐な女優さんです。
「必殺商売人」での、おいらん姿が哀しく、美しかった女優さん。
塚本伝九郎は、八名信夫さん。
円月殺法を見て、これを破る方法を模索。
結論が二刀流。
一太刀目は交わしたんですが、やっぱりみんな、円月殺法は次が交わせない。
八名さんは若い頃で、迫力一杯。
狂四郎との対決を見て、殺陣がうまいんだなあと思いました。
力強く、かっこいい。
狂四郎と調所、何もお茶室でお茶しながら物騒な話しなくてもと思いました。
しかし穏やかな言葉だけど、敵意が潜んでいるやりとりは緊迫。
伝九郎同様、蔵人は何度も円月殺法を見ているが、これを破る秘策は生まれたのか。
秘策がありそうには、見えないけど。
仇を討ったことを金八が伝えに来る。
小夜の恋心が最大限に膨らんだところで、狂四郎は姿を消してしまった。
あれじゃ、小夜さん、他に好きな人ができない。
うむ、狂四郎はいろんな意味で罪作りな男だ。
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狂四郎と調所が茶室で懇談するくだりですが、茶室自体にそういう機能と目的が
あった、という理由もありますが、調所の出自とも関係しています
(調所は元々は島津重豪の茶坊主です。笑悦と言う名でした)。
眠狂四郎はフィクションですが、調所笑左衛門という人物が薩摩にその時期居た事は
事実で、幕末の薩摩の資金の大元をなしたのは彼で、その彼の最期と調所家のその後を
知ると、幕末の薩摩の人間に微妙な感想を抱くようになったりします。
>別スレ6124さん
>狂四郎と調所が茶室で懇談するくだりですが、茶室自体にそういう機能と目的が
>あった、という理由もありますが、調所の出自とも関係しています
>(調所は元々は島津重豪の茶坊主です。笑悦と言う名でした)。
なるほど。
>眠狂四郎はフィクションですが、調所笑左衛門という人物が薩摩にその時期居た事は
>事実で、幕末の薩摩の資金の大元をなしたのは彼で、その彼の最期と調所家のその後を
>知ると、幕末の薩摩の人間に微妙な感想を抱くようになったりします。
大変興味深いお話、ありがとうございました。
調所役の安部徹さんには、最終回にバッチリ出演していただきたかったです。
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