こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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西暦2000年に本物の二十歳になるんだから 「夏の夜の獏」

昔、子供が大人の恰好をしてギャングの世界を描いた「ダウンタウン物語」という映画がありました。
その中で、まだ子供のジュディ・フォスターの貫禄とセクシーさが、話題を呼びました。
大人の世界で過ごす時間が多い子役は、大人に移行する過程でかなり苦労するらしいです。
ジュディはその頭の良さもあって、大人から子供に移行するのに成功しました。

子供でいることを期待されながら、大人の中で過ごす。
大人の分別を期待される。
同世代の中で過ごす時間より長いと、子供の世界でどうしたらいいかわからない。
難しいんだろうな。

さて、この主人公は8歳の走次くん。
走次くんから見た世界を実写化するとしたら、「ダウンタウン物語」みたいになるのでしょうか。
早熟な子供から見た世界は、どんな感じなんだろう。

ほとんどの人が、年齢にふさわしくない精神年齢であると走次くんは思う。
精神年齢がそのまま、姿になれば世の中のほとんどは子供。
彼だけは大人。

彼からすれば、精神年齢と実年齢のバランスが取れているのは小箱さんだけ。
でもそれは、彼が小箱さんを好きだからなんでしょうね。
その小箱さんが帰れば、彼はおじいちゃんと2人だけで留守番。
だけどおじいちゃんはもう、彼とまともな会話にはならない。

おじいちゃんが眠ってしまえば、彼は静かな家に一人。
夕方の一人は寂しい。
それが子供なら、なおさら。

タイトル通り「夏の夜の獏」だからまだ、秋冬より日暮れは遅い。
それでもやっぱり、日暮れ時は寂しい。
この静けさが、僕を大人にしたのだと彼は分析する。

猫が老成する、悟りを開くのは早いと描写される。
それは猫が一人上手だからなんでしょう。
実際、猫は人の何倍もの速さで人生を駆けていく。

大人からすれば、彼は鼻持ちならない子供。
子供からすれば、彼は癇に障る奴。
彼は居場所がない。

その居場所のなさは、実は彼の家庭から来ていたということがわかってくる。
大人なんじゃない。
彼は大人の事情の中で、必死なんです。
子供なりに、懸命に適応しようとしているだけでした。

それが走次が失恋した瞬間に、破れる。
子供と思い込んでいたお兄ちゃんが、年相応の姿に戻る。
将来性がある愚か者と言われていたお兄ちゃんは大人。
彼はまだ、ただの小学生だった。

大人に庇護されながらでないと、生きていけない子供。
家族が揃っていてほしい子供。
でもその家族はもう、バラバラ。

父と母は離婚寸前。
その現実が、つらかった。
懸命に走次は、二十歳の分別で離婚阻止作戦をとっていた。

でもそんなものは、何もならなかった。
もう、最初から決まっていたことだった。
大人はそう、決めていた。

「山羊の羊の駱駝の」の雪子みたいに、走次も泣かなかった。
雪子も、走次も子供らしくいられなかった子供。
それが最後、泣くことで、感情を解放させる。

おじいちゃんがまだ元気だった頃、お母さんとお兄ちゃんと4人でハイキングに行った記憶。
この時から、お父さんは外れていたのだろうか。
でも走次は、お父さんにおみやげを持って行った。

この記憶と、最後のいつのまにか向かっていた、元の家の描写はきつい。
とても切ない。
ハイキングの時のように、一緒にいた頃の家族が蘇って来る。

子供が成長して、独立すれば、だいたいは夫婦2人になる。
そして、どちらかがいなくなれば、1人になる。
人間の人生の終わりもまた、野生動物と同じ。
切ないものです。

でもこの子にはまだ、そんなことはわからない。
わからなくていい。
ただ、家族は一緒にいるものだ。

この子はただ、自分を守っていただけだった。
大人にならなきゃいけなかっただけだった。
最後に家から走って行きながら、走次は泣く。

いいんだ。
12年後の西暦2000年に、僕は本物の二十歳になるんだから。
途端に、走次は子供に戻る。
この描写の見事さ。

僕は大通りを消防車のサイレンのように泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた。
大島弓子の感性は、素晴らしい。
今、走次くんは37歳?
彼が夢に見ていた近未来は、今、どうなのでしょうか。


大島弓子さんがこの作品について、次のように語っていました。
これは魔法で、主人公は周りに子供になる魔法をかけていた。
そしてちょっと、バカにしていた。

でも最後、兄と主人公が好きだった女性が愛をはぐくんで、その愛が魔法を溶かしてしまった。
そう考えると、ちょっと違った作品になりませんか、と。
やっぱり、大島弓子作品は深い。


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僕は泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた 「夏の夜の獏」

大島弓子さんの「夏の夜の獏」。


人は誕生日から自動的に年を取る実年齢と、その人の精神が指し示す精神年齢とがある。
僕は8歳だが、この間精神年齢のみ以上発達を遂げて成人してしまった。
僕から見れば80歳の老人でも精神力がなければ、1歳の幼児になる。
この話は僕の目から見た精神年齢の世界である。

憂えるなかれ。
僕の周りはほとんどが子供なのである。
僕はまるでガリバーのようだ。

「夏の夜の獏。
主人公、羽山走次くんは8歳の子供。
しかし精神年齢は成人。

彼は子供のクラスの中、1人大人がいる状態なのでした。
「羽山君、お掃除終わったら先生のところに来るように」。
そう言った女教師までが、子供の姿。

教師は「羽山君、先生はね、作文を書いていらっしゃいって言ったの」と言った。
「何かの本を写してきたのはダメよ」。
「そういうの、盗作って言うのよ」。
「ああ、盗作ってわかんないか、あのね」。

走次は言った。
「盗作ではありません。換骨奪胎でもありません」。
「お疑いになるんでしたら世界中の書物を調べてくだされば、わかります」。

教師は思った。
あの、くそなまいきな 許しがたい。
…という具合に、教師からは嫌われている。

教室に戻れば、トイレのモップが机の上に放置されている。
「…しょうのない子供たちだ」。
あきれた走次はそれを、トイレに戻しに行く。

これを子供たちは鋭く、本能で嫌う。
彼らは僕の態度が、すごく勘にさわっている。
しょうがないだろう、君たちとは年齢が違うんだから。

追いかけて来る子供たち。
逃げよう、いじめには付き合いたくない。
僕の家族はサラリーマンの父と、サラリーマンの母と。
先月家出した19歳の兄貴と、母方のぼけて寝たきりのおじいちゃんと。

おじいちゃんのケアのため、毎日家に来る青井小箱さんで成り立っている。
僕が家に帰ると、いつも小箱さんが迎えてくれる。
「おかえりなさい」。

「よお」。
小学生姿の兄がいる。
「お兄ちゃん?!帰ってたの!」
「表にオートバイがなかったけど」。

「売っちまったい。当面の生活費の足しによ」。
売った?!
あんなに好きだったのに。

走次は兄を抱きしめる。
「そりゃどんなにつらかったろう」。
「やめろよ、何すんだよ」。
お兄ちゃんは愛情に慣れてない。

小箱さんに、おじいちゃんがしがみついた。
そのしがみつき方に、異変を感じたお兄ちゃんはおじいちゃんを突き飛ばした。
「おじいちゃんはあたしにしがみついただけよ」。

「ああ、そうかい。それじゃあ、せっせと励んでじいさんの後妻にでもなったらどうだい」。
お兄ちゃんはそう言った。
小箱さんは、お兄ちゃんをひっぱたいた。

これはどう見たって、加害者であるお兄ちゃんの方が痛みが大きい。
お兄ちゃんは小箱さんをかばったのに。
「もう行くの?」
「帰るんだよ」。

お兄ちゃんが、帰り支度している。
玄関で、靴を履いている。
お兄ちゃんの後姿は、いつも寂しい。
いつも誰かをかばって傷つくんだ。

大げさが好きなおじいちゃんは、寝たふりしているとほんとに寝てしまう。
小箱さんは実年齢も精神年齢も同時にすこやかに発育した二十歳で、僕は学校から帰ってこうして小箱さんと過ごす時間が一番好きだ。
夜は夜学生となるので、7時には帰ってしまう。

「お父さんかお母さんがおかえりになるまでは、戸締りはしっかりしておくのよ。じゃあ、またね」。
そう言って、小箱さんは帰って行く。
今日は金曜日だから、小箱さんは来週の月曜日まで来ない。

しーん、とした家の中。
『この静けさが僕を大人にしたのだ』。
おじいちゃんが起きて来て、冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫の光が、美しい…と言う。
さっき、小箱さんにご飯、食べさせてもらったのに。
「腹が減っては戦ができぬ」。
「何の戦があるの」。

僕はおじいちゃんの妄想を聞くのが、好きだ。
おじいちゃんはこの家を海にしたり、戦場にしたり、見たこともない人を招いたり、花畑にする。
たいていはつじつまの合わないものなんだけど、時々このようにまともになることがある。
「それはお前、日本のことわざじゃ。腹すいては何にもできぬ、ということじゃ」。

ピンポーン。
あ、帰って来た。
お父さんかな、お母さんかな。

お父さんだ、おかえりー。
スーツ姿に子供の父親が、立っている。
お父さんは夕食は外で食べて、少しお酒を飲んで帰って来る。
それからお風呂に入って、またお酒を飲んで寝てしまう。

「お父さん、今日お兄ちゃんが帰って来た」。
お父さんは、今の言葉を無視した。
お父さんは、お兄ちゃんに深く傷ついているのだった。

それはお兄ちゃんは「ブタは豚小屋行ってブーブー言え」と言ったからだ。
「親に向かって、豚とはなんだ!」
「勘当だ」。
「あ、出てってやる」。

…と言って、お兄ちゃんは家出したのである。
「ただいま」。
やはりスーツ姿に、子供の姿の母親。

お母さんも、お兄ちゃんには傷ついたのだ。
家出を止めるとお兄ちゃんは、「あんたも同じ穴のむじなだろう」と言ったのだ。
「むじな。同じ穴のむじな、軽蔑している夫と同じ」。

しかし僕は思う。
相手をなじる時、動物を出すのは人間の恥だと。
走次は豚もむじなも好きだよと言ったが、父親も母親も傷ついただけだった。

お母さんは教師に、走次くんに作文を書き直させてくださいと言われたらしい。
だから目の前で、作文を書けと言う。
「えー」。

「忙しいんだから手こずらせないでよ。みんなに合わせることも大切よ」。
「あたしが明日学校へ届けるって、約束しちゃったんだから」。
お母さんは僕の言い分を聞こうとしないが、これは変だ。

お母さんは教師を信用したなら、なぜ僕を叱らないのだろう。
教師を信用しないとしたらなぜその通り、させようとするのだろう。
「あんたが書くまでお母さん、ご飯も食べない」。
「何を描こうか考えてたんだ」。

「そお。じゃあお母さんご飯食べる。お腹すいてたのよ」。
なんなんだ。
なんなんだ。
なんなんだ。

バタン。
お父さんがお風呂から出る音。
バタン。
お父さんが部屋に入る音。

お父さんとお母さんは、言葉を交わさない。
走次は、作文を書いた。
輪廻転生についてだった。

みんなから嫌われているゴキブリやハエや蚊は死んだら、オゾン層に生まれ変わると思う。
フロンガスに弱い彼ら。
僕らは、彼らを二度殺してしまう。
だけどゴキブリはどんどん増えて、どんどん死んで、そして地球を守っている。

教師は作文を返しながら、皆さんの中に本を写す人がいますがそれは止めましょうと言った。
クラスの子たちは、羽山のことだと言い始めた。
空気が、まずくなってくる。

走次の靴が隠されていた。
上履きで外に出ると、土が詰まった靴があった。
近寄ったら、上から水をかけられた。

帰ると小箱さんが「どうしたの」と聞く。
水かけ遊びと、三段跳びを一度にやったので、と走次は答える。
小箱さんは、いじめを想定しない。

そういうところすごく好きだ。
すごく助かる。
すごく楽だ。

おにいちゃんがまた来ていた。
走次がシャワーを浴びて出て来ると、小箱さんが乾かしながら走次の作文を読んでしまったと言った。
小箱さんも毛嫌いした?
盗作だと思った?

だが小箱さんは言った。
「走次くん、素敵じゃない!」
「大きくなったら何になるの。文章家になってよ」。
「そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?!」

「え」。
走次は真っ赤になった。
「そうします」。

「おいっ」と、おじいちゃんが怒った。
「はい」と、走次が笑顔で返事した。
「お前じゃないわい!」

小箱さんにおじいちゃんは「お前だっつうの、聞こえんのか」と言った。
おじいちゃんは小箱さんが、自分以外の人を誉めると怒ってしまう。
「はいはい」と小箱さんが返事する。

「背中が痒い」。
おじいちゃんは小箱さんを独占しておきたいのだ。

素敵じゃない!
大きくなったら何になるの。
文章家になってよ。
そしてもっともっと楽しみをあたしたちに分けてくれない?

僕は一晩中、この言葉の再生をやっていた。
明け方には意味が擦り切れてしまったが、幸福感だけはたっぷりと後に残った。
おじいちゃんがこんなにボケていない頃、僕はお母さんとお兄ちゃんとおじいちゃんと4人でハイキングに行ったことがある。

7月の木漏れ日の中で、僕らはお弁当を食べた。
日曜日だったのに、お父さんは来なかった。
僕は林の中でセミの抜け殻を見つけて、お父さんのおみやげにした。

「ありがとう」。
走次からセミの抜け殻を受け取ったお父さんが、そう言った。
お父さんがありがとうという言葉を使ったのは、後にも先にもその時だけだと思う。

土曜日の朝、お父さんは突然、走次にデパートの昆虫展に行こうと言った。
「土日はいつもゴルフじゃないの」。
「今日は昆虫展、明日はゴルフ。行くのか行かないのか」。
「行くっ!」

精神年齢の成人でも、昆虫は大好きだ。
走次がカブトムシを見ていると、お父さんが呼んだ。
すると、ロングヘアのニコニコした女性、いや、子供がいた。

「お父さんの会社のOLの平野さん。偶然出会ったんだ。お茶でも一緒に飲まないか」。
「走次くんのこと、時々伺ってます。心の優しい良い子なんですってね」。
「あたし、子供だーいすき」。

「僕はビール。君もビールで良いか。走次はパフェで良いか」。
お父さんが僕なんて一人称使ったの、初めて聞いた
「あなたのお父さん、お家ではワンマンなんですって。でもね、本当はすっごいあまえんぼさん。すっごくかわいいの」。
知ってます、可愛いかどうかは別ですが。

走次は帰り道、父親に聞いた。
「お父さん、あの人のことお母さんに話していいの?」
にやり。
「言論は自由だろ」。

お父さんは意地悪く笑った。
お父さんはパチンコに寄って行くと言って、走次は一人で帰った。
土日は小箱さんが休み。

お母さんにお父さんは駅前のパチンコ屋に行ったよと言った。
するとお母さんは「どうせそのパチンコを素通りしてまた電車に乗ったでしょうよ」と答えた。
どういう駆け引きを、この人たちはしてるんだ。

お父さんは夜中に帰ってきて、翌日はゴルフに行った。
ゴルフ場を素通りするのかもしれないが。
今度はお母さんがお昼を食べたら、恐竜展に行こうと言った。

「行くっ行くっ行くっ」。
僕は恐竜を愛してる。
おじいちゃんは小箱さんがいないが、大丈夫だろうと言うことになった。

でも考えてみれば、お母さんは恐竜の卵にロマンは感じる人ではなかった。
「走次」と母親が呼ぶ。
「偶然そこで出会ったの。お母さんの会社の上司の五味さん」。

そこにはおじいさんみたいな人が、立っていた。
「こんにちは、走次くん」。
偶然って、二度目になると野暮だよね。

その人は家で、ブロントザウルスを作っていると言った。
走次はビックリしたが、それは模型の話だった。
3階までの、吹き抜けのリビングに置くつもりなんだと言う。
「ブロンディは形として完璧だ。猫のように美しい」。

お母さんはウットリしながら、話を聞いていた。
わかった。
これは離婚の前兆だ。

お父さんとお母さんは、そのきっかけを作ろうとしている。
そしてそのきっかけをもとに、大ゲンカして別れるつもりだ。
別れた後、それぞれの相手が家に来いと僕を招待しているのだ。

そうだ。
どちらにも招待されなかった人が、2人いる。
お兄ちゃんとおじいちゃんだ。

僕は一生、口をつぐむ。
パフェ女のことも恐竜男のことも。
僕が黙っていれば、最悪の夫婦の決裂の事態は免れるかもしれない。

しかし帰宅すると、おじいちゃんがいなかった。
走次とお母さんは、おじいちゃんを探し回った。
ふとんが冷たいので、ずいぶん前にいなくなったのだ。

坂から転げ落ちたら。
車道に出たら車にひかれる。
おじいちゃんは、公園の池のそばで泣いていた。

お母さんを呼んでくると、おじいちゃんはそこで眠ってしまっていた。
おじいちゃんを家に連れて帰ると、お父さんが帰って来た。
「病人をほっといて出かけるからだろ」。

お父さんはそれだけ言った。
それを言われると一言もないけど、お父さんだってゴルフに行っただろう。
そんなこと言ってるまに、ちょっと手を貸してよ、おじいちゃん重いんだから。

お父さんは、手を貸そうとしなかった。
お母さんは、一言も口をきかなかった。
おじいちゃんが起きた。

「妾のところに行く」。
お母さんは、目を丸くした。
中学の教師をしていたおじいちゃんは、まじめな人だった。
妾なんか、いるわけがない。

「すまん、わしにはいるのじゃ。小箱じゃ」。
「小箱は、かわいい」とおじいちゃんは言った。
おじいちゃんの妄想話は好きだけど、それだけは嫌だっ!

お母さんは良くやってくれてるから、何かあると思ったと言い始めた。
お父さんは小箱と言う名前が芸子のようだから、昔売れっ子だった芸子がいるんだろうと言った。
おじいちゃんは願望と、妄想が一緒になっているんだと。

本当か嘘か聞くと言うお母さんに、お父さんは、今更相続を分散させたいのかと反対した。
じいさんが何を言っても証拠がないんだと。
でも母親は心情的に嫌だ、辞めさせたいと言い始めた。

「僕は嫌だよ」。
「おじいちゃんの夢物語で小箱さんをやめさせたりしたら、僕は家出する!」
「家出して自殺する!」
「彼女がいなくなったら僕は自殺する」。

「嘘でないよ!」
お父さんもお母さんも、ビックリしていた。
わかったとお父さんは言った。

翌日、小箱さんは熱を出して休んだ。
走次は、お見舞いに行った。
一本だけ買えたので、バラの花を持って行った。

学校は記念日で休みと言った。
ずる休みだが、そのことは内緒にした。
「ありがとう」。

そう言って小箱さんは、涙をこぼした。
走次は驚いて、うろたえた。
小箱さんのために走次はタオルを冷やしたり水枕を作ったり、した。

午後2時ごろ、ドタドタという足音が響いた。
どこの人だろう、もう少し静かに階段を上がってくればいいのにと思った。
お兄ちゃんだった。
「走太郎さん」と、小箱さんは言った。

お兄ちゃんは手ぶらだった。
バラを持ってきた走次は、ちょっと優越感に浸った。
「なんだ、お前いたのか」。

お兄ちゃんは走次がずる休みをしたことを、小箱さんの前で言わなかった。
お兄ちゃんは案外、未来性のある愚か者かもしれない。
走次が目を覚ますと、小箱さんのベッドで小箱さんの隣にいた。
お兄ちゃんが置いて来たのだ。

「この色男、目が覚めたら家に帰れ。俺はバイトに行く」。
お兄ちゃんのメモには、そう書いてあった。
走次は真っ赤になったが、小箱さんの寝顔を見てうれしくなった。

スキップして家に帰ったら、母親が「どこ行ってたの!」と怒鳴った。
走次は将来、このことを書こうと思った。
これで芥川賞を取ろう。
そして、「小箱さんに捧ぐ」としようと思った。

小箱さんはまた、家に来るようになった。
走次は学校で階段から落とされたりしたが、小箱さんが待っていると思うと平気だった。
「たっだいまー!」
しかし帰ると、小箱さんが慌てていた。

おじいちゃんの呼吸が少なくなって、医者が来ていた。
お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも、連絡が行った。
すると、おじいちゃんが目を覚ました。

「今、金色の大きな輪の中にいた」と、おじいちゃんは言う。
「そら、いつか、お前の作文のオゾン層とか言う、あれのことじゃよ」。
「そこのみんながわしに来いと言うので、わしも悪い気がしなくて、ちょっと家のものに、いとまごいをしてくると言って、降りて来たんだ」。
「それじゃ皆のもの、長い間ありがとう。さようなら」。

おじいちゃんはそう言うと、目を閉じた。
もう、目を開けなかった。
ご臨終ですと、医者は言った。

ええーっ!
おじいちゃんはもう何もしゃべらないし、もう何もほしがらない。
「羽山家」という、お葬式の案内が貼られている。

うちのポスターはできちゃうし。
着飾ったお坊さんは来るし。
人は次々に集まるし。

「掛け軸があるはずよ」。
「ロレックスの時計ね」。
「古伊万里のツボはお前にやると言ってたんだ、昔から」。
ここではオークションを開いているし。

お寿司は来るし。
花はどんどん増えるしさ。
小箱さんも、弔問にやってきた。
休んだ時のように、小箱さんは青い顔をしていた。

突然、口元を抑え、トイレに駆け込んだ。
親戚の一人が「大丈夫?つわりじゃないの」と言った。
「はい。二ヶ月です」。
「この子は、ここの家族です」。

「え?」
「やっぱりおじいちゃんが」。
「だから早く辞めさせておけば良かったのよ」と、お母さんは思った。

しかし小箱さんは走次に「走次くんはこの子のおじさんになるのよ」と言った。
え?
走太郎…、のかっ?!

すくっと立ち上がったお兄ちゃんは、大人の姿だった。
小箱さんの横に立つと言った。
「俺たち、結婚します」。

走次は思い出していた。
お兄ちゃんが遊びで、走次をオートバイに乗せた時のことを。
「しっかりつかまってろよ、手を放したら死ぬぞ!」

走次は途中でやめてと叫んだが、お兄ちゃんには聞こえなかった。
声がうまく出なくて、自転車のブレーキのような声を出した。
今、あの時のような気持ちです。

お兄ちゃんはあの時、手ぶらだった。
僕は花を買う余裕があった。
だけどお兄ちゃんにはなかった。
その点で、僕は負けていたんだ。

おじいちゃんは煙になって、空に行った。
おじいちゃんは、地球を守るオゾン層になったわけだ。
お父さんとお母さんの離婚は、おじいちゃんがなくなったら決行すると内定していたらしい。

じゃあ、僕の口つぐみ離婚阻止作戦は一体何だったんだ。
何にもならない。
お父さんはさらに玩具を。
お母さんはさらに保護者を手に入れるだけだ。

同級生が「これ食って見な」とゴミを持ってきた。
ああ、それはね、食べ物ではない。
生ごみと言うんだよ。

「ほれ、食ったら通してやる」。
わかりました。
いただきましょう。
走次はそれを手に取ると、同級生にぶつけた。

ケンカになった
小箱さんがいない今、死んだってかまわねーや。
ちくしょう。

走次を見た小箱さんは「まあ、ケンカしたの」と小箱さんは言った。
それで勝ったって言いに来たんだけど、精神年齢二十歳の取る行動じゃないような気がする。
「走次くん、お父さんのマンションとお母さんの三階建ての家と、どちらに行くの」と小箱さんは聞いた。
「両方だよ」。

「パフェも好きだし、恐竜も好きだし、家が2つになっちゃってさ」と走次は笑った。
「3個よ」。
「マンションと3階建てと、このアパート。いつでも帰ってきて良いんだからね」。

小箱さんの言葉に走次は、「うん、ここ、別荘にする」と笑った。
それから間もなく、僕は引っ越した。
まずは恐竜の家に泊まっている。

今までの家はすぐに買い取られて、新しい入居者も決まっているそうだ。
学校は同じ小学校だが、いじめがなくなった。
それどころかこの頃、遊びに誘われる。
しかしその遊びが戦争ごっこやプロレスじゃ、以前のように逃げ回っていた方がずっと楽だったような気がする。

ラブレターも、もらった。
走次は、ストレスでクタクタ。
「ただいまあ、おなかすいたあ」と言った。
そして、気が付いた。

前の家に帰ってきていた。
あ、ここはもう、僕んちじゃないんだ。
走次は家を見上げた。

「おかえりなさい」と、小箱さんが言っていた。
「ただいま」と、お母さんが言っていた。
「ゆうげじゃ」と、おじいちゃんが言っていた。

「ただいま」と、お父さんが言っていた。
「おー」と、お兄ちゃんが笑っていた。
走次は走り出した。
かつての自分の家が遠くなる。

家はいつまでも、こちらを見ていた。
いつまでもいつまでも、こちらを見ていた。
涙が出てきた。

どんどん、どんどん、出てきた。
泣くんじゃない。
泣いたら子供だぞ。
声を出して泣くのは子供だけだぞ。

しかし、走次はしゃがみこんだ。
両手で顔を覆った。
その姿は、8歳の子供だった。
走次は大きな声で泣き始めた。

いいんだ
僕は現実には8歳の子供であるからいいんだ
迷子のように泣いてもいいんだ

通りを泣きながら歩く走次を、通行人が振り返る。
会社員も、子供連れも見ている。
12年後の西暦2000年に、僕は本物の二十歳になるんだから。
僕は大通りを消防車のサイレンのように泣きながら、歩きながら、近未来の夢を見ていた。


あれから時間が経ちましたが 「太陽への道」

ゆがんだ太陽」の続編、「太陽への道」。
オサムもめぐみも大人になっていて、オサムは少年刑務所を出所。
保護司をしている森と言う作家の元で、暮らし始める。
気がかりは、約束の場所へ行けなかっためぐみのこと。

保護司の小説家の森は行かない方が良いと止めるが、オサムは故郷の街へ行く。
オサムの姿を見た組の男たちは、「おい」「オサムが帰って来た」と騒ぎだす。
めぐみの母親に会ったオサムだが、めぐみはいなかった。

「年を取った…!」
めぐみの母親の様子に、オサムは少なからずショックを受ける。
母親が言うには、めぐみは千葉のおじの家にも行っていなかった。
めぐみは、どこかに行ってしまった。

「あなたのせいよ!」
「帰って!」
罵倒されたオサムは、黙って頭を下げた。

帰り道、オサムは元・日向組のチンピラに声をかけられる。
日向組は今は、岩瀬が組長になり、岩瀬組となっていた。
オサムは次郎を思い出して、どうしているか聞く。
するとチンピラは言う。

「あいつは死んだよ」。
自分で自分を撃っちまってな」。
次郎が死んだ…!
仲が良かった次郎の死にオサムは、ショックを受けた。

それには構わず、チンピラは言う。
拍が付いたな、オサム。
2年も臭い飯食ってるとよ。
岩瀬と張り合うなら、人集めるぜ。

だがオサムは席を立った。
バカげた勢力争いは、お前たちだけでやるがいい。
もう、この街には戻らない…。
オサムの胸に、次郎、めぐみの面影が去来する。

出版社に勤めたオサムに、初めての給料が出る。
オサムはそれを保護司の小説家に、すべて預ける。
パッと使っちゃえばいいのに、と家政婦が言うが、オサムは「あんたにまかせるよ」とだけ言って部屋を出た。

家政婦はオサムのことを最初は怖いと言って、あの子何したのと興味を持っていた。
だが、このオサムの態度で、家政婦の気持ちは急激にオサムに傾いた。
彼女は夜、寝間着姿でオサムの部屋に行く。

小説を書いていたオサムは、彼女に帰るように言う。
私は構わないのよとオサムの手を握る家政婦に、オサムは言う。
部屋へ帰れ。
家政婦に見向きもしないオサムに、彼女のプライドは傷ついた。

翌朝も無表情のオサムに対し、彼女は腹の虫がおさまらない。
出社したオサムを、社員たちが避ける。
彼らの陰口を聞いたオサムは、自分が少年刑務所に入っていたことがばらされているのに気づく。
「森先生のとこの家政婦が言ってたぜ」。

孤立したオサムは、それでも真面目に淡々と働く。
めぐみの言葉を思い出す。
高校で、孤立していたオサムにめぐみは言った。

「あなたが殻をかぶっているからよ」。
「待っているだけじゃ友達はできないわ」。
確かにそうだった。

オサムの態度が変わると、生徒たちの態度も変わった。
父親が逮捕されるまで、わずかな間だった。
それでも、生徒たちはオサムを受け入れ始めていた。

だが、オサムは思う。
「あの時、めぐみに言われたことは…」。
「大人の世界じゃ、通用しない」。

やがて、オサムを2代目にし、現在の岩瀬組長に対抗しようと、あのチンピラがやってくる。
出版社にも、保護司の森の家にも来た。
森は言う。
「出て行くんじゃないよ」。

オサムはハッとした。
「どこにいても見つかってしまう。それなら、ここに居た方が良い」。
オサムは森の家を出ようと思っていたのだ。

やがて、オサムの小説は完成した。
森はその出来栄えに驚く。
想像以上だ。
その小説は新人賞に入選した。

雑誌に載った小説は、家出して、ある喫茶店で住み込みで働いていためぐみの目に留まる。
めぐみは、オサムを訪ねて行った。
「お久しぶり」。

出版社に来ためぐみに、オサムは驚く。
休憩時間まで、近くの喫茶店で待つと言うめぐみ。
めぐみが、めぐみが来ている!

オサムは待ちきれない思いで、仕事を終え、喫茶店に急ぐ。
ニッコリと笑って迎えためぐみだが、バッグから出したのはタバコだった。
眉を顰めるオサムの前で、めぐみはタバコを吸った・

「あの時…」。
「どうして来てくれなかったの」。
めぐみは、うつむき、涙をこぼした。

ずっと待っていた。
約束の時間が過ぎても、夜になっても。
夜の誰もいなくなった駅で、めぐみは泣いていた。

「知らなかった?!」
オサムは驚愕した。
めぐみと逃げようとしたオサムは、そのことを告げようと日向組にむかった男を刺した。
そして、捕まったのだ。

めぐみは、そのことを知らなかった。
オサムに裏切られたと思って、荒れていたのだった。
そして、めぐみに好意を持つバンドマンと、心ならずも付き合うことを選んでいた。

喫茶店を出た2人は、別れる。
別れ際オサムは言った。
「この2年間で、あんたのことを忘れたことはない」。

今さら、何を言うのか。
そう思っためぐみに。
意を決したオサムは、口を開きかけた。
あの日、俺が行けなかった理由は…。

その時、めぐみと付き合っているバンドマンがめぐみを見つけて声をかけた。
オサムは言いそびれた。
「じゃあ、日向君」。

オサムは森の家に戻った。
保護司の作家の森が描く女性に、共通の何かを感じたオサムは森に言う。
先生が描く女性ヒロインには、気性の激しい女性もおしとやかな女性もすべて共通のものがあるように感じます。

すると、森は言う。
愛する女性を投影しているんじゃないかな。
昔、実らなかった恋の。

森は独身だった。
出版社の社員たちが、独身の森が日向を引き取った理由をおもしろおかしく語ったことがあった。
オサムはそれに対し、自分のことなら何とでも言えばいいと言った。
だが森に対してそれ以上、侮辱するようなことを言うなら自分は黙っていない。
その眼光に、騒いでいた社員たちは黙ったものだった。

実らずに終わった恋の…。
オサムは小説を書きながら思う。
これが、俺の道なのかもしれない。

その頃、めぐみは、母親に会いに帰った。
母親は思わず、グラスを落とした。
あんた、一体、今までどこに…!

めぐみの母親は、この前、元の従業員もここを訪ねてきたことを話した。
今から思うと、あれは自分が悪かった。
日向に刺されても、しかたなかった、と言っていたと。

「日向くんが、刺したの…?」
驚くめぐみに、母親はすべて話した。
『この2年間、あんたのことを忘れたことはなかった』。
日向の言葉が蘇る。

自分のために、自分たちのために、オサムは人を刺した。
そして逮捕され、刑に服していた。
裏切ったのではなかった。

会いに来られなかったのだ。
めぐみは、声を出して泣いた。
号泣した。

雨の夜だった。
あのチンピラに呼び出されたオサムは、ナイフを突きつけられた。
チンピラは、日向の帰還と彼を担ぎ出そうとする勢力を恐れた岩瀬に、オサムを殺すように強要されたのだ。
その時、めぐみのいる喫茶店で、めぐみと付き合っているバンドマンの男は雑誌を見ていた。

雑誌には、しおりが挟まれていた。
そのページには日向の小説が載っていた。
「日向くん」とめぐみが呼んでいた男のことを、彼は思い出した。
彼は日向に会おうと、店を出た。

オサムはあの雨の夜、自分が人を刺した夜のことを思い出した。
ナイフが自分の方を向いている。
オサムは足を滑らせた。
ナイフは、オサムの目に当たった。

仰天したのは、チンピラもだった。
硬直しているところに、バンドマンが駆けつける。
雨の中、血が流れていく。
オサムは病院に運ばれた。

バンドマンに、めぐみのいる喫茶店のマスターが告げていた。
めぐみは出て行った。
もう、戻らないだろう。
「あんたに『すまない』と言っていたよ」。

オサムの目は光を失った。
1人、絶望するオサム。
その時だった。
「もう離れない」。

めぐみ?
オサムの手にめぐみの手が触れた。
「あなたの目になるわ」。
オサムは思った。

「俺の望んでいた太陽は」。
「今、この手の中に」。
オサムは、めぐみを抱きしめる。


おー、続編だ!と喜んで読みました。
でも、どうしても「ゆがんだ太陽」のイメージが強く、大人になった2人の絵に最初はなじめなかったのを覚えています。
確かあれから2年だったような記憶があります。
マンガの中でも、2年という言葉が何度か出て来ています。

出所してめぐみの家に行き、めぐみの母親を見て「年を取った…」と驚くオサム。
めぐみがいなくなったことを知る。
その後、オサムは次郎のことを日向組、今は岩瀬組の組員から聞いて、さらにショックを受ける。
「あいつは死んだよ。自分で自分を撃っちまってな」。

この辺りは、「わたり鳥は北へ」になっていますね。
あの話は、衝撃的でした。
読者がショックだったんですから、オサムも当然、ショックを受ける。
めぐみと次郎の面影を胸に、オサムはもうこの町には戻らない…と決心する。

ずっと読んで来た読者には、感慨深いシーンです。
めぐみは、というと、あれから家出していて、ある町の喫茶店で、住み込みで働いていた。
この喫茶店のマスターが、何か訳有を承知でめぐみを引き受けてた感じです。

めぐみがバンドマンと付き合っていても、何かお見通しって感じでした。
堂々とアタックするバンドマン、「別に好きな人なんていないわ」と答えて、事実上、彼を受け入れるめぐみ。
マスターは、それを複雑な顔で見ているんです。

そして、ある日、めぐみは雑誌で新人賞を取った小説に、オサムの名前を見つける。
オサムに会いに行くめぐみ。
後に、バンドマンもこれでオサムの家に行っています。
この辺りの個人情報がわかってしまうのは、時代ですねえ。

驚き、近所の喫茶店で待っていると言われ、「めぐみに会える!」と歓喜しながら仕事を終え、駆けつけるオサム。
しかしめぐみは、オサムの前でタバコに火をつける。
めぐみらしからぬ行動に、オサムが顔をしかめる。

今ではもう、女性が喫煙するのは普通のことですが、当時はそうじゃなかったんですね。
まして、めぐみはまだ18歳。
オサムといた時のめぐみは、喫煙なんて考えられないような少女だった。
この時のめぐみのタバコは、それなりに荒れていたであろうめぐみの月日と内面を思わせてました。

能天気なバンドマンですが、何となくめぐみの気持ちが自分に向いていないのはわかる。
最後にめぐみがいなくなってマスターに「あんたにすまない、って言ってたよ」とだけ言われて、ちょっと呆然。
めぐみと付き合えることになって喜んでて、物語の中ではお邪魔な存在。
だけど、悪い人じゃなくて、この人もかわいそうなんです。

めぐみが母親に会いに行った時、「ゆがんだ太陽」でオサムに刺された従業員が、「あれは自分が悪かった」って言ってたという話が出てきます。
この続編はちゃんと、あのやりきれなさを回収してくれてるんですね。
だからこそ、オサムに最後、あんな悲劇が降りかかるとは。
当時は、ここまでしなくてもと思ってしまいました。

でもあれで二度とオサムは、父親のいた世界に戻らないで済むということなんでしょう。
めぐみに助けられて、オサムは作家の道を進むことでしょう。
あの切ないラストをよくここまで持ってきて、美しく成就させてくれました。
作者もあのラスト、気になってたのかな。

いや、よく最後にアメリカンニューシネマのようなラスト、どっちか、あるいは両方が死んじゃうとかしないでくれました。
その前の次郎の話は、ほんとにアメリカンニューシネマな最後だった。
もしかしたら、この辺りから時代も、作者も変わったのでしょうか。
とにもかくにも、良かった良かった。

オサムとめぐみの幸せが見えるような最後。
作家として大成しそうで、後に直木賞とか芥川賞取って、大作家になっていそう。
すると、当時の同級生や出版社の社員たちは手のひら返したように誉めそうです。



狂っていく歯車 「さびたナイフ」

河あきらさんの「さびたナイフ」。
本が手元にないので、いろいろと間違っている部分はあると思いますが、ご容赦を。
河あきらさんは、この作品の前に「故郷の歌は聞こえない」という作品を描いてました。
その中に、主人公の恋人の義理の兄が出てきます。

彼は義理の妹の主人公の恋人が好きで、親の留守中に無理やり関係を結んでしまいます。
ショックを受けた義妹は家出をし、自殺をしようとします。
電車に飛び込む寸前、ある老人に助けられ、そのままその家で暮らすことになりました。
義兄は義妹への思いを抱いたまま、同じような遊び人風の女性と付き合います。

その女性は自分の恋人が、義妹を好きであることを知りながら付き合っています。
しかし義兄は彼女が撃たれそうになった時、とっさに身を乗り出してかばって撃たれます。
その後、彼女に会った主人公は、彼女の手首にくっきり傷が残っているのに気づきました。
彼がとっさに自分をかばって撃たれたことに衝撃を受けた彼女は、彼が死んだ後、後を追おうとしようとしたのでした。

この辺りの彼女の目。
表情が非常に憂いを含んでいて、印象に残りました。
美乃はこの彼女をもっと美しく、もっとインパクト強く描かれたような感じでした。

当時のマーガレットを見た友達は「哲也も愁一も、美乃が素敵で印象に残らない」と言いました。
その後、美乃のような女性は描かれていません。
河さんの描く美女の集大成が、美乃という感じです。

美乃の生い立ちは、彼女自身から語られています。
おそらく、彼女の母親は故郷に帰った父親と音信不通になったまま、美乃を産んで亡くなったのでしょう。
それで、美乃は愁一の家に引き取られた。

しかしその家では、美乃の父親のことを良く言うわけない。
母のことも悪く言ったのでしょう。
美乃は孤立感を深め、反抗的な少女に成長しました。

でも、愁一の父母は文句を言いながらも、美乃の面倒をちゃんと見ているのです。
美乃の母の遺産があったのかもしれない、そこはわかりません。
だけど美乃は引き取られて、虐待されているわけじゃなかった。
なので、そこまでグレる必要もない気がするのも事実。

美しい容姿、ちゃんと面倒を見てくれる親戚。
今から思えば、全然恵まれている身の上に見える。
でも美乃は、傷ついている。
孤独だ。

美乃は、哲也に髪の色を指摘され時に複雑な表情を見せます。
勇の視線に対する、美乃の言葉はウンザリという風にも感じられます。
小さい時から、美少女であるがゆえに注目される。

くわえて、父も母もいない。
父の顔は知らない。
美乃はずっと、好奇の目にさらされてきていたのかもしれません。
その結果、自分を守るために、ああいう反抗的な少女にならざるを得なかった。

哲也は札付きのワルで、怖いもの知らずに見える。
だが街で美乃が見た時の哲也が語った身の上で、哲也も複雑な家庭に育っていることが伺える。
30前にしか見えない、派手目で綺麗な母親。

10歳も年をごまかして、水商売をしていると哲也は言う。
哲也の母のことを語る言葉は非常に、第三者的。
親子というより、本当に年の離れた水商売の女性と彼女に囲われるツバメのように見える。

美乃が哲也が女性をひっかけてると間違えたのも、無理はないと思える2人だった。
母親の仕事のためか、それとも母親の恋愛のためにか。
哲也は子供らしく甘えるより、母を理解しようと努めたに違いない。
結果、母を冷静に見て、思春期を迎える頃からはまるで恋人のように接するようになったに違いない。

母の恋人に邪魔にされたことも、あるに違いない。
だから哲也は、表面上は強くなった。
地元のチンピラが、哲の顔を知っているほどに。

でも哲也も、傷ついているんです。
美乃と同じく、孤独。
哲也が美乃に惹かれたのは、その栗色の髪とエキゾチックな顔の他に、自分と同じ孤独の香りを感じたから。

そして、美乃が好きだけど、その気持ちを素直に出せない秀才の愁一。
退屈な日常と、注目を浴びたい幼い跳ね返った気持ちの家出少年、勇。
今思うと愁一の犯罪計画は完全どころか、稚拙もいいところ。

捕まらないわけがない。
この辺りの現金強奪がうまく行くという幻想は、三億円事件が影響しているのでしょうか。
あと、今思うといくら現金強奪犯だとしても、日本の警察があの状態で、未成年に威嚇射撃はしないでしょうね。

愁一の死因は、破傷風。
私の母親が子供の頃には、裸足で遊んでいて釘を踏んで、黙っていた兄が祖母にぶん殴られて怒られたなんて話があったそうです。
破傷風を恐れたんですね。

この頃、CMがものすごく怖かった映画「震える舌」がありました。
テレビのCMも、ポスターも怖かった。
エクソシストかと、悪魔憑依のオカルトホラーかと思えるような怖さでした。

ラジオのDJが休憩中、廊下で「震える舌」のCM聞いたけど、こわいねえ~!と言ってたぐらいです。
あれは水たまりで遊んでいて、傷を作り、破傷風に感染した幼い娘とその父母の闘いを描いた映画なんです。
原作もあります。
その症状が本当に怖くて、悲惨。

だからこそ、回復した時に本当に安堵し、生命力の強さに感動できるんですが。
私はあれで、土いじりが大嫌いになりました。
予防注射している世代ですけど。
学校で定期的に校庭の土壌検査とかやってましたが、あれは破傷風菌などがないか調べてたんですね。

「動物のお医者さん」というマンガでは、主人公たちが何の菌か当てる試験が出てきます。
シャーレをうっかり割ったのを見た講師は顔色を変え、消毒をして翌日まで誰も立ち入らないように言い渡します。
主人公たちはそれで、破傷風菌だ!と判断し、「あぶねー!」と騒ぎになっていました。

実は講師のひっかけで、破傷風菌ではなかったんですが。
そんな危ない菌、お前たちに扱わせるか!と。
(この答えはヤクルトミルミルの乳酸菌)。

市川崑監督・萩原健一主演の時代劇映画「股旅」でも、主人公と旅をする3人のうちの1人が破傷風で死にます。
カッコいい渡世人になれず、未熟で、弱くて、惨めな若者3人。
そのとどめが、破傷風での死。
これもかなりきつく、ホラーとは違うけど怖い映画でした。

河さんはこの辺りの映画に影響を受けて、愁一の死因を破傷風にしたのかもしれません。
「バッドエイジ」シリーズの主人公たちには、当時のスターの面影を感じるからです。
アメリカンニューシネマの影響を受けていた時代なのか。
彼らは、映画やドラマの中で良く破滅していました。

ラストは、読んだ子供には衝撃的な記憶として残ったほどに、全員が破滅する。
「俺たち、何であんなことしたんだろうな」と言う勇の言葉。
彼らは普通に感情をこじらせ、普通に思い通りになったりならなかったりの青春を過ごし、大人になるはずだった。
だがその歯車は、狂ってしまった。

全員、子供過ぎて、自分たちのやっていることの重大さがわかっていなかった。
ちょっとした冒険で、若い日の無茶で終わるなら、良かった。
この後の美乃は、どうなったんでしょうか。

おそらく、愁一が道を踏み外した挙句、死んだのは美乃のせいだと言われたでしょう。
愁一の父母が美乃を恨み、憎んだことは容易に想像できます。
少年院に送られたであろう美乃が出所しても、当然、引き取りは拒否したでしょう。

こうなると、美乃は孤児になってしまう。
だから、美乃の父親が探し出された。
日本に残した娘が、そんなことになっているのを知った父親は仰天した。

それで、美乃に連絡を取って来た。
一緒に暮らそうと言った。
日本に居づらい美乃は父親を頼って、ギリシャに行くことにした。
それで結婚を前に思い出の残る場所にやってきた勇と、再会。

河さんは、若い時の一時の無茶で、一生消えない後遺症や傷を抱えたり、死んでしまう主人公たちを良く描きました。
無茶をするのは良いけど、ほどほどにしないと。
一生抱えてしまうような傷を残しては、いけない。
子供や若い読者にそんな警告するために、最悪の破滅を描いたのでしょうか。

勇はともかく、美乃は幸せになれたでしょうか。
確かに、美乃のしたことは愚かだし、犯罪。
反社会的行為。

河さんはちょっとしたことから、若者の歯車が狂って行くドラマを描かせたら、右に出る者はいなかったと思います。
この「さびたナイフ」と「わたり鳥は北へ」は、その代表みたいな作品です。
ゴーゴー喫茶とか、時代もすごく出ているので、本当に復刊してほしい。

言葉もおそらく、あまり通じない国に行った美乃。
ずっと離れていた父親は、美乃に愛情を持っていたでしょうか。
あまり明るい想像は、できません。
それでも美乃は、幸せを見つけたのだと思いたいです。


白く輝くナイフのように 「さびたナイフ」

「錆びたナイフ」といえば、石原裕次郎さんの有名な歌。
しかし私には「さびたナイフ」という、河あきらさんのマンガの記憶です。
70年代後半の作品だったと思います。


風の強い海沿いの崖の上。
1人の女性が、立っている。
そこにもう1人、青年がやってくる。

女性の容貌は、ショートカットでエキゾチックな美人だった。
2人は顔を見合わせる。
「勇…?」と、女性が尋ねる。
「美乃さん?」


7年前。
大音響。
ワイワイと騒ぐ、若い男女。
黙々と煙草の煙が、視界を煙らせている。

ゴーゴー喫茶。
その喧騒の中、美乃は1人うつむいて座っている。
ふと顔を上げると、1人の男と目が合った。

男はじっと、美乃を見ていたようだった。
目が合った瞬間、男はニッと笑った。
美乃はハッとして、横にいる女の友達に聞く。

「あいつ、知ってる?」
「誰?」
「カウンターの…、革ジャンの男」。
「誰?いないよ」。

「え?」
美乃が見ると、その席にはもう誰も座っていなかった。
女友達は、笑いながら言った。

「美乃の顔っ、てエキゾチックだからね。男の気を引くんだよ」。
「ふふっ、我々にしちゃ、うらやましい限り!」
しかしその言葉を聞いた美乃は、再びうつむいた。

帰り道、別の女友達と美乃は、駅で制服に着替える。
今週は期末試験だ。
その友達は、美乃がうらやましいという。
一つ屋根の下に暮らす、秀才。

キッスのひとつもすりゃ、個人授業してくれるでしょ!
それを聞いた美乃は、「はっ?!あの堅物が?悪いじょーだんだ」と笑う。
「ばぁーい」と手を振る友達を見送りながら、「ほんと、悪い冗談…」と美乃はつぶやく。

電車に乗った美乃の隣に、いきなり、あのゴーゴー喫茶で目が合った男が座った。
「さっきの男…」。
どっかりと美乃の隣に陣取った男に、美乃は「何だよあんた!」と言った。
「大きな声出すよ!」

「もう出してるじゃないかよ」。
そして「綺麗だったから」と、美乃を追ってきた理由を言った。
「ふん、月並みな誘い文句」。
「髪が、さ」。

三つ編みに編みこまれた、美乃の髪。
「ライトで光って見えた」。
「あん時ゃ、気が付かなかったけど、すげえ栗色してんだな。本物か?」
その男の言葉に、美乃は複雑な表情を見せた。

【追記:
美乃が暮らす家では、愁一が机に向かっている。
母親が夜食を持って入って来た。
その気配に気づいた愁一は、さっとノートを隠した。

ノートの横には一冊の本があった。
「犯罪百科」。
愁一は母親に「美乃は?」と聞いてみた。

母親は「さあ…。あの人のことはもう、気にしないことにしたの」と言った。
「どこでどういう友達がいるのか」。
母親が出て行った後、愁一は心の中でつぶやいてみる。
どこで、どういう友達がいるか、か。】

やがて美乃は、家に着いた。
表札を見た男は「俺、同じ苗字の上級生知ってるぜ」と言った。
「え、学校どこ?」
男は哲也と名乗って、学校と高校2年であることを話した。

「そんなことまで聞いてない」と、美乃は冷たかった。
家に入ろうとした美乃の前に、哲也が立ちはだかった。
「キスして良い?」
「…やってごらん。噛みついてやるから」。

その様子を、2階からその家の息子・愁一が見ていた。
「美乃…」。
2階からはまるで、2人が恋人のように見える。
だが哲也は「やめた!」と言って、離れた。

「ほんとに、噛みつきそうな顔してる」。
手を振る哲也に美乃は「フン」と、鼻を鳴らす。
シャッ!とカーテンが閉まるのを美乃は見た。
「あいつ、見てた?」

美乃は翌日も学校の帰り、街に出た。
街でまた、哲也を見かけた。
哲也は綺麗な、明らかに年上の女性と一緒に居た。

美乃の視線に気づいた哲也は、その女性に「じゃあな」と別れを告げた。
「あん、哲ちゃんたら」、と女性は言った。
「よお」。

「見てただけよ、また女、ひっかけてると思って」。
「あの女、高校生のガキがいるんだぜ」。
「噓ばっかり。どう見たって、30歳前だわ」。
「ほんとだって、俺のおふくろだもん」。

美乃は、哲也を見た。
「若く見えるだろ。10(とお)も歳ごまかして水商売やってるぐらいだから」。
そこに警官が子供のように見える男の子を追いかけて来るのに、出会った。

少年の逃げた先を知らないか、聞かれた哲也は少年が隠れているのを知りつつ、知らないと答えた。
美乃も、そう言った。
家出少年らしいんだが、と警官は去って行った。

「おい、もう出て来ていいぞ」。
そう言われて出てきた少年は、だが走って逃げた。
「何だあいつ」。

哲也は、学校で愁一に美乃を知っているのかと聞かれたらしい。
「てきとーに答えといたけどよ」。
それを聞いた美乃は、帰宅してから愁一の部屋を訪ねた。
秀才の愁一は、勉強をしていたらしい。

見るともなしに開かれていたノートを見ていた美乃は、「え?」と驚いた。
そこに愁一が戻ってきて、美乃はとっさにノートをセーターの中に隠してしまう。
美乃は愁一が哲也に自分のことを聞いた話をした。

「あの男は評判が悪いんだ。付き合って良い男じゃない」。
「そんなこと、本人見りゃあ、わかるわよ」。
「自分の評判が下がるからでしょ」。

愁一は、答えなかった。
「偽善者!」
美乃はそう言うと、出て行く。

翌日、美乃は哲也を探していた。
哲也は昨日の少年が、男に声をかけられているのを見ていた。
そして哲也はその男に「俺のダチに何か用か」と聞いた。
男は「哲か。お前の友達なら良いんだ」と言って去っていく。

少年は勇と言った。
「何だよ、お前」。
「あいつ、何て言ってた?」
「行くと来ないなら、世話してやるって」。

「その年で、ヤクザの仲間入りする気か?」
勇は、びっくりした。
美乃が「あたし、行くわ」と言ったとたん、勇が倒れた。
「おい?」

勇の前に、食事が並んでいた。
「美乃おねーちゃんが、おごるってさ」。
勇はもう、何日もろくに食べていなかった。
「構わない。どうせ遊びに使っちまう金だから」。

「お前、いくつだ?」
「せいぜい、12~3にしか見えないぜ」。
「14だよ!」
勇がムッとして答えるが、その直後に「い、いや16」と言い直した。

「嘘つけ」。
「それ食ったら、家に帰れよ」。
「嫌だ!」

勇は家にいて、代わり映えもしない毎日が嫌だったらしい。
そのうち、何か世間をあっと言わせることをしてやる。
「…似たようなこと考えてる」と、美乃は笑った。
「偶然だな。俺もだよ」。

その後、美乃と勇は哲也の部屋に行った。
美乃は哲也に、愁一のノートを見せた。
勇は美乃を、じっと見ていた。
「何よ」。

「お前、外人みたいだな。あいのこか?」
「ハーフって言ってほしいね。年下にお前呼ばわりされるの、感じ悪いよ」。
「美乃おねーちゃんって呼べってよ」。
「どことのハーフ?」と、哲也が聞いた。

「地球儀出そうか?」
「ばーか」。
「…父が、ギリシャ人らしいんだけどね。会ったこともない」。

母親が亡くなってから、美乃は愁一の家に預けられた。
「あの家でずっと、父や母の悪口を聞いてきた」。
「金が出来たら、あの家を出て父親のいる国に行ってやる」。

「一昔前の、父を訪ねて三千里だな。お涙ちょうだいだ」。
「ただ行ってみたいだけよ」。
勇はますます、美乃をじっと見つめていた。

「何よ、ハーフがそんなに珍しい?」
「別に!」
ノートを見ていた哲也が「何だ、こりゃあ!」と叫んだ。
「誰が書いたと思う?」

「まさか」。
「愁一」。
それは、綿密な犯罪計画だった。

「なあ…。もしかしてこの通りにやったら、完全犯罪になるんじゃねえか」。
「…でしょう」。
勇も目を輝かせた。
『やってみるか?』

呼び出された愁一は、青い顔をしていた。
「お前たち正気か!」
「これだけのものを見せられたら、誰だってくるっちまうよ!」

哲也はこの、銀行からの現金強奪を実行しようと思っているのだった。
「なら…」。
愁一が口を開いた。
「指揮は俺が取る…!」

哲也も、美乃も、勇も驚いた。
「お前たちが捕まってこのノートが出たら、俺も共犯者だ。それは困る」。
「リーダーは俺だ!嫌ならやめろ!」

哲也も、美乃もあっけに取られていた。
だがその日から、強奪事件の打ち合わせは始まった。
「いや、それはダメだな」と、愁一は積極的に参加した。

その様子は生き生きとしていて、美乃は「愁一…?」と、いぶかしんだほどだった。
やがて、年の暮れも迫ったある日。
美乃はメガネをかけ、ストレートのミディアムヘアのウィッグをつけて銀行に向かった…。

それはボーナスを狙った強奪で、まず、店の前で勇がひったくりを起こす。
警官が追う。
その隙に発煙筒を持った哲也が、現金輸送車の前に立つ。
ダイナマイトと言って脅し、現金を奪った。

途中、警官が戻って来てしまうと美乃が外を見て悲鳴を上げる。
あそこに血だらけの男が!
その悲鳴で警官は、外に走って行く。

警報ベルを鳴らそうとした警備員に哲也は、発煙筒を投げつける。
ダイナマイトと思った警備員が、伏せる。
しかしそれはただ、煙を上げるだけだった。
非常ベルが押される。

いち、にい…。
現金の束を前に、哲也も美乃も勇も興奮していた。
だが愁一は冷静に、この札は使えないと言った。

新札で番号が揃っている。
寝かせておくしかない。
いつまで?
7年ぐらい…。

哲也もがっかりするが、愁一は言う。
「明日からは、普段通りに生活するんだ」。
「いいな。遊びは終わりだ」。

だが早速、美乃は一緒に遊んでいた女友達に呼び出される。
女友達は美乃に、事件の新聞を見せた。
「昨日、この銀行にいただろ。メガネかけてヘアピースつけてたけど、確かにあんただった」。

女友達は含み笑いをした。
「あの近くなんだ、あたしの家。人のいないところで、話をつけない?」
人気のない林に呼び出された美乃は、脅された。
「知らないって言ってるだろ、あたしじゃない」。

「昨日や今日の付き合いじゃないんだよ、間違うはずないだろ?!」
「だからさ、ちょっとこっちに遊ぶ金をまわしてくれりゃ、サツになんかいいやしないよ」。
「知らないって言ってんだろ!」
「サツに、ばらされてもいいのかい?!」

「そいつは困るな」。
「何だよ、あんた!」
物陰から、哲也が出てきた。

「女の子がね、そんな怖いこと言うんじゃないの。ケガでもしたらどうするの」。
哲也は、ナイフを出した。
「顔に傷つけられたり、さ」。
「ひっ!」

「哲…、ばか、よしなよ!」
美乃も仰天した。
「13日に見たことは忘れなさい、いいね?」

「あ…」。
友達は震えだした。
「忘れろって言ってんだよ、ほんとに傷つけるぞ!」

哲也のナイフの刃が、顔に向いた。
「わかった、忘れる!忘れるよ!」
女友達は叫んだ。

美乃は哲也に文句を言った。
「助けてやったんじゃねえか」。
「かえって、まずくなったわ!」

しかし、警察は哲也が使ったバイクから、すでに哲也にたどり着いていた。
主犯と思われる少年の自宅を家宅捜査。
愁一も哲也も美乃も勇も、一時姿をくらますことにした。

「俺は冬期講習と言って出て来るが、お前は?」と、愁一が美乃に聞く。
「黙って抜け出すのは慣れてるよ」。
こうして、哲也も美乃も勇も、そして愁一も家を出て来る。
行き先はある、海岸近くの雑木林の中の一軒家だった。

【追記:
哲也は「何が完全犯罪だよ」と、ぼやいた。
こんなに簡単にばれるなんてよ」。
すかさず美乃が「愁一のせいじゃないわよ」と言う。】

「俺んちの周りに似てる」と勇が言う。
「お前んち、こんな僻地にあんのか」と哲也が言う。
一軒家で、4人の生活が始まった。
金は海岸沿いの崖に埋めることにした。

その時、哲也が血判状を書こうと言い出した。
「雰囲気だよ、雰囲気!ほら、美乃も」。
美乃も促されて、名前を書いた。

名前の下に、血で彩った指の判を押す。
指を切るのは、哲也のナイフだ。
ナイフは白く、陽を受けて輝く。

哲也は勇相手に、野山をかけて遊んでいた。
愁一は勉強をしていた。
勇が、愁一は卒業したらどうするのか聞いた。

医者になるのだろうと思ったが、愁一は「ギリシャに行くかな」と言った。
「美乃と?」
愁一はそれには、答えなかった。

【追記:
哲也が愁一に詰め寄っている。
これからどうすればいいんだ。
「よお!秀才さんよ!」

美乃が怒った。
勝手に引き込んでおいて、今度は愁一のせいか。
哲也は出て行く。

美乃が追って来た。
哲也は「あんたはいつも、愁一の味方なんだな」と言った。
「俺、あいつが平然としていると、イライラするんだよ」。
「こっちは一生懸命、バカやって遊んで不安を紛らわせてるっていうのによ」。】

そのうち、哲也は風邪を引いた。
咳をしている哲也は、勇を呼んだ。
「ちょっと来いよ」。

その夜だった。
美乃が寝ているところに、勇が侵入した。
それに気づいた美乃が、勇を平手打ちした。
電気がつけられた。

「何でこんなことしなきゃいけないのよ、勇!」
「どうした」。
すると哲也が「俺がそそのかした」と言った。

「勇だって男なんだよ。いつまでも我慢してるこたぁねえんだ」。
「あんた!」
美乃がカッとなった瞬間、哲也が殴られた。

床に転がった哲也は、激しくせき込んだ。
「初めて、激高したな、愁一さん」。
愁一はハッとした。

いつも冷静な愁一の、初めての感情の爆発した姿だった。
すぐに冷静さを取り戻した愁一は、「もういい。二度とこんなことはするな」と言って部屋に戻った。
その姿を見送りながら美乃は、犯罪計画を立てている時の愁一の生き生きとした様子を思い出していた。
あの時、本当の愁一を見た気がした。

だが今は、またわからなくなっている。
美乃は幼いころから、愁一が好きだった。
愁一もまた、美乃が好きだったのだ。
哲也だけが、それに気づいていた。

翌朝、すっかり回復した哲也は、美乃に任せられないと言って雑煮を作っていた。
「タフな人!」と美乃はあきれていた。
そこに愁一が外から戻ってきた。
「裏山の草を結んだのは、お前たちか?」

「あれ、あんたもひっかかったの?」と哲也は笑った。
哲也は左右からつまんだ草の端を結んで、輪を作っていた。
美乃もそのいたずらに引っかかって、哲也を追いかけた時、足を取られて転倒したことがある。
哲也の指には、傷がついて血が出ていた。

「傷が」。
「すぐ治る」。
そう言って部屋に戻った愁一だが、ふとした時に首筋がこわばる。
ガシャーン!

美乃がうっかり、皿を割った。
哲也が文句を言って、美乃が笑った。
その時だった。
愁一がけいれんを起こして、ひっくり返った。

『音が刺激となって、全身がけいれんを起こす』。
『この症状は…!』
医者志望の愁一には、わかった。
愁一の症状は、ますますひどくなる。

このままでは、危ない。
勇が、医者を呼びに行くことになった。
美乃が、呼び止める。
「勇。医者を呼んだら、その足で家に帰りな」。

「7年後に、またね」。
「サツに気を付けてね」。
その言葉を聞いた勇は「俺、医者連れて戻って来るからな!」と叫んだ。

だが、医者は来てくれなかった。
勇の風体から、診察料は払えないと見たのだ。
思い余った勇は、こっそり札束から落ちてポケットに入れていた一万円札を出した。
「金ならあるよ、ほら!」

それを見た医者は、行こうと言った。
しかし医者は奥に引っ込むと、看護師に警察に連絡しろという。
あんな汚いなりの子供が、一万円札を出した。
どこかで盗んだに違いない。

警察はすぐにやってきて、勇を確保した。
「勇君だね。ご家族から捜索願が出ているよ」。
刑事に囲まれて、勇は震えていた。
「君は、そそのかされて、あんなことをしやっただんだろ?」

勇は、戻ってこない。
医者も来ない。
愁一の苦しみは、ひどくなる一方だった。
窓の外を見た哲也は「勇の奴、ドジふみやがった」と叫んだ。

物陰に警官がいるのを、見つけたのだ。
家はすっかり、囲まれている。
「俺は行くぞ!」
哲也は逃げるという。

美乃が哲也を見る。
「悪く思うなよ。捕まるなんてまっぴらだ」。
「あんたは?」

美乃は目を伏せた。
ふっと、哲也は笑った。
「聞くだけ、野暮か」。

美乃は愁一と残る。
哲也が叫んだ。
「じゃあな!捕まったら、主犯は俺だって言えよ!」
「7年後にまた会おう!」

哲也は、出て行く。
苦しむ愁一に、美乃は笑いかける。
「美乃?」
美乃だけは残ったのが、愁一にも分かった。

警官が家を囲んでいるのを、哲也は上から見下ろしていた。
その時、哲也はわざと木を折って音を立てた。
警察が哲也に気付く。
「止まれーっ!」

「へっ、誰が言う通りにするもんかよ」。
哲也は逃げていく。
「威嚇射撃だ!」
刑事の声で、警官が発砲した。

その音で、愁一が背骨が折れるほど、のけぞる。
「愁一!」
哲也は止まらない。

警察の目を自分に引き付けて、美乃と愁一を助けるつもりだ。
「もう一発だ」。
「はいっ」。

警官が銃を向ける。
ガクン!
「!」
哲也が倒れるのと、銃声が同時に響いた。

「ぐうっ!」
愁一が目を見開き、体をそらす。
「愁一!」
「いきなり…、倒れたんです」と発砲した警官が、うろたえた。

哲也は弾丸が命中し、絶命していた。
助け起こした刑事は、哲也の足元を見た。
「これに足を取られたのか」。
哲也の足元で、草が結ばれていた。

警官が家になだれ込む。
「はっ」。
そこにいたのは、ビンの割れた口を自分の首筋に向けている美乃だった。
「馬鹿な真似はよしなさい。ビンを下に置くんだ」。

刑事の静かな口調に、美乃は従った。
「男の方は死んでいます」。
警官が言った。
美乃が涙をこぼす。


7年後。
海沿いの崖で、美乃と勇は再会したのだった。
勇が美乃に言う。

「愁一さんの死亡原因…、破傷風だってな」。
「…」。
「あの人、医者志望だったのに」。

美乃はやがて、土を掘り始めた。
「よせよ。もうとっくに警察が…」。
美乃は、やめない。
その様子に、勇も掘り始める。

「いたっ」。
美乃の指が、ナイフに当たった。
「ナイフ!」

「哲の!」
「血判状も!」
だがその血判状はボロボロで、何が書いてあるかもわからなかった。
「は…」。

勇は笑い出した。
「こんなもの。何が何だか、わかりゃしねえ!」
勇は笑いながら、泣いていた。

「美乃さん、結婚は?」
美乃は首を振った。
「俺、来月結婚するよ」。
「私は…、父が連絡してきた。ギリシャに行って一緒に暮らす」。

「そうか」。
「…俺たち、何であんなことやったんだろ」。
「今から考えたら、わかんねえ…」。

美乃は、血判状を風にさらす。
風は、血判状を持ち去る。
美乃が心の中で、つぶやく。
『たったひとつ、言えることは…』。

『私たちは、あの瞬間、瞬間を生きていた』。
美乃が持つ、ナイフは錆びていた。
『白く輝く、ナイフのように』。