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意味があるのは「二人称」の「死」 「四月怪談」
2017/12/16(Sat)
養老孟司先生は、「死」に意味があるのは「二人称」の「死」だけとおっしゃる。
赤の他人が死んでも、我がことのように悲しんだりしないと。
名前と顔を知っている程度の人が亡くなっても、「ああ、あの人、亡くなったんだ」と思うが嘆き悲しんだりしない。
一人称の「死」も、本人だから語れない。

「死」の悲しみは、その死んだ人とどれだけ親しかったかという思いなんです、と先生はおっしゃる。
先生は猫の死を悲しみましたが、猫の方は何とも思ってないかもしれないともおっしゃる。
この話は、「一人称の死」の話です。

人は自分のお葬式を想像して喜んだり悲しんだりするんだよと昔、言われました。
お葬式は、いろんなことが見えてくるんだよ、と。
突然、登校中の事故で死んでしまった初子。
事の重大さを実感することもできないまま。

だから、好きな人のところに言ってみる。
彼が自分のお葬式に来るのを想像して、ワクワクする。
どんな顔をするかと、期待する。

霊となった初子は奇々怪々な話をする夏山登のところに、「化けて」出てみる。
夏山には初子も、弦之丞も見えた。
普通の人と同じに見えた。

初子が死んだという知らせを受けた夏山が戻ると、初子がいない。
死んだなんて知らなくて、今、来てるよって言ったら怒られた。
幽霊話って、こういう状態なのでしょうか。

初子と弦之丞が、見える人には見えてしまっているところが、おかしい。
運転手さんには見えている。
タクシーの中で、運転手さんもお客さんも凍り付いている。
こちらもまた、幽霊話って、こういう状態なのでしょうか。

霊となった初子は空も飛べるし、何の制約もない。
行きたいところ、どこにでも行ける。
何でもできて、自由。
一見、とてもよく見える幽霊という状態。

でも物語が進むにつれ、初子は何でもできるようでいて何にもできないということがわかってくる。
やれそうでやれなかったことを初子はやってみる。
でもそういうものは生きて、肉体があるから意味があることだと弦之丞は言う。
本当にそうだった。

好きな人を前にしても、もうその人は自分とは関係のない世界にいるということもわかってくる。
それがわかったら戻れと弦之丞に言われる。
しかし、初子は戻ってきてしまった。

何にもない16年だったし、これからも何もないだろう。
だから、さようならで良いと言う初子に、弦之丞は泣く。
何と、自分の価値をわかっていないのだろう。
生きてるだけで、それは十分価値のあることなのだと。

弦之丞だって生き返って何か、壮大なことをする気持ちはない。
ただ、生きたい。
ここ、リアルだなあと思いました。

弦之丞の飛べないことも、不可能のことも、冴えないことも、みんなとりえなんじゃありませんかという言葉に初子は、少し傷つく。
でもそれは、ありのままでいいと言ってる。
最後に母も、そして夏山も、そう言ってくれる。

特別な人生じゃなくて、良い。
すばらしい才能がなくて、良い。
生きてくれてるだけで、意味がある。

だから弦之丞は、肉体を探すことをやめられない。
しかし斜めになってしまっている思春期の初子は言う。
「あたしの体、あげるからあなたが私になれば良いわ」と。

「そんな、霊道に反すること!」ではなくて、初子に人生はすばらしいと気づいてほしい弦之丞。
そんな斜めに構えた初子が一気に変わるのは、母の叫び。
おそらく、いつもは冷静な母の理性が吹っ飛んだ叫びを聞いて初子は驚く。
初子ちゃん、初子ちゃんと母が叫ぶ。

連れて帰る、連れて帰る。
大切な人を送る時って、本当にこういう気持ちでしょう。
母親の叫びに、胸が痛くなります。

そして理性的に自分を抑えているであろう、父親。
この時、初子にはわかったと思います。
自分が生きているだけで良いということ。
生きているだけで、人生には意味があると言うこと。

そこに夏山登のレンゲ。
この3人がいて、初子が生き返る時間が与えられた!
その時、初子は弦之丞も連れて生き返った。
初子の中で、弦之丞が生きている。

何でもないことへの感動は、初子のものでもあるが、弦之丞の喜びでもある。
初子の死を前にして、クラスの子たちも変わったはず。
何でもない日常って大切。
誰の命って大切。

映画「復活の日」でラスト、生きて戻って来た草刈正雄さんがつぶやきました。
「ライフ、イズ、ビューティフル」。
生きてるってことがもう、意味があること。
それが自体、奇跡なんだと。

この作品を読むと、そう思わされます。
インベーダーゲームが出て来るので、その頃、1978年頃の作品だと思いました。
そこはさすがに時代を感じますが、その他のところでは古いと感じません。

知らなかったのですが、映画にもなっているみたいですね。
「戦後最大のラブストーリー」が入るところが少女マンガといえば少女マンガ。
しかし大島弓子の作品って、絵柄に抵抗がなければ男女問わないと思います。

さて、養老孟司先生は猫の死を悲しみました。
でも、猫の方は何とも思ってないかもしれないとおっしゃる。
だって猫って機能的にも無駄がない、実に良くできた生物だから。
そして、猫はこんな風に思ってるかも、とおっしゃる。

『だって毎日寝てたじゃないか。ただ、目が覚めないだけだよ』って。
「永遠の眠りって言いますからね」。
…それ聞いた自分は救われるような。
いや、やっぱり、切ないなあ。


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能力があってもなくても、さ 「四月怪談」
2017/12/15(Fri)
初子はテレポートすると、津田沼くんが委員長と一緒にお通夜から帰るところだった。
初子と対面した津田沼くんを見損ねた!
津田沼くーん!と初子は追いかけた。
委員長が足を止めた。

「どうしたの」。
「私ね、国下さんの顔見せられて命ってのが、とても頼りないものに思えてきたの」。
「私の命も、津田沼さんの命も、誰もしっかり命を留めておくことができないんだって…」。
「こんな他愛ないものの前に、何が『恥』だろうと思ったら…」。

委員長は津田沼くんの胸に額を押し付けた。
「ごめんなさい。しばらく、こうさせてください」。
津田沼くんの手が、委員長の肩に回った。

そうか…、そうだったのか…。
委員長は津田沼くんを好きだったのか。
津田沼さんも、あんなにしっかり彼女を受け止めている。

傷心の初子に弦之丞が、早く生き返れと言う。
だが、初子は泣いた。
今、生き返って何になる。
ピエロだ、ピエロ。

それを見て弦之丞は、初子に謝った。
早く生き返れと、急かして悪かった。
初子は一緒に歌おうと言った。

♪アヴィニョン橋の上で♪
♪踊ろよ、踊ろう♪
西洋の歌はわからないと言う弦之丞に、初子は私だって適当だと言った。
すると弦之丞は「おたいこ橋でも良いですか」と聞いた。

♪おたいこ橋の上♪
♪王様が通る♪
「お殿様も良いかな?」
♪お殿様も通る♪

♪お姫様も通る♪
2人は歌いながら、橋の上で踊った。
楽しく、歌って、踊った。
横を、タクシーが通った。

「お…、お客さん、見えませんでした?」
「今、高速のガードの上を白っぽい男女が踊りながら歩いていくのを…」。
「う…、運転手さん、悪いギャグはよしてください。夜中に…、ど、どうして、高速のガードレールの上を歩けるんです…」。
タクシーの中では、運転手もお客さんも蒼白だった。

初子と弦之丞は飛びながら、初子は子供の頃見た見事なレンゲ畑がこの辺だと言った。
作文にも書いたのだ。
今日は思い切り、寝転がろう。

しかしレンゲ畑は、団地の用地となっていた。
何もなかった。
初子は無言だった。

弦之丞は、君の住んでる街の駅付近は僕が生きていた頃、綺麗な小川のある森だったと言った。
僕らはそこで遊んだ。
今のビルや自転車置き場を見ると切なくなるけど、君たちにとっては生まれた時からあるものだ。

やっぱり愛しいのではないか。
今、駅付近が野原になったとしたら、君は自転車置き場を悼むよね。
初子はうなづいた。
ありがとう、心優しき時代劇さん。

「明るくなってる。戻ろう。出棺になる前に」。
「僕は君といた時、楽しかった」。
「私も楽しかったわ」。

棺の中に初子が横たわっている。
「さあ、行って。今度こそ、お別れだね」。
初子が振り向いた。

「良い一生を」。
弦之丞が手を振る。
初子は棺の中の自分を見た。

ターバンしてる。
頭ケガして、手術して、髪そられて丸々坊主の初子さん。
さようなら。

自分に別れを告げて、初子は戻って来た。
「どうしたの、戻ってきたりして」。
「生き返るの、やめた」。
喪服の人たちに、「出棺します」という声がかかった。

「どうしたんだ!早く戻って!」
「私、あなたの遺体見つけるの手伝ってあげる」。
「何をバカな!」
「僕は自分の体を発見したらためらいなく生き返るつもりだ。そうしたら君はどうする」。

「その時は君の遺体はもう、灰になっているんだぞ」。
「その時はね、昇天して空気に溶ける」。
棺に釘が打たれている。

「君ね、いかに霊がおもしろくないか、わかっただろう」。
「今ならまだ、棺の中から合図すれば誰かが気づく。焼かれてからでは取り返しがつかないんだよ」。
「わああ、出棺してしまった」。
「火葬場に行こう、テレポート」。

さようなら。
大勢の人たち。
さようなら。
津田沼さん。

夏山登。
友達。
ご両親さま。

さようなら。
16年間、私の、とりえなかった生活。
さようなら。
これからン10年間の私の、とりえのない生活。

弦之丞が泣いている。
「何で泣くの」。
「あなたの生き返らない心に、泣いているんです」。

「とりえって何ですか。とりえって、すなわちあなた自身ではありませんか」。
「飛べないことも、不可能のことも、冴えないことも、みんな、とりえなんじゃありませんか」。
「それでいいんなら、あたしの体、あげるから、あなたが私になれば良いわ」。

「早く行って。あの中に入ったらおしまいよ」。
「そんなこと。そんなことできません。そんな、霊道に反すること!」
「お願いです、お願いですから、あなたこそ生き返ってください」と弦之丞が言う。

焼き場に入ってしまった棺を見て、初子も弦之丞もあわてた。
遺体が焼かれてしまったら、どちらが生き返るにしても、もう戻れない。
何とかして時間を稼がないと。

その時、夏山登が走って来る。
「その棺、開けてください!」
手にたくさんのレンゲの花を持っていた。

「これ、持たせたいんです」。
「一番好きな花って、文集にも書いてた」。
「書いてある場所まで行ったら、なかったからその向こうまで行ってむしってきたんだぜ、国下!」

初子は驚いた。
レンゲ!
「今、鍵を閉めてしまったところなんです。そちらでお焼香してください」。
「ちょっと開けてくれるだけでいいんですよ。国下はこれ、ほしいんじゃないかと思うんですよね!」

その時だった。
「あけてーっっ!」
絶叫が聞こえた。
「あけてーっ、あけてーっ。だしてちょうだいー!」

初子の母が叫んでいた。
お母様?!
なんつうすごい声。
理性がない。

初子の母親が絶叫する。
「連れて帰る、連れて帰る!」
「初子を出して、初子を家に連れて帰るーっ!」

「連れて帰る、連れて帰る!」
「初子は生き返ってる!」
「だして、だして、だしてーっ!」

父親が頭を下げ「すみません。もう一度あけて確認させてやってください」と言った。
「こういう方は一度棺を開けて確認しても、また閉める時、同じことを繰り返すんですよ」。
「強行手段で火葬しちまいますと、その後一生、助けてやれなかったという後悔にさいなまれるし」。
「よく言ってあげてください。絶対これきりにしてくれって」。

棺が開く!?
父親は母に言った。
「いいね。もう一度、お棺を見せてくれるそうだ。それを見て、納得したらちゃんと送ってあげるんだ。いいね」。
「は、はやくあけて。は、はやく!」

焼き場のドアが開く。
「初子ちゃん!」
「初子ちゃん!」
母が泣きながら、棺に駆け寄る。

「国下!レンゲだよ!」
夏山がレンゲを初子の手に持たせる。
その時だった。

固く閉じていた初子の手が開く。
レンゲを持つ。
「おばさん!」
夏山が叫ぶ。

初子の目が開いた。
母は凝視していた。
父も凝視していた。
次の瞬間、どよめきが起きた。

うわあっと声が上がった。
奇跡だ、奇跡だ!
そうよ、夏山登。
あたしはレンゲがほしかったのよ。

あたしはそれ受け取ろうとして、しっかりつかんでいた岩井弦之丞を引き連れて。
2人一緒に遺体の中に帰ってしまったの。
もう、夢中でね。

「弦之丞!」
「一緒に生きよう!」
かくてあたしは生き返った

このことをみんなに話して笑われるだけだから、夏山にだけ、話すことにした。
夏山は最初、変な顔をしていたけどそのうちに納得した。
私は時々、自分でも不思議な態度を取る。
男の子みたいな態度取ったり。

もうひとつは私がものすごく、歴史に強くなったこと。
教科書に書いてあることは絶対まちがいだと不思議なくらい、自信持って言ってるんだ。
ほんとに見てきたように、断固として言えるもんね。

それに私は優しくなった。
テルテル坊主を「やめて」と抱きしめる初子。
「吊るすなんて、しかも雨の日に」。

何を見ても何をしても、奇妙に新鮮に感じるし。
見慣れた街並みを見ても、うれしい。
コップを持ち上げて水を飲んでも、うれしい。

右足の次に左足を出して交互に動かして歩くと言う動作にも、感動してる。
インベーダーゲームできること。
運動の後の疲労感。
食べた時のおいしさ。

見てよ、葉っぱが濃くなってだんだん夏が来る。
夏が来たら、海にも行こう。
麦わらかぶって、森に行こう。
草を踏む音が、するだろう。

花瓶を割っても「割れたわー」と、感動している。
母親はこういう私を見て、「死ぬよりはいい」と言って頭をなでてくれます。
お母様。
私はあの理性ゼロのお姿を見てから、お母様をちょっぴり見直しているんです。

時々そういう自分をあほみたいと思って見てる自分に気が付いて、支離滅裂です。
「おーい、夏山殿」と初子が夏山に声をかける。
「殿は少し古いんじゃない?」

クラスのみんなが葬式のレンゲの一件を、戦後最大のラブストーリーだともてはやしたからではないのですが。
私は前よりずっと、夏山登を好意的に見るようになりました。
「見える?」と夏山が聞く。

「あの桜の木の上に、ぼんやり教室を眺めている霊がいるよ」。
「髪をみつあみにした女の子だな」。
「…何にも見えないみたい」。

「うーん、あんたに霊を見る能力があるなんて思ったのは、間違いだったなあ」。
「能力がないのは嫌い?」
自分でもどきっとするほど、素直に物を言うよね。
ドキッとするよ。

「国下さんは国下さんだろ。能力があってもなくてもさ」。
「わあ、僕の考えと同じだよ」。
「僕?」
ま、いいや。

桜の木の上、女の子がこちらを見ている…。
♪お殿様が通る♪
♪お姫様も通る♪
歌声が響く。


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しんでしまいましたの 「四月怪談」
2017/12/14(Thu)
大島弓子さんの「四月怪談」。
「背筋が寒くなるような話」と言った人がいました。
ホワホワしたタッチの絵だからそんなには感じないけど、確かに怖い話かもしれません。


「なあんて気持ちいいんでしょ!」
宙に浮かぶ少女・初子。
気圧も重力も風速も温度もまったくゼロって感じ。

そう、ゼロって言うのはこういうのを言うんだわ。
漂うって感じね。
きっと私は夢冷めやらぬ、非常に心地良い状態にあるのよ。
でももうすぐこの心地良い状態も、母親のあの身もふたもない起こし方によって壊されてしまうのよ。

現実に呼び覚ますのなら、もう少し現実の良さを表現して起こしてほしいわ。
たとえば香ばしいコーヒーの湯気をふうっとそばに寄せて。
おはよ、おいしいコーヒーが冷めてしまうから起きなさいとかさ。

『初子』
『初子ちゃん』
あの呼び方はまだ余裕のある時の呼び方だ。
まだ少し、寝ていられる。

もう少し、この自由な夢の中に居られるってわけ。
落っこってみよう。
何しろ夢だから。

初子は川に落ちた。
わー、流される。
あーっ、おもしろかった。
いつもは泳ぐ夢はトイレに行きたい時見るんだけど、トイレには別に行きたくないな。

さあて、次は何をしよう。
すると、声がした。
「ねえ、肉体の細胞が元気なうちに生き返った方が良いよ」。
「えっ」。

「わっ!」
初子の前に、髪の長い青年がいた。
「全身…、それ、何色っていうの。金…、じゃないし」。
「銀…、じゃないし、飴色って言うの」。

「夢に出て来るにしても、なんちゅう風変わりな風体」。
その青年は言った。
「生きている時は男子でした。でも今は霊だから、性別なんてどうでもいいのです」。
「あなたとは享年が同じぐらいだから、申すのですが」。

「悪いことは言わない。生き返りなさい」。
「自分の体のそばに行って、合体すればいいのです」。
「やだあ。そんなことしたら、目が覚めちゃうじゃない」。
「これは夢ではないのです。現実です。あなたは先程、死んだのです」。

「わあ、おもしろそう!そういうの大好き。んで?これからあなたと天国へ行ってみるわけ?」
「どうもわかってないようだな。今、あなたは肉体を離れた霊なのですって」。
「だから天国へ行きましょうよ」。
「天国も地獄もありませんよ。あるのは融合と消滅だけです」。

「すご、夢の中で死後説が聞ける!」
「困ったな。じゃあこれが夢でないことを証明します。こっちへ来て」。
「あなたの遺体です」。

何で頭に包帯巻いてんの?
わあ、自分も両親も、おじさんもおあさんもはっきりいる。
すごい夢!
こんな夢、初めてだわ。

「じゃあなたが家で眠るまでの1日を、僕に説明してごらんなさい。昨日、学校へ行くところから」。
「はい、いつものようにインスタントコーヒーを飲んで、8時に家を出て」。
昨日は通りがかりの家の雪柳が満開だったのよね。
あんまり綺麗だったので、あたしは小枝を一本もらうことにしたの。

1本もらって住宅街を抜けて、いつものビルの工事現場の下を通り。
学校に着いて…。
「学校に着いたら、その雪柳はどうしました?」

「飾ったんじゃない?机に」。
「どういう風に?空き瓶とか空き缶とかに?そんなもの、教室に置いてある?」
「き、きっと胸のポケットに入れたのよ。机じゃなくて胸のポケットに」。

「それを見て友達は何か言いましたか?花を見て、何か」。
「何も言わないわけないでしょう。それだけ綺麗な雪柳持っていたのなら」。
…何て言ったのかしら?

覚えていない。
全然、覚えていないわ。
何一つ。

「実際、起こらなかったことだからですよ」。
「あなたは雪柳を持って、登校しなかった」。
「あなたは花の枝を折って、住宅街を出て、工事現場の下まで来た時」。
「落下物にあって、死んだのです」。

「ですから、工事現場から後の記憶は一切なくて当然なのです」。
「…そういえば。工事中の下を通った時、頭で何か割れるような音がしたわ」。
「次、こっちを見て」。
「現場検証。白墨の跡があなたが倒れた跡です」。

雪柳が落ちていた。
夢にしてはつじつまが合い過ぎる。
すると、私は本当に…。
死んだ…?

するとあなたは本当の。
「おばけーっ!」
「あなたと同質のものです」。
「ただ違うところは、あなたにはまだ肉体がそこにあるってこと」。

「僕は自分の肉体を探している霊だ、ということ」。
「ね、先ほどから言ってるでしょ。肉体があるうちに生き返りなさい」。
「そんなに簡単に生き返れるものなの」。
「まだ肉体が十分、使えるんだから」。

だとしたら、もう少し遊ばなくちゃ!
初子は飛んでいく。
見ると、飛んでいる人がいっぱいいた。
自分も同じだと思うと、怖くない。

青年が何か言っている。
刻一刻、肉体の細胞が死滅していくわけだから、時間が経てば経つほど、生き返るのにエネルギーがいるようになる。
今ならすんなり帰れるが、明日になればもっとたくさんのエネルギーが必要になる。
それからあんまり上昇すると、大気中に溶けてしまうから。

くれぐれも迷わないように。
それから、テレポートもできます。
これを聞いた初子は、憧れの角のお屋敷の中にテレポートしてみた。
フワフワの天蓋付きのベッド。

初子は喜んだが、浮かんでいる方がずっと良かった。
そこで初子は気づいた。
片思いの津田沼くんのもとへ、テレポートするべきだ。

そう思った瞬間、初子の目の前に津田沼くんがいた。
初子は真っ赤になったが、津田沼くんには初子は見えていなかった。
其れに気づいた初子は、津田沼に抱き着いてみた。
津田沼さん、私死んでしまいましたの。

あなたは涙を流してくれるでしょうか。
津田沼さん、私、中1の時からあなたの姿を追いかけてましたの。
毎日、あなたを見るために学校へ行ってたぐらい。

津田沼さん、津田沼さん。
私、あなたの目好き。
陸上部で練習してる姿好き。
なんて、告白もできる。

津田沼くんは、何か、今日は調子悪い…と思っていた。
その途端、津田沼くんはおならをした。
う、嘘でしょう…。
「腹が…、こりゃだめだ」。

津田沼さんはトイレになんて、行っちゃだめだ!
その時、電話が鳴った。
「あ、今、家に誰もいねーんだ。はーい」。
津田沼さんはズボンも下ろしたまま、電話に出た。

初子はショックを受けていた。
「はい、あ、委員長?」
「国下初子さんが亡くなりました」。
「え?あの前の列の?」

そうです、知っていてくださいましたか。
「ほんとに?」
「告別式は明日。今夜、お通夜なのです。私、委員とあなた副委員長は出なければと思うのです」。

津田沼さんが家に来る!
片づけなきゃ!
しかし、初子は何一つ、触れることができない。

うろたえていると、玄関が開いた。
「初子ちゃんが帰って来ましたよ」。
「すいません、祭壇はこちらです」。

ひえー、祭壇?!
誰も皆、かなしそうではないな。
事務的に動いている。

ああ、津田沼さんは私を見て何て言うだろう。
どんな表情をするだろう。
泣いてくれたりしたら、何て素敵。
早く、早く、7時にならないかなあ」。

そうだ、津田沼さんにあんなに接近できたんだから、スターにも!
しかし、初子は弾き飛ばされた。
そこにあの青年がいて、初子を受け止めてくれた。

人気者にはファンの霊もたくさんいて、跳ね返されたのだと言う。
あの中にはあなたのように生き返れる余裕のある霊もおりましたんです。
でも自由さに惹かれて、こちら側に留まってしまった。
今はああやってひっついていられますが、1年も同じことをっやっていると、はた、と気が付く。

僕たちと言うのは、何でもできるようで、その実、何もできないものだ、ということ。
わかるわ、自分の部屋の片付けもできないんですもの。
だから、あなたは生き返ってください。

しかし初子は、その前に見られなかったバラ族というものの映画が上映されている映画館に入ってみた。
そこで、卒倒しかかった。
では、本物はもっと美しいのか。
そこでまた、初子は卒倒した。

青年は教えた。
ああいものは、肉体を離れてみると、すこしもおもしろくない。
人間の三大欲なんて僕らにとって何ら、必要のないもの。

初子はインベーダーゲームもやりたかったが、霊なので人がやるのは見られるが自分ではできなかった。
「僕はほんと、生き返りたいです」。
「…あのさあ、自分の遺体を探してるって言ってたわね。遭難でもしたの」。

「ええ、台風で川の氾濫にあって」。
「台風?いつ?」
「かれこれ、100年も前でしたか」。

「そ、その間、ずっと自分の遺体を探し続けて…」。
「ええ、でもこの頃はもっぱら、生き返れる霊で遊んでいるのを探して、体に戻ることを勧めるのに大忙しなのですけどね」。
「霊って、どのぐらいまで存在できるの」。
「3代分ぐらいあるんじゃないですか?3代祟るって言うでしょう」。

「だからあと、100年は探せるわけです」。
「100年も経っていたら今見つけたって、遺体はその…」。
「どこか、奇跡でも起きて冷凍にでもなっていたら、蘇生可能かもしれないでしょう」。
えらいロマンチストの霊だ。

何か生き返ったらやりたいことはないのか。
聞かれた初子は、思い出した。
夏山登。

何かというと、奇々怪々な話を持ち出す名物男。
あいつのところに行ってやろう。
そして生き返ったら、あなたの目の前に出たのに、あなたは私が見えなかったじゃないのと言ってやろう。

興奮してきた、生き返る張り合いが出てきた!
何であれ、生き返る意欲になれば良し、と青年は言う。
2人は夏山の部屋にテレポートした。

すると、帰って来た夏山が初子と青年をを見て「あれーっ、あんたらどっから入って来たの!」と大声を出した。
「み、見えるの?」
「国下さんだろ、あんた。友達?そっちの人」。

青年は夏山に、挨拶した。
初子はわからないようにそっと入ってきて、驚かせようと思ったと言った。
夏山は「この窓、すごい音するんだぜ。音を立てないように開けるのは並大抵じゃないよ」と言った。

「まあ、いいや、そういう悪戯は嫌いじゃないよ」。
初子は青年を従兄弟だと紹介した。
青年は「岩井弦之丞です」と名乗った。
下から登ー!と夏山を呼ぶ声がした。

「悪い、ちょっと待ってて」。
同級生からの電話だった
「国下さんが死んだって?」

「冗談じゃないよ、彼女、今、おれんちに来てるんだぜ」。
「夏山くん、こんな時によしてよ!」
登校中、落ちてきた鉄骨に当たって、病院に行ったが亡くなったと、同級生は知らせた。

「あの、絶対壊れそうもない初子がさあ…信じ、信じられないわよね」。
「人間ってさ、人間って、ものすごい奇跡みたいな均衡の元に動いていられるんだね…」。
夏山は黙っていた。

「うん…」と返事した。
部屋に戻ると、夏山が出した座布団だけがあった。
ポツンと2つ。
それには誰も乗っていなかった。

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メリークリスマス アンド アイラブユー 「山羊の羊の駱駝の」
2017/12/03(Sun)
すごく印象的な話で、この季節になると思い出していました。
なのに、タイトルがわからない。
「ロングロングケーキ」の中に収録されているのを見つけました。
「山羊の羊の駱駝の」というタイトルでした。

大島弓子のマンガは、とても繊細な絵で描かれてます。
猫を擬人化して、というか、猫が自分を人間だと思っている。
だからそういう姿で、出て来る。
でも、頭の上には猫の耳がある。

いかにも少女マンガという絵柄で、メルヘンぽく見える。
しかし、大島弓子の描く世界は実はとてもシビア。
4分の1世紀前の片思いの少女にそっくりの女子高校生に出会う「たそがれは逢魔の時間」。
だが妻には恋人がいて、その少女は女子高生売春をしていた。

大恋愛の末、一緒になった夫婦。
だが夫は倦怠感を感じ、会社に気になる女性ができていた。
そんな時、妻が階段から落ちる。
お腹に子供がいたことに気付かなかった妻は、流産。

これをきっかけに、妻は精神のバランスを崩していく。
叫び、笑い、泣き、空中に向かって話しかける。
死んだのは娘だと言って、名前を付ける。
そしてダリアの帯を作って、喪服に締めるという「ダリアの帯」。

山岸涼子がこんな話を描いたら、肌に突き刺さるような痛さを感じるものになるでしょう。
きっと、心理も、起きている現象も怖ろしく描く。
大島弓子の、ほわほわとした絵だから夢物語のように読める。
だけど「大島弓子って背筋が凍るような話があるよね」と言った人がいるように、実は怖いんです。

この話も、とてもシビアで切なくて、哀しい。
厳格な父。
しかしこの父は本当の意味で、雪子に厳格な躾をしているのではない。

教育評論家で、次期市長候補。
雪子はその父にふさわしい、娘でなくてはならない。
おそらく、小さな雪子にとって心のよりどころだった犬・ジロ。

そのジロが近所の子を噛んだということで、父は雪子に知らせるまでもなく薬殺した。
どうしてジロが噛んだのか、ジロの言い分も聞かず。
それが父の体裁だと、雪子は言っている。

この時、雪子は父を愛することをやめたのでしょう。
雪子は泣くのをやめてしまった。
子供らしく振舞うのを、やめたのでしょう。

父の前で、母の前で、感情を出すのをやめたのかもしれません。
父に対する信頼もなくしてしまった。
「敢然と無視されたのはあの記者ともう1人、あたしです」。

「あの写真が私でなかったら、私はどこにもおりません」。
雪子は父に、無視され続けていると思っている。
記者はその時だけだけど、雪子はずっと無視されていると思っているんですね。

自分を無視しなかったのは、犬だけ。
ジロだけ。
だから、雪子は呼びかける。

どこにもいない犬。
どこにもいない私。
たった一人の理解者。

ジロよ、帰っておいで。
私の肩に帰っておいで。
ジロは帰ってきてくれた。
だから私は夕方になると、街を徘徊する。

家に帰りたくないんじゃない。
私は、ジロと一緒に歩いているのだ。
そう考えると雪子のこの言葉は、とても痛々しい。

こんな時、雪子は献金活動をしている天使様に出会う。
自分の電車賃を入れた音は、荘厳な鐘の音だった。
「ありがとう」の笑顔は、天使だった。

雪子はそれをもう一度経験したくて、そこに通い始める。
お金を箱に入れ続ける。
そのために妙な雑誌の編集者に引っかかり、クラスメートから借金をしまくる。
でも雪子は止められない。

ここでこの話が雪子のモノローグで占められていたところに、陽差子というクラスメートが入って来る。
陽差子は忠告するが、雪子は献金がどう使われようと関心がない。
雪子は、ボランティアに協力しているのではないのですから。
彼女は、他で得られなかった自分の幸福感のためにやっているのですから。

でもそんなことは、陽差子にはわからない。
だから陽差子は、怒る。
詐欺に加担させないでくれと思って、お金を返してくれと言う。

しかしそうやって献金をしていた雪子には、わかってくる。
ジロは雪子に何かしたい、何かしたいと思っていたことが。
それはジロが、犬が自分にくれる無償の愛。

本来なら、雪子の父母がくれるはずのもの。
それをジロはくれていたのだと。
これが自分を幸せにしていたのだと。

ジロはそれで、幸せだったのだと。
自分もまた、そうなのだということ。
人を幸せにできる、そして自分は幸せに感じる。

それができる。
私にはわかりました。
わかった私はやっと、言えます。

メリークリスマス。
メリークリスマス。
ありがとう。
アイラブユーと。

天使様の羽は、雪子にも生えた。
その雪子に気が付いたのは、陽差子。
お金を返して…というのは当たり前だと思うけど、陽差子は雪子を追い詰めてしまった自覚がある。

無償の愛は、自分にはまだできない。
だからクリスマスソングは歌えない。
それでもいつかきっと、できる時が来る。

できるようになりたい。
そうしたら、言いたい。
ジロが雪子に何かを残したように、雪子も陽差子に何かを残した。

メリークリスマス。
メリークリスマス。
ありがとう。
アイラブユーと。

シビアな話です。
しかし静かに、でも確実に希望を残して、このクリスマスの季節の話は終わります。
あたし、私と一人称が変わりますが、それさえもこの不安定な少女にはふさわしい。
大島弓子、すごいです。



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ジロや どこにもいない犬 「山羊の羊の駱駝の」
2017/12/02(Sat)
大島弓子さんのマンガ。
「山羊の羊の駱駝の」。
この季節になると、思い出します。


主人公・雪子のモノローグから始まります。
11月末の日曜日。
今月分の小遣いをはたいて、映画のはしごをして外に出ると、まだほんのり明るい夕暮れだった。

「ああ、おもしろくない映画だった」。
「もう少し何とか、できなかったのだろーか」。
雪子は不機嫌だった。
街にはジングルベルが鳴り響いていた。

『あたしは暗くなるまで、そこいらを歩いてから帰ろうと思った』。
『あたしは夕暮れになると、下を見て歩き回る癖がある』。
そうして歩いている雪子は、ふと足を止めた。
『なんだあれ』。

腰までの長い髪。
天使の羽。
白い長いローブ。

その男性は、雪子に「よろしく」と言った。
「あ、こちらこそよろしく」。
雪子にそう返されて、男性は戸惑った。

「アフリカ難民のため、献金をお願いします」。
男性は、そう書かれた箱を持っていた。
あ、あたしの財布によろしくと言ったのか。

雪子は電車賃だけ残しておいた小銭を、募金箱に入れた。
その時だった。
「りんごん」。
「りんごん」。

『りんごん?』
「ありがとう!」
男性は笑顔になった。

その笑顔は天使様だった。
お金を入れる音は、天の鐘の音だった。
雪子は道ばたに座り込み、その天使様を観察し続けた。

『あ、店じまいだ』。
募金箱を下ろし、男性は背負っていた羽を下ろした。
『なある。それで後ろから見ると背負子のところは髪で隠れるわけだ』。
ローブはたくし上げて、歩きやすいようにして帰る。

ふと、雪子は気づいた。
「何時」?
「11時~!?」
雪子はそんなに長い時間、天使様を見ていたのだ。

『我が家には、防音壁の音楽室があります』。
『今ではあたしはピアノをやめているので、この部屋は今日のように門限を犯した時等の説教に使われるのです』。
『どんなに大きな声で怒っても、近所には聞こえない、というわけです』。

私がこの部屋を最後に使ったのは、10年前のことです。
近所の子供がつないであったうちの犬をいじめて、噛まれてケガをした時です。
その日、学校から帰ると、犬がいなくなっていました。
父が保健所に連れて行き、薬殺したのです。

それが父の体裁でした。
あたしは音楽室で、犬の鳴く一生分を泣きました。
それ以来、あたしは泣いていません。

説教が終わった時、雪子はうっかり小遣いの前借りを頼んでしまった。
さらに説教が伸び、寝たのは2時になった。
でも気分は最高。
雪子は翌日も学校の帰り、天使様を見に行こうと思った。

途中、10円玉でも落ちていれば、献金ができる。
そう思った雪子に、声をかけてきた男がいた。
「こういう者ですけど、助けてくれないかな」。
男は苦労しないで大金が入る、綺麗なバイトを紹介するという。

雪子は写真を撮られ、10万円をもらった。
そして走った。
「あの場所にいますように」。
「いました!」

天使様はいた。
「お待ちください、今、10万が行きます」。
そうだ。
お札は音がしないから、全部500円玉に替えよう!

雪子が募金箱に500円を入れると、りんごんという音が鳴り響いた。
ひゃあああっ、いい音!
「ありがとうございます」。
まだまだ、まだまだあるんです。お待ちください!

ごーんごーん、ごーん。
天使様の顔が、引きつって行く。
だが雪子は、最大限の笑顔になった。
あたしは合計200回、鐘を打ち鳴らした!

あたしは毎日、毎日、あの天使のうれしそうな顔を見たいと思いました。
あの顔を見れば、ご飯を食べなくても生きられるような気がしました。
そういうことで次の日も、雪子は天使様を見に行った。

天使様は雪子を覚えていた。
手を振ってくれた。
忘れらりょか。

雪子はうれしくて、犬が尾を振るように手を振り続けた。
またバイトをして、献金をしたい。
雪子は、あのバイトでもらった名刺に電話をした。

しかし電話中。
ずっと、ずっと電話は話し中だった。
なんだここ?と思ったが、雪子はもう電話する必要はなくなった。

あの時の記者が、向こうから雪子に会いに来たのだ。
雪子のグラビアは大評判になり、問い合わせが殺到したらしい。
また出てくれないかな、と男は言った。
そして、雪子のグラビアを見せた。

「これ!」
「約束が違うじゃない!」
「肩から上の写真で、胸から下は出さないって言ったのよあなた!」
「下着をはずすのは、その方が肩が綺麗に撮れるからって言ったのよあなたは!」

記者が見せたのは、雪子のヌードグラビアだった。
騒ぎで、雪子の両親が出てきた。
雪子のグラビアを見た父親は、雪子に家に入っているように言い渡した。
母親は泣いた。

「ごめんなさい、でもあれはあっちが約束違反を」。
「黙りなさい!」
父親は怒鳴った。
「なかったことにしよう」と、父親は言った。

「あれはお前ではない。お前に似た、どこかのあばずれだ」。
なある(ほど)…。
「学校に行きなさい」。

雪子は父親に言われたとおり、記者を無視して走った。
記者は追いかけてきて、学校にまで入ってきた。
そして生徒たちに、「奥杉雪子ってどんな子?」と聞いた。

「ここ、お嬢様学校でしょ?」
「BFはいるのかな?あの子のお父さん何してる人?」と聞いて回った。
教師たちからも家に問い合わせが来たが、父親は人違いだ迷惑していると言った。
雪子は記者を見ながら、思った。

敢然と無視されたのはあの記者ともう1人、あたしです。
あの写真が私でなかったら、私はどこにもおりません。
雪子の心は、真っ白になった。

どこにもいない犬。
犬(ジロ)や。
帰っておいで。
私の肩に帰っておいで。

雪子が天に手を伸ばす。
天からは、ジロの首輪と鎖が降りてきている。
まだ、幼い髪の短い雪子。

今、ロングヘアの雪子の横顔は、無表情だった。
あたしが夕方、決まって街を徘徊するのは、あたしが犬になるからです。
ジロはあの時、あたしの肩に帰って来たのです。

雪子に、陽差子というクラスメイトが声をかける。
「あたし、あの写真あなただと思うわ」。
「ねえ、どうして写真のせたの」。
「他言しないから教えて」。

雪子は言った。
「バイト料がほしいからよそれだけよ」。
すると陽差子は、「もうあなたがあんな雑誌に引っかからないようにお貸しするわ」と一万円を渡した。

雪子はうれしくて、躍り上がった。
「ありがとうっ!」
雪子はそれを、天使様に献金した。

記者は追いかけてきた。
雪子は、今日は追われているので手短にしますと、陽差子の一万円札を入れた。
追いかけて来た記者は、天使様にも聞いた。

「あの娘、もしかしたら相当の金額をここに入れたのと違いますか」。
「はい、いただきました」。
「彼女はそれを社会鍋に入れた」と、記者はメモした。

「で、あなたは彼女から誘われましたか」。
「誘うって何のことです」。
「そりゃその何ですよ、この頃の高校生は進んでますから」。

「いいえ、誘われません」。
「何度も誘われた」と、記者はメモした。
その様子をまた、陽差子が見ていた。

天使様は名前を聞かれて、「練馬ヒロシ」と名乗った。
「うそーぉ」と陽差子は思った。
名前も嘘っぽいが、やっていることも嘘っぽいと思った。

陽差子はヒロシを追うことにした。
一切の生活を放棄し、募金活動にささげた人の生活を見てやろうと思ったのだ。
献金活動を終えたヒロシは、電車に乗った。

そして、高級住宅街で降りた。
「億ションに入って行った?」
「あっ、あの部屋だ。髪型でわかるわ」。
ヒロシのシルエットが、窓に映っていた。

「女の人がいる」。
「ええええ」。
ヒロシは女性と、乾杯している。
「シャンペングラスで?」

乾杯してる~~~~!
何が清貧よ。
奥杉さんはね、奥杉さんは騙されているのよ!
陽差子は、心の中で絶叫した。

翌日。
陽差子はこのことを雪子に知らせようと、待っていた。
しかし、雪子は他のクラスメートに話しかけられていた。

雪子は、陽差子に話したことを彼女たちにも話していた。
そして、別のクラスメートもまた、困っていると思って雪子にお金を貸していた。
雪子は思った。

今まで、人見知りしていたけど。
なあんだ。
みんな、天使じゃないの。

陽差子はやっと、雪子に話かけることができた。
そして昨日、見たことを話した。
あなたのお金は、シャンペン代になっている。
陽差子は、そう言った。

しかし雪子は言った。
「ご忠告ありがとう。でも献金が何に使われようと、あんまり関係ないのよ」。
陽差子は、顔をしかめた。

関係ない?
あたしに献金詐欺の片棒を担がせておいて、関係ないですって?
雪子はまた、クラスメートに借りたお金を献金していた。

陽差子はそれを見ていた記者に、詰め寄った。
雪子のプライバシーを探るぐらいなら、献金詐欺を暴け。
それがジャーナリストでしょ、と陽差子は言った。

記者はむっとしたが、次の瞬間、それはおもしろい、と思った。
翌日、陽差子は雪子に、すぐにお金を返してくれと言った。
雪子は「悠長にも」働いたら返そうと思っていたので、どうしようと思った。

母親はあの日以来、雪子と話さない。
お小遣いの前借は、無理だ。
雪子の目に、母の財布が入ってきた。

4千円入っていた。
とりあえず、2千円抜いた。
そして陽差子に返した。

分割と言われた陽差子は、早くあの汚らしい献金詐欺から手を引きたいと思った。
雪子は別なバイトを探したが、、短時間で稼げる仕事はなかった。
だからまた、母親の財布から拝借するしかなかった。
雪子がお風呂から上がると、母の雪子を見る目が変わっていた。

翌日、学校では早めに始まったバーゲンセールの話で盛り上がっていた。
話はクリスマスには、ホテルでディナーパーティーをしようかという方向に進んだ。
うんと着飾って。
だがそれには、2万円と言うお金がいる。

ドレス代もかかるだろう。
1人がボソッと言った。
「貸したお金って、翌日ぐらいに返って来るもんだと思ってたわ」。
「あたしもよ!」と、1人が声を上げた。

「ええー!」
「ここに居る人全員、奥杉さんにお金貸してるの?」
「でも返してなんて、鬼みたいに言えないわよね」。

「ふん」と、陽差子は言った。
「アタシは返してもらったわよ、全額!」
…返してもらった?
みんなが、顔を見合わせた。

雪子が登校してきた。
みんなで言えば、こわくない!
雪子に向かって、みんなが叫ぶ。
「あたしたち、お金がいるの、お願い今すぐ返してほしいの!」

雪子は、呆然とした。
「月曜まで待って」と、雪子は言った。
陽差子にはまた、2千円持って行った。

「ああ、いらないわ。もういいのよ、あたしには!」
「え?」
『これ以上、イライラしたくないのよ。残りの分もう良いわ。あなたにあげるわよ』と、陽差子は思っていた。

『あたしは今年は誰にもプレゼント買わない』。
『ディナーパーティーもしない』。
『それでいいのよ!』

雪子が帰宅すると、母の財布には紙テープが貼ってあった。
母は、雪子を疑っている。
だが、自分の財布に入っていた金額も疑っているのだ。

財布を開ければ、紙テープが切れる。
家には、母と雪子しかない。
雪子は考えた末、ついに財布ごと持って行った。
だがお金は、全然足りない。

雪子は、街を歩いた。
土曜の夕方は人は多いが、お金を落とす人はいない。
強盗するにも、銀行は閉まっている。

雪子が帰ると、母の別の財布が置いてあった。
母はそこから、目をそらさなかった。
翌日の日曜日。

母は一晩中、眠らずに、財布を見張っていたしい。
目が赤かった。
雪子は、朝からお金を拾いに行った。
足は疲れ、お腹はすき、やがて暗くなってくる。

明日は月曜日。
「雪だ…」。
見上げた雪子の上に、雪が降ってきた。

雪の夜の中、座り込んでいる雪子に天使様が話しかけてきた。
「どうしました」。
「何か、心配事でも?」
「何でもないんです」と、雪子は答えた。

「今日は、献金できなくて」。
「あなたにはもう、一生分いただきました」と天使様は言った。
「ほんとに何にもないんなら、もうすぐ、最終の電車ですよ。早くお家にお帰りなさい」。

「はい」。
しかし雪子は帰らない。
帰れないのだ。

すると天使様はくるりと踵を返し、雪子の前にやってきた。
「何かお忘れ物でも」と聞く雪子に、天使様は「はい、あなたを」と言った。
「僕とおいでなさい。食べ物ぐらいには、ありつけますよ」。

「え?」
「僕の寄り合いの場所にです」。
うそ…。
行きます!

マッチ売りの少女じゃないけど、これは幻覚であたし、朝、ここで冷たくなってるんじゃないだろうか。
雪が、たくさん降って来た。
あたしはそれでもいいと、思っていた。
もう、こっちの世界に帰って来なくたっていいと。

どこをどう通って着いたのか、覚えてなかった。
フッと、全体が明るくなった。
マンションだった。

わー、ヒロシのおなりーと、声が上がった。
女性が「お待ちかねのヒロシちゃん!」と、そこにいた人たちから、からかわれていた。
大勢の人がいた。

「いらっしゃい、あれ?お連れさん?」と、その女性が言った。
「うちのお得意様なんだ。何かあったかいもの作ってやっても良いかな」。
その女性は雪子を「まあー、冷たい!電気毛布でくるんであげましょう」と言った。

雪子の前に「どうぞ!俺の特製リゾットだよ」と、料理が出てきた。
「これ差し入れ」とワインを持った男性がやってきた。
「雪だ、仕事は止め、止め!」と言っていた。

どうやらこのマンションは、毛布をかけてくれた女性の家らしい。
天使様の恋人かな、と雪子は思った。
誰かがヒロシに「お前の集めた金は今頃、ラクダの背に乗ってポックリポックリ難民の方角に向かってる」と言った。

天使様は笑っていた。
アフリカへ行くのは、果たして駱駝で行くのかな。
雪子は、そんなことを考えていた。

誰かがワインを飲ませたので、雪子はトリップしていた。
そこはいつの間にか、音楽室になっていた、
雪子は父母、そしてクラスのみんなにワインを注いでいる夢を見ていた。

犬と言うのは、いつもいつも人に何かをしてあげたい
してあげたい
してあげたいと思っている動物らしい
あたしにはそれがよおくわかりました

メリークリスマス
メリークリスマス
メリークリスマス
メリークリスマス

記者は、編集長に電話をしていた。
雪子の父親が教育評論家で、市長候補ナンバーワンだと突き止めたのだ。
そして夕べ、雪子はイカサマボランティアの乱痴気パーティーにいたと報告していた。

月曜日、雪子は学校に来ていない。
生徒たちから金を巻き上げて、雪子はイカサマ師に貢いでいた。
総額62万円。
みんな、金が帰って来ないので騒ぎだしていた。

編集長はそれをすべて聞くと、明日の発売の雑誌に載せるつもりだった。
そうして、雑誌は出てしまった。
雑誌を見たヒロシは「あ、俺の写真だ」と言って本を読んだ。

雪子の献金は、そんなことをして集めた金だったのかと思った。
だがもう、お金は送ってしまった後だった。
もう返してやれない。

それにしても。
雪子は、月曜の朝に帰って行った。
今日は火曜日なのに、どこで何をしているのか。

雪子は雪の中、お金を探して歩いていたのだった。
目が、かすんできた。
あったかいところで休もうと、思った。
雪子が座った椅子の横に、カバンがあった。

え?
まさか、神様
くださるんですか?
…と雪子は思った。

手を伸ばし、かばんを持って走った。
記者が、それを撮影している。
雪子がかばんを開けると、百万円が入っていた。
「ああ、めまいがする!」

しっかりしろ、しっかり。
これならみんなに返せる。
すぐ学校へ行こう。
雪子は、お金を分けた。

これは、クラスの人に返す分。
これはお母さんに返す分。
そして残りは。
天使様のところに寄って差し上げて行こう!

カメラのシャッターは、雪子を追って切られ続けている。
天使様は、こちらに向かって走って来る雪子に気が付いた。
「あっ、あの子だ」。
「あっ、こっちへ来る」。

「手に札束?」
「札束」。
「今度は何の?!」
雪子は天使様に抱き着いた。

「ありがとう」。
天使様はそう言って、雪子を抱きとめた。
「え?」
雪子は眠っていた。

警官の笛の音。
シャッターの音。
人のざわめき。

救急車のサイレンの音。
天使様によりかかりながら、雪子は思った。
ジングルベルが聞こえていた。

雪子が目を覚ましたのは、病院だった。
父親は警察に呼ばれていた。
私が置き引きをやったので、それで。

あれは神様が下さったお金では、なかったようです。
それは全額持ち主に返されました。
クラスメートの借金も、父が払ったそうです。

父は各顧問を辞職し、市長選出馬を断念しました。
天使様も取り調べられましたが、詐欺の証拠はなく、すぐに釈放されたそうです。
しかし週刊誌に写真入りで詐欺と歌われては、募金活動はできず。
天使様は仲間のカンパで、アメリカに行って同じことをやると言って旅立っていきました。

あたしの罰はと言いますと、どうやら薬殺は免れ、北国への島流しとなりました。
気分を出してお船で、父の知り合いのお寺に3年の修行に出る私とジロ。
あたしは考えました。

宗派は違ってもあの天使様と同じことをやれると。
それ、すなわち托鉢であります。
「しかしだれも、とおらないわ…」。

「うわあ、幻想的」と言う声がする。
ビルの上から、イルミネーションが見える。
雪子のクラスメートたちが、ホテルでディナーパーティーをやっていた。
みんな、着飾っている。

メリークリスマス!
「では、お席にご案内いたします」という声がした。
だが、陽差子は動かなかった。

「あたし、帰る」。
「陽差子、どうしたの」。
「何で、嘘。これから始まるのに」。

だが陽差子は、外に出た。
天使の羽をもがれたから、クリスマスソングは歌えない
陽差子は、思った。

だけど来年には新しい羽も、はえてこよう
来年でダメなら再来年
再来年でダメならその次の年
5年でダメなら10年後

やっぱりあたしクリスマスソング歌いたい
メリークリスマス
アンドアイラブユー

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