何度見てもゾクゾクするのは、「必殺仕置屋稼業」第1話の市松登場シーン。
一発で市松という男に惹き付けられる名シーン。
沖雅也さんです。

あの横顔。
音もなく、後ろにつく姿。
優雅な扇を扱う手つき。
蒸し暑そうな夜、彼の周囲だけ温度が低いような空気感が出ている。

そしてあっという間に標的の首筋を竹串で刺す。
次の瞬間、主水と扇越しに目が合う。
かき消すようにいなくなり、主水が見失ったと確認すると立ち上がり、竹串を折る。
息を呑むような数分間です。

「必殺」には名シーンが数多くありますが、その中でもベストに入るのではないでしょうか。
第1話はこの後も、中村玉緒さんのおこうが一瞬でその個性を見せつけます。
市松は優雅で危険な猫科の動物を思わせます。

おこうは、主水に薄笑いを浮かべながら仕置人であったことを知っていると告げる。
そして、一遍、、お仕置きをした人間は一生、その首かせから抜け出せんのと違いますか?と言う。
この時のおこうの目は、笑っていない。
やはり、隙の無い猫科の動物の目です。

この10分ぐらいの間、たたみかけるように次々と重要人物が現れる。
そして雪崩れ込む仕置シーン。
少女に仕置を見られたと思った市松が飛んでくる。

主水が息を呑む。
少女の目が見えていないことを知った市松が、優しく微笑み、少女を船に乗せるために連れて行く。
構成の見事さ。
この前の作品「仕事屋」は名作ですが、「仕置屋」もそうなのだと思わせるのに十分。


そして「一筆啓上罠が見えた」。
この第2話は、この市松の生い立ちが明らかになる。
親代わりに市松を育てた男は、鳶辰。
裏稼業は、殺し屋。

市松の実の父親を、密告によって死に追いやった男だった。
自分が手配した殺し屋が、標的を狙っていることを標的自身に教えてやる。
その謝礼を受け取る。

殺し屋に狙われるような人間には、何か後ろ暗いことがある。
鳶辰はさらにそれを探り、大金を脅し取る。
市松を育てたのは、そういう男だった。

だが市松は、それを知らない。
この男に市松がかわいがられていることは、鳶の面々がやってくる市松を見るシーンでわかる。
「市松さんだ」と言って鳶たちが立ち上がり、そそくさと出て行く。

やってきた市松は友人・源次とすれ違う。
この友人は、市松同様、鳶辰に使われていた殺し屋だった。
しかし足を洗ったはずだ。
それが復帰しようとしている。

市松の話によると、おみつは裏稼業を嫌っていた。
それなのに、なぜ。
源次は妻のおみつに子供が生まれるためにお金が必要となり、殺し屋に復帰したのだ。

だが源次が向かった相手は、用心棒を用意して待ち受けていた。
源次は返り討ちに遭う。
瀕死の源次が逃げ出すのを、用心棒が追う。

どこからか、竹串が飛んでくる。
用心棒が身を隠す。
出て行こうとすると、竹串が自分を狙って飛んでくる。
その間に源次は逃げおおせた。

おみつの元まで逃げ帰った源次は、10両をおみつに残すと死んだ。
仕置屋に、源次の仇討ちとして鳶辰の仕置が持ち込まれる。
仕事の話を持ってきた印玄だが、市松は断る。

そして独自に、おみつの元へ行く。
おみつに、市松は、金なんか払わなくても俺がやってやった。
なぜ、自分に頼みに来ないと言う。

すると彼女は言う。
自分は、市松に裏稼業から足を洗ってくれと言ったはずだ。
その気持ちは今も変わらない。

おみつの目と市松の様子から、おみつが遊女であったこと。
その店に市松と源次が行ったこと。
最終的におみつは、市松ではなくて源次の方を選んだことがわかる。

理由はおそらく、市松は根っからの裏稼業の人間だからだった。
おみつは市松のことは好きだったのだろうが、市松は裏稼業をやめないことがわかっていた。
だからおみつは、市松を選ばなかったのだ。

源次は、市松の父親同様、鳶辰の密告によって、死ぬ。
市松の父親が、回想の中に現れる。
彼同様、涼しげな容貌の黒ずくめの男。

おこうに仕置を頼んで、おみつは自らの命を絶つ。
鳶辰の正体を知った市松。
「すぐにけえってくるからな」と言って出かけた父親は、それっきり帰ってこなかった…。
源次同様、鳶辰の罠にはまって落命したのだ。

父親が市松に折ってやった鶴。
市松は折り鶴を見る度、帰ってこなかった父親を思い出す。
本当の父親、そして「オヤジ」と呼んでいる鳶辰。

鳶辰は、いったい、何を思って自分が死に追いやった兄貴分の子供を育てたのだろう。
決して、贖罪のために市松を育てたのではないと思う。
市松の殺し屋としての素質に、惹きつけられたのだろう。

しかしそれにしても、子供だった市松が成長するまでの時間があった。
誰にもわからない、市松と鳶辰の心の交流だってきっとあったのだ。
だがそれは、偽りの絆。
市松はそれを、断ち切らなければならない。

第1話では得体の知れない、人間らしさがない冷酷な殺し屋に思えた市松。
捨三は、「あっしらは仕置屋ですよ」と主水に言う。
市松は殺し屋だ、殺し屋と仕置屋では全然違うと言う。
信用できない。

それほど捨三に言わせる市松だが、殺人機械どころか人間だった。
人間らしいどころか、誰にも触れられない傷を一人で抱えている青年だったのだ。
そして今、彼はその傷口をさらに深くし、血を流すのだ。

折り鶴を残して、帰ってこなかった父親。
夕日を浴びながら、市松は折り鶴を折る。
その夜、仕置屋は鳶辰を狙った。
仕留めたと思った鳶辰は、影武者だった。

主水を影武者の罠にはめ、鳶辰は短筒を向けた。
捨三がかばおうとするが、とてもではないが守れない。
するとその背後に、折り鶴が飛んでくる。
主水がそれに気づき、笑う。

竹串に仕掛けられた折り鶴は、勝ち誇っていた鳶辰の首筋に深く刺さった。
白い折り鶴が、鳶辰の血で赤く染まっていく。
「ん?」と鳶辰が首筋に手をやる。

血の気が引いていく。
鳶辰は倒れた。
彼にはわかっただろうか。

自分のやったことが。
これが市松からのものだということが。
市松の彼に対する別れだということが。

そしてこの折り鶴が市松にとって、父親の象徴だったことは誰にもわからない。
父の象徴である折り鶴を、自分の父親を殺した義理の父に投げる意味を。
心の痛みを。

目に涙をため、去って行く市松。
これが自分の運命か。
なぜ、こんな呪われたような運命なのだろう。
自分には人間らしい生き方は、赦されないのか。

市松の心は張り裂けそうだ。
背後の主水たちに、もう市松の目は向いていない。
そこに主水が声をかける。

「助かったぜ」と笑う主水に市松は振り向く。
さっきまでの表情は、嘘のように消えている。
不敵で冷酷な市松が、そこにいる。

無表情に、手を差し出す。
仕置料、寄越せ、ということだ。
しかし主水は、おこうから市松の分までは受け取っていない。

そう言うと市松は「そんなことは知ったことか」と言う。
助けてやったんだから、金を払えと。
「おめえの命料だ」。
主水は渋々、自分の分を差し出す。

2両を受け取った市松はバカに仕切ったように、「2両か」と言う。
「安い命だな」。
これには主水もカッとなった。

聞いていた印玄も、露骨に顔をしかめた。
捨三に至っては、吐き捨てるような表情だ。
嫌な奴。
そこにいた全員が、そう思った。

「危ねえ時ゃ、またな」。
そう言うと、市松は去って行く。
後ろ姿が泣いている。
だがそれに気づく仕置屋の人間は、いない。

市松は感情がない冷酷な殺し屋なんかじゃない。
しかし市松は声も出さず、涙も見せない。
自分に対する運命の悪意を受け止め、負けないぐらいの悪意で返す。

だから誰も気がつかないだけだ…。
一皮むけば、そこには痛いほどの心の傷を抱えている、繊細な青年がいる。
実に痛々しく、哀しい…。
第2話は市松の人となりを掘り下げる、痛々しい話でした。


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2016.12.14 / Top↑
主水も、捨三も、うつむいていた。
市松も無言だった。
「そうか」。

主水が口を開いた。
「殺したもう一人の女ってのは、おふくろだったのか」。
「これで洗いざらいぶちまけた。俺を仕置きするなら、してくれ」。

主水は無言だった。
捨三は目を閉じる。
市松の横顔は、無表情だった。

印玄は。およねの座敷にいた。
およねは印玄に背を向けて、話を聞いていた。
「15年間、俺が捜し求めたおふくろは、おふくろじゃあなかった」。
「実の我が子でさえ、抱こうとする畜生にも劣る女だった」。

「その憎しみのあまり、おめえのオヤジを巻き添えにして殺した…」。
「俺は許しを請おうなんて来は毛頭うない」。
「俺を恨みたければ恨め。殺したければ殺せ!」
「生きるも地獄死ぬも地獄、どっちに転んでも変わりはねえ」。

およねは泣き崩れた。
顔を上げる。
印玄に向かって。手を振り上げた。

およねの手には、かみそりがあった。
かみそりには、血がついていた。
印玄の袖口が切れて、血がついている。
およねがガックリとうなだれる。

「どうした」。
「私も…、おりんに夢中になっていた父を恨んだこともあります…」。
「父が帰ってこない夜、1人泣きながら寝たことも」。
「でも、私にとってはかけがえのない父だったんです」。

その時、「およねちゃん!おふくちゃんが!」と女郎が駆け寄ってくる。
おふくが、清吉に殴り飛ばされていた。
「労咳、隠してやがって」。

伝兵衛が「清吉、そんなに殴ると傷物になる」と止めた。
「今ならまだ、労咳をとぼけて鞍替えをさせることもできるんだ」。
およねたちが、全員で入ってくる。

「何だ。おめえたちゃ」。
「おふくちゃんを鞍替えするなら、私たち働きませんよ」。
みんな、年季明けまでおふくの分まで働くから、と言った。

「おい、おめえらそんな口利いていいのか!」
清吉が凄む。
「清吉」と、伝兵衛が止める。

「わかったよ。おめえたちの言うとおりにしよう。だから店出ろ」。
「オヤジさん、こいつらの言うこと、いちいち聞いてたら示しがつきませんぜ!」
ところが伝兵衛は「まあ、いいじゃねえか。みんな、わしの娘も同然だ、なあ、およね。さあ、店へ出ておくれ」と言う。

「おふくちゃんのことは」。
そう言うおよねに伝兵衛は「ああ、わしが悪いようにはしねえ。わしに任せておけ」と言った。
「さ」と、伝兵衛はおよねたちを店に出した。

およねたちを店に出すと伝兵衛は清吉を呼んだ。
「清吉。おふくを裏口から連れ出せ。売り飛ばすなら甲州路辺りの方がいいなあ」。
「オヤジさん」。
「およねたちがぎゃあぎゃあ言いやがったって、あとは何と言ったってカタをつける」。

主水はおこうに、印玄の殺しを断った。
そして、頼み人に金をちゃんと返せと言った。
おこうは不満そうだったが、しかたなく言うことを聞いた。

岡場所で、およねたちはおふくの分も、必死に客を引いていた。
伝兵衛がそれを横目で見ている。
そこに1人の女郎がやってきて、およねに耳打ちをした。

聞いたおよねは「えっ、おふくちゃんが!」と声を上げた。
立ち上がり、店を出て行く。
「およね!」と伝兵衛が声をかける。

夜道で、おふくが清吉に連れられて歩いていた。
清吉に「おめえがいりゃあいるだけ、およねたちの足手まといになるんだ。わかったな」と言われ、おふくはうなづいた。
「おふくちゃーん!」

およねが走ってくる。
清吉の手から、おふくを取り返すと「話が違うじゃないか」と言った。
「何だ、おめえは」。
「旦那さんは私にはっきり約束したんだ。旦那さんに会って話をつけます」。

「待て」。
清吉は匕首を出した。
およねの体が一瞬、硬直する。
「さあ、おめえは店に帰ってろ」。

だがおよねは引き下がらなかった。
清吉ともみ合いになった。
「きゃあ!」
清吉の匕首は、およねにを刺さっていた。

「およねちゃん」。
他の女郎たちが飛んでくる。
それを見た清吉は「ばかやろう、てめえが、でしゃばりやがるからだぜ」とうろたえていた。

およねは梅の屋に運ばれてきた。
「旦那さん、およねちゃん死んじゃいます!」
女郎たちが悲鳴をあげた。

だが伝兵衛は、いかにも迷惑そうな顔をしていた。
「医者に診せたからって、すぐ治るわけでもねえ。余計なことしやがって!」
「およねなんかにかまってねえで店出ろったら!大事なかき入れ時が台無しだよ!」

「でもおよねちゃん、このままでは」。
「ええい、言うことききやがやらねえと、奴女郎に叩きうるぞ!」
それでも立ち去れないでいる仲間たちにおよねが「私のことはかまわないから」と声をかけた。

「およねちゃん」。
伝兵衛に蹴飛ばされ、女郎たちは店に出させられた。
およねは1人、残った。
よろよろと身を起こし、這うようにして筆を取る。

翌朝、おこうが梅の屋に来る。
「ごめんやす」。
泣き声が響いていた。

「あのお。すんまへんけど、およねちゃんにちょっと」。
「およねさん、死んだんです」。
声をかけられた女郎は、おこうに背を向けて号泣していた。

「死んだ?!」
おこうの目が見開いた。
「およねはん、死にはったんですか!」

死んでいるおよねの枕元に、線香があげられる。
おこうが手を合わせる。
「女将さん、おこうさんですね?」
女郎がやってくる。

「おこうでおます」。
女郎が懐から、手紙を出して渡す。
おこうが手紙を開くと、そこにはひらがなで書かれた字があった。

「いんげんのしおきを とりけしてください」
「そのかわり あたしたち じょろうをくいものにしている」
「でんべえとせいきちのしおきを おねがいします」

手紙には、そう書いてあった。
おこうがおよねの髪をていねいに整えてやる。
その時、入り口にいた女郎が合図をする。
おこうがさっと、手紙をしまう。

伝兵衛と清吉が現れる。
「ろくに稼ぎもしねえうちに、くたばっちまいやがって」。
伝兵衛はそう悪態をつく。

おこうの横を乱暴に通ると、「着物はまだ使えるからな、とっといてくれ」と言って、およねから着物をはぎ始める。
むしろが広げられる。
泣き声が響く中、むしろに包まれたおよねが運ばれてくる。

「およね!」
やってきた印玄が、声を上げる。
およねのむきだしの腕が縄で縛られ、天秤棒にくくりつけられる。
印玄が走ってくる。

「待ったあ!」
「この仏、俺が買った!」
印玄は叫ぶと、懐に手を入れる。
「俺が買った!」

そして床に銭をばらまく。
伝兵衛が飛んでくる。
「ごき徳なことで!なんまんだぶ、なんまんだぶ!」

そう言いながら、銭を拾い始める。
階段の上から、おこうが見ている。
印玄がおよねの縄を解く。
おこうの目に涙が浮かぶ。

印玄は墓を掘っていた。
およねの棺桶を埋め、丁寧に土をもる。
石を置き、花を置いていく。
手を合わせる。

釜場。
主水が言う。
「正直、言って俺はあんまり、坊主に引導を渡すのは気が進まなかったんだ」。
捨三も「良かったな」と言う。

主水と捨三と印玄が、銭を分けていた。
「おめえの分だ」。
残りを市松が持っていく。

折鶴が見える。
その後ろで、市松が竹を削る。
外は真っ赤な夕日だった。
その夜は、花火だった。

市松が夜道を行く。
その背後に、印玄がいる。
うちわを使う、市松の顔に花火の赤や青の光が映る。

印玄もまた、赤や青に染まる。
新地に入ると、市松は横に、印玄はそのまま進む。
川の水面に花火が映っている。

清吉が金を手に、橋の上にやってくる。
花火を見ている。
市松が背後にそっと近づく。

清吉は手のひらの金を見る。
市松の手が止まる。
うちわを帯に挿す。

市松の手が開く。
懐に竹串がある。
大きな花火が上がる。

市松が竹串をかざし、一気に清吉の首筋に叩き込む。
ピキン。
竹を折ると、市松は残った竹串を全部、首に押し入れる。

「わあ、綺麗よ」。
人々の歓声が上がる中、清吉の体ががくりと前のめりになる。
手から銭がこぼれ、水の中へ落ちていく。
市松の姿はもう、ない。

物干し場で、伝兵衛は酒を手に花火を見ていた。
辺りが明るくなる。
印玄の姿が浮かび上がる。
そしてまた、暗くなる。

印玄が身を乗り出す。
伝兵衛に向かって、手を伸ばす。
「おっ」。

伝兵衛が驚き、声を上げた。
印玄は伝兵衛の首をつかむ。
口をふさぐ。
そのまま、力任せに上に引きあげる。

主水が屋根の上で花火を見ている男たちに、「降りろ!」と怒鳴る。
男たちは聞かない。
すると捨三が「いけねえよ、あれは南町切っての堅物だ」と言う。

「一番いいとこじゃねえか」と文句を言う男たちを促がし、捨三は屋根から人を降ろす。
捨三が主水を見てうなづく。
主水もうなづく。

最後の一人が屋根から下りる。
主水が振り返る。
屋根の上に、伝兵衛をつかんだ印玄が現れる。

主水がうなづく。
印玄もうなづく。
それを見た主水が去っていく。
口をふさがれた伝兵衛は、声が出せない。

「行け」。
印玄が、伝兵衛の背中を押す。
「ひやああああ」と、伝兵衛が悲鳴をあげた。

「止めて助けて」
「止めて助けて」
「止めて助けて」
「止めて助けて」

悲鳴を上げながら、伝兵衛が屋根の瓦の上を滑っていく。
「あああああ」。
グキリ。

伝兵衛が落ちる。
骨の砕ける音がする。
印玄が姿を消す。

「おおい、人が屋根から落ちたぞ」。
野次馬が走っていく。
それを見た主水が「言わねえこっちゃねえ」と独り言を言う。
「高けえとこ登るのは、バカだけでいいんだ」と言って笑う。


いつも明るく、ちょっとした表情や仕草が笑いを呼ぶ怪力坊主、印玄。
この時も冒頭、岡場所を追い出されそうになって柱にしがみつく表情がおかしい。
しかし、印玄はときたま、魂が抜けたようにぼんやりする。
落ち込む。

感情の浮き沈みが激しい。
それもこれを見ると、納得。
印玄の過去話です。
ビックリするほど、悲惨。

印玄が坊さんになった理由。
描写はなかったけれど、様子からして旅の行き倒れたお坊さんの衣を着たものと思われる。
お坊さんの衣を着ていれば、食えないことはない。
子供の頃から飢えて放浪せざるを得なかった印玄の、生きるための手段だった。

この母親を見て、よく女性を恨まなかったものです…。
印玄の殺しの技にも、納得。
DVD-BOXの解説にありますが、印玄は母親を屋根から落として殺すことで殺し屋への道を歩み始めた。
最後、印玄はおこうを助けて、屋根から落ちて死ぬ。

母親を屋根から落として殺した男が、最後に女を助けて屋根から落ちて死ぬ。
殺し屋の末路、因果応報と言う言葉では、しっくり来ない。
印玄という男の人生を考えずには、いられません。
当時のスタッフは本当に、構成がうまい。

「生きるも地獄、死ぬも地獄」と淡々とおよねに伝える印玄。
普段は明るい印玄の抱えている深い闇を感じさせる、口調と声。
第1話でも、この言葉を言う印玄には凄みがあった。
印玄の過去を知ると、凄みがさらに増します。

印玄が殺しの相手と知って、動揺する捨三。
信じられない思いだが、仕置屋として全うしようとする主水。
感情を表に出さない、冷徹に仕置きを口にする市松。

仕置屋稼業が危うく、バラバラになるところだった。
そしてこれをきっかけに、印玄は仕置屋の仲間に絶大な信頼を置くようになる。
印玄だけじゃない。
主水も印玄に対して、そして市松も印玄に対して信頼を置いたのではないか。

市松は父親を亡くしてから、父親の仇に育てられ、殺し屋になった青年。
第10話、第12話で市松にはほとんど、子供らしい子供でいられる時間が少なかったことがわかる。
市松は、一切の感情を表さない。
だが仕置きの調査で市松は、およねたちの悲惨な境遇を見る。

この時の、おふくに対する市松の優しさ。
おふくにかける言葉の温かさ。
背中に伸ばす手。
市松は決して、冷酷な殺し屋ではないことがわかる。

そして市松が、およねという女性を信じたのがわかる。
市松は、虐げられた者の境遇を瞬時に理解する。
その市松が、印玄の悲惨な境遇を理解しないはずがない。
無言だが、印玄の生い立ちに市松は、深く同情したに違いないと思います。

およねは、武原英子さん。
つらく悲しい境遇にいる女郎たちの、リーダー的存在。
強く、思いやりを失わない。
遠藤さんの演じる伝兵衛の仕切る梅の屋、まさに生き地獄。

父親を恨んで泣いた夜もある。
おそらく、父親の残した借金が元で、女郎になった。
それでも自分には、たった一人の父親だったと言う。
およねは、印玄の悲惨な告白を聞き、印玄を赦す。

印玄は、およねのために泣き、手厚く葬る。
自分と同じ、肉親によって哀しい道を歩まなければならなかったおよね。
彼女誰よりも理解したのは印玄だった。
こんなことにならなければ、印玄は必ず、およねを救い出したと思います。

伝兵衛は、遠藤太津朗さん。
これ、もう、遠藤さんのベストワークといって良いんじゃないでしょうか。
強欲で、冷酷で、利己的。

死んだ女郎の遺体を運ばせる時。
おふくを折檻している時。
瀕死のおよねに何の関心も持たない時。

およねの着物を剥ぎ取り、平然と運ばせる時。
完璧な、これ以上ない憎々しい表情です。
さらに印玄の小銭に飛びつく時の浅ましさ。

どこから見ても、少しの憐れみもわかない、完璧な悪です。
「暴れん坊将軍」などでも、遠藤さんの悪役は見ることができます。
しかし、この遠藤さんの破壊力はすごい。

ここまでの表情ができる、遠藤さんはすばらしいと思います。
数々の悪役を演じてきたけれど、これぞ遠藤さんの真骨頂。
これが遠藤さんだ!って言いたくなります。
一見の価値ありです。

清吉は、松山照夫さん。
こちらもまさに、卑怯者という感じがして良いです。
清吉を仕置きする時の、市松の殺しも見所。
いつもの仕置きのテーマではないけれど、これがまた、ピッタリ。

花火で大勢の人がいる中、そっと背後につく市松。
市松は顔色一つ変えないが、女郎たちを見てきた怒りが感じられる。
怒りと軽蔑と嫌悪が感じられる。

標的を見据え、ぽん、と、うちわを仰ぐ手を止める。
この仕草が美しい。
うちわを帯に挿し、手を広げる。

絽か紗かわかりませんが、着物が透けて市松の手が見える。
黒く、シルエットになっている市松の手。
スッと、懐に手が伸びる。
トン、と竹串がふところからのぞく。

長い竹串を構える。
群集は花火に夢中だ。
一瞬で、市松は清吉の首筋に竹串を刺す。
目にも留まらぬような速さで、竹串の手元の方を折る。

清吉の首筋が少しのぞいている先端を、グッと指で押し込む。
突然死にしか見えない。
前のめりになった清吉の手から、銭が落ちる。
プクッと音をさせて、銭が川に落ちていく。

もう市松の姿はない…。
プロ!という感じの市松の仕置きです。
本当は暑かったであろうはずですが、沖さんの周りは、ひんやりしているように見える。
空気が違って見える、さすが沖雅也!

印玄の仕置きは、主水と捨三がフォロー。
どうやって花火見物が多くいる中、印玄の屋根落としを成功させるか。
今回、主水の殺しはありません。
しかし捨三、印玄にうなづいてみせる主水は殺しに匹敵するほどカッコいい。

腕ひとつで、伝兵衛をつかみ、持ち上げる。
花火の灯りが印玄を浮かび上がらせ、照らし、闇になる。
屋根に連れて行き、「行け」。
静かに、だが強烈な怒りを込める印玄の仕置き。

市松の殺しが、このテーマ曲ではなかっただけに、今回は印玄がメインなんだということがはっきり出ていて良かった。
誰もが主役で、物語が成り立つのと、すばらしいドラマになると思う。
印玄メインの、名作だと思います。


2016.09.17 / Top↑
第13話、「一筆啓上過去が見えた」。

女郎の人別調べに向かった主水は、女郎たちがグッタリしているのを見る。
聞けばすごい客がいて、女郎たちはその客のために寝付く者もいるということだった。
その客がつまみ出されようとしているのを見れば、印玄だった。
思わず、主水も印玄も顔をそらす。

その夜、女郎たちが印玄に声をかけ、取り合いになるところだった。
1人の女郎が印玄の顔を見て、ギョッとする。
そっと人相書きを見ると、悲鳴を上げて逃げていく。
人相書きには印玄が描かれており、商売に差支えがあるため断れと書いてあった。

その時、1人の女郎が折檻を受けていた。
病を隠していたということだったが、女郎は息絶えてしまった。
殴っていた清吉が楼主の伝兵衛に「死んでますぜ」と言う。

伝兵衛は「ろくに稼ぎもしねえうちにくたばりやがって」と悪態をついた。
そして他の女郎たちに店に出るように命じる。
およねという女郎が「今夜だけは堪忍してください」と懇願する。

今夜はおきみの通夜をしたい。
すると伝兵衛は「お通夜なんてのはな、人並みの人間がすることだ」と言う。
「おめえたちには、銭がかかってんだ。人並みのことがしたかったら銭を返して、綺麗な体になってからだ」。
着物を剥ぎ取られ、天秤棒に括り付けられむしろを巻かれたおきみの死体が運ばれていく。

女郎たちが「おきみちゃん!」と声を上げる。
行き先は投げ込み寺。
どんなことがあっても、ここでは死ねない。
そう言いながら、女郎たちは泣きながら手を合わせる。

するとそこに読経が聞こえてくる。
印玄だった。
伝兵衛がやってくる。

「おい、おめえは人相書きの回っている…」。
印玄は伝兵衛を見ると、吐き捨てるように言う。
「せめてお経ぐらいあげてやるよ」。
「縁起の悪い坊主だ。頼むからこの岡場所だけはウロウロしねえでくれ」。

おきみが運ばれていく。
女郎たちの泣き声が、さざ波のように響く。
印玄は経を唱え、手を合わせ、頭を垂れて見送った。

その印玄を見て、およねの顔色が変わった。
目を見開き、印玄を凝視する。
伝兵衛が泣いている女郎たちにむかって、「借金残していっちまいやがったおきみの分まで働け!」と怒鳴る。

その時、およねが、印玄に声をかけた。
「ねえ、お客さん!」
立ち去ろうとしていた印玄が振り向く。

「あがらないかい?」
「俺のことかい?」
伝兵衛が飛んでくる。

「この男が誰だか、わかってんだろう!」
だがおよねは、「お客さんをどんどん取れって言ったじゃないですか」と言う。
「およね!」
伝兵衛が青くなるのをよそに、およねは印玄をあげた。

座敷に通された印玄は、「おい、本当にいいのかい?」と聞いた。
「今夜はお通夜だろう!さっきの仏のよ」。
「あんた、顔に似合わず、殊勝なことを言うのね」。
「それにしてもおめえ、どうして俺を?」

「…あんた、上州の…。仲宿の出じゃないのかい?」
印玄は「ああ、俺は仲宿だが」と答えた。
「ふうん。やっぱりそうかい」。
「おめえも、あっちの出か?」

「ええ」。
およねが印玄に煙管を差し出した。
「そうか。それで俺を」。
印玄は納得した風だった。

おこうに殺しの依頼が来た。
一生懸命貯めたであろうお金は小銭で、まとめて5両だった。
依頼人は、およねだった。
「頼み人は、女郎か」と、主水が言った。

「で、誰を仕置きすりゃ良いんだ?」
主水は、殺しの相手を聞いた。
おこうが言う。

「印玄という、鑑真坊主だす」。
「おめえ、今、なんて言った?」
「印玄という、鑑真坊主を殺してほしいんだす」。

主水の顔に、驚愕の表情が浮かぶ。
「!印玄だとお?!」
「それに間違いはねえか」。
主水の驚きに怪訝そうな顔をしながら、おこうが言う。

「間違いおまへん」。
「とにかく、わけを聞こうじゃねえか」。
「え?」
おこうは主水のあわてぶりに不審そうな顔をしながら、女郎屋に髪結いに行った時のことを語った。

新地の、梅の屋と言う岡場所におこうは髪結いに行った。
髪結いが終わった時、およねという女郎が目配せで合図をした。
別室に行ったおこうは、およねから話を聞いた。

およねの父親は、9年前、印玄と言う鑑真坊主に殺された。
自分の目の前だった。
「あんさんの、目の前で?!」

印玄は、一緒にいた女も殺した。
およねが14の時だった。
では、印玄という坊主は14歳のおよねの目の前で、2人も殺しているのか。
おこうは驚いた。

さらに驚いたことには、その仇が客としてここにやってきたのだと言う。
およねが相方を勤めて確認した。
確かに、あれは印玄だ。

「あんさんが、相方を!」
おこうはさらに驚いた。
あの生き地獄のような岡場所をおよねはあちこち鞍替えし、9年越しにやっと仇に会えた。
父親を殺した相手を仕置きしたい一心だ。

ここまで言ったおこうは、主水の様子がおかしいことに気づいた。
「中村はん、聞いてはりまんのか?」
「…うん、聞いてるぜ」。

「どないしはりましてん」。
「何でもねえや」。
「いや、何でもないという顔ではおまへん。何ぞ、わけでもおますのか?」
「わけなんか、ありゃしねえわな」。

「それじゃ、この、およねはんの恨み晴らしてもらえまんな?」
「印玄という男を殺してもらえまんな?」
「だからその、およねの言い分に間違えがなきゃ必ず殺す」。

「街が絵がなければって、中村はん。わての言うことが信用できまへんのか。このお金を見たらわかりまっしゃろ」。
「ちょっと待ってくれ。この件はもう一度よく、調べさせてくれ」。
そう言って、主水は引き上げた。

釜場で主水は捨三に、事情を話した。
「旦那、悪い冗談言いっこなしですよ」。
捨三は、にわかには信じられなかった。

「俺も大概のことには驚かねえが、今度ばっかりはぶったまげたな」。
「仮にも印玄は、俺達の仲間なんですよ」。
それを聞いた主水は「仲間、か。市松、おめえどう思う」と市松に聞いた。

「全ては事の次第だな」と市松は言った。
「そりゃどういうことだ」。
捨三が市松の傍に飛んでくる。
「黒と出りゃ印玄殺すってのか!」

「殺す」。
市松は何の感情も入れずに答えた。
「それが掟だ」。
市松の顔にも、何の感情もなかった。

捨三は苛立った。
「俺たちゃ、仲間じゃねえかよ!」
「仲間でも掟は掟だ」。
市松の声は鋭かった。

「こんの野郎!」
捨三は市松につかみかかろうとした。
「やめろよ!」

主水が止める。
「こんなとこでもめてたって、始まらねえんだ」。
そして捨三に印玄を見張るように命じる。

「俺が印玄見張るんですかい?」
主水のにらみに、捨三は「へい」と答えるしかなかった。
「万が一つにも間違えがあっちゃならねえぞ」。
市松は、およねの方を洗うことになった。

その時だった。
「やあ、皆さんおそろいで!」
「いいとこへ来たよなあ!」
印玄が明るい様子でやってきた。

だが全員、無言で顔をそらした。
「どうしたんだい?何だよ?え?」
「八丁堀、早いとこ銭ひとつ!」

主水は無言だった。
「いや、何だってやるよ!」
「何だってやる、って言ってもな」。
「はん?どうしたんだい?何だよ、え?」

印玄は捨三に「銭貸してくれ!」と手を出した。
「だめだ」。
「だめだっておめえ、いつも貸してくれたじゃねえかよ」。
「悪いけどよ、今までおめえに貸した銭全部けえしてくれ」。

「いや、わかんねえな。俺が貸せって言ってんだよ。返せってってんじゃねえんだよ」。
「あのな、おめえはな、いずれはいくら俺に返したくても返せなくなっちゃうんだよ」。
「何言ってんだよ」。
印玄は捨三の頭を、ぽかりと叩いた。

「いや、もっとぶってくれよ」。
印玄は捨三をぽかぽか叩いた。
その騒ぎの中、市松と主水は出て行った。

市松が夜道を歩いていく。
男が5人、走ってくる。
すれ違う市松に「よお、女が逃げてきたはずだがな」と声をかけたのは、清吉だった。

「見かけなかったかい?」
中の1人が「隠すとためにならねえぜ!」と凄んだ。
「さあ」。

市松はウチワで、風を送りながら言った。
「知らないねえ」。
その涼しい様子にむっと来た男が、「なぁにを、こらあ!」と言って市松の肩をつかんだ。

「よしな」。
清吉が止める。
「そんな男に関わりあっているヒマはねえや」。
「まだその辺にいるはずだ。新地に入り込まれたらことが面倒になるからな」。

男たちは市松が来た方へ、走っていく。
市松が歩いていくと「お願いでございます」という声がした。
ふりむくと、女がいた。

「私はおしんと申しますが、新地の梅の屋のおふくちゃんに伝えてください」。
市松が近寄る。
「新地の梅の屋?」
それは、おこうが髪結いに行った時、もうすぐ年季が明けると、うれしそうにしていた女郎だった。

「はい。伝兵衛と清吉に騙された。故郷へ帰ろうとしたら清吉に『お前には借金が残っている。さんじの三島宿へ行くんだ』と無理やり…」。
「おふくちゃんも騙されないように、と。お願いします」。
市松が、おしんの顔を見た。

「おしんさんから、だな?」
「はい!」
市松は確認すると、再びうちわで風を送りながら離れていく。
「おっ、いたぞ!」

「このアマ!」
「ああっ」。
背後で声がしている。

市松はその足で、梅の屋へ行った。
おふくに事の次第を伝えると、おふくは「私が後半年で年季明けだから…」と言った。
部屋の外で、およねともう1人、女郎が話を聞いていた。
おふくは、激しく咳き込んだ。

「でえじょぶか?」
市松が背中をなぜる。
「おふくちゃん」。

およねともう1人、女郎が入ってくる。
「お客さん、すみません。表で話を…」。
およねはおふくの背中をさすりながら、「おふくちゃんが労咳だってことは、店の人には黙っていてください」と懇願した。
「お願いします、お客さん」。

もう1人の女郎も頭を下げた。
「おふくちゃんは、あと半年で年季明けになるんです」。
「もし労咳だってことが店の人にバレたら、早いうち、他の岡場所に売り飛ばされるんです」。

「そうなったらもう、生きて…岡場所出ること、できないんです」。
およねは市松の手を取り、「お客さん酸、沖に入らないかもしれませんが、おふくちゃんに代わって私に相方させてください。一生懸命勤めますから」。
「およねちゃん、私、大丈夫よ」。

おふくが起き上がる。
「何言ってんのよ!無理したら体に良くないわ」。
「何としてもここを抜け出さなきゃ」。
「そうよ、あと半年なんだもの!」

「半年頑張れば」。
「私たちもできるだけのことするから!」
「あ、ありがとう。私、頑張る」。

そのやりとりを、市松は見ている。
「ですからお客さん」。
およねが、市松の袖をつかむ。

「あんたが、およねさんか」。
「ええ」。
「俺はおしんって人のコトヅケを頼まれてきただけだ」。

そう言うと市松はおよねに、金を握らせた。
「今夜はこの人の体は俺が買いきる。ぐっすり眠ると良い」。
市松は出て行く。

帳場では清吉がおしんを捕まえたことを、伝兵衛に報告していた。
「あの女は年季明けまで勤め上げた、稼ぎの良い女だ。5両じゃ安かったかな」。
「清吉、おめえの取り分だ」。

帳場の横を通る、市松が足を止めた。
「年季明けになるのは」。
「おふくだな」。
「おふくかあ。ありゃ確か信州でしたね」。

「うん」。
「木更津辺りへ飛ばしやすか」。
「そうだな」。

帰って行く市松の背に「若旦那、またどうぞ」と声がかかる。
おふくが、帳場に入ってくる。
「何だ、今けえったのはおめえの客だろう」と伝兵衛が言う。

「はい、お客さん、泊まりをつけてくださいました」。
「泊まりを?そりゃ気前の良い客だな」。
伝兵衛は金を受け取ると、おふくにまた店に出ろと命じた。

「でもそれじゃ、今のお客さんに申し訳が…」
伝兵衛はじろりとおふくを見ると、「客への義理立てより、店とこのわしに義理立てすることが大事なんだよ」と言った。
「年季明けまで、しっかり稼いででもらわなきゃ」。
「…はい」。

翌日、托鉢していた印玄は、捨三が後をつけているのに気づいた。
印玄は捨三に詰め寄る。
「だから俺、この仕事嫌だって言ったんだよな」。
「わけを言え、わけを!」

釜場に来た印玄に主水が言う。
「印玄、俺の聞くことに答えろ」。
「俺たちは頼み人あっての稼業だ。その頼み人におめえの殺しを頼まれた以上、ここではっきり白黒つけなくちゃ」。

「じゃあ、本気で俺を」。
「それが仕置屋稼業の掟だ」。
印玄が口を開く。

「確かに俺はその、およねとかって女の父親を殺した」。
捨三が振り向く。
市松の手が、懐に伸びる。

主水がかすかに、首を横に振る。
「1人じゃねえ。てめえ、女も殺したろう」。
主水が刀の柄を、印玄に向けて詰問する。
「…ああ」。

捨三が目を伏せる。
印玄はなぜか座り込み、土瓶から湯飲みに水を注いだ。
「だがこの話には、俺のガキの時分からの話が引っかかってくる…」。
「印玄ってのは拾った名前で、太助ってのはガキの時の名前だ」。

印玄が話し始める。
…5つの時だった。
おふくろが旅の小間物屋とできて、村を捨てたのは。
あとには、体の不自由な、働くこともできねえ親父と俺が残された。

「太助!」
父親は小さな太助を抱きかかえ、崖から飛び降りた。
「おとう!」

印玄は、父親の遺体に取りすがって泣いていた。
幸か不幸か、俺だけが生き残った。
そして俺は旅に出た。

俺を捨てたおふくろだが、会いたかった。
お袋とできた小間物屋を見つけて会ったが、もうそこにはお袋はいなかった。
印玄は、子供の時、雨の中、1人、雨宿りをしているのを思い出していた。

お袋は別の男とできて、小間物屋を捨てて去っていた。
青年になった印玄は廃屋から、僧侶の姿で出てきた。
この格好なら、食いっぱぐれはなかった。

そしておふくろに会ったのは、14年目の秋。
水戸街道の取手宿だった。
「おっかさん!」

印玄の顔は、喜びに紅潮していた。
母親のおりんは、しどけない姿で三味線を弾いていた。
「へええ、お前があの太助かい。驚きだねえ。それじゃあ道ですれ違ったって、わかりゃしないよねえ」。

妙に艶っぽい声だった。
「おっかさん」。
「お前、もうすっかり一人前の大人だね」。

「おっかさんが村を出てすぐ、おとっつあん死んだよ」。
「そうだってねえ~。聞いたよ、その話は。お前を抱いて崖から身投げしたそうじゃないか」。
「じゃあ俺が生き残ったことも」。
「ああ、知ってたよ」。

おりんは、平然としていた。
「知っていて、それで…」。
印玄は絶句していた。

だがおりんは、ニコッと笑って、印玄に擦り寄った。
「いけるんだろう?ふふふ」。
おりんは、印玄に盃を差し出した。

「さあさ、こんなものお外しよ、ね?ね?」
そう言って、おりんは印玄の笠を外した。
印玄の隣に、おりんが擦り寄る。

「お前もう女を知ったのかい?」
「ふふふ」と、おりんは笑った。
「何ならさ、私が教えてあげたって良いんだよ!」

「おっかさん!」
すがりついてくるおりんを思わず、印玄は突き飛ばした。
「何するんだよ!」

「おりん、どうしたんだい」。
男が部屋に入ってきた。
「平さん助けておくれよ!この男がね、あたいをいじめるんだよ!この男が」。

おりんの声は甘かった。
「なんだい、てめえは!」
平さんと呼ばれたヤクザ風の男は、印玄を突き飛ばした。

「痛い痛い兵衛さん、ここ、痛いの」。
印玄の母親は、男に向かって自分の胸をさする。
「怪我でもしたのかい!」

印玄がたまらず、部屋を出て行く。
「待ってたんだよ、このところすっかり、お見限りじゃないか!」
「へっへっへ、だからその分だけかわいがってやるよ」。

「本当?ううん、うれしい」。
印玄は、部屋の外にいた。
おりんの嬌声があがる。
「平さぁん」。

けたたましい声が、一層大きくなる。
赤い唇が、男の口に重なっていた。
印玄はいきなり、戸を開けた。
絡み合っている2人に近づくと、首根っこをつかんだ。

「あいたたたた、何すんだよ!」
おりんが声を出す。
印玄はそのまま、2人を外に放り落とした。

手すりが壊れ、おりんが屋根の上を転がっていく。
続いて、男も転がる。
2人は屋根から落ちた。

「きゃああああ!」
下で女性の声がする。
「おとっつぁあああん!」

およねだった。
「おつっつぁん、おとっつぁん」。
必死に駆け寄って、声をかけているのが聞こえる。

屋根の端から、およねの姿が見えた。
窓のそばにいる印玄を見る。
「ひとごろしーっ!」

およねが印玄に向かって、叫んだ。
印玄はただ、立ちすくんでいた。
「人殺し、人殺し、ひとごろしーっ!」
およねの最後の声は、泣き声になっていた…。



2016.09.15 / Top↑
朝、市松が家に戻って来る。
するとおるいが懸命に竹林の中で、穴を埋めている。
市松が家に戻ると、湯が沸いている。
ちょっと怪訝な顔をした市松が、振り返る。

「おかえんなさい」。
おるいが自分に向かって、塩をかける。
「済んだの?」
「ああ」。

「うちの人は?」
「死んだよ、みんな」。
「そうお」。

おるいの声は、何も感情が混ざっていなかった。
「あの2人は私が埋めといたわ。慣れてるんだ、こういうことは」。
おるいは、平然としてた。

水を汲みながら言う。
「待っててね、今すぐご飯の仕度するわ」。
おるいは楽しそうだった。

「いいよ。おるいさん。眠いんだ。夕方までほっておいてくれないか」。
おるいの手が止まる。
市松はそう言って、横になる。

おるいは言う。
「知ってたのよ、私は。乾屋であんたに問い詰められた時」。
「そうだ。いっつあんもきっと、世の中の暗がりで暮らしている人間だ」。
「きっと私と、同じなんだ。そう、感じたわ」。

「三島の旅籠に泊まってていた人は、みんなそうなのよ」。
「あんただって、あんたのおとっつぁんだって」。
「でもすごかった…」。

おるいは、ため息をついた。
「あの2人を殺した時、あたしぞくぞくっとした」。
おるいは、市松が追ってきた2人の男を殺した時のことを思い出していた。

市松の横に座る。
「あんなこと、他の人にはできないわ…」。
「いっつぁんだけよ」。

「人殺しはずいぶん見てきたけど、あんなすごい殺しは初めてだった…」。
おるいは、うっとりしていた。
「良かった」。

「いっつあんに会えて、良かった」。
市松は、何も言わずに目を閉じていた。
「眠ったの?ねえ、いっつあん」。
答えない市松におるいは、そっと布団をかける。

市松の脳裏では、子供たちが歌うかごめかごめが響いていた。
遊んでいる子供。
夕焼けが赤い。

真っ赤だ。
辺り一目、美しく赤く染まっている。
市松とおるいが、遊んでいる。
2人が遊びながら、納屋で寝転ぶ。

市松が目を覚ますと、もう夕暮れだった。
「起きたの」。
髪を解いたおるいが、市松の横に来る。

「三島へは帰らないのか」。
「え?」
「おまえさんには、生まれ故郷がある。三島に帰った方が良い」。

市松がそう言うと、おるいは言った。
「いやだ。あたしは帰らない」。
声には、甘えが含まれていた。

「なぜ」。
「三島でね、人を殺したんだもの」。
怖ろしい言葉とは裏腹に、おるいは甘えていた。

市松が起き上がる。
「お前が?」
「うん。おとっつあんの後添えの女を、殺してやったんだ」。
おるいは平然と言った。

「だから三島へは帰れない」。
そう言いながら、おるいは市松に明らかに甘えていた。
「あたしだって女の一人ぐらい、殺せますよ」。

そう言うと、おるいは竹串で行灯の中で、ばたついている羽虫を刺した。
ぷすり。
目を見張るような、鮮やかな一撃だった。

おるいは刺した虫を行灯の炎にかざし、焼く。
それを見る市松の目が細くなる。
おるいが、市松を振り返った。
「ねえ、いっつあん。私と組んで、仕事をしよう?」

おるいは市松に、しなだれかかった。
「あいつが残したお金もあるしさ、三島へ行きゃあ、おとっつあんの手下だって集まってくれるよ」。
おるいが、市松の胸に手を伸ばす。

熱でうわ言を言うように「いつまでもさあ、人に使われている殺し屋なんて、つまんないじゃないか、ねえ!」と言った。
おるいは、市松の胸に顔をうずめる。
「ねえ、好きよ」。
「好きよ…」。

「私、子供の頃からずっとずっと、あんたが好きだったの」。
「あんたに…、抱かれたかった」。
おるいが、市松を押し倒す。
「ねえ。好きって言って」。

おるいの頭越しに市松の手が、頭の上の行灯に伸びる。
「好きって、言って」。
市松はおるいが虫を刺した、竹串を手に取る。
竹串に留められて行灯に映った虫の影が、ぽとりと落ちた。

市松が、目を閉じた。
おるいの髪を市松がそっと、撫ぜる。
「くすぐったい…」。
おるいが市松の胸に顔をうずめて、くすくす笑う。

市松が竹串を、おるいの背後に振り上げる。
おるいは市松に向かって、微笑んだ。
市松は再び硬く目を閉じる。
おるいの首筋を、竹串で刺す。

「あう」。
そのまま、ガクリとおるいの頭が市松の胸に落ちる。
市松はおるいをソッとどけると、横に寝かした。

おるいの顔を見る。
目を閉じてやる。
そして、起き上がる。

窓を開けた。
外は、見事な夕焼けだった。
子供の頃のような、美しい赤い夕焼け。

壮絶に美しく、赤い。
市松の目がそれを見る。
わずかにうるむ。
赤い夕焼けが、血に染まる…。


銀次は、岸田森さん。
短い出演時間ながら、どういう男か、よくわかります。
熱演というか、さすがですね~。
銀次メインの話も見たかったと思ってしまいます。

おるいは、中川梨絵さん。
これが見事。
おるいという女は「必殺」シリーズという作品に、最もふさわしい形の悪女ではないでしょうか。

今回は市松メインの話。
寡黙で自分の感情を表に出さず、語らない市松。
その市松の心の動きを、沖さんは見事に表現。
ビジュアルとともに、まさに絶品の1作に仕上がっています。

この話のすごいところは、実は仕置きの後なんですね。
2人だけの、市松と、おるいのシーンなんです。
前回の市松の内面を描いた「姦計が見えた」では、主水がその心に立ち会っていた。

でも今回は誰もいない。
市松以外は誰も知らないところで悲しく怖ろしいドラマが進行し、終わる。
この切なさ。
市松が1人で生きてきたこと、孤独であることがよくわかります。

今回、市松は瀕死の主人から頼まれるだけです。
依頼料について、市松の取り分は小銭です。
さらに情報を持ってきた男に市松は、1両支払っている。

つまり市松は今回の依頼では、持ち出しです。
命をかける危険な仕事で、持ち出し。
プロの殺し屋の市松の意外な行動。

瀕死の男に頼まれたからでしょう。
つまり、市松は決して冷酷非情な殺し屋ではない。
仕置屋のメンバーが断ることも前提の上で、市松は話をしている。
ネコババしてもかまわないと言う。

仕置屋のメンバーが断った時は、おそらく、自分ひとりでも動いたはず。
それでも他の付き合いのある殺し屋に持って行かず、仕置屋に持ち込んでいる。
市松はわずかながらでも、仕置屋のメンバーに対して、信頼を持ち始めているのでしょう。
でも今は、それもこれも仕置屋のメンバーは誰も知りません。

おるいとの思い出は、子供の頃の幸せなひとときの思い出だった。
殺し屋の父親が帰ってこなかった朝から、1人で生きていくことを覚悟した市松。
その後、殺し屋の養父に殺し屋として育てられた市松。

彼が子供らしい子供でいる時代は、ほとんどなかったと思われます。
あの養父ですから、殺し屋としての素質がないと判断されたら、放り出される。
いや、殺される。
そんなことをわかっている子供に、どんな思い出があるというのでしょう。

市松が子供らしい子供でいたのは、三島の旅籠の時代だけだった。
遊んでいる子供たちの親は、おるいに言わせれば全員訳ありの親だった。
それでも、それだからこそ、あの子供たちには心が安らぐ思い出であるはず。

でもこの子供たちは、大人になってから出会うべきではなかった。
訳ありの親をもち、その親の後を継いでいるのだとしたら絶対に。
市松とおるいのように…。

旅籠の娘だったおるいは、すっかり魔性の女になっていた。
銀次も手下も死んだと言われても、何の感情も動かないおるい。
さらに、父親の後添えを殺したことを告白する。

市松にベッタリと寄りかかるように。
それが甘えの要素になると、思っているかのようだ。
まさに魔性の女。

この下りの、中川さんの口調は見事。
おるいは嬉々として市松の女房に納まるつもりだった。
今度は市松に近づく女性を殺すだろう。

実際、おるいには、それは悪いことではないのだ。
自分の邪魔になる人間を、排除しただけだ。
虫を刺すように平然と。

市松は確信した。
逃げたいと言ったおるいの言葉は、本物だったかもしれない。
銀次の所業に心を痛めていたこともあるかもしれない。
しかし本当のおるいは、銀次に平然と加担し、見逃していたのだ。

あの冷酷さ。
利己的な行動。
市松は、瀕死の男を見ている。
殺された幼い子供から年寄りまで、見ている。

だから小銭を渡されたことで仕置きを引き受けたのだが、本当の気持ちは銀次が許せないからだ。
そんな市松には、おるいの魔性は放置できないものだった。
これは魔性の女だ。
人を傷つけ、殺し、自分の欲望を満たす女だ。

おるいは市松を本当に好きだった。
それはわかる。
市松はおるいを優しく、愛撫するように抱き寄せる。
そして、殺してしまう。

思い出を血に染め、自分を愛する女を葬り去る。
市松は自分の背中の荷物がまた一つ増え、一段と重くのしかかるのを感じる。
張り裂けるような市松の心の叫びのような、女性のコーラスの曲が流れる。

夕焼けを血の色に思わせる演出が、すばらしい。
音楽、演出、ビジュアル、ストーリー、沖雅也。
全てがすばらしい。
沖雅也、不世出の俳優。

外を見る市松の目。
あの日のような、見事な夕焼け。
だがもう、市松には夕焼けは血の色にしか見えない。

また一つ、俺は自分の思い出を自分で葬ってしまった。
それでも俺は、殺し屋として生きていかねばならない。
これが、俺の宿命なのか…。

哀しみがひたひたと彼に忍び寄ってくる。
孤独が市松の胸を満たす。
赤い夕日が沈めば、闇が降りてくる。
市松の心は、その闇で安らぐのだろうか…。

2016.07.17 / Top↑
一度、書いているんですが。
第12話、「一筆啓上魔性が見えた」。


ある夜、市松は乾屋という煙草店の前を通りかかった。
不穏な気配に気がついた市松は、裏口に回り、黒い影が立ち去るのを見た。
乾屋の中に入ると、一家、奉公人に至るまで9人が斬殺され、血の海であった。

中を探っている市松の足を、虫の息の主人がつかんだ。
水をほしがる主人に市松は、鉄瓶の水を手拭いに浸して飲ませる。
乾屋の主人は言う。
「全部、やられた」。

そう言って、市松に恨みを晴らしてくれるよう頼むと、主人は息絶えた。
市松は主人の血まみれの手を開き、小判と小銭を手拭いに包む。
仕置屋の集まる釜場で、市松は「どうする?」と聞いた。

死人の頼みだ。
このまま金だけネコババしても、構わない。
捨三は、そんなことはできないと言った。
印玄もそう言った。

自分たちが晴らさなければ、誰がやる。
そう言う捨三に市松は、お上がやってくれると言う。
「そうだな八丁堀」。
「うん…」。

主水の答えには、微妙な響きがあった。
たった今、現場を見てきた主水は難しいと言った。
あれでは捕まらないだろう。

主水は言った。
乾屋というのは、タバコの一服売りから始め、やっと店を構えた男だ。
それが店を持ち、女房をもらい、子供を儲けた途端、盗賊に殺されたなんて、死に切れないだろう。

「だんな、俺もらうぜ」。
捨三は小判を手に取った。
印玄も、もらった。

「市松、おめえどうする」。
主水の問いに市松は、「死人に頼まれたのは、この俺なんだ」と答えた。
「そいつを忘れてもらっちゃ、困るぜ」。
市松は小銭だけを手拭いに包んで、持っていく。

主水は表の仕事として、盗賊吟味方を調べる。
夜の町を探りを入れながらあるう市松に、乾屋に入った盗賊の情報を持ってきた男がいた。
市松は、その男に小判を渡す。

翌朝、市松は生薬屋の越中屋の前の店に来ていた。
前の店の女性は、越中屋はこの周りの店とはあまり付き合いがないのだと言った。
そして、中から出てきた1人の女性をされが女将さんだと市松に教えた。
市松の顔色が変わる。

近くの寺に参詣に行った女性に、市松は声をかけた。
「おるいさん」。
「願掛けかい?」
「あんた…」。

「覚えているかい?」
市松が微笑む。
「いっつぁんじゃないの!」
「そう、市松だ」。

おるいが目を丸くする。
「どうしたの、どうしてこんなところにいるの?」
「10年よ、10年も会わない、どうして、いっつぁんがあたしの目の前にいるのよ?!」

「本当にいっつぁんなんだね。あんたは昔から人を脅かす子だったけど、ぜんぜん変わっちゃいない」。
「会う早々からお説教とは、おるいさんの癖も変わっちゃいねえな」。
おるいは父親が、三島で浅間屋という旅籠をしていて、そこの娘だったのだ。

市松は三島の旅籠のことを聞いたが、おるいは人手に渡ったという。
「俺か?俺は」。
市松は遠い目をした。

「叔父貴に教わった竹細工で、細々とやっているよ」。
「おまえさん、何しているね」。
「何って」。

「人並みに亭主を持って、ただ生きてるってとこよ世。商売は生薬屋だけどね」。
「何ぁに?」
「変わらねえなあ。10年前のおるいさんがそのまんま、大人になってらあ」。
「当たり前よ。浅間屋のおるいさんは、いつまで立っても浅間屋のおるいさん」。

市松がおるいの目を見る。
「また会ってくれるかい?」
「いつ?」
おるいの手が市松の手に、そっと触れる。

印玄は、図面師の男が死んだ葬式から、情報を得てきた。
主水は地元の人間は、あんな荒っぽい仕事はしないと言う。
あれは、よそ者の仕業だ。

仕置屋が話しているところに、市松が現れる。
市松もまだ、何もつかんではいないと答えた。
おるいと越中屋のことは、何もまだ言わなかった。

市松は屋形船に、おるいを呼び出していた。
「何だか酔いそうだ」と、おるいは言った。
「船にか」。
「…」。

「ううん、あんたは怖くない。でも私が怖い。昔から、いっつあんのこと好きだったの」。
おるいは、昔旅籠にいた婆やに言われたことを話した。
市松より、おるいの方が年上だから一緒にはなれないと、おるいは言われたのだ。

その晩、おるいは朝まで泣き明かした。
次の日から、市松とは口を利かなかった。
おるいはそう言うと、外を見た。

それから、おるいは市松と一緒に遊びもしなかった。
死んだ父親がそんなおるいのことを、気が強いと呆れていた。
そこまで言うとおるいは、「もうだめね」。と言った。

「こうしていっつぁんと会ってしまったんだもの。きっとダメね」。
市松が、おるいの手を取る。
2人が見詰め合う。

その後、市松は乾屋の殺された現場におるいを連れて行く。
「さあ、おいで」。
死体はないが、外れた障子が破れ、血が飛び散ったままになっている。
生々しさが残っている。

それを見たおるいが、「いや」と言った。
「おるいさん」。
市松が肩を抱く。

10日前、ここに盗人が入った。
「かわいい子供から、60過ぎの飯炊きばあさんまで、一家9人。1人残らず殺された」。
市松の声が廃墟に響く。
「皆殺しだよ」。

血が飛び散った障子が目の前にある。
「血は乾いたかもしれないがね。恨みは消えやしねえ」。
「うかばれねえ仏の魂がまだ、そこらじゅうさまよってるんだ」。

おるいが、後ずさりしていく。
「おるいさん、教えてくれないか」。
「9人殺したのは誰なんだ。おめえさん、盗人たちとどういうつながりがあるんだ」。

「聞かしておくれ」。
座敷で、おるいが座り込む。
「私、知らなかった。今度のことは、どこでどう運んだのか、まるで知らなかった」。
「江戸で始めての仕事だから、女は黙ってろってそう言われたんですよ、いっつぁん!」

おるいは語り始める。
「うちの人が盗人だなんて、夢にも思わなかった…」。
「父親に言われて、当たり前のように一緒になり、このまま旅籠の女将になると思っていた」。

だが父親のお通夜の晩、夫が、自分の本当の仕事は盗人だと告白した。
それも父親の片腕で、一家を取り仕切っていたことを、おるいは初めて知った。
「おとっつぁん、盗人だったんだ。私は盗人の娘だったんだ、って」。

「何度も死のうと思った」。
「盗人の暮らしが嫌で、飛び出しては捕まり、逃げては引き戻された」。
「気がついたら、いつのまにか何も言わないで黙ってあの人の言うとおりに生きてた」。

「しょうがないもん。私は…、こういう生まれなんだ。こういう運命なんだって、自分で自分に言い聞かせて」。
「いつかはあの人も捕まるだろう。一緒に引き回されて、獄門にさらされて、それがせめて…」。
「私と、おとっつぁんの罪滅ぼしなんだって」。
「そう諦めて生きていたのに」。

「嫌だ」。
「もう嫌だ」。
おるいは泣いた。

「生きてるのがいや。死ぬのもいや」。
「ねえ、一体どうすれば良いの?どうすれば良いのよ?」

越中屋では、盗人たちが今度の仕事について話し合うため、集まっていた。
おるいの夫で、首領の銀次が乾屋で奪った金を分ける。
だが分け前はたったの5両だけだった。

手下が文句を言うと、今渡せば派手に使って、町方に目をつけられる者が必ず出て来ると銀次は言う。
それに、乾屋の仕事は思ったより、金が少なかった。
今度は違う。

おるいが帰ってきた。
銀次はおるいを見て、「また、いつもの病気が始まったのかい」と言った。
「おめえは一仕事すむと、すぐそれだ。今さらどうあがいたって。この稼業から足を抜けるわけがねえんだよ」。

「第一、おめえの体には、盗人の血が流れてるんだ。その血だけはどうしようもねえ」。
おるいは顔をそらしていた。
「さあ、いい加減にしてくつろごうぜ」。

銀次が、おるいの肩を抱く。
「やめて!」
銀次に押し倒されたおるいの目に映っていたのは、夕焼けだった。
かごめかごめをして遊ぶ、市松との思い出だった。

主水は図面師のロクを捕らえたが、ロクは白状しない。
だから主水はロクを泳がせ、亀吉に後をつけさせた。
しかし、亀吉はあっさり阻止された。

亀吉をまいて、ロクを越中屋に連れて来させたのは、銀次だった。
銀次はロクから次の標的、讃岐屋の絵図面を求めた。
ロクは小判の包みをいくつか手にすると、絵図面を出した。
こう見えても、同心に責められたって、口なんか割らないとロクは言った。

銀二の手が懐に伸びる。
匕首を出すと、ロクを刺し殺した。
手下たちも、次々ロクを刺す。
おるいはそれを、影から見ていた。

そしておるいは、逃げ出した。
銀次がおるいが逃げたことに気がつく。
おるいは、市松の家に走った。
市松は竹を削っている。

戸を開けて飛び込んできたおるいを見た市松は、「おるいさん、来たのか」と言った。
「逃げてきたのよ。怖かったわ。また年寄りが殺されたのよ」。
「あのおじいさん、良い人だったわ。おとっつぁんのように優しくて強い人だった」。

「もう、我慢できない。あの男がそばにいると思うだけで私、気が狂いそうになる」。
「いっつあん、私を助けて」。
「しっ」と市松が静かにするように言う。

足音が近づく。
戸が開く。
男が2人、踏み込む。

「どこだ、女は」。
市松に言う。
「女?知らないねえ」。

「おとなしく出しな!」
男達がすごむ。
「出さないと言ったら?」

「命知らずの野郎だぜ」。
男たちが笑い、匕首を出して市松に襲い掛かった。
だが市松はすっと身をかわすと、削っていた数本の竹串を男の首筋に刺した。

おるいの目が、それを捕らえる。
市松が竹串をかざす。
「どうした?」

市松の正体に、もう1人の男が気がつく。
「野郎!」
男はおののきながらも、市松に斬りかかった。

だが市松は男を押さえつけた。
一突きだった。
おるいは戸の影から、凝視していた。
全てが終わると「いっつぁんあんた…」と言った。

市松は竹串の血を手拭いに吸わせながら、「おるいさん、もう一度聞くがな」と言う。
「乾屋さんを殺したのは、おめえさんのご亭主なんだな」。
おるいは、うなづく。

「そいつらひとまとめにして、片付けてもおめえさん…」。
「殺して!」
おるいは叫んだ。

「みんな殺して!1人でも残ったら、私が殺される」。
「始末をして、いっつぁん」。
おるいが哀願した。

釜場では、図面師が殺されたことで捨三が主水を責めていた。
これで、盗人に繋がる手がかりはなくなった。
印玄はバツの悪そうな主水を見て、笑った。

「勝手なことばっかり言いやがって」。
だが逆に、ロクが殺されたということは、盗人がまだ江戸に潜んでいる証拠だ。
市松が、やってきた。

越中屋の盗人たちのことを市松は知らせた。
「今夜あたり、仕事をして高飛びするつもりだ」。
その言葉で、仕置屋は動いた。

捨三が提灯を持って、主水を誘導する。
おるいを追った2人が来ないのを、仕事前の銀次は苦々しく思っていた。
そこに「こんばんは」と捨三の声が響く。

「おるいさんの使いの者でございます」。
その言葉で銀次の手下が戸を明けた。
途端に、主水が踏み込む。

応対に出た男を主水が抑えて、中に入る。
「静かにしやがれ」。
同心姿の主水を見て、手下が襲ってくる。
主水は、立て続けに2人斬る。

1人の手下は、屋根の上を走って逃げた。
だが待ち構えている印玄が男をつかんだ。
「離せ」と騒ぐ男を印玄は、「行け!」と言って突き飛ばした。

「やめてとめて」。
男はその言葉を繰り返しながら、屋根の上を滑っていく。
「あああああ」。

悲鳴を上げて男は落下した。
ぐきり。
骨が砕ける音がした。

銀次は部屋の中に逃げ込んだ。
その背後の障子に映る市松の影。
市松の影を見た銀次は、「てめえら、殺し屋だな!」と叫んだ。

匕首をかざして、市松を襲う。
市松がその手を押さえる。
そしてそのままくるりと、市松が床に転がる。
銀次が匕首を振り下ろし、市松を刺そうとする。

市松が竹串を銀次目がけて、突き出す。
竹串は銀次の片方の目に、深々と刺さった。
思わず銀次が目を押さえて、悲鳴を上げる。
銀次の背後から市松が、首筋を深々と刺す。

2016.07.16 / Top↑