第3話、「現金無用」。
げんなま無用。
2話は、こちらで以前に書いております。
3話だって書いているじゃないかって、すみません。
書いたものが消えてしまって、しばらく立ち直れないので、また後で書きます。

旗本、沖田政勝の屋敷前で、中元が自害して果てた。
沖田政勝に、妻を奪われた恨みだった。
腹を切り、苦しむ中元を沖田は介錯と斬って捨てた。
駆けつけた妻は「お恨み申し上げます」と言って、自害して果てた。

沖田の屋敷に絵草紙屋として出入りしていた正八は、ことの顛末を見ていた。
今日はこの騒ぎで、絵草紙どころではないだろうと、用人の堀内新兵衛が正八を追い払った。
「許してください。私が至らないばかりに」。
沖田の後妻・お梶が、そう叫んで走ってきた。

寅の会に、沖田の仕置きがかけられた。
鉄と伊三郎、そして柔術家の玄達で競り合った。
収拾がつかなくなりそうになった時、寅が制止した。
結局、仕置は入れ札となり、伊三郎に決まってしまった。

仕事を持って帰らなかった鉄に、仕置人たちは不平を言う。
みんな、仕置料を頼りにしていたのだ。
主水もやってくるが、当てが外れたと言われる。

「5両でも10両でもいいじゃねえか、やりがいのある仕事なら!」
「世の中にゃ晴らせぬ恨みつらみで、がんじがらめになって泣いてる連中がたくさんいるんだ」。
主水はそう言うと、「もう、おめえに任しておくわけにゃいかねえな」と鉄に言った。
そのの言葉に、正八も同意する。

寅の会抜きでやればいいのではないか。
そうすれば、寅の会に上前もはねられない。
だが鉄は「八丁堀、おめえ寅の会のこと、よく知らねえからそんなこと言うんだ」と止める。

すると主水は「おめえもすっかりタガが緩んだな。いつからそんな腰抜けになったんだ」と言う。
「とにかく虎のことは甘く見るな」。
仕置人たちに向かって、鉄は「おめえたちもだ」と言った。
「でねえと、虎に必ず仕置きされることになるぞ」。

「仕置人が仕置きされるってか」と立ち上がる己代松に「そういう冗談じゃすまねえんだよ」。
そして、自分を見る主水に鉄は「恨みがましい目で見るな」と言った。
「しょうがねえじゃねえか」と言って、鉄は頭を抱えた。

しかし、鉄が落札できなかった沖田政勝は、仕置きの前に心臓発作でなくなった。
虎がふすま越しに頼み人に「あなた様よりご依頼の沖田政勝に突然、不幸があり、私どもの手で仕置きできませんでしたので、このお金はお返しいたします」言った。
向こうには、頼み人がいる。

死神が、部屋の向こうの頼み人に金を持っていく。
部屋には、沖田の後妻のお梶がいた。
死神が言う。
「死因に不審がありました場合、その落とし前としてお命頂戴いたします」。

不審に思った死神は、沖田の遺体を掘り返した。
沖田の死因は、背骨が折れたことによるものだった。
真夜中、不穏な気配に起き上がった鉄は家から出ようとするが、戸は既に押さえられて開かない。

気を落ち着かせる為に水を飲んでいると、背後の障子に死神の影が映った。
「おっ?!何だ、何の真似だ?」
死神は「お前は裏切った」と言った。
鉄は「何だ」と取り合わずに寝に入ったが、死神は「証拠がある」と言う。

「沖田の死因は背骨折り。コイツはお前の手口だ」。
「冗談じゃねえよ」。
だが死神は「お前は虎を裏切った。この落とし前は虎の元締めがつけてくださる」と無機質な声で告げた。
「ちょっと待ってくれよ!」

鉄は跳ね起きた。
「そりゃあ、お前、なんかの間違いだよ。この証は必ず立てるから5日待ってくれよ」。
答えない死神に鉄は「いや、3日でいい!」と言った。

翌日、奉行所にいる主水を、主水の犬のコロを使い、正八が呼び出した。
鉄のところに来る途中、正八から話は聞いたと言う主水。
「だったら、すぐすっ飛んで来い!俺の命に関わる問題なんだから!」と鉄は言う。
しかし主水は「おめえ、本当にやったんじゃねえのか」と言った。

「何、おめえまで俺のこと疑ってるのか」。
「いや、信用してるぜ。なあ、1人で仕事するような、そんなきたねえ男じゃねえよ」。
「だが、背骨折りとくりゃあおめえしかねえな!」

主水の言葉に鉄は「やっぱりおめえ、俺のこと疑ってんじゃねえか!」と叫んだ。
鉄は主水につかみかかった。
「それじゃおめえ、みんなに納得いくような言い訳してみやがれ」。

「だからそれができねえから、みんなにこうして集まってもらったんじゃねえか」。
「3日のうちに証を立てねえと、俺は虎に仕置されちまうんだ」。
「とにかく、虫が良すぎるよ」と巳代松が言う。

おていも「あたしもそう思うよ」と言った。
正八も「俺もなんだかよくわかんねえけど、そう思うよ」と言った。
みんな、当てにしていた寅の回の仕置料が入ってこなかったことに、まだこだわっていた。

「そうか」。
鉄が怒り出した。
「おめえら、それが仲間に言うセリフか!」
「ようし、わかった!」

「いい、わかった」。
「俺も地獄に堕ちるのは1人じゃ寂しい!みんな、道連れになってもらおうじゃねえか」と言い出した。
「地獄堕ちは、にぎやかな方がいいや」。

すると主水は「冗談じゃねえや。割り切れねえ気持ちのまま、おめえと一緒に死ねるかい!ええ?」
「だいたい、競りに外れっぱなしってのがおかしい」。
「おう、俺は俺のやり方で、ちゃんと調べさせてもらうぞ!」と言った。

己代松も「念には念を入れ、だ」と言う。
主水と巳代松の会話に、鉄はそう言うと頭を抱える。
「そうしろ、そうしろ」。
「ったく!」

「鉄。おめえ、なんか心当たりねえのか?」と聞く主水に、鉄は思い出す。
「俺もそのこと、ずっと考えてたんだ」。
「今度の競りで、最後まで張り合って外れた野郎が、俺の他n1人いる」。
「誰だそれは」。

「玄達といって、柔術家の表看板を下げている野郎だ」。
「俺が当たってみる」。
巳代松の言葉に、鉄が目をまん丸にした。
「それに沖田の屋敷も探りを入れる必要があるな」。

そちらは、絵草子で出入りをしている正八が請け負った。
沖田の屋敷には跡取り息子の政高がいて、おふみという下働きの少女といつも仲良く遊んでいた。
政高が転ぶと、おふみが飛んでくる。

泣きそうになった政高は、すんでのところで泣くのをこらえた。
若様を誉めるおふみ。
正八が行くと、おふみがお梶に取り次ぎに行った。

「お姉ちゃんと仲がいいね。お姉ちゃん、好きなの?」
「うん、大好き!」と政高は元気よく答えた。
「母上とどっちが好き」。

正八の問いに政高は「母上は大嫌いだ」と答えた。
「母上嫌いなの。う~ん、じゃ、おじちゃんと一緒だ!」
おふみが来て、お梶は誰にも会いたくないと言っていたと告げる。
正八は帰った振りをして、屋敷に忍び込んだ。

天井裏に潜んだ正八が見たのは、用人・堀内新兵衛とお梶の密会現場であった。
しかもお梶は、子供を身ごもっていた。
その父親は新兵衛だった。

一方、賭場に忍び込んだ己代松は、80両という大きな借金を玄達が全て返済しているのを知った。
親分は玄達は命拾いしたな、と笑った。
このことから主水は、お梶が新兵衛との間の子ができて、それがわかってしまう前に政勝を殺したと予測した。

だが、おていは門前で殺された中元夫婦の恨みも相当なものだと言う。
妻が沖田に奪われたうえ、夫が殺され、妻は後を追ったのだから。
己代松は、寅の会は頼み人が死んだら、頼み料は返さなくてはいけないことに目をつけた。

玄達が寅の会を通さずに、じかに頼み人と取り引きしたとしたら?
寅の会を通さないのだから、頼み両はそのまま、玄達に入る。
頼み人にしたら、安くも済むだろう。

主水は、問題は、玄達とお梶たちがどこでどう繋がっているかだと言う。
のんびりしている正八に鉄は「俺の首が飛ぶかどうか、あと2日しかねえんだぞ!」と怒った。
鉄が外を見ると、長屋の外ではやはり死神が見張っていた。

主水が帰ると、せんが寝込んでいた。
りつも傷だらけだった。
50両が5本も当たるという富くじを買いに行き、殺到する人のなかで転んだのだった。
「何もかも、あなたの甲斐性のないせいです!」

翌日、その主水が玄達を仕置人として捕まえてきたと奉行所で騒ぎになった。
「昼行灯が?」
「仕置人なんて本当にいたのか!」

態度が大きい玄達に対して主水は怒ったが、玄達は悠然としている。
「わしを知らんのか」。
「身元保証人でもいるのか」。
すると玄達は、旗本の沖田政勝の奥方・お梶が自分のことは知っていると言った。

「よく調べてみろ」。
その通り、玄達の身元を、お梶が保証したのだ。
上に叱り飛ばされ、畳に頭をこすりつけて詫びた主水。

だが、1人になると「これで玄達とお梶の線は繋がった」とつぶやいた。
開放された玄達の後を、鉄が尾行する。
玄達は沖田の屋敷に入った。

屋根裏に侵入した鉄は、お梶と新兵衛、玄達の3人の会話を聞く。
「全くマヌケな同心だ」。
新兵衛が嘲笑う。
「本物の仕置人を捕まえておきながら…」。

「その点、お梶は抜け目がない。セリで負けた念仏の鉄というやつの手口で、殿を殺して」。
お梶の声がする。
「もし、わたくしたちが玄達殿と知り合いでなければ300両の頼み料が80両になるなどということは」。
「ふふふふ」。

「ところでご用は」と玄達が聞く。
「玄達殿、今一人片づけてほしいのですが」。
「と、おっしゃいますと、誰です」。

「政高です」。
「若様を?」
「百両出します」。
「百両」。

「しかしあの子は沖田家の嫡子、沖田家は断絶に」。
「嫡子はおります」。
「わたくしのお腹の中に」。

「なるほど、新兵衛との間に…。わかりもうした」。
「ではこれを」。
玄達は赤い薬の包みを、懐から出した。
「食あたりと言うことにいたせば」。

それを廊下でおふみが聞いていた。
おふみは部屋に戻ると、政高の顔を見る。
鉄は飛んで帰った。

「沖田のせがれが殺される?」
主水も、正八もおていも、己代松も驚愕の目で鉄を見た。
「グズグズしちゃいられねえんだ」と鉄はウロウロと歩き、焦った。
「鉄!こうなったら、いちかばちだ。玄達の抜き差しならねえ証拠を、寅に突きつけるしかねえ!」

「玄達、はめるんだ!」
「はめるったって、どうやって…」。
表には死神がいる。

「鉄!ちょっと来い!」という主水の声で、仕置人は輪になった。
声を潜める仕置人たち。
玄達に仕置きを依頼して、寅の会を通さずに仕置きするところを死神に見せるのだ。
「まずはあたしの出番だね」。

おていに、「ヘマは許さねえぞ」と主水の声がかかった。
だが、誰かが玄達に仕置きされなければならない。
殺される役は誰がやる。
「そいつは俺がやる」と己代松が言った。

町中でまず、おていが日本橋の商人から財布をスリ取った。
主水は商人を呼び止め、財布をやられたことを教える。
集金したお金が30両。

青くなる商人に、主水は取り返してやるから奉行所に届けるなと言う。
次々、おていは商人の懐を狙ってスリをやる。
その後を主水がつける。
商人たちにすられたことを知らせ、奉行所には届け出るな、自分が何とかしてやると言い含めて歩く。

鉄のあんまに、正八がやってくる。
死神が見張っているので正八は客を装って、事の首尾を鉄に伝えに来たのだ。
鉄が長屋を出ると、死神もついてくる。

玄達が通る道で、鉄はおていが玄達から財布をスルのを待った。
その通りに、おていが玄達の財布をすった。
途端、玄達は「待て!」とおていの手をつかんだ。

「けえしてくれ、胴巻きだ」。
「胴巻き?ご冗談でしょ?」
とぼけるおていを玄達は物陰に連れて行った。
「裸にすりゃわかるんだ!」とおていの着物を脱がしにかかった。

その途端、おていの懐から大量の小判が落ちる。
小判の数に、玄達は驚いた。
「この金はどうした!言え!言うんだ!」とおていを押さえつけた。

「言いますよ。言うから離してくださいよ」。
「この江戸に仕置人っていう、人殺しをしてくれるって商売があるっていうんで、その為に貯めたお金なんですよ」。
「その話、誰から聞いた」。

玄達とおていの会話は、鉄をつけてきた死神も聞いていた。
「ただ噂に聞いただけなんですけどね。どうしても殺してもらいたい男がいるんですよ」。
「お金がこれで足りなきゃ、いくらでも」。

「何だったら、その仕置人とかに俺が話をつけてやってもいいぞ」。
「あんたが?」
「ああ」。
「その代わり、礼金は百両!」

その頃、正八は沖田の屋敷で、絵草子を政高に読んでやっていた。
お梶が、政高の食事に玄達から渡された薬を注ぐ。
それを、おふみがそっと見ている。

お梶が食事だと言って、政高を連れて行った。
廊下に出た正八を、おふみが呼び止めた。
「あのお」。

「何だ、どうした?」と立ち止まった正八を見た新兵衛が、「絵草子屋!」と呼ぶ。
「用が済んだら引き取ってもらおう」。
おふみは「この絵草子、お返しします」と言って、自分が持っていた絵草子を差し出した。
「あ、そうですか。それじゃあまた、新しいのを何か一つ」と言った正八に、おふみは丁寧に頭を下げた。

その思いつめたような様子に、正八が不安を感じる。
屋根裏から、正八がお梶と政高を見ている。
「今、食べたくありません」。

食事をしようとしない政高に、お梶は「さあ、いただくのです」と強要した。
「そのようなワガママは許しませんよ」。
政高は、しかたなく手をつけようとした。

その時、おふみが飛んできた。
「若様、飲んではいけません!」
政高が飲もうとしていた椀を、おふみは跳ね飛ばした。

新兵衛が「おふみ、貴様!来いっ!」と怒る。
おふみを引っ張って行く。
正八はそれを、屋根裏で聞いている。

「おふみー!おふみー!」と叫ぶ政高の声。
新兵衛が刀を抜く。
政高の叫び。

「静かになさい!」というお梶の声。
そして、静かになる。
天井裏にいた正八が顔をゆがめ、いたたまれず背中を向ける。

正八が鉄の家にいる。
預かってきた絵草子の中には、おふみの書いた書付と小判が2両、包んではさんであった。
煙管をくわえた鉄が、書付を読む。

「わたしにもしものことがあったときは どうかわたしのうらみをはらしてください」。
「このおかねはなくなったおくさまにいただいたものです」
「鉄つぁんよう」。

正八の声は震えていた。
「俺、この子の恨み、晴らしてやんないと気が済まねんだよ!」
「安いけど頼むから、競り落として」。
鉄はタバコをふかしながらも、小判を見つめ、しっかりとうなづいた。

その夜、おていは玄達に、飲み屋で飲んだくれている己代松を見せた。
「あれがそうなんですよ」。
玄達は己代松を路地裏に連れ込む。

そして、バタバタと暴れる己代松の骨を折った。
「ぎゃっ」という声をあげ、己代松は動かなくなった。
その一部始終を、死神が見ていた。

玄達が走り去ると、鉄が路地裏に飛び込んできた。
「松!」
「松!」
動かない己代松の胸を押すと、己代松は息を吹き返す。

「あばらが折れてら」。
「おめえに昔、右やられて今度は左だ。釣り合いが取れていいや」。
己代松が痛みをこらえながら言う。
そう言って痛みにうめく己代松の頭を、鉄はそっと抱き寄せる。

寅の会。
「本日、寅の会番外として、皆様にお集まりいただきました」と死神が言う。
「この寅の会の中に、掟を破る裏切りの事実があったからです」。

仕置人たちの間に、緊張が走る。
「この裁きは虎の元締め、自らの手で仕置きされます」。
仕置人たちが硬直する。

虎が立ち上がる。
玄達の目が泳ぐ。
下を向く。

座っている仕置人たちの前に、虎が進み出る。
虎の足が、玄達の前で止まった。
玄達がハッと、顔を上げる。

虎が棍棒を、玄達に向かって振り下ろす。
玄達は「うわっ!」と言うと、勢いで部屋の奥まですべった。
そして、障子を破って止まった。
虎は勢いに押された仕置人たちの前を通り、何もなかったように元の席に座る。

「なお、今回の件、頼み人については、私の身内の調べが甘く、不行き届きがありましたので、このように処分いたしました」と虎が言う。
死神が、仕置人たちの隣り合った部屋のふすまを開ける。
中には、いつも句を読みあげる喜平が、不自然な姿で硬直していた。
仕置人たちは背筋を寒くする。

「この件に関わり、番外の依頼がありました。頼み料は2両です」と死神が言い、虎が短冊に書く。
「頼み料は、2両です」。
「沖田の妻、梶」。
「堀内新兵衛」。

「2人で2両…」。
「見送りだね」。
その中、鉄は「1両!」と声をあげる。

仕置人たちが鉄を呆れた顔で見る。
「他にありませんね。なければ1両にて、念仏の鉄さんに落札いたします」。
鉄が頭を下げる。
うっすらと笑う。

地下室で、「あらかじめね、小銭に両替しておいた」と正八が言い、小銭が分けられる。
「早くしろ早く」。
「できてるよ」。
「3朱と20文」。

次々と、小銭を受け取って行く仕置人。
「この小銭は、小判よりずっと、値打ちがあるぜ」。
主水の言葉が、重い。

にっこりするおてい。
胸に包帯で板添木を結び付け、小銭を取る己代松。
鉄は主水に死神が目を光らせているので、今度の殺しは俺がやると言う。

己代松にもその体じゃ無理だと言った。
だが己代松は「冗談じゃねえよ、もう大丈夫だ、ほら」と言って、添え木を叩いてみせる。
鉄がわずかに笑みを浮かべて、顔をそらす。

夜の町、仕置きに向かう鉄はウキウキしている。
隣には、胸に手をやっている己代松がいる。
沖田家では、お梶と新兵衛が政高を早く殺す相談をしていた。

新兵衛がお梶を抱き寄せようとする。
お梶は、はばかりに立つ。
片袖を脱いだ鉄が、厠の外で指を鳴らす。

鉄は、厠の窓をそっと開けた。
中にいるお梶を、見下ろす。
身支度を整えたお梶が、立ち上がる。

鉄がお梶の背後の、戸の格子から手を伸ばす。
お梶の首根っこを、まるで猫の子をつかむように背後からつかむ。
首根っこをつかまれたお梶が、ヒュッと息をのむ。
鉄に背後から首筋を引っ張られ、お梶は首を回して背後を確認する。

お梶を見下ろし、睨む鉄と目が合う。
鉄に睨まれたお梶の目が、恐怖のあまり、見開く。
息が荒いのに、声も出ない。

お梶の前で鉄は人差し指と中指を伸ばし、手を鳴らして見せる。
ぐきり、ぐきり。
震え上がったお梶が呼吸を止め、目を細めた。
その瞬間、鉄の手が戸を突き破り、お梶のあばらを折った。

鉄が指を抜いた瞬間、お梶は目と口を開いた。
お梶は声もなく、扉の向こうで崩れ落ちる。
鉄はそれを見下ろして、確認すると格子を閉める。

寝床でお梶を待っていた新兵衛に、己代松が近寄る。
新兵衛が己代松に気づき、「誰だ!」と叫んだ。
火花が散る。

だが、新兵衛は肩を撃たれただけだった。
絶対に的を外さないはずの己代松。
それが、的を外したのだ。

「はっ!」
己代松が、自分の失敗に気付いた。
肩を押さえながら新兵衛は、刀を取る。
怒りの新兵衛は、己代松に向かって刀を振り下ろす。

最初の一撃は、避けた。
だが痛みに耐える己代松は、追い詰められる。
燃え尽きた鉄砲を手にした己代松が、とっさにそれで自分の頭をかばおうとする。

斬られる!
鋭い金属音が響く。
新兵衛の刀は、己代松の頭に届かなかった。

主水が障子の向こうで、新兵衛の刃を受け止めていた。
そのまま主水は刀を横に払う。
新兵衛は蚊帳の上に、倒れた。

「八丁堀…」。
胸を押さえたまましゃべる己代松を支え、主水は外に出る。
表に出ようとした鉄は、死神がいるに気付く。

「八丁堀、死神がいる」。
そう言って、主水を止めた。
「すまなかったなあ、俺の為に」。
鉄はニヤつくのを、止められない。

そんな鉄を見た主水は、「勘違いするなよ。別におめえの為だけにやったわけじゃねえや」と言った。
己代松も「そうだよう」と言う。
鉄は2人を下がらせると死神に愛想良く、戸を開けて外に出て行く。

翌日、主水はおていがすった金を、あちこちに返して回っていた。
「間違いねえな?」
「30両、確かにございます」。

「礼なんか言われる筋合いはねえけどな」。
お店の主人は、金がちゃんと戻って安心していた。
「間違いはねえな」。

「はい、確かに30両…、あ」。
主人は笑って頭を下げると1両包み「些少ではございますが」と言って主水に渡す。
「みっともねえから何度も同じこと言わすなよ」。

「これは、ご無礼致しました」。
主人はもう一度、笑って頭を下げた。
羽織の袖を翻し、主水はちょっと渋い顔をした。



この3話、大好きな話です。
お梶を演じるのは、美しい花には毒がある。
本阿弥周子さん。
良い役でも、悪役でも、見ていて目が楽しい素敵な女優さん。

おふみ役はこの主題歌「あかね雲」の歌手、当時13歳の川田ともこさん。
玄達は大好きな悪役、今井健二さん。
悪役も良いですね。
13話の江幡高志さんとか。

正八が「手負いのオオカミ」という凶暴さ。
恩人の医師もアッサリ、手にかけようと言う凶悪さ。
この時、寅の会の仕置は頼みんにが死んで取り下げのはず。
そこを鉄たちが助けてしまう。

あれ、医師は気づいていたと思うんです。
誰かが、助けてくれたと。
あんなに一致団結して自分たちのところに居座っていた盗賊たちが、逃亡を前に、仲間割れなんかするわけがない。
首領は鉗子で留められてるわけですし。

この回の殺しは、己代松もうまい。
鉄は見事。
これぞ暗殺者、仕置人。

主水の殺しは、一瞬で決める。
その凄まじさ。
正八が改めて主水の顔を見るほど。
って、後で13話の時に書けばいいのに、自分!

主水が、寅の会を軽視する。
すると鉄が、甘く見るなとくぎを刺す。
まさに玄達が寅の会を通さずに仕置して、手数料を払わなくて済む頼み人お梶が登場する。

最初の沖田の殺しを落札できず戻って来た鉄に、主水が言う。
「5両でも10両でもいいじゃねえか、やりがいのある仕事なら!」
そして旗本殺しについて、仕置人たちが旗本相手だったら安くは請け負えないと言っている。
全部、これ、最後につながるんですね。

仕置人たちの描写としては、すねる鉄がおかしい。
「だが、背骨折りとくりゃあおめえしかねえな!」
「やっぱりおめえ、俺のこと疑ってんじゃねえか!」

「とにかく、虫が良すぎるよ」。
「あたしもそう思うよ」。
「俺もなんだかよくわかんねえけど、そう思うよ」。

「ようし、わかった!」
「俺も地獄に堕ちるのは1人じゃ寂しい!みんな、道連れになってもらおうじゃねえか」。
「地獄堕ちは、にぎやかな方がいいや」。
この辺りの粋のピッタリ合ったところが、すごくおかしい。

前にも書きましたが、お梶たちの話をしている時、鉄の家でみんな、餅焼いてる。
それで主水が「奥方の腹がぷうーっと膨れてきたってんで」と言うと、網の上の餅が膨れてくる。
「おう、膨れてきた膨れてきた。それでやべえからと、旦那を殺したんだ」。
怖い話を平然と、おかしくしているところがさすが、裏稼業の人たち…。

死神がいるから客を装って来た正八を揉み治療しながら鉄ちゃん、「銭、ちゃんと払えよ」と言う。
「冗談じゃねえ、これ仕事のうちじゃないか」。
「お客さん、だいぶ凝ってますね!」

「俺、払えないよ」。
「払わなきゃ払わなくていいんだよ」。
頭、グキッといきそう。

「あー!払います!」。
「お客さん、いつもおおげさなんだから」。
もう、鉄ちゃんいるだけでこんなにおかしくなる。

正八が政高に絵草子読んでるんですが、それが「食うに困ったかぐや姫は、しかたなく吉原に身売りをすることになり」。
「おもしろいか?」
「うん!もっと続けて!」
「続けていいのかな?」

その後、お梶が「どの絵草子にするか、決まりましたか?」
「はい!かぐや姫にします!」。
「ありがとうございます」。
えー!

子供とのやり取りの中、さりげなく正八が「母上とどっちが好き」と言う。
大して意味があったわけじゃない。
でも政高は「母上は嫌いだ」と言う。
正八が「おじちゃんとおんなじだ!」と言う。

明るく見えても、仕置人。
普通の生い立ちで、普通の生活をしている青年が関わる世界じゃない。
この正八に、どんなことがあったのだろうと一瞬、思わせる。

さてかぐや姫の絵草子の後、話は悲壮な方向へ行く。
このようにいろんなことが散りばめられているから、仕置人は目が離せない。
おふみが殺されるのをわかっても、なすすべもない正八。

つたない文字で書かれた書付が、涙を誘う。
「わたしにもしものことがあったときは どうかわたしのうらみをはらしてください」。
「このおかねはなくなったおくさまにいただいたものです」。

正八の声が、は震えている。
「俺、この子の恨み、晴らしてやんないと気が済まねんだよ!」
「安いけど頼むから、競り落として」。

幼いおふみが必死に今まで奉公し、もらった小遣いを貯めた2両。
その頼み料に、名乗る仕置人はいない。
悪いと言ってるんじゃなくて、ものすごく危険なことをするんだから、それに見合う金額が欲しいと言うのはしかたがない。

でもこの中で「いちりょう!」とはっきり手を挙げる鉄は、たまらなくカッコ良い。
そして「この小銭は小判より値打ちがあるぜ」と言う主水も、たまらなくカッコ良い。
もちろん、己代松も見せ場あり。

死ぬ危険を冒してまで、鉄の為に玄達にやられる。
虫が良いと言っていた己代松の協力に、鉄でさえ初めは目を丸くしている。
「右やられて今度は左でちょうどいいや!」って言って痛みに耐える己代松も、たまらなくカッコ良い。

玄達が仕置きされるシーンで、虎を演じる藤村さんの現役時代のフィルムが入る。
虎の元締めの仕置きが、太い棍棒で打つんですが、それは迫力があって当たり前。
藤村さんをキャスティングするって、すごい考えたなあ。

死神がいるから主水はやらなくて良いと言う鉄もまた、主水を思っている。
己代松にやらなくて良いと言うのも、己代松を思っているから。
それを拒絶する己代松を見た鉄の、しみじみとした笑み。
この時から鉄は、主水と己代松のためには死ぬつもりでいたのだと思います。

だけど仕置の後には、ニヤニヤしちゃう。
すると主水「おめえの為だけにやったんじゃねえや」。
己代松「そうだよ」。
みんな素直じゃないねえ。

仕置きのシーンの鉄はもう、ホラー。
お梶じゃなくても、夜道で会ったら腰抜かしそう。
これは、凶悪な面相です。
肩袖脱いで見えている、赤の襦袢が不吉なほど鮮やか。

光と影の使い方、本当にうまい。
まるで子猫をつかむような、お梶の捕まえ方が鉄の圧倒的な力を感じさせます。
死神に言われていた「寅の会を騙したら…」が、現実にやってきたことに恐怖するお梶。

3話っておもしろいけど、考えたら子供は殺されるわ。
悪女とはいえ、お腹に子供がいるお梶は仕置されるわ。
今じゃ絶対、作らない話なんですね。

百発百中の己代松が、怪我のために仕損じる。
彼の技は、しくじると後がない。
やられる。

ここでカキーンという音。
姿を現す主水。
こんなにもカッコ良い主水。

小銭が小判より価値があると言った主水。
なのに小銭をせびるラストの主水。
この対比も、すごく良いんですね。
大好きなエピソードです。


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2017.10.14 / Top↑
のさばる悪を何とする
天の裁きは待ってはおれぬ
この世の正義もあてにはならぬ
闇に裁いて仕置する
南無阿弥陀仏


「新・必殺仕置人」第1話。
前にも書きましたが、再見してみました。
やっぱりすごく、良くできてるんですよね。

みんな、若い。
若くて、ギラギラしている。
でも山崎努さんは、藤田さん、中村嘉津(草冠)雄さんは、ギラギラの中に、落ち着いた渋さが出て来ている。
若さと渋さの間の、ちょうどいいバランスの時期の作品じゃないでしょうか。

鮮やかな青い羽織を着たものが10名ほど、その座敷には座っていた。
両側に3人ずつ。
正面に2人、羽織を着ていない男がいる。

向かって右側に、いやに貫録と迫力を感じさせる老人がいる。
その横にいる男と、その男の奥にこちらには横顔を見せて座っている男が一人。
坊主頭の男が、つるん、と頭を撫でている。

彼らと向かい側、こちらから見ると背中しか見えないが羽織を着た男が2人。
左側の男に向かって、羽織を着た男が近づく。
すると、左側の男が口を開いた。

「それでは挙句を頂戴いたしまして、本日の興行を終わりたいと存じます」。
右側に座っている、老人。
彼が元締め、寅だ。

寅が筆を執り、すらすらと句を書く。
出席者に緊張が走る。
皆が正面を向いている中、坊主頭の男は斜め上を見ている。

いかにも「早くしろ」と言わんばかりの顔。
念仏の鉄。
江戸から脱出したはずの仕置人、念仏の鉄だ。
句が読み上げられる。

「八丁の~」。
「堀に中村、主水かな」。
鉄が顔を上げた。
きょとんとした顔をしている。

「八丁の、堀に中村主水かな」。
鉄が眉をひそめる。
何か思案している。

寅は無表情だ。
建物の表には「月例俳諧興行虎拾番会」とある。
戸が、すっと締められる。
野次馬が中をのぞきこもうと、首を伸ばしている。

「虎、万筆」。
奥から横顔だけ見せていた男が、前に進み出て来る。
死神。
寅の用心棒の、得体のしれない男だ。

「150両」という声がかかる。
「140両」。
135、130。
125、120、110。

「80」という声がかかる。
「ございませんか」。
「ございませんね」。
「よろしゅうございますね」。

寅が言う。
「ではこの命、80両で落札」。
「八丁堀、中村主水…」。
鉄がつぶやく。

町奉行所の前に、正八と言う若い男がいる。
正八は表で、鋳掛をやっている男に近づいた。
鋳掛屋は、己代松。

「出てきたよ」と、正八が言う。
「あれか」。
「あれだ」。

「おはようございます」。
挨拶した同心が、中村主水だ。
ちょろちょろと歩く。


奉行所の中から、与力の筑波が現れる。
「これより、市中見回りに出かけます」。
主水が筑波にそう言う。

「例の庄兵衛衛の一軒でございますが」。
「何かわかったか」。
「それが」。

「気にするな。そうだ中村。おぬし、なかなか評判がいいぞ」。
誉められて主水は、うれしそうになった。
「わしも鼻が高い」。

「このうえは筑波様の期待に応えるためにも…」。
主水は、情熱をもやすのだった
そして、主水は市中見回りに出かけた。
おていというすりが、己代松と目配せしている。

「ご苦労様です」と町の者が声をかける。
「うん」。
主水が行くと、さきほどのおていがやってきた。
指をなめ、いそいそと歩くおていに、主水が目を留めた。

おていは正八とすれ違いざま、見事に財布をすった。
すると同時に、おていは足早にかけ去る。
「おい!」
主水が追って来る。

正八に「おめえ!財布やられたぞ!」と叫ぶ。
「ええっ!」
主水は正八の手を引きながら、おていを追って来る。

おていの姿は、絵草紙屋の前で消えた。
主水が入って来る。
女ものの、下駄がある。

主水は座敷に進むと、用心深くふすまに手をかけ、開けた。
押入れの奥には、階段があった。
地下室がある。
主水が降りて来る。

階段の下にはおていと、己代松がいる。
たくさん、下がっている浮世絵をかき分け、主水が進む。
浮世絵が動き、両手で絵をかきわけて男が現れた。

坊主頭の男。
念仏の鉄。
鉄は主水をいたずらっ子のような目で見た

「しばらくだったな、八丁堀」。
にやりと笑った。
主水は視線を落とした。

「まだ生きてたのか」。
「裏の家業は続けてんのか」。
「うん」。

「おめえには会わなかったことにするぜ」。
主水は踵を返すと、その先の視線には己代松とおていがいた。
「ああ、いいんだいいんだ。俺の仲間だ」。

「ちょっとわけがあってな、おめえをここまで連れて来てもらったんだ」。
主水が鉄を見る
そして、目を伏せる。
「仲間、か」。

唇をなめる。
指を顔の前で振ると主水は「俺は、仕事はしねえぞ」と言った。
「おいおい、そうすんなり出てってもらっちゃ困るんだよ」。
「上にも仲間がいるぞ」。

絵草紙屋の店番をしているのは、先ほどの正八だった。
客が帰り、ちらりと正八がこちらを見た。
階段の上から、主水がそれを見ている。
鉄が階段の下に座る。

「イイか。驚くなよ」。
頭を掻き、仰向けに横たわる。
「昨日な。おめえの命がよ。80両で売れたんだよ」。
「なんだっておい?!」

「寅って男がいる。素性も何にもわからねえが、こいつが頼み人を見つけると、裏稼業の人間が集まってセリにかける」。
「最近はそういう仕掛けになってんだ」。
へへへっと主水は笑った
「からかっちゃいけねえぞ」。

鉄は起き上がった
「冗談で、こんな真似ができるかい」。
鉄は頭を掻きながら起き上がる。
「来いよ!」

手招きをして、階段の下の地下室に主水を呼ぶ。
主水の耳元に口を寄せると、鉄はささやく
「おめえに知らせたと寅にわかりゃ、俺たちだってただじゃすまねえんだ」。

「昔馴染みに狙われてることを教えてやろうと、連中に頼んでおめえをここまで連れて来てもらったんだ」。
「俺を狙ってるのはどんな野郎だ」。
「わかんねえ」。

「競り落とした野郎の顔を見たはずだぞ」。
「面ぁ見たってどこの誰だかわからねえ」。
「第一、セリに出て来るのは一人だけっだ」。

「他のことまでわかりゃしねえ」。
おていが言った
「ま、逃げるんだね」。
「それしかないよ」。

己代松も言う。
「一人や二人、叩き殺したところでまたやってくる」。
「いったん、セリに落ちた上は頼み人が死ぬか、取り下げない限り、終わりにやならねえんだよ」。

主水は目を閉じた。
「心当たりねえのか?金摘んでまでおめえを殺してえと、死ぬほど憎んでる奴がいるはずだ」。
主水が探るような目をする。

しかし主水は首を振った。
「いやあ、まるで見当がつかねえな」。
その頃、料理屋の一室に、筑波が女といた。

筑波は言う。
「すべて手は打ってある。中村主水は間もなく死ぬ」。
「約束は果たしたことになる。うれしくはないのか」。
だが、そのお兼という美しい女は無表情だった。

鉄は、主水に言う。
「牢屋同心が定町周りとは、えれえ出世じゃねえか」。
「とんだ、怪我の功名でな」。
「あらあ、めっぽう風の強い晩だった」。

「俺はちょうどその日、泊まり番でな」。
伝馬町の老屋敷。
風の音で雨戸がうるさくて、主水は寝付けなかった。
それでもいつか、ことりと眠りに落ちたらしい。

眠っている主水のの背後で、置いてある刀が持ち上げられた。
誰かが刀を持って、引き込んでいく。
「誰だ」。

主水が気配で目を覚まし、振り向く。
囚人服の男が襲い掛かって来る。
「庄兵衛!」
2人は、もみ合いになる。

「うわああああ」。
庄兵衛は謝って、自分で自分を刺してしまった。
この男は矢切の庄兵衛といって、与力の筑波がお縄にした悪党だった。
島送りになるはずだった。

牢破りを未然に防いだということで、主水は筑波に目をかけられた。
「それで定町周りにご出世か。めでてえ話だ」。
鉄の口調は、皮肉に満ちていた。

主水は黙っていた。
「何考えてんだ」。
鉄は豆を食べていた。

主水が鉄の隣に座る。
「俺は昔な、赤井剣之介って男と組んで、仕事をしていた…」。
「どうしたんだ、その男は」。

主水は答えなかった。
「死んだのか」。
主水はすぐには答えられなかった。

「うん」。
そう言うと、子供のようにうなづいた。
主水は刀を持ち、顎を乗せていた。

脳裏をよぎる剣之介の、無残な最期。
「俺は剣之介のことを忘れていた」。
「剣之介だけじゃねえ」。

「野垂れ死にしてった昔の仲間を」。
「俺の手にかけて死んでった連中のことも」。
「俺はみんな忘れてた」。
主水の声が、悲壮さを増して行く。

「この稼業にいったん手を染めたら、幸せなんてものはつかめっこねえ」。
ぎゅっと、主水の手に力がこもる。
「来るなら来てみやがれ、たたっ殺してやる!」

主水が立ち上がった。
「ま、俺が生き延びられていたら、そのときゃまた仲間に入れてもらうぜ」。
鉄の肩をポンと叩いて、主水は出て行く。
「気をつけろよ」。

鉄は豆を食べ続ける。
足元には、たくさんの豆の皮があった。
その中からまだ、豆が入っているものを拾い、ふっ、ふっと息を吹きかける。
豆を拾い、鉄は食べる。

「ただいま帰りました」。
「おかえりなさいませ、婿殿」。
「あなた、これを見てくださいな」。

せんとりつの機嫌が良い。
「これはまた豪勢な、鯛の活造りですな」。
主水が万引きを捕まえた大店から届けられたのだ。

今度は、着物が欲しいとねだるせんとりつ。
だが主水は、そんなことはできないと言ってしまう。
途端に、せんとりつは機嫌を損ねてしまった。

わんわんわんと声がする。
主水は台所に降りると、戸を開けた。
犬が入って来る。

主水は鯛を手に、犬にやる。
「どうだあ、うまいか」。
奥に引き込もうとすると、犬の悲鳴が響いた。
犬はだらりと舌を出し、絶命していた。

主水は犬の喉に手をやると、鯛の皿を見る。
犬を抱いて、戸の外に出て行く。
キャンキャンキャンと子犬が鳴きながら走ってきた。

落ちている鯛の皿に近寄った子犬を主水は「食うな、食っちゃいかんぞお」と止めた。
そして、動かない母犬を撫でる。
クンクンと鳴いている子犬を抱く。
自分の身代わりだ…。


前半の鉄と主水の再会。
鉄のキャラクターは前のまま、しかし年月が経っていることが伺える。
主水にもいろんなことがあった。

「仕業人」で剣之介とお歌の仇を討って、去って行った主水。
主水は、剣之介の無残な最期に自分を重ねて見ていた。
このまま続けていたら、同じような、いや、もっと悲惨な最期が待っている。
それを、主水は思い知った。

主水が斬った相手は、剣之介とお歌の仇であり、自分たちを追及して来る男であった。
しかし、個人的に恨みがあったわけではない。
殺しの依頼があったわけではない。
だが、2人は殺し合わなければ収まらなかった。

それは殺し屋と、それを探って来るもの。
仲間の仇と、義理の親の仇同士であること。
そのほかに、武士の意地。
死に場所を求めている男を、斬ってやることでもあった。

この時、主水はこの稼業には割り切れないものが付きまとってしまうことも思い知った。
自分が居場所をつかんだと思った、この世界。
そんなものは、どこにもなかった。
絶望した主水は、自分を慕う捨三も顧みなかった。

そうして主水は、自分が捨てたはずの同心の日常に戻って行ったのだ。
牢見回りから、定町まわりに復帰して、すっかり主水は普通の同心になっていた。
そこに、闇の世界はとんでもない形で主水に手を伸ばしてきた。

忘れていた。
そうだ、自分に普通の幸せなんてありっこないんだ。
またしても、思い知らされた主水。

しかし、そんな主水の悲しみと諦めは、上役の陰謀が発覚すると吹き飛んでしまう。
主水は自分を見る筑波の目を手で遮り、嫌そうに目をそむける。
そして、宣言。
「私はこれから徹頭徹尾、手抜きで行きます!」

主水の、表の世界との決別宣言。
「仕事なんか、しやしません」。
…言ってみたいですねー。
「薄ボンヤリの、昼行灯で結構です」。

主水はお兼の下駄の鼻緒の側で、筑波の背中を撫でた。
ものすごい形相で振り返った筑波が、お兼の下駄を振り払う。
下駄が飛んでいく。

「あ、また放っちまったんですか。言ったでしょう、さっきも。大事にしてくださいよ」。
主水は再び、下駄を拾いに行った。
ここの軽快さが、主水の爆発の期待へつながる演出。

主水が下駄を揃えた時、振り向いた筑波が刀を抜いて斬りかかって来た。
筑波の刃から身を交わすと、主水が真横に刀を振る。
筑波を斬る。

その圧倒的な剣技。
中村主水だ。
裏稼業に完全に戻った、中村主水だ。
座り込んだ筑波を、真正面から真上から斬る。

筑波に騙され、愛する男を殺した男の妾にされ、大金を取られたお兼。
この恨み、誰も晴らせない。
そういう者のために、自分はあるのだ。
このために裏稼業は、自分を再び追ってきたのだ。

覚悟を決め、自分の運命を知った主水のすごみ。
庄兵衛の金に、沸き立つおてい、正八、己代松。
主水の顔に、怒りが広がって行く。

このために。
こんなもののために!
鉄だけが、そんな主水の表情に気付いている。

一つだけの残った金の入ったカメを、だから鉄も放り投げる。
「おうよ」。
そう言いながら、手に一枚小判を握っているところが、鉄。
鋭くそれを見つけて、抑えるところが主水。

冷静になった己代松が、そうかもしれねえや。俺みてえに生まれた時から運のない奴は、ほどほどが一番だ」と言う。
次回はこの己代松が、どうしてそんなことを言うのかがわかる話。
あれほどの大金を水に沈めた主水が、筑波の葬儀の香典をくすねる。

ここが中村主水。
だから中村主水。
そして寅の会で、頼み人が死亡したために主水の一件が取り下げられたのをしらっと聞いている鉄。
この2人、本当に良いコンビ。

濃密な展開がこの後の回も続きます。
2話の己代松の生い立ちも泣かせます。
自分が好きなのは、3話ですが。

己代松のピンチに、控えていた主水。
もう、カッコよすぎです。
主水にも己代松にも礼を言う鉄。

ニヤニヤする鉄に「そうだよぅ!」と言う己代松。
己代松は鉄のために、あばら折っててそれで仕事をしくじったんですけどね。
この辺り、何ていうか、ものすごいカッコいいアウトローを描いていると思います。
演出に加えて、俳優の個性がそれを支えている。

だから必殺って、根強くファンがいるんでしょうね。
表に死神がいるのを見た鉄が、主水が見つからないように気を遣う。
この後、ちゃっかり袖の下をくれない商人に「ちゃんと金は戻ってきてるな?」と何度も念を押してしまう。

気付いた旦那が、金を包んで主水に渡す。
渋い顔でみっともねえから、何度も言わすなと言いながら受け取る主水。
あんなにカッコいい主水が。
このギャップの自然さが、中村主水の魅力なんですよねえ。

さて、筑波の葬儀。
自分が斬った男に神妙な顔で、手を合わせる主水。
筑波の陰謀も、悪事も、主水しか知らない…。
…うーん、やっぱりこれ、見始めると止まらないおもしろさです。


2017.10.09 / Top↑
少し前になりますが、将棋にすごく注目が集まりましたね。
必殺には、将棋を扱ったお話がいくつかあります。
それも印象に残る話でした。

「新・必殺仕置人」第5話、「王手無用」。

正八の絵草子屋に、三番町の疋田兵庫という旗本がやってくる。
将棋の本を真剣に立ち読みしていたので、正八はいくつか将棋の本を紹介する。
すると疋田は本を持って、後で代金は取りに来るように命じた。

「困ります、うちは現金商売なんですよ」と言う正八だが、兵庫は自分を信用しないのかと言い、ついには旗本を愚弄するかと脅して、2朱の支払いをせずに戻ってしまった。
正八ともめている時、おていが兵庫にぶつかった。
見事、財布をすったおていに、自分は代金だけもらえればいいと飛びついた正八だったが、おていいわく、「大げさな財布」の割りには中身は代金にも満たなかった。

屋敷に戻った兵庫の元に、女の将棋士・初津が訪ねてきた。
「来たか!」と喜ぶ疋田は、同じ旗本の小出と横地、神尾も呼べと言う。
日も落ちて、疋田は女将棋士の初津と将棋を打っていたが、負けてしまう。
「詰みでございます」と言われ、「もう一番!」と言うが、「無駄でございます」と言われてしまう。

「大駒を落とせばまだしも、平手ではとても将棋にはなりませぬ。今夜はこれにて失礼します」と言う初津。
兵庫は「聞こえんのか!もう一番、させと申しておる!」と食い下がる。
自分の駒を片付け始めてしまった初津に兵庫は逆上し、初津を刺してしまった。
悲鳴をあげる初津を、旗本たちは次々刺す。

翌朝、河原に初津の死体があがった。
「相当やられている、これはかなりの恨みだな」と、主水は見た。
ふと見ると、初津は何か握っている。

手を開いてみると、将棋の駒をにぎりしめていた。
「将棋との駒と女か。こりゃまた妙な取り合わせだ」と主水は言った。
女の素性さえあがれば、後は居眠りしてても犯人はあがると見た主水だが、女の遺体を確認しに来て、「初津!」と駆け寄った男に、大きな態度で出てしまった。

だがそれは将軍にも将棋の指南をする伊藤宗看(棋士4段・伊藤果)だった。
主水は上司から怒られ、必ず下手人をあげるように言い渡された。
殺された初津は、正式な一門ではないが、宗看の弟子だったのだ。

寅の会。
三番町の疋田兵庫の仕置きが、かけられた。
他の3人も付け加えられた。

「旗本か…」。
「付け句が3人もあったんじゃねえ…」と仕置人たちが渋る中、鉄は「おもしろそうじゃありませんか。やりがいがある」と意欲を示した。
その結果、鉄が40両で落札してきた。

しかし主水は、奉行所の表の仕事で兵庫を追いかけている。
それを知っている鉄は、今度の仕事は主水を外す、と言った。
主水は、表の仕事で手柄を立てる必要がある。

だから、裏の仕事より表の仕事を優先するだろう。
主水が兵庫たちを捕縛してしまうと、仕事がフイになるからだ。
そのため、今度は主水を出し抜く、と鉄は言った。
主水が怒るぞ、と言う己代松に鉄は「あのやろうが2足の草鞋を履く以上、これからも起こることだ」と言った。

正八は絵草子の恨みもあって、兵庫はとんでもなく悪い奴だと報告した。
兵庫たちの一派はとにかく評判の悪い乱暴者で、岡場所でもしたい放題だった。
彼らの狼藉に女郎たちが逃げ惑う中、1人ずつ、順番にやっつける、と鉄は言った。

一方、岡っ引きの銀次の的確な捜査支持にも関わらず、主水の捜査は難航した。
主水の仕事の重要さは中村家にも伝わり、出世への道と勘違いしたせんとりつの主水への態度が変わった。
ますますプレッシャーを感じる主水だった。

岡場所で朝帰りする兵庫たちを見た己代松は、鍋を叩いて中にいる鉄に合図する。
朝湯の為、銭湯に寄り、湯船の中で大きな態度をしている神尾に鉄が近づく。
「だんな、夕べはだいぶお楽しみで?だいぶ凝ってますよ、この辺りが」。

神尾、ご機嫌で鉄に背中を触らせていた。
背中を指でたどった鉄の指に、グッと力が入る。
鉄は、湯船の中、背骨を外した。
湯船の中に、神尾が沈んでいく。

一方、主水は宗看の屋敷に行く。
初津の殺された当日の行動がつかめないため、宗看の弟子に質問した主水だが、これと言った情報は得られなかった。
そして主水は宗看の奥の座敷に、虎がいるのを見た。

主水は鉄の家に行く。
宗看の屋敷に虎がいたことで、鉄を問い詰めた。
寝っ転がって煙管をふかしていた鉄は、主水に喉を締め上げられる。

鉄は、虎がどんな暮らしをしているかは死神しか知らないと言う。
「それを探ろうとして、殺された奴はいるがな」。
喉を締め上げられた鉄は咳き込みながら、「なあ、八丁堀、おめえ早くこの一件から足抜け!奉行所の手柄なんかいつだって…」と言う。

「…俺、外しやがったな」。
「ああ、外した」と鉄が答える。
「なぜだ。なぜ外した」。
「それを話したら掟破りだ。おめえも俺も殺されるぜ」。

鉄がそう答えた途端、患者がやってきた。
主水はこっそり、鉄の家を出て行く。
鉄もこっそり、出て行く主水をうかがっていた。

湯屋で、神尾が背骨を折られて死んでいた。
そのことを兵庫たちに教えた小普請組の老人は、兵庫たちを叱咤した。
悪い行いが重なれば、いずれこういうことになると言ったはずだ。
目付けも動いているし、これ以上、かばえない。

身を慎み、当分の間、自宅にて謹慎しろと言い渡す。
叱られた兵庫たちは、今度は町の飯屋で酒を飲み、荒れていた。
周りの客も、店の娘も怖ろしそうに遠ざかっていた。

その中に、鉄と己代松がいた。
刀を抜いた兵庫に、中にいた者は逃げ惑う。
兵庫は「こら、坊主!」と鉄に目をつけて、刀を向けた。

危険を感じて、パッと壁際まで下がる鉄と己代松。
みなが怯えるのを見て、満足した兵庫は刀を収めてまた飲み始めた。
飯屋の裏に来た己代松は、2間の距離を測って目印をつけていた。

そこに兵庫の仲間の小出が、路地裏に用足しに来た。
上から、己代松が狙いをつける。
己代松は、屋根の上から小出を撃った。
発射音に驚いた飯屋の者たちと、兵庫と横地が出てくる。

路地裏では、小出が倒れている。
「小出!相手は誰だ!」と、兵庫は倒れている小出をゆする。
反応しない小出を見た兵庫は、「医者呼んだか?医者呼べ!」と叫ぶ。
怖ろしそうに立ち尽くす横地の背後に、今度は鉄が近づく。

野次馬の中、鉄は誰にも気づかれないよう、すばやく横地の背骨を外す。
声もなく、横地は目を剥いた。
「ちくしょう、小出もやられたぞ」と言った兵庫の背中に、横地が倒れ掛かる。
「横地!?」

横地も死んでいることを知った兵庫は恐怖に駆られ、「どけ!」と野次馬をかきわけて逃げ帰った。
走っていく兵庫を、死神が見ていた。
主水は初津が握っていた将棋の駒の持ち主を、調べていた。
その中に、疋田兵庫の名があった。

主水が調べている最中、捕り方たちが飛んでいく。
「何だ?」と外に出た主水は、旗本が2人殺されたと聞かされる。
現場に行った主水は、「えらい騒ぎですな。鉄砲でやられましたか」と言う。

すると、上司は「鉄砲じゃない!」と言う。
「は?」
「竹だ!」

「竹?」
「ああ、そうだ。竹鉄砲だ」。
「竹鉄砲…」。

正八の地下室では、「今夜は表歩けないよ、捕り方だらけだ」と正八が言っていた。
表では、捕り方たちが走り回っている。
町方は、きりきり舞いだと鉄は笑う。

己代松は、主水は手柄をほしがっていると言った。
いざとなったら、自分たちを売るかもしれない。
すると、鉄は言う。

「奴が売ったら俺が殺す」。
「それだけのことだ」。
解散して帰ろうとした時、誰かが階段を下りてくる。

思わず鉄と己代松が隠れる。
頭を隠していた鉄の背中を「おい」と言って、蹴飛ばしたのは主水だった。
「お、おうっ、しばらくだったな」。
「そんなに俺のツラ、見たくねえか」。

「え!」
「いや~、びっくりした~」。
「全然わかんなかった。ごめん」。

鉄はそう言って、壁際のイスに座った。
笑う鉄をよそに、次に主水は鉄の横にしゃがんでいた正八を「正八!」と言って引っ張り出した。
鉄と正八と鉄を並んで座らせると、主水は鉄の前に顔を突き出しながら、「おめえら、ずいぶん派手にやってくれたな」と言った。

「え?やってくれたって何を?」と鉄はとぼける。
正八と顔を見合わせる鉄。
今度は主水は階段の裏に隠れていた己代松を「松!」と言って、引っ張り出した。

主水は「残るのはただ1人、三番町の疋田兵庫か」と聞いた。
「追いかけていたのは同じ男とは、皮肉なもんだ」。
すると己代松は、「捕まえたらどうだ」と言った。

だが相手が旗本では、町方には手が出ないのだ。
上手く行ったとしても、初津は無礼討ちということになれば、大した罪にもならない。
将棋処の宗看もそれがわかっていた。
だから、寅のところに依頼したんだろう。

それを聞いた鉄がつぶやく。
「将棋どころ?」
主水は言う。

「伊藤宗看ってのは、ただもんじゃねえぞ。町のもんが言ってるだろう、あいつは鬼だ、鬼宗看だって」。
主水は、「ほい」と鉄の前に手を出す。
「分け前いくらだ」と聞く主水に、「…金は、…ない」と鉄がボソッと答える。

「ねえ?」
「ねえ」。
鉄がボソッと「前金、みんなで分けちまった」と言う。

「そうか、それじゃしょうがねえなあ」と手を引っ込めた主水だが、正八を引きずり出し、放り投げる。
「行って来い、てめえら!疋田の屋敷へ!屋敷の周りは町方のもんがうろうろしてるぞ」。
「町方?!」

正八も鉄も己代松も、一気に起き上がる。
「何だ、おめえら、何にも知らねえのか」。
当分の間、兵庫の屋敷は町方が守ることになった。
それを聞いた鉄は、頭を抱えてしまった。

翌日、主水たちが守る兵庫の屋敷に、本屋の掛け取りだと言って正八がやってきた。
屋敷に入る正八に、主水は足をかけ、正八は派手に転んだ。
主水の横で起き上がりながら、正八は「あのね、あれからみんな気にしてね」とささやく。

「やっぱり旦那外すのはまずいんじゃないかって」。
「分け前のことはさ、鉄つぁん、後で考えてるっていうからさ。頼むよぉ」。
それを聞いて主水は、「おい、通してやれ」と言い、下っ引きたちは正八に道を空けてやった。

詰め将棋をしている兵庫は正八をじろりと見ると、代金を廊下に放り投げた。
正八は「ありがとうございます」と、小銭を拾いながら言う。
そして、自分のところは、麻布の将棋どころにも本を納めていると話し出した。
宗看先生とも顔なじみにしてもらっている。

そう言って、正八は一枚の紙を取り出した。
「今度作った奇想天外の煙詰め」。
「ご存知ですか?盤の上の将棋の駒が一手進むごとに、煙のように消えていく奇想天外煙詰め」。

正八は兵庫に紙を見せると「どう?旦那さんだったらこんなの、すらすらと?」と聞いた。
だが兵庫はもう、正八の言葉を聞いていなかった。
煙詰めに夢中になった兵庫は、夜も将棋盤と向かい合い、他のことは何も気に留めずひたすら考え込んでいた。

おていは正八の家で、「ほんとに来るのお?」と言っていた。
「来るよ、絶対来るよ」。
鉄は「バカに自信があるな」と言った。

正八は「うん。あのね。将棋狂いってのはそういうもんなの。詰め将棋が解けないとさ、二晩でも三晩でも眠れないの」。
「解けるまで気が休まんないの。だから絶対来る」と答えた。
その時、誰かが来た。
兵庫だ!

しかし、店にいる正八の正面に現れたのは、死神だった。
思わず正八は顔を伏せ、後ろにいた鉄に応対させる。
死神は「今夜中にカタをつけてもらう。虎がそう言っている」と告げて戻った。

おていは「あたし、帰る。死神に殺されるの、嫌だもん」と言った。
「待て!」
その時、駆け足の音が響いた。
あわてておていと鉄が隠れると、戸が開いて、兵庫が顔を出した。

「この図に間違いがないか」。
聞いた兵庫は、正八が「間違いなんかございません」と答えると、「どうしても解けん」と紙を出した。
情けない顔をして、紙を正八の目の前に広げると、「答えを言え」と言う。

「答えを言え!」
「これは答えがないんです」。
「ない?ないはずはない!答えを言え!」
兵庫は、正八の胸倉をつかんだ。

「ないものはないんです」。
「ある!ある!」
「言え!言ってくれ。答えを教えてくれ、これ、このとおりだ」。

兵庫は泣きそうになりながら、頭を下げて哀願し始めた。
「宗看先生が近所までお稽古に来ているので、宗看先生が答えを教えてくださいます」。
その言葉に興奮した兵庫は、「どこだ!どこだ!案内せい!」と迫る。

正八は、兵庫を荒れ寺に連れて行った。
荒れ寺を前に兵庫は「おい、どこへ行く!」といぶかしんだ。
だが、寺の中で宗看が将棋盤を前にしているのを見る。
将棋を打つ音がする。

「疋田兵庫どのか」。
聞かれた兵庫は、「…はい」と言って座る。
「煙詰め!」

兵庫は、身を乗り出して息を呑み、盤を見つめる。
駒が、次々消えていく。
『この煙詰めは、宝暦5年、宗看の弟に看寿より完成されたが、幕府はそのあまりの精妙さに恐怖を抱き、看寿に閉門を言いつけたという。
人間の知恵の限界に挑んだ煙詰めは、その後2百年の長きにおいて、一人としてこれを作りうるものがいなかった』。

宗看と兵庫のいる、その影で鉄がバキバキと指を鳴らす。
障子に己代松の影が映り、己代松がそっと障子を開けて中を見る。
鉄の指が鳴る。

次々消えていく盤の上の駒。
最後の4駒。
3駒。
紙と見比べる兵庫。

最後の2つになった時、宗看が「このぎょくは、あなたの命だ」と言って立ち上がる。
夢から覚めたように兵庫は「何?」とボンヤリして言った。
宗看が出て行く。
その後姿に兵庫が、「先生、今一度!今一度だけ!」と声をかける。

宗看が去った後、兵庫は将棋盤の前に座り始める。
駒を並べた時、ハッと気配に気づく。
「何奴だ!」
2本の指を立てた鉄が迫っていく。

「何奴だ!」
兵庫は斬りかかるが、鉄は押さえつけ、障子の前に連れて行く。
主水の影が映る。
「疋田さん、あんたを守るのが私の役目だ。だがちょっとあんたは、やりすぎたみたいだな。…死んでもらうぜ」。

その言葉が終わると、障子から刀が突き出され、兵庫に刺さる。
鉄が手を離す。
主水が顔を出す。
障子が閉まる。

翌朝、屋敷の中では、兵庫の切腹している姿が発見された。
「さすが直参の旗本。立派な最期だ」という声がする。
「腹を切ったか」と主水の上司が言う。
主水が「もはや逃れぬものと覚悟したようで」と答える。

「女将棋さしを殺したのもこの男か」。
「はっ、確かな証拠がございます、間違いございません」。
「そうか、貴様も一つ手柄を落としたな」。

「ツイてない時は何やってもダメですね」。
「まだ旗本殺しが未解決だ!今度はそっちに全力を尽くせ!」と言って上司は出て行く。
「はい」と返事をした主水の後ろで、旗本たちが囁く。

「死んでよかったな」。
「俺も疋田さんが死んでくれて、ホッとしたよ」。
「そうでなくとも旗本の評判が悪かったからな」。
「これでよかったんだ…、これで」。

鉄と鍋を突付きながら、主水が聞く。
「あの初津ってのは、宗看の一体、何だったんだ」。
「旦那もにぶいね、たかが女弟子にあんな高い銭使うかよ」。
「そうか、それじゃおめえ、あれは宗看のこれだったのか」と主水が小指を立てる。

「だから寅に頼んだのよ、50両の大枚を使ってな」。
「なるほど」と納得した主水だが、「おい、後金はちゃんと出たんだろうな」と聞く。
「出た」と鉄が言う。
「一人頭10両だったな」と言う主水に鉄は、「お前5両だ」と言う。

「ええ!」
「今度の仕事は煙詰めだ」。
「1人ずつ順繰りに消してって、おまえさんがやったのは最後の詰めだけだ。5両でも多すぎるくれえだ」。
鉄は紙に包んだ5両を置く。

それを取りながら、主水は「こりゃねえだろ、おい」と抗議した。
しかし鉄は「これはねえだろって、おい、おめえ、障子の間から、おまえは刀突き出しただけじゃねえか!」
「あんなもんはバカでもできる!」と小声だが強い口調で言った。

後ろの客と従業員をチラッと気にした主水に、鉄は立ち上がると、「どうもごちそうさん、うまかったあ、今日のふぐ!」と言った。
さっさと下りていくと、「勘定頼むぜ」と言って出て行く。
残された主水は「ちくしょう」とつぶやき、鍋をつつく。

「なんだこりゃあ」。
主水は、菜っ葉をつまみあげる。
「あの野郎、菜っ葉だけ残してきやがった!
「…やっぱ、あんこうにするんだったな」と、ぼやく。


4話が軽快に見せながらも、平家の末裔、血筋を守る村、代々続く人身売買…というものすごく重い話。
今回は、仕置人たちのやりとりがとことんおもしろい「王手無用」。
この緩急のつけ方、当時のスタッフさん、見事です。

悪役も最高!
菅貫太郎さんって、ほんと、バカ殿とか、バカ旗本演じたら世界で一番。
誉め言葉ですよ、もう、最高。
目が狂ってるんです、目が!

何もそこまでしなくても、って程の斬り殺し方。
無役の旗本のうっぷんを、これで晴らしてるんじゃないのってぐらいの斬り殺し方。
居酒屋で旗本同士で話してる時、「先祖伝来の借金を抱えて、たったの5百石だ。お役目一つ頂戴するわけじゃない」って言ってます。

おていが冒頭で兵庫からすった財布も、中身なかった。
初津が来た時、酒持って来いって言うと、屋敷の小間使いのおじいさんに「伊勢屋はダメだ、あそこはもう3年も払ってないから貸してくれない」と言われる。
居酒屋で兵庫は、「武士の魂をどうしてくれるか~!」と言って、刀を抜いてる。

徳田新之助と違って、本当の貧乏旗本なんだ!
あんな風に優雅じゃない、これが本当の貧乏旗本の姿なんだ?!
それで、すごく荒れてるわけです。

すごい迷惑なんだけど、どこか憎めない。
何かコミカル。
「仕事屋稼業」では、菅貫太郎さんは2回出演。

1回目では、許婚と間もなく結婚するっていうジュディ・オングを連れ込み、引っぱたいて手篭めにする。
そこを奥方に見つかっても、俺悪くないも~ん、女が悪いんだも~んって感じの最低ぶりでした。
さらに世継ぎができたと言って子供を奪い取るわ、だんなさんを殺すわ…。

ほんとに本領発揮してました。
まだまだ素人っぽい仕事屋・政吉を馬に乗って追い、鞭をふるって、最後は半兵衛にやられる。
完璧!なバカ殿でした。

2回目は、悪女に道を狂わされて使い捨てにされる、博打打ち。
潜入した半兵衛に、かつての自分を見る。
同じように狂わされると思った半兵衛を嫉妬の余り殺すかに見えたが、逃げてくれと訴える。

自分のようになるな、と。
それでも自分はもう抜けられないと言い、最後は悪女の策謀によって用済みと殺される。
とても哀しく切ない悪党だった。

「仕業人」では、市原悦子さんにたかって生きているしょうがないヒモ。
でしたが、根っからの悪党にはバッサリやられる。
市原さんが悲鳴をあげて、そして主水に仕事を依頼する。

どこかいいとこがあったんだろうな、と思わせる調子のいい小悪党ぶりが哀しかった。
仕業人たちにも「どこか憎めない奴だった」と言われる。
今回は鉄を見て「何奴!」と怯えるところが、「仕置人」1話で鉄に仕置きされる奉行を思い出しました。

本当にうまい俳優さんです。
ああ、今、いらっしゃったら…。
つくづく、残念です。

さて、鉄と己代松、旗本2人を居酒屋の路地で殺した後、正八の地下室にいる。
それで、何してるかと言うと、絵草子を刷る道具使って、何か刷ってるんですね。
鉄の家にある衝立の文字みたいなの、作ってる。

それで、出来上がった紙を見せると、己代松が「ああ!」とその出来に声をあげる。
「どうだ正八、いいだろう!」と見せる鉄ちゃん。
でも正八は、「この商売甘く見ちゃいけないよ」と言って、破いちゃう。
ガッカリした2人。

鉄は「明日も仕事だ早く寝ましょう」と、何だか健全なこと言って解散。
…と思ったら主水が登場。
この時の鉄のとぼけっぷりが、ほんとにおかしい。

己代松が主水は自分たちを裏切るかもって言う。
まだ、イマイチ、主水に信用がないらしい。
鉄はさらっと、そしたら殺すだけって言う。
この辺りに、かえって妙な信頼関係を感じましたね。

そんな会話の後なのに、鉄ちゃん、怒りの主水から逃げ回る。
主水が、「松!」って呼ぶと一緒になって「松!」って呼んで怒ってる。
しかも、引っ張り出した己代松を主水の方に放り投げて。
調子いい。

ここで、怒ってる主水と対峙したくなくて、鉄は絵草子刷り始めるし、己代松は一緒になって手伝ってるし。
主水は主水で、正八に紙ぶつけて、正八が「あっ!もうヤ!」ってすねて壁際に引っ込んじゃう。
「分け前いくらだ」と聞く主水に、「…金は、…ない」って鉄が答えると、主水が正八を引きずり出し、放り投げる。

その時の体勢が座ってる己代松、己代松の膝に鉄、その鉄の背中に正八って…。
主水に「行って来い、てめえら!疋田の屋敷へ!屋敷の周りは町方のもんがうろうろしてるぞ」と言われて、「町方?!」って一気に跳ね起きる。
「行ってみろ、おっかねえぞ」って、主水もすねて、ふんぞり返ってる。
「行って来いよ、これからすぐ。銭もらっちまったんだろう、行って来いよ」。

困りきっちゃった鉄がキレてみんなに「行って来いよ!」。
「行って来いよばかやろう」って、正八に紙を投げつけちゃう。
正ちゃん、踏んだり蹴ったり。
さらに鼻をかんでいる己代松の頭をこずいて、「行って来いよ!」。

その後、正八が来て囁くけど、鉄も困っちゃったんでしょうね。
いや、主水って彼ら仕置人には仕置きを遂行する上で、ものすごく重要な存在です。
それを再確認。

兵庫の仕置きは、鉄との連携プレー。
これがまた、プロ同士、鮮やかな手口なんですね。
息もピッタリ、安定感。

だけど、最後は5両。
しかもその理由に、今度は主水がケチつけられないでお願い。
「仕置人」を思わせる、鉄と鍋をつつく主水。

ちゃっかりした鉄。
菜っ葉を前に後悔する主水。
…こんな、仲間とのやりとりする主水、「仕事人」の後の方ではなかなか見られませんよね。

やっぱり、鉄の存在は大きい。
鉄と主水の仲良しケンカも見応え、あり。
仕置きは主水が最後で、鉄と己代松が中盤という、ちょっと変則的な回。
それもまた、おもしろい、徹底した娯楽編と言える回では。

宗看先生は、本当の4段の伊藤果さんの出演。
詰将棋作家としても知られ、『詰め将棋の鬼』と呼ばれることもある方だそうです。
この煙詰めは、本当の話。

幕府はそのあまりの精妙さに恐怖を抱き、閉門を言いつけた…、って相当な戦略家と見られたんでしょうね。
その後2百年の長きにおいて、一人としてこれを作りうるものがいなかった。
ここもまた、すごい。

宗看先生は、主水の言うように、指し将棋、詰め将棋ともに優れ、「鬼宗看」と呼ばれたそうです。
御城将棋では、18勝6敗1持将棋と、圧倒的に強かったとか。
「象戯作物」(俗称:「将棋無双」)は、詰め将棋史上の傑作と言われているそうです。

残っている「中将棊作物」の中には2000手を超えると推定される図もあり、いまだ解かれていないものも多いとか。
江戸の将棋文化の、最大の謎の一つになっているんだそうです。
弟の看寿さんもすごかったらしいです。
「仕置人」世界もすごいけど、この事実もまた、すごい回です。



2017.10.01 / Top↑
「必殺」を代表するキャラクターの1人、念仏の鉄。
しかし鉄の過去話って、意外にもないんですね。
「仕置人」での、佐渡で兄弟分だった男との話はありますが。

ドラマの中で出た具体的な鉄の過去といえば、佐渡送りとなっていたこと。
佐渡で傷を負ったり、具合が悪くなった囚人たちを助けるため、独学で按摩の技を覚えたこと。
その佐渡で、主水と知り合ったこと。
立場は囚人と役人だったらしい。

なぜ僧侶だった鉄が佐渡に送られたかというと、檀家のお内儀と密通したから。
だがこれについて鉄は奉行所に捕らえられた時、「俺たちゃ、惚れあった仲だ」と猛抗議している。
さらには「密通のお咎め以外、相違ありません!」と言い放っている。

拷問されながらこれだけは、キッパリ言い切っている。
冷笑気味に「女は信用ならない」と言う鉄が、言い張っている。
よほどの仲だったらしい。
鉄のファムファタールと言って良い存在なのではないでしょうか。

しかし、これについての話はない。
すごいドラマがありそうだけど、ない。
肝心な話が謎だから、鉄の過去話がないというイメージになってるのかもしれない。
また、具体的にないから、良いのかもしれない。

鉄と惚れあった檀家のお内儀は、どうなったんでしょうね。
なかったように日常に戻っていったのか。
戻らざるを得なかったのか。
あるいは鉄よりももっと、手酷い破滅をしたのか。

「仕置人」では、鉄はかなりの教養を見せていた。
佐渡に送られたとはいえ、「仕置人」になるぐらいだから、家族はなかったように思います。
自分としては「暗闇仕留人」の大吉の過去が、鉄の過去に近いような気がしています。

大吉は幼くして孤児となって、親戚中をたらい回し。
食うには困らないということで、石屋に見習いで預けられた。
つらい毎日の中、僧侶にかわいがってもらい、やがてその寺で働くようになる。

だがそこの僧侶が借金のかたにもらってきた、若い女性と密通してしまう。
それを知った僧侶は激怒し、頭を下げていた大吉は、はずみで僧侶を死なせてしまう。
大吉は島送りになり、その後は裏稼業への道を歩む。
それでも外道仕事には背を向けて、生きてきた。

ちょっと違うところはあるけど、鉄はこんな感じの過去なのかなあと思いました。
鉄にかぶせたかった話を、大吉でやった。
そんな気もします。

大吉のファムファタールは魔性の悪女でしたが、鉄の相手の女性って、どんな人なんでしょうね。
想像ですけど、鉄は「仕置人」「新・仕置人」の劇中で、登場した女性を追い掛け回すことはあっても、そのために裏稼業をやめることはなかったと思います。
「新・仕置人」の「良縁無用」で、もし、あのお店の女性と一緒になっても、裏稼業はやめなかったと思う。

鉄が裏稼業をやめようとするなら、佐渡送りになった原因の女性、ただ1人だった。
そんな風に思います。
鉄のファムファタールは、永遠の謎。

2016.05.18 / Top↑
長い「必殺」シリーズの中に多く登場する殺し屋たち。
その中の、最も愛された一人に、山崎努さん演じる念仏の鉄が入るのではないでしょうか。
山崎さん自身も、10年ほど前ですが、インタビューの中で言っています。

今でも言われるのは、念仏の鉄という役だと。
鉄というのは、人の背中やあばらの骨を、素手で折る乱暴な殺し屋です、と。
それが今でもいろんな人に「見てました」とか「覚えています」とか「好きです」と言われるらしいんですね。

山崎さんは同じ役は、やらない方だそうです。
それが鉄は、2度やった。
ということは、山崎さんにとっても鉄は、相当に魅力的なキャラクターだったんでしょう。

「仕置人」の時、おきん役の野川由美子さんが疲れた撮影の帰り、「みんな、これ、もう一度やるって言ったら、やる~?」って聞いたとか。
するとみんな「やる」って言ったそうなので、本当に楽しい撮影だったし、良いスタッフさんだったし、魅力的なキャラクターだったんでしょう。
演ずる方にも、見ている方にも魅力的な男、鉄。
なぜ、この無頼の男がそんなにも愛されるのか。


人は、自分で自分の面倒を見なければならない。
自分で自分の面倒が見られて、自分のことを自分で決められる。
それが自立の始まり。

子供は自立できない。
だから親が引っ越す時には、嫌でもついていかなくてはいけない。
自分で自分のことを決められない。
決める力を持っていない。

自立すると今度は人は社会で生きて、社会の中で生活を送る。
そこから外れると、相当に厳しい生活が待っている。
社会の掟、規律から外れると、人は社会的に制裁を受ける。

つまり、社会的に抹殺される。
社会が人を、守ってくれる。
だから人は社会に属するということ、社会で生きることが重要になってくる。

そして社会で生活していると、自分の立場というものも重要になってくる。
地位とか名誉とかお金が、重要になってくる。
なぜなら地位とか名誉とかお金があれば、制約が少ないから。

人の言うことを聞かなければいけないことは、少ない。
好きなことが、できる。
豊かな生活が、送れる。
我慢することも、少なくなる。

自由が大きくなる。
権力者は、その頂点にいる。
しかし同時に、果たさなければならない責任も大きい。
完全な意味で、自由はない。


だけど、鉄はどうだ。
自由だ。
虎の会の死の掟はあるが、鉄はほとんど自由だ。
虎の会というものはあるが、誰の言うことも聞かなくて良い。

鉄はいつも、好きなことをしている。
物質的、金銭的に豊かな生活はしていないかもしれないけど、自分のやりたいことだけやっている。
我慢していない。
責任はほとんど、ない。

鉄にひとつ、守るべき規律があるとしたら、それは「外道にならないこと」。
人は社会の掟、規律から外れると、社会的に抹殺される。
だが権力が大き過ぎたり、狡猾過ぎたりすると、何の制裁も受けずに非道が通ったりする。

これを葬るのが、「必殺」の世界だった。
「仕置人」だ。
それで鉄はその、「仕置人」だ。

主水だって仕置人だ。
だけど、主水には社会的な生活を送る義務も責任もあった。
つまり、鉄というのはとことん、社会から外れている存在だった。

せんが主水の治療に来た鉄のことを、「無頼漢!」と罵る場面があります。
確かに鉄は、無頼漢。
せんのような立場の人間からは、考えられないような男。

さらにすごいのは、鉄の直前に山崎さんが演じていた土左衛門が、実にきちんとした武士であること。
土左衛門は非業の死を遂げた奥方について、その夫に最期の見事さを伝える。
実際はその奥方が命乞いをした末に、殺されていても。
この様子は、見ているこちらの背筋が伸びるほど。

その武士が翌週には、無頼漢。
山崎さんってすごい。
鉄を演じた山崎さんは、どこから見ても鉄にしか見えない。
でもおそらく、実生活ではすごく実直でまじめであるところがまた、すごく良い。


何で読んだのか、今、ちょっと思い出さないんですけど、元締・虎も鉄の自由さはわかっているというんですね。
自分も「新・仕置人」で虎が、「鉄さん、外道を頼む」と言ったシーンで思ったんです。
「鉄さん、虎の会を頼む」ではないんだな、と。

その文章にもありましたが、虎は鉄の力も、人望も、すべてを認めていてもなお、虎の会を頼むとは言わない。
虎は、鉄の自由さを知っているんだと。
掟に縛られているようでいて、本質的には自由である鉄を知っていると。

虎の会の掟は、もちろんある。
だが、鉄は他人の干渉をほとんど受けない。
鉄が自由なのは、強いから。

人が憧れてしまうのは、鉄の強さ。
強さによって自由に生きている、いけているところ。
そうそう、できる生き方ではない。

鉄は、力も強い。
精神力も強い。
生き抜く能力も強い。
だから鉄は自由で、無頼でいられる。

しかしその無頼の男は、外道ではなかった。
決して、外道にならない。
この一点において、鉄がとても忠実なこと。

最後にこの自由な無頼漢は、この唯一つの自分の中の決まりによって、死に至る。
自分が決めた、この一点において。
その厳しさは、実は普通に社会生活を送る者以上だった。

主水は、貢によって裏稼業の限界を知り、解けることのない課題を持った。
さらに剣之介に裏稼業の業と、自分の行く末を見た。
思い知った。
その主水を引きずり戻すほど、鉄は魅力的だった。

鉄は本当に深い魅力を持つ男です。
私も鉄が大好き。
鉄は永遠の仕置人。
自分にとって鉄は、永遠に生き続けるキャラクターなのです。


2016.04.24 / Top↑