吉川さんのゲンさん

「深イイ話」という番組で、猫の特集をしたことがあります。
この中でアナウンサーの吉川美代子さんと、愛猫ゲンさんを取り上げていました。
ゲンさんは22歳!
でも愛情注がれてかわいがられている動物が持つ目をした、かわいい賢そうな猫でした。

吉川さんは、ご両親を相次いで亡くした時、ゲンさんにとても救われたそうです。
猫に救われた。
これをすぐに自分に置き換えました。

家の19歳の猫が段々、年齢による衰えを見せていた時でした。
ゲンさんの更なる長生きを願いました。
この後、他の番組を見たのか、友人が、吉川さんはゲンさんが夏を越すかと言っていた話をしました。

たぶん、ゲンさんとの時間はあまり残っていない。
だから吉川さんは、ゲンさん最優先。
電話の最中でもゲンさんが甘えて来たら、ゲンさんに構うとのことでした。
幸せなゲンさん。

そのゲンさんが、5月に亡くなったことを知りました。
吉川さん、最期は3日3晩、仕事をキャンセルして付き添ったそうです。
そしてゲンさんは、僕はもう準備ができたから先に行くね、という感じで旅立った。

ゲンさん、きちんと生きて、旅立った見事な最期だったんだなと思います。
吉川さんとゲンさんの絆は、別の段階に行っただけで切れることはない。
でも今まで当たり前のように、そこに存在していたものの姿、感触、声、暖かさ、重さがない寂しさと喪失感は例えるものがありません。

愛情が深ければ深いほど、別れはつらく、喪失感と悲しみは深い。
でもゲンさんは、吉川さんに幸せでいてほしいはず。
自分を幸せにしてくれた人ですから、大好きですから。
書いてて、自分が泣いてるけど。

吉川さん、お疲れさまでした。
お体に気をつけて。
ゲンさんのご冥福をお祈りします。
ゲンさん、おやすみなさい。

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ありがとうありがとう

19歳、いや、20歳になる家の猫が、昨夜というか、日付が変わった12時28分にこちらの世界から旅立ちました。
4月、5月と5日ほどの入院を繰り返していました。
今回の入院は9泊10日目でした。

獣医さんが、入院費をサービスするから、しばらく預からせて欲しいとまで言って治療してくれました。
それで、今日は親戚の法事。
獣医さんにそれは伝えていました。

法事が終わり、帰宅した5時近くに獣医さんからの電話が来ました。
猫がついに動かなくなった。
帰します。
これは「看取る」ことを意味しています。

今回の入院では猫は、非常に検査の数が悪く、治療しても改善しないと言うことでした。
さらに食べない。
1日中、うつらうつら寝ている。
しかし、苦しまない。

これを聞いた時、「あっ、寿命だな」と思いました。
これは聞いた話ですが、自然死に向かっている者は、食べなくなる。
食べない内臓は、栄養が来ないため、活動をやめていく。

次に水も飲まなくなる。
すると、排泄をしなくなる。
栄養もなく、排泄もしない体は、急激に衰えて行く。

意識がなくなり、寝てばかりになる。
そして最後の臓器の心臓が、すうっと鼓動を止める。
苦しまない穏やかな死。
これを自然死と言うそうです。

医療の発達は自然に死に行こうとする体を生かすことも、できるようになった。
家にも帰れず、ひたすら耐えることもある。
苦痛を伴わないなら、看取る覚悟をすることも大切なのではないか。
この話を、思い浮かべました。

それまではもう、はた迷惑なうろたえ方、落ち込み方をしていましたが。
7時近くに猫は帰宅し、その約6時間後に息を引き取りました。
最期は、私の腕の中でした。
やはり最期は苦しかったようでしたが、私の腕の中で猫は落ち着いて、安心していたようでした。

たくさん、たくさん、大好きと言えました。
思い出をありがとう。
愛情をありがとう。
信頼をありがとう。

あなたのおかげで、私の人生は楽しいものになった。
あなたと会えなかったら、私の毎日はどれだけつまらないものになったか。
ありがとうと、感謝できました。

最期、瞳孔が開き、目が濁るまで、猫の瞳には私が映っていました。
いつものように、額にキッスすると、うれしそうでした。
もうおぼつかない手を、私の顔に向かって伸ばして来ました。
最期まで、私をじっと見つめていました。

目を閉じ、体を清めて、いつも寝ている私の隣に寝かせました。
割りと悔いはない看取りが、できました。
前の時、この猫の兄弟の猫にはかなり悔いが残りました。
2010年の秋、草なぎ剛さんが日系移民を演じたドラマの放送中でした。

あまりにつらくて、後にこの時の記事を削除してしまったほどです。
この猫のつらさがあったから、今度は悔いが残らないようにできたと思います。
あの子の経験を生かせた。
だとしたら、あの子はちゃんと生き続けていると、こちらもまた、勝手な考えですが、そうして納得しています。

ペットは天上からのお預りものだから、やがて送り返す時が来ると聞きましたが、そうなのだと思います。
神様にお返しする時が来たのだと思います。
こんなこと言って、喪失感はすごいでしょうし、寂しいでしょうし、明日なんか、いや、しばらくは号泣することでありましょうが。

でも、ありがとうありがとう。
獣医さんありがとう。
良い話を教えてくれた方、ありがとう。
不安とパニックに付き合ってくれた友達ありがとう。

猫ありがとう。
いろんなことに、ありがとう。


追伸:「自然死」「ペットはお預り」のお話の出典は、ハート出版、塩田妙玄さん「ペットがあなたを選んだ理由」の「第6章 祈り」より
さすが、お坊様!


江戸猫

池波正太郎原作、村上弘明さん主演の「編笠十兵衛」を見ています。
つい最近のような気がしますが、もう19年前の作品なんですね。
時は元禄。
柳生十兵衛の孫、月森十兵衛が主人公。

悪名高き、「生類憐みの令」。
「編笠十兵衛」の舞台は、それが発令された綱吉将軍の世。
この「生類憐みの令」。
人よりも犬猫の命を重んじるものとして、しばしば時代劇では人々を泣かせる悪法として登場します。

最近読んだものによると、猫が井戸に落ちて死んだ責任を取って島流しにあった例もあるらしい。
さらには自分のところの鶏を捕った猫を殺した人が、江戸処ばらいとなった。
この人、元はといえば、猫が鶏を殺したからだ、ひどい!と訴えた。

すると、こう言われた。
だから情状酌量で、江戸処ばらいにした。
本当なら島流しか、死罪だぞ。

ひえー。
私は猫も犬も好きですけどね。
これは、やりすぎ。

本来はこれ、人々に慈悲の心を持たせる目的の法だったらしい。
だけどやっぱり、行きすぎ。
人々が困ってたというのは、事実だと思います。

「猫侍」の玉之丞がこの時代の猫だったら、佐吉もあの殿様も北見同心も死罪…でしょうか。
以前、時代劇で、主人公たちが猫を探している時に「うちのたまちゃんは立派な猫だ!」と怒られるシーンがあった。
「憐れみの令」なんかあったら、そんな微笑ましいことも、かえってなかったと思う。



どれだけ親しかったかという、人間側の思い

養老孟司先生の、養老研究所の営業部長には猫のまるちゃんが就任しています。
「猫はひとつの作品として考えると、完成されていますね。まず、獲物を捕る動物として機能的にできている」。
「もうひとつ、かわいいという心理的な面で、無駄がない。過不足がないんです」。
「過剰に寄ってこないし、それっきりということもない。つかず離れずの距離感が絶妙です」。

これはね~、人間にはなかなかできないことなんですよね~。
「こちらのことを全然気にしていないかといえば、そうでもない。全体の判断がうまいんでしょうね」。
ああ、やっぱり野性が残っている動物だから、判断はうまいのかもしれない。

「以前、サルを飼っていた時、子猫が来たらサルが子猫を抱いて離さなくなってしまった」。
そういえば、麻布に出没したサルも、心配する母猫をよそに、子猫を抱っこしに毎日現れていましたね。
「見た目にかわいいし、抱きしめて気持ちが良いんでしょうね」。

「猫にはそうした、完成されたかわいらしさが備わっているんです。動物は大人になると親離れするんですが、子供の時期を延ばしたのが飼い猫じゃないかと」。
これは良く言われることですね。
飼い猫は、親離れしない子猫だと。

でも子供の時期をどんなに延ばしても、やがては猫は年を取り、別れの時期を迎える。
そのことを養老先生は言う。
「まるの前に飼っていたチロは、18歳で死んだんです。チロは元日になくなりました」。
「死ぬ前の日、真冬の寒い夜に、頑として外に出たがるんです。ヨロヨロで歩けないのに、外に出ようとする」。

去年の夏、庭に住み着いた野良猫・左膳もヨロヨロなのに、外に出たがった。
「しかたがないから、娘が毛布を敷いた箱に入れて、外に出してやった。それが最期。死ぬ時は、静かに逝きたかったんでしょうね」。
「それに対して悲しんだり嘆いたりするのは、人間側の思いです」。

「『死』って、実は『知』なんですよ」。
「赤の他人が死んでも、痛くも痒くもない。名前と顔を知っている人が死んでも、『あの人、亡くなったんだ』と思う程度です」。
これは言い過ぎのようでいて、私に経験がありました。

父が亡くなった夏、夏休みが近づいてきた時、一緒に働いている人が「海行くんですかぁー?!」って聞いてきた。
「ダイビングするんですかぁー?!」って。
そうか、そのぐらいの認識なんだなって思いました。

でも彼女もいつか、わかるかもしれないんだなって思いました。
同じようなことされたとしても、私に言ったことは忘れてるかもしれない。
私だって、わかっていないだけで同じようなことをしていたのかもしれない。
残酷なようだけど、そのぐらいの認識なんだとわかりました。

しかし人間は、経験によって人の気持ちを推し量れるようになる。
自分がそれでちょっと傷ついたなら、今度は同じようなことが人に起きたら、思いやれることはできるだろう。
それが大人になるということなんだ、と妙なことを考えていました。

さて、養老先生。
「死に意味がついてくるのは、二人称の死だけです」。
「それ以外の死は一見あるようで、具体性がない」。

「一人称の死も、本人にはわからない」。
「ペットの死の悲しみは、その動物とどれだけ親しかったかという人間側の思いです」。
本当にそうだと思う。

「猫の方は、何とも思っていないかもしれない」。
「だって、毎日寝ているじゃないか。目が覚めないだけだよ。ってね」。
「永遠の眠り、っていうじゃないですか」。
どれだけ親しかったかという人間側の思い。

思いが深ければ深いほど、悲しい。
悲しみの深さは、思いの深さ。
愛情の濃さ。
やっぱりペットロスというのは。永遠の課題です…。


猫とコワモテ、お願いします

猫とコワモテ。
連続ドラマかと思っていたんですが、スペシャルドラマだったんですね。
あれ~、録画できてない~?!って、うろたえてしまいました。
来週の番組表にもない。

ああ、あれは1回限りのスペシャルドラマだったんだって、やっと気がつきました。
ガックリ。
田中さんも良かった。
猫との組み合わせも楽しかった。

猫相手の撮影だし、看板猫、名物猫の取材もある。
大変なんでしょうが、何とか続きを作れないものか。
また来年なんて言わないで、何とかお願いします、BSジャパンさん。


プロフィール

ちゃーすけ

Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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