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お前のいない生活なんて考えられない 「キアヌ」
2018/02/06(Tue)
先週の日曜日、映画見ました。
その映画は、「キアヌ」。
猫がかわいい!

ギャングのアジトが襲撃され、ボスが飼っていた子猫が逃げ出す。
銃弾飛び交う中、子猫が走るシーンはちょっとヒヤヒヤします。
逃げ出した子猫は、住宅街へ、一軒の家の前へ。
その家にはレルという男性が住んでいた。

レルは彼女にふられたばかりで、落ち込む毎日。
未練たらたらだが、親友で従兄弟のクラレンスは悪い女と別れられたと喜んでいる。
失意のレルが玄関のドアを開けると、そこに座っていたのは子猫だった。

その愛らしさに思わず、家の中に入れたレル。
子猫を「キアヌ」。
ハワイ語で「涼風」と名付ける。

しかし、レルとクラレンスが外出した時、レルの家に強盗が侵入。
キアヌをさらっていってしまう。
どうやらその強盗は、隣の家の薬の売人と間違えたらしい。

今や、キアヌのいない生活など考えられないレルは、ギャングからキアヌを奪還する決意をする。
レルとクラレンスは、ギャングの経営するクラブに向かう。
そこで、最初のギャングの襲撃の実行者・殺し屋兄弟と間違えられる。
キアヌを取り戻すまでは、殺し屋兄弟になりすますことにするが、敵対するギャング襲撃を頼まれてしまう。

ついにはキアヌの元の飼い主であるギャングの兄弟が、キアヌを弟の形見として持って行くなんて展開も。
ギャング同士の抗争に巻き込まれるレルとクラレンス。
しかし、彼らの目的は麻薬でもなければ、お金でもない。
キアヌだけ!

…というコメディー。
舞台になるのがギャングの世界だけに、銃撃戦あり。
コメディーだけど、ギャングの世界ってハッタリも大切…なんて思います。

ただ、ただ、あちこちに連れて行かれて、いろんなコスチュームを着せられるだけの存在に見える子猫のキアヌ。
しかし、猫は猫で、飼い主を選んでいるんです!
最後にピンチのレルを見たキアヌが取った行動に、猫好きは感動。
どんでん返しも心地良く、気楽に見られます。

レルは、アメリカで大人気の黒人コメディアン、キーガン=マイケル・キー。
クラレンスは、彼とコンビのとジョーダン・ピール。
「キー・アンド・ピール」という人気番組に出演しています。
たぶん、その番組の延長みたいな映画なんでしょうね。

レルが見る夢で、キアヌがしゃべりますが、その声をキアヌ・リーヴスがやっているという!
あのスローモーションは、「マトリックス」なのかな?
銃撃戦はキアヌが愛犬のためにマフィアを皆殺しにする「ジョン・ウィック」?

映画が終わり、クレジットが流れる中、映るのはレルがキアヌで作ったカレンダーの写真。
これが映画の名シーンをキアヌで表現した、レル曰く「売り物じゃない!」もの。
キアヌの特長を知らせるために見せたら、婦人警官が気に入って持ってってました。

ぬいぐるみを座らせて、その前のドアに穴を開ける。
そこからのぞく、キアヌ。
「これは世にも怖ろしいシーンなんだ!」

そう、「シャイニング」でジャックが妻子が隠れるバスルームのドアを斧で叩き割る恐怖のシーンです。
でも顔を見せるのは、愛らしいキアヌ。
奥さん役のぬいぐるみがまた、おかしい。
このカレンダー、ほしい…。


2016年公開。
気軽に見られるので、猫好きにはおススメです。
クラレンスが好きで聞きまくるのが、ジョージ・マイケル。
信じられないことに昨年の12月に亡くなりましたが、ジョージ・マイケルが好きな人にもおススメです。



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『死』は『知』
2017/06/25(Sun)
養老孟司先生の研究所の営業部長は、まるさん。
スコティッシュフォールドの雄です。
この養老先生の猫についてのお話が、おもしろい。
去年、19歳の猫を見送った後、この先生の「死」についての言葉がとても沁みました。

猫について、完成された生き物と言う。
獲物を借る動物として、機能的に完成されている。
そして無駄がない。

過剰に寄ってこないし、かといっていなくなったらそれっきりということもない。
距離感が非常に良い。
上手に人を騙して、餌をもらって、好きなように生きている。

でもこちらのことを全然気にしていないかと言えば、そんなことはない。
判断がうまいんでしょう、と言う。
営業部長のまるさんは、餌を要求する時、養老先生のところに来る。
それはもう、朝でも夜でも。

起きないと、枕元の棚に乗っているメガネを落とす。
それでも起きないと、時計も落とす。
餌をもらうと、寝る。

先生より、自分の方が立場が上だと思っている。
餌をくれるためにいるとでも、思っているように。
猫はなぜ、こんな気ままが許されるのか。

「子供の性質を残す形でペット化していったのが、猫なんです」。
「犬は社会的な動物だから人間社会の中にも溶け込むことができる」。
しかし、猫は個別的な生き物。
「人にくっつけるとしたら、親子関係しかなかったんでしょう」。

養老先生のところで飼っていたお猿さんが、子猫を気に入ってしまって離さなかった。
見た目が大きな目をしていて、保護欲を掻き立てる。
そしてフワフワとして、触っていて気持ちが良かったんでしょうと言う。

猫は人間に飼われるうち、なかなか大人にならなくなってきた。
子離れしないように、人になつくようになってきた。
猫と言う動物は、いろんな意味で完成されている。

無駄がない。
眠りを邪魔されても、それでも猫は飼いやすいと、先生は言います。
「要求して来るものが、少ないからね」。

しかし、どんなに子供の時期が長くなろうと、命ある者。
寿命がある。
養老先生は、家で飼った猫はすべて庭に埋めているそうです。

まるさんの前にいたチロちゃんは、元日に死んだ。
前日の大みそか、寒い中、頑として外に出て行こうとした。
高齢だったから歩けなくて、ヨロヨロしていても、這って出ようとした。

仕方がないから、娘さんが毛布を敷いた箱に入れて出した。
それが最期だった。
静かに逝きたかったのでしょう、と養老先生。

「それに対して、悲しんだり嘆いたりするのは人間側の思いです」。
「『死』って実は『知』なんですよ」。
自分と交流がなく、思い入れがない人。
つまり赤の他人が死んでも、普通は痛くも痒くもないと先生はおっしゃる。

「名前と顔を知っている人が死んでも、『あの人、亡くなったのね』と思う程度です」。
「『死』に意味がついて来るのは、『二人称の死』だけです」。
「それ以外の死には、一見あるように見えて具体性がない」。

二人称の死?
「『一人称の死』は、本人にはわからない」。
死んだ本人が悲しくても、嘆いていても、それはこちらにはもうわからない、確かに。
養老先生風に言うと「死の悲しみは、死んだ者とどれだけ親しかったかという思い」なんですね。

つまり「ペットの死の悲しみは、その動物とどれだけ親しかったかという人間側の思いです」。
「猫の方は、何とも思っていないかもしれない」。
「『だって毎日寝ているじゃない。ただ、目が覚めないだけだよ』って思っているかもしれない」。
「永遠の眠り、って言いますからね」。

『死』って実は『知』。
『死』に意味がついて来るのは、『二人称の死』だけ。
ペットの死の悲しみは、その動物とどれだけ親しかったかという人間側の思い。

このことを読んだ自分は、明らかに読まなかった前とは違いました。
悲しいこと、自分にとってはこの上なく悲しいこと。
でも、そういうことなんだ、と。
それも含めて、悲しい。

この上なく、悲しい。
でもこのことを知っているといないのとでは、違う。
いろんなものに対する理解と、許容が違ってくる。
去年、この言葉は私の心に沁み込みました。

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うだうだ
2017/05/06(Sat)
猫もウダウダ。
連休中。


うだうだ

猫はいっつも、こんな感じですけどね。

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吉川さんのゲンさん
2016/08/28(Sun)
「深イイ話」という番組で、猫の特集をしたことがあります。
この中でアナウンサーの吉川美代子さんと、愛猫ゲンさんを取り上げていました。
ゲンさんは22歳!
でも愛情注がれてかわいがられている動物が持つ目をした、かわいい賢そうな猫でした。

吉川さんは、ご両親を相次いで亡くした時、ゲンさんにとても救われたそうです。
猫に救われた。
これをすぐに自分に置き換えました。

家の19歳の猫が段々、年齢による衰えを見せていた時でした。
ゲンさんの更なる長生きを願いました。
この後、他の番組を見たのか、友人が、吉川さんはゲンさんが夏を越すかと言っていた話をしました。

たぶん、ゲンさんとの時間はあまり残っていない。
だから吉川さんは、ゲンさん最優先。
電話の最中でもゲンさんが甘えて来たら、ゲンさんに構うとのことでした。
幸せなゲンさん。

そのゲンさんが、5月に亡くなったことを知りました。
吉川さん、最期は3日3晩、仕事をキャンセルして付き添ったそうです。
そしてゲンさんは、僕はもう準備ができたから先に行くね、という感じで旅立った。

ゲンさん、きちんと生きて、旅立った見事な最期だったんだなと思います。
吉川さんとゲンさんの絆は、別の段階に行っただけで切れることはない。
でも今まで当たり前のように、そこに存在していたものの姿、感触、声、暖かさ、重さがない寂しさと喪失感は例えるものがありません。

愛情が深ければ深いほど、別れはつらく、喪失感と悲しみは深い。
でもゲンさんは、吉川さんに幸せでいてほしいはず。
自分を幸せにしてくれた人ですから、大好きですから。
書いてて、自分が泣いてるけど。

吉川さん、お疲れさまでした。
お体に気をつけて。
ゲンさんのご冥福をお祈りします。
ゲンさん、おやすみなさい。

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ありがとうありがとう
2016/06/19(Sun)
19歳、いや、20歳になる家の猫が、昨夜というか、日付が変わった12時28分にこちらの世界から旅立ちました。
4月、5月と5日ほどの入院を繰り返していました。
今回の入院は9泊10日目でした。

獣医さんが、入院費をサービスするから、しばらく預からせて欲しいとまで言って治療してくれました。
それで、今日は親戚の法事。
獣医さんにそれは伝えていました。

法事が終わり、帰宅した5時近くに獣医さんからの電話が来ました。
猫がついに動かなくなった。
帰します。
これは「看取る」ことを意味しています。

今回の入院では猫は、非常に検査の数が悪く、治療しても改善しないと言うことでした。
さらに食べない。
1日中、うつらうつら寝ている。
しかし、苦しまない。

これを聞いた時、「あっ、寿命だな」と思いました。
これは聞いた話ですが、自然死に向かっている者は、食べなくなる。
食べない内臓は、栄養が来ないため、活動をやめていく。

次に水も飲まなくなる。
すると、排泄をしなくなる。
栄養もなく、排泄もしない体は、急激に衰えて行く。

意識がなくなり、寝てばかりになる。
そして最後の臓器の心臓が、すうっと鼓動を止める。
苦しまない穏やかな死。
これを自然死と言うそうです。

医療の発達は自然に死に行こうとする体を生かすことも、できるようになった。
家にも帰れず、ひたすら耐えることもある。
苦痛を伴わないなら、看取る覚悟をすることも大切なのではないか。
この話を、思い浮かべました。

それまではもう、はた迷惑なうろたえ方、落ち込み方をしていましたが。
7時近くに猫は帰宅し、その約6時間後に息を引き取りました。
最期は、私の腕の中でした。
やはり最期は苦しかったようでしたが、私の腕の中で猫は落ち着いて、安心していたようでした。

たくさん、たくさん、大好きと言えました。
思い出をありがとう。
愛情をありがとう。
信頼をありがとう。

あなたのおかげで、私の人生は楽しいものになった。
あなたと会えなかったら、私の毎日はどれだけつまらないものになったか。
ありがとうと、感謝できました。

最期、瞳孔が開き、目が濁るまで、猫の瞳には私が映っていました。
いつものように、額にキッスすると、うれしそうでした。
もうおぼつかない手を、私の顔に向かって伸ばして来ました。
最期まで、私をじっと見つめていました。

目を閉じ、体を清めて、いつも寝ている私の隣に寝かせました。
割りと悔いはない看取りが、できました。
前の時、この猫の兄弟の猫にはかなり悔いが残りました。
2010年の秋、草なぎ剛さんが日系移民を演じたドラマの放送中でした。

あまりにつらくて、後にこの時の記事を削除してしまったほどです。
この猫のつらさがあったから、今度は悔いが残らないようにできたと思います。
あの子の経験を生かせた。
だとしたら、あの子はちゃんと生き続けていると、こちらもまた、勝手な考えですが、そうして納得しています。

ペットは天上からのお預りものだから、やがて送り返す時が来ると聞きましたが、そうなのだと思います。
神様にお返しする時が来たのだと思います。
こんなこと言って、喪失感はすごいでしょうし、寂しいでしょうし、明日なんか、いや、しばらくは号泣することでありましょうが。

でも、ありがとうありがとう。
獣医さんありがとう。
良い話を教えてくれた方、ありがとう。
不安とパニックに付き合ってくれた友達ありがとう。

猫ありがとう。
いろんなことに、ありがとう。


追伸:「自然死」「ペットはお預り」のお話の出典は、ハート出版、塩田妙玄さん「ペットがあなたを選んだ理由」の「第6章 祈り」より
さすが、お坊様!


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