こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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TOP ≫ CATEGORY ≫ 生国・過去は不明 渡世人さんのドラマ

昨日と言う日のねえあっしには 「続・木枯し紋次郎」

「おいっ、そこの三下っ!耳がないのかよっ!おいっ。何とか言えってんだよ!」
女の怒鳴り声が響く。
野次馬が集まってくる。

おもしろそうな顔を露骨にした男、軽蔑のまなざしの女。
その先に酒でべろべろに酔った女と、それを止めようとしている妹がいた。
「姉さん」。
「うるさいね!」

姉さんと呼ばれた女は、お鶴。
妹は、お縫といった。
先ほどから紋次郎に絡んでいるのだ。
「あたしにゃ返事もできないってのかい!どうなんだい!うんとかすんとか、言ったらどうなんだい、この唐変木!」

「姉さん、いい加減に」。
「うるさいね!お前なんか出る幕じゃないよ!」
「旅がらす、声を賭けられたら返事ぐらいしたら、どうなんだい」。

だが紋次郎は黙々と、そばを食っている。
「ふん、ちくしょう。女だと思ってなめやがって!それとも何かい、このお鶴さんが年増なんで心底バカにするつもりかい!」
「姉さん」。

妹が心底、困惑した表情でとめようとする。
「うるさいね!何とか抜かせって言ってんだよ!」
お鶴が着物の裾を乱して、紋次郎を蹴った。

その拍子に、紋次郎の太ももにそばが掛かった。
周りの人間が息を呑む。
しかし紋次郎は平然とそばを食べ終わると、長楊枝をくわえ、立ち上がった。

「えい!」
今度はお鶴は、酒を撒き散らした。
「姉さん!」

「さあ怒れ、悔しかったら怒ってみな!」
だが紋次郎は、お鶴を見ることもしなかった。
「人を小ばかにしやがって。畜生、怒る気もないのかい!」

お鶴はますます苛立ち、地面に持っていた徳利を叩き付けた。
徳利が割れて、紋次郎の足にその破片が刺さった。
さすがに紋次郎の表情が、しかめっ面に変わった。

「さあどうだい、怒ってみな!怒る気になったかい!怒る気になったらこのあたしを、どうにでもおしよ、さあ!」
「殺しておくれ!一思いにざっくりやっておくれよ!」
紋次郎が初めて、口を利いた。
「そんな死にてえなら、川へでも身を投げたらどうですかい」。

お鶴はますます、頭に血が上った。
「何言ってんだい、女1人斬る度胸も持ち合わせていないのかい!」
そう言うとお鶴は、紋次郎の足元に座り込んだ。

「あっしは、女子供を斬るドスは持ち合わせていねえで」。
そう言って、足に刺さった徳利の破片を取る。
傷口から、血が流れた。

「ふん、じゃ、何かい。相手が女だったら、どんなことされたってドスは抜かないってのかい!」
「ごめんなすって」。
紋次郎は立ち去ろうとする。

するとお鶴は「殺してくれって頼んでるんだよ」と、紋次郎の足にしがみついた。
「堪忍してやってください」。
妹のお縫が詫びる。
「姉さん、嫁ぎ先からわけもわからず追い出されて、ヤケになっているんです」。

「あっしには、かかわりのねえことで」。
紋次郎の顔が、笠の中に隠れる。
お鶴は泣き崩れた。
妹のお縫は、遠ざかる紋次郎の後姿をじっと見詰める。

次の朝、早発の紋次郎は宿の女中にどこへ行くのか尋ねられた。
「当てのねえ旅さ」。
女中は松山道の街道は避けたほうが良い、渡世人は目の仇だからと言う。

「珍しいこっちゃねえ」。
すると女中は、そうではないと言った。
駒川の大谷村の利助親分の身内が、何のゆかりもない者を10人殺したのだ。

それも大抵の殺し方じゃない。
耳をそいだり、ずたずたにして殺している。
それを聞いた紋次郎は、違和感を覚えた。

大谷村の利助という親分は、たいした器量の親分だと聞いている。
その親分が、素人相手にそんなことをするものだろうか。
女中が言うには、利助には八五郎、仙造、吉兵衛の3人の代貸しがいる。
その中の誰かが、やらせているらしい。

「代官所には訴えねえのか」。
女中は、10人が10人、誰にやられたかはっきりとした証が立てられなければ、代官所は動かないと言う。
紋次郎がこれから行く埼玉県駒川の天領は、幕府直轄の領地だ。
代官所のような警察力は、ないに等しかった。

紋次郎が街道を行くと、人だかりがしていた。
そこにはお花という、15になったばかりの娘が、無残に殺されていた。
紋次郎が通りかかると、百姓たちは憎悪の視線を向けた。
だが紋次郎は、スタスタ歩いていく。

その先に、昨日の姉妹がいた。
お鶴は駕籠に乗せられて、眠りこけていた。
紋次郎に気づいたお縫が「旅人さん。昨日はすみませんでした」と言った。

「旅人さんに散々悪態ついて。今朝こんなざまなんですよ」。
お縫は、駕籠の中で眠りこけているお鶴を見せた。
紋次郎はちらりと見て、「よほど急ぎ旅のようですね」と言った。

「女連れが渡世人の足より先とは、夜旅をなすったんでございますね」。
お縫の顔色が、わずかに変わったように見えた。
だがすぐにニッコリと笑みを作り、「ここらの風は渡世人には冷たいところです。早くお戻りになったほうがいいですよ」と。
紋次郎は頭を下げた。

その先で、2人の渡世人が百姓を殺していた。
「何も見なかったことにしちゃくれねえか」。
兄貴と呼ばれた男の方が、紋次郎にそう言った。

「大谷の利助親分のお身内衆ですかい」と、紋次郎が言う。
「どうやら、11人目の死人が出たようですね」。
それを聞いた2人は、目の色を変えた。

「兄貴、こいつは生かしておいてはいけねえ」。
2人は襲い掛かってきた。
しかし紋次郎はあっさり2人を交わすと、ドスを弾き飛ばした。
ドスは、兄貴分の足の間に刺さった。

2人は震え上がった。
「何も見なかったことにいたしやしょう」と紋次郎は言った。
「あっしの知ったこっちゃねえからですよ!」
紋次郎は合羽を翻して、去っていく。

夜の峠越えにろうそくが切れたので、紋次郎は一軒の百姓家に声をかけた。
だがそこの家の女房とせがれが、渡世人に殺されていた。
大谷の、利助親分の身内の仕業だ。
誰も見たわけじゃないが、そうだろう。

とても成仏できそうにもない、むごたらしい殺され方だった。
その家の主人はまだ葬式を出すこともできず、渡世人の姿を見ただけで殺してやりたくなると言った。
紋次郎は頭を下げて、立ち去った。

翌日、2人の年寄りが家から引きずり出され、殺されているのが見つかった。
南の村の百姓たちは集まり、こうなったら、自分たちで渡世人を殺すしかないと言った。
そこに紋次郎が通りかかった。

手に鎌や鋤や鍬を持った百姓たちだが、紋次郎のドスを見てひるんだ。
この騒動を昨日、殺しを紋次郎に目撃された男2人が、草むらに潜んで見ている。
紋次郎は言った。
「ドスを抜くつもりはござんせん」。

「だまされるんじゃねえ。ドスを抜かねえはずがねえ!」
「案ずることはござんせんよ。手向かいは、いたしやせんからね」。
「どうしてだ!」
「堅気衆に向かって抜くようなドスは、持ち合わせちゃいませんよ」。

「これでもか!」
弥吉と呼ばれている、昨日、殺された娘の前で泣いていた男が鎌で切りかかった。
鎌は紋次郎の肩口を斬った。

「どうせ、いつかどこかでなくす命でござんす。別に惜しいとは思いやせん」。
「ようし、殺してやる!」
だが紋次郎は、次の攻撃はかわした。

「わけもわからず、命を捨てるのだけはあっし、ごめんこうむりやすぜ」。
年かさの百姓が、弥吉を止めた。
本当にこの男は、何も関係がないようだ。

その年かさの男が言うには、ことの起こりは、半月前の渇水による水騒動だった。
渇水も水害も農作物のできに関わるため、農民にとっては生死を分けることになる。
そのため、水害には堤防が築かれ、渇水には堰と用水口が作られている。

しかし用水口の閉鎖と開放に伴い、利害が異なる地域が出る。
北の地域とこの南の地域で、水による争いが起きた。
その日の騒動では、死人が出た。

死んだのは庄屋の次男坊で、半七という男った。
利助親分から盃をもらって、子分になっていた。
この男が水騒動を眺めていて巻き添えになったのだ。

だから利助が意趣返しのため、南の村の百姓たちを襲っているのだと、その男は教えた。
しかし、紋次郎はおかしいと言う。
親分のために子分が意趣返しをすることは、ある。

だが、渡世の道にかかわりにないことで殺された子分のために、親分が意趣返しをすることはありえない。
まして、素人相手だ。
だいたい、大谷の利助親分は、そんな男ではないはずだ。

紋次郎はそう伝えるだけ伝えると、去っていく。
するとあの2人が様子を伺いながら、ついてくる。
2人は山道で、紋次郎の前に2人は立ちはだかった。

「何か御用でござんすか」。
「おめえ、南の百姓たちに何をしゃべった!」
「おめえさん、『何も見なかったことにいたしやしょう』と言ったんだぜ」。
「渡世の義理、欠きゃしねえだろうな!」

「ご覧の通りの手傷を負ったのも、おめえさんたちのおかげだ。今度はあっしもドスを抜きやすぜ!」
2人は斬りかかってきたが、紋次郎の相手ではなかった。
あっさり兄貴分は叩き伏せられ、弟分もドスをはじかれてうずくまった。

「ツラ、あげろ!」
紋次郎にドスの先を突きつけられ、弟分は震え上がった。
「利助親分は、お達者なんですかい」。
すると親分は去年の夏、倒れ、いまだに体の自由も利かないし、口も利けなくなっていると弟分は答えた。

利助には、3人の代貸しがいた。
では14人を殺したのは、3人の代貸しなのか。
しかし、おかしい。
跡目を継ぐのは、3人のうちの誰かだ。

たった1人しか跡目を継げないというのに、3人が一致して百姓を殺すとはわからない。
弟分は、「できるだけ百姓をむごく、多く殺した者が跡目を継ぐことになっている」と教えた。
どこのどいつが、そんなことを決めたのか。
「そいつは…、実は」。

その時、兄貴分が背後から紋次郎にドスを突き刺そうと突進してきた。
紋次郎がひらりとかわしたので、ドスは弟分に突き刺さった。
叫び声をあげて、兄貴分が逃げていく。
紋次郎は置いていったドスを拾い上げ、投げた。

ドスは兄貴分の足に刺さった。
必死でドスを抜き、兄貴分は走ろうとした。
「うわああああ!」
兄貴分は足を踏み外し、崖から落ちていった。

同じ頃。
お鶴が、こっそり、水車小屋に向かって歩いていく。
見張りがうとうと眠っているのを見ると、お鶴はこっそり水車小屋に入った。

水車小屋の中で痛めつけられて傷だらけになった男に向かって、お鶴は抱きついた。
「由蔵、会いたかった…!」
「お鶴」。

お鶴は南の百姓である、この由蔵のところに嫁に行ったのだ。
しかし半七が水騒動の巻き添えにあって殺されたため、由蔵が関わっていると思った吉兵衛たちが家に押しかけてきた。
逃げろと言われてお鶴は逃げた。
だが、妹に追いつかれてしまったのだ。

大谷村に引き戻されそうになったお鶴は、何とか逃げ、ここに来たのだ。
お鶴は由蔵に一緒に逃げようと言うが、由蔵はもう無理だと言う。
半七を殺した奴を白状させようと由蔵は捕らえられ、責められた。
でも、誰が半七を殺したのか、あの大混乱の中ではわからない

お鶴は水車小屋を出ると眠りこけている見張りを殴り、由蔵と一緒に逃げ出した。
神社の祠の中にいる紋次郎が気配に気づくと、お鶴と由蔵が入ってきた。
「あの時の旅人さん」。

由蔵が倒れる。
紋次郎が、由蔵を奥に連れてきてやる。
「あんたぁ…」。
由蔵の頭をいとおしそうに抱えるお鶴に、紋次郎は薬をやった。

「助けてください」。
実はあの茶店で紋次郎にお鶴が絡んだのも、助けてもらえたらと思ってやったのだ。
「助けてもらいてえ?誰から?」
「あの…」。

「おめえさん、堅気の育ちじゃなさそうだね」。
「私は、利助の娘です」。
「利助親分の?」

追っ手がやってきた。
紋次郎が出る。
追ってきた男は、八五郎と名乗った。
代貸しの1人だ。

夫婦連れを見なかったかと聞かれた紋次郎は、知らないと言う。
さらに代貸しの仙造が名乗った。
「祠の中を改めてえんだ、そこをどいてくれ」。
「旅がらすには関わりのねえことずら。変に意地を張ってると命を落とすぜ」。

「関わりねえとは言わせねえぜ!」
紋次郎が鋭く叫んだ。
「大谷のお身内衆が堅気相手の外道のおかげで、難儀な旅をしやしたぜ!」
「てめえは!」

仙造たちが殺気立つ。
斬りあいになった。
紋次郎は地面を転がり、合羽を翻しながら、応戦する。

両脇を押さえられた紋次郎に向かって、八五郎が突進してきた。
八五郎のドスは、紋次郎の顔の横、左側の壁に刺さった。
紋次郎は2人を振り切り、転がり、ドスを突きたてようとした八五郎を刺した。

お鶴と由蔵が見つかり、捕まりそうになる。
紋次郎が2人を逃がしながら、戦う。
十数人相手に戦う。

必死に逃げるお鶴だったが由蔵が力尽き、倒れる。
子分たちがやってくる。
由蔵は刺された。

「あんた、あんた!」と叫ぶお鶴を由蔵から引き剥がし、紋次郎は逃がす。
紋次郎に襲い掛かった仙造が、紋次郎にバッサリ斬られた。
吉兵衛と、3人の代貸しが斬られたため、子分たちは恐れをなして逃げていく。

その時、ふらふらとお鶴が水車小屋から出てきた。
お鶴は、ばったり倒れた。
水車小屋の戸が開き、妹のお縫が出てきた。
お縫は手に、ドスを持っていた。

「駒川の南に住んでいる百姓たちに、意趣返しをするようにと、八五郎仙造吉兵衛の3人に指図したのは、このあたしさ」。
お縫の声は冷たかった。
「あたしたちは利助の娘だよ」。

はあはあと、姉が苦しそうにあえぐ。
「おとっつあんが役立たすになってからの一家は、あたしが取り仕切ってきたんだ」。
「水争いで殺された半七って野郎は、おめえさんと良い仲だったってわけですかい」。

「ふぅん」。
お縫は鼻で笑った。
「察しがいいじゃないか。そうだよ」。

「あたしゃ、半七に死ぬほど惚れてたんだ。いずれは夫婦になっただろうね」。
今まで薄笑いを浮かべていたお縫の顔が、夜叉のようになる。
「その大事な半七を、なぶり殺しにされたんだから、あたしが意趣返しに女の執念賭け立っておかしくないだろう」。
お縫の目が冷酷に光った。

「おめえさんもう、14人も殺してるんだぜ!」
「むごいと思うだろう」。
お縫は、ふっと笑った。

「だけど女はもともと、むごいもんなんだよ」。
「惚れた男のためなら、どんなひどいことだってできる…」。
そう言うと、お縫は姉を刺し殺した。

「実の姉さんじゃねえんですかい!」
「ああ。実の兄弟だよ」。
お縫の顔は、どこも痛みを感じていない顔だった。

「だけどこの女は、南の百姓の女房になってたんだ」。
「亭主が半七殺しに一枚加わってたらしく、あたしが話を聞きに行くと知って、逃げ出しやがったんだ」。
「だから甲州まで追って、連れ戻したんだ。それなのに亭主に心中立てしやがって」。
お縫の口調は、憎しみに満ちていた。

「あたしは南の奴らは、どんなことをしたって許さない」。
「もう、忘れてやりなせえ!3人の代貸しもいなくなったんだ」。
「冗談じゃないよ。まだ殺したりずにいるんだからね。あたし一人になっても、半七の意趣返しは続けるつもりさ」。
「それとも、おまえさんにやめさせることができるとでも言いたいのかい。まあ、無理だろうね」。

お縫はバカにしたように、笑った。
「やめさせるには、あたしを殺す他ないんだ。ところがお前さんは、どんな相手だろうと女を殺すドスは持たないって言うんだから」。
紋次郎は背を向けながら言う。

「おめえさんに向かってドスは使わねえが、おめえさんが死なねえとは限らねえんだぜ」。
「寝言いうんじゃないよ」。
お縫は嘲った。
そして紋次郎の背後から、ドスを構えて刺そうとした。

紋次郎は、お鶴に刺さったドスを自分の長ドスの先で拾った。
お鶴に刺さっていたドスが宙を舞い、お縫の胸に刺さった。
「ううっ!」

よろよろとよろけたお縫は、水車に背中をぶつけた。
水車は鈍い音を立てながら、回り始めた。
お縫はドスを落とした。

水車が軋みながら、回る。
お縫の着物の帯が、水車に巻き取られていく。
同時にお縫が水車に向かって、引き寄せられる。

帯が水車に巻き取られていく。
水車に帯をすっかり取られたお縫は、くるりと回転して倒れる。
苦しい息の下、倒れた拍子に落ちたかんざしに向かって這っていこうとする。

そして紋次郎に向かって聞いた。
「お前さん、名は何て言うんだい」。
「木枯しの紋次郎と申しやす」。

「確かに自分のドスは使わなかったけど、お前さん、女を殺したことに間違いはないんだよ」。
お縫が恨みがましい声で、言う。
「木枯し紋次郎が…、…、すぐそのことを忘れられれば…、いいんだけどね」。
お縫の顔色が青くなっていく。

「あっ、ああ」。
息が苦しくなる。
お縫が紋次郎を見上げる。

紋次郎が言う。
「昨日と言う日のねえあっしには、忘れられねえことなぞ、ござんせん」。
それを聞いたお縫に、絶望の表情が浮かんだ。

かんざしに向かって、手を伸ばす。
届かない。
遠い。

こんなに近いのに、届かない。
お縫の顔が歪む。
「これは…半七に…もらったもんなんだよ」。
哀しそうな顔をして、這おうとする。

紋次郎が、楊枝を鳴らす。
ふっと、吹く。
楊枝は、かんざしに当たった。
かんざしが飛び、お縫の手がかんざしに届く。

お縫はかんざしを握り締めると目を閉じ、倒れた。
水車は軋みながら、回っている。
もう誰も動かない。
山の上に見える夕日が美しかった。

薄闇の中、紋次郎は、そこを離れる。
歩いていく。
足元の大地は、乾いてひび割れていた。

ふと、紋次郎は立ち止まる。
どこもここも、ひび割れていた。
それを見上げ、紋次郎は辺りを見回す。
カラスがたくさん、山の上に飛んでいる。

山には頂上以外、緑がなかった。
紋次郎は1人、歩く。
その緑のない、山の上を歩いていく紋次郎の姿が遠くなる。

『木枯し紋次郎』
『上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれた』
『10歳の時、故郷を捨て、一家は離散したと伝えられる』
『天涯孤独の紋次郎が、なぜ、無宿渡世の世界に入ったのかは定かではない』



紋次郎に忠告する女中さんは、樹木希林さん。
この人と話す時の紋次郎はまるで、小さい頃から知ってる幼なじみと話してるよう。
礼儀を失わず、相手とちゃんと距離をとっている紋次郎にはめずらしい砕けた口調。
紋次郎って親しくなるとこんな感じなんだって、思いました。


お鶴は、稲野和子さん。
「必殺仕業人」では、息子の仇と主水の家に押し込む盗賊の女首領でした。
処刑された息子の生首を抱いていて、すごい迫力だった。
他にも「仕置屋稼業」で、主水に油の樽に押し込められて刺されたり。

たまにかわいそうな役もやっていましたが、切れ長の目が妖艶なんですよね。
だから悪女がすごくお似合い。
ここでも裾を乱して紋次郎に絡むのを、男性たちが注視しています。

妹のお縫は、大原麗子さん。
酔っ払って暴れる姉に困り果てた、いじらしそうな娘。
それがラストは、凄絶なまでの悪女の顔になる。
稲野さんの蓮っ葉な口調から、稲野さんが悪女かと思ったら。

大原麗子さんといえば、あの有名なCM。
あのような、ちょっとすねるとかわいい、けなげな女性役が似合う。
それが3人の代貸しを操り、罪もない人たちをなるべくたくさん、残忍に殺すよう仕向ける悪女とは!

あの美しい顔で悪を演じると、もう凄絶ですね。
アーモンド型の美しい瞳も、通った鼻筋も、形の良い唇も、とてつもなく冷たく感じるからすごい。
倒れた父親の代わりに一家を取り仕切ってきたというと、凄みのある姐さんに見えるからすごい。

そしてとてつもなく、美しい。
3人の代貸しが迷うのも、無理はない…。
だが紋次郎は、何となく見抜いていた感がある。
女の足で、自分より先に来ていることを指摘した時、お縫にちらりと別の顔が見える。

最後はお縫は、姉のお鶴を殺す。
女はもともと、むごいものと言いながら。
お縫には、姉の気持ちがわかる。

自分もそうだから。
姉もそうなんだろう。
だから許せない。

お鶴もお縫も、一途な姉妹なんだろう。
2人は似ている。
愛情が深く、自分が好きになった男をすべてにおいて、善悪より優先するのだろう。

死んでいる由蔵から離れないお鶴が、それを物語っている。
瀕死のお縫が這っていく、そこにはもう、悪女の面影はなかった。
ただの、死ぬ前に何とか、愛しい人のくれたかんざしにたどり着きたいだけの女がいた。

この姉妹の親の利助親分も、きっと良い人なんだろう。
姉妹で殺しあって、2人ともいなくなっちゃって。
代貸しもいなくなって、動けない口も利けない利助親分はどうなっちゃうんだろう。

ところでこの回の紋次郎、あっちこっちで理由なく絡まれすぎ。
襲われすぎ。
迷惑かけられすぎ。

それでもお鶴と由蔵を見て、とっさに察して運んでやり、薬までくれる紋次郎。
あっしにはかかわりねえから!って言いながら、とんでもなく親切。
正式な剣術など知らない、ケンカ殺法って言うけど、あれだけの大人数を相手にして生き残るんだから、相当強いよね。

最後の空しいこと。
美しい夕日が、山の上に見える。
倒れているお縫と、お鶴と、紋次郎が暗い影になる。

紋次郎が歩いていく。
今回の騒動のきっかけになった、渇水。
紋次郎の足元の地面が、ひび割れている。
ふと、辺りを見る。

どこもかしこも、ひび割れた大地。
紋次郎だって、貧農の家に生まれたなら、これがどういうことかわかる。
お縫は悪いけど、お縫がああなったのも、お鶴がこうなったのももともとは渇水のせいだ。

山の上をたくさん飛んでいるカラスが、まるでここは死の土地だといわんばかり。
頂上以外に、緑もない。
不毛の大地。

紋次郎は1人、歩く。
緑のない山の上を紋次郎が歩いていく。
初めて見た時、とてつもなく、空しく、やりきれないラストシーンが忘れられなかったです。


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思い出さない忘れもしない 「木枯し紋次郎」

木枯し紋次郎、第12話「木枯しの音に消えた」

紋次郎は上州に行く途中の茶店で、原田源左衛門という武士のことを聞いた。
現左衛門には6つになる、しのという娘がいた。
すると茶店のオヤジは、その人は流行り病で半年も寝込んだ末、亡くなったと教えてくれた。
「そうですかい…」。

そこに2人の渡世人が通りかかった。
2人は兄弟で、弟の半次が紋次郎の長楊枝に目を留めた。
もう1人は兄の仙太。
半次は、紋次郎の長楊枝が気に食わないと絡んだ。

稲荷山の兄弟と言えば、少しは通った名だ。
挨拶をしていけと、半次は言う。
だが紋次郎は何も言わない。

風が吹く。
ひゅうひゅうと、音が鳴る。
「何だってそんな、なげえ楊枝をくわえてやがるんだよ!」
半次の苛立った声に対して紋次郎は静かに「これはただの癖ってもんで」とだけ答えて去った。

まるで、かつての思い出の残り香を探すように、紋次郎は道を進んでいく。
それは紋次郎がまだ、今のように木枯し紋次郎と名が通る渡世人になる前だった。
追っ手に追われた紋次郎は、長ドスを手に逃げていた。

左頬を斬られた。
枯葉の積もった山道を這いつくばり、荒い息を吐きながら紋次郎は一軒の家にたどりついた。
気を失った。

今、紋次郎はその家の前に立つ。
家は廃墟だった。
思い出の中、紋次郎は布団の上で目が覚めた。

ドスを手に起き上がる。
幼いしのが怯える。
源左衛門は寝込んでいた紋次郎のことを傷から来る熱だと言って、刀を収めて横になれと言った。

紋次郎はそこで傷を治し、やすらかなひとときを送った。
寝転がる紋次郎。
隣には源左衛門がいる。
その前で、しのが遊んでいる。

「また、楊枝がほしいのか、しの」と現左衛門が言う。
しのがうなづく。
楊枝をくわえたしのが、それを吹く。
まるで鈴の音のような音が響いた。

紋次郎は土地の者に、しのが玉村宿の「た」の字のつく旅籠に売られたと聞いた。
父親を亡くした7歳の子供では、他に生きていく術がなかった。
しのは19になっているはずだが、いまだに旅籠からは離れられないだろう。

紋次郎はしのを訪ねるため、玉村宿へ歩く。
すると、道の先には先ほどの稲荷山の兄弟がいる。
絡む半次に、紋次郎は楊枝を飛ばす。
楊枝は半次の笠を結んだヒモを切り、笠が飛んだ。

カッとなった半次は斬りかかろうとするが、兄の仙太が止める。
自分たちが逃げたと思われたらますますなめられると言う半次に、仙太は自分たちの技を見せておけと言う。
仙太が投げた2つのさいころは、兄弟によって空中で見事に真っ二つにされた。

稲荷山の兄弟2人を相手にすれば命はないと、半次は笑った。
この次会った時は、命のやり取りだ。
半次はけたたましく笑いながら、去っていく。

玉村宿にやってきた紋次郎は、田丸屋を訪ねた。
しのはここを縄張りに持つ親分の巳之吉に身請けされ、今夜は祝言ということだった。
「おでましになりましたよ、おしのさんです」。
店の者に言われ、紋次郎はしのを見る。

『おじちゃん。さよなら』。
去っていく紋次郎に、手をふっていたしの。
その面影を探すように、紋次郎はしのを見る。
しのは紋次郎をちらりと見たが、表情は変わらなかった。

宿場女郎には、遠い夢のような身請け話。
それが決まり、今はしのは巳之吉親分のことしか考えていないと店の者は言った。
だから紋次郎にも気づかないのだろう。

そう言われ、紋次郎は去ろうとした。
すると店の者が飛び込んでくる。
箱田の六兵衛という親分が、稲荷山の兄弟を使って巳之吉に喧嘩状を突きつけてきたのだ。
稲荷山の兄弟の喧嘩の理由は、妹の意趣返しということだった。

稲荷山の兄弟の妹は、村田屋の女郎になっていた。
巳之吉に稼ぎが少ないと病の体で店に出され、兄弟が見つける前に折檻されて死んだ。
稲荷山の兄弟は、それを恨んでいるのだった。
つねと書かれた妹の位牌に酒をかけ、兄弟は泣いた。

巳之吉へ喧嘩状を突きつける、正当な理由ができた六兵衛は、稲荷山の兄弟の復讐に乗じて縄張りを奪うつもりなのだ。
巳之吉が斬られれば、この宿場は六兵衛のものになってしまう。
誰か、巳之吉に力を貸してはくれまいか。
まるで紋次郎にすがるような田丸屋の人の視線を流し、紋次郎は行く。

「ちょいと、ちょいと旅人さん。お前さんだよ」。
道を行く紋次郎に、おとよという女郎が声をかけてきた。
腕組みをしたその宿場女郎は、おとよと言った。

「もしや、おしのって飯盛り女の話を聞きに来たんじゃないのかい」。
「おしのさんのことなら、もう済みやしたんで」と紋次郎は答えた。
「お前さん、何だって、田丸屋へ行ったんだい」。

「『た』のつく旅籠だと聞いておりやしたんで」。
「田丸屋のおしのさんだと、おしの違いなんだよ。お前さんが探しているのは、村田屋のおしのなんだよ」。
ポン、と村田屋の看板を叩いて、おとよはニヤリと笑う。

おとよは、おしのは原田源左衛門という浪人の娘だと言った。
歳も田丸屋のしのと同じ19。
おとよが言うことは、紋次郎が訪ねているしのと一致している。

だが紋次郎は、しのが達者ならそれで良いと言った。
「おしのは達者なもんか」。
おとよは、吐き捨てるように言った。

「おしのは、この世にはいないんだよ。去年の秋に死んだのさ。首、くくってね」
紋次郎が止まる。
「そうだったんですかい…」。

「どうしてあっしが、おしのさんと関わりがあるって見抜けたんですかい」。
「その楊枝よ」。
「お前さんがくわえてる楊枝見て、そうとわかったんだよ。おしのさんがそれと同じような楊枝持ってたんでね」。

おとよは紋次郎に、村田屋では2年のうちに3人の女郎が病死し、2人が首をくくったと言った。
そのために、お上からお咎めがあった。
だから巳之吉は、村田屋を人に譲った。

おしのが首をくくったのも、巳之吉の折檻に耐えられなかったからだろうとおとよは言う。
「そうそう、見せたいものがあるんだよ。おしのさんの形見だよ」。
おとよが出したのは、紋次郎と同じ長楊枝だった。

『おじちゃんも、やってみない』。
しのは、そう言った。
楊枝はしのが吹くと、まるで鈴の音のように鳴った。

「吹いとくれよ」。
「お願いだよ、吹いておくれよぉ」。
おとよがせがむので、紋次郎は長楊枝を鳴らした。
木枯しが泣くような音がした。

「この世にもう1人、楊枝が鳴らせる人がいる」。
生前、しのはそう言っていた。
しのが楊枝を吹くと、鈴の音のように鳴った。
その人が吹くと、楊枝はまるで木枯しのような悲しい音になった。

「その人は左の頬に傷をかばって吹いたから、そんな音になったんだって…」と、おとよは言う。
「どうしてこれを、そんなに大事にしてたんですかね」。
「この楊枝にしか、思い出がないんだって」。

浪人の父親と、しのは見知らぬ土地に流れてきた。
「寂しい暮らしだったんだろうね」。
おとよは膝を抱える。
しのは7つでここに売られ、下働きでこき使われ、14で客をとらせられた。

幼なじみもいない。
「娘時代の色恋沙汰もありゃしないや!」
おとよは、そう、吐き捨てた。

「楊枝の吹きっこして遊んでくれた、その人のこと思い出す時だけ、楽しそうに笑ってたっけ」。
ふっと、おとよは笑った。
「それでどうしても、お前さんと話がしてみたくなったのさ」。

おとよは「あたしはこれがないと夜も日も空けないのさ」と言って酒を飲み、歌を歌った。
「どうだい、飲む気になったかい」。
紋次郎は、じっと見ていた。
そこにけたたましい笑い声を上げながら、半次が馬で田丸屋の店の者を引きずってきた。

半次は男を縛り、自分が乗っている馬で引きずり回した。
見ていたおとよは紋次郎に、巳之吉を助けてくれと言った。
確かに巳之吉は、鬼のような男だ。
しのは巳之吉に折檻されて、死んだのだ。

だが今の巳之吉は、田丸屋のしのがこの地獄から抜け出せる唯一の希望だ。
巳之吉が殺されたら、しのは再び地獄に突き落とされる。
宿場女郎が身請けされ、誰かのおかみさんになる。

それは、夢のような話だ。
宿場女郎には、かなわないはずの夢だった。
それをダメにさせたくない。
だが紋次郎は断った。

「人は人、あっしはあっしと思って生きておりやすんで」。
それを聞いたおとよは、目に涙を浮かべ「お前さんって人は」と絶句した。
紋次郎は、すっくと立ち上がった。
「待っとくれよ」。

村田屋と田丸屋のしのは、しのという名前が同じなのも何かの縁だ。
田丸屋のしのを助ければ、村田屋のおしのの供養にもなるじゃないか。
悲壮なおとよの声が響く。
だが紋次郎は、3百文を置いて立ち去った。

「酒代なんかいらないよ!商売しようと思ってお前さん引っ張り込んだんじゃないんだよ!」
おとよは叫び、銭を紋次郎に向かって投げつけた。
そして哀しそうに言った。
「お願いだよ、紋次郎さん…」。

街道を行く紋次郎。
風が吹く。
うなりをあげる。

突如、紋次郎は道を外れた。
走る。
川原では、稲荷山の兄弟が巳之吉をなぶり殺しにしていた。

紋次郎は走る。
「何でえ、てめえは」。
「巳之吉の助っ人か」。
六兵衛の配下が、すごむ。

「こぉの野郎、巳之吉、思い知ったか!」
巳之吉は稲荷山の兄弟に刺され、絶命した。
半次が紋次郎に気づいて、近づいてくる。
今度会った時は、命のやり取りだと半次は言った。

紋次郎は言う。
「おめえさんたちを、あの世に送らなきゃいけねえ」。
「何だってえ?」
半次が目をむいた。

仙太が聞く。
「巳之吉に義理でもあるのかい」。
「何もありゃしねえ」。
「するってえと、宿場の奴らに金もらって頼まれたってやつか」。

「巳之吉に死なれたばっかりに、生涯に一度、あるかねえかの幸せをフイにして、地獄に逆戻りしなきゃならねえ飯盛りがいる」。
「おしのって女か。おしのって、おめえの何だ」。
仙太の声には、笑いが含まれていた。

紋次郎は2人と向かい合う。
「だがな紋次郎。俺たち兄弟の息が合った時にゃあ、おめえの腕も思うようには通用しねえぜ」。
稲荷山の兄弟はすれ違い、位置を入れ替える。

『兄弟は同時に行動する。
1人で2人に対して同時に攻撃をしかけるのは、無理だ。
攻撃の方法があるとしたら、同時に攻撃をしたと2人に思わせることだったが、成功率はきわめて低い』。

仙太と半次が、長ドスを抜く。
紋次郎もまた、長ドスを抜いた。
そして突如、半次に向かって、ドスの紅い鞘を投げた。
鞘は半次にぶつかった。

半次は長ドスの鞘に向かって、ドスを振った。
紋次郎は、走る。
斬りかかってきた仙太を刺し、半次もまた刺す。
2人の兄弟は、紋次郎の腕の両側で崩れ落ちるように倒れた。

静けさが戻る。
紋次郎が川の水で、ドスを洗う。
鞘に収める。

ふらふらと、田丸屋のしのがやってくる。
おとよも来ていた。
川原で、黙って座り込んでいた。

田丸屋の「しの」の髪は乱れ、着物の肩もすそも乱れていた。
巳之吉の遺体の前で呆然と立つ。
目は虚ろで、焦点が合わない。

紋次郎が、長楊枝を鳴らす。
木枯しのような音が響く。
おとよが、楊枝をくわえる。

ピー。
おとよの楊枝が鳴った。
その音はまるで、鈴の音のようだった。

去っていこうとする紋次郎の背中で、おとよが涙ぐんでいる。
「おしのさん」。
紋次郎は振り返らずに、声をかけた。
「おしのは死んだよ」。

おとよ、いや、「しの」が言った。
「紋次郎さん、あんたの知ってるおしのの、綺麗な思い出だけを持ってとくれよ」。
紋次郎は振り返らない。
「おめえさんのことは思い出しもしねえが、忘れもしやせん」。

おとよが涙を目にためて、紋次郎を見送る。
枯れた野を、1人、紋次郎が行く。
夕暮れが迫っていた。

『木枯し紋次郎』
『上州新田郡三日月村の貧しい農家に生まれたという』
『10歳の時に故郷を捨て、その後一家は離散したと伝えられる』
『天涯孤独の紋次郎が、なぜ、無宿渡世の世界に入ったかは、定かでない』



いやいや、切ないです。
おとよ、「しの」は、十朱幸代さん。
腕組みして、すっかり人生投げちゃった態度と口調。

時折そこに哀しみが混じる。
7つで売られ、散々こき使われて14歳で店に出されて。
父親と知らない土地で、幼なじみもいない。
娘時代に、恋もできなかった。

そしていつ、ここを抜け出せるかわからない。
おそらく一生、抜け出せないだろう。
そりゃ人生投げますよね…。

でも紋次郎には声をかけずにはいられなかった。
楽しかった、唯一の思い出。
唯一の友達。
いや、紋次郎が初恋だったのかもしれない。

会いたい。
しかし、自分の今を見せたくない。
だから「しの」は死んだと言った。

見ているこちらには、おとよが「しの」を語るうち、「この人が紋次郎の捜す、『しの』じゃないの?」ってわかって来る。
私たちがわかるんだから、紋次郎にわからないはずがない。
結局、紋次郎は義理も恩もない巳之吉を助けようとして走る。

それは稲荷山の兄弟に語った、「しの」の幸せを壊したのが理由だった。
でも正確には、村田屋のおとよ、つまり、「しの」の願いだったからだ。
本当は、「しの」に幸せになってほしかった。

だがそれは無理だ。
だから、「しの」が同じ名前の女郎に幸せになってほしいなら、その願いをかなえてやりたい。
時すでに遅く、巳之吉は殺されてしまった。

だから稲荷山の兄弟を斬る。
「しの」のために戦う。
それが、田丸屋の「しの」のためでも。

巳之吉は、ほんとは自業自得なんでしょうね。
稲荷山の兄弟が泣いているのは、結構かわいそう。
しかし、やっぱり斬った方がいいんじゃないか。
こやつらは、人を不幸にするだろう。

そう思わせるのは、半次のけたたましい笑い。
紋次郎に絡む執拗さ。
ボサボサの髪にバンダナ、目がチカチカするような着物という危なさ。
荒木一郎さんがうまいです。

さらに、自分たちを高く売りつけたいと言う仙太の計算高さ。
冷徹さ。
こちらは戸浦六宏さん。

結局、「人は人」と言っていた紋次郎は、やり合う理由がない稲荷山の兄弟と斬り合う。
これが渡世ってもんでしょうか。
だから紋次郎は、あんまり人と関わらないようにしてるんだろうな。
やっぱり、人のために戦っちゃうんだけど。

やってきたおとよが思わず、楊枝を鳴らす。
どうしても、どうしても会いたかったんだろう。
でももう、紋次郎と遊んだあの頃には戻れない。

「おしのは死んだよ」と言う。
死んだも同然だ。
「綺麗な思い出のおしのだけを、持っていってくれ」。

それに対して紋次郎。
「思い出さない」。
「でも忘れない」。

最後に会った、宿場女郎になっていたしののことを考えたりしない。
でも、思い出の中の「しの」を忘れたりしない。
今の、「しの」を汚れてしまったなどと思わない…。

だけどそんなこと、「しの」に言ったって救えない。
見られたくなかった、でも会いたかった。
そんな、「しの」にはこれは最高の答えだったんじゃないでしょうか。
いや、これしか、なかった…。

最後、田丸屋の「しの」は、気が狂っているようだった。
それはもう、夢を見ただけに耐えられない。
村田屋の「しの」は、紋次郎との思い出だけを抱えて何とか生きていくだろうか。
いけるのだろうか。



渡世人は、親兄弟は持たねえ! 「峠シリーズ4 鬼首峠に棄てた鈴」

峠シリーズ最終回は、「鬼首峠に棄てた鈴」。


ある1人の若い渡世人が、仁義を切っている。
彼の生国は上州橋爪。
名は、鳴神の伊三郎という。

伊三郎は2ヶ月ほど前から、奥州路で長坂の文吉という男を捜している。
するとそこの親分は、「文吉は10日前、ここに4~5日、わらじを脱いでいた」と言う。
文吉を探してどうするのか。

伊三郎は言った。
「斬るつもりだ」と。
ことの起こりは、文吉が八坂の正造親分の人気をねたみ、凶状持ちをかくまっていると御上に密告したことから始まる。
正造の一家の主だった子分衆はお縄になり、一家は散り散りになった。

汚いやり方だ。
文吉はもともと、一家を持てる器じゃなかったので、構えた一家も畳むことになった。
その土産に、文吉は人気のある正造一家を潰してやったのだ。

伊三郎は3年前、正造の一家にわらじを脱いだ。
その時に、流行り病にかかった。
正造一家は、20日も手厚い看護をしてくれた。

それを聞いた親分は、「それだけの義理かい?」と尋ねた。
だとしたら、近頃見上げた心がけだが、考え直せという。
伊三郎を死なせたくないから、言うのだった。

文吉には桜井小平太という、めっぽう強い用心棒がついている。
その噂は伊三郎も知っていた。
だが親分は、小平太は強いだけじゃないと言う。

ニヤニヤしながら人を斬る男で、「渡世人がかなう相手じゃない」と言った。
「刀を抜いたら、おめえさんは必ず、斬られる」。
「覚悟はしておりやす」。

それを聞いた親分は、文吉は松井田の友助の家に長逗留していると教えてくれた。
安中の五郎七親分に、添え状を書いてくれるとも言ってくれた。
添え状を持って、伊三郎は安中に向かう。

伊三郎の腰についている、おかめの顔をした大きな鈴がチリンと鳴った。
「その鈴だが、おめえさん、めずらしいものを持っていなさるね」。
「あっしの姉のものです」。

伊三郎と姉は、15年前に別れたっきり。
姉が生きているかどうかも、わからない。
親分は、「お互い生きていれば会える日も来るだろう」と言って送り出した。

安中で、伊三郎は五郎七親分の一家を訪ねようとしていた時だった。
子分が1人、走ってきて、河原で桜井小平太が斬りあいを始めたと知らせに来た。
伊三郎も走って見に行く。
その後を、小さな少女がついていく。

桜井小平太が、3人の渡世人と向かい合っていた。
だが小平太はすばやい動きで、渡世人たち3人と位置を入れ替わる。
伊三郎が、思わず天を仰ぎ見る。
太陽が照っていた。

小平太をにらんでいた渡世人たちはまぶしさに、目を細めた。
野外で刀を抜きあう場合は、相手の目に日差しを入れるために必ず太陽を背負う。
それが兵法としての鉄則であり、桜井小平太の「旅のヤクザどもは、兵法のいろはのいの字も知らない」という嘲りなのだった。

案の定、渡世人たちはあっという間に斬られた。
伊三郎はそれを、じっと見つめる。
噂以上のすごい腕だと、見ていた五郎七の子分たちは噂した。
「そんじょそこらの用心棒とは、わけが違う」。

伊三郎の後をついてきた少女は伊三郎に、「あのご浪人は店に時々来る」と教えた。
鈴を見たその少女は、「それ何の音」と聞いたが、伊三郎は返事をしない。
なので少女は、首をかしげた

小平太は松井田に来て、もう7人も斬っているのだと、伊三郎は五郎七の子分たちに教えてもらった。
長坂の文吉が、百両の大金を出して雇っただけのことはある。
文吉は友助のところの客分の癖に、挨拶もなしに五郎七の縄張りに入り込んだ上に、その用心棒の小平太は好き勝手している。
あの浪人者の小平太さえいなければ、文吉なんぞにでかいツラはさせないのにと、五郎七たちも悔しそうだった。

桜井小平太がここの、紅屋という料理屋に通ってくるのは、おしなという酌女が目当てだった。
紅屋には、おしなという女性と、おでんという幼い娘と、板前がいた。
おでんはあの、斬りあいの時、伊三郎に声をかけてきた少女だった。

文吉は常に、小平太の後をついてくる。
小平太がいないと、安心できないからだ。
五郎七だって、文吉には喧嘩状をつきつけてやりたいのだが、小平太がいるのでは手が出せない。

伊三郎は、「文吉とのことは自分の私怨だから、関わらなくていい」と言う。
しかし長坂の文吉を殺すには、まずはあの浪人者を殺さなければいけない。
どうしたらいいのか。

伊三郎は修羅場を越えているだろうし、腕も立つに違いない。
だが、ケンカ剣法は所詮、侍の本当の剣法には勝てない。
すすんで命を捨てることはないと、五郎七は忠告する。

だが伊三郎は言った。
「あっしには、生きていて他にすることはありません」。
五郎七は「まあ、ここにいるうちに気も変わるかもしれない」と言った。
「お言葉に甘えて、しばらくご厄介になります」と伊って、伊三郎は五郎七のところでわらじを脱ぐ。

翌朝、井戸端で顔を洗っている伊三郎に紅屋のおしなが近づく。
「おはようございます。五郎七親分のところの客分ですね」。
「伊三郎と申します」。

おしなは、そばに置かれていたおかめの顔をかたどった大きな鈴を拾った。
紅屋にいる娘の、腰飾りの鈴と同じだと言う。
伊三郎は、姉のものだと言って、さらに「15年前に別れた2つ違いの姉を探している」とも言った。
姉が伊三郎を、親代わりに育ててくれたのだ。

そんな思い出話をさせてしまったことにおしなは、「ごめんなさいね」と謝った。
だが伊三郎は、「昔のことは捨てた」と言った。
おしなに、おでんが近づいてきて、「お姉ちゃんも、あの鈴、持ってたでしょう」と言う。
伊三郎の鈴をおしなは、「あれはお姉さんの形見だ」と説明した。

「形見って何」と、おでんが無邪気に聞く。
「亡くなった人からもらった大切な鈴よ」。
「ふうーん」。

小平太は、紅屋にはおしな目当てで通ってくる。
おしなは3年前に後家になり、常連はみんなおしなを目当てに通ってくる。
だがおしなは、さすが元は商人の女房。

ああ見えても、身持ちが硬い。
小平太もおしなを手篭めにするわけにはいかず、じりじりしていた。
文吉を狙う伊三郎の噂は、安中の宿にも届いていた。

小平太相手に、尋常の勝負では勝ち目がない。
「飛び道具はどうだ?」と五郎七の子分は言う。
伊三郎は、突きの練習をしている。

武士の大刀には、弧形を描く、反りと言うものがある。
渡世人の持つ長ドスはその反りが浅く、ほとんど無反りのものが多かった。
武士の剣法は、斬ることが第一だった。
もっぱら、相手を突き刺すというのが、渡世人のケンカ剣法であった。

突き刺すだけなら、反りは必要なかったので、渡世人には無反りの長ドスが用いられたのであった。
そして長ドスより、太刀の方がはるかに長い。
桜井小平太を突き刺そうと思えば、踏み込んだ瞬間、死を覚悟しなければならなかった。

伊三郎は、想像する。
小平太に向かって、長ドスを突き刺そうと踏み込む。
刺される。
自分が、倒れる。

おしなが、練習をしている伊三郎を見つめている。
そして言う。
「やめてくださいまし」。

「あの浪人は人の命を、虫けらにしか思わない怖ろしい人なんです。伊三郎さんが殺されるかもしれないのに、黙って見ていられないんです」。
「おしなさんには、関わりのないことでしょう」。
「後生だから忘れてください。誰もが、係わり合いになるのを恐れているんです」。

「伊三郎さんが殺されるなんて、私…、渡世の義理だなんて。たった一度、流行り病を看病してもらっただけなんでしょう。それだけのことで、みすみす殺されることがわかっているのに」。
「あっしのような男には、生きるも死ぬも、たったひとつの道しかないんでござんすよ。堅気のおしなさんには通じねえことで、ござんしょうがね」。
たたずむ、おしな。

鈴の音が聞こえる。
紅屋のおでんが、立っていた。
伊三郎に「おしなちゃん、おじさんのこと好きだって言った?」と、ませたことを聞く。
しかし伊三郎は、首を振る。

おでんは、伊三郎と一緒に歩いていく。
「おじちゃんのこと、おしなさんは板前さんにからかわれて顔赤くしてたわ」。
そして、おでんは意外なことを教えた。
「松井田のご浪人、夕方になると家に来るわ。25日だもの。今度は25日に来ると言ってたわ。おしなさんに」。

伊三郎が足を止める。
「おでんちゃん、この鈴はあっしがが死んだら、もらってやってください」。
おでんは伊三郎を見送る。
去っていく伊三郎をおしなも、じっと見ていた。

その日、桜井小平太は確かに紅屋に入っていったと、五郎七のところに知らせが入る。
つまり、文吉は松井田に残っているのだ。
文吉と若い衆だけなら、苦もなく討ち取れる。

松井田には1のつく日には賭場が開かれるので、大勢の中にいれば大丈夫だと文吉は見ているのだろう。
そう思って、小平太だけを紅屋に行かせているのだろう。
「今夜、浪人者の隙を狙うことにしやす」と伊三郎は言った。

その夜、納屋でおしなが小平太に手篭めにされかかっていた。
伊三郎は、そっと納屋に近づく。
その時、板前がこん棒を持って小平太に襲い掛かる。
しかし、板前はいち早く斬られた。

おしなが「どうしたの?」と、小平太に聞く。
「なんでもない。何者かが近づいてきただけだ。心配ない。峰打ちだ」。
そう答える小平太の声がして、それきり、静かになった。
伊三郎はそれを、納屋の外でじっと聞いていた。

翌日、おでんが外で、毬で遊んでいた。
転がってきた毬を拾って、伊三郎はおでんに渡す。
「おじちゃんは死んだりしないよね」。

「板前の勘吉が、転んでけがをしたようですね」と伊三郎がおしなに聞く。
するとおしなは、「そうです」と答えた。
村はずれでおでんが、男の子2人と取っ組み合いのケンカをしている。
気の強いおでんが勝って、男の子を追い払い、さらに後を追っていく。

伊三郎は空を見る。
そこに、板前の勘吉がやってくる。
痛みが取れたので来たと板前は言った。

これが桜井小平太の峰打ちだということは、板前も知っている。
勘吉は、おしなが手篭めにされると思って助けに入ったのだが、おしなは嫌がってはいなかった。
てっきり、おしなは伊三郎が好きなのだと思っていたが…、「女心はわからねえ」と勘吉は言った。

「あっしのようなものは、堅気の娘さんを好きになっても、しようがありやせん」。
「おめえさんって人は、根っからの渡世人なんだねえ」。
そこに、長坂の文吉が伊三郎に果たし状を持ってきた知らせが入る。

文吉は2人の子分と浪人が身内と言うことで、結局4対1で伊三郎と勝負をしようという汚い魂胆だ。
だが、喧嘩状を突き返すわけにはいかない。
伊三郎は、カタをつけるつもりでいた。
「生きていても当たりめえ、死んでも当たりめえ。自分のようなものは、そういうものだと思っていやす」。

果し合いの場所、鬼首峠は、妙義山の南にある峠であった。
峠の中腹に白壁の土蔵が残っている、白い屋敷跡がある。
さる御大尽が作ったのだが、原因不明の火事で消失した。
ここは、御大尽屋敷跡と言われている。

おでんがその壁に、石を投げて遊んでいる。
その様子を、伊三郎が見る。
桜井の太刀筋が思い出される。

3人の渡世人が、あっという間に斬られた時のこと。
おでんの投げた石が、壁に当たって跳ね返る。
桜井小平太の太刀が入る範囲には、伊三郎は絶対に入りこめない。
攻撃は背中をのぞいてはないが、小平太が背中を見せるはずがないし、こちらが背後に回る余裕など考えられなかった。

外に出た伊三郎を見て、おでんが「おじちゃん!」と言って走ってくる。
白壁のある屋敷跡。
翌朝、伊三郎は旅姿で発った。

いなくなった伊三郎に、五郎七の子分は「逃げたのじゃないだろうか」と言うが、親分は「客人は逃げたんじゃねえ」と言った。
五郎七は、伊三郎は「鬼首峠の大臣屋敷だ」と言う。
そして「誰にもこのことは言うな」と子分たちに念を押す。

伊三郎に、おでんがついていく。
それから4日。
伊三郎は毎日、白壁のある屋敷跡に通った。
そして、刀を抜いていた。

「どうしておでんちゃんは、毎日ここに来るのかい」と伊三郎が聞くと、おでんは「おじちゃんが来るから」と答えた。
おでんには友達がいないのかと言うと、おでんは「あたしね、この宿場にもらわれてきた子なの、だからこの宿場の子はみんな嫌い」と言った。
「おじちゃん、ずっとここにいるの?」

「そいつはあっしにも、わかりません」。
「どうして?」
伊三郎の鈴が鳴る。

喧嘩状に書かれた日が、やってきた。
旅支度をする伊三郎は、いつもと同じ、顔色ひとつ変えていない。
五郎七は、「死ぬ覚悟ができているんだよ。誰にもできるこっちゃねえ。ケンカ仕度がそのまま死での旅支度だ」と言う。

伊三郎が五郎七に、挨拶に来る。
「長げえあいだ、お世話になりました。親分はじめ、御身内衆の心遣い、鳴神の伊三郎、終生忘れやいたしやせん」。
子分が、伊三郎のわらじを揃えた。
伊三郎がわらじをはく。

おしなが、五郎七のところにやってくる。
「長いことお世話になりました。事情があって、松井田の母親のところに戻ることになりました」。
そう言って、おしなは頭を下げる。

取り込み中で、何もしてやれないと五郎七は言うが、おしなはただ、頭を下げた。
伊三郎を見て、おしなは出て行く。
子分が、「おしなは松井田で、桜井小平太の女房になるらしい」と教えた。

やってきた小平太は、おしなに「女房にすると言った覚えはない」と言う。
だがおしなは、もう、紅屋にいられないと言って、伊三郎のことを「今度だけは、見逃してやって」と頼んだ。
「それを言うために、呼び出したのか」。
「私はただ、あの渡世人がかわいそうになって…」。

「おめえ、伊三郎とやらに惚れたな」。
「いえ、私はもうあなたもの」。
だが小平太は、「俺はあの野良犬を叩き斬ってやる」と言って出て行った。

伊三郎も小平太も、白壁の屋敷跡にやってくる。
「場所はここでいいのか」。
風が吹く。

文吉と2人の身内もいた。
五郎七たちも、来ている。
板前の勘吉が、おでんの手を引いて見ている。

おしなも来る。
伊三郎と小平太が、向かいあう。
すばやく、白壁を背にする小平太。

日差しが、伊三郎の目に入る。
小平太が笑う。
「愚かな野良犬め。(これが)兵法の『いろは』よ」。
ゆっくりと、伊三郎が長ドスを抜いた。

伊三郎がこの4日間、何千回と繰り返した修練と計算を誰も知らなかった。
桜井小平太は、兵法の鉄則に従って当然、西日に背を向け、土蔵の壁を背にして立つ。
動きのために、壁との感覚を一間、約1メートル80センチぐらいに置くはずだ。

あと半歩。
小平太が、半歩下がった。
風が吹く。

伊三郎が、じっと見ている
小平太は、薄笑いを浮かべている。
足元を見る伊三郎。

小平太が、太刀を抜く。
刀を背に構える。
その時だった。

伊三郎が突然、小平太の背後の白壁に刀を投げた。
刀が、跳ね返った。
跳ね返った刀は、小平太の背に刺さる。

ぎょっとした小平太は後ろを振り向き、背中に刺さった刀を抜いた。
伊三郎は長い竹槍を構え、丸開きに開いた小平太の体に向かって、突進した。
竹槍は、小平太の体に刺さった。

悲鳴を上げた小平太が、竹槍を絶ち斬る。
だが、そこまでだった。
小平太は、倒れた。

伊三郎が刀を持って、近づいてくる。
文太が驚愕に目を見開き、恐怖の表情で後ずさりをする。
残った2人の子分は、伊三郎の敵じゃなかった。

文吉は、伊三郎に向かって土下座をした。
「斬らねえでくれ、助けてくれ。どうか、見逃してやってくれ」。
だが、伊三郎は首を縦に振らない。

「伊三郎さん。おめえさんには、おさとさんって姉さんがいるだろう!」と文吉が口走る。
「斬っちゃいけねえ。俺はおめえさんの、義理の兄貴みてえなもんだ!」
おさとは、茶屋に奉公していた。
そこを文吉が年期奉公の金を払い、囲ったらしい。

おさとは伊三郎の鈴と自分は、同じものを持っていると言っていた。
「おめえ、おさとの居場所を知りたくねえか!おさとはな、俺がある場所にかくまっているんだ!」
だが伊三郎は叫んだ。
「渡世人は、親兄弟は持たねえ!」

文吉は必死に頼んだ。
「俺を殺したらおめえは生涯、姉と会えねえかもしれねえんだぜ!」
だが伊三郎は頭の上に刀を振りかざして、文吉に向かって振り下ろす。
横たわる文吉。

伊三郎は合羽を羽織り、笠をかぶる。
「伊三郎さん、後の始末は引き受けたぜ」と五郎七が言う。
「なにぶん、よろしくお願いします。いろいろと、ありがとうごぜえやす」。

伊三郎は、おでんと板前の前に行く。
板前が頭を下げる。
おでんに近づくと、伊三郎は自分の鈴を渡す。

それを見たおでんが、にっこりと笑う。
「ごめんなすって」。
おしなが、自分の横を歩いて去る伊三郎を見ている。
立ち上がる。

「おじちゃん」と言って、おでんがかけてくる。
鈴を振り回し、追いかけてくる
おでんが、手を降る。

無心に追う少女、渡世人の悲しみはわからない。
ちなみにこの美少女は、明治の世になって名を知られる「高橋お伝」の幼き頃である。
「たった一人、剣客を倒した年若い渡世人の噂は、遠く、奥州にまで広がっていた」。
「だがその人物の、その後の消息については誰も知らない」。



伊三郎は、松橋登さん。
昔、この方が「笑っていいとも」に呼ばれた時、お客さん全員にいきわたるよう、ペコちゃんが書いてある箱入りミルキーを持ってきたのを覚えています。
家には離れがあり、そこのこたつは野良猫さんたちに解放しているのだとか。
野良猫さんたちを入れたら、集まってしまったので自分は出て行ったと話していたと思います。

「必殺仕事人」では、助成の姿をして人を殺す妖艶な殺し屋なんかも演じました。
テレビ版の「犬神家の一族」にも、ご出演。
佳那晃子さん主演の「妖蝶の棲む館」では、旦那さん役。
改めてみて、美青年だと思いました。

人生、すっかり投げてしまったような渡世人で、恩義のある親分のため、文吉を殺そうとする。
文吉は、田口計さん。
最後にだけ出てきますが、見苦しく命乞いをしてくれて、さすがの存在感。

文吉はおそらく、姉の居場所を最後の切り札にと思っていた。
しかし渡世人は親兄弟を持たねえ!の一言で、バッサリ。
姉を探していると言いつつ、伊三郎は渡世人となった時から、親兄弟との縁は諦めているんですね。
第一、姉の居場所を知る手がかりを自ら斬った伊三郎には、もう姉に会わせる顔はない。

会えるなら会いたいけど、文吉に囲われてしまっているのが本当なら、会えない。
渡世の義理を優先しなければいけない自分にとって、そんな風にしか会えないとするなら、死んだということ。
自分にはもう、そんな資格もない。
勘吉が言うとおり、伊三郎は根っからの渡世人なのでしょう。

だから彼はおでんに、鈴を渡して去っていく。
もう姉には会えない。
自分ももう、生きている意味がない。
彼はもう、何者も顧みない。

五郎七は、織本順吉さん。
最後に裏切ってくれるのかとドキドキしながら見ていましたが、今回はどんでん返しはなく、終わりました。
…と思ったら、最後に鳥肌がたちました。
あの、小さな、かわいらしい少女が…。

後の高橋お伝だったなんて。
おでん、なんて高橋お伝みたいだな、と思ったら…、本当にお伝だった!
高橋お伝に関しては、日本悪女列伝には必ず名前が出ますね。
私が読んだ本では雷お新、高橋お伝、夜嵐お絹と一緒に名前が出てました。

もっとも毒婦ではなく、献身的なかわいそうな女性だったとする説も近年には有力だとか。
毒婦というのは当時、女性に貞節を教えるために明治政府が利用した作り話という説もあるようですね。
いずれにせよ、あの少女が後のお伝であるならば、あのかわいらしい少女はやがて、極刑に処されて人生を終えるのです。
これを見た後では、おでんの心にはずっと、あの伊三郎がずっといたような気がします。

これで「峠シリーズ」は、終わりです。
渡世人として生きることをを選んだ、寄る辺のない男たち。
腕一本、自分を頼りにし、自分の信念をよりどころにして生きていく男たち。
その男気と悲しみが漂う、いい男たちが見られる良いドラマでした。

初めは確かにこの峠シリーズで、渡世人たちの中に紋次郎の姿を探してしまうことがありました。
しかしそれも最初だけで、あとはこのすばらしいドラマに、見入ってしまいました。
シリーズを通して最後に語られるナレーションが「この人物のその後は、誰も知らない」でした。
これが最終回にはいっそう、切ない余韻を残して「峠シリーズ」は、終わりです。


末路は似たり寄ったりよ 「峠シリーズ3 暮坂峠への疾走」

第3回は、「暮坂峠への疾走」。

ある男が、茶店の娘から、代金を踏み倒した浪人崩れの綱五郎から、代金を徴収しようとした父親を助けてくれと頼まれた。
綱五郎はこの辺りでは、悪名高い無法者。
父親はきっと、殺されてしまう。

頼まれたのは、「竜舞の銀次」という渡世人。
銀次は浪人を見つけ、刃を交える。
途端に一目散に駆けていく銀次。

あぜ道を走ったかと思うと、くるりと方向を変え、逆方向に走っていく。
綱五郎が刀を手に追いかける。
その足の速さに翻弄された綱五郎は、銀次に右腕を斬りつけられ、刀を落とした。
「てめえのツラ、忘れねえからな!」と言って、綱五郎は逃げていく。

だが主人からは渡世人はいいが、自分たちはずっとここにいる、半端にやられたんじゃ…とぼやかれる。
娘は父親の言い草に怒るが、「こっちも体を張ったんだぜ」とだけ言って銀次は去っていく。
一緒にいるのは、兄貴兄貴と慕う小合羽の小三郎。
それをお店の番頭風の男と手代風の男が、じっと見ていた。

信州の善光寺から須坂を経て東に向かう、信州街道は冬には往来も稀。
銀次は今度は、清吉という小作人のせがれから、途中、貫禄を買われて地主の老人の妾にされた姉を救い出してほしいと懇願される。
だがそれは清吉の嘘で、清吉は遊び人になってしまい、自分の情婦を預け前借に5両得て消えてしまったのだった。
清吉の情婦は今ではまじめに働き、清吉を嫌っているのだった。

それを聞いた銀次はおとなしく引き下がる。
今どき、珍しい話のわかるお人だと地主は感心した。
だが清吉のために地主が殺されると見た百姓たちは、銀次たちを追い払おうとした。
百姓たちがそれほど必死になって地主のために動くということが、地主の人格を表している。

しかしその為に小三郎は傷を負い、瀕死の状態で銀次が背負っていく。
途中で、小三郎は苦しさに、銀次にとどめを刺してくれと頼んだ。
渡世を渡っているというのに、人が良くて騙されてばかり。
小三郎をこんな目にあわせるのも、自分が人を見る目がないからだ。

「すまねえな、小三郎」。
「とんでもねえ兄貴。早く楽にしてもらうんだ、恩に着るぜ。兄貴のことは忘れねえ。兄貴とは冥土で会ってもきっと馬が合うぜ」。
小三郎はそう言って、息絶えた。

1人、街道を行く銀次。
その前に、先ほど綱五郎とのやり取りを見ていた男が現れる。
男は商人で久兵衛と言い、弱いものいじめをしている綱五郎を斬ったと評判になった銀次に30両で、国定忠治の首を盗んでくれと頼んだ。

あさって、国定忠治が処刑される。
忠治の首を盗んで手厚く葬りたい。
だがいくらなんでも、そんな依頼は考えにくい。
それにもう、人様に関わって騙されるのはたくさんだと思った銀次は断る。

一軒の農家に宿を求めた銀次は、忠治親分の回向かと聞かれる。
忠治の評判は、農家にまで届いているのだった。
そこにもう1人、信州から来た、しずという女性もやってくる。
女性を野宿させるわけにも行かず、銀次のいる納屋へ、おしずも泊まることになる。

「大変な人手でございますね」と言うおしずに銀次は「娘さんも、国定忠治の仕置きを見物しに来なすったんですかい」と聞く。
娘は答えないが、様子がおかしい。
その夜、寒さに娘に合羽をかけてやった銀次は、娘が地図を持っているのを見つける。
娘は、忠治を追って来ているのだ。

仕置きにされる忠治を若い娘が見物しに来るなんて、酔狂な話だ。
そういえば、忠治の首を盗み出してくれといった男が昼間いたと銀次は言う。
まさか…。

忠治親分の首をほしがっているものは、何人もいると、おしずは話した。
信州にいた女性も、上州で親分が囲っていたお徳という女性も、腕1本でもいいからとあちこちに頼んでいるらしい。
だがおしずは、首だけは絶対に他の人には渡せないと言った。

自分が、信州に持って帰る。
それが父親の遺言でもあったのだ。
おしずの家は代々材木屋だったが、小諸の悪党高利貸しに陥れられ、心中寸前まで追い詰められた。

国定忠治は、上州から信州に旅する時、おしずの家に泊まることがあった。
忠治は、それを縁に思って、この大事なときに自分たちを救ってくれたのだ。
おしずはまだ子供だが、自分たちと店が助かった時のうれしさは忘れていない。

父親は死ぬ直前まで、その恩が忘れられなかったのだろう。
もし、忠治がお仕置きになる時があったら、持ち帰って立派な墓を作るように。
それが、父親の遺言だった。

翌日、刑場に忠治が唐丸籠に乗せられて入ってきた。
ずらりと人々が見ている。
口々に人々は忠治を賞賛した。

手を合わせ、拝んでいる者もいた。
同じ渡世人が言う。
「さすが忠治よ。すげえお人よ。自分たちが思い切った悪事を働いて仕置き場に来ても、誰もこうして来ないだろう」。
「せいぜい、街道の肥やしよ」。

その言葉で銀次のまぶたに、小三郎の墓が蘇る。
自分が埋めた小さな土饅頭の下に眠っている小三郎。
土の上には小三郎が着ていた合羽と、銀次がそばの枝を折った花が一厘、供えられただけ。
誰も顧みない。

おしずも来ていた。
「国定忠治だけを目の仇にして、こうしてむごいお仕置きにするなんて」と、おしずは言った。
「御上はただ、国定忠治を殺したいだけなんです。親分の勢いが怖ろしかったのと、二束のわらじをはかなかったから」。

二束のわらじを履いて、十手・捕り縄を扱っていれば、こんなことにはならなかった。
でなければ関所破りなどで、お仕置きになどなるはずがない。
おしずは、そう言った。

首は3日2晩、さらされる。
今夜は監視は厳しいだろう。
一度、おしずはここを離れたほうがいい。
ここは自分を任せてくれと、銀次は言った。

首などを持って、関所を越えられるわけがない。
裏街道を行くしかないが、それはおしずには無理だ。
取締りの目の届かない場所に行っててもらって、そこで落ち合おう。

銀次が首を盗んでくれると知って、おしずは驚いた。
「世の中ってのは皮肉なもんだ。30両出すからと頼まれたのに断ったあっしが、今度は自分からその気になっちまった」。
「どうして…。あたしのために」。

「あっしに頼んだ男は、供養とか何とか言いながら、穢れた仕事は渡世人に任せるるってわけだ。だが素人のおめえさんが危ねえ仕事に体を張っている」。
「それに正直、あっしは忠治の貫禄に頭が下がってきました。同じ渡世人のあっしが、おめえさんに手を貸したところで、おかしいところはねえでしょう」。
おしずは、でも自分には5両という金さえもないと言った。
「そんな心配は、しねえでいいんだよ」。

「縁もゆかりもないあたしに、報われることもなく力を貸して、万が一命を落とすことになったら」。
「おしずさんみてえな人のために、何かやりてえ。忠治のような渡世人を手厚く葬ってやりてえ」。
「吹けば飛ぶような、名のねえ旅烏の気まぐれで。あっしの悪い癖かも知れねえが、まあ、気にしねえでくだせえ」と銀次は笑った。

その夜、おしずは何もできないからと言って、銀次の布団にもぐりこんだ。
銀次は思わず、おしずを抱きしめる。
だが、自分のようなヤクザ者はおしずのような女性には手を出せないと言って、背を向けた。


ここから先は、ネタバレです。


見張りを峰打ちにして誰も殺さず、見事、さらし首になった忠治の首を盗むことに成功する銀次。
同じく、忠治の首を盗みに来たのは、自分たちに嘘の依頼をして小三郎を死なせる原因になった清吉だった。
それを見た銀次は、清吉を叩き斬る。

首を持ち、銀次は疾走する。
だが峠で銀次を待ち受けていたのは、最初に銀次に首を盗むことを頼んだ久兵衛だった。
大勢の助っ人を連れていた。

材木人足を仕切っている久兵衛の集めた男は、10人ほど。
みな、腕に覚えがある。
身を明かして仕事を頼んだ銀次に、首だけもらうのは後々の面倒になる。
だから銀次には死んでもらう。

久兵衛はそう言うが、銀次は「おめえに頼まれてやったことじゃねえ。横取りされてたまるけえ」と言った。
襲い掛かってくる人足たち。
だが銀次の速い足に追いつけず、翻弄された人足たちは次々斬られる。

最後には久兵衛が匕首を抜くが、そこに「銀次さん、許してください」と言う声が響く。
おしずが現れ、頭を下げる。
久兵衛は、おしずの父親の代からの番頭だった。
最初から、銀次に首を盗ませるための嘘だったのだ。

「おとっつぁんの遺言とやらも、嘘だったのかい」。
「いいえ!嘘ではありません!」
おしずは叫んだ。

久兵衛も言う。
先代や、忠治の回向がしたくてやったことには嘘はない。
「回向が聞いてあきれるぜ」。

こんなにも腕に覚えがある人足がいたのに、なぜ銀次を選んだのか。
久兵衛は「お前さんのその足だ」と言った。
「龍舞と呼ばれている、その速い足に用事がありましたのさ」。

その途端、手裏剣が飛んできて、銀次の左の太ももに刺さった。
「借りを返しに来た」。
姿を見せたのは、綱五郎だった。

銀次に腕を切られた後、綱五郎の右腕は不自由になった。
綱五郎は銀次をずっと追っていた。
そして、久兵衛に雇われたのだ。

自分の右腕が不自由になったのだから、銀次の自慢の足もつかえねえようにしてやると綱五郎は言った。
銀次は言った。
声には自嘲の響きがあった。
「だがな、綱五郎。首をほしがられる大親分の忠治も所詮、磔台の露。ヤクザ者の末路は似たり寄ったりよ。おめえもせいぜ、堅気の人間に騙されないようにしな」。

すると突然、おしずが銀次の前に出た。
忠治の首を盗んだのだから、銀次も凶状持ち。
役人に密告などするはずがない。

「殺すことは、ないじゃありませんか!」
「お嬢様、それでは手はずが違います」と、久兵衛が叫ぶ。
だが綱五郎は「どけ、俺は金勘定を抜きにしても、銀次を生かしてはおけねえんだ!」と引かない。

おしずは「銀次さんの真心に、私は借りがあります。私を代わりに!」と叫んだ。
「最後の最後まで、人を騙したおめえさんが…」。
銀次がつぶやく。

「やめてください!」
叫んだ久兵衛が綱五郎に斬られる。
おしずが、支える。

それにはかまわず、綱五郎は「忠治の首はこの浪人崩れにとっては出世の手づるだ」と言う。
国定忠治を回向したとあっては、上州だって信州だって自分への扱いが違うだろう。
「初めから、ど素人に手渡す気なんかなかったのよ!」

綱五郎は「だてには鍛えてねえ日本差しだ。首を奪う前に死んでもらう」と言って、銀次に斬りかかる。
太ももに傷を負っている銀次は、足がうまく使えない。
綱五郎が銀次を追い詰めるが、銀次は刀を何とか受け止めて交わす。

銀次が倒れこむ。
だが一瞬早く、銀次の長ドスが綱五郎を貫いていた。
斬りかかろうとする綱五郎を斬り、なおもかかってこようとする綱五郎を刺す。

忠治の首を持ち、銀次が言う。
「おしずさん、忠治を手厚く葬るために龍舞の銀次という渡世人が、こんな無駄骨だ。見られたざまじゃねえ。…こりゃ、忠治とあっしの差というものでござんすかね」。
「後生です。お願いします」と言って、おしずは涙ながらにお金を差し出す。
「これで傷の養生をしてください」。

銀次は、それを後ろに、寂しそうに言った。
「人の心って奴は、金じゃ元に戻らねえものもあるんですよ」。
銀次は忠治の首を持ち、足を痛めながらふらふらと歩き出す。

おしずが叫ぶ。
「あの夜のことだけは信じて。私は銀次さんの真心に…」。
銀次の足が止まる。

そして戻ってきて、首を置く。
首は、小三郎の合羽で包まれていた。
「あっしの亡くなった身内が着ていた合羽でござんす。首と一緒に弔ってやっておくんなせい」。

それだけ言うと銀次は足を引きずり、引きずり、去っていく。
「後日、信州の北部で処刑3日後の、嘉永3年12月24日という日付が入った国定忠治の像が発見されたそうだが、その像とこの一件に関連があるかどうかは、わからない」。
「そして銀次のその後の消息については、誰も知らない」。



「頼まれると嫌とは言えねえもんで。何度騙されて裏切られたか、わからねえ。何のために長げえ間、裏街道を歩いて人の心の裏を見てきたのか…」。
銀次は、自分が騙されたために命を落とすはめになった小三郎を背負ってつぶやく。
自分のことを兄貴兄貴と慕う、見るからにちょろちょろした小三郎だが、銀次にはかわいい弟分だったに違いない。

しかしそんなことがあっても、やはり銀次はおしずのために命をかけてしまう。
あの愛想のなさの裏には、人一倍、人情に厚く、優しい顔が隠れているから…。
そんな人間が渡世を、旅をして生き延びていくには、あまり人と関わらないことが知恵なのだとわかっていても。

銀次は、天知茂さん。
おしずは、梶芽衣子さん。
納屋に来た瞬間から、ものすごく美しい。

ものすごい美人だから、彼女だけでも見る価値ありというぐらい、美しい。
その彼女の美しい、堅気の娘のけなげな思いを、銀次が放置しておけるわけもない。
いや、こうして利用する側は利用できる側を見分けるものです。

自分が死んでも、誰も泣かない。
それは綱五郎とて、同じこと。
忠治でさえ、死んでしまえば物言わぬ首。
だが忠治は違う。

死んだ後、女性が腕一本でもかまわないからとほしがる。
博徒の英雄。
百姓も手を合わせる。
死ぬ間際も大勢の人が来て慕い、死んだ後も慕われる。

そんな風に自分は、なれない。
ならないだろう。
誰も形見をほしがるどころか、泣いてもくれないだろう。

小三郎の墓は誰も顧みず、いずれはなくなってしまうだろう。
思い出す人間もいないだろう。
あれは自分の未来だ。

だったら、自分は何の腹黒さもない、けなげなこの娘の頼みを聞いてやって死んだほうが花が咲くというもの…。
銀次のそんな思いが、ひしひしとこちらに伝わってくる。
おしずに思いを寄せても、自分にはそんな資格はないと背を向ける銀次。
自分たち渡世人にはやってはいけないことが3つあるが、そのうちのひとつが堅気の娘に惚れることなのだと。

何か、ストイックで泣けてきます。
それに比べて、出てくる堅気さんが凶悪だ。
綱五郎を斬った評判を聞いたと言っていましたが、あの時点ではもう、綱五郎と通じてたんですね。

銀次に言わせると、自分も綱五郎も同じ、穢れた仕事をさせるだけの道具。
悪党でいるつもりのお前も、それに気づけ。
俺を斬ったとしても、お前もいずれ、そういう人間に騙されて殺されるんだよと銀次は言いたい。

最後の最後に信じてみようと思ったおしずに裏切られ、何もかも嫌になった銀次。
だけどおしずの銀次への思いは、実は本物だった。
銀次はこれで、救われたと思います。

最後におしずの言葉に心が動かなかったら、銀次はあのまま、忠治の首は渡さなかったでしょう。
自分と忠治の差を嘲笑いながら、銀次は去っていく。
やはりこの渡世人の行方も、誰も知らない。

でもきっと、おしずの中ではずっと生きていた。
小三郎の墓とともに、ずっと残ったと信じたい。
どこでどうなったかわからないけれど、銀次の魂の故郷をおしずが作ったと思いたい。
空しさ、切なさが胸に迫って、この話も終わりです。


右腕一本切り落とせば済むことで 「峠シリーズ2 狂女が唄う信州路」

峠シリーズの第2回は、「狂女が唄う信州路」。

信州無宿丈八は、賭場で20両稼いだ。
街道を行く丈八は、賭場の稼ぎを取り返そうとしたヤクザ者たちに襲われ、斬り合いになった。
その時、そばを通りかかった女性の気配を敵と間違えた丈八は、思わず刀を振った。
悲鳴が響き、女性が倒れた。

丈八は誤って、何の関わりもない女性の右腕を斬ってしまったのだった。
土地の親分に間に入ってもらい、丈八吉は詫びを入れた。
稼いだ20両を見舞金として家族に置いて、そして丈八は誓約書を書いた。

今後一切、長ドスは抜かない。
もし抜いた場合は、自分の右腕を切り落とす。
それで家族にも納得してもらった。
丈八はやがて、「抜かずの丈八」と呼ばれるようになった。

ある日、丈八は賭場が手入れにあったため、牢に入れられる。
牢は、仙太郎という一番役から数えた上下関係が支配する世界だった。
そこで丈八は全くの無抵抗で、痛めつけられながらも耐え続ける。
丈八と同じ、信州無宿だというだけで、佐助という男は狂い死にさせられる。

そんな中、「作造り」が行われる。
「作造り」とは牢内の人数が多くなって、許容範囲を超えるとなる時にやる、人減らし。
それは標的になる男の顔に濡れ雑巾をかぶせて、押さえつけ、窒息死させることだった。

当然、仙太郎は丈八を選ぶはずだったが、作造りされたのは仙太郎であった。
仙太郎の遺体が運ばれていく。
やがて丈八は、90日して牢を出た。
そして牢で知り合った渡世人だった老人・吉兵衛とともに、娘を探して旅をする。


ここから先は、ネタバレです。



しかし、かたぎである扇屋に嫁いだ娘・お京はヤクザ者の友蔵と手下2人に手篭めにされ、狂ってしまっていた。
手篭めにされた翌日、お京は狂っていた。
吉兵衛は弱った体を押して、落とし前をつけようとする。

渡世の義理で、友蔵がわらじを脱いだ先の牧野一家の3人は、友蔵に助っ人することになる。
丈八は助っ人を買って出るが、吉兵衛は抜かずの丈八にドスを抜かすことはできないと言う。
街道で待ち伏せする吉兵衛の前に現れたのは、仙太郎と以下、4番手までの忠次だった。

島流しになるはずの仙太郎は牢役人たちに賄賂を贈り、死んだことにして牢を出してもらったのだ。
上級役人には30両、下級役人には10両。
そして牢内の連中には、豪勢な差し入れをすることで話をつけた。
仙太郎の遺体の引き取り人は、先に出ていた忠次だった。

かたぎの娘に手を出すとは、許せねえと言う吉兵衛だが、仙太郎たちにはなぜ吉兵衛が出てくるのかわからない。
だが、扇屋のお京の親と聞いて、納得した。
「お京の仇だ!」
ドスを抜いてかかった吉兵衛だが、衰えた体ではかなうはずもなく、斬られてしまった。

「とっつあん、とっつあん!」と駆け寄った丈八が、横たわった吉兵衛の手からドスをとろうとする。
「いけねえ、いけねえよ。どんなことがあっても、抜き身を持たねえと誓った誓いは、どうするんでえ」。
「あっしが右腕一本、切り落とせば済むことでござんす」。

「ばかなこと言っちゃいけねえ!」
「あっしの血が熱くなったのは、これが最初で最後なんでござんす」。
そう言うと、丈八は長ドスを手にした。
「抜かずの丈八が、抜きやがったな!」

仙太郎たちがひるむ。
丈八は「牧野のお身内に申し上げます。この揉め事に限り、抜かずの丈八の名を返上いたして、ご覧の通り抜き身の長ドスでお相手いたしやす。お命を粗末になさらねえよう、無用な助っ人とはどうか手控えておくんなまし」と言った。
そして忠次に、「おめえにはずいぶん痛てえ目にあわされたっけなあ、4番役」と向き直った。

丈八が振り下ろした刀で、一刀の元に忠次が斬られる。
続いて倒れこんだ忠次の背中を、ぐさりと刺す。
丈八は追ってくるもう1人も、斬り捨てる。

仙太郎に向き直ると、「一番役。佐助って男を忘れちゃいねえだろうな。この丈八と同じ、信州無宿と言うだけで狂い死にさせた佐助だよ。その佐助と、とっつあんの仇を討たせてもらうぜ」と言った。
恐怖した仙太郎は、刀を振り回した。
だが丈八はその刃を飛び上がって避けると、ひらりと上に逃れた。

竹をつかむと、竹が仙太郎に向かってしなる。
丈八は竹の上から飛び降り様、仙太郎を斬った。
仙太郎が息絶える。

丈八は、吉兵衛に近づくと、その目を閉じてやる。
そして童女のように唄っているお京に、とっつあんがかつて牢で丈八に診せたお守り袋を渡してやる。
丈八を見て、きょとんとしていたお京が、にこりと笑う。
それを見て、丈八もかすかに微笑む。

扇屋の主人がやってきて、「お京のために見ず知らずのあなたさまが、ありがとうございました」と頭を下げた。
「あっしはただ…」。
「存じております」。

扇屋は吉兵衛が、お京の父親だと言うことも気づいていた。
なんて、うかつだったのだろう。
息を引き取る前にせめて一言…、と扇屋は涙した。

「とっつあんの弔いを、どうぞよろしくお願いします」。
丈蜂が言うと、扇屋も「及ばずながら、何とか手を尽くして、お京を元の体に」と言った。
少し離れた野原で、お京は子供のように歌いながらはねていた。

丈八が旅立とうとするのを見て、扇屋が「あの、これからどちらへ」と声をかける。
「塩尻から松本道を。岡田宿まで参ります」。
「この右腕を切り落とさなければ、ならねえんで」。

呆然としている扇屋を置いて、丈八は街道を行く。
「天保10年の晩秋。まだ年若い渡世人が、1人の百姓女のために信州、岡田宿のの農家の庭先で自らに右腕を切り落とした話は、長く里人の間に語り伝えられた」。
「だがその人物の、その後の消息については誰も知らない」。



丈八は、川津祐介さんです。
牢の中で強いはずの丈八は、下種な奴らの暴力に耐えます。
この辺りは昔ながらの我慢して我慢して、ついに殴りこむの展開ですが、それにしてもひどい。
「地獄は牢屋に限るめえ」って言ったって、ここの牢屋は無法地帯です。

だから牢に入りたくない、悪いことはしない、という効果があるにしても、お役人もこれを放置ではダメダメすぎです。
そんな丈八が決して自分のためには抜かず、人のためにドスを抜くというところが泣けます。
前半の牢での、ひどい無法ぶり。
ひどいシーンですが、だからこそ、これでも自分のためには抜かなかった丈八が、吉五郎とお京のためにはドスを抜くことで熱い思いが伝わってきます。

「男は強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている価値がない」という言葉がありますが、それを地で行ってます。
無法を打ち破る強い力を持っていながら、それは優しさから来る怒りでしか振るわない。
これが「峠シリーズ」で描かれる渡世人というもの。
しかしさすが笹沢氏はそれだけではなく、最後に仙太郎が生きていたというどんでん返しを用意してました。

時代劇は全体的にそうなのですが、渡世人もの、ヤクザ映画っていうのは、特にこういう面が強いですね。
ヤクザ映画が嫌いという人が、「ヤクザなんて男が徒党を組んでる映画なんて嫌い」って言いました。
でもこういうのを見ると、この手の映画が好きな人がいるのも、わかるんです。

「木枯し紋次郎」も「峠シリーズ」も、残酷な話があります。
それを言うなら、「子連れ狼」も残酷な展開があります。
しかし無意味に残酷にして人の心に残そうとするのではなく、その残酷な運命の中で必死に生きる人、助ける人を描くからこそ心に残るのでしょう。

こんな時代劇が今はもう作れない、放送できないとしたら、残念です。
無法を演じる悪役さんたちは、本当に偉い。
垂水悟郎さん、小林勝彦さん、市村昌治さん、鶴田忍さんもご出演。

虎の威を借るキツネ状態の四番役の表情なんか、見事に卑劣さを出してくれてます。
これを見て、やっぱり悪役さんがいかに嫌な奴をうまく演じるかが、主人公をかっこよく見せる要になると思いました。
吉兵衛は、花沢徳衛さん。

最後に丈八が右腕を切り落としたことが伝えられ、その後は誰も知らないと語られます。
第1回の長次郎と同じです。
「文書にある人物の、その後の消息については誰も知らない」。
これが突き放したような無情さと、見ているこちらに想像の余地を与えて、この話も終わりです。