英雄と悪魔 「アメリカン・スナイパー」

「人間は生きているうちに、殺したいほど憎い奴に出会うことがある。だが普通の人は殺さない殺せない」。

「こいつにも親がいる惚れた男か女かいる。そう思うとそいつが人間に見えて、だから人間は人間を殺さない!そして殺せない」。

「だがこいつは違う!こいつは憎くもない人を弱い人を選んで刺し殺した。なぜそんな事ができたか!それはこいつが人間じゃないからだ!」

「おめえもしっかり踏みとどまって戦え、人間なら!」

NHKのドラマ「リミット 刑事の現場」で、通り魔に対しての主人公の言葉です。
いわば「人間の証明」。
「怪物」ではなく、「人間」であることの証明。

しかしこの論理が通らない世界がある。
それが戦場だ。
戦争だ。

敵であるだけ。
何の恨みも関係もない相手を、殺す。
クリント・イーストウッド監督。
「アメリカン・スナイパー」。

狙撃手・クリスが護衛を1人つけ、部隊を援護している。
部隊に対して攻撃する者を見つけ、狙撃し、仲間が犠牲になることを阻止する。
この時、クリスの標的内にいたのは、子供だった。

男が倒れている。
その男の傍らに、ロケットランチャーが落ちている。
子供が近づく。

クリスがつぶやく。
「拾うな」。
だが子供は、ランチャーを手に取る。

「拾うんじゃない」。
子供はランチャーのベルトを、肩にかける。
クリスは子供に狙いを定めながら、つぶやく。
「捨てるんだ」。

子供でも、武器があれば大量の仲間を殺せる。
それはもう、立派な戦士なのだ。
仲間を守るためには、これを倒さなければならない。
犠牲は押さえなければならない。

「拾うな、クソガキ」。
そう言いながら、クリスは子供に狙いを定める…。
子供はランチャーを市街地に向ける…。

クリスは父親から言われた。
人間には3つの種類がいる。
羊と狼と、番犬だ。
お前は番犬になれ。

弱い者、羊。
ならず者、狼。
弱いものをならず者から守る者、番犬。

だからクリスは、海兵隊に入隊した。
そして今、クリスは子供を標的に捉えている。
クリスの指が、撃鉄にかかった…。


今、すぐにはレビューができない。
それほど、この作品は衝撃的だった。
彼は仲間からは「英雄」と称えられた。
敵からは「悪魔」と憎まれた。

クリント・イーストウッド監督の戦争を語る目は、いつも公平だと思う。
硫黄島の激戦を、日米双方の視点から描いたことでもわかる。
「父親たちの星条旗」で、アメリカ側から。
「硫黄島の手紙」で、日本側から。

この作品もなかなか、レビューが書けない。
イーストウッドは、答えをこちらにゆだねる。
答えは、ひとつではない。

そのイーストウッドが、伝説の狙撃手を描いた。
ただの反戦映画でも、アメリカ賛美映画でもないと思う。
イーストウッドの描く正義も、ひとつではない。


スポンサーサイト

壁一枚、外は地獄 「Uボート」

終戦70年。
日本だけじゃなくて、ドイツだって70年。
ヒトラー、ナチスとして悪役に描かれることが多いドイツだって、あの戦争で兵士たちは相当につらかったと思わせる。

1941年。
ドイツ占領下のフランス。
ラ・ロシェル軍港。

イギリスの糧道を立つためにヒトラーが期待をかけた潜水艦隊は次々大西洋に出て行く。
だが敵も護送船団を強化している。
ドイツ潜水艦乗組員4万人。
そのうち、3万人が帰ってこなかった。

薄暗い、青い画面。
ゴボゴボという音。
うっすらと現れる巨大な影は、ドイツの潜水艦U-96。
潜水艦の映画は傑作が多いと言われますが、おそらくこれはその中でも最高峰でしょう。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
人一人がやっと立てるというような、厨房。
通路。

フランス娘を恋人に持つ乗組員がいる。
彼女のお腹には、自分の子供がいる。
そんなこと、レジスタンスに知られたら、彼女はただではすまない。

チャーチルの悪口ばかりを流しているラジオを聴いた艦長は、その老いぼれにドイツが追い詰められていると言う。
だって、味方の飛行機はどこにいるんだ?
ゲーリングは恥を知らないのか。

艦長は、英語の歌を歌うことを許可する。
いいじゃん、歌ぐらい。
「ナチスドイツの軍隊の兵士」じゃない。

みんな、人間だと感じる。
こういう人間たちが描かれ、一人一人に感情移入する。
その上で極限状況のドラマが描かれる。

敵の輸送船を見つけて、魚雷を発射。
2艘を撃沈。
しかし敵も追ってくる。

響くソナーの音。
上を通過する船のスクリューの音。
沈むにしたがって、ギシ、ギシと軋む船の音。

息を潜める。
すべてが終わるのを、じっと息を潜めて待つ。
まだ、まだ追ってくる。

潜航しろ。
メモリが150、160と進む。
船が軋んでいく。
水が浸水してくる。

ボルトがはじけ飛ぶ。
耐えるのか。
潜水艦はこれ以上の潜航に、耐えられるのか。

そこに突如、炸裂する爆雷。
潜水艦が揺れる。
水が入ってくる。

どこだってそうなのかもしれないけど、潜水艦で何名救出ということはないんだとわかった。
ダメな時はもう、全員。
全員ダメなんだ。
だって外は水圧がすさまじい、水しかないんだから…。

狭い、人がすれ違う時は、片方の人間は壁にへばりつかなくてはいけないほど狭い通路。
そこを乗組員たちが走っていく。
走らずにはいられなくなる状況。

U-96は狭い、幅11キロしかないジブラルタル海峡をU-96は通らなければならなくなる。
イギリスの修理港があり、駆逐艦もウヨウヨいる海峡だ。
とにかく、敵だらけ。

見つからないわけがない。
通れないに決まっている。
やはり、U-96は見つかり、爆雷をくらう。

あちこちがやられ、U-96は海底に沈んでいく。
200、210、水深計のメモリがどんどん進んでいく。
でも艦は止まらない。

メモリがない。
だが針は進む。
水深280メートル。

もう、深度計のメモリはないほどの海底。
よくも艦が耐えたものだと、感嘆する艦長。
艦長は「神が海底に置いてくださった」と言うが、それは強がりでしかない。

浮上するには、何もかもが故障している。
エンジンも、バッテリーも。
全員、酸素ボンベから空気を吸う。

そして横になる。
じわじわと、真綿で首を絞められるなんてもんじゃない。
極限状況。

その状況で、人間の精神がどうなるか。
乗組員の表情に恐怖と、狂気が浮かんでくる。
空気の音、しゅーっ、しゅーっ…。

15時間が経過。
艦長が同行した報道部の少尉であり、記者であるヴェルナーに艦長はすまないと言う。
15時間たった。

だが直らない。
すまない…。
しかし、U-96の機関長はじめ、機関兵たちは優秀だった。

ヴェルナーに、自分の故郷は今頃、雪だと言った機関長。
妻と一緒の写真があった。
出撃前夜、妻は出産のために入院した。
これが彼にとっても、最後の航海だった。

直った!と、機関長が報告に来る。
すべて直った!
そして空気を吐き出し、推進力として浮上する。
チャンスは1度だけだ。

浮上したら、全速力で逃げる。
ディーゼルが動くことを祈る。
奇跡だ。

運と、そして乗組員隊が相当に優秀だったこと、みんなをまとめあげる艦長と下士官たちが相当に優秀だったことも奇跡だった。
完全に沈めたと思った敵は、追ってこない。
U-96は走る。

あの、バラエティー番組で流れて相当の人が知っているであろう爽快感に満ちた音楽ともに、海上を走る。
全速力で逃げる。
息苦しい極限状態の後のこの脱走劇の、何と解放的で爽快なことか。

帰還の港。
45日間の極限状況は、はつらつと港を出た若い兵士たちの容貌を一変させていた。
それでも生きて、ロシェル港にたどり着いた。

テープが投げられ、迎えの人たちが笑っている。
負傷した航海長に、「太陽の光が拝めるぞ」と声がかけられる。
その時。

鳴り響く空襲警報。
やってくる敵機の編隊。
空襲が始まった時、ゲエッ?!と言ってしまった。
見る見るうちに、港は空襲の阿鼻叫喚の場と化した。

その時間、3分ほどだったと思う。
もうもうと立ち込める煙。
燃え上がる炎。

負傷したヴェルナー少尉が、フラフラと出て来る。
ヴェルナーのポケットに、何かある。
彼がポケットから出して見たのは、機関長の故郷の雪の風景と、そこにいる妻の写真だった。

その機関長。
士官。
乗組員。
みんな、みんな死んでいる。

そして…。
U-96が沈んでいく。
やっと浮かび上がって帰還したUボートが、沈んでいく。

頭がもう、少ししか水面に出ていない。
それをジッと、艦長が見ている。
食い入るように見ている。

なめらかにU-96は沈む。
Uボートが沈みきった時、艦長が崩れるように倒れた。
ヴェルナーが、よろよろと近づく。

艦長は横倒しになったまま、動かない。
画面が暗くなる。
タイトル。

お、終わった。
思わず、そうつぶやいてしまった。
このラストのあっけない破壊劇に、私は言葉を失いました。

戦争映画として最高峰なら、後味の悪さも最高峰。
無事帰還して終わりでも、構わなかったぐらいの映画。
でも「後味悪くすれば、印象に残るよね!」なんて安易な考えで、壊滅を見せたんじゃない。

このラストをつけたことで、この映画はものすごいメッセージ性を持ったと思う。
戦争が、どれだけ空しいことなのか。
その前で人間が、どれだけ儚い存在なのか。

戦勝国となった国で戦争状態となった国はあるが、日本とドイツは戦後70年、一度も戦争をしていないとこの前、話している人がいました。
…やらない。
やらないよ、そりゃ。
こんなの見たら、それはもう、やらないよ!

そう言いたくなるラスト。
戦争映画とか、アクション映画、サスペンスドラマもそうですが、これらの中では人が極限状況、危機に置かれる。
その状況で人間は、生き延びようとする。
この時、ドラマが生まれる。

だから戦争映画、アクション映画、サスペンスドラマは人の命と言うものが掛かっているにも関わらず、作られ続ける。
しかし戦争映画には、そのドラマにもう一つの状況が生まれる。
同じ、必死に生きている人間なのにお互いを生きるために殺しあわなければいけないということ。

この映画でも、もうとっくに人を避難させたと思って、船にとどめの魚雷を撃ち込むシーンがある。
ところが、乗組員はまだ避難していなかった。
「なぜだ!」と怒る艦長。

海に落ちた人たちが、こちらに向かって泳いでくる。
だが助けることは出来ない。
U-96は後ずさりするように、後進して行く。
みんな、苦しい。

「ナチスドイツ」兵なんかいない。
みんな、みんな、人間だった。
必死に生きようとした人間。
お互い生きたいのに、殺しあわなくてはいけない人間だった。

そして、やっと生き延びたと思った人たちが、あっさりと死んでしまう。
戦争映画には、こういう理不尽さと空しさが加わる。
加えてもわざとらしくならない。

戦争映画っていうのは妙な思想を感じさせたりするより、淡々とこの状況を描けばいいんじゃないかと思う。
妙にイデオロギー入れれば、反発を呼ぶだけ。
そして「Uボート」とかこの前の「英霊たちの応援歌」とか、そういうことを描いている映画を戦争賛美なんて言うのはおかしい…。

私はどういう経緯で誰と行ったのかはまったく忘れてしまいましたが、この「Uボート」は劇場で見ました。
そして当時、「船を『床板一枚、下は地獄』というが、潜水艦はまさにこれだと思わせる映画」と言われていたと記憶しています。
とても、とても息苦しい映画。

肉体的に狭い空間で、窮屈。
精神的に追い詰められて。
そして物理的に空気が足りなくて。
いろんな意味で、窮屈さを感じる映画。

自由がないなんていうのは、甘いぐらいの緊迫。
やはり当時、「『浮上できなかった潜水艦の、戸棚や引き出しは全部開いているらしい。乗組員が空気を求めて、すべての空間を開く』こんな話を嫌でも思い浮かべる映画」と言われていました。
閉所恐怖症の友人が、こういうのが一番怖いと言っていた気がする。

私も思った。
潜水艦には乗りたくない!
だから観光で、潜水艦に乗ろうと言われた時も断った。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
狭くて、おそらく熱気がこもっていて、臭気もこもっていて不快な空間。
観光の潜水艦はそんなんじゃないのは、わかる。

ネス湖の潜水艦は乗りたい気持ちもなくはないが、やっぱり嫌だ。
緒形拳さんが、しんかい2000に乗り込んで深海に行ったのを見たことがある。
この時、緒形さんは何か覚悟をしているのかなと思いました。

…こんなこと覚えているから、他のことは忘れちゃったのか。
だけどこの映画は忘れられない。
忘れられない映画。


おーい、水島!一緒に日本に帰ろう 「ビルマの竪琴」

「ビルマの竪琴」。
私が見たのは、1985年版です。
この年、日航ジャンボ機墜落事故がありました。

「ビルマの竪琴」は、この映画の前に学校で読みました。
児童小説だったと記憶しています。
ただ、まったくの童話ではなくて、実在の人物をモデルにして書いています。
確か、このモデルとなった方が亡くなった時に、ニュースになったと思います。

映画では、中井貴一さんがビルマに僧侶として残る水島上等兵を演じました。
水島の隊の隊長で、音楽学校出身の井上隊長は石坂浩二さん。
これがもう、2人ともピッタリなんです。

知性的で、インテリで、歌を歌って隊をまとめる井上隊長。
故郷を遠く離れた国の、つらい行軍でみんなで歌う日本の歌はどれほど心に沁みることか。
みんなをまとめることか。
力を与えることか。

ある日、疲れきった井上隊は、交戦国ではないタイの国境に近い村で休息を取る。
しかし世話になった村で、敵軍のイギリス兵たちに取り囲まれる。
住民を巻き添えにしないよう、彼らを裏口から逃がす。

井上隊長は兵士たちに「歌え!」と言う。
とまどい、怖れる兵士たちに、戦闘準備を整えながら自ら力強く歌いだす。
続いて兵士たちも歌い始める。

次には、広場に置かれている弾薬を取りに行く。
あれに弾丸が一発でも当たれば、大爆発を起こす。
兵士たちは酒に酔った振りをして、表に笑いながら出て行く。

パッと弾薬を積んだ車に飛びつく。
水島がその上に乗る。
決死の覚悟で、竪琴を弾き始める。

一発でも当たれば…。
俺たち、みんな粉々だ。
なんまいだぶ、なんまいだぶ。
囁く兵士もいる。

無事、弾薬を取りに行き、兵士たちは家に入る。
井上隊長が、サーベルを抜く。
その表情は、あの温厚なインテリ青年ではない。
厳しい表情の軍人がそこにいる。

サーベルを抜き、いざ…!と息を呑んだ時。
今まで歌っていた、「埴生の宿」が表から聞こえてくる。
なんだ、お仲間か…と笑った兵士がいたが、違う。
英語だ。

イギリス兵たちが、歌っている。
同じ歌だ。
英語だが、同じ歌。
彼らの表情もまた、兵士として戦場に行く前の自分を思い出していることが伺える。

井上隊も、同じ歌を歌いだす。
水島が竪琴を弾く。
一瞬、外が静まる。
だが次には英語と日本語の曲の、合唱となった。

井上隊は投降し、捕虜となった。
3日前に、停戦となっていた。
無駄な戦闘、無駄な犠牲者は双方出したくなかった。
井上隊の歌は、たくさんの命を救うことになったのだった。

日本は負けた。
この上は生きて全員で日本に帰ろう。
そして今度は、焦土と化したらしい日本を立て直すために働こう。

インテリらしい井上隊長の決意。
しかしまだ抵抗を続ける隊がある。
三角山のその隊を説得する役目が、井上隊に下る。
だが井上隊長は、戦死するかもしれない任務には就けない。

隊長がいなければ捕虜たちを英語で意思の疎通が難しくなるし、捕虜をまとめる人間もいなくなるからだった。
そこで隊長は、その役目を水島に頼む。
軍曹は自分ではないのかと言うが、三角山の兵士たちは気が立っている。
気性の荒い軍曹では、衝突こそすれ、説得は無理だと思われたからだった。

ところが水島の説得は、拒絶される。
やってきた水島の、日本が負けたという情報に動揺する者はいた。
だがこの時、兵士たちはちらりと隊長の顔を見る。

この隊長は、菅原文太さん。
隊長が玉砕だと言うのだから、自分たちはそれを鼓舞するような発現しか出来ない。
内心では、「本当ならやめたい…」と思っていても。

結局、時間切れとなり、イギリス軍の攻撃は再開される。
三角山の隊は全滅。
傷を負ってたった一人、ムドンの捕虜収容所まで水島は歩いて向かおうとする。
気を失った水島を助けたのは、ビルマの僧侶だった。

水島はこの僧侶の衣を盗み、腕輪をつけてムドンに向かう。
僧侶の衣を身にまとっていれば、食に困ることはなかった。
必ず、住民が拝みながら、食料を差し出した。

ムドンへの道の途中で、水島が目にしたものは鳥が全滅した日本兵の屍をついばむ光景だった。
見ていられなかった水島は、兵士たちを埋葬する。
しかし次には海岸線におびただしい数の屍があった。
たまらなくなった水島は、走り出した。

そしてムドンに到着。
近くの僧院に泊まることができた。
その時、僧侶たちが水島を仏に近い席に案内し、「そのような腕輪をする徳の高い僧侶には初めて会った」と言う。
水島が世話になった僧侶は、かなりの高僧であることがわかる。

明日は捕虜収容所で合流、と思っていた水島だった。
収容所の近くに、竪琴を弾いて、イギリス兵からお金をもらおうとしていた幼い少年がいた。
水島が弾く竪琴のうまさに、少年はそれが弾ければお金がもっともらえると言う。
少年に竪琴を教えていると、近くの病院から看護士たちが牧師とともに出て来る。

イギリス兵を埋葬するのだと少年が教える。
その時、水島の目はある墓標にひきつけられた。
「日本無名戦士の墓」。
この言葉は、水島の胸を貫いた。

無名戦士。
無名戦士…。
立派に埋葬してもらえる、イギリス兵。
水島が見てきた骸。

野ざらしになり、葬るものはいない。
水島は、仲間を前にして元来た道を戻っていく。
この時の水島の心情は、良くわかりました。

水島が戦死したと聞いた井上隊長は、非常に後悔していた。
そして、水島の生還を願っていた。
来た道を戻る水島は、捕虜として使役を果たしている井上隊が戻ってくるところに出くわす。

あの僧侶、水島に似ていないか…?
兵士たちは、すれ違う時、水島?と呼びかけてみた。
だが反応がない。
水島は、ビルマ人の格好をしてビルマ語を話すと、まるでビルマ人に見えたのだが。

戻った水島は、野ざらしになった骸を埋葬し始める。
興味深い顔で見ていた現地の人もやがて、水島を手伝い始める。
そしてある日、水島は埋葬のために掘った穴で、何か光るものを見つける。

ルビーだ。
現地の人は、不思議だと言った。
この辺りでルビーが採れることはないのに。
死んだ人の魂だ。

水島はルビーを握り締めた。
井上隊は、道を整備したために、イギリス兵の慰霊に参加することになった。
その時、僧侶たちの最後尾に水島そっくりの僧侶がいることに気づいた。
しかもその僧侶は、日本式の遺骨を持っていた。

井上隊長は、納骨堂にその僧侶が持っていた遺骨の箱があることに気づく。
そっと箱の中を開けてみると、中には輝くルビーがあった。
隊長は確信した。
あれは水島だ。

そして、水島はもう、隊には戻って来ない。
一体、水島は何を見たのだろう。
どんな経験をしたのだろう。
隊長は涙ぐむ。

やがて、隊に帰国許可が下りた。
沸き立つ兵士たち。
だが水島がいない。

あの僧侶。
もしあの僧侶が水島なら、収容所の鉄格子の前で歌えば出て来るのではないか。
そう思った隊員たちは、声がかれるまで歌い続ける。

あと3日しかない。
「日本ばあさん」と呼ばれている、収容所に来る物売りのおばあさんに言葉を教え込んだオウムを託す。
オウムは「おうい、水島。一緒に日本に帰ろう」と喋る。

帰国の日の朝。
あの、僧侶が来ている!
隊員たちは外に出る。

僧侶は無言だった。
だから隊員たちは歌い始める。
埴生の宿。

たまらなくなった水島は、傍らにいる少年の竪琴を弾き始める。
水島だ!
隊員たちは沸き立った。

良く帰ってきたな!
早くこっちへ来い!
だが、水島は動かない。
一体どうしたっていうんだ!

水島は、竪琴で「仰げば尊し」を弾いた。
今こそ、別れめ。
いざ、さらば…。
そして、朝もやの中、消えていった。

不可解な気持ちの隊員たちに、日本ばあさんが餞別を渡す。
ばあさんは、オウムも持ってきた。
いらだった軍曹は、そんなオウム要らないと言うが、これは違うオウム。
僧侶に渡したオウムの、兄さん鳥。

すると、そのオウムが喋りだす。
「僕は、日本に帰るわけには、いかない」。
この、人がいつも言う言葉を覚えるという、オウムの使い方もうまい。
ばあさんは、隊長に僧侶からと言って手紙も渡した。

帰りの船の中、隊長は手紙を読んだ。
そこには、水島がどれほど、仲間に会いたいか。
日本に帰りたいか。
復興のために働きたいかが、書かれていた。

だが、そうすることはできないことも。
自分は名もなく、異国で果てていった兵士たちを埋葬して回りたい。
その魂を慰めたい。
この仕事が終わったと感じたら、日本に帰れるかもしれない。

あるいは、この地で自分は一生を終えるかもしれない。
だがどうしても、日本に帰りたい気持ちに勝てなくなった時は、僧侶の禁を破って竪琴を弾きます。
手紙には、そう書かれていた。
みんな、泣いた。

そして、時がたち、みんなは帰国する故郷のこと、故郷でやりたいことを話し始めた。
小林はそっと、傍らの岡田に水島は本当にもう、日本に帰らないのだろうかと聞いてみた。
この小林上等兵は、渡辺篤史さん。
岡田上等兵は、小林捻持さん。

小林の言葉に、岡田は何だ、小林、水島には冷淡だったくせにと言った。
確かにそうだ。
今まで自分は、水島のことを考えたことはあまりなかった。

この話を知った今でも、水島のことを考えていたわけでもない。
ただ、水島の家の人はあの手紙を見て、どうするだろう。
隊長がきっと、うまく言ってくれるんだろうななどと、変なことばかり考えていた。

水島だった僧侶は、1人、ビルマの赤い土の上を裸足で歩く。
ビルマの土はあかい。
水島は、ビルマのその赤い土の中、歩いていった。

日本ばあさん役の北林谷栄さんが、また、見事。
それと、ビルマの高僧がすばらしい。
水島がおそらく、自分の衣と腕輪を盗っていくこともわかっていての沐浴。

日本兵の格好のまま、長い道のりはつらかろうと思ったのでしょうか。
おそらく、食うこともままならず、行き倒れるであることも。
悟り方、水島にかける情け。
さすが、高僧。

川谷拓三さんが、軍曹。
気が荒くて、でも決して嫌な軍曹ではない。
川谷さんも、菅原さんも、北林さんも、監督も、関係者の方々がなくなられていることが時の流れとはいえ、寂しい。

ビルマの描写、僧侶の戒律。
おそらく、日本人がハリウッド映画で描かれた日本や日本人を見て、違う!と思うことと同じようなことがこの映画にもあると思います。
歌で敵味方が殺しあわずにすむとか、そんな甘いことはないと言う指摘もごもっとも。
お互い、仲間を殺され、自分も殺されそうになっているんですから。

インパール作戦。
白骨街道。
自分の親戚の1人も、ビルマでとても若くしてなくなっています。

市川監督も、この原作者も戦争を知っている世代。
戦争が、戦場がどういうものか。
いかに悲惨か。
どれほど、人から人間性を奪うものか。

知っているからこそ、歌で殺し合いをしなくてすむ。
同じ人間であることが確認できる。
こういうファンタジーが作りたかったのでは。

国同士が争い、民族が違っても、通じるものはあるんじゃないか。
お互いの人間性を蘇らせるものは、あるんじゃないか。
音楽は、人類共通の言語なんじゃないか。

そんなファンタジーが、作りたかったのでは。
甘いと言われようとも、ベタな作りでも良い。
最後の「仰げば尊し」で、泣けてしまうベタな人間は思う。

うまく出来てる映画だと思う。
みんな、うまく演じてると思う。
実際の戦争は陰惨で、救いがないからこそ、こんな優しい戦争映画があっても良い。
そんなことを思った映画です。


人間を研究した悪魔 「ヒットラー」

戦争映画続き。
日曜に見たのは「ヒットラー」。
無名のヒトラーが、演説のうまさを武器に権力を掌握するまでが描かれています。

2003年アメリカ・カナダ製作。
2部門で、エミー賞獲得しています。
エミー賞には、作品賞でノミネートもされています。


ヒトラーは若い頃は、路上生活をするほど貧しかった。
絵は売れず、次第にユダヤ人が資本家として労働者から搾取しているとユダヤ人への憎悪を募らせて行く。
ミュンヘンのビアホールでの演説が注目されたヒトラーは、やがて労働党の目に止まる。

最初は、おどおど演説していたヒトラーだが、自信をつけてくる。
この時の表情の変化!
自分の才を見つけた、自分の売りに気付いた人間の輝きです。

ビアホールは、この前、池上彰氏の番組で見たビアホールです。
ナチス本部、総統官邸。
今の市庁舎だと紹介されていた建物。

人を集めることができるヒトラーは、労働党の中で重用されるようになる。
ヒトラーが自己中心的、過激で狂っていると感じる者はいるが、ヒトラーは人を熱狂させる演説力で地位を確保。
すると、今度は策謀で敵対者を駆逐していく。

第一次世界大戦で、敗戦したドイツ。
多額の賠償金。
ベルサイユ条約は、ドイツに対して一方的な条約だった。
不満を抱く人々は、ヒトラーの演説に酔う。

ヒトラーは、党には何かシンボルマークが必要だと思う。
旗も必要だ。
ヒトラーは、ハーケンクロイツを描いて来る。

斬新なメディア戦略。
集団催眠状態。
ハーケンクロイツが広場いっぱいになっていく。
歴史を知る人には、戦慄そのものです。

ヒトラーのことを、あれは悪魔だと言ったジャーナリストのフリッツ。
人に化け、人の悪意と憎悪を利用して破滅させる悪魔。
あの悪魔、ヒトラーは、実に巧みに人を操る。
さぞかし、人の研究をしたことだろうな、と。

いや、ヒトラーは人間。
怯えもする、弱さもある人間。
だから怖い。

大統領ヒンデンブルグはヒトラーに政権を奪われたらドイツは大変なことになると思い、ヒトラーを抑えようとする。
党に分裂工作を仕掛けたり、ヒトラーを裏切らせようとする。
しかし全てはヒトラーに逆転され、逆に裏切り者はヒトラーに粛正されてしまう。
ナチス将校が似合った青い目のピーター・オトゥールが、今度はヒンデンブルグ大統領を演じる。

映画「地獄に墜ちた勇者ども」でクライマックスになった突撃隊への襲撃。
逮捕された突撃隊のヒムラー隊長。
裏切者にヒトラーは「私がどういう男か、わかっているな?」と言う。

ナチスの大行進。
ハーケンクロイツ。
ジークハイル、ジークハイル!

それを見ているヒンデンブルグ大統領。
窓を閉じ、目を閉じる。
ドイツは破滅すると言わんばかりに…。

ヒンデンブルグ大統領の死後、ヒトラーは大統領と首相を兼ねる総統となり、国家権力のすべてを掌握。
するとヒトラーは出版、報道の自由を規制すると宣言。

新聞社を首になってもヒトラーと戦うジャーナリスト・フリッツ。
家には、手紙と石が投げ込まれる。
「豚のように殺す」。

やがて、フリッツは行方不明になる。
妻に、小包が届く。
中には、血のついた夫のメガネが…。

もはや誰もヒトラーに反対できず、SSを従えたヒトラーはドイツを支配。
ユダヤ人の商店が窓を割られる。
出て行けユダヤ人!と叫ぶ人々。

夜のドイツの道路を埋め尽くすナチの行進。
掲げられたハーケンクロイツの旗。
建物にかかるハーケンクロイツの幕。

バルコニーにいるヒトラーに、ライトが当たる。
隣には宣伝大臣のゲッベルス。
右手をあげて兵士たちが敬礼する。

ジークハイルのこだま。
建物が、ドイツが、ハーケンクロイツの一色になっていく。
実際、ああだったんだろうと思う迫力です。

ドラマは、1935年で終わり。
その後のドイツは、写真とナレーションで紹介。
ボロボロになったヨーロッパ。
ズタズタに引き裂かれるドイツ。

ヨーロッパの歴史の勉強にもなる映画でした。
ロバート・カーライルが、ヒトラーを熱演。
残念なのは、英語であること。
ドイツ語だったら、さらにリアルに迫力が出たことでしょう。


『特攻隊』じゃなくて 「英霊たちの応援歌 最後の早慶戦」 

岡本喜八監督は、戦争中、出撃命令がなかったために生き残った方だそうです。
終戦は迎えられたけど、あと1週間ほど戦争終結が遅かったら出撃していたかもしれない。
仲代さんいわく、あと1週間で死んでいたかもしれないという経験は当然、一生の間、監督に付きまといます。

だからなんですね。
非常に胸に迫る映画に、なっています。
岡本監督は「戦争が悪いんだ!」「お前が悪いんだよ!」というメッセージをストレートに出さない。

そういうやり方は、照れてしまうらしい。
だからちょっと茶化したり、斜めから描く。
エンターテイメントに仕立てるから、観客には受けても、評論家の評価が低い。
そのせいで、会社からは「巨匠」という扱いを受けなかった。

ただ、運動神経がものすごく良かった。
だからアクションの描写が、優れていた。
私の大好きな本田博太郎さんは、これまた私の大好きな岸田森さんから、「岡本組」のやり方についてレクチャーを受けたそうです。

「英霊たちの応援歌」には、学生服の本田博太郎さんが今とは違う、ストレートな演技をしています。
純情、一本気な青年がピッタリで、今の本田さんしか知らない人が見たらきっと驚く。
でもこのまま年齢を重ねたら、今より役の幅は広がっていない気はします。

この映画には岸田森さんも、出ていらっしゃる。
そして、役所広司さんがチラッと出ている。
こういう、古い映画を見る楽しみも、ありました。

今は見られない俳優さんが、見られる。
また、今とは違う俳優さんの顔を、見ることができる。
当時はまだ、無名に近い俳優さんの演技が見られる。
今も活躍する女優さんの、美しい姿が見られる。


「英霊たちの応援歌」は、昭和18年から始まる。
野球に夢中な青年たちと、どんどん進み、悪くなっていく戦況が描かれる。
彼らの、今の青年とまったく変わらない悪ふざけや、子供っぽさ。

そこに「山本五十六戦死」「玉砕」という文字と、その情景が重なっていく。
雨の中の、学徒動員の壮行会。
神風特攻隊という文字が、浮かび始める。

昭和20年。
硫黄島玉砕。
東京大空襲。
沖縄にアメリカ軍上陸。

決して強制ではなかった、彼らの出陣。
「ふん、こんな状況でまだ野球なんかしやがって!」
「何だと?見ろ、俺、志願したぞ!お前は!」
ぐっ。

まるで、遊びの張り合いのような口調で、怖ろしいことが決まっていく。
海軍に入隊すると、いろんな学生がいる。
顔見知りの学生もいる。

先に行った部隊の青年たちの、位牌が並ぶ部屋。
思わず息を呑む。
知っている名前がある。

彼らが書いた、銀座の商店の地図を見る。
銀座の街を思い出しながら、残った店舗を埋めていく。
ここは洋品店だった。

隣は銀座劇場だ。
「ここは、ここは何だったか?」
隣は蓄音機店。

「名前は何つったっけ?」
「銀座堂!」
「さすが慶応、銀座は詳しいのう!」

彼らの隊に、ついに出撃命令が下る。
一人一人、遺書と位牌を書く。
「銀座の地図、あと1軒、あと1軒なんだけどな」。

その1軒が思い出せない。
地図が完成しない。
空襲で、後発隊の三上少尉の母親が虫の息という知らせが入る。

「一目会ってやれ、その代わり会ったらすぐに帰って来い」。
「もし貴公が帰らぬ時は、秋山中尉に突っ込んでもらう」。
三上は母親に、一目だけ会えた。
しかし帰りの列車は途中、アメリカ軍の空襲にあって止まった。

機銃掃射もされる中、三上は列車を降りて、必死に走る。
もし自分が戻らなければ、友達が代わりに行ってしまう。
それだけは、それだけは…!
彼は走り続ける。

秋山中尉は、バッテリーを組んだ三上に、俺の妹はブスだけど一人前に膨らむところが膨らんできたと笑った。
そしてもし良かったら、妹をもらってくれと言っていた。
海軍で再会した三上は、秋山に妹はどうしたと聞いた。
3月10日の空襲で、オヤジもおふくろも、妹も、弟も、みんな逝っちまったよ。

本田少尉には、淡い思いを抱いていた恋人がいた。
大森に住んでいた。
3月10日の空襲後、彼女の家も、彼女も何もなかった。
見慣れた家の水道だけが、宙にぶら下がっていた。

彼女にもらったハンカチーフ。
奄美の特攻の基地に向かう彼らの乗る飛行機の中から、東京が見えた。
隊員たちは、息を呑む。

何もない。
東京には、何もなかった。
それを見た本田少尉は「もう、俺、吹っ切れてしまった」と言った。

でもお国のために特攻するって、何かぴんと来ない。
後発隊の本田少尉は恋人のハンカチーフを、ポケットに入れる。
このため。
俺、このためになら、突っ込める。

先に特攻する隊員たちの中に、落語研究会の学生だった正木青年がいた。
「笑点」の山田隆夫さんが、演じている。
兵士にはあまり向いていない感じだが、彼はいつも人を笑わせていた。
出撃の前の夜も、彼は落語「まんじゅうこわい」で、人を笑わせた。

機に乗る前も、振舞われたまんじゅうを口にし、「まんじゅうこわいよー」とおどけた。
みんな、笑った。
「そろそろ、お後の仕度がよろしいようで」と言う。

整列!の声が掛かる。
特攻服の青年たちが、並ぶ。
ゼロ戦に乗る。
笑って、手を振る。

基地では「草薙隊、敵艦発見!」との声が飛んでいた。
無線の前の兵士が叫ぶ。
ぴぴぴぴ、と通信の音がする。

「攻撃、開始!」
「我、空母に突入す」。
13番機、5番機、7番機、19番機!
9番、18番!

次々、あちこちの無線の前の兵士の声が飛ぶ。
15、20、11!
「全機、突入したようです」。
ピー。

どの機ももう、応答しない。
無言の無線。
ピーという音が響く。
「2番機の調幅、消えます」。

続いて5番機。
8番機。
3番機。

まだ聞こえている機がある。
「何番機だ!」
「1番機です」。
それも消える。

無言。
「…やったか」。
もう、音も鳴らない。
静まり返る部屋。


これは…、きつい。
これは、精神に来る。
こんなこと、耐えられない。


「明治大学 正木馨」と書いた位牌の前に、まんじゅうが置かれる。
「まんじゅう、こわい、か…」。
「俺はスキー部のジャンパーだからな。飛び降りるの、怖い、さ」と、後発隊の仲間が声をかける。

後発隊の出撃は、明日の朝だった。
三上はまだ、戻らない。
黒板の銀座の地図が、1軒空いていて完成しない。

「下駄屋、じゃなかったな」。
「番傘?」
「ちくしょう、思い出せない」。
後発隊の自分たちの出撃は、明日だ。

秋山中尉の家にいたお照は、秋山を追いかけてここまで来ていた。
そして、ついに女郎に身を落としていた。
行きつけの飲み屋の屋台で、お照は秋山が隣にいるのに見えない振りをして屋台のオヤジさんに語る。
「3月10日に東京に空襲があったでしょう?」

「あたし、昨日来た中尉さんの家、知ってるのよ」。
「何にもなかった。残ってたのはこれだけ。あの中尉さん、ここに寄るんじゃないかな。そうしたら…」。
「これ渡しておいて!」

お照がオヤジさんに渡したのは、弟のノートの燃え残りだった。
秋山はオヤジさんからそれを受け取ると、女郎屋に戻ったお照を追う。
お照に向かい、秋山は「俺の、嫁になってくれ!」と叫んだ。

「俺は明日、突っ込む。嫁さんになってくれ!」
「あたしは…、女中だったし、もう…、こんな体になっちまったし」。
「俺は明日、突っ込む!」

「1人じゃ、しに切れん!」
「照ちゃん、嫁さんになってくれ!」
お照は秋山に抱きつく。
抱きついて、泣く。

トラックが到着する。
隊員たちが乗り込む。
「わかった!」
「ほんとか!」

2人が突然、トラックの荷台から降りた。
部屋の黒板に走る。
1つ空いていた銀座の店の空白部分。

「スガハラレース」。
「そうだ、レース屋だ!」
「よかったなあ!」
そう言って、2人はトラックに走る。

翌朝、三上は線路の上をまだ、走っていた。
村人たちが、最敬礼でトラックを見送る。
小学校の子供たちが、手を振る。

乗り込む前、隊員は上官に一人一人、名乗っていく。
「早稲田野球部、秋山中尉」
「慶応野球部、小島少尉」

「同じく江田少尉」
「本田少尉!」
「早稲田野球部、安川少尉」
「明治野球部、久保少尉」

一人一人が教官に名乗り、挨拶をしていく。
「秋山中尉以下、13機、ただいまより出発します」。
「成功を祈る!」
見送りの人たちが、鉄条網の外に来ている。

隊員たちが、時計を合わせる。
「5秒前、3秒前!」
「かかれ!」
全員が散っていく。

機に向かって走っていく秋山に、三上が抱きついた。
「良く間に合ったな」。
約束どおり、三上が特攻する。
秋山は誘導、そして、やってくるグラマン機を一手にひきつける。

「発進!」
飛んでいく機。
ここは、本物の画像らしい。

本田少尉は、恋人のハンカチーフを首に巻きつける。
しかし、死んだと思っていた恋人は三上と同じ列車に乗っていた。
彼女は国分の基地まで、老人とともに歩いていく。

その上を、ゼロ戦が飛んでいく。
「あれは特攻隊でしょうか」。
「ああ…。気張れよ…」。

「奄美大島上空、高度2500右前方、敵戦闘機群発見!」
グラマンがやってくる。
秋山が言う。
「三上、そのまま直進しろ、グラマンは引き受けた」。

「頼むぞ秋山!」
三上が全員に対して、「俺に続け」と叫ぶ。
空から、海から雨あられのようにアメリカ軍は撃ってくる。
火を噴いて落ちる機もある。

「攻撃開始、突っ込めー!」
あああああああと叫ぶ声。
海に落ち、爆発するゼロ戦。

「いよっしゃああああ!」
ハンカチーフを首に巻いた本田少尉は、艦の上に突っ込んだ。
三上は、砲撃で目をやられた。

「秋山ああ、秋山機、目をやられた!見えない」。
「突っ込むまでサインを出してくれえ」。
秋山が言う。
「おっけー!がんばっていこう!」

「下げろ。もうちょい、下げろ。ようし、水平」。
2人は、まるで、野球のバッテリーを組んでいるように声を掛け合う。
「ようし、そのままそのまま。いいぞお」。

眼下に敵艦が見える。
「スワニー型空母だ」。
「でっけえぞう~!」

雨のように降り注いでくる弾丸。
秋山の左腕から、血が吹き飛ぶ。
「ぎゃあっ!」
弾丸が当たったのだ。

「どうした!」
三上が心配そうに声をかける。
「どんまい、どんまい」と秋山が言う。

「ファウルチップだ」。
「哲夫、外角スルーだ」。
「そう。そこだ、シュート!シュートをかけろ!」
「ありがとう、信吾お!」

そう叫んだ三上がポケットから取り出したのは、白い野球のボールだった。
「打つぞおおおーっ!」
三上の機は火を噴きながらも、スワニー型空母に突っ込み炎上した。

「ナイスボール、哲夫!ストライクアウトだー!」
秋山が、手袋を外す。
「次は俺の打順だ。待ってろ哲夫!」
秋山もまた、ボールを握り締めた。

真っ黒な、土がついて真っ黒になったボール。
「行くぞーっ!」
「うわあああああああ!」
秋山の機もまた、敵艦に衝突し、派手に炎上した。

地上では、お照が基地の柵の鉄条網を握っていた。
手からは血が流れていた。
お照は、そこから離れなかった。

昭和24年、晩夏。
終わったのだ。
戦争は、終わったのだ。
1人、生きて帰ってきた野球部の相田マネージャーが歩いてくる。

ボールがなかったら試合が出来ないと言って、つてを使って野球部顧問の飛田が集めた300のボール。
飛田は防空壕の中に、それを保管すると言った。
毎日、子供たちと草野球をしながら、飛田と飛田の犬がそれを見守ると約束した。

あの子供たちは、どうしただろう。
飛田は、走り回っていた犬は、どうしただろう。
相田は防空壕を開ける。

あの時のままの、木箱がある。
蓋を開ける。
ボールだ。
白いボールは、そのままあった。

そして、時は昭和54年。
若者たちが声援を送る中、早慶戦が進んでいく。
挟まれる、白黒の写真。

あの時は、試合で「海行かば」を歌った。
そして言った。
「大学出たら23か」。
「23で死ぬんだな、俺たち」。

白黒の写真の中に、三上がいる。
本田がいる。
落語をしている正木がいる。

笑っている。
みんな、笑っている。
普通の青年だ。

ああ、涙が止まらなかった。
音楽がまた、明るいところがたまらない。
そんなにうれしいんだ。
銀座の地図が完成できて、うれしいんだ。

思い出したあ!
良かったなあ!
ナイスシュート!
どんまい、どんまい!

普通の青年だった。
特攻隊の青年じゃない。
神風特攻隊じゃない。
自分と同じじゃないか。

2時間半、まったく時計が気にならなかった。
テレビ東京開局15周年を記念して、作られた作品。
ならばぜひ、テレビ東京でも放送して欲しい映画。

現在の野球場に「かっとばせー!」の声が、飛ぶ。
お照のその後は、どうだったのだろう。
どれほど、どれほど、野球が、スキーが、落語がしたかったことでしょうか。
生きたかったことでありましょう…。


プロフィール

ちゃーすけ

Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

本も映画も文具も、いいものはいい!

LEVEL1 FX-BLOG
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード