こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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もっと深い青色 「戦艦大和」

市川崑監督のテレビドラマ「戦艦大和」を見ました。
1990年製作のドラマですが、すごいキャストです。
映画並み。

これを見た時のことを覚えてますが、友達10人近くと花火を見た日だったと思います。
ビールとおつまみを並べて、見ていました。
ワイワイ言いながら見ていたんです。

少年兵、日系二世、学徒出陣、海兵出身者。
それぞれが事情を持ち、同じ艦に乗っている。
反発し、和解し、そして。

主人公の吉岡少尉を、中井貴一さんが演じます。
実に清廉。
年齢が行くにつれ、毒や渋さが加わって、これがまたおもしろいんですから良い俳優さんですね。
吉岡少尉と殴り合いになる保木本中尉に、今井雅之さん。

片平電測兵曹に、所ジョージさん。
吉岡と、ご飯を食べながら語ります。
「奥さん、何カ月になる」。
「8ヶ月です」。

「じゃあ出産は6月だな。初めて父親になるんだな」。
「ええ」。
「そうか」。

…。
「こうやって打ち解けて語り合うのも、これが最後だな」。
「…」。
「…」。

「…。少尉殿。私はですね、私は」。
「特攻と言われても、死ぬなんて思ってませんよ。女房と生まれる子供のところに、帰ってやらねばなりませんからね」。
「…」。

おばあちゃんが唯一の身内という少年兵・森田。
支給された品、お菓子に至るまでおばあちゃんに郵送した。
こういう登場人物たちが次々、あっさりと死んでいく。

見ている私たちは、シーンとしてしまいました。
伊東四朗さんとかが死んだときは、「ダメー!」
「あなたはそういうキャラクターじゃないでしょ!」と言う人も。

む、むごい。
フィリピン、レイテが陥落。
硫黄島も陥落。

沖縄も時間の問題だった。
もう、大和の出番がない。
連合艦隊の象徴である戦艦大和を出撃させなければ、軍のメンツが立たない。

戦闘前夜。
吉岡は臼見と話した。
その時、臼見は言ったのだ。

「日本は負ける」と。
「日本は進歩を軽んじすぎたのだ。進歩のない者は、決して勝たない」。
「敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるか」。

また、参謀長も吉岡に甲板で会った時に語った。
「人誰しもが、その立場でなしえる限りのことをするしかない」。
「今まで目指してきたそれとは、全く矛盾することに対決させられているに違いない」。

「最後に、自分たちの生まれてきた意味づけをしている」。
「そして真剣に戦った者が、次の戦いを断じて拒む」。
「もし誰かが書き残してくれるなら、俺はそう言い残すだろう」。

そして、敵機来襲。
総員配置に着け!の声。
ここからは白黒になります。

死を覚悟している伊藤聖一長官は、仲代達矢さん。
独身だと語って、吉岡少尉が意外に思うのが森下参謀長で、石坂浩二さん。
吉岡少尉の先輩、臼見大尉は川野太郎さん。
それぞれ、この出撃がただ「死んで来い」であることを知っている。

新たに編隊109機以上!
おおお、アメリカの圧倒的なこと。
大和が横倒しになって行く。
画面がカラーに戻る。

静まり返る指令室。
もう誰も指令室に返事する者がいない。
「作戦は中止だ…」。

呆然とする部下たち。
もう、沖縄までは行けない。
「私は艦に残る。みなは生き残ってくれ」。
長官がうっすらと、笑う。

森下参謀長が手を差し出そうとして、止める。
白い手袋を外す。
長官も外す。
交わす握手。

長官は、指令室を出て行く。
指令室の扉が閉まる。
参謀長は見送った後、この作戦の無謀さに怒りをあらわにする。

それでも参謀長は「機密書類を処分する。作戦室に行くぞ」と言う。
「浸水していて危険です」。
「参謀長の任務だ!」

有賀大佐・大和艦長に向かって「よりよい終わりであることを祈ろう」と言う。
「明日のために」。
そして出て行く。

艦長は最後の命令を下す。
「総員、速やかに艦を去れ」。
この間も容赦なく降り注ぐ爆弾の雨。
機銃掃射が加わる。

「俺の体を縛り付けろ」。
「艦長!」
「お供させてください」。

そう言う吉岡や乾少尉を、艦長は殴り飛ばす。
「若い者は生きろっ!出ていけ!」
そして副艦長に「さあ、早く縛ってくれ!」と言った。

艦長の体は舵に縛られた。
乾少尉が、「これ、ビスケットです」と渡す。
滑稽なようだけど、これが彼に今できる最大のこと。

「では」。
敬礼して、出て行く。
甲板に出る。

少年兵・森田が日章旗を捕ろうとする。
乾がそれを手伝う。
2人とも海に落下する。
青い海。

青く染まる日章旗。
2人の姿はもう見えない。
残酷な美しい青。
大和は、濛々たる煙と共に沈んでいく…。

戦後。
日系二世の中原の墓に、吉岡が母親と一緒に来ている。
冷たい母親だと思うでしょうと言うが、日系一世の母親たちだって大変だったのだ。

生き残った吉岡は、銀行に勤めているという。
戦後は当たり前だけど、戦争経験者が普通にお勤め先にいたんですね。
墓から見る海は、美しかった。

中原の母親が言う。
「戦争が終わって、私は日本の国も生まれ変わる思うちょります」。
吉岡が黙る。

中原の母親が言う。
「日本は、あの子が夢に見たような良い国になるんでしょうね」。
「久しぶりに見る日本の海は、澄んで綺麗ですなあ」。

海を見下ろす。
吉岡は言う。
「沖縄の海は…、もっと深い青色でした」。

最初から無理とわかっていて出撃させる、この無意味な出撃にも人は意味を見出す。
意味がない、そんなことは絶対にない。
吉岡は漂っていた時、救出されたのだと言う。

日系二世の中原は、近藤真彦さんでした。
森光子さん演じる母親が言う。
「日本は、あの子が夢に見たような良い国になるんでしょうね」。
吉岡は答えない。

「日本は進歩を軽んじすぎたのだ。進歩のない者は、決して勝たない」。
「敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるか」。
「人誰しもが、その立場でなしえる限りのことをするしかない」。
「最後に、自分たちの生まれてきた意味づけをしている」。

演技派の俳優さんたちの、この重みある言葉。
ワイワイしていた私たちが、シーンとなるようなドラマ。
本当は映画にするつもりで、撮影していたみたいですね。

だから「戦争映画」という認識に、なってしまいます。
機会があったら、見てほしいドラマです。
映画の予定だったにしても、これがテレビで見られた時代だったんだなと思います。


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誰かを助ける 「スペシャルフォース」

「スペシャルフォース」。
映画のすべてがネタバレしていますので、ご注意を。
昔、フランスには外人部隊という、フランス正規軍とは別の部隊があると聞きました。
外人、つまりフランス以外の国から志願した兵士で構成される部隊。

非常に精鋭揃いで、難しく危険な任務をこなす。
そしてこの部隊に所属する者には、強い自殺願望があるとも聞きました。
これは外人部隊ではないですが、フランスの特殊部隊の映画。

アフガニスタンのカブールで、フランス人女性ジャーナリスト・エルサがタリバンに捕らわれる。
タリバンはエルサを盾に、フランスにアフガニスタンに派兵をやめるように要求。
フランス政府の要請で、スペシャルフォースが救出に向かう。

スペシャル・フォースたちはタリバンの隠れ家を急襲、エルサを救出した。
成功したかに見えた奪還計画だが、ここから数々のアクシデントに見舞われる。
そして白人女性に異様な憎しみとこだわりを持つ、タリバンのリーダーの1人が執拗に追ってくる。
1人、また1人と倒れていくスペシャルフォース。

脅威は敵だけではなかった。
たいした装備もなく、雪山を越えていかなければならない。
倒れた仲間を背負い、歩く。
消耗していく体力。

彼らは次第に、苛立っていく。
この女性ジャーナリストは、フランスの派兵に否定的であり、軍を非難する記事を書いていた。
なぜ、こんなジャーナリストのために、命をかけなければならない?
どうして、仲間が死ななければならない?


特殊部隊を主人公にした戦争映画と思ったら、人間ドラマでした。
ジャーナリスト・エルサは、ダイアン・クルーガー。
どんな状況でも美しい顔だけは変わらない…なんてことなくて、ちゃんとお肌が荒れて、熱演しています。

無線一つ置いて来ただけで、窮地に陥っていく戦場の怖さも感じました。
助けを求めた者を拒絶しない村人たち。
その村人を容赦なく殺していくタリバンたち。

放置できなくて、戻っていくスペシャルフォースたち。
そこでまた、何人も死んでいく。
敵も味方も、罪のない人も。

何でこんな女性を助けなくてはいけないのか、と言い出す特殊部隊。
それに対しての答えは、「だって(スペシャルフォースは)最高の仕事だろ?」
「これが、任務だ」。

エルサは、タリバンが支配する社会に理不尽に扱われる女性を取材しています。
逃げるなんて、無理と言う女性に希望を与える。
幸せになる権利があると教える。
結局、彼女は殺されてしまう。

この理不尽を、残酷を、エルサは世界に知らせなければならないと思っている。
なぜ、エルサはそんな危険地域で取材しなくてはいけないのか。
どうして、フォースたちは戦わなくてはいけないのか。
エルサにはエルサの、スペシャルフォースにはスペシャルフォースの信念に基づいた仕事がある。

誰かを助けられるなら、自分は助けなければならない。
その使命感により、遂行するだけ。
立場は違うが、エルサもフォースたちもその精神は同じ。
それが通じ合った時、彼らは立場を超えて仲間になる。

ラスト、君だけでも助かれとエルサを送り出すスペシャルフォースの生き残り2人。
きっともう、自分たちは助からない。
だがエルサは基地までたどり着く。
そして、彼らを探しにヘリに乗る。

あきらめない。
場所も定かではないが、エルサは彼らを必ず連れ戻すと決心している。
ついに岩場で動けない2人を見つけ、連れ帰る。

たくさんの命と引換えに、生還を果たしたエルサ。
エルサはこれから先、スペシャルフォースを、軍隊を非難することはできるだろうか。
正義の基準は、彼女の中でどう変わるのだろう。
生還した喜びの中、そんなことも考えさせた作品でした。

予告を見た記憶がないんですが、未公開映画のようですね。
たくさん人が死んでしまいますし、スペシャルフォースにしてはアクシデント多いなと思います。
でも、人間ドラマとして、良い映画だと思います。


英雄と悪魔 「アメリカン・スナイパー」

「人間は生きているうちに、殺したいほど憎い奴に出会うことがある。だが普通の人は殺さない殺せない」。

「こいつにも親がいる惚れた男か女かいる。そう思うとそいつが人間に見えて、だから人間は人間を殺さない!そして殺せない」。

「だがこいつは違う!こいつは憎くもない人を弱い人を選んで刺し殺した。なぜそんな事ができたか!それはこいつが人間じゃないからだ!」

「おめえもしっかり踏みとどまって戦え、人間なら!」

NHKのドラマ「リミット 刑事の現場」で、通り魔に対しての主人公の言葉です。
いわば「人間の証明」。
「怪物」ではなく、「人間」であることの証明。

しかしこの論理が通らない世界がある。
それが戦場だ。
戦争だ。

敵であるだけ。
何の恨みも関係もない相手を、殺す。
クリント・イーストウッド監督。
「アメリカン・スナイパー」。

狙撃手・クリスが護衛を1人つけ、部隊を援護している。
部隊に対して攻撃する者を見つけ、狙撃し、仲間が犠牲になることを阻止する。
この時、クリスの標的内にいたのは、子供だった。

男が倒れている。
その男の傍らに、ロケットランチャーが落ちている。
子供が近づく。

クリスがつぶやく。
「拾うな」。
だが子供は、ランチャーを手に取る。

「拾うんじゃない」。
子供はランチャーのベルトを、肩にかける。
クリスは子供に狙いを定めながら、つぶやく。
「捨てるんだ」。

子供でも、武器があれば大量の仲間を殺せる。
それはもう、立派な戦士なのだ。
仲間を守るためには、これを倒さなければならない。
犠牲は押さえなければならない。

「拾うな、クソガキ」。
そう言いながら、クリスは子供に狙いを定める…。
子供はランチャーを市街地に向ける…。

クリスは父親から言われた。
人間には3つの種類がいる。
羊と狼と、番犬だ。
お前は番犬になれ。

弱い者、羊。
ならず者、狼。
弱いものをならず者から守る者、番犬。

だからクリスは、海兵隊に入隊した。
そして今、クリスは子供を標的に捉えている。
クリスの指が、撃鉄にかかった…。


今、すぐにはレビューができない。
それほど、この作品は衝撃的だった。
彼は仲間からは「英雄」と称えられた。
敵からは「悪魔」と憎まれた。

クリント・イーストウッド監督の戦争を語る目は、いつも公平だと思う。
硫黄島の激戦を、日米双方の視点から描いたことでもわかる。
「父親たちの星条旗」で、アメリカ側から。
「硫黄島の手紙」で、日本側から。

この作品もなかなか、レビューが書けない。
イーストウッドは、答えをこちらにゆだねる。
答えは、ひとつではない。

そのイーストウッドが、伝説の狙撃手を描いた。
ただの反戦映画でも、アメリカ賛美映画でもないと思う。
イーストウッドの描く正義も、ひとつではない。


壁一枚、外は地獄 「Uボート」

終戦70年。
日本だけじゃなくて、ドイツだって70年。
ヒトラー、ナチスとして悪役に描かれることが多いドイツだって、あの戦争で兵士たちは相当につらかったと思わせる。

1941年。
ドイツ占領下のフランス。
ラ・ロシェル軍港。

イギリスの糧道を立つためにヒトラーが期待をかけた潜水艦隊は次々大西洋に出て行く。
だが敵も護送船団を強化している。
ドイツ潜水艦乗組員4万人。
そのうち、3万人が帰ってこなかった。

薄暗い、青い画面。
ゴボゴボという音。
うっすらと現れる巨大な影は、ドイツの潜水艦U-96。
潜水艦の映画は傑作が多いと言われますが、おそらくこれはその中でも最高峰でしょう。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
人一人がやっと立てるというような、厨房。
通路。

フランス娘を恋人に持つ乗組員がいる。
彼女のお腹には、自分の子供がいる。
そんなこと、レジスタンスに知られたら、彼女はただではすまない。

チャーチルの悪口ばかりを流しているラジオを聴いた艦長は、その老いぼれにドイツが追い詰められていると言う。
だって、味方の飛行機はどこにいるんだ?
ゲーリングは恥を知らないのか。

艦長は、英語の歌を歌うことを許可する。
いいじゃん、歌ぐらい。
「ナチスドイツの軍隊の兵士」じゃない。

みんな、人間だと感じる。
こういう人間たちが描かれ、一人一人に感情移入する。
その上で極限状況のドラマが描かれる。

敵の輸送船を見つけて、魚雷を発射。
2艘を撃沈。
しかし敵も追ってくる。

響くソナーの音。
上を通過する船のスクリューの音。
沈むにしたがって、ギシ、ギシと軋む船の音。

息を潜める。
すべてが終わるのを、じっと息を潜めて待つ。
まだ、まだ追ってくる。

潜航しろ。
メモリが150、160と進む。
船が軋んでいく。
水が浸水してくる。

ボルトがはじけ飛ぶ。
耐えるのか。
潜水艦はこれ以上の潜航に、耐えられるのか。

そこに突如、炸裂する爆雷。
潜水艦が揺れる。
水が入ってくる。

どこだってそうなのかもしれないけど、潜水艦で何名救出ということはないんだとわかった。
ダメな時はもう、全員。
全員ダメなんだ。
だって外は水圧がすさまじい、水しかないんだから…。

狭い、人がすれ違う時は、片方の人間は壁にへばりつかなくてはいけないほど狭い通路。
そこを乗組員たちが走っていく。
走らずにはいられなくなる状況。

U-96は狭い、幅11キロしかないジブラルタル海峡をU-96は通らなければならなくなる。
イギリスの修理港があり、駆逐艦もウヨウヨいる海峡だ。
とにかく、敵だらけ。

見つからないわけがない。
通れないに決まっている。
やはり、U-96は見つかり、爆雷をくらう。

あちこちがやられ、U-96は海底に沈んでいく。
200、210、水深計のメモリがどんどん進んでいく。
でも艦は止まらない。

メモリがない。
だが針は進む。
水深280メートル。

もう、深度計のメモリはないほどの海底。
よくも艦が耐えたものだと、感嘆する艦長。
艦長は「神が海底に置いてくださった」と言うが、それは強がりでしかない。

浮上するには、何もかもが故障している。
エンジンも、バッテリーも。
全員、酸素ボンベから空気を吸う。

そして横になる。
じわじわと、真綿で首を絞められるなんてもんじゃない。
極限状況。

その状況で、人間の精神がどうなるか。
乗組員の表情に恐怖と、狂気が浮かんでくる。
空気の音、しゅーっ、しゅーっ…。

15時間が経過。
艦長が同行した報道部の少尉であり、記者であるヴェルナーに艦長はすまないと言う。
15時間たった。

だが直らない。
すまない…。
しかし、U-96の機関長はじめ、機関兵たちは優秀だった。

ヴェルナーに、自分の故郷は今頃、雪だと言った機関長。
妻と一緒の写真があった。
出撃前夜、妻は出産のために入院した。
これが彼にとっても、最後の航海だった。

直った!と、機関長が報告に来る。
すべて直った!
そして空気を吐き出し、推進力として浮上する。
チャンスは1度だけだ。

浮上したら、全速力で逃げる。
ディーゼルが動くことを祈る。
奇跡だ。

運と、そして乗組員隊が相当に優秀だったこと、みんなをまとめあげる艦長と下士官たちが相当に優秀だったことも奇跡だった。
完全に沈めたと思った敵は、追ってこない。
U-96は走る。

あの、バラエティー番組で流れて相当の人が知っているであろう爽快感に満ちた音楽ともに、海上を走る。
全速力で逃げる。
息苦しい極限状態の後のこの脱走劇の、何と解放的で爽快なことか。

帰還の港。
45日間の極限状況は、はつらつと港を出た若い兵士たちの容貌を一変させていた。
それでも生きて、ロシェル港にたどり着いた。

テープが投げられ、迎えの人たちが笑っている。
負傷した航海長に、「太陽の光が拝めるぞ」と声がかけられる。
その時。

鳴り響く空襲警報。
やってくる敵機の編隊。
空襲が始まった時、ゲエッ?!と言ってしまった。
見る見るうちに、港は空襲の阿鼻叫喚の場と化した。

その時間、3分ほどだったと思う。
もうもうと立ち込める煙。
燃え上がる炎。

負傷したヴェルナー少尉が、フラフラと出て来る。
ヴェルナーのポケットに、何かある。
彼がポケットから出して見たのは、機関長の故郷の雪の風景と、そこにいる妻の写真だった。

その機関長。
士官。
乗組員。
みんな、みんな死んでいる。

そして…。
U-96が沈んでいく。
やっと浮かび上がって帰還したUボートが、沈んでいく。

頭がもう、少ししか水面に出ていない。
それをジッと、艦長が見ている。
食い入るように見ている。

なめらかにU-96は沈む。
Uボートが沈みきった時、艦長が崩れるように倒れた。
ヴェルナーが、よろよろと近づく。

艦長は横倒しになったまま、動かない。
画面が暗くなる。
タイトル。

お、終わった。
思わず、そうつぶやいてしまった。
このラストのあっけない破壊劇に、私は言葉を失いました。

戦争映画として最高峰なら、後味の悪さも最高峰。
無事帰還して終わりでも、構わなかったぐらいの映画。
でも「後味悪くすれば、印象に残るよね!」なんて安易な考えで、壊滅を見せたんじゃない。

このラストをつけたことで、この映画はものすごいメッセージ性を持ったと思う。
戦争が、どれだけ空しいことなのか。
その前で人間が、どれだけ儚い存在なのか。

戦勝国となった国で戦争状態となった国はあるが、日本とドイツは戦後70年、一度も戦争をしていないとこの前、話している人がいました。
…やらない。
やらないよ、そりゃ。
こんなの見たら、それはもう、やらないよ!

そう言いたくなるラスト。
戦争映画とか、アクション映画、サスペンスドラマもそうですが、これらの中では人が極限状況、危機に置かれる。
その状況で人間は、生き延びようとする。
この時、ドラマが生まれる。

だから戦争映画、アクション映画、サスペンスドラマは人の命と言うものが掛かっているにも関わらず、作られ続ける。
しかし戦争映画には、そのドラマにもう一つの状況が生まれる。
同じ、必死に生きている人間なのにお互いを生きるために殺しあわなければいけないということ。

この映画でも、もうとっくに人を避難させたと思って、船にとどめの魚雷を撃ち込むシーンがある。
ところが、乗組員はまだ避難していなかった。
「なぜだ!」と怒る艦長。

海に落ちた人たちが、こちらに向かって泳いでくる。
だが助けることは出来ない。
U-96は後ずさりするように、後進して行く。
みんな、苦しい。

「ナチスドイツ」兵なんかいない。
みんな、みんな、人間だった。
必死に生きようとした人間。
お互い生きたいのに、殺しあわなくてはいけない人間だった。

そして、やっと生き延びたと思った人たちが、あっさりと死んでしまう。
戦争映画には、こういう理不尽さと空しさが加わる。
加えてもわざとらしくならない。

戦争映画っていうのは妙な思想を感じさせたりするより、淡々とこの状況を描けばいいんじゃないかと思う。
妙にイデオロギー入れれば、反発を呼ぶだけ。
そして「Uボート」とかこの前の「英霊たちの応援歌」とか、そういうことを描いている映画を戦争賛美なんて言うのはおかしい…。

私はどういう経緯で誰と行ったのかはまったく忘れてしまいましたが、この「Uボート」は劇場で見ました。
そして当時、「船を『床板一枚、下は地獄』というが、潜水艦はまさにこれだと思わせる映画」と言われていたと記憶しています。
とても、とても息苦しい映画。

肉体的に狭い空間で、窮屈。
精神的に追い詰められて。
そして物理的に空気が足りなくて。
いろんな意味で、窮屈さを感じる映画。

自由がないなんていうのは、甘いぐらいの緊迫。
やはり当時、「『浮上できなかった潜水艦の、戸棚や引き出しは全部開いているらしい。乗組員が空気を求めて、すべての空間を開く』こんな話を嫌でも思い浮かべる映画」と言われていました。
閉所恐怖症の友人が、こういうのが一番怖いと言っていた気がする。

私も思った。
潜水艦には乗りたくない!
だから観光で、潜水艦に乗ろうと言われた時も断った。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
狭くて、おそらく熱気がこもっていて、臭気もこもっていて不快な空間。
観光の潜水艦はそんなんじゃないのは、わかる。

ネス湖の潜水艦は乗りたい気持ちもなくはないが、やっぱり嫌だ。
緒形拳さんが、しんかい2000に乗り込んで深海に行ったのを見たことがある。
この時、緒形さんは何か覚悟をしているのかなと思いました。

…こんなこと覚えているから、他のことは忘れちゃったのか。
だけどこの映画は忘れられない。
忘れられない映画。


おーい、水島!一緒に日本に帰ろう 「ビルマの竪琴」

「ビルマの竪琴」。
私が見たのは、1985年版です。
この年、日航ジャンボ機墜落事故がありました。

「ビルマの竪琴」は、この映画の前に学校で読みました。
児童小説だったと記憶しています。
ただ、まったくの童話ではなくて、実在の人物をモデルにして書いています。
確か、このモデルとなった方が亡くなった時に、ニュースになったと思います。

映画では、中井貴一さんがビルマに僧侶として残る水島上等兵を演じました。
水島の隊の隊長で、音楽学校出身の井上隊長は石坂浩二さん。
これがもう、2人ともピッタリなんです。

知性的で、インテリで、歌を歌って隊をまとめる井上隊長。
故郷を遠く離れた国の、つらい行軍でみんなで歌う日本の歌はどれほど心に沁みることか。
みんなをまとめることか。
力を与えることか。

ある日、疲れきった井上隊は、交戦国ではないタイの国境に近い村で休息を取る。
しかし世話になった村で、敵軍のイギリス兵たちに取り囲まれる。
住民を巻き添えにしないよう、彼らを裏口から逃がす。

井上隊長は兵士たちに「歌え!」と言う。
とまどい、怖れる兵士たちに、戦闘準備を整えながら自ら力強く歌いだす。
続いて兵士たちも歌い始める。

次には、広場に置かれている弾薬を取りに行く。
あれに弾丸が一発でも当たれば、大爆発を起こす。
兵士たちは酒に酔った振りをして、表に笑いながら出て行く。

パッと弾薬を積んだ車に飛びつく。
水島がその上に乗る。
決死の覚悟で、竪琴を弾き始める。

一発でも当たれば…。
俺たち、みんな粉々だ。
なんまいだぶ、なんまいだぶ。
囁く兵士もいる。

無事、弾薬を取りに行き、兵士たちは家に入る。
井上隊長が、サーベルを抜く。
その表情は、あの温厚なインテリ青年ではない。
厳しい表情の軍人がそこにいる。

サーベルを抜き、いざ…!と息を呑んだ時。
今まで歌っていた、「埴生の宿」が表から聞こえてくる。
なんだ、お仲間か…と笑った兵士がいたが、違う。
英語だ。

イギリス兵たちが、歌っている。
同じ歌だ。
英語だが、同じ歌。
彼らの表情もまた、兵士として戦場に行く前の自分を思い出していることが伺える。

井上隊も、同じ歌を歌いだす。
水島が竪琴を弾く。
一瞬、外が静まる。
だが次には英語と日本語の曲の、合唱となった。

井上隊は投降し、捕虜となった。
3日前に、停戦となっていた。
無駄な戦闘、無駄な犠牲者は双方出したくなかった。
井上隊の歌は、たくさんの命を救うことになったのだった。

日本は負けた。
この上は生きて全員で日本に帰ろう。
そして今度は、焦土と化したらしい日本を立て直すために働こう。

インテリらしい井上隊長の決意。
しかしまだ抵抗を続ける隊がある。
三角山のその隊を説得する役目が、井上隊に下る。
だが井上隊長は、戦死するかもしれない任務には就けない。

隊長がいなければ捕虜たちを英語で意思の疎通が難しくなるし、捕虜をまとめる人間もいなくなるからだった。
そこで隊長は、その役目を水島に頼む。
軍曹は自分ではないのかと言うが、三角山の兵士たちは気が立っている。
気性の荒い軍曹では、衝突こそすれ、説得は無理だと思われたからだった。

ところが水島の説得は、拒絶される。
やってきた水島の、日本が負けたという情報に動揺する者はいた。
だがこの時、兵士たちはちらりと隊長の顔を見る。

この隊長は、菅原文太さん。
隊長が玉砕だと言うのだから、自分たちはそれを鼓舞するような発現しか出来ない。
内心では、「本当ならやめたい…」と思っていても。

結局、時間切れとなり、イギリス軍の攻撃は再開される。
三角山の隊は全滅。
傷を負ってたった一人、ムドンの捕虜収容所まで水島は歩いて向かおうとする。
気を失った水島を助けたのは、ビルマの僧侶だった。

水島はこの僧侶の衣を盗み、腕輪をつけてムドンに向かう。
僧侶の衣を身にまとっていれば、食に困ることはなかった。
必ず、住民が拝みながら、食料を差し出した。

ムドンへの道の途中で、水島が目にしたものは鳥が全滅した日本兵の屍をついばむ光景だった。
見ていられなかった水島は、兵士たちを埋葬する。
しかし次には海岸線におびただしい数の屍があった。
たまらなくなった水島は、走り出した。

そしてムドンに到着。
近くの僧院に泊まることができた。
その時、僧侶たちが水島を仏に近い席に案内し、「そのような腕輪をする徳の高い僧侶には初めて会った」と言う。
水島が世話になった僧侶は、かなりの高僧であることがわかる。

明日は捕虜収容所で合流、と思っていた水島だった。
収容所の近くに、竪琴を弾いて、イギリス兵からお金をもらおうとしていた幼い少年がいた。
水島が弾く竪琴のうまさに、少年はそれが弾ければお金がもっともらえると言う。
少年に竪琴を教えていると、近くの病院から看護士たちが牧師とともに出て来る。

イギリス兵を埋葬するのだと少年が教える。
その時、水島の目はある墓標にひきつけられた。
「日本無名戦士の墓」。
この言葉は、水島の胸を貫いた。

無名戦士。
無名戦士…。
立派に埋葬してもらえる、イギリス兵。
水島が見てきた骸。

野ざらしになり、葬るものはいない。
水島は、仲間を前にして元来た道を戻っていく。
この時の水島の心情は、良くわかりました。

水島が戦死したと聞いた井上隊長は、非常に後悔していた。
そして、水島の生還を願っていた。
来た道を戻る水島は、捕虜として使役を果たしている井上隊が戻ってくるところに出くわす。

あの僧侶、水島に似ていないか…?
兵士たちは、すれ違う時、水島?と呼びかけてみた。
だが反応がない。
水島は、ビルマ人の格好をしてビルマ語を話すと、まるでビルマ人に見えたのだが。

戻った水島は、野ざらしになった骸を埋葬し始める。
興味深い顔で見ていた現地の人もやがて、水島を手伝い始める。
そしてある日、水島は埋葬のために掘った穴で、何か光るものを見つける。

ルビーだ。
現地の人は、不思議だと言った。
この辺りでルビーが採れることはないのに。
死んだ人の魂だ。

水島はルビーを握り締めた。
井上隊は、道を整備したために、イギリス兵の慰霊に参加することになった。
その時、僧侶たちの最後尾に水島そっくりの僧侶がいることに気づいた。
しかもその僧侶は、日本式の遺骨を持っていた。

井上隊長は、納骨堂にその僧侶が持っていた遺骨の箱があることに気づく。
そっと箱の中を開けてみると、中には輝くルビーがあった。
隊長は確信した。
あれは水島だ。

そして、水島はもう、隊には戻って来ない。
一体、水島は何を見たのだろう。
どんな経験をしたのだろう。
隊長は涙ぐむ。

やがて、隊に帰国許可が下りた。
沸き立つ兵士たち。
だが水島がいない。

あの僧侶。
もしあの僧侶が水島なら、収容所の鉄格子の前で歌えば出て来るのではないか。
そう思った隊員たちは、声がかれるまで歌い続ける。

あと3日しかない。
「日本ばあさん」と呼ばれている、収容所に来る物売りのおばあさんに言葉を教え込んだオウムを託す。
オウムは「おうい、水島。一緒に日本に帰ろう」と喋る。

帰国の日の朝。
あの、僧侶が来ている!
隊員たちは外に出る。

僧侶は無言だった。
だから隊員たちは歌い始める。
埴生の宿。

たまらなくなった水島は、傍らにいる少年の竪琴を弾き始める。
水島だ!
隊員たちは沸き立った。

良く帰ってきたな!
早くこっちへ来い!
だが、水島は動かない。
一体どうしたっていうんだ!

水島は、竪琴で「仰げば尊し」を弾いた。
今こそ、別れめ。
いざ、さらば…。
そして、朝もやの中、消えていった。

不可解な気持ちの隊員たちに、日本ばあさんが餞別を渡す。
ばあさんは、オウムも持ってきた。
いらだった軍曹は、そんなオウム要らないと言うが、これは違うオウム。
僧侶に渡したオウムの、兄さん鳥。

すると、そのオウムが喋りだす。
「僕は、日本に帰るわけには、いかない」。
この、人がいつも言う言葉を覚えるという、オウムの使い方もうまい。
ばあさんは、隊長に僧侶からと言って手紙も渡した。

帰りの船の中、隊長は手紙を読んだ。
そこには、水島がどれほど、仲間に会いたいか。
日本に帰りたいか。
復興のために働きたいかが、書かれていた。

だが、そうすることはできないことも。
自分は名もなく、異国で果てていった兵士たちを埋葬して回りたい。
その魂を慰めたい。
この仕事が終わったと感じたら、日本に帰れるかもしれない。

あるいは、この地で自分は一生を終えるかもしれない。
だがどうしても、日本に帰りたい気持ちに勝てなくなった時は、僧侶の禁を破って竪琴を弾きます。
手紙には、そう書かれていた。
みんな、泣いた。

そして、時がたち、みんなは帰国する故郷のこと、故郷でやりたいことを話し始めた。
小林はそっと、傍らの岡田に水島は本当にもう、日本に帰らないのだろうかと聞いてみた。
この小林上等兵は、渡辺篤史さん。
岡田上等兵は、小林捻持さん。

小林の言葉に、岡田は何だ、小林、水島には冷淡だったくせにと言った。
確かにそうだ。
今まで自分は、水島のことを考えたことはあまりなかった。

この話を知った今でも、水島のことを考えていたわけでもない。
ただ、水島の家の人はあの手紙を見て、どうするだろう。
隊長がきっと、うまく言ってくれるんだろうななどと、変なことばかり考えていた。

水島だった僧侶は、1人、ビルマの赤い土の上を裸足で歩く。
ビルマの土はあかい。
水島は、ビルマのその赤い土の中、歩いていった。

日本ばあさん役の北林谷栄さんが、また、見事。
それと、ビルマの高僧がすばらしい。
水島がおそらく、自分の衣と腕輪を盗っていくこともわかっていての沐浴。

日本兵の格好のまま、長い道のりはつらかろうと思ったのでしょうか。
おそらく、食うこともままならず、行き倒れるであることも。
悟り方、水島にかける情け。
さすが、高僧。

川谷拓三さんが、軍曹。
気が荒くて、でも決して嫌な軍曹ではない。
川谷さんも、菅原さんも、北林さんも、監督も、関係者の方々がなくなられていることが時の流れとはいえ、寂しい。

ビルマの描写、僧侶の戒律。
おそらく、日本人がハリウッド映画で描かれた日本や日本人を見て、違う!と思うことと同じようなことがこの映画にもあると思います。
歌で敵味方が殺しあわずにすむとか、そんな甘いことはないと言う指摘もごもっとも。
お互い、仲間を殺され、自分も殺されそうになっているんですから。

インパール作戦。
白骨街道。
自分の親戚の1人も、ビルマでとても若くしてなくなっています。

市川監督も、この原作者も戦争を知っている世代。
戦争が、戦場がどういうものか。
いかに悲惨か。
どれほど、人から人間性を奪うものか。

知っているからこそ、歌で殺し合いをしなくてすむ。
同じ人間であることが確認できる。
こういうファンタジーが作りたかったのでは。

国同士が争い、民族が違っても、通じるものはあるんじゃないか。
お互いの人間性を蘇らせるものは、あるんじゃないか。
音楽は、人類共通の言語なんじゃないか。

そんなファンタジーが、作りたかったのでは。
甘いと言われようとも、ベタな作りでも良い。
最後の「仰げば尊し」で、泣けてしまうベタな人間は思う。

うまく出来てる映画だと思う。
みんな、うまく演じてると思う。
実際の戦争は陰惨で、救いがないからこそ、こんな優しい戦争映画があっても良い。
そんなことを思った映画です。