こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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あんたみたいな女、嫌いよ 「疑惑」(2/2)

それが最高潮になるのが、球磨子の元・情夫の豊崎が出廷した時。
ヒモだろうか。
鹿賀丈史さんが実にうまい!

球磨子に不利な証言をしたため、球磨子が「言わないわよ、そんなこと!」とわめく。
「チンコロが」。
豊崎の目が丸くなる。
「チンコロお?!」

「あんたみたいな嘘つきを刑務所じゃチンコロって言うんでしょ。あんた、良く知ってんじゃない。懲役太郎なんだから」。
周りをにらみつけ「この男はね、シャバより刑務所のほうが長いのよ!」
そして、法廷で取っ組み合いのケンカを始める。
この2人はこうしてケンカをして、それで一緒に暮らしていたんだろうと想像がつく。

だけどこの男、佐原が球磨子の無実を信じていると知ると、佐原に会いに来る。
佐原は「あの人のことは、あなたが一番良く知ってる」と言う。
「あの人、人が殺せる人?」
だが豊崎にも、よくわからない。

球磨子は店のホステスに火をつけて懲役をくらったことはあるが、計画的に人を殺すようなことができる女だろうか?
豊崎は球磨子が懲役を終えて出所してきたときのことを語る。
誰も迎えに来ない球磨子は、1人、刑務所の外の長い壁に沿った道を歩いていく。

すると、仕事先だろうか、おしぼり屋の車を運転してきた豊崎が球磨子を迎えに来た。
乗れよと言われた球磨子が、豊崎を凝視する。
目に涙がたまってくる。
あの時の球磨子はまるで少女のようで、かわいかったと豊崎は言う。

豊崎は、ほかの誰も知らない球磨子を知っている。
球磨子は本当に、うれしかったんだろう。
だから球磨子にとって、豊崎は特別なんだ。

3億円入ったら5千万分け前をやってもいいというのは、調子に乗ったにせよ、豊崎が球磨子には特別であるからだと思う。
豊崎も刑務所と外を行ったり来たりしているような男だが、どこか妙に優しいところがある。
突然、豊崎は証言を翻す。

「んもう、どうしてそういうこと早く言わないのよぉ、しゃらくさいわねえ~!」
顔をしかめながらもうれしそうな球磨子。
「ごめん、新聞社に世話になっちゃったから」。
球磨子と豊崎は、相性が良いんだと思う。

豊崎の答えに球磨子は、鼻にしわを寄せて手を振る。
退廷時には「がんばれよっ!」と、豊崎はこぶしを握って見せる。
球磨子も、下から救い上げるようにVサインを見せる。
何じゃ、この2人は。

結局、球磨子は保険金殺人はしていなかったと認められ、無罪となる。
鹿賀丈史に便宜を図って、球磨子に不利な証言をさせた新聞記者・秋山は離島に飛ばされる。
これが柄本明さん。
やっぱりうまい。

法廷で、豊崎に「あそこにいるから聞いてみろ」と言われ、目が左右に動く。
秋山は佐原に電話をしてきて、離島に飛ばされたけど後悔していないと言う。
あんな女、罪に問われれば良い。

だが佐原は重要なのは、真実だと言う。
真実やっていないのなら、それは罰するべきじゃない。
それに対して、弁護士さんと自分たちの正義は違うようだと秋山は言う。
疑わしきは罰せず。

初めて見た時、球磨子みたいな女は罰せられれば良いと思う感情は、理解できた。
しかしそんな感情で罰して良いのかとも思った。
裁判員制度の今だったら、球磨子はどう判断されるのだろう。

佐原は球磨子が祝杯をあげるクラブに向かう前、離婚した夫が引き取った娘と会う。
そこで再婚相手に、もう娘と会わないでほしいと頼まれる。
これが真野響子さん。

だが、権利が認められていると佐原は言う。
それに対して、自分は子供を作らないと彼女は宣言する。
佐原の娘を自分の娘として、彼女だけを見て育てていく。

だから…。
佐原は答えない。
答えずに立ち上がり、娘に持ってきたプレゼントを渡した。

そして振り返りもせず、去っていく。
白いスーツ。
彼女の潔癖さとプライドを象徴しているかのような、白いスーツ。
最後の球磨子と佐原とのシーンは、圧巻。

「せんせ!」と、球磨子が佐原を見て声をあげる。
球磨子はバーで、佐原を待っていた。
佐原を待って乾杯をした球磨子だが、「あたしね出所祝いどころじゃないの。相談乗って」と切り出す。

福太郎氏は結局、球磨子と無理心中を図った。
つまり自殺なのだが、保険加入後1年以内の自殺では保険金が下りない。
須磨子は言う。

「3億円ね、出ないって言うの。保険会社じゃね、掛けてから1年以内の自殺はダメだっていうの」。
「別に保険金目当てにあの人、自殺したわけじゃないんだからさ。そこんとこどうにかしてえ、あんた、弁護士でしょ」。
「これで3億円取れなかったら、何で富山来たんだかわかりゃしない。踏んだり蹴ったりよ」。

「何とかして」と言う球磨子に佐原は「無理ね、あきらめなさい」と突き放す。
すると須磨子は「ね、そしたらさぁ、白河家から慰謝料取れない?」と言い出した。
「だいたいあたし、被害者なんだからさ、あいつらちょっと、シメてやんなきゃいけないっしょ」。

佐原は冷然と「何言ってんのよ、お互い様じゃないの」と言った。
「向こうだってあなたのこと、恨んでるのよ。福太郎さんの自殺は、あなたが追い込んだせいよ」。
須磨子は平然と「追い込んじゃいけなかった?」と言った。

「いいじゃない男の一人や二人死んだって。ねえ?」
周りにいるホステスに同意を求めるように、球磨子はちらりとホステスたちを見る。
それから球磨子は、吐き捨てるように言った。
「何が愛してるよ」。

タバコを持った手で髪をかき上げながら「あたしに逃げられるのが嫌で、つかまえときたかっただけじゃない」と言った。
その物の言い方に、さすがにホステス2人が、席を立つ。
残っていた1人も立ち上がって、出て行く。
「無理心中なんて、ふざけたこと言っちゃ困るのよ」。

タバコを持った手を佐原に向け球磨子は「大体、せんせ、まずいわよぉお」と言った。
「無理心中なんて下手な弁護するから、保険金入らなくなっちゃうのよぉお」。
「入ったらさぁ、せんせに5千万ぐらいやろうかと思ってたのよ」と、5本の指を佐原に向けながら言う。
「トチるんだもん。3億円パァよパア!」

佐原はタバコを手に球磨子を見下ろしながら、「あなた、福太郎さんが無理心中仕掛けなかったらどうしてた?」と聞いた。
球磨子もタバコをふかしながら「ええ?」と笑いの混ざった声で、聞き返す。
「殺してた?」

佐原は、球磨子を見下しながら聞く。
「それとも殺せなかった?どっち?」
「度胸もないくせに。じたばたすんの、およしなさいよ、みっともないから」。

球磨子はタバコを持った右の手のひらに顎を乗せながら「そうだねえ…」と、言う。
「時間があったら、殺ってたね」。
そして佐原をちらりと、見る。
佐原も、球磨子も見る。

球磨子はl今度はニヤニヤ笑いながら、「あんたってさぁ、ほんとにヤな目つきしてるわねぇ」と言った。
次に顔をしかめながら「いつでも人を、モルモットみたいに見てんのね」と言った。
佐原も「私ね、あなたみたいにエゴイストで自分に甘ったれてる人間って、大っ嫌いなの」と言った。
冷たく、軽蔑しきっている目だった。

球磨子はフフッと笑って「あたしだってあんたみたいな女、嫌いよぉ」と言う。
タバコの煙を吐き、ワインを注ぎながら「あたしはねぇ、どんな悪くたってねえ、みっともなくたって人になんか構ってらんないのよ」と言う。
「だけど、あたしはあたしが好きよ」。

そして、ワインのボトルを佐原のスーツの上に持ってくる。
「あんた、ねえ、あんた」。
球磨子は佐原を、ワインでつつく。

赤いワインの液体が、佐原のスーツの袖に落ちていく。
「自分のこと、好きだって言える?」
ワインの瓶の口からどんどん、赤い液体が佐原の白いスーツに落ちていく。

「言えないっしょ?」
球磨子は、佐原のスーツにワインをこぼし続ける。
「かわいそうな人ねえ」。

須磨子はにやりと笑って、今度は佐原の白いスカートに向かってワインをこぼし続ける。
「あんたみたいな女、みんな、大っ嫌いよ」。
ワインの中身を全部こぼし終わると、球磨子はボトルを下げる。
下を向いて、ニヤニヤ楽しそうに笑う。

佐原は白いスーツの前を赤く染めながら、タバコをぎゅっと、もみ消す。
その手で、グラスに入ったワインをパシャッ!
勢いよく、球磨子の顔に叩きつける。
球磨子が目を反射的に閉じる。

「あなたって最低ね!」
佐原はそう鋭く言うと、トン!と音を立ててグラスを置く。
「命が助かっただけでも、めっけもんでしょ?」

球磨子が佐原を見て、「あたし懲りてるわけじゃないのよ」と言う。
「今度のことで自信持っちゃってさ、あたし。あんたみたいな女にだけはほんと、ならなくて良かったと思って」。
そして球磨子は真顔になって「あたしは今まで通り、あたしのやり方で生きてくわよ」と言う。
「男たらして、死ぬまでしっかり生きて見せるわよ」。

そう言ってグラスを口に運ぶ。
佐原も言う。
「あなたは、それでしか生きられないでしょうね」。

佐原はいかにも須磨子をバカにしたように、ふっと笑う。
そして真顔になって言う。
「私は私のやり方で生きていくわ」。
佐原は須磨子にそう言うと、バッグを手に立ち上がる。

須磨子も「ま、せいぜいがんばってね」と返す。
佐原はバッグを肩にかけ、「またしくじったら弁護したげるわよ」と言う。
そのピシリとした背中に向かって球磨子は、「頼むわ」と言った。
階段を上がって行く佐原に、ホステスたちが頭を下げる。

翌日、球磨子は富山を出ていく。
階段を上る球磨子に、すれ違ったアベックが視線を注ぐ。
列車に乗り込んだ球磨子に気付いた人々は露骨に、または密かに見る。

窓の前にいる人たちに球磨子は舌を出し、手を振った。
列車は発車した。
球磨子の左の窓の景色が流れていく。

たばこを吸う球磨子。
顔に嗤いが浮かぶ。
列車はどんどん、加速していく。


2大女優が最初から最後まで、気の抜けない対決を見せる。
球磨子と佐原は、全く違う女性。
全く違う相手に惹かれることは、ある。
でもこの2人は仕事を離れたら、お互い大嫌いなタイプ。

聡明で冷静なエリート女性、女であることに頼らない佐原。
こういう女性を、球磨子は大嫌い。
だらしなくて、感情的で自分を抑えられず、男を渡り歩くことで生きてきた球磨子。
佐原はこういう女性が、大嫌い。

それでもどこかで、2人は似ているのかもしれない。
同族嫌悪のようなところがあるのかも、しれない。
ああなりたくないとお互い、言っている。
自分の中にある、大嫌いなものを見せてくるから、嫌いなのか。

それとも自分にないものを持っているから、自分ができないことをやるから嫌いなのか。
いろいろな思いが浮かんでくる。
球磨子の口調、表情は「ザ・桃井かおり!」
これ、ほんとに桃井さんしかできない球磨子。

佐原の冷徹さ、聡明さは岩下さんの冷たく切れる美貌にぴったり。
「鬼畜」の感情的なお梅とは、似ても似つかない女性。
どちらも素晴らしい女優の演技。
何時見ても、引き込まれる。

全く違う個性の女優を、ここまで生かしたのもすごい。
球磨子は桃井さんだから、佐原さんは岩下さんだからここまでできた。
でももしかしたら、2人の役を入れ替えても、この2人ならできるかもしれない。


ものすごい女性同士の対決ですが、実際の撮影は楽しかったと、岩下さんはおっしゃってました。
最後の息詰まる、赤ワインのシーン。
終わった途端、緊張が解けた2人は、「あはははは」って、笑ってしまったそうです。

TVのCMでは岩下さんが桃井さんに「ジタバタするの、およしなさい!」って言い放つシーンが流れていました。
本編では、ありませんでした。
そうしたら、あれはCM用の映像だったみたいです。

球磨子が列車に乗って、富山を離れていくラストシーン。
息を吸い込み、煙を吐き出しながら球磨子は嗤う。
思い出し笑いのようにも、見える。
ほくそ笑んでいるようにも、見える。

無罪なのだろうか。
この人を解き放して、良かったのだろうか。
じんわり、広がっていくような音楽。
疑惑がむくむくと湧いてくる。


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日本映画史上に残る悪女バトル 「疑惑」(1/2)

久々に82年の映画「疑惑」を見ました。
実はこの記事、アップ直前に壊れましてね。
ちょっとくじけてたんです。

鬼塚球磨子役は、桃井かおりさん。
桃井さんの、ベストワークの一つではないでしょうか。
鬼塚球磨子が日本映画史に残る悪女になったのは、桃井さんの功績だと思います。
これは桃井さんでなければ、出せない味。

この映画を見たある映画評論家は、「桃井かおりってほんとに嫌な女よ。あれ、地よ」と言いました。
いや~、それはないんじゃないのって思いました。
でもそれだけ、はまっていたんです。

桃井さん以外では鬼塚球磨子は、余貴美子さんが良かった。
本当は黒なのだと示唆する笑い、ゾクゾクします。
余さんの魅力が最大限に発揮されていて、佐藤浩市さんが迷うのも無理はないです。

しかし、どういう育ち方をして、どういう人生を送ると、球磨子みたいになるのかと思います。
それほど球磨子は常識はずれ、非常識。
思いやりなんか一片もない。
人に迷惑をかけないという意識もおそらく、全くない。

「馬屋古女王」じゃないですけど、純粋に本能のみ。
自分の快楽のみ。
ここまでになるには何かが、この人の人生にあったんでしょう。
でも、そういう描写は一切ない。

なくて良いです。
これは法廷劇に徹してくれた映画。
球磨子というとんでもない悪女が、本当に人を殺しているのか。

この女はひどい女だが果たして、人が殺せる女なのか。
その真実を追究するための法廷劇。
なので、球磨子には球磨子の哀しい事情があったのです、という説明はこの映画では必要がない。

真実を追究していくのは、佐原律子弁護士。
岩下志麻さんが演じます。
球磨子とは正反対の生き方をしてきたであろう、女性。

おそらく、球磨子はこういう女性が大嫌い。
また佐原も、球磨子みたいな女性が大嫌い。
この心の中では大嫌いな女性が仕事と生存をかけて組み、生き残っていく映画。
今見ると、ものすごく豪華な出演者のみなさん。

富山の埠頭で、車が海に落ちる。
乗っていたのは富山でも有名な資産家・白河酒造の御曹司の福太郎。
そして後妻の球磨子。
浮かび上がって助けられたのは、球磨子だけだった。

球磨子は東京でホステスをしていたところ、福太郎氏が懇願して妻に迎えた女性だったが、前科があり、酒癖も悪い。
金遣いも荒く、かなり評判が悪かった。
従業員はもちろん、白河家からも嫌われている。

こんな女に遺産の半分が行くことを考えた白河家では、先妻の弟の助言によって福太郎と先妻の間に生まれた15歳の宗治に全財産を相続させてしまった。
しかし球磨子は福太郎に3億円以上の保険金をかけていたため、これは事故ではなく保険金殺人の疑いがかかる。
警察の追求に動じることなく応じる球磨子に苦慮した警察は、福太郎の葬儀に球磨子を連れて行った。

何をしに連れてきたと怒る福太郎の母親だったが、警察は福太郎の遺体を見た球磨子の反応が見たいのだと言った。
棺の中の福太郎を見た球磨子の反応は…。
「うっ、うっ、うっ」。
泣いてるんじゃない。

「う、うええええ」。
「げえええええ」。
棺に向かって球磨子が、吐き気を催している。
周囲は唖然、呆然だった。

保険金殺人として球磨子は起訴され、裁判になるが、いきなり弁護人が降りてしまう。
降りてしまう弁護人が、丹波哲郎さん、松村達雄さん。
すると球磨子は拘置所で猛然と、六法全書を読み始める。
そこに国選で選ばれてきたのが、佐原律子だった。

謁見した佐原に球磨子は「あんた、あたしがやったと思ってんでしょ」と切り出した。
そしてこんな悪女扱いされるのは、自分の名前が悪いからだと言う。
鬼塚球磨子、だから鬼クマなんて言われちゃう。
もっと可憐な名前だったら、違ってたと。

まー、もう、ここまでくると名前じゃない気がしますけどね。
でもやっぱり名前は、大事。
どういう意図で、鬼という苗字で名前にクマってつけたのか。

女の子ですからね、からかわれたことがあったのかも。
さらっと言ってますが、名前のことは球磨子は昔から気になっていたのかもしれません。
球磨川と関係あるんですかね。
…関係ない話になりました。

さらに球磨子は佐原に「嫌いだなぁ、あたし、あんたの顔」と言う。
しかし佐原は冷静に「死刑になりたければどうぞ」と言う。
「私が嫌いなら断れば。私だってあなたの弁護、断れるんだから」。

でも重大な犯罪には弁護士がつかなければ審議はできない。
六法全書読んでるなら、そこ、読めと言って佐原は出て行く。
かくして、カーン。
ゴング鳴った。

検事は小林稔侍さんです。
裁判で罪状を読み上げる検事に「あんたの言ってることは全部、でたらめ」って球磨子は言っちゃう。
証人に森田健作さん。
アイボリーの車が転落するところを目撃したと言うと、最初は白い車と証言していたと佐原は突いてくる。

「本当はアイボリーだった、誰かがあなたに教えたのですね?」と、誰かの入れ知恵があったことを示唆する。
しかし球磨子が「こいつ、いい加減」なんて言うもんだから、証人はカッとなる。
「あんたが運転していた」と言われてしまう。

球磨子は「あんなのあたしに責められて逆上しただけじゃない、見りゃわかるわよ」。
そう球磨子は言うが、佐原は裁判記録には残ってしまうと言う。
このように球磨子には裁判で、弁護人が手を焼いてしまうのだ。

印象に残るのは、球磨子が勤めていたクラブのママが証人として呼ばれたシーン。
ママは、山田五十鈴さんが演じます。
法廷で年齢を聞かれて、ゴホンと咳払いして答えない。
楽しそうな顔の球磨子。

「書いてある通りですね」と言われると、ママはフフッと笑う。
「何言ってんのよ、散々あたしで金引き出したくせに」と言う球磨子にピシリと「おだまり!」
あの球磨子を黙らせる迫力。

ママが懇意にしていたお客は、福太郎氏との交渉に難航していた。
そこで球磨子を使って福太郎氏との取引を優位に運び、謝礼を受けたのではないか。
佐原がそういう方向に話を持っていこうとすると、「ちょっとぉ、ここ税務署?」
「あんた、バカじゃないの!」

女が男をだますのなんて当たり前じゃないの、って、男も承知で遊びに来てるんだから!
あたしゃこの商売30年やってるんだ、男と女のことなら、あんたなんかよりよっぽど知ってる。
そんなこっちゃ、亭主に逃げられるよ!
家に帰って聞いてごらん!

ママはそう怒鳴る。
ええ、佐原は離婚してます。
これには、さすがに佐原もムッとする。

しかしママは、「あの福太郎さんって人は、そういうところが通じない人ではあったわねえ…」と、しみじみ言ってくれる。
こちらの聞きたいことはポイント押さえて言ってくれている。
その感じが、さすがの貫禄。


もうこの手に戻らないものを思う 「蜘蛛女」

「蜘蛛女」を、再見しました。
土曜日の深夜に放送していたものの録画なんですが。
ああ、この時にはまだ猫がいたなあ、と思いながら見たんですが。

しかしこの映画、作りは雑なところがあるのに、俳優さんたちのハマり具合と迫力で夢中になりますね。
ゲイリー・オールドマンは悪徳警官役でも、こちらの情けない役の方が似合う。
この情けなさが、味があって良い。

そしてこの映画では何といっても、「蜘蛛女」こと、モナ・デマルコフがすごい。
レナ・オリンという、知的な感じの女優さんが演じている。
「氷の微笑」など悪女の映画は多くありますが、「蜘蛛女」は力技で押していく悪女。

普通の悪女は、緻密な計算と切れる頭脳と冷酷さで完全犯罪をやってのける。
だがモナは、男の首を太ももで締め付けて窒息寸前に追い込める力技の悪女。
見ていて怪物映画みたいで、これはこれで楽しい。

あの低い、ぬははははぁ、というような笑い。
ギャグになっちゃうぐらい、すごい。
ジャックの首を絞めながら、ぬははははは、ぬはははははっはっ、と笑う。

ガーターベルトなんてセクシーなスタイルなのに、下着丸出しで足でガラスを割る。
たたたたと走る時、邪魔になった靴を空中キックして脱ぐ。
両手が手錠でつながれてるからね。

自分で切り落とした左腕の義手を、「外した方が良い?」なんて聞く。
「そうしてくれ」と言われ、ポーンと放り投げる。
ぬははははと笑いながら。

会社の同僚で「俺、怖い映画嫌いだよ~お…」と言って、見ないという人がいました。
「怖い女、嫌いだよ~」。
私は「おかしくなっちゃうから見て!」と言いました。
モナは演じるのって、楽しかったんじゃないかな?

当時のファッションを見るのも楽しい。
モナが最初に護送される時に着ている、紺地?に細い白いラインが入ったピンストライプの服。
これはコート?
ワンピース?

こういう布地、この時期にあったな。
スーツ、ワンピース、スカート。
スカートはタイトだった。

シルエットはボディコン。
モナの着ている服も、ボディコンシャス。
マフィアのボスを生き埋めにする時に着ている、パンツスーツのシルエットも時代を感じる。

そうそう、日本はバブルの時代だった。
モナはロシアで、マフィアの殺し屋だった女性。
アメリカみたいな国家じゃなくて、何だか何でもありな国といったイメージ。
そこでマフィアの殺し屋だった女性なんだから、何でもありなのか。

肉体的、体力的にも精神的にも超越した強さを持つモナ。
対して、この映画の男性たちはみんなちょろい。
甘く見て、モナの女の罠にはまる。
ところがモナは、性別こそ女性の体に生まれてきたけど、か弱い女性じゃない。

肉体を餌におびき寄せることはしても、女性ではない。
自分を死んだことに偽装するために、自分の左腕を切り落とすような人間。
そこまでの気合と覚悟がない男性が、食われるのは当たり前。
だから男たちは、次々食われる。

中でもとことん、情けなかった悪徳警官・ジャック。
最初にモナの誘惑に乗った自分を「どの程度の男か、わかるだろう」と嘲るけど。
マフィアとモナ、両方から金を取ろうとしてモナにはめられる。
でもジャックは最後に1回だけ、男らしく逆襲する。

モナはジャックを、ちょっとだけでもかわいいと思ってたんじゃないかなんて考えた私も甘かった。
逃げ切ろうとするモナに、「それはお気の毒。あんたはもう2度と女房は抱けないよ」と言われる。
「あの女は死んだ。あんたが死んでるのと同じようにね」。

ぬはははは、と笑って出て行くモナ。
とっさに靴下の下に銃を隠し持っている同僚から、手錠がはまったまま、ジャックは銃を奪う。
そして遠ざかっていくモナに、発砲する。

1発目で、モナが振り向く。
2発目、モナの肋骨が砕け、血が飛び散る。
3発目、胸に命中。

4発目、さらに命中。
5発目、倒れるモナにとどめ。
とことん、バカにしていた男の逆襲に信じられない表情のモナ。

倒れ、上体を起こして自分に起きたことを見る。
驚愕の表情のまま、モナは死ぬ。
その後、ジャックも自殺を図るが、弾丸はもう入っていなかった。

同僚の刑事が言う。
「よくやった、ジャック」。
「良い腕だ」。

そう、ジャックは結構、良い腕を持つ刑事だったと思う。
それがこんなことになってしまうのは、欲に目がくらみ、そこをマフィアに、そしてモナにつけこまれた。
ジャックがどうして、モナを殺して表彰されるまでに至ったのか、わからないけど。

ちりーん。
最初に響いていた、鈴の音が響く。
それはジャックが新しい名前と身分を与えられ、経営しているダイナーの入り口の鈴の音だった。
この映画は、新しい名前と身分証明書、職業を与えられたジャックが過去の自分を語っていたのだった。

ハイウェイに、ぽつりとあるダイナー。
そこでドアが開き、ジャックは悲鳴をあげる。
モナが笑いながら、立っていたから。
次の瞬間、モナは消えた。

ホッとしたジャックは、入ってきた妻のナタリーを鏡に見て、額に入っていた手紙を落とす。
ガラスが割れる。
ジャックは妻のナタリーに、半年後、待っているから来てくれと言った。
5年前から、ジャックはここでナタリーを待っている。

ついに来たのだ。
歓喜のジャックは、笑顔で涙を流す。
ナタリーを抱きしめる。

2人の影が薄くなっていく。
消える。
ジャックが言う。
「時々、もう少し長くいてくれるときもある。ごく、たまに、だが」。

ジャックは、吸っていたタバコを床に落とす。
扉を開け、外に出る。
「俺が諦めると思ってるんだろ?」
「そんなことはない」。

「いつだってナタリーが、あのドアから入ってきてもおかしくない」。
人、車自体がここを、ほとんど通らないように見える。
ダイナーの他に、建物の影はない。

いや、何かの影がない。
動くものがない。
空にも、大地にも動いているものがない。

広々と広がる大地。
ジャックが、ガソリン給油機の傍らに座る。
ここもしばらく、使われた形跡がない。

彼はここで日が暮れて、辺りが暗くなり、星が出るまで座っているのだろう。
いつもいつも。
目がくらみそうになるほど、虚しい想像。

ジャックは言う。
「どんなことがあろうと、彼女は」。
「俺を愛している」。
「…はずだ」。

全編を貫く、けだるいジャズ。
それは最後にオルゴールの音色が足され、哀しさを強調する。
ラストシーンは、怖ろしく虚ろ。

ジャックの心のような、荒涼たる風景。
失ったものの大切さ。
初めて、失ってからわかる存在の大きさ。
ささやかでも、十分だった本当の幸せ。

悔いても、悔いても足りない。
もう、もどらない…。
身を切るような孤独。
切なさで胸が一杯になる。

猫を見送って1ヶ月。
もう、この手で触れることができない寂しさ。
大切なものが、そこにない喪失感。

猫がいた時に見た映画であり、猫がいた日々を思いながらこのラストを見るのは、一層切ない。
自分の手に触れるものが大切な存在だということは、ジャックのように忘れてはいなかったけど。
見送りに後悔が驚くほどなくて、予想していたひどいペットロスに陥らずに済んでいるけど。

この空の下、大切な者、そこにいた者がもうどこにもいない。
理屈ではない、寂しさ。
それがジャックと重なるのかもしれない。

モナの強烈なキャラクターに彩られた映画の、意外なほど切な過ぎるラストシーン。
映画はそれを見た時の自分の状況、思いも一緒に刻む。
「蜘蛛女」は、自分には忘れられない映画になっているのかもしれない。


怖いけど懐かし 「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」

俳優・仲代達矢さんの仕事という企画で、「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」を見ました。
下山国鉄総裁事件を扱った映画ですが、同じ題材の映画を一度、子供の頃に見た記憶があります。
これかなあ…と思って見たのですが、これではなかった。

私が見たのは、山村聡さんが出演していました。
かなり怖い映画でした。
映画でも事件は謎のまま。
得体の知れない、大きな力が働いていることだけはわかった。

良くは覚えていないんですが、事件の情報を知る人間が次々、不思議な死を遂げる。
最後に事件の鍵となる情報を知っていた人間も、面会前に死んでしまった。
白黒の画面で、電車の通るガード下らしき場所で、最後の鍵となる人物が息絶えたような…。
「日米戦争でも始まらなかったら明らかにならない」という感じで終わりました。

不気味な怖い映画でしたが、当時の記者の根性は印象に残りました。
巨大な権力に対して歯止めになるためにマスコミの人間は反骨精神を持つのだ、と。
名もなき庶民が大きな権力に踏みにじられないために、自分たち権力の反対側にいるのだと、がんばった。
ただ、映画の最後、主人公は自分たちに協力した人間が殺されて、その妻が狂乱したのを見た。

自分が死なせたと思うでしょう。
もう、犠牲は出せない。
この事件を追うのはやめようと思うでしょうね。
結局、この事件に関与しようとする人は無事では済まないという、やっぱり怖い映画でした。

さて、「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」は懐かしい、知っている顔の俳優さんが若い!
面影を残しているもんだから、うれしくなりました。
あれあれあれ?これは役所広司さん?って感じ。

仲代さんは、あんまり変わらない感じなんですけどね。
もう、いらっしゃらない俳優さんの若い頃も見られて、だから昔の邦画っておもしろい。
昔と言ってもこれは昭和56年の作品なんですが、もっと古いように感じます。


さようならで御座います 「丑三つの村」感想

「犬丸継男くん、ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」
最初に言ったように、かつてのビートたけしはギャグで、両手を棒のように挙げて万歳を連呼した。
映画を見た人には、あっ!となるシーンだったと思う。

万歳の声に送り出されていくのは、ビートたけしとコンビを組んでいたビートきよし。
だから、このギャグだったのか。
いや、それだけとは思えない。

なぜならこれは、ものすごいシーンだから。
これを、このシーンをギャグに使う当時のビートたけし。
「ブラック漫才」。

自分を育ててくれた祖母を残虐な方法で手に掛けることによって鬼と化し、殺戮に向かうシーンなんだから。
たった一人の軍隊。
一人ぼっちの出征。
孤独な、継男の、孤独な戦場。

ドキュメンタリーじゃないから、ドラマだからか、継男という犯人に感情移入するようにできている。
でも別に、犯罪を肯定するためにやっているわけじゃない。
だけど、冷酷な狂気が爆発しての事件ということなら、「八つ墓村」の方の描写がそうなんですね。
これは青春映画。

というか、理解を超える事件の場合、どうにかして理解しなきゃ怖くてやってられない。
被害者にも非があるとか思わないと、怖くてやっていられないんでしょう。
それが時には、とてつもない誤解と第二の悲劇を生むわけだけど。
ただ、この事件を題材に映画を作った場合、こういう解釈で作るのもありなのかと思う。


冒頭、兵士を送り出すのに駆け出して途中でつまづく継男。
これが後の継男を象徴しているのか、していないのか。
帰っていく継男が見るのは、鶏虐待。

ここね、嫌なシーンなんです。
弱いものいじめと言うか、抵抗できないものをみんなで鬱憤晴らしにいたぶっている。
ここも、鶏を後の継男や村の男たちに投影させているシーンなのか、そうでないのか。

鶏と言えば、継男がいよいよ、凶行に及ぶ晩、おばやんが電気がつかないのを知って、「今日はけったいな日や。鶏は急にしんでしまいよるし」と言う。
ここいらの描写はないけど、継男がおそらく、すべて終わりにするつもりだから、鶏もしなせて行ったんでしょう。
しかし、凶行に及ぶ継男が表に出た時、鶏小屋に「コ~、コココ」とつぶやく鶏の姿があるのに、私はホッとした。

さて、出征を見送って家に帰る継男が道でさわやかに挨拶すると、みんな挨拶してくれる。
小高い森の上から見た村の風景。
何度も出てくるこの風景は、最後に怖ろしい風景に変わる。

つぶれそうな小さな家々。
障子が破れ、茶色くなっている戸口。
ここではピンクや水色などのパステルカラーは、存在しない。
きらびやかな光というものも、見かけない。

鉄やプラスチックや、ビニールなどの工業製品は目に入らない。
かやぶき屋根、わら、石。
素朴で粗末で、何もかもが茶色く、古く、すすけている。
どこでロケしたのかわからないけどこのすすけた感じ、今は作ろうと思っても作れないんだろうな。

その村で、継男が始まって以来の秀才と言われている。
特別扱いされている。
継男の祖母は、原泉さん。

怖いおばあさんを演じたら、天下一品。
ハリウッドにだって、こんな怖いおばあさんはいないんじゃないかという女優さんだけど、ここでは継男に優しい祖母。
これがまた、うまい。

継男の夢は兵隊になることだが、おばやんは誇らしげに見送ると言ってくれる。
だけど継男が出征したら、大声上げて泣くかもしれないと1人になってつぶやく。
あの子が自分を置いて、街の学校になど行くわけがないと言う。
村のはみ出し者、よそ者と遭遇して、おばやんのことを言われて温厚な継男が怒る。

継男がいかにおばやんを大事に思っているか。
自慢の孫をかわいがるおばやん。
継男とおばやんの絆。
見ているだけで、これから後の展開の切なさが胸に迫ってくる。

忠明たちよそ者の暴れる場面では、村ではこの忠明と称するよそ者たちがどんな扱いを受けているかがわかる。
村がどれほど閉鎖的かも、わかる。
そして、継男が胸が悪そうなところも。

そしてやってくる、ミオコ。
五月みどりさん。
色っぽい。
ミオコとの会話から、村がみんな血縁関係にあるような間柄だとわかる。

この血の濃さ。
閉鎖的社会。
継男の先輩の哲夫の「しまいにゃ、ばちあたるで!」の言葉が、この村の行く末を暗示する。
怪しげな商売をしている様子ではあれ、外の世界を知っている哲夫には、この村の異常さが客観的にわかる。

継男は村の子供たちを集めて、話をするのが好きだった。
子供と遊ぶ継男が、最後に子供まで…。
古尾谷さんはどう見ても、おとなしく、頭のいい継男だ。
どう見ても秀才の性格のいい青年の継男が、なぜそんな狂気に至るのかと思う。

だが子供は夜の夫婦の様子を、無邪気に演じてみせる。
継男は何のことかわかるから、どぎまぎする。
しながらも、どんなかちょっと聞いてみる。

狭いこの村で家で、性が開放的というか、乱れるというか、そうならざるを得ない状況ということもわかってくる。
後にミオコとだって継男は、子供が何人も寝ている次の間で情交に及ぶのだから。
哲夫に言われて夜中に散歩してみた継男は、えり子が村の有力者・勇三と絡み合っているのを目撃する。
その後、自警団の男たちに遭遇し、勇三のずるさ、大人のずるさに触れる。

青年らしい正義感3割、えり子、いやもやもやした下心7割といったところでえり子を訪問。
継男を誘惑するえり子、池波志乃さんのことを「昼間から布団でだらしないかっこをしていても絵になる女」と称した文章を読んだことがありますが、まさにこの本量発揮。
うろたえるどころか、継男を堂々と誘惑、押し倒す。
継男なんかひとたまりもないですね。

次は、ミオコの誘惑です。
この辺り、継男、古尾谷さんはまだ女性たちに翻弄される純情少年。
さて、いろんなことがちょっと気になるお年頃の継男には、気になる幼馴染がいる。
無邪気な、かわいいやすよ。

このやすよと継男も、実は従兄弟ぐらいの間柄。
だから結婚は、できない。
つまり、そのぐらい、この村の血は濃い。
しかし継男が結核でなかったら、一緒になっていたと思われる。

やすよを演じる田中美佐子さんが、本当に初々しく、かわいらしい。
この暗く、血なまぐさく、息が詰まるような悪意の渦巻く村で、彼女だけが清らか。
彼女だけが健全。
病んでいく継男がなおさら彼女に惹かれるのも、当たり前。

継男と一緒に村を見つめていると、村が夕焼けで真っ赤に染まっていく。
もう、この村の惨劇、忠明らに降りかかる運命をはっきり示している赤い色。
不吉な色。

哲夫の半ば受け売りかもしれないが、継男は自分も誘惑されて乗りかかっているのに、この村の人間関係と行動が気持ち悪いと言う。
まだ、継男は青年らしい健全さを失ってはいなかった。
それに対して、やすよは言う。
女は寂しいんだと、やすよは言う。

この閉鎖的な社会。
逃げ場がない社会。
男にすがるしかない社会。
その中でやすよが小さな幸せを感じるとしたら、好きな男と一緒になることだけだと言ってるように見える。

そして悲劇は、さっさと来る。
結核の診断。
呆然として、立ち上がれない継男。

だけど、軍医からの結核の診断の後、すぐに村人が継男を無視し始めるのって早い。
情報が早すぎる。
娯楽がないんだ。
外の世界とか、村のほかに目を向ける場所も視点もないんだと思う。

そして村人の変わり身の早さ、豹変。
昨日まで秀才天才と持ち上げられていた継男には、つらい。
おばやんにも、つらい。

あれだけ継男を誘惑したミオコが、徹底的にキスを拒む。
最後には「最初から嫌いやったんよ」と、拒絶する。
露骨に誘惑していたえり子にも、拒絶される。

やることがない、誰にも相手にされない継男は山をうろうろしていた犬に吠え掛かる。
この後、継男はこの犬をつれて歩いている。
まさか、この犬も殺さないよね…。

そのシーンは嫌だなあと思っていたら、犬はいつの間にかいなくなっていた。
ほっ。
ディレクターズカット版では、犬についてのシーンもあったのかもしれない。

そしてやすよは、継男と引き剥がされるように嫁に行かされる。
私、嫁に行く先がてっきり隣村かなんかだと思ったら、やっぱり村の中だった。
どれだけ血を濃くするんだ。

誰にも相手にされない継男に唯一、和子だけが優しい。
継男も和子に惚れられていると思ってしまうほど、優しいのか、継男がまだちょっとうぬぼれる余地があったのか。
だが和子は、哲夫といちゃついていた。

血が濃いと言いながら、和子といちゃついていた哲夫。
しかし、外の世界を知っている哲夫は、先輩としてふさわしい態度で継男に接する。
哲夫は、新井康弘さん。
新井康弘さんのキャラクターは、この役が一番生きている気がします。

哲夫の忠告も聞かず、継男は夜這いに行き、間違えて母親の布団に入る。
この時の継男はかなり、情けない。
そして、和子に、母親に思い切り傷つけられる。

和子が、一番ひどい豹変をする。
優しかっただけに、恨みが深い。
注文が厳しくて縁談をまとめるのが大変だったと言う、村のおばちゃんの言葉からすると、和子は結構な野心を持っていた女性なんだろう。
継男にも村一番の秀才への野心のみで親切にした、したたかな女性だということがわかる。

そして継男は、村の暗黒部分を目撃する。
忠明を私刑にかける村人たちの様子は、まさしく鬼だった。
常識人であり、青年らしい潔癖さをまだ失わない継男は駐在に、忠明は自殺ではないと言う。
しかしそれは秀才と言う地位を失い、ごくつぶしと言われる身分になった継男の行動としてはあまりに危険なものだった…。

この継男を笑う男たちの目が、ものすごい怖い。
ああ、閉鎖的な社会って怖い!って思ってしまう。
笑っているのに誰一人、目が笑っていない。
みなさん、熱演です。

特に凄みがあるのは、後の烈堂さまこと、夏八木勲さん。
みんなが笑っている中、1人笑いをやめて継男を凝視する。
ああもう、殺すことに決めたんだなと読める表情です。
この時は、夏木勲という表記ですね。

自衛の手段として、継男は銃器を買い求めたように見える。
殺されないために、武装する。
殺されないために、殺す。

しかし、山の中で恨み深い常代の名前を書いた等身大のわら人形を相手に銃の訓練をする辺りは、自衛というより、恨み。
今見ると、継男が大量殺戮に走るまで、あまりの大量殺人に走るまでが弱い気がしてしまった。
何もそこまでする必要あるか…という感じだけど、ここまで陰湿なエピソードが重なった上に、継男がねちこくいじめられるところをあと30分も描かれたらたまらない。

今、ディレクターズカットなんかが出たら、そこのところが丹念に描かれていたのかなと思う。
でもここに至るまで、もうひとつ、恨みが重なる描写があれば、継男の行動に自然さが感じられたのかもしれない。
または私刑と、常代と和子のシーンが逆ならすんなり理解したかも。
ミオコの夫の中次とのもめるシーンがあったら、もっと理解できたか。

それでも村人の狂気が、継男の狂気を呼んだという解釈もできる。
山の中で人形を撃つ継男の顔に、狂気が宿り始める。
夜中、継男は「犬丸継男の戦場」と書いた地図を広げる。

そんな状態に来て、やすよの結婚が壊れた理由をその本人たちに話す嘉子。
どれだけ、継男をバカにしているか。
継男は自分をバカにしたより、おばやんがかわいそうだったのではないか。

ここで継男は嘉子に、今にバチ当たると言う。
今度は哲夫の受け売りではない。
継男をバカにしているうち、村人たちは継男の存在を軽く見るようになっていたかもしれない。
だがミオコは怯える。

ミオコの家に入った後、中次と対峙した時の継男は、中次には一応礼儀正しかった。
この中次が、石橋蓮司さん。
「ミオコ、お前!」
「お前は呼び捨てにせんでええわい!」の辺りが、おかしい。

これが決定打になったか、継男はおばやんを哀しませないために先に殺して、凶行に及ぶ決心をする。
だがおばやんは察知して、逃げ出す。

一度は逃げたおばやんだが、刑事にはしらを切りとおす。
おばやんはあくまで、継男のために生きているのだ。
この辺りのおばやんが愛しく、悲しい。

おばやんが逃げた後、探しに言った継男は、やすよが風呂に入っているのを見る。
思わず押し倒し、「俺がもろうたる。俺の子供生め。村一番の子供や!天才と別嬪さんのガキや」と本当はずっと言いたかったことを言う。
さらに「俺の血や。立派な…肺病病みの子や!」と自嘲する。

しかし突如、発作はやってくる。
血を風呂に吐いてしまった継男は、自分の現実を思い知った。
頭を冷やす、自分を笑うために、お湯を頭からかけた継男に、やすよは自分もかぶってみせる。

「そんなこと、私はかまわない」。
運命共同体。
二人で何度もお湯をかぶり、彼女の気持ちを見た継男は彼女だけは自分の運命に巻き込むまいと走り去る。

哲夫は嫁入りする和子を見ていた継男を、未練たっぷりかと言ったが、そうではない。
もう、継男には和子は標的以外の何物でもない。
継男が守らなければならないのは、おばやんとやすよだけ。

哲夫が諦めたように、入隊を告げる。
「行きとおても行けん奴。行きとのうても行かんならん奴。うまいこと言うな」が皮肉な響きを持つ。
継男はうらやましい。

行くべきところに行けて、死ねる哲夫がうらやましい。
「行けるところがある人は、ええわ」。
もうすぐ戦争に行かされる哲夫は、何かを察したのか。

銃を買い込んできた継男の前に、やすよが現れる。
かつて、無邪気に遊んだ山で、道が完全に分かれてしまった2人が会う。
やすよはまた、嫁に行かされる。

以前、やすよは村の女は寂しいと言った。
でも継男だって、寂しいのだと言う。
頭がいいだけに、いろんなことが見えてしまって、単純に快楽には走れない継男こそ、寂しかったんだと思う。
そして今は本当に孤独になったのだと思う。

この映画は、情交のシーンが丹念に描かれている。
でもこのシーンは、男性サービスシーンと言うだけじゃなかったのかもしれない。
継男の大人への変化と、狂う段階を示すためのシーン。
人と最も濃密につながろうとする、継男の寂しさを描くためでもあったのかもしれない。

それが裏切られたとき、深い恨みに代わる。
濃密であれば、濃密であるほど恨みは深い。
恨みの深さを描くためにも、情交のシーンは丹念に、濃密に描かれたのかもしれない。

やすよと最後の別れをした継男を待っていたのは、ミオコの家が夜逃げ同然にいなくなった知らせだった。
継男が原因だと、継男は八一に責められる。
ほとんど、私刑・死刑の宣告がされる。

「逃げられた」と継男は言ったが、この事件を描いたマンガ「負の暗示」にもあるように、ミオコには継男を追い詰めた自覚があったのだろう。
継男の絶望が、ミオコには見えた。
だから危険を察知した小動物のように、ミオコは一家を連れて逃げた。

手先が器用で頭がいい継男が、犯罪に向かってまっしぐらになったらどれだけ怖いか。
自転車用のライトと、懐中電灯を結び、カチッ、カチッとつけてみる。
ライトに照らされた継男の顔は、まさに鬼になっている。
「こらやっぱり鬼や」と、満足そうに言う。

そして何度も見慣れた風景が出てくる。
村の、小さな家が立ち並ぶ、小川の風景。
「皆様方よ。今に見ておれで御座いますよ」。

出ました。
宣伝コピーにもなった、セリフ。
しかしこのセリフ、もっと恨み深く言うかと思ったら、あっさりと言っている。

だからこそ、怖い。
もう、殺すことは、未曾有の大量殺戮は遂行されるだけだ。
彼の中では、何の罪の意識も、人の命の重みもない…。

やすよにもらった組みひもを取り出し、首に巻きつけ、自分で自分を締めて「ぐえっ」「ぐえっ」と舌を出し、声を出す。
彼ももう、生きているつもりはない。
インテリの穏やかな継男青年は、もうどこにもいない。

やすよに手紙を出しに行く継男は、ニワトリの羽を拾う。
忠明らが殺したニワトリ。
だが、継男はニワトリにはならない…。
そんな熱い決心が感じられたわけでもなく、こちらが思っているだけで、継男は淡々と羽を拾い、捨てる。

犯行当日の夕焼けは、わざとらしいほどの血の色だった。
でもこれは不気味。
赤い闇の中、継男が電線を切る。
始まる。

おばやんが、ニワトリは急に死んでしまいよると言ったところからすると、継男はニワトリも後顧の憂いなく、毒殺してしまったんだろうか。
あ~、犬をどうこうするの描写がなくて、良かった。
しかし後に継男が家から出るとき、家の入り口の小屋にはニワトリがいるのだった。

和子が戻ってきているのを知った継男は、これぞ天の助けと言った風に喜ぶ。
ゴーサインだ。
その夜、村は不吉なほど、静かだった。
この時流れるシンセサイザーの音楽が、シーンに向いていないと言われているようですが、この静けさには合っている気がします。

誰も動いていない。
小川が流れ、木々がざわめくだけ。
時計の音が響く。

ここで音楽を鳴らしても、吸い込まれていくような静けさ。
落ち着きのない私は、こういうのがダメ。
こういうのが怖い。

ガシャガシャ、パッパー、ジャンジャン、ザワザワしているのが安心。
田舎暮らしができないですね。
私は寂しがりやというのではなくて、臆病なんだと思う。

そしてついに訪れる、惨劇の時。
実際の犯人もこんな風に時を待っていたのだろうかと思うほど、リアルな描写。
1時の鐘が鳴るまで待つ。
戦場だから、下着まで全てを着替える。

継男はこんな時でも律儀、まじめ。
この律儀とまじめが虐殺に向かうんだから、とんでもないことになるわけだ。
装備していくあたりから、じわじわと盛り上がっていく。

おばやんを殺すシーンは、私はやっぱりひどいと思いました。
「俺を夜叉にしてくれぃ!鬼にしてくれ!」
自分を愛し、育てた祖母を殺して継男は文字通り、鬼になりました。

「犬丸次男くん、ばんざあーい。ばんざーい。ばんざああーい。ばんざああ…い」。
たった一人の出征。
誰も見送ってくれない出征。

もう、誰も、自分を愛してくれた人はそばにいない。
だから、継男は自分で自分を祝う。
想像を絶する孤独。
飛び散った血で染まる、継男の顔、日本刀の柄。

ついに始まる殺戮は、音楽もなく、リアルだ。
闇の中、継男の頭の懐中電灯と胸のライトだけが動いているのを見ると、実際はこんなだったんじゃないかと思える。
最初の犠牲者は、壮絶な表情で殺される。
寝込みをいきなり刺されるって、実際はこんななんじゃないかと思わされる。

しかしこれはまだ始まったばかり。
血の飛び散り方、流れ方。
逃げる人、はいずる人。

恐怖で声も出ない人。
撃たれた人。
主に逃げる人をカメラで追っているせいか、みんな、ものすごく芸達者でリアルなのだ。

常代に向かって、銃口を向けながらの継男の「くそばばあ。夜這いに来たで」は、ものすごい。
怨念爆発。
「結婚、おめでとうさん」もすごい。
まさにこれは今までの仕返しだということを物語っている。

和子の口への銃口押し込みは、ぎゃーやめてやめてと思った。
これはね、この和子は想像を絶する恐怖だと思う。
匕首で止めを刺すんだけど、これはもう、匕首でよかったと思ってしまう。

次の、やすよを追い出した文明の家庭への襲撃は、子供も巻き添えのまさに鬼。
ここはやっぱりひどく残酷。
闇の中、逃げていく文明を継男のライトだけが照らし、後は真っ暗というのがリアル。

文明が逃げ込んだ家の者にも銃を向けるけど、老人の必死の悪口を言わなかったという叫びで、継男は撃つのをやめる。
このあたりが継男がいかに、悪口を言った人間を恨んでいたかがわかる。

そして栄子のいる家。
栄子が気丈で、「おかやん、どないしたんや!」と叫ぶ。
この人は本当に継男が嫌いでいそう。

しかしそんなことが今の継男に通じるわけがなく、アッサリ撃たれる。
ここは皆殺し。
布団をかぶった老人まで、撃っている。

次は恨みの深い八一。
襲撃されるまで寝ていたみたいなので、案外わからなかったんですね。
もうパニックになっているから、子供だろうと妻だろうと盾にしそうになる八一。

真っ暗な家の中、ライトが八一を照らしている。
逃げていく八一をカメラが追うのが、すごくリアル。
これ以上の恐怖はないといった表情で、八一が逃げていく。

3人の若い女性は、絶叫しながら逃げる。
最後の1人が田んぼの中で撃たれるんだけど、人間は必死になるとああやって逃げるだろうと思う。
そして何かを感じたやすよが戻ってきて、継男にもうやめてとグシャグシャの顔をして訴える。

次の嘉子への「おばちゃん、こっちや」が笑いを含んでいる。
太一の必死の抵抗もむなしく、匕首で止めを刺される。
この後、ヤギの乳を搾り、喉を潤す。
「はー、はー…。よしっ!」

もう、人を殺しているとは思えない。
実際にはこんなになっちゃってるのかもしれない。
この日常感が怖い。

そして恨みの深い勇三。
しかし、勇三は殺せない。
「時間がない」と言うのは、一体なんだ。
まだ警察は来ないけど、えり子を撃ちもらすのを怖れたのか。

一見、助かってラッキーな勇三だけど、生き残ってかつての勢いが保たれたとは思えない。
知り合いが、この事件のあった村の近くが出身地なんですよ。
それで、この知り合いの家に行くのに、事件のあった村のほうを通っていった人がいる。
知り合いの家の人がそれを知ったとき、「良くあんなとこ、通れたね」と言ったらしい。
当たり前なんだけど。

「なぜ?」と愚問を投げかけてみたら、「地元の人間だってあそこは通らない」と言う。
「どうして?」とさらに頭の悪い質問をしてみたら、「気持ち悪いでしょ!」と言う。
70年経ってても。
そんな状況で、あの勇三がまともにやっていけたのか。

あの辺りの村の人が今もあそこは通らないと言うぐらいなので、生き残った彼への風当たりは相当きつかったと思う。
1人残されて、勇三こそ生き地獄だったんじゃないか。
正気でいられたのか。
それを言ったら、やすよが心配だけど。

継男の最後の目的の、えり子。
池波志乃さんの恐怖の表情、逃げる様子は白熱の名演技。
まさに恐怖そのもの。
妻をかばうおっちゃんとのやり取りが、妙におかしいのがかえって悲劇。

「ここがいかんのや」。
倒れたえり子の着物の裾をめくるあたりがもう、戦慄。
ここは銃声も消して、ただ血が飛び散るだけ。
しかし凄絶な殺し方…。

終わった。
この直後に流れる青春映画の音楽風の曲が、おかしいという意見を聞きました。
私はこれで、ああ、これは青春映画なんだと理解しました。
惨劇の青春。

やすよの腹に耳を当てて、聞こえる…と言うが、本当に継男の子供はいたんだろうか。
いたとしたら、やすよはその子供をどう育てて行ったんだろうか。
この後、やすよは、村はどうなったんだろうか。

夜が開けて、確か原作では継男は村を見下ろして、150人ちょっとしかいないこの村はっ今日から火が消えたようになるぞ…と思うんですね。
やすよにもらった紐を捨てる。
鬼になった自分にはもう、安らぎはない。

朝露を口にして、末期の水。
銃を口にくわえ、「皆様方よ。さようならでございますよ」。
このセリフが、古尾谷さんと重なってたまらなくなる。

古尾谷さんの熱演。
この映画が、古尾谷さんという俳優を知られるために残ってよかったです。
古尾谷さんを見るてめだけに見てもいいぐらい、彼は「犬丸継男」を生きてます。

無茶な言い方だけど、彼は自殺しちゃいけなかったなあ…。
すごくいい俳優さんだよね…。
それだけにつらかったんだろうけど、悲しい。
胸が締め付けられるラストシーン。

音楽が流れる。
青春音楽のような曲が。
そして、スタッフの名前が出て、最後に田中登監督の名前が出る。
灰色の山に、血を思わせる夕焼けか、赤がかかったタイトルバック。

「終」の文字。
そして銃声が響く。
悲しい。
切ない。

しかしこれしかなかった…。
終わるなら、これしかなかった。
そう思わせるラスト。
悲劇、惨劇、継男の人生、映画が終わる。


惨劇の映画だけど、古尾谷雅人さんを見る映画と言ってもいい。
彼もまた、好きか嫌いかは、人それぞれと言える個性の強い俳優さん。
私生活について、夫人が書いていた著書を読んで、思うことはある人もいるでしょう。
しかし、優作氏についても言えることだけど、それぞれに言いたいことがあってもこの映画の、この時の古尾谷正人という俳優は輝いている。

永遠にこの姿は、スクリーンに残る。
だからか。
だからなのか。

最近、おなくなりになった俳優さんたちのスクリーンでの輝く仕事を見ることが増えました。
自分がリアルタイムで見た映画の出演者さんたちが、おなくなりになってしまっているということなんですが。
リアルタイムで見た時より、一層その姿が強烈に見えるんです。

経験から、感情移入することが出てきたということもありますね。
もう会えないという、心理的な作用。
それと、こちらも年齢を重ねたから、彼らのすごさ、すばらしさが年月を置いて、冷静に見て判断できるようになっているのも大きい。

だとしても、彼らの輝きは心に残る。
俳優さんたちが、スタッフさんが、映画に心血を注ぐ理由がわかる気がしました。
その後に何があったとしても、その時の彼らの輝きが永遠に刻まれるからでしょう。
古尾谷さんにとって、この映画はまさにそのひとつだと思います。