こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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僕は6つの時… 「影の車」

街にクリスマスソングが流れる季節になった。
泰子の顔は浮かない。
そして空に凧が揚がり、正月がやってきた。
着飾った啓子を前に、幸雄は年賀状を確認していた。

おせち料理を前に、啓子は幸雄の食欲が最近ないと心配した。
啓子は今年は、生活のリズムを見直したいと言った。
今まであまりにもお互いの仕事に没頭していた。
これからは、たまには外で一緒に食事をしたり…。

そう言った時、ドアフォンが鳴った。
フラワー教室の生徒が、啓子に新年のあいさつに来たのだ。
笑い声を聞きながら、幸雄は考え事をしていた。

泰子と健一も、正月のおせちを前に食事をしていた。
健一に泰子は、今年は何がしたいと聞いた。
すると、健一はスキーがしたいと言った。

健一が凧を揚げに外に出てしまうと、泰子も考え込んだ。
幸雄の職場に、泰子から電話がかかってきた。
外は冬の雨だった。

離れた喫茶店で、2人は会った。
泰子は、うなだれていた。
全然、幸雄が家に来てくれない。
奥様がお気づきになった?と泰子は言った。

やがて泰子は涙を浮かべ、泣き始めた。
周りを気にしながら、幸雄は「ちょっと健ちゃんのことで」と切り出した。
「何て言ったらいいのかな。僕を見る健ちゃんの目が…、何もかも知っていて…」。

「それをとがめるような…」。
「何かあったの?」
「いや」。
「何だ、そんなことだったの」と,
泰子は笑った。

健一はだいたいが、人見知りする子供だ。
それが幸雄には、あそこまでなついているのだ。
泰子は「いっそのこと、浜島のおじさんにお父さんになってもらう?」と聞いたら、健一は「うん」とはっきり答えたのだと言う。
幸雄は驚いた。

「健ちゃんが?」
「ええ」。
「健一は私の子供よ。一番初めに気が付くのは、この私じゃない。何があったか知らないけど、それはあなたの錯覚だわ」。
「錯覚?」

「そう。ごめんなさい、あなたってひどく気が小さくて神経質みたいなところがあるから」。
「そう。そうかも。…そうなんだ」。
「そうよ」。

「ただ、何となくね。僕は罪の深いことをしていて、それを知っているのは健ちゃんだけだって、そう言う意識が」。
「私たち、そんなに罪の深いことしてるかしら」。
「そういう意味じゃないんだ。僕の錯覚なんだよ」。

今度の土曜日の約束をして、2人は別れた。
幸雄が、泰子の家に泊まることになる。
「大丈夫?」
「ダイジョブ、大丈夫だよ」。

土曜日が、やって来た。
幸雄は出張の支度をしていた。
ちらりと啓子が見た。

「ねえ、コーヒーが入ってるわよ」。
「うん」。
「何をそわそわしてるのよ」。
「久しぶりで温泉入れるから」。

帰りは日曜の夜になると言った幸雄に、啓子はフラワー教室だから夜は食べて来てくれと言う。
幸雄は通常のように、出勤した。
仕事中に、時計を気にする。

夜、幸雄は泰子の家にいた。
薪をくべて、風呂を焚いていた。
健一と一緒に風呂に入っていると、ネズが天井を走って行く。
「ニャー」と健一が、猫の鳴き声をまねた。

雪山のスライド写真を、幸雄は健一に見せた。
「ここどこ?」
「スキー場だよ」。

それを聞いた健一は目を輝かせて、泰子を呼んだ。
「お母さん、見て見て!」
2月になったら、スキーに行かないかと幸雄は誘った。
宿は一杯だろうが、幸雄の仕事上、そういったことはどうにでもなると言う。

泰子が、風呂に入っている。
女としての、幸せをかみしめていた。
部屋からは、健一と遊んでいる幸雄の声がする。

泰子がもう10時なので、健一を寝かしつけようとする。
だが健一は、なかなか寝たがらなかった。
やがて健一も寝付いた。

幸雄と泰子が向かい合って、話している。
泰子が夜中に目を覚まして、たまらなく寂しくなることがあるという。
幸雄も夜中に目を覚まして、なぜ横にいるのが泰子ではないのかと思うと言った。
だから泰子は、一晩だけで良いから、泊ってほしかったと言う。

幸雄がうなづく。
戸を開き、泰子が健一が寝ているのを確認した。
泰子を幸雄が連れて行く。
健一が寝返りを打つ。

幸雄は言った。
「君とこうなったからには妻とは別れる」。
「だがすぐというわけには」。

「私も健一と一緒に待つわ」。
「健ちゃん?」
「そうよ」。

霧が満ちて来る。
幸雄はふと、目を覚ました。
トイレに立つ。
タバコに火をつける。

外はうっすら、明るくなり始めていた。
トイレから幸雄が出て来る。
すると、暗い部屋の中、健一が立っている。

手元が光る。
光ったのは、鉈だった。
幸雄の口から、ポロリとタバコが落ちた。

健一は無表情だった。
近づいて来る。
鉈を持った手が振り上げる。

ぎゃああああっ。
悲鳴とともに、幸雄が走る。
健一の手をつかむ。
鉈を持った手をつかみ、健一を押し倒す。

首を絞める。
泰子が起きてくる。
健一が幸雄を、憎しみの目で睨む。

鉈が落ちた。
きゃああああっ。
泰子の絶叫。

幸雄は、取調室にいた。
刑事が事実を確認している。
「トイレから出たら、子供が斧を持って立っていた」。
「殺そうとしたので、君が飛びかかった」。

刑事は医者にも、確認していた。
夜明け近く、母親が飛び込んできた。
車で、15分ほどの場所だ。
医者の家の停留所の隣の停留所だった。

すぐに医者は、車で泰子の家に来た。
その時はもう、健一は蘇生して呼吸をしていた。
だがまだ意識が戻っていなかったので、強心剤を注射した。
すると、すぐに意識を取り戻した。

泰子と幸雄は、涙を流さんばかりになって、口外しないでくれと頼んだ。
いや、実際に泣いていた。
だが医者は、ことがことだけに後で何かがあった時に責任が取れないと通報したのだ。

刑事が確認する。
「子供が君を殺そうとしたので飛びかかり、首を絞めた」。
「だがね、相手は頑是ない子供だよ」
「君が寝ぼけていたんじゃないのか」。

「いえ、そんな」。
「君はあの女に夢中になった。女も君に惚れ抜いている」。
「女と結婚したかったんだろう?」

「そうです」。
「その場合には、子供が邪魔になるわけだね。どうなんだ」。
「…。一時はそんな風に思ったこともありました。しかしあの時は決して」。
「すると君は普段からあの子供さえいなければ、という意識がある程度あったわけだね」。

「自分たちは好き勝手なことをしたい。そのためには子供が邪魔だ。邪魔者は殺してしまえば」。、
幸雄は刑事の言葉をさえぎって、叫んだ。
「そんな、そんなバカな!」

「あの時は、子供が鉈で私を殺そうとしたから!」
「冗談じゃないよ!」
刑事が怒鳴った。

「相手は6つの子供だよ!そんな子供にハッキリとした殺意があるかね?」
「刑事さん、子供がはっきりと私を」。
別の部屋では、泰子も取り調べられていた。

「健一があの人を殺そうと…。そんなバカな」。
「だけど浜島はハッキリと、そう言っとるよ」。
「それは何かの間違い」。

「でも現場には、鉈が落ちていたのは事実だ」。
「それを子供が持っていたとも考えられる」。
泰子は「健一はいつも一人で」と言った。
「1人で?」

「朝早く目が覚めると、鉈を持って裏の林に行ったりしていたんです」。
「あの時もそうだったんです」。
それを幸雄は気が小さいから、見間違えたのだと泰子は主張した。

「冗談じゃないよ!」と刑事はまた怒った。
「今度の事件の一番の被害者は誰だ?」
「浜島の細君だよ!」

そう言われた泰子は、ハッとした。
妻は団地もいられなくなって、実家に帰った。
何の落ち度もない妻の一生をめちゃくちゃにしたのは、幸雄と泰子だ。

「要するに自分たちさえ楽しければ、他のものはどうなってもいい」。
「そんな考えだから、邪魔なものは殺してしまおうと考えるんだ」。
「刑事さん、あの人が健一を殺そうだなんて」。

じゃあ幸雄の言う通り、健一が殺そうとしたのか。
そんなことも、考えられない。
そんな怖ろしいこと。
泰子は、頭を抱えた。

「とっても何か、怖ろしいことが。怖ろしいことが…」。
泰子は泣き叫ぶように言うと、机に突っ伏した。
刑事は冷たい目で見ていた。
泰子が放心したようにコート着て、帰って行く。

雪が降っていた。
カラスが木に止まって、鳴いているのが取調室の窓から見える。
「いくら言ったらわかるんです」と、幸雄が絞り出すような声を出した。

「全部話しましたよ。あの子が鉈を振りかざして飛びかかってきた。だから」。
「いい加減にしないかね。子供相手の正当防衛の話は」。
「どうしてあなたは僕の話の、大事な部分を聞こうとしないんです」。

「それは十分聞いたよ、出刃包丁、ネコイラズ、うちの中への閉じ込め。いい加減な作り話は」。
「作り話?」
「君にとっては都合の良い、被害者意識の妄想だ」。
「妄想」。

そう言われて幸雄は、メガネをとった。
わなわなとした手が、メガネを握りつぶす。
手から血が流れる。

「そうじゃないか」。
「相手はまだ頑是ない、6つの子供だよ」。
「嘆かわしいことだが、最近の犯罪者には君みたいなのが多すぎる」。
「こいつが邪魔だ邪魔だと普段から思っている。相手には何の気持ちもないのに、全部自分の都合の良いように結びつける」。

「それは誰かをやっつけるための自分自身の想像だよ」。
「しかし今回に限っては、そんなことは通用しない」。
「小学校1年生の子供が、大の男を殺そうとして鉈を手に飛びかかる」。
「ありえない」。

「そんなことは絶対に」。
「いや、ある!」
幸雄は叫んだ。

「どうして、あるのかね」。
「あるんだ!」
幸雄は頭を抱えた。
顔を上げる。

刑事がハッと見る。
幸雄は、深いため息をついた。
外の木に、カラスが止まっているのが見える。
「僕は6つの時…」。

海辺に、カラスがいた。
崖の上。
6歳の幸雄が、鉈を手に何かを打ち付けている。

そばに落ちている縄を手に取り、巻き始める。
縄を腰に巻き付けて釣りをしていた、母の元にやってきている男。
男がやめろと手ぶりで示す。

幸雄が男を、見る。
その目は悲しみと怒りと、憎しみに満ちていた。
男は再び、釣りに集中する。
何かが、かかった。

男は腰の命綱を手で確かめると、身を乗り出した。
幸雄が見つめる。
荒い波が、岩に打ち付けていた。
この辺りは岩場になっている。

幸雄は鉈を手に取る。
地面に置いてある、縄に向かって鉈を振り下ろす。
その縄の先は、男の腰に巻き付いている。
命綱だった。

縄が徐々に細くなる。
切れていく。
やがて、ぷっつりと、縄は切れた。
縄で支えられていた男の体が、投げ出される。

男は頭を、激しく岩に打ち付けた。
血が流れる。
そして、海に落下していく。

海に落ちた男は、両手を両足を広げて浮いていた。
海水に血が、にじみ出て来る。
男の帽子、釣り竿が水面に浮かぶ。
6歳の幸雄はそれを見て、うっすらと笑ったように見えた。

雪の中。
泰子の家の庭にも、雪が積もっていた。
雪の中、健一がいた。

健一は、ブランコに乗る。
1人、ゆらゆらと体を揺らしている。
その顔には、うっすらと微笑みが浮かんでいるようだった。



野村芳太郎監督。
松本清張作品の映画化では、「鬼畜」が印象深い。
あの時も岩下志麻さんと小川真由美さんだった。

この時は立場が逆。
いや、いつ、事件が起きるのかと思いました。
加藤剛さんが岩下さんを殺してしまうのか。
いや、小川真由美さんを殺してしまうのか。

いやいや、岩下さんが加藤さんを殺してしまう。
いやいやいや、岩下さんが小川さんを殺してしまう。
そうではなくて、小川さんが加藤さんを殺す。
もしかしたら、小川さんが岩下さんを殺す?

どれもあり得そうな展開でしたが、こういう展開でした!
おそらく、積極的で美しい女性だった妻に惹かれて一緒になったであろう幸雄。
しかし、結婚して10年。
子供もいないため、キャリアを積むというより、暇を持て余さないように啓子はフラワー教室を開いているのでしょう。

シャロンテート事件の話をどぎつい言葉で、話している生徒たち。
えげつないという感じがして、幸雄は家にいるのが嫌になっていたんでしょう。
そこに入って来たのが、泰子だった。

回想シーンの、ざらざらとした手触りのような映像。
かつて、自分が嫌悪した男と同じ行動を取っていく幸雄。
男の思い出と、現在の自分が重なる。

子供の立場から見ると、これはないと思う。
特にドライブで子供を置いて、2人でイチャイチャしに消えてしまう時。
子供、心細いでしょ。

川辺なんて、危ないでしょ。
もしこの時、子供に何かあったって可能性もある。
自分だって、昔、それが嫌だったんでしょ。

健一は最初に母親の意識が、自分ではなく男に向いているのを感じ取った時に絵を塗りつぶしてはいるけど。
でも、この時から健一はハッキリ、幸雄を敵とみなしたんだと思う。
自分から母親を奪っていく敵。

幸雄の立場になると、自分も含めて、子供は怖いということになる。
健一も不気味に映しているけど、子供の頃の幸雄はもっと不気味。
いやいや、業の深い男だねえ…。

これは…、「恐るべき子供」の話なのか。
それとも、罪の意識から妄想を抱いた男が自滅していく話なのか。
「恐るべき子供」だったら、三島由紀夫の原作を映画化した「午後の曳航」の少年たちが本当に怖い。
最後は母親の愛人の男を眠らせて、おそらく、解剖してしまったでしょうから。

健一はそう言う怖い子じゃない。
むしろ、健一の気持ちとしたら、「大人はわかってくれない」なのかも。
平然と幸雄が父親だったら、と言ってしまう母親。
それでいて「あの子のことは私が最初に気付く」と言う母親。

健一の気持ちがどれほど、不安になっているかわかっていたのだろうか。
でももし、健一が幸雄を殺そうとしていたのなら。
この母はそういうところも、わかっていなかっただろう。

確かに1人で林に行って、鉈を持って木を切る子ってちょっと怖いかも。
友達もいないみたいだった。
鉈で薪を作るのも、危ない。

でもあの時代は、そんなものなのか。
プロパンは高いから、薪、なんて言ってるんだから。
危ないと言えば、大きなネズミが台所に出没するのも怖い。

健一が帰宅すると、テーブルの上に食事が作って置いてある。
上に、昔、祖父母の家にあったような網がかけられて。
衛生面は大丈夫なのかと思うけど、1970年の日本はそんなものだったんですね。

泰子の立場になると、夫を亡くして4年。
当時まだ、そんなに女性の権利も立場も考慮されていない中、がんばってきた。
そこにふと、女性である幸せを思い出させてくれたのが、幸雄。
風呂場の鏡に映る岩下さんの顔が、いかにも女性としての幸せを味わっている風でうまい。

一番、同情的な描写がされていないように見えるのが、啓子。
しかし最後に芦田伸介さんが演じる刑事さんが、一番の被害者だと言う。
あの奥さん、フラワー教室も閉め、あの団地にもいられなくなったんだ。
ちょっとえげつないぐらいの女性同士のおしゃべりを見せられているから、どうなったか想像がつく。

おとなしい良い旦那さんねえなんて、会話もしていた。
まるでこの後起きることを想像させるかのような、おとなしいのが良いのかもという妻のセリフ。
泰子に今すぐはダメだけど、君と一緒になる。

夜中になぜ、隣にいるのが君ではないのかと言われている啓子。
その啓子が「一生別れるわけにいかないんだし」と言った時の、幸雄の困惑と嫌悪の表情。
加藤さんも、うまい。

健一もやがて、幸雄と同じ運命をたどるのでしょうか。
いやいや、健一は殺していない。
実際に敵意は抱いていたかもしれないけど、殺意を抱いていたかもわからない。

ガス中毒になりそうな時は、あれは完全に幸雄の妄想だと思う。
あんなに早く、子供が瞬間移動するわけがない。
ネコイラズダンゴはあり得るかもしれない。
しかし、それだって殺意とまではいかないと思う。

床に鉈が落ちていたのだから、健一は持っていたのかもしれないけど。
最後の鉈をふりかざす健一も、幸雄の妄想かもしれない。
泰子は、今まで通り、健一との2人の生活をしていけるのでしょうか。

ラストシーンの健一は、幸雄を追い払って微笑んでいるのか。
母親が自分だけの元に帰って来てくれることを、喜んでいるのか。
何も考えていないで、ただ遊んでいるようにも見える。
流れる音楽は、それだけ聴いていたらまるで恋愛映画のように穏やかで美しい。

回想シーンのざらついた映像の中、海辺で何かをついばんでいるカラス。
カラスが最後、取調室の窓の木に止まっている。
まるで、全部知っているぞと言うかのように。
いろんな見方ができて、そしてやっぱり、人間って怖いと思わせるこの映画。

ネズミや食卓、薪とプロパン以外にも、時代も十分、感じさせてくれます。
窓がサッシじゃなくて、木枠。
カギがくるくる回す、金属のねじ式。

懐かしい建物。
バスがすごく古い。
そしてバスが出る駅が「東急線」「青葉台駅」。

今はおっしゃれーなあの駅が、バスの停留所があるだけで何もない。
途中の道も、何もない。
窓から見えるのは、ブルドーザーが土地をならしている光景。
ここからあの、一大ショッピングセンターがあるオシャレな駅ができる。

泰子が歩く道も、林の中だったり、幸雄が「寂しくないの」と言うのもわかるほど何もない。
背後にある看板に「つくし野 分譲地 東急不動産」なんて書いてある!
1980年代には「金曜日の妻たち」や「くれない族」のドラマの舞台になる街。
いろんな意味で、おもしろく、怖い映画です。



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6歳の子供は殺意を持つか 「影の車」

加藤剛さんといえば、私には大岡越前様。
清廉潔白で、男らしい。
部下にいたら時には耳が痛いような意見も言うが、忠誠心が篤く、いざと言う時に頼りになる。
上司にいたらこの人のために動きたいと思わせ、実際に最後まで見捨てることはしない。

清潔感ある美形で、知性的。
自分はああはなれないけど、理想の人物像。
男性からも女性からも好かれる俳優さんでした。

しかし、この映画では小心で、自分にも理解できるずるさ、情けなさを持つ男を演じます。
これが結構、ピッタリハマってるんだ。
やっぱりうまい俳優さんなんだな。

1970年作品「影の車」。
原作、松本清張。
浜島幸雄は加藤剛さん。

小磯泰子は、岩下志麻さん。
大きな美しい目、可憐です。
浜島啓子は、小川真由美さん。
こちらもすごい美女。


暑い夏の日、通勤するバスの中で浜島幸雄は「浜島さんじゃございません?」と声をかけられた。
声をかけたのは、美しい女性だった。
「吉田でございます」。

彼女は吉田泰子。
現在は小磯泰子となっているが、幸雄と同じ海の近い小さな村の出身だった。
学生時代から美しかった泰子に、少年の幸雄は淡い恋心も抱いていた。

泰子は幸雄の利用するバスの、ひとつ前の停留所で降りた。
会わなかったのが不思議なぐらいだった。
幸雄は妻の啓子と、団地で暮らしている。

結婚10年目だが、子供はいなかった。
妻の啓子はアートフラワーの教室を主宰していて、幸雄が帰宅する時にいない時も多かった。
「今日、珍しい人にあったよ」と幸雄は泰子に逢った話をする。
「そうお」。

啓子は自分の教室の話をすると、掃除機をかけ始めた。
後半の幸雄の声は、掃除機の音にかき消された。
幸雄は旅行会社に勤めており、旅行が活発になって来た時期で仕事は忙しかった。
周りでは妻は働いてくれるし、良い家庭だと言われている。

青葉台駅で、仕事帰りの幸雄が降りる。
駅前のバス停で、数人前に泰子がバスを待っていた。
「あら、またお会いしましたわね」。

「4年もこのバスを使っているのに」と幸雄は言った。
「本当に不思議ですわ。お会いする時は立て続け…」。
泰子は、幸雄の故郷でもある千倉の街が一番印象深いと言った。

きっと、中学生という多感な時を過ごした街だからだと言う。
泰子の父は役所を定年退職し、すでに亡くなっていた。
当時は珍しい洋館の官舎に、泰子は住んでいた。
「汐入ってバス停が、ありましたでしょ」。

漁業を営んでいた村は魚がたくさん干してあり、幸雄の家もそうだった。
ちょっと行くと漁業組合。
その前を小川が流れて。
突き当りが酒屋で、そのあたりを曲がると浜島さんのお店で。

お母様はいつも一人で忙しそうに働いていらっしゃったわね、と泰子は言った。
思い出話に花が咲いた。
「お近いんだし、ちょっとお寄りになりません?」

泰子の言葉に、一瞬、幸雄はためらった。
「…そうですね」。
「どうぞ」。

「本当に懐かしいですわ、千倉のことは」。
泰子の家は、バス停から15,6分だという。
夕暮れで、蜩が鳴いていた。

連れ添って歩きながら幸雄は、「ずいぶん寂しい道ですが、夜遅いと大変でしょうね」と聞いた。
「でも慣れてますから」。
「いや、最近、この辺は物騒ですよ。先に帰られたご主人がお迎えにでも?」
「主人はおりません。4年前に亡くなりました。子供が1人、いるだけなんです」。

「子供さん」。
「ええ。6つになる男の子なんです」。
「じゃあ、小学校1年ですね」。

泰子は家に着くと、「ただいま、健ちゃん」と声をかけた。
家は、林を超えた畑があちこちにある、山の上にあった。
平屋で、台所のほかに部屋が2部屋ほどあった。

「こんにちは」と、幸雄は言った。
ケンちゃんと呼ばれたその子は、幸雄を凝視した。
子供が片付けたテーブルの下には、子供が描いた絵が落ちていた。

ネズミの絵だった。
ガタガタ、という音がした。
ネズミが台所の棚の上を走った。

夕食を食べながら幸雄は、母親は、まだ千倉で暮らしていると言った。
「あっ、これは」。
泰子が幸雄に、大根の漬物を出したのだ。
「ええ、おいしい大根がございましたでしょ」。

千倉にあった、ぬか漬けの大根のことだった。
泰子の母は早くに亡くなっていたので、こういうものは家政婦さんが作ってくれていた。
幸雄はおいしいと言って、音を立てて噛んだ。

食後にタバコに火をつけて、「すみません、灰皿を」と幸雄は言った。
泰子は今、保険会社で勧誘と集金をやっている。
「一口いかがでございます?」
泰子の言葉に幸雄が笑った。

家に戻った幸雄は妻の啓子に「今日はね」と話しかけた。
「ご飯もいいのね?」と啓子はそれには応えず、聞いた。
幸雄は「今日は九州旅行のことで得意先で…」と言った。

その時、電話が鳴った。
啓子が取るとすぐに「ああ、竹井さん」と話し始める。
「さっき太田さんから電話があって、メーカーがね…」と、教室のことを話し始めた。

幸雄はバス停で、泰子の来るのを待つようになった。
その日は泰子は来なかった。
待っていた幸雄はあきらめると駅前で買い物をして、泰子の降りる停留所で降りた。

妻の知り合いがバスにいて、声をかけてきた。
「ちょっと散歩を」と言って、幸雄は降りた。
帰って来た泰子に幸雄は、買ってきた肉を差し出すと「得意先からのもらい物なんです」と言った。
幸雄の持ってきた肉で泰子は、料理を作った。

健一は小さな鉈で、木切れを割り、薪を作っていた。
この辺は木がたくさんあるし、プロパンは高いのでこれで火を起こしていると泰子は言った。
集金した現金を幸雄はすぐに計算し、泰子は感謝した。

毎日、泰子は商店や工場、アパートを回って保険の勧誘や説明をしていた。
幸雄も忙しく働いている。
その日も幸雄は、泰子の家で夕食をとっている。

泰子に幸雄は、友人を紹介した。
そのおかげで泰子はうまく契約がまとまりそうだと言った。
泰子は、大きなカニを買ってきて幸雄に出した。

個人契約ではなく、会社の契約になりそうだと泰子はうれしそうだった。
今度はリストを持ってきますと言った幸雄に、泰子は感謝し、お酌をした。
それを見ていた健一は、描いていたネズミの絵を塗りつぶした。

健一が学校から戻ると、母が作った食事がテーブルの上に用意されていた。
外をブルドーザーが走り、丘を造成している。
健一は夕飯を食べ、テレビを見ている。
その横に、今日も幸雄がいる。

7時30分前、まだ泰子は帰らない。
健一は自分で食べた食器を台所に運び、洗っている。
「ケンちゃん、えらいねえ」。

啓子の家ではアートフラワーの生徒が4人集まり、華やかに笑っていた。
「ケンちゃん、眠いかい。布団敷いてやろうか。お母さん、今日は遅いよ。集金日だからね」。
幸雄は健一を着替えさせ、布団を敷いた。
時計の音が響く。」

キーキーと声がする。
台所の棚の上を、大きなネズミがいる。
幸雄は外に出た。
霧が少し出ている。

夜道を泰子が歩いて来る。
幸雄を見ると、駆け寄ってきた。
泰子と幸雄は、腕を組んで歩いた。

振り返って微笑んだ泰子を、幸雄は抱き寄せた。
2人は帰ってきて、健一の寝ている部屋の明かりを消した。
そっとガラスになっている引き戸の下の部分から、寝ている健一を見る。

起きる気配はない。
虫の声が響く。
その夜、幸雄は泰子と関係を持った。

2人はそれから、毎日のように泰子の家で逢瀬を重ねた。
「僕はこのままにはしないよ。今すぐにって言われたら困るけど」。
「いいの。私はこのままでも…」。

そう言って、泰子は抱きついた。
眠っていた健一が、目をこする。
視線の先には抱き合う母と幸雄がいた。

日曜日、幸雄が家にいる。
啓子が教室を開いている。
10人には満たないが、集まった女性たちはアメリカで起きた女優・シャロンテート殺人事件を声高に話題にしていた。

「血まみれだったそうよ」。
「浮気してたの?」
「ううん、乱交パーティ」。

その声にウンザリした幸雄は、「散歩して来る、それから歯科医に行ってくる」と家を出た。
生徒たちに啓子は「おとなしくて良い旦那さんね」と言われて、それってどうでもいいってこと?と返して笑いをとった。
でもふと、考えて「あんまり派手にやりすぎるよりコツコツまじめに間違えなくやってくれたら」と笑いあった。

健一は林の中、なたで木を切っていた。
泰子はアイロンがけをしていた。
幸雄を見ると、「あら、こんな時間に」と言った。

「家にいてもしょうがない」。
「夕ご飯食べていかれる?」
「うん、あまり遅く離れないけど」。
「すぐ、買い物行ってくる」。

うたたねした幸雄の目に、健一が庭の木に縄をかけたのが見えた。
先が丸く輪になっていて、まるで首吊りの縄のようだ。
幸雄はギョッとして、目を覚ました。
健一は、ブランコを作るのだと言った。

『この子はまるで俺を無視している』と幸雄は思った。
『決して、懐こうとしていない』。
『不思議な子だ…』。
いや、自分にはこの健一の気持ちが、実によくわかる…。

古めかしい、色合いに満ちた思い出の街。
学校から戻った幸雄を待っていて、微笑みかける母。
幸雄の家は、小さな商店を営んでいた。
店先の道路には、イカや魚が干してある。

母が幸雄の、足を洗ってくれる。
白い上着を着た男がやってくる。
母が嬉しそうに迎える。

男は幸雄に向かって、みやげを差し出した。
だが幸雄は挨拶もせず、家の奥に上がった。
母が料理を作る。

物を買いに来た客の応対を、その男がしている。
3人の食事。
幸雄は目を伏せている。

夏のある日、母も自分も、その男も浴衣を着て花火を見た。
母は自分を早く寝かしつけた。
幸雄は今、泰子と食事をし、泰子が健一を寝かしつける。
今の自分のやっていることと、過去の思い出が重なる。

『だがあの男には一つだけ、良いところがあった』。
釣りをしている男。
幸雄も一緒に釣りをする。

男が下駄を釣り上げて、笑う。
幸雄も笑った。
崖の上。
幸雄が小さな、鉈を振り下ろしている。

男に向かって、鉈で小さく刻んだ餌を放る。
そして男が体に巻き付けている命綱を、巻き取る。
すると男は手を大きく振って、幸雄を止める。
幸雄の顔に、悲しみと怒りが浮かぶ。

男はそれに気づかない。
大きな魚を釣り上げ、幸雄に見せる。
だが幸雄は無言で、崖を登っていく。
男は再び、釣り糸を海に向けて投げた。

健一を見ていた幸雄は、思った。
こういう子供には、自分も一緒になって何かをしてやることが必要だ。
健一は、幸雄に作ってもらったブランコで遊んでいる。

泰子と健一がネコイラズ入りの団子を作っているのに、幸雄も参加した。
白い小さな毒入りダンゴが、皿の上に並ぶ。
幸雄がネズミがそれを食べて痙攣して倒れる様子を演じると、健一が笑った。

以来、幸雄は健一の勉強を見てやるようになった。
健一がちらちら、縁側を気にする。
「ダメダメ、あれを作るのは勉強がすんでから」。

健一が気にしているのは、幸雄が持ってきた最新のジェット機のプラモデルだった。
幸雄は健一と一緒に、そのプラモデルを作った。
それを見ていた泰子は「だんだんあなたになついて来るわね」と言った。

今度の日曜日は、レンタカーでドライブだと幸雄は言った。
風呂でも、風呂から上がっても健一はプラモデルを持ってはしゃいでいた。
その夜、泰子は健一が幸雄を父親だと思ったらどうするのと聞いていた。
幸雄は、良いじゃないかと答えた。

家に戻った幸雄に妻の啓子が、今度の日曜日、祖母の具合が悪いので一緒に行ってもらうと言った。
一瞬、動きが止まる幸雄だが、フラワー教室はどうするんだと言った。
啓子は少し考えて、やはり見舞いは自分が平日に行くと決めた。
知り合いに子供ができたと啓子は告げ、幸雄に病院に行ってみようかと言う。

この先、子供ができなくてもできても。
「一生別れるわけにいかないんだし」。
「先々のことを考えるとねえ…」。

啓子の言葉に、幸雄の顔がこわばる。
そして啓子は幸雄のベッドに入りながら、「どうして私たち、子供ができないのかしら」と言う。
幸雄は内心、啓子がうとましかった。

日曜日、紅葉の美しい山に幸雄は泰子と健一を連れて来ていた。
外でおにぎりを食べ、川辺で遊んだ。
川辺で、健一はカニをとって遊んだ。

帰り道、助手席で健一は眠ってしまった。
幸雄は後ろの方が足を延ばして眠れるから、と泰子と健一の席を入れ替えた。
車が道の端に止まっている。

健一が目を覚ました。
車内には、誰もいない。
健一は外に出て、「おかあさーん」と呼んだ。
「おかあさーん」。

辺りを見回してもいない。
川のほとりの方まで行ってみたが、いない。
来た道を引き返し、辺りを見回しながら健一は母を探した。

丸太が通った川を渡る。
森の中も、誰もいない。
健一は目元を手の甲でこすりながら、走る。

走って車まで戻って来る。
辺りを見回す。
石を拾って、「ばっかやろー、こんちきしょー」と言いながら車に投げた。

その時、幸雄と泰子は森の奥で抱き合っていた。
しっかりと抱擁し合って2人は、歩いていく。
車の中から、健一が見ている。
2人が近づくと、健一はまた寝たポーズをとった。

今日みたいに健一がはしゃいでいるのを初めて見たと、泰子が言う。
「やっぱり子供には父親がいなくちゃね…」。
その声を聞きながら、健一は後部座席で涙でぬれた目を見開いていた。

秋も深まった。
「健ちゃん、さあ、勉強だよ」と幸雄が声を掛けた。
健一は無視して、テレビをつけた。
幸雄は戸惑いながら、「じゃあテレビを見よう」と言った。

「しかしこの番組はちょっと、子供向けじゃないなあ」と言って、幸雄はチャンネルを変えた。
健一は振り向きもせず、チャンネルをもとに戻した。
幸雄は眉間にしわを寄せた。
しかし、しかたなく、立ち上がり、トイレに向かった。

その時、ゴミ箱に一緒に作ったプラモデルがあるのを見た。
「健ちゃん!これどうしたんだ!」
健一の答えは、なかった。

幸雄が顔を上げると、目の前で包丁が光っていた。
健一が包丁を手に立っていたのだ。
ギョッとする幸雄の横を通り、木で作った船を棚から取り出す。
無言でその木のふちを、包丁で削り始める。

泰子が帰ってきた。
今日、契約者の葬儀に出てきた話をして、妻が異常に泣いていたと言った。
自分は夫が死んだとき、あんなに泣かなかった。
「夫婦って、ああいうものかしらね」。

幸雄は思い出した。
白黒の風景。
岩場に波が、打ちつけている。

村人が長い提灯を掲げて、歩いて来る。
写真を胸に持ち、うなだれて歩く喪服の女性。
その後に男たちが四方を4人で棺を担いでいるのが見える。

葬列は、幸雄の店の前を通る。
卒塔婆を持った老人と子供が、先頭にいる。
その後ろを花を持った女性や、老婆が続く。

遺影を持った女性がいる。
4人の男性が棺を運んでいる。
母親が耐えきれず、顔を覆って家の中に入り泣き崩れる。

子供の幸雄は、それを見ている。
女性が持っている遺影は、幸雄の家にいた男だった。
母親が号泣している。

そして今。
幸雄と泰子が寄り添っている。
「あなたが死んだらあの奥さん…」。

幸雄はまた、思い出す。
母と男が、抱き合っていた。
泰子の声がする。
「だって死んだらあなたに指一本触れられないんですもの、こんな悲しいことないわ」。

母親と男は、抱き合っていた。
子供の幸雄は、それを凝視している。
泰子の声を聞きながら、幸雄はそんなことを思い出している。

紅葉した葉も落ち、街路樹に葉がなくなった。
暗い道をコートを着た幸雄が歩いていく。
泰子の家に行く。

「健ちゃん1人かい。お利口だね」と言って、買ってきたまんじゅうを渡す。
健一はそれを食べた。
「おいしいかい?」
うなづく。

2人はプラモデルを作り始めた。
小腹がすいた幸雄は、健一にさっきのまんじゅうを持ってきてくれるように頼んだ。
健一が、まんじゅうの載った皿を持ってくる。
「ありがとう」。

幸雄がプラモデルを見ながら、まんじゅうに手を伸ばした。
買ってきたまんじゅうは、茶色い薄皮に包まれていた。
幸雄が手に取ったのは、一回り小さい、白いまんじゅうだった。

口に入れた幸雄が、顔をしかめた。
皿を見る。
でこぼこした白い小さな饅頭。

幸雄は口を押えて、台所に走る。
まんじゅうを吐き出し、水を出す。
コップに水をくみ、せき込みながらうがいをする。
座ったまま、健一は黙って、それを見ていた。

日曜日。
フラワー教室の生徒でごったがえす自宅を、幸雄は出て行く。
鳥の声が聞こえる。

泰子の家の庭先で、健一が何か言っている声が聞こえて来る。
「お母さん、買い物かい?」
健一がうなづく。

「何してんだい?」
「ほら、これ!」
健一が大きなネズミの死骸を尻尾を持ち、幸雄に放り投げた。
うっ、と幸雄が避ける。

幸雄は泰子の家で、眠ってしまっていた。
ガス台に、ヤカンがかかっている。
ヤカンは沸騰し、水があふれる。
ガスの火が消える。

幸雄は夢を見ていた。
青い空、青い海。
砂浜で健一が、ネズミ捕りにかかったネズミを砂に掘った穴に沈めて遊んでいる。
それを見た幸雄は、やめなさいと言った。

健一は薄ら笑いを浮かべ、幸雄を見た。
ネズミは水浸しになり、動かなくなった。
部屋にガスが充満して来る。
幸雄が喉をかきむしった。

目を覚ます。
鼻と口を覆い、台所に走る。
ガスを止めた。
ガタガタと窓を開けようとしてあきらめ、部屋に走る。

部屋の、庭に面した大きな窓を開けようとするが、開かない。
真っ暗なガラス窓の外には、健一がいた。
立って、こちらを凝視している。

怯えた幸雄は隣の部屋に走り、窓を開けようとする。
その外にも健一がいて、窓に貼りつくようにして幸雄を見ていた。
幸雄はまた走り、元の部屋に戻る。

急いでねじをまわしてカギを開け、窓を開けた。
外は静かな、秋の夕暮れの風景だ。
下の方で健一が、ボールで遊んでいる。
幸雄に気が付き、こちらを見る。

英雄も怪物、どちらも人殺しだろう? 「チャイルド44 森に消えた子供たち」

その男は、工場内を歩いていた。
レオの視線に気づいた男は、走り出す。
あの男だ。
ブラド・マレヴィチ。

男は森に逃げる。
レオが追いつく。
森を見回して、ブラドは言う。

「この風景、思い出すよ」。
「食い物を探して、走り回った」。
「ある時はネズミ。猫ならごちそうだ。いつも飢えてた」。

「仲間さえ、食うこともあった」。
銃を向けているレオの顔色が変わる。
飢えの記憶。
スターリンがもたらした飢餓による虐殺「ポロドモール」。

「弱い者が餌食だ」。
孤児院の光景。
1人の少年をみんなで寄ってたかって、蹴る。

「君のことは知ってるよ」。
「孤児院育ちだろう。私のように」。
「君のことなら、国中が知ってる」。

レオは、戦争の英雄だ。
「戦争が君の運命を変えた」。
「君は国家の英雄だ」。

「だが運に恵まれない子供たちも、いた」。
「私は軍所属の外科医だった」。
「だが何だ。突き詰めれば英雄も怪物も、どちらも人殺しだ」。
「答えてくれ」。

「子供を不幸にしてないと言い切れるか?」
姉妹の目の前で、ワシーリイに射殺された両親。
「君は国家保安省の隊員として、進んで殺したろう?」
レオの銃を構えた手が、下がっていく。

「だが私は…」。
「自分が抑えられなくて」。
「どうしようもなかった」。

ここから先は、結末をつけただけですが、ライーサも加えてアクションシーンとなります。
レオを抱きしめるライーサ。
そして…。

「君の復帰を歓迎するよ」。
モスクワに帰還したレオ。
長官だった少佐は、昨日逮捕されていた。
レオは復職している。

「今はもう、新体制だよ」。
将軍が言う。
「君に昇進の話を用意しておいた。国の新しい保安組織だ」。

「望むなら将来、政治にもかかわる任務にもつける」。
「ブラド・マレヴィチ!」
将軍は、声を上げた。

あの犯人の名前だ。
「新聞はロストフの狼男と命名した」。
「狼男?」
「ああ、ブラドは戦争中、ドイツの捕虜収容所で2年過ごしてる」。

「そんな環境に2年もいれば、西側の思想に転向しても不思議ではない…」。
「我々はナチスのスパイを帰国させてしまったのだ。そういうことだろう?」
「…可能性はあります」とレオは言った。
「ですが、ブラドはこの国の孤児院で育ったのでは」。

「だから敗戦の報復にナチスが彼を訓練し、帰国させたのだろう」。
「ソ連の社会が怪物を生んだ。我々にそう思わせるのが目的だ」。
「だが実際にはあの男はドイツで教育を受け、堕落し、洗脳された!」
「そうは思わないかね。デビドフ?」

「難しい質問です」。
「難しい?なぜだ」。
「それは簡単には確かめられないことだからです」。

将軍が顔をしかめる。
「ブラドがああなった理由、どちらの社会に原因があるか。簡単に、答えが求められるものではありません」。
「バカを言え」。

「昇進の件ですが、できれば別の要望をお聞き届けいただきたい」。
将軍がレオをじっと見る。
「正気か」。
「言いたまえ」。

「モスクワ殺人課を新設し、そこの責任者を希望します」。
「どうしてそんな部署が必要なのかね?」
「おっしゃる通り。殺人は国を内側から打ち破る脅威です」。
「ブラド・マレヴィチは?」

レオは、ふうっと息を吐いた。
「あの男の場合はやはり、西側の思想に毒されて帰国したのでしょう。間違いありません」。
「良いだろう」。

将軍は立ち上がった。
「あと一つ。お願いがあります」。
ロストフの警察署長を、新設する部署に呼びたい。
彼の経験は、捜査に必要です。

レオはライーサと、廊下にある椅子に座っていた。
老人が来て、部屋に案内する。
そこには、両親を射殺された姉妹がいた。
2人とも、男の子のように髪を刈られていた。

「やあ」。
レオはできるだけ、明るく声をかけた。
「こちらは妻のライーサだ。ライーサは先生をしている」。
「こんにちはエレーナ、タマーラ」とライーサが挨拶する。

「どうかしら、2人が良ければ一緒に暮らさない?私たちの家で」。
妹がレオを見て、「おじさん、家に来た人」と言った。
レオが息を止める。

「ああ、そうだ、そうだよ。でも…」。
…。
…。
「だけど」。

ライーサが空気を察して声を出した。
「あなたたちのお世話がしたいの」。
姉がもう、しゃくりあげていた。
レオが声を出した。

「ご両親を返すことはできない。会いたいだろうが、それはできない」。
「無理なんだ。できることなら返してあげたい。でもできない」。
「すまないと思ってる。気の毒なことをした」。
レオの目には涙がにじんでいる。

姉はひたすら、泣いていた。
妹はレオを凝視していた。
まばたきもせず、見ていた。

「嫌ならいいのよ。無理することはないの」。
ライーサが優しく、言った。
「別の家族を見つけてあげる。約束するわ。ここから出してあげる」。

「私たち少し外を歩いて来るから考えてみて。ゆっくりでいいのよ」。
姉妹はぎゅっと、手を握っていた。

廊下でレオとライーサは並んで座っていた。
「ライーサ。正直に答えてくれ」。。
「今でも…、今でも俺のことを、どうしようもなく怖ろしい男だと思っている?」
「今でも俺は怪物なのか?」

ライーサがレオを見る。
レオの手に自分の手を重ねる。
フッと笑う。
「いいえ」。

首を横に振る。
うつむくレオ。
廊下を、姉妹が歩いて来る。
老人に連れられて。

ライーサが立ち上がり、レオを見る。
レオも立ち上がる。
歩いていく。
距離が縮まっていく。

ライーサが、姉のエレーナの手を取る。
姉妹は手を握っている。
レオが2人のトランクを持つ。
4人は、階段を下りていく。


こうなってもまだ、ソ連に連続殺人事件などないという姿勢を崩さない。
ナチスのせいにする。
これを見て、受け入れがたいものであっても現実を受け止めない限り、先ってないんだなと思いました。

レオも世の中を良くするためには、同意するしかない。
この、本心では違うのがこちらにはわかるところがちょっとおかしいやら、闇が深いやら。
めでたく、モスクワに殺人課誕生、デミドフ敏腕刑事誕生。

最初のスターリンの虐殺、孤児院。
戦争。
ブラド・マレヴィチの言葉。
うまくつながっているんですね。

そして「戦争の英雄も、シリアルキラーも同じ人殺しだろう?」の言葉。
「子供を不幸にしてないか?」
レオの心に突き刺さった。
結果、最後にレオはあの姉妹を引き取ることを決意する。

ライーサに怪物と言われたレオだが、夫婦はもう、危機を乗り越えて深く結ばれている。
1953年にスターリンは死去している。
将軍が古い時代は終わったと言うけど、確かにそうなんです。

新しい部署は、おそらく、KGBでしょう。
プーチン大統領が長官をしていたところ。
この映画では戦友のアレクセイさえも、レオを見張る。

ワシーリイに息子は事故です、と言う。
しかし、アレクセイはその直後、ワシーリイに射殺されてしまうんです!
本当にこんなにあっさり、隊員を殺して良いのかはわかりませんが。
アレクセイにも、反逆罪の疑いがかけられていたのかもしれません。

チェコスロバキアだったか、こんな話を聞いたことがあります。
「近頃、魚が釣れなくなったよ」。
「魚も口を開くのが、怖いんだろう」。

いかに当時の共産主義国家の密告、監視が怖ろしかったか。
ロシア、今もいろいろ言われているけど、少なくともこの時よりは全然良いんだなあ…と思いました。
2時間を優に超える長い映画ですが、飽きさせません。
ただ、登場人物が多くて、あまり見分けがつかないのと脳内で補完が必要です。

テーマも重いため、とても疲れるので、休日か、翌日休日の時に見るのが良いと思います。
ミステリー部分は少ないです。
あれほどの犯罪を重ねた男の動機も、よくわからない。

そういう男なんだ、という解釈も、今日ではアリなのかもしれませんが。
子供の時のスターリンによる飢餓の虐殺で、仲間を食べたことがあると言っていました。
それが彼の人生に影を落としたのかもしれませんが、そこも掘り下げていないのでわかりません。
なので、この辺りは物足りないと感じる人も多いかもしれません。

その分、国家とは何か。
友情とは、人と人との絆とは何か。
こういう社会で、人はどう生きるべきか、考えさせられる映画です。

この後、本当にソ連が解放されるのは、まだまだ先。
1953年ですから、30年。
ゴルバチョフを、待たなければならないんですね。
ペレストロイカまで、待たなければならない。

2014年公開。
ダニエル・エスピノーザ監督。
レオはトム・ハーディという、人の好さが隠せない感じの俳優さんが演じてます。

ネスデロフ警察署長は、ゲイリー・オールドマン。
出演時間は短いし、あんまり活躍するシーンはありませんが、存在感はさすがです。
この俳優さん大好きなので、うれしい。

ライーサはノオミ・ラパス。
ドロドロの泥だらけになりながら、最後はレオと共に闘います。
ワシーリイはジョエル・キナマン。
冷酷で卑怯な感じがすごくうまく出ていて、物語を盛り上げてくれます!


得られるのは命を犠牲にして正しいことをした自己満足だけ 「チャイルド44 森に消えた子供たち」

「チャイルド44」。
おもしろかったので、もう少しお付き合いくださいね。
ここから先は全てネタバレしています。


主人公のレオは、悲しみにくれるアレクセイの家を訪れる。
息子が殺される直前、一緒に歩いている男を目撃した人物もいる。
事故なんかじゃない。
もしそうなら、なぜ息子は全裸で見つかったのだ。

列車に轢かれて、服が脱げるのか。
しかしレオは事故だと言い張る。
レオは冷酷に感じる口調で、言い含める。
そうしないと、アレクセイの家族が危ない。

だがレオ自身、監察医から聞いている。
鋭い切り傷。
そがれた肉。

内臓も、なくなっている。
こんな列車事故など、あろうはずがない。
やったのは、こういうことに手慣れている奴だ。
密かに、レオは監察医に同じような遺体の資料を頼む。

レオがとらえたグロスキイが、中庭に連れ出される。
腹には、血が付いたままだ。
拷問、自白剤。
彼はすでに、ボロボロだ。

壁の前に立たされる。
その前には、5~6人の兵士が銃を構えている。
グロスキイは銃殺される。

その前に彼が自白させられた、反逆的人物が7名いた。
レオは長官に呼び出され、その7人目を調べるように言い渡される。
この人物に関しての情報はほとんどない、と言われ、写真を渡される。
写真の人物は、妻のライーサだった…。

ライーサの小学校の教師が、次々、反逆的な教育をした、そういう思想を持っているということで逮捕されていく。
家庭科の女教師も逮捕された。
彼女が助けてと絶叫した時、MGBの兵士が殴る。
本に血が飛び散る。

この、発禁本を持っているということが逮捕の理由だった。
駆け寄ろうとするライーサを、同僚のイワンが止める。
外ではずっと、レオが妻を監視している。
監視しているのは、戦友のアレクセイだった。


…という感じで、ここからはミステリーというよりも監視社会である旧ソ連の怖さが描かれます。
この映画、ちょっと説明不足のところがあって、登場人物も多いのでついていくのが大変です。
それでもこの社会の怖ろしさ、息苦しさは伝わってきます。
ライーサにスパイの疑いがかかったことを、レオは両親に伝えに行く。

あれ?
レオの父親は亡くなってるよね?
この人、誰?って感じなんですよ。
そこで、ああ、レオにレオと言う名前をくれた兵士か、養子になったの?とか頭の中で補完しながら見ました。

レオは言う。
もし、ライーサがスパイなら。
証拠が挙がって、それが本当なら。
俺たち家族全員、ただでは済まない。

父親が聞く。
「どう言ってほしくて、ここに来たんだ」。
「死ぬ気で戦おう、か?みんなで彼女を守る、か?」
「だがライーサをかばえば、みんな、死ぬ」。

父親は話を続ける。
レオは答えられない。
「4人とも助からない」。

「得られるのは自己満足だけ」。
「命を犠牲にしても、正しいことをした」。
「そう思って死ねるだけだ」。

「単純に考えろ」。
「1人の死か、4人の死か」。
「1人か、4人か」。

そこにノックの音。
ライーサが訪ねて来ていた。
「いつもはまっすぐ帰るけど、今日は病院に行って来た」と言う。

どこか悪いのかと聞くレオにライーサは、子供ができたと告げる。
レオの母親が泣き笑いの表情になる。
仕事に行くライーサを見送るレオ。

離れたところで、MGBの局員が見張っている。
もうすでに、見張りがついているのだ。
その一人は、アレクセイだ。


ここからの展開もよくわからないのですが、あのワシーリイが長官の信用を得ている。
おそらく、密告でしょう。
あることないこと。
結局、妻を告発できなかったレオは、妻とともに逮捕される。

そしてあの、裏庭に連れて行かれる。
パニックを起こして叫ぶ妻。
お腹に子供がいると、手荒に扱わないでくれと言うレオ。
兵士たちが銃を向ける。

だが、レオと妻は銃殺されなかった。
ワシーリイが言う。
これは、レオの忠誠心を試すためのものだった。

ライーサを告発すれば、何でもなかったと言うのに。
バカな男だ。
レオは降格となり、妻は教師を辞めさせられた。

2人はモスクワから離れた、辺鄙な田舎町に赴任させられた。
レオを迎え入れた警察署長は、露骨に敵意を示した。
彼が国家保安機関にいたことで、自分たちを密告するのではないかと危惧しているのだ。

田舎町で、今までの豪奢な家とは全く違う、共同トイレのアパートに来たレオとライーサ。
ライーサは妊娠していなかった。
あの時、ライーサはドアの外で、レオと両親の会話を聞いたのだ。

「1人の死か、4人の死か」。
「1人か、4人か」。
「そう言ってたわよね。だから子供ができたと嘘を言ったの」。
「死にたくなかったのよ!」

そして、レオが最初に声をかけた時、嘘の名前を言った理由も話した。
「怖かったのよ!」
「国家保安局の男に声をかけられて」。

好きになって結婚したんじゃない。
もし断ったら、逮捕されるのではないかと怖かったからだ。
レオと結婚したのは、国家保安局のエリートの妻になれば、生きていけると思ったからよ!
「あなたは怪物よ」。

ライーサには、どうやらワシーリイも言い寄っていたらしい。
ワシーリイは自分のところに来いと言った。
そうしたら、助かる。

レオはライーサに、モスクワに帰ってもいいと言う。
自分と一緒に居なくて、良い。
好きにして良い。


駅に、少年がいる。
切手を買いに来たのだ。
少年に話しかける男がいる。

自分も切手を集めている。
珍しいものもある。
見に来る?
見に来る?

また、子供が遺体となって発見される事件が起きる。
やはり、全裸だ。
そして同じように切り開かれ、肉がそがれ、内臓がなくなっている。
レオは署長に聞く。

何と同じような子供が、この近郊で44人も発見されていた。
犯人は捕まっている。
全部で43人だ。
1件は事故だ。

レオは言う。
これは全部、同じ手口だ。
犯人は同じだ。

署長は否定する。
同性愛で逮捕された若い男性がいた。
死にたくなければ、お前の知っている同性愛者を言え。
特に、若い男と関係を持っている男の名前を書け。

その情報によって、次々、男たちが逮捕される。
最後の1人が逮捕された時、彼は列車の前に飛び出して自殺した。
子供を殺したのは、こういう「反逆者」だろう。

しかし、レオは署長に言う。
あの男に、子供は殺せません。
こんなことができる男じゃあ、ない。

その時、ライーサも署長に言う。
「学校に行くには、森を通らなければなりませんよね?」
森は近道だ。

しかし今は危ないので、子供たちには森は通らないように校長が言い渡していた。
「もう犯人がいないのなら、近道の森を通させたら良いのでは?」
ライーサの言葉に署長も、署長の妻も押し黙る。

モスクワでは、MGB長官とワシーリイが話している。
「私が失脚する時は、お前は道連れだ!」と長官が叫ぶ。
レオが左遷された本当の理由は、子供の連続殺人事件を探っていたからだ。

今も彼はあきらめていない。
むしろ、彼はもう、恐れない。
必ず、犯人を突き止める。
その決意に、ライーサはモスクワ行きをやめた。

ワシーリイは、レオを逮捕させる。
自白剤を打つ。
だがレオの心は、折れない。

ワシーリイはライーサを誘う。
ライーサは冷たい口調で言う。
「あなたは怪物よ」。

署長は身分証明書を作って、モスクワに行かせてくれる。
ライーサも一緒だ。
しかし帰りの列車に乗れない。
誰か、協力者が必要だ。

ライーサがかつての同僚、イワンの家に連れて行く。
イワンが協力者に電話をしている時、ライーサが本棚の本に目を留める。
この本…。
家庭科の教師が持っていて逮捕された、発禁本だ。

ライーサが本を見ると、血が飛び散っている。
あの時の本なのだ。
なぜ、この本がイワンの本棚にあるのだろう?
まさか。

イワンは国家保安局に協力する、密告者だったのだ。
気付いたライーサが殺されそうになる。
間一髪、レオが助けた。
だがもう、ここにいるわけにはいかない。

駅で身分証明書を点検している兵士の一人を見たライーサが、そっとレオに教える。
あの人、本当は字が読めないわ。
その兵士のところに行き、レオとライーサは列車に乗ることができる。

しかしワシーリイはモスクワから戻る列車の中に、暗殺者を差し向ける。
レオの危機。
ライーサは相手に噛みつき、肉を噛みちぎる。
長官はワシーリイを、無能と罵った。

レオは地図を見て、被害者が出た地点に、ピンを打っていく。
この沿線だ…。
レオはその沿線にある工場に向かい、保安員を倒して銃を奪う。
工場長を銃で脅し、社員の名簿を見せるように言う。

この地域で、この沿線で移動している男だ。
日付も言う。
この日、この日、この日。

そこを通った人間を、ピックアップしろ。
管理されているのだから、わかるはずだ。
数人が浮かび上がった。
レオはその中の一人に注目した。


最悪のシリアルキラーなのに『楽園に殺人は存在しない』「チャイルド44 森に消えた子供たち」

実在したシリアルキラー、アンドレイ・チカチーロをモデルにした映画です。
というか、原作アリ。
しかし、チカチーロは52人もの被害者が出るまで、捕まらなかった。

実に巧みに逃げたのか。
否。
それは、このような理由のためだった。

There is no murder in paradise.
楽園に殺人は存在しない。
(犯罪が存在するのは、腐った資本主義社会だけだ)。


1933年、スターリンがウクライナにもたらした食糧危機により、1日に2万5千人が餓死した。
この飢餓による虐殺「ポロドモール」で多くの子供が孤児になった。
1人の少年が青い闇の中、ベッドに横たわっている。
涙が流れる。

傍らのテーブルにあるのは、木製のコイン。
少年は意を決してそれを持ち、外に出る。
外では少年たちが1人の少年を囲み、蹴っていた。
少年はひっそりと、外に出る。

走る。
雪の積もっている森の道を、ひたすら走る。
軍人らしき男たちが、たき火をしている。

コインを見つめる少年に、「お父さんかい?」と声をかける男。
「死んだのか」。
「君、名前は?」

「…要らないから捨てた」。
少年は初めて、口をきいた。
するとその男性は言った。

「新しいのをやろう」。
「レオ。ライオンのことだ」。
少年が持っていたコインを、見つめる軍人。
その目に痛みが走る。


「チャイルド44 森に消えた子供たち」。


1945年、ベルリンの国会議事堂。
激しい銃撃戦になっていた。
「進め!進め!」
怒号が飛ぶ。

1人が撃たれる。
「ワシーリイ、撃つんだ!」
だがワシーリイと呼ばれた男は動けない。

「アレクセイ、援護しろ!」
レオという隊長がアレクセイに声をかけ、前に進む。
手榴弾が飛ぶ。
ドイツ兵が吹き飛ぶ。

「行くぞ!」
レオが走る。
「ワシーリイ何してる、早くしろ!」

国会議事堂は、占拠された。
ソ連兵たちが、階段に座ってタバコを吸っている。
赤い国旗を持って、やってくる男たち。

「君が来い」。
レオとアレクセイが呼ばれる。
「ソ連軍によるベルリン陥落」。
「良い写真になるぞ!」

だがアレクセイは略奪して、たくさん腕につけている時計を取れと言われる。
アレクセイはそれを拒否し、レオが国旗を持っててっぺんに登る。
空にはソ連軍の飛行機が次々、飛んできている。

レオ・デミドフ。
英雄として、新聞に写真が載った。
レオ。
あの少年の成長した姿だった。

1953年。
モスクワ。
今、レオはMGB(KGBの前身)のエリートとして働いている。

レオは、学校の美しい教師のライーサを妻にしていた。
一目惚れだった。
しかし、ベッドの中でライーサは冷めきった表情をしていた。

レオの仕事は、スパイの取り締まりだ。
突然、民家に押し入り、スパイ、反逆者の疑いがある者を連行する。
「獣医の家だ」。
「スパイめ、どこに逃げた」。

彼らはスパイ容疑の男を追って、ある農家にやってきた。
農家を銃を持ち、囲むMGBたち。
歌を歌いながら家から出てきた少女が、MGBの兵士たちに気付く。
「シー」という制止にもかかわらず、少女が「ママ!」と絶叫して家に戻った。

仕方なく、兵士たちは家に入る。
ドアをけ破る。
「ママ!」
「動くな!」

中では夫婦が姉妹を抱きしめて、恐怖に立ちすくんでいた。
隊長であるレオが入って来る。
「見当たりません」と部下が報告する。

「アナトリイ・ブロスキイを知ってるな?」
「いません」。
「この家にいると言う情報をつかんできたんだが」。

外を見ると、草原の中、走って行く男がいる。
「ユーリ!ニコライ!あそこだ」。
「ブロスキイ!」

呼ばれた男は立ち止まった。
服を脱ぎ、天を仰ぐ。
「撃ってくれ」。

「手は頭の上だ」。
「殺せ!」
男は襲い掛かってきた。

MGBの兵士が銃を発射し、仲間を呼ぶ。
「殺せ!」
押さえつけたが、ブロスキイは兵士の腰のナイフを取り、自分の腹を刺した。

兵士2人が走って来る。
「ニコライ、抑えろ!」
「とんでもない奴だ」。

農家の前で、兵士たちに囲まれた夫は、「お願いです、家族を殺さないでください」と哀願していた。
「うるさい、黙れ!」
夫が膝まづかされた。

「お願い、助けて!」
妻が叫ぶ。
「お願い」と妻が振り向いた瞬間、ワシーリイが頭を撃ち抜いた。

ブロスキイが「やめろお!」と絶叫する。
夫が、両脇を抑えられる。
ワシーリイが夫に向かって、銃を向ける。

「ワシーリイ!」
それを見たレオが叫ぶ。
「や、やめろ」。
兵士に抑えられながらも、グロスキイが走って来る。

ワシーリイが背後から、あっさりと夫の頭を撃ち抜いた。
子供2人は震えながら、泣いている。
「おい、ワシーリイ!」
レオが空に向けて、銃を撃った。

ワシーリイが振り向く。
「お前、何をしている」。
レオの声に怒りを感じたワシーリイはうろたえた。

姉妹は手を取り合って、泣いている。
「何、って…」。
「見せしめですよ」。
「教えてるんです」。

「何だと?」
「奴ら、裏切り者だ」。
「同じ道を歩まないように教訓を」。

「何を言ってる?」
「学ばせてやったんです」。
次の瞬間、レオは思い切り、ワシーリイを殴った。
ワシーリイが勢いよく吹っ飛び、うずくまる。

「教訓だと?」
レオはワシーリイの襟首をつかみ、立たせた。
「学ばせてやっただと?」
「お前から何を学ぶっていうんだ?!」

「臆病者のくせに!子供だぞ!」
「まだ子供なんだ!」
「ふざけたことを抜かすな!」

「レオ」とアレクセイが呼ぶ。
「子供は関係ない!」
「レオ」。
アレクセイが止める。

「こいつを連れてけ。顔を見ると殺したくなる」。
「何をしている?子供を中に入れてやれ」。
アレクセイが子供たちを「行こう。大丈夫だから」と連れて行く。
グロスキイの悲鳴も聞こえて来る。

少女2人を前に、レオが「近くに親戚がいるか」と聞く。
長女は泣いていたが、次女は魂が抜けたように押し黙っていた。
レオは部屋の隅からトランクを取り出し、2人のものと思われる人形を入れてやる。
彼が涙をぬぐっているのを、アレクセイが見ている。

レオが帰宅した。
何かに耐えられないように、キッチンで料理しているライーサを、背後から抱きしめる。
すると一瞬、ライーサが何かに耐える表情をする。

少年が、列車のレールの上にスプーンを乗せている。
列車が通過し、スプーンが平らになるのを見て、少年は笑った。
男が近づいて来る。
「コインで試したこと、ある?」

男の顔は見えない。
「この方が楽しいよ」。
男はポケットからコインを出した。
「やってみせてあげよう」。

「向こうにもっといい場所がある」。
少年は男の言葉を信じた。
男と並んで歩いていく。
「名前は?」

夜中、レオの家のドアがノックされる。
妻のライーサが、不安そうな声でレオを起こす。
「誰か来たわ」。
レオは夜中、呼び出されてMGBへ向かう。

「悲惨な事故が起きた」。
上官が話し始める。
「アレクセイの息子が、列車に轢かれた」。

少年の遺体が、ベッドに置かれている。
遺体が持ち上げられ、背中が見える。
背中に走る、赤いT字の大きな傷跡。

「列車事故、…ですか?」
「君とアレクセイは、同じ部隊にいた戦友と聞いている」。
「そうです」。

「アレクセイは優秀な捜査官だ。我々は彼を守りたい」。
「すみません、話が今一つ見えないのですが」。
「守るとは?」

「悲しみで混乱しているのだろう。息子は殺されたと言っている」。
「だが同志スターリンが言うように、殺人は資本主義の病だ」。
「党への批判ととられかねない。君ならどうすべきかわかるだろう」。
「この件は、担当部署に回したら…」。

上司はレオの発言を遮った。
「君以上の適任は、いないと思う」。
「彼のためだ。親友なら『助けて』やれ」。


最初に書いたように、これは実在したシリアルキラー、アンドレイ・チカチーロがモデルです。
この犯人の所業が実におぞましい。
書くのも嫌。

無残な少年の…。
明らかに殺されて、…。
…不自然に遺体が切り取られている。
にも関わらず、殺人事件として認められないのです。

これは事故死だと言う。
見た者は誰もが、事故死ではないと確信しながら、犯人を捜そうとはしない。
できない。
誰もやらない。

スターリン政権下のソ連。
連続殺人などは、腐った資本主義社会の犯罪。
この世の楽園である共産主義国家・ソ連ではそんな犯罪はあり得ない。
だが44人もの子供が、行方不明になっているのだ。

ついにレオの親友のアレクセイの息子が、死体となって発見された。
これが普通なら、犯人探しと逮捕のミステリー作品になるところ。
だが、これは殺人だとは言えない。

真相を追うレオは、やがて、何と、国家に対する反逆の疑いをかけられるのです!
そんなバカな!
しかしこれは、当時のソ連ではあったことらしい。

当時のソ連では殺人事件など、ないとスターリンが「決めている」。
スターリンが決めたことに異を唱える人間は、反逆者なのだ。
それが戦争の英雄であっても。

MGB局員としてスパイ、反逆者を取り締まる立場だったレオ。
それが国家から敵にされなければならなくなる。
しかし、それでもレオはこの連続殺人犯を追い詰めようとする。

食糧不足、圧倒的に物が不足している社会。
そして当時、密告社会であるソ連では、自分が生きるためには何でもする。
人を犠牲にしても、それはしかたないことなのだ。

今の日本に生きている者からすると、とんでもなく息苦しい社会が描かれます。
子供を殺害するシーンが出て来なくて、本当に良かった。
それがあったらもう、見られない…。

稀代のシリアルキラーを逮捕するまでのミステリーであると同時に、国家とは何か。
そこが人間の命を大切にしない世界なら、そこで生きる人間はどうしたら良いのか。
これはスターリン政権下のソ連を舞台にした、シリアルキラーを題材にしながらも、そういうことを考えさせられる映画なのです。

「スターリン大元帥は、子供の安全をお望みです」。
学校教師であるライーサが、子供たちにそう、言う。
今もどこかの国で、起きていそうな話であります。