こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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あなたは乾いたものね 「幻想ミッドナイト」

第7話、赤川次郎原作「見果てぬ夢」。


夜の商店街。
ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
サラリーマンの佐伯が、家に向かういつもの帰り道。

佐伯は、角を曲がる。
水たまりがあり、それを踏む。
角を曲がると、階段があった。
人の家の階段だった。

階段の横の表札には、「佐伯」とあった。
びしょ濡れの女子高校生が、階段に座っていた。
着ているセーラー服は、びしょぬれ。
髪からも、水がしたたり落ちる。

濡れた革靴のつま先が、上下している。
少女は恨みがましい目で、佐伯を目上げた。
「久しぶりだね」と佐伯が言う。

「寒かったわ」。
「ずっと、ぬれたままだもの」。
少女の言葉に佐伯は、「そうか。僕はもう忘れてしまった」と答えた。

「あなたは…、乾いたものね」。
「絵里。ぼくは」。
佐伯は少女を、絵里と呼んだ。
「いいの。会いに来てくれるのが、少し遅かったわね」。

「抱きしめて」。
少女が佐伯の背中に、手をまわした。
2人は抱き合う。
手が背中に回される。

口づけ。
だが少女の口からは、水があふれ出る。
佐伯の口に、水が注ぎこまれる。

苦しさのあまり男がむせる。
逃れようとする。
だが逃げられない。

「あなた、しっかりして」。
佐伯は妻の声で、目を覚ました。
「大丈夫?」

「夢…、見たんだ」。
「夢?」
「夢の中で、溺れかけた」。

朝、佐伯はうがいをする。
鏡に映った、自分の顔。
「年取ったなあ」。
「絵里。忘れていたよ」。

会社。
佐伯は入ったばかりの女性社員、永井かね子に声をかけた。
「どう仕事?楽しい?」

「また同じ質問。先週もここでそう言ったでしょう」。
かね子が笑った。
「忘れたんですか?私、声かけてもらってうれしかったんだから」。
佐伯は「年取ると忘れっぽくなるんだ」と言った。

「寂しいこと言わないでください」。
「でも…」。
かね子が佐伯を見る。
「今度忘れたら食事おごってください」。

佐伯とかね子が、食事をしている。
かね子が言った。
「昨夜、変な夢見たんです」。

「もしかして僕の夢?」
佐伯がいたずらっぽく聞いた。
「残念でした」。

「いつもの道を歩いていると角を曲がった瞬間、全然知らない街になるの」。
「全然知らないんだけど、妙に懐かしい感じのところで…。見たこともない女の子が、セーラー服で座ってるんですよ」。
「どこかの家の前の、階段のところでこう、立膝して」。

ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
角を曲がると水たまりがあった。

水たまりには、少女が映っている。
かね子が、水たまりを踏む。
セーラー服の少女、それは絵里だった。

「じいっと私の方を見てるんです。哀しそうな眼をして」。
絵里が、かね子に抱き着いて来る。
「私もその子に抱きしめられて、寒くて寒くて。それで目が覚めたんですけど」。

佐伯は、呆然とその話を聞いていた。
「灰」と、かね子が佐伯の持っているタバコの灰が落ちそうなことを指摘する。
「灰、落ちますよ」。
『どういうことだ。この子も俺と同じ夢見たなんて』。

ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
角を曲がると、水たまりがある。
水たまりには、女の子が映っている。

佐伯は水たまりを、踏む。
「今日もまた…、なのか、絵里」と、佐伯が声をかける。
少女が、顔をあげる。

ぴちょんぴちょん。
水の滴る音がする。
だが少女は、絵里ではない。

「君…、永井くんじゃないか」。
少女は、永井かね子だった。
「風邪…、引くなよ」。
佐伯はそう声をかけて、すれ違った。

「美樹、早くしなさいよ」。
朝、妻が一人娘の美樹に声をかけていた。
その様子を背後に、佐伯は思っていた。

『昼間あんな話を聞いたから、こっちの夢と永井君の夢がごっちゃになってしまったんだろう』。
美樹が妻に、制服のりぼんを結びなおしてもらっていた。
「やっぱり、セーラー服の学校にすれば良かったかな」。

「どうして?」
「ううん。ただ昨日の夢、セーラー服着た女の子が出てきたの」。
妻と美樹の会話に、出勤しようとしている佐伯の足が、止まった。

会社に行くと、永井かね子は風邪を引いて休んでいた。
佐伯は、永井の家まで行ってみた。
アパートの扉には、「永井」という表札があった。

そこまで来たが、佐伯は帰ろうとした時だった。
「佐伯さん」。
かね子が外出から戻るところだった。

「風邪だって聞いたもんだから」。
「上がってってください」。
「元気になったんならもう」。

そう言ったが、かね子はドアを開けた。
キッチンで、かね子がケトルに水を入れている。
ちりんちりん。
どこからか、風鈴の男が響いた。

かね子が、ぼうっとする。
ケトルから、水があふれた。
ハッとしてかね子は、水を止めた。

「すぐ沸きますから」。
かね子は、昨日会社から戻ってから熱が出たと言う。
「医者には診てもらったの?」
「いいえ」。

「誰か来てくれなかったの?彼氏とか」。
「来てくれました」。
かね子が笑った。

「佐伯さんが」。
「心配だったんだよ、変な夢の話を聞いたあとだったから」。
「あ、そうですよね。あの夢のせいかな」。

かね子が、笑った。
お湯が沸いた。
紅茶を入れ、メロンを食べた。

「おいしい、このメロン」。
「佐伯さん、どうしてお昼誘ってくれたり、お見舞いに来てくれたりするんですか」。
「迷惑?」

「そうじゃなくて、どうしてなのかなあって」。
「そうか、理由がいるよなあ。家にまで上がり込んで」
「私、うれしいんです。別にどんな理由って、本当はかまわないんです」。

2人の視線が、重なる。
「ある人を思い出すんだよ、君を見ていると」。
「え?」
「顔が似ているわけじゃないんだけど、目とか。表情とか。雰囲気が似ているのかな」。

そこまで言うと佐伯は、「ごめん、失礼だよな。こんな言い方」と謝った。
「いろんな人にそんなこと言ってるんでしょ」。
「そんなことないよ。こんなこと誰にも言ったことない」。
佐伯がまじめに言う。

「その人は佐伯さんの、昔の恋人?」
「うん。でも21年前に死んだ」。
「そうですか」。

かね子は少し、驚いた。
立膝にして、つま先を動かすしぐさ。
絵里に似ている。

「じゃあそろそろ」。
佐伯は立ち上がった。
「もう帰るんですか。じゃあ、駅まで送ります」。

「だめだ。風邪がぶり返したらどうするんだ」。
佐伯はかね子に向き合うと、「大人の言うことは聞くもんだ」と言った。
「はい」と、かね子は引き下がった。

だが、真顔になると「佐伯さん、アタシも大人ですよ」と言った。
「おやすみなさい」。
「おやすみ」。

翌日から、佐伯とかね子は会社で視線を交わしては微笑み合うようになった。
会社に、五十嵐と言う客がきた。
「五十嵐さん?」
「五十嵐ねえ」と、佐伯は首を傾げた。

1階のロビーに行くと、初老の男が待っていた。
佐伯は近寄ると、ハッとした。
絵里の父親だった。

「2度と会うつもりはなかった」と、絵里の父親は言った。
「私は今でも、絵里の命を奪ったのは君だと思っている」。
「娘に心中された親の気持ちは、決して和らぐことはないんだよ」。

佐伯は21年前、絵里と心中を図ったのだった。
「ましてや、相手がこうして生きているとなれば…、なおさらだ」。
「…すみません」。
佐伯は頭をあげられない。

「用件だけを言おう。もし絵里の写真を持っていたらゆずってほしい」。
「写真を?」
「そうだ、絵里の写真が盗まれた。一枚残らず」。
「ええ?!」

「いや、消えてしまったと言った方が適切かもしれない」。
「どうして」。
「いやあ、わからない」。
2人を、喫茶店の外から、かね子が見ていた。

佐伯が会社に戻ってきた。
エレベーターの前で待っていると、かね子が来た。
「課長がお探しでしたよ」。
「そう」。

2人が乗り込む。
ドアが閉まる。
かね子の顔が変わる。

振り向く。
佐伯に抱き着く。
仰天した佐伯は、「な、永井君!だめだよ、まずいよ!永井君!」とかね子をふりほどこうとする。

かね子は、「今日の帰り。家に寄ってください」。
そう言うと、すっと離れてエレベータを下りた。
『かね子…、君は一体誰なんだ』。

心の中で、そうつぶやきながらも佐伯はかね子の部屋で関係を持ってしまった。
佐伯が、くすっと笑った。
「何がおかしいの」。
「いや、君を笑ったんじゃない。自分を笑ったんだ」。

「なぜ」。
「妙なことを考えたもんだと思ってさ」。
「どういうこと?」
「君が絵里…、21年前に死んだ、生まれ変わりじゃないかって。でも君は君だ」。

「その人、そんなに私に似てるの」。
「さあ。もう忘れた」。
その言葉に、かね子がちらりと佐伯を見る。

佐伯にかね子が、寄りかかる。
「私、悪いこと…」。
ネクタイを結びながら、佐伯は「死んでしまった人間のことは、いつかは忘れる」。
「当たり前のことだ。実際、僕もつい最近までずっと、忘れていた…」。

「私、あなたを愛してもいいの?」
かね子が佐伯に、頬を寄せる。
「それが事実なら、否定しても仕方ない」。

2人は口づけをする。
水音が響く。
「でも…、私もいつか忘れられる」。
「どうして」。

「私も絵里さんのように、忘れられるのね」。
「そんなことないよ!」
天井から、水が垂れてきた。
壁にも水がシミを作る。

佐伯と口を合わせているかね子の口から、水があふれる。
ゴボゴボゴボ。
天井から、大量の水が落ちて来る。

注ぎ込まれる水に、溺れそうになった佐伯が必死にかね子を突き飛ばす。
むせこむ佐伯が顔をあげると、部屋の真ん中にセーラー服の絵里がいる。
「絵里!」
「一緒に死のうって、言ったのに…!」

絵里が恨みの形相で、爪を噛みながら、睨む。
前身、びしょ濡れだった。
手足は、紫色の傷がいっぱいだった。

その傷口が張れ上げっている。
顔にも、紫色の裂け目があった。
その裂け目の傷も、盛り上がっている。
傷口には、たくさんの虫がうごめいていた。

佐伯は思わず、目をそらした。
「裏切ったわね」。
「そうじゃない」。

だが絵里は、飛びかかってきた。
佐伯の首に手をかけ、思い切り締める。
逃れようとした佐伯は、傍らにある花瓶を手に殴りかかる。

絵里が頭から血を流し、倒れる。
佐伯は絵里の上に馬乗りになり、首を絞めた。
血まみれで絵里が、睨んでくる。
しかし、絵里は息絶えた。

天井から、水が落ちるのが止まった。
水浸しの部屋の中が、急に乾いた。
そして、目の前にはかねこの死体。

佐伯は、フラフラと家に戻った。
「あなたなの?」と妻の声がした。
呆然と玄関に座り込む佐伯に妻が「美樹がすごい熱で。どうしよう、あなた」と言った。

我に返った佐伯は、美樹を病院に連れていく。
熱に浮かされ、意識がもうろうとしている美樹。
額には汗が浮かんでいる。

「先生どんな具合でしょうか」。
「ちょっと待ってください」。
病室で、佐伯が倒れた。
「少しロビーで休んでくる」。

『まさか、あの夢と関係があるのか』。
『かね子もあの夢を見ている。だとしたら美樹はどうなるんだ。美樹は』。
考えている佐伯は、睡魔に襲われた。

『こんな時に眠くなるなんて!』
『眠ってはいけない』。
『起きていなくては』。

ちりんちりん。
風鈴の音が響いた。
佐伯はもう、夢の中だった。

角を曲がる。
水たまりがある。
その水たまりに、顔が映っている。

ぴちゃん。
水の音が響く。
角を曲がった階段に、座っているのは美樹だった。

「美樹。こんなところで何してるんだ」。
美樹は、びしょ濡れだった。
「待ってるの」。

「誰かが。私の夢を見てくれる誰かを」。
「ダメだ。こんなところに居ちゃダメだ!」
「え?どうして」。

「ここで待っていれば、きっといつか」。
「ダメだ!」
佐伯は美樹の手を取り、行こうとする。

「でも私は帰れない」。
「そうよ」。
声がした。

美樹のもう片方の手を、誰かがつかんでいる。
「美樹はずっと、ここにいるの」。
うつむいたセーラー服の女性が、美樹の手をつかんでいた。
「絵里」。

「行って、お父さん。ここにいても、しかたないもの」。
美樹は言った。
「行って!」

「わかったら、とっととおかえりなさい」。
絵里は、美樹の肩に両手をまわした。
「美樹戻るんだ。戻ってくれ」。

美樹の顔の後ろから、絵里の顔がのぞく。
「もう遅いわ」。
佐伯が言った。
「俺がここに残る」。

「ずっと一緒にいる」。
「だから、美樹は返してくれ」。
「頼む!」
「遅かったのよ!」

絵里の声は、怒りに満ちている。
美樹を押さえつけるようにして、佐伯をにらんでくる。
「ここに来るのが!」
「頼む!」

佐伯は絵里の手を、美樹から外す。
「美樹。行くんだ母さんの所へ」。
美樹が、佐伯を振り返る。

「美樹、行くんだ!早く!」
佐伯は、美樹を突き飛ばす。
美樹がためらいながらも、走って行く。
佐伯はそれを、見送っている。

絵里が背後から佐伯を、抱きしめる。
顔を見る。
佐伯が、目を閉じる。
水音が響く。

「あなた」。
病院のロビーで、目を閉じている佐伯に妻が声をかけた。
「美樹が落ち着いたわ、あなた!」

佐伯は返事をしない。
目を閉じたままだ。
「あなた」。
妻が、佐伯を揺り起こそうとする。

その手が、水に濡れる。
佐伯が倒れる、。
床に横倒しになった佐伯の体から、大量の水がにじみ出て来る。
水はロビーの床を這って、濡らして行く。

「あなた!」
妻が医者を呼びに走る。
水音が響く。


夜の商店街。
ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
サラリーマンの佐伯が、家に向かういつもの帰り道。

佐伯は、角を曲がる。
水たまりがあり、それを踏む。
角を曲がると、階段があった。
人の家の階段だった。

階段の横の表札には、「佐伯」とあった。
びしょ濡れの女子高校生が、階段に座っていた。
着ているセーラー服は、びしょぬれ。
髪からも、水がしたたり落ちる。

濡れた革靴のつま先が、上下している。
少女は恨みがましい目で、佐伯を目上げた。
「久しぶりだね」と佐伯が言う。

「寒かったわ」。
「ずっと、ぬれたままだもの」。
少女の言葉に佐伯は、「そうか。僕はもう忘れてしまった」と答えた。

「あなたは…、乾いたものね」。
「絵里。ぼくは」。
佐伯は少女を、絵里と呼んだ。

「いいの。会いに来てくれるのが、少し遅かったわね」。
「抱きしめて」。
少女が佐伯の背中に、手をまわした。
2人は抱き合う。
手が背中に回される。

口づけ。
だが少女の口からは、水があふれ出る。
佐伯の口に、水が注ぎこまれる。

苦しさのあまり男がむせる。
逃れようとする。
だが逃げられない。

「あなた、しっかりして」。
佐伯は妻の声で、目を覚ました。
「大丈夫?」

「夢…、見たんだ」。
「夢?」
「夢の中で、溺れかけた」。

朝、佐伯はうがいをする。
鏡に映った、自分の顔。
「年取ったなあ」。
「絵里。忘れていたよ」。

会社。
佐伯は入ったばかりの女性社員、永井かね子に声をかけた。
「どう仕事?楽しい?」

「また同じ質問。先週もここでそう言ったでしょう」。
かね子が笑った。
「忘れたんですか?私、声かけてもらってうれしかったんだから」。
佐伯は「年取ると忘れっぽくなるんだ」と言った。

「寂しいこと言わないでください」。
「でも…」。
かね子が佐伯を見る。
「今度忘れたら食事おごってください」。

佐伯とかね子が、食事をしている。
かね子が言った。
「昨夜、変な夢見たんです」。

「もしかして僕の夢?」
佐伯がいたずらっぽく聞いた。
「残念でした」。

「いつもの道を歩いていると角を曲がった瞬間、全然知らない街になるの」。
「全然知らないんだけど、妙に懐かしい感じのところで…。見たこともない女の子が、セーラー服で座ってるんですよ」。
「どこかの家の前の、階段のところでこう、立膝して」。

ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
角を曲がると水たまりがあった。

水たまりには、少女が映っている。
かね子が、水たまりを踏む。
セーラー服の少女、それは絵里だった。

「じいっと私の方を見てるんです。哀しそうな眼をして」。
絵里が、かね子に抱き着いて来る。
「私もその子に抱きしめられて、寒くて寒くて。それで目が覚めたんですけど」。

佐伯は、呆然とその話を聞いていた。
「灰」と、かね子が佐伯の持っているタバコの灰が落ちそうなことを指摘する。
「灰、落ちますよ」。
『どういうことだ。この子も俺と同じ夢見たなんて』。

ちりんちりん。
風鈴の音が響く。
角を曲がると、水たまりがある。
水たまりには、女の子が映っている。

佐伯は水たまりを、踏む。
「今日もまた…、なのか、絵里」と、佐伯が声をかける。
少女が、顔をあげる。

ぴちょんぴちょん。
水の滴る音がする。
だが少女は、絵里ではない。

「君…、永井くんじゃないか」。
少女は、永井かね子だった。
「風邪…、引くなよ」。
佐伯はそう声をかけて、すれ違った。

「美樹、早くしなさいよ」。
朝、妻が一人娘の美樹に声をかけていた。
その様子を背後に、佐伯は思っていた。

『昼間あんな話を聞いたから、こっちの夢と永井君の夢がごっちゃになってしまったんだろう』。
美樹が妻に、制服のりぼんを結びなおしてもらっていた。
「やっぱり、セーラー服の学校にすれば良かったかな」。

「どうして?」
「ううん。ただ昨日の夢、セーラー服着た女の子が出てきたの」。
妻と美樹の会話に、出勤しようとしている佐伯の足が、止まった。

会社に行くと、永井かね子は風邪を引いて休んでいた。
佐伯は、永井の家まで行ってみた。
アパートの扉には、「永井」という表札があった。

そこまで来たが、佐伯は帰ろうとした時だった。
「佐伯さん」。
かね子が外出から戻るところだった。

「風邪だって聞いたもんだから」。
「上がってってください」。
「元気になったんならもう」。

そう言ったが、かね子はドアを開けた。
キッチンで、かね子がケトルに水を入れている。
ちりんちりん。
どこからか、風鈴の男が響いた。

かね子が、ぼうっとする。
ケトルから、水があふれた。
ハッとしてかね子は、水を止めた。

「すぐ沸きますから」。
かね子は、昨日会社から戻ってから熱が出たと言う。
「医者には診てもらったの?」
「いいえ」。

「誰か来てくれなかったの?彼氏とか」。
「来てくれました」。
かね子が笑った。

「佐伯さんが」。
「心配だったんだよ、変な夢の話を聞いたあとだったから」。
「あ、そうですよね。あの夢のせいかな」。

かね子が、笑った。
お湯が沸いた。
紅茶を入れ、メロンを食べた。

「おいしい、このメロン」。
「佐伯さん、どうしてお昼誘ってくれたり、お見舞いに来てくれたりするんですか」。
「迷惑?」

「そうじゃなくて、どうしてなのかなあって」。
「そうか、理由がいるよなあ。家にまで上がり込んで」
「私、うれしいんです。別にどんな理由って、本当はかまわないんです」。

2人の視線が、重なる。
「ある人を思い出すんだよ、君を見ていると」。
「え?」
「顔が似ているわけじゃないんだけど、目とか。表情とか。雰囲気が似ているのかな」。

そこまで言うと佐伯は、「ごめん、失礼だよな。こんな言い方」と謝った。
「いろんな人にそんなこと言ってるんでしょ」。
「そんなことないよ。こんなこと誰にも言ったことない」。
佐伯がまじめに言う。

「その人は佐伯さんの、昔の恋人?」
「うん。でも21年前に死んだ」。
「そうですか」。

かね子は少し、驚いた。
立膝にして、つま先を動かすしぐさ。
絵里に似ている。

「じゃあそろそろ」。
佐伯は立ち上がった。
「もう帰るんですか。じゃあ、駅まで送ります」。

「だめだ。風邪がぶり返したらどうするんだ」。
佐伯はかね子に向き合うと、「大人の言うことは聞くもんだ」と言った。
「はい」と、かね子は引き下がった。

だが、真顔になると「佐伯さん、アタシも大人ですよ」と言った。
「おやすみなさい」。
「おやすみ」。

翌日から、佐伯とかね子は会社で視線を交わしては微笑み合うようになった。
会社に、五十嵐と言う客がきた。
「五十嵐さん?」
「五十嵐ねえ」と、佐伯は首を傾げた。

1階のロビーに行くと、初老の男が待っていた。
佐伯は近寄ると、ハッとした。
絵里の父親だった。

「2度と会うつもりはなかった」と、絵里の父親は言った。
「私は今でも、絵里の命を奪ったのは君だと思っている」。
「娘に心中された親の気持ちは、決して和らぐことはないんだよ」。

佐伯は21年前、絵里と心中を図ったのだった。
「ましてや、相手がこうして生きているとなれば…、なおさらだ」。
「…すみません」。
佐伯は頭をあげられない。

「用件だけを言おう。もし絵里の写真を持っていたらゆずってほしい」。
「写真を?」
「そうだ、絵里の写真が盗まれた。一枚残らず」。
「ええ?!」

「いや、消えてしまったと言った方が適切かもしれない」。
「どうして」。
「いやあ、わからない」。
2人を、喫茶店の外から、かね子が見ていた。

佐伯が会社に戻ってきた。
エレベーターの前で待っていると、かね子が来た。
「課長がお探しでしたよ」。
「そう」。

2人が乗り込む。
ドアが閉まる。
かね子の顔が変わる。

振り向く。
佐伯に抱き着く。
仰天した佐伯は、「な、永井君!だめだよ、まずいよ!永井君!」とかね子をふりほどこうとする。

かね子は、「今日の帰り。家に寄ってください」。
そう言うと、すっと離れてエレベータを下りた。
『かね子…、君は一体誰なんだ』。

心の中で、そうつぶやきながらも佐伯はかね子の部屋で関係を持ってしまった。
佐伯が、くすっと笑った。
「何がおかしいの」。
「いや、君を笑ったんじゃない。自分を笑ったんだ」。

「なぜ」。
「妙なことを考えたもんだと思ってさ」。
「どういうこと?」
「君が絵里…、21年前に死んだ、生まれ変わりじゃないかって。でも君は君だ」。

「その人、そんなに私に似てるの」。
「さあ。もう忘れた」。
その言葉に、かね子がちらりと佐伯を見る。

佐伯にかね子が、寄りかかる。
「私、悪いこと…」。
ネクタイを結びながら、佐伯は「死んでしまった人間のことは、いつかは忘れる」。
「当たり前のことだ。実際、僕もつい最近までずっと、忘れていた…」。

「私、あなたを愛してもいいの?」
かね子が佐伯に、頬を寄せる。
「それが事実なら、否定しても仕方ない」。

2人は口づけをする。
水音が響く。
「でも…、私もいつか忘れられる」。
「どうして」。

「私も絵里さんのように、忘れられるのね」。
「そんなことないよ!」
天井から、水が垂れてきた。
壁にも水がシミを作る。

佐伯と口を合わせているかね子の口から、水があふれる。
ゴボゴボゴボ。
天井から、大量の水が落ちて来る。

注ぎ込まれる水に、溺れそうになった佐伯が必死にかね子を突き飛ばす。
むせこむ佐伯が顔をあげると、部屋の真ん中にセーラー服の絵里がいる。
「絵里!」
「一緒に死のうって、言ったのに…!」

絵里が恨みの形相で、爪を噛みながら、睨む。
前身、びしょ濡れだった。
手足は、紫色の傷がいっぱいだった。

その傷口が張れ上げっている。
顔にも、紫色の裂け目があった。
その裂け目の傷も、盛り上がっている。
傷口には、たくさんの虫がうごめいていた。

佐伯は思わず、目をそらした。
「裏切ったわね」。
「そうじゃない」。

だが絵里は、飛びかかってきた。
佐伯の首に手をかけ、思い切り締める。
逃れようとした佐伯は、傍らにある花瓶を手に殴りかかる。

絵里が頭から血を流し、倒れる。
佐伯は絵里の上に馬乗りになり、首を絞めた。
血まみれで絵里が、睨んでくる。
しかし、絵里は息絶えた。

天井から、水が落ちるのが止まった。
水浸しの部屋の中が、急に乾いた。
そして、目の前にはかねこの死体。

佐伯は、フラフラと家に戻った。
「あなたなの?」と妻の声がした。
呆然と玄関に座り込む佐伯に妻が「美樹がすごい熱で。どうしよう、あなた」と言った。

我に返った佐伯は、美樹を病院に連れていく。
熱に浮かされ、意識がもうろうとしている美樹。
額には汗が浮かんでいる。

「先生どんな具合でしょうか」。
「ちょっと待ってください」。
病室で、佐伯が倒れた。
「少しロビーで休んでくる」。

『まさか、あの夢と関係があるのか』。
『かね子もあの夢を見ている。だとしたら美樹はどうなるんだ。美樹は』。
考えている佐伯は、睡魔に襲われた。

『こんな時に眠くなるなんて!』
『眠ってはいけない』。
『起きていなくては』。

ちりんちりん。
風鈴の音が響いた。
佐伯はもう、夢の中だった。

角を曲がる。
水たまりがある。
その水たまりに、顔が映っている。

ぴちゃん。
水の音が響く。
角を曲がった階段に、座っているのは美樹だった。

「美樹。こんなところで何してるんだ」。
美樹は、びしょ濡れだった。
「待ってるの」。

「誰かが。私の夢を見てくれる誰かを」。
「ダメだ。こんなところに居ちゃダメだ!」
「え?どうして」。

「ここで待っていれば、きっといつか」。
「ダメだ!」
佐伯は美樹の手を取り、行こうとする。

「でも私は帰れない」。
「そうよ」。
声がした。

美樹のもう片方の手を、誰かがつかんでいる。
「美樹はずっと、ここにいるの」。
うつむいたセーラー服の女性が、美樹の手をつかんでいた。
「絵里」。

「行って、お父さん。ここにいても、しかたないもの」。
美樹は言った。
「行って!」

「わかったら、とっととおかえりなさい」。
絵里は、美樹の肩に両手をまわした。
「美樹戻るんだ。戻ってくれ」。

美樹の顔の後ろから、絵里の顔がのぞく。
「もう遅いわ」。
佐伯が言った。
「俺がここに残る」。

「ずっと一緒にいる」。
「だから、美樹は返してくれ」。
「頼む!」
「遅かったのよ!」

絵里の声は、怒りに満ちている。
美樹を押さえつけるようにして、佐伯をにらんでくる。
「ここに来るのが!」
「頼む!」

佐伯は絵里の手を、美樹から外す。
「美樹。行くんだ母さんの所へ」。
美樹が、佐伯を振り返る。

「美樹、行くんだ!早く!」
佐伯は、美樹を突き飛ばす。
美樹がためらいながらも、走って行く。
佐伯はそれを、見送っている。

絵里が背後から佐伯を、抱きしめる。
顔を見る。
佐伯が、目を閉じる。
水音が響く。

「あなた」。
病院のロビーで、目を閉じている佐伯に妻が声をかけた。
「美樹が落ち着いたわ、あなた!」

佐伯は返事をしない。
目を閉じたままだ。
「あなた」。
妻が、佐伯を揺り起こそうとする。

その手が、水に濡れる。
佐伯が倒れる、。
床に横倒しになった佐伯の体から、大量の水がにじみ出て来る。
水はロビーの床を這って、濡らして行く。

「あなた!」
妻が医者を呼びに走る。
水音が響く。



佐伯は、筧利夫さん。
かね子は、馬渕絵里香さんです。
怖い夢を見たら、どうしよう。

その夢が、現実に影響してきたらどうしよう。
人と同じ夢を見る。
夢を見た人が、苦境に陥る。

こんな不安を描いたお話です。
夜の商店街だと思ったら、角を曲がるとセピア色の風景になる。
ちりんちりんと、風鈴の音が響く。
するともう、そこは悪夢の世界。

水たまりがあって、今、こんな水たまりは道では珍しいなという水たまり。
そこに少女の顔が映っている。
水たまりを踏んで進むと、階段がある。
そこに、セーラー服の絵里が座っている。

この風景が、何度も出てきます。
それが絵里ではなくて、かね子になったり、美樹だったりしますが。
みんな、びしょ濡れ。
夏でも、あんなにびしょ濡れだったら寒いですよね。

昔の思い人で、夢に出てきたんだろう。
それで、連れていこうとしているんだろう。
ここまでは、予想がつきました。
しかし、心中していたとは!

それで、21年前とはいえ、それを忘れているとは!
だって、相手は死んじゃってるんだから。
忘れるって、そりゃないような…。

絵里の父親の苗字を聞いても、首傾げてました。
本当に忘れていた。
これじゃ、絵里が出て来るのも、無理はないような気がします。
もっとも、忘れようと努力していたのかもしれません。

佐伯はどこか、虚ろな感じがしましたから。
「僕はもう、忘れてしまった」。
これは絵里のことだけじゃない。
人を愛する気持ちも、前向きな気持ちも、もう持っていないという意味だったかもしれません。

かね子は、絵里だったのでしょうか。
それとも、絵里に取り憑かれていたのでしょうか。
佐伯が部屋を訪ねてきた時、かね子の頭の中で風鈴が鳴ります。
あの時、かね子には絵里が宿っていた。

ちらりと佐伯を見た時の目。
絵里と同じ、足を動かす癖。
自分には、そんな感じがします。

この後、かね子の遺体が発見されるのでしょうか。
そして、佐伯の犯行だと判明するのでしょうか。
だとしたら、残された妻と美樹は、犯罪者の家族ということになってしまう。
判明しなくても、佐伯がかね子と関係を持ち、殺したという事実は残る。

考えて見ると、佐伯は利己的な人です。
絵里のことも、かね子のことも二の次。
自分がどうしようとか、美樹を助けたいとかしか明確な意思は感じられない。
かね子にだって、家族やいろんな人がいるでしょう。

でも、さすがに美樹には必死になりました。
絵里は、痛いところを狙ってきたわけです。
美樹が「誰かが私の夢を見てくれるまで」と言う。

そうすると、誰かが美樹の夢を見る日がやって来る。
美樹は解放される。
今度はその人が、美樹の代わりにあそこで待つ。
誰かが夢を見てくれるまで…。

これは怖い。
夢は怖い時もある。
理由がわからないし、コントロールできないから。

怖い夢を見た時の、正夢になりませんように!と祈る気持ちを思い出します。
今まで絵里が出て来なかったのは、順番を待っていたのかもしれません。
すると、かね子の順番も来るのでしょうか。

夢については怖い。
けれど、佐伯についてはあんまり同情する気持ちにはなれなかったです。
とはいえ、幻想の恐怖を味合わせてくれる一遍です。
夢の感じも、水の演出もうまいと思います。


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幽霊はいるのかいないのか 「夢の島クルーズ」

「幻想ミッドナイト」、第1話「夢の島クルーズ」。


正幸は東京湾をクルーズするヨットの上にいた。
牛島という男のヨットだ。
「どう?最高だろう?」

牛島はそう聞いたが、正幸は小声で「…ざけんなよ」とつぶやいていた。
船室には美奈子がいた。
やってきた正幸は美奈子に「お前、昔とずいぶん男の趣味変わったんだな」と言った。

「そうかもね」。
「懐かしいとか言って、店に顔を出すようになったと思ったら」。
「これに引きずり込むのが、狙いだったのか」。

「ほんとに懐かしかったのよ」と美奈子は言う。
正幸は美奈子に「幸せか?」と聞いてみた。
「そうねえ…、最高に」。
美奈子は笑った。

夕暮れだった。
「榎吉くん、何がほしい?」
牛島が聞いた。

「君がほしいもんだよ。つまり、人生においてだよ」。
「あー、人生においてですか。そうだなあ」。
ヨットは進んでいく。

水面にロボットのおもちゃが浮いていた。
こんな沖に…。
それを見た正幸は「子供、かな」と言った。

「子供?あなた結婚してたっけ」と美奈子が聞いた。
「いや、同棲中、かな」。
牛島が言う。
「珍しいなあ、籍も入れてないのに子供がほしいなんて」。

「子供でもできれば結婚しようって、気にもなるじゃないですか。踏ん切りつくって言うか」。
だが美奈子は「どうしてそんな嘘つくの。子供ほしいなんて思ったことないじゃない」と言った。
「嘘じゃねえよ」。

牛島は「僕は子供なんかほしいとは思わないなあ」と言う。
「自分の人生、精一杯楽しみたい主義だからな」。
そして「結婚にしても子供にしても金がかかるぞ。幸せな人生には金が必要なんだ」と言う。

「君、女友達いるだろう」。
「場当たりですが」と正幸は答える。
「それに君はかなりモテる。君の言うことだったら信じたいって女、かなりいるだろう?」
「君がその気になれば絶対成功するって!」

「あなただってお金欲しいでしょう?」
美奈子も言う。
「マルチ商法やると友達なくすんですよ」。
正幸は乗らない。

「そういう奴何人も見てる」。
「そりゃ相手騙すからだよ!」
牛島の声は、全く悪びれていない。

さすがに正幸は言った。
「騙してるじゃん」。
「いや、違う。僕らが扱ってる商品は偽もんじゃないんだ。ほんとに効き目があるんだ」。

牛島は言う。
「相手に感謝するためにこの商品を扱ってるんだ。そう信じてやれば友達なくすなんてこと絶対にないよ」。
「そうよお」と美奈子も言う。

「榎吉くんだったら、この商品、いろんな人に紹介することができるだろう」。
正幸はうんざりし始めていた。
「そうやって今まで何人丸め込んだんですか」。

「ヨットに誘い出して語るふりして、やばいこと考えましたよね」。
「海の上なんて逃げ場ないし」。
「残念だけど、僕は遠慮しときます。詐欺の片棒なんてごめんだよ」。
「そりゃ誤解だよ」。

牛島が否定した時だった。
ドスン、
ガシャン。

異音が響いて、ヨットが止まった。
「どうしたんだろうな」。
「ガス欠ですか」。

正幸の言葉に牛島がムッとした。
「ガソリンはたっぷり入ってるよ!つまんないミスするわけないだろう」。
牛島は懐中電灯で、ヨットの下を照らしてみた。

水面はもう、暗い。
海に手を入れてみた。
「何だこれ?」

牛島は何かをつかんでいた。
「靴?」
子供が履く、布製のズック靴だった。

「ああ」。
「へえ」。
「舵んところにひっかかってたんだ」。

「これ、子供の靴ですね」と正幸が言った。
「子供の靴なんてこんなとこ、どうやって入って来たんだろう」。
「これ、ひっかかってたんすか?」

「良いから捨ててくれ」。
牛島が顔をそむけた。
靴のかかとには、マジックで「かずひろ」と書いてあった。

「これ、かずひろのだ」。
正幸が言った。
「この靴、かずひろくんのですよ」。

「捨ててくれないか!」
牛島が鋭い声を出した。
「どうしたんすか」。
「気持ち悪いだろう」。

正幸が靴を、ぽーんと海に投げた。
ポチャンと、音がした。
「かずひろくん、靴片っぽなくして、どっかで泣いてないですかねえ」。

正幸の言葉に牛島が「君の冗談は、ぜんっぜん、おもしろくないな」と不快そうな声を出した。
相変わらず、ヨットのエンジンはかからない。
冷えてきた。
美奈子はドレスの上に、赤い上着を羽織った。

牛島と美奈子は「どうしたの?なんで動かないのよ?」と言い始めた。
「おかしいなあ。どうして」。
「ちょっと待ってよ、考えるから」。

正幸が「無線は」と聞いた。
「無線はついてない」。
「ないんですか」と思わず、正幸が声をあげる。

「このぐらいの船にはついてないんだよ。必要ないから」。
「今、必要じゃないですか」・。
「ないものはないんだよ!」

「ねえ、どうなっちゃうの?」
美奈子が不安そうな声を出し始めた。
牛島が「何かキールに引っかかってる。それしか考えられない」と言った。

「何が」と正幸が尋ねる。
「わかんないよ!」
「どうする気ですか」。

「…潜るしかないよ」。
「潜る?」
「潜ってキールに引っかかってるの、はずすしかないだろう」。

「危なくないの」。
美奈子が心細そうに言う。
「船の上に牛島さんいなかったら、私が怖いわよ!流されちゃったらどうするの!」
「ねえ、どっか流されちゃうかもしれないじゃない!」

そう言うと、美奈子は正幸を見た。
牛島も見た。
「榎吉くん」。

「え?冗談、…冗談でしょう」。
正幸は、「俺はヨットのことなんか何にもわかんないんですから。困りますよそんなこと言われたって」と言った。
すると牛島は「良い!」と怒鳴った。
「自分で潜るから!」

真っ暗な水面にむかって、強いライトが当てられた。
牛島が水面に降りた。
ゴーグルをつけ、潜った。

それを見下ろしていた美奈子は正幸に「あなたって嫌な人」と言った。
「ええ?俺が潜りゃ良いってのかよ?」
「違うわよ。同棲なんてしてないくせに。何が子供ほしい、よ」。

「あの人、前の奥さんと子供がいたのよ」。
「ふうん、子供嫌いだって言ってたじゃない」。
「死なせたの」。

「どうして」。
「知らないわよ!」
美奈子はいら立った。

牛島は潜っていた。
何かが、引っかかっている。
たぐり寄せる。

水の向こうから、手が伸びた。
牛島の足がつかまれた。
顔が現れた。

まん丸で、皮膚がはがれている。
パニックを起こした牛島が、ゴボゴボと空気をはく。
水面に上がろうとするが、足を捕まれている。

もがく。
必死の思いで、牛島は浮上する。
牛島が溺れかけているのを見た美奈子は、「早くあげて!」と叫ぶ。

「あああ、ああああ」。
牛島は、悲鳴を上げ続ける。
船室に転がり込んだ。

正気を戻すため、正幸が牛島の頬を張った。
「牛島さん」。
ウイスキーを飲ませた。

「どうしたんです」。
「何があったんです」。
「何が」。

「何?ねえ、何がいたの!」
美奈子も叫ぶ。
「小さくて…」。

牛島がガチガチと震えながら、言った。
「ぶよぶよしてて」。
「子供がしがみついてきた」。

「キーツに子供がしがみついていて、俺引きずり込もうとした」。
「ここつかんで、引きずりこもうとした」。
泣き叫ぶように牛島が言った。

「やめてよ!」
美奈子も泣き叫ぶように言った。
「そんなこと言うの!」
「そんなこと言うの、やめてよー!」

美奈子はもう、泣いていた。
「悪い冗談だよ」と正幸がなだめる。
「嘘よ!」

牛島はうわごとのように言い続けた。
「破けた皮膚…。顔や手は風船みたいに膨らんで」。
正幸はため息をつくように「じゃあ、あれだ。靴は片っぽしか履いてなかったんだ」と言った。

「いや」と牛島は否定した。
「両方履いてた?」と正幸が聞く。
「いや」。

「ええ?」
「素足」。
「靴なんて、履いてなかった」。

そこまで聞くと正幸はついに吐き捨てるように「バカバカしい!」と言った。
「そんなことあって、たまるかよ!」
牛島が目をむいた。

「じゃお前、潜ってみろよ!」
「潜ってみろ!」
興奮した牛島に美奈子が「ねえ、大丈夫?」と聞いた。


夜は更けていく。
正幸が時計を見て「もう一時だ」と言った。
「ようし」。
正幸が立ち上がる。

美奈子が「どうするのよ」と聞く。
正幸が、着ていたパーカーを脱ぎだした。
大きなビニール袋に、脱いだ服を入れ始めた。

それを見た牛島は「お前、潜ってくれんのか!」とうれしそうな声を出した。
「そうか!何か見間違えたんだ。大丈夫!お前なら大丈夫!」
「何、都合の良いこと言ってんですか」。
正幸の声は冷たかった。

美奈子が聞く。
「何してんの」。
正幸は持ち物も全部、ビニール袋に入れていた。

「泳いで行く」。
「泳ぐ?」
「岸まで200mぐらいだから簡単ですよ」。

驚愕した牛島は「足引っ張られるぞ!」と叫んだ。
「今、自分で錯覚だったって言ったでしょう」。
正幸はもう、ウンザリしていた。

「そんなもの、いませんよ。そんなもの、…いてたまるか!」
もう正幸は、不快さを隠そうともしなかった。
「溺れるぞ」と牛島が脅した。

「溺れて死ぬぞ!」
「勝手に言っててください」。
正幸はビニール袋を体に結わいつけた。

「待って」と美奈子がすがる。
「ああ、最高だ!」
正幸は皮肉たっぷりに言った。

「おかげで最高の気分ですよ!だけどこれでお別れだ」。
「あんたらはあんたらだけで、最高の生活、楽しんでくださいよ」。
正幸は、そう吐き捨てた。

「見捨てるの!」
美奈子が鋭い声で聞いた。
「岸に着いたら、湾岸サービスに電話しておいてやるぞ」。

「死んじまうぞ!」
牛島が叫ぶ。
「おい!死んじまうぞ!」

さっさと甲板に出た正幸は、綺麗な弧を描いて飛びこむ。
のぞき込む美奈子を振り返り、「じゃあな!」と言った。
そして振り向きもせず、泳ぎ始める。

先には、灯りがずらりと灯っている。
正幸の姿が、遠ざかって行く。
真っ暗な海を、正幸は泳ぎ続ける。

ふと、正幸は昼間、拾った靴を思い出した。
かずひろ。
黒のマジックで、かかとに書いてあった文字。

正幸の足が、水中で上下する。
『俺を引きずり込もうと』。
牛島の声を思い出す。

海の中、何がか近づいてくる。
手が伸びた。
正幸は、足を捕まれた。

水中に引きずり込まれそうになる。
バシャバシャと正幸は、抵抗する。
自分の足をつかんでいる手をつかむ。

正幸がつかんだのは、海藻だった。
「ちっ」。
思わず、正幸が舌打ちをする。

つかんでいた海藻を、海に向かって投げる。
そして再び泳ぎだす。
やがて、テトラポットに手が届いた。

正幸は水からあがる。
水が全身から、滴り落ちる。
ピチャン、ピチャンと音がする。

正幸はテトラポットの上に上がった。
息を切らしている。
大きく息をして、ホッとする。

海の方を見ると、沖にはヨットがいる。
「あー、やった」と思わず声が出る。
上に登ろうとした正幸の視線が、止まった。

かがみこむ。
手を伸ばす。
靴だ。

正幸の手には、布製のズック靴があった。
かずひろ。
かかとには、黒いマジックで「かずひろ」と書いてあった。

「だからか」。
「だから両足とも裸足だったんだ」。
正幸は独り言を言った。
「こんなとこに引っかかってたんじゃ、いっくら探しても見つかんねえよなあ」。

正幸は大きく息を吐いた。
「ほらあっ!」
そう言うと、靴を海に向かって投げる。

ズック靴は大きく、綺麗に弧を描いて海に落ちた。
「返したぞお!」
正幸は、海に向かって声をあげた。
そして、背を向けて去る。

夜の海。
浮いているズック靴。
ちゃぽん。

音がした。
水中から、紫色に変色したボロボロの腕が出た。
靴をつかんで沈む。
あとは音も立てない海が、静まり返っていた。



前にも書いたんですが、土曜の夜24時から放送していた「幻想ミッドナイト」。
第1回は「リング」の原作者の鈴木光司さんの作品「夢の島クルーズ」。
再放送もないし、DVDも発売されていないし、二度と見ることはできないんだろうなと思ってました。

そうしたら、DVDが発売されていたんですね。
再見しました。
企画から総合プロデューサーを勤めた、飯田譲二さんは「後に残るような作品にしたかった」そうです。

こうして見ると、良い作品があります。
97年の土曜の深夜放送。
もう、今から20年も前の放送だったんですね。

正幸は、高橋克典さん。
ドラマ版「リング」を飯田さんが手がけ、高橋さんが出演した縁でもう一度出演してもらったそうです。
実際に夜の東京湾を泳いだ、ハードな撮影だったとか。

美奈子は、本田美奈子さん。
牛島は、矢島健一さん。
みなさん、若いです。

詳しい描写はないんですが、前にも書いた通り、想像をさせるうまい演出です。
牛島の妻の美奈子と正幸は、過去に付き合っていた感じです。
正幸は美奈子にこだわりがあるわけではないけど、ヨットに誘われたから来てみた。
いや、美奈子の顔をつぶさないように来たのかもしれません。

そして牛島に子供がいたという話。
お金儲けのためなら、人を騙しても平気なほど荒んだ牛島。
これも詳しい描写はされていませんが、子供の靴を見つけた時の牛島の不快そうな様子。
最初の妻との破たんといい、何かがあったんだなとわかります。

それがマルチ商法の片棒を担がされる目的で、ウンザリした。
品行方正な女性ではなかったにしろ、美奈子がそんな片棒を担いでいることにもウンザリした。
正幸も品行方正とは言えないけれど、悪党ではない。

でもこの牛島の商売は、いずれ破たんすると思いますね。
ヨットに無線がない。
海に出るヨットなのに、連絡するための装置をつけていない。

必要ないと言いながら、必要でないわけではない。
肝心なところで、セーフネットがない。
そういう人がやっている商売ですから。

飯田譲二さんはこの原作の、「幽霊はいるのかいないのか」という描き方にひかれたそうです。
「そういうことは人の意識に作用されるんじゃないか」ということを的確に描いている。
恐怖を感じていればそれはいることになるし、何も感じない者にはいない。

牛島には、幽霊が感じられる。
それはおそらく、牛島の過去によるもの。
だが正幸には何もない。
そのため、正幸にとっては幽霊はいない。

だが途中、夜の海を泳いでいる時に正幸は不安になる。
その時、幽霊は実体になって正幸の前に現れる。
しかし、気力で「それ」をつかんだ正幸の前には、やっぱり幽霊はいなくなる。

山岸涼子の「海底より」もそんな感じですね。
生きる気力がなくなっている主人公は、海の中に引きずり込まれそうになる。
だけど気を強く持っている青年が「負けるもんか」と思った瞬間に、「それ」は消える。

「そんなものいるわけないでしょ」と言い放った正幸の前に、片方のズック靴が現れる。
正幸はそれを恐怖を持って、見つめない。
子供への思いやりで、正幸は靴を返してやる。

最後に靴が浮いたままにならず、何かがつかんで海に帰って行く。
これはうまい、怖いラスト。
うまくまとめたと思います。


大事な…。 「深夜食堂」第11話

第11話、「再び赤いウインナー」。

深夜食堂で、竜ちゃんが頼むのはいつも、赤いウインナーの炒めたもの。
店では常連の忠さんと、カメラマンの大道が高校野球の話題で盛り上がっている。
竜ちゃんは食べ終わると、帰って行く。

それと入れ違いに、小寿々さんが現れる。
あいにく、たった今、竜ちゃんが帰ったと聞いて小寿々はガッカリ。
連れてきたゲイバーの従業員に、あんたたちがちんたら歩いているからだと怒る。

従業員の一人が、「竜ちゃんって小寿々姐さんの良い人よね」と言う。
でも、「あの人どっかで見たことあるんだよね」。
小寿々姐さんは、「竜ちゃんはこの辺で一番の顔なんだから、出くわしても不思議じゃないわよ」と言う。

大道がストリップ劇場で写真を撮っていたら、客の一人が抑えられた。
その時の写真も、大道は撮った。
すると、その話をしていたら深夜食堂の戸が開いた。

大道が身を隠す。
「俺たち捕まえに?」
すると、その野口と言う刑事は「風営課じゃないもの」と笑った。

「誰か探しに?」
マスターの問いに野口は「いやどうも。お邪魔さん」と言って帰って行く。
バッティングセンターで竜がバットをふるう。

「まだやるんすか」と、ゲンが泣き言を言った。
「誰も付き合えなんて言ってねえだろう」。
「それよりお前、俺に話があるんじゃねえのか」。

ゲンがギクリとする。
「高校野球は売ってねえのかって、客から持ち掛けられたんだろう。何でそれ、断らねえんだよ」。
竜の声にはすごみがあった。

「で、でかく張ってくれるし、金払いの良い客だったんで」。
うろたえながら言い訳をするゲンを、竜は張り飛ばした。
蹴りを入れているところ、「はいはい、そこまで~」という声がした。
「今時、鉄拳制裁なんて流行んねえよ」。

野口刑事だった。
竜と野口が背中合わせに話す。
「博打がしのぎのくせに。相変わらず高校野球賭博はご法度か。律儀だねえお前も」。
「何の用すか、刑事さん」。

「…久美が入院してる。見舞いに行ってやってほしいんだ」。
「俺は今更顔出せる立場じゃないんで」。
竜はそれだけ言うと、立ち上がって出て行く。
ゲンも続く。

大道が個展を開いた。
「竜ちゃん素敵!何やっても絵になる男なのよねえ」。
小寿々が竜を撮った写真の前で、うっとりしている。

そこに来たゲイバーの従業員が、じっと見ている。
「止めてよお~、いやらしい目つきで。竜ちゃんアタシのものなんだから」。
「そうじゃないのよ。小寿々姐さん、この人はねえ」。

深夜食堂で、お茶漬けシスターズと呼ばれる3人組のOLが食べている。
「えええっ?」と一人が、素っ頓狂な声をあげた。
「あの人、元高校球児だったのお?!」

「福岡城崎高校って、野球の名門校出身で」。
竜のことだった。
プロのスカウトも、竜を見に来ていたらしい。

「福岡でナンバーワンの強打者!」
「福岡じゃなくて、九州一」と小寿々が訂正する。
「でもそのあとがやっぱりって感じ」。

「甲子園決まったのに地元のチンピラとケンカして、出場を辞退させられたんだって」。
「チームメイトも許せないだろうね~!今でも」
「かあっとなったら、後がきかずにやったのよ」。
「だからやくざに向いてるんだろうけど」。

「周りは、たまんないわよねえ」。
「マスターご馳走様。お勘定ここに置くわね」。
小寿々が立ち上がった。
「もう帰っちゃうの」と聞かれると、小寿々はキッとした。

「ケンカの理由もわかんないくせに」。
「竜ちゃん肴にして喜んでるあんたたちとは一刻も!一緒にいたくないの!」
そして「マスター、ご馳走様」とマスターには柔らかく声をかけて出て行った。
「おやすみ」。

『一日が終わり、家路へと急ぐ人々』。
『ただ、何かやり残した気がして寄り道したい日もある』。
また野口刑事が、深夜食堂にやってきた。
竜はいない。

「竜ちゃんならいないよ」。
「今日は客で来たんだ」。
マスターは、竜がいつも食べる赤いウインナーを炒める。

「は、なつかしいなあ~。これマネージャーが良くこれ作ってくれたんですよ」。
「やっぱりタコの足は6本で」。
「…俺と竜、高校の同級生なんです」。

「ひょっとして野球部?」
「あは」と笑って、野口はうなづく
「甲子園、あいつのせいでパーです」。

「あの日、マネージャーとデートしてたんです、あいつ。マネージャー、ウインナーの弁当作って」。
「そん時、運悪くチンピラに絡まれてね」。
「まあ、久美を。そのマネージャー守るために、しかたなかったんすけどね」。

「竜ちゃんのこと、恨んでないの?」とマスターが聞く。
「もう、昔のことだしね」。
「赦せなかったのは、あいつのせいで甲子園行けなかったことより、久美とデートしてたことです」。

「俺たちみんな、久美に惚れてたんだ」。
「…もうすぐ死ぬんですけどね」。
マスターが、ギョッとする。

バッティングセンター。
「両替」と竜がフロントで金を出す。
野口が来る。

「この前、言いそびれてたことがあるんだ」。
「あいつもう長くないんだ。乳がんが再発してな、手の施しようがないらしい」。
「だから今日こそは必ず、お前を見舞いにつれていく」。

夏木刑事がやってくる。
「それでもお前が拒否するんだったら」。
夏木刑事が手をあげる。

その手とゲンの手錠が、つながっていた。
「さっきこいつを公務執行妨害で、しょっ引いた。叩けば埃の出る体。当分、ぶち込まれることになるぞ」。
竜は黙っていた。

「どうぞ」。
それだけ言うと、出て行く。
唖然としたのはゲンだった。
竜が、タクシーに乗っている。

店の向かいにあるお稲荷さんに、マスターが油揚げをお供えし、手をたたく。
「意外と信心深いんだな」。
竜だった。
「お稲荷さんだからね。寄って行くかい?」

マスターが、竜にビールを注ぐ。
「知りたいか」。
「何が」。

「俺がなぜ、赤いウインナーを頼むのか」。
「関心ないね」。
「それより、同級生の見舞いに行ってやりなよ」。

「刑事さんがやってきてね、こぼしてたよ」。
「今更どの面して行けるんだよ。相手は死ぬんだぞ」。
「死んでく人間に何言ってやれる」。

「何も言えないよ。けどな竜ちゃん、あんたが会う会わないを決めるんじゃない」。
「あんたに会いたがってる相手が決めるんだよ」。
「おせっかいな野郎だな」。

病室で、堅気のスーツを着た竜がいた。
野口が「彼、新宿の区役所に勤めてるんですよ。僕と同じ公務員。地方公務員」と竜を紹介した。
「突然お邪魔して申し訳ありません」。
竜は頭を下げた。

だがそれは、どう見ても公務員のあいさつではなかった。
しかし、挨拶された男性は気にする風もなかった。
「こちらこそ。わざわざ来ていただいて。こいつも」。

病室の奥の方を指して、「剣崎さんに会えるのを楽しみにしていたんですよ」。
男性は、久美の夫だった。
「じゃあ、俺、仕事に戻るから」。
「行ってらっしゃい」。

奥から、女性の声がした。
夫は出て行った。
「大丈夫?」
そう言って、野口刑事が入って行く。

久美が、ベッドから身を起こしている。
こちらを見て、ニコッと笑った。
「竜ちゃん。立派になったとね」。

「こいつが新宿ばし切っとる、大物じゃけえ」と野口が言う。
「新宿で夜中から朝までやる食堂があるったい。そこでこいつ、タコの形した赤いウインナーばっかり食いようよ。女々しか男やろう!」
野口の言葉に久美が言う。
「…うれしか」。

「わああ~」と、野口が言う。
胸元のポケットに手を入れ「電話入っておる」と言った。
「あいたたたあ、本庁から電話入っとる」と言って腰を浮かし出て行く。

ふっと、竜が笑った。
「やっと笑ってくれたね」と久美が言った。
「まだ、昔のこと気にしとった?つまらないこと、引きずって」。
「なんも、気にしとらんばい」。

だが久美は、気にしてるから見舞いも断ったんだろうと言った。
「ばかやねえ。もう少し大人になっとると思っとった」。
「…変わらんね、竜ちゃん。よくそんな子供っぽい性格で、やくざの世界でやってこれたね」。

竜は黙っていた。
「竜ちゃんが学校辞めて、おらんなってから他のクラスの子とか、先生たちから時々、嫌がらせされた」。
「しかたなかよねえ…」。

「でも、私は全然、竜ちゃんも私も悪いと思っていない。今でもその気持ちは変わらんとよ」。
久美が遠い目をした。
「あの時、野口君だけは私をかばってくれたとよ」。

「野口君ね、自分のことを、竜ちゃんだと思って付き合ってくれって、鳴きながら私に告白してくれたの」。
「でも私、断ったんだ」。
「その頃、私、竜ちゃんと結婚したいくらい、好きやったけん…」。

久美の顔が、ほんの少し、泣き顔になる。
竜は黙っていた。
野口が、病室のドアの外で立っている。
「こんちは」。

向こうから、野球のユニフォームを着た少年がやってきて、野口に挨拶した。
久美の息子だった。
「おお、今お母さんの大事な友達が来ているからもう少し待ってな」。
「ああ、野球部の人?」

「そう!でも野球の才能はからっきしで、スター選手だった俺の周りをうろちょろしてた奴!」
そう言うと、野口は「あのさ、暇だったら少し付き合ってよ」と言った。
「野口さん、仕事しなくて大丈夫?」
「世の中には、仕事より大事なことがあるんだよ。行こう」。

病室では久美が竜に話しかけていた。
「結婚してこっちに住む前に一度だけ、竜ちゃん探しに東京に出てきたことがあったと」。
「原宿のホコ天行ったり、渋谷のセンター街行ったり、いろんなとこ行ったけど、見つからんかった」。

「当たり前よね。自分でも見つからん思うちょったし」。
「それでお腹すいて、生まれて初めて牛丼食べたら、めちゃくちゃおいしくて、そのまま最終の新幹線乗って帰ったと」。
「じゃけん、またこうやって会えるなんて全然思ってなかった」。

「…」。
久美がまた、遠い目をした。
そして悲しそうに言った。
「あの日、私が竜ちゃんデートに誘わなかったら、どうなってたんだろ?」

「つまらんこと言うな。食らわすぞ」。
視線を落とす久美。
「今度、私もウインナー食べにそのお店連れてってよ」。
「いつでも、よかばい」。

「来てくれてありがとうね」。
「また来るけん」。
竜の言葉に久美が笑顔になる。

「うん」。
久美がふとんの上に、手を伸ばす。
竜がそっと、その手に触れる。

青い空。
久美の息子と、キャッチボールする野口。
ボールを受けそこない、取りに行く。
しかし、戻ってこない。

野口がうつむいた。
そのまま、フェンスの前に座り込む。
電車が線路を走っていく。

フェンスをつかみ、野口が崩れ落ちるように座り込む。
うつむいたまま。
久美の息子が、それを見ている。

タクシーに乗って、久美が来る。
車いすを引くのは竜。
付き添う野口。

ゲンが、深夜食堂の前にいる。
車いすが通れるよう、段差をなくすためにゲンはスロープを用意する。
野口が、久美の前に来て引っ張り、竜が押す。
久美が店に、入って行く。

ゲンは外で待つ。
ちらりと、店をのぞく。
そして、外に座る。

赤いウインナーが、置かれる。
隣には、おきよめ塩がある…。
黒いネクタイの野口と竜。
マスターが2人に、ビールを注ぐ。

そして、奥に引っ込む。
竜も野口も語らない。
竜が先に、野口が遅れてビールのコップを持つ。
目の高さに掲げ、黙って飲む。




1話で印象的だった、竜ちゃんとギャップがありすぎる赤いウインナーの関係。
刺された竜ちゃんを、小寿々さんが見舞いに行く。
小寿々さんに赤いウインナーの思い出を聞かれて、ハッとした表情になる。

そしてサングラスをかける。
表情を知られまいとしたんでしょうね。
誰にでも知られたくない、大切な思い出ってあるものねと小寿々さんが察する。

竜ちゃんは、九州一の強打者でスカウトも見に来ていた高校球児だった。
しかし、街のチンピラとケンカして、その結果、学校は、出場辞退させられてしまったのだった。
スキャンダラスな過去に、いかにもと納得するお茶漬けシスターズ。

小寿々さんはさすが。
「理由もわからないくせに!」
「竜ちゃん肴にしてる」とキッパリ言う。

そして、今でも竜ちゃんは高校野球にこだわりを持っている。
やっぱり、小寿々さんは竜ちゃんが本当に好きなんですね。
いろんなことをわかってる。

野口も、竜ちゃんが高校野球に思いを残してるのを知っている。
だから久美に会わせたい。
あっさり、「どうぞ」と言われて唖然とするゲンがおかしい。
唖然とする野口もおかしい。

でも竜ちゃん、その後で、深夜食堂に行く。
深夜食堂は、竜ちゃんにとってただの食堂じゃないから。
マスター相手に話して、決心が付いた。

竜ちゃん、野口に連れられて久美のお見舞いに来たけど、野口の紹介も、よりによって公務員っておかしい。
普通のスーツが浮いている。
体になじんでない感じが、すごくうまい。

お辞儀も明らかに、堅気じゃない。
この明らかに「違う」感が、うまい。
野口がちょっと、うろたえるのがおかしい。

竜ちゃんの松重豊さんと、野口の光石研さん。
2人とも、福岡出身なんですね。
故郷の言葉で話す2人が、素のよう。
それでいて、ちゃんと世界作っている。

久美は、安田成美さん。
野口のスター選手だった俺の周りでうろちょろしていた、という言葉で、真相は逆だったことがわかる。
マネージャーにみんな惚れていて、でもマネージャーは竜ちゃんが好きで。
その情景も目に浮かぶ。

デートに誘ったのは、久美の方だった。
そして事件は起きた。
久美もつらかったと思う。
竜ちゃんも、つらかったと思う。

他のクラスの子、先生方。
嫌がらせされたって、ちょっとの嫌がらせじゃなかったはず。
野口は竜と久美を2人きりにさせるために、部屋を出て行ってくれた。

そして、息子とキャッチボールして、久美が母親に戻るのを先に延ばしてくれた。
きっと、事件の後も野口だけが味方だったんだろうと思う。
それでも久美は、竜ちゃんだけしか見ていなかったんだと思う。

キャッチボールで、泣き崩れる野口。
その後ろ姿が哀しい。
光石さん、うまい。

高校を辞めた後、竜ちゃんがどうやって生きていったのか。
チンピラとケンカした竜が、なぜ、やくざになったのか。
どうして野口は刑事になったのか。
2人の性格が、経緯が見える気がする。

でも、久美と話してる時の竜の顔は、やくざの顔じゃない。
野口の顔も、刑事の顔じゃない。
あの頃、高校生に戻っているように見える。
松重さんと光石の演技が哀しく、切ない。

竜と久美の会話以降、穏やかな女性ヴォーカルの曲だけが流れている。
久美を連れて来る竜と野口。
まるで、高校生の時のように。
泣けます。

赤いウインナーが置かれる。
久美が食べるのかと思ったら、隣にあるのは「おきよめ塩」だった。
黒いネクタイの竜と野口。
無言。

うまい俳優さんは、その人物が実在してるように感じさせる。
その人物の描かれてない部分まで、想像させる。
見ているこちらに、「夢を見せる」。

竜ちゃんも野口も小寿々さんも、まさにこちらに夢を見せている。
こういう人いるな。
きっとこんな行動するんだろう。
こういうことを経験して来てるんだろうな。

その人物に興味を持たせる。
ドラマ「深夜食堂」は、夢を見せる。
うまい俳優さんが揃って、夢を見せるドラマ。


暖かくて、でもどうしても付きまとう寂しさ。
まっすぐ帰りたくない時、行きたくなる場所。
深夜食堂があって、良かった…。


男やめろよ 「深夜食堂」第12話

またまた「深夜食堂」。
第12話、唐揚げとハイボール。
唐揚げ食べながら見たくなる。


常連客が見守る。
サヤという女の子のお客が、カウンターで眠っている。
忠さんは微笑み、小寿々はちょっとあきれ顔。

初めてやって来た時、サヤは唐揚げを頼んだ。
サヤは唐揚げができるまでの間、目を閉じた。
そしてカウンターに座ったまま、寝ていた。
「寝かせてやんなよ、よっぽど疲れてんだな。きつい仕事してんだよ」と忠さんは言った。

そばでそれを見ていたゲンが、お札を置いて立ち上がる。
「釣りは?」
マスターが聞くとゲンは、眠っているサヤを顎で示して、「唐揚げだよ」と言って去って行く。

サヤは目を覚まし、お酒の注文に対してはビールが飲めないのでと言う。
するとマスターは、ハイボールを作って持ってきた。
それからサヤはちょくちょくやってきては、唐揚げを頼み、出て来るまでの間、カウンターで眠るようになった。

常連の男の客の五郎は、サヤちゃんの寝顔を見ていると、酒が進むと言う。
小寿々は、「簡単ね男って」と言う。
サヤが目を覚ます。
マスターが「いい夢だったかい?」と聞く。

サヤは「せっかく作った唐揚げ、また食べられちゃった。だから唐揚げください」と言った。
常連客がサヤのハイボールを見て、自分もハイボールと頼むと、マスターはサヤの分だけだと言う。
常連のを見てハイボールを頼むと、マスターはあれだけと言う。
「マスター、えこひいき~!」

すると、戸が開いた。
サヤの彼氏の章介だった。
章ちゃんと言うと、サヤは出て行った。
すぐに戻ってきて、ごちそうさまと言って出て行こうとする。

「唐揚げは?」
するとサヤは「良かったらみんなで食べて」と言って出て行った。
見ていた常連の客の女性が「あの男、見たことある、たぶん、お笑い芸人」と言った。
「深夜番組で一度見たことがある」。

小寿々が「売れてる人?」と聞く。
「全然だと思う。それでしか見たことないもの」。
深夜食堂の外で章はサヤに「ごめんな、サヤ」と言いながら、後輩に食べさせると言ってお金を取って行く。
サヤが「一緒に行っちゃだめ?」と聞くと、後輩に弱いところ見せられないと言って章は断った。

章はサヤに、「見ていてくれ、俺変わるから」と今までかけた苦労の分、サヤに還すと言っていた。
しかし、章のステージに、客は本当に数えることもないほどにしかいなかった。
サヤはパチンコ屋で、懸命に働いていた。

ある夜、ゲンが深夜食堂を出ると、その前にある小さな社でサヤが座って祈っていた。
ゲンに気が付いたサヤは「彼が売れますように、って」と教えた。
「芸人なんです」。

「へえ、おもしろいの」。
「たぶん」。
「なんだよ、たぶんって」。

サヤの答えに、ゲンが笑う。
「この頃よくわかんないの。売れてほしいのは本当なんだけど。あたし、何のために東京来たんだろう」。
ゲンは黙っていた。

相変わらず、深夜食堂でサヤは眠っている。
五郎がそれを見て「最近、やつれたなあサヤちゃん」と言う。
すると、ガラッと戸が開いて章が姿を現した。

「おっさん、ビール!」
横柄に言うと、サヤの横に座った。
「また唐揚げかよ」。
そう言って、一つ取って食べる。

目を覚ましたサヤが「どうだった?」と聞いた。
「何が」。
章の答えは、つっけんどんで冷淡だった。

「お笑いルーキーズ」。
「誰だよそれ」。
章の答えは、いら立っていた。

思わずサヤが「…ごめん」と謝る。
「ごめん?ごめんってなんだよ」。
章が絡む。
「…」。

サヤが押し黙る。
「なんだよ!」
「ごめん」。

「お前に何がわかるんだよ!」
章が怒鳴る。
「俺の気持ち、わかんのかよ!」
「正ちゃんごめん」。

サヤは明らかに、うろたえ、怯えていた。
「何で謝んだよ!」
章は唐揚げを、サヤに投げつけた。
サヤが思わず、顔をかばう。

マスターが厨房からビール瓶を手に、飛び出そうとする。
ガラッと戸が開いた。
マスターが見る。
ゲンだった。

入ってきた時、店にはサヤの「ごめん」という言葉が響いていた。
「俺のこと下に見てんだろお前!」
章が怒鳴り、唐揚げを投げつける。

それはゲンの顎に当たった。
ゲンが顎を撫でる。
振り向くと、にやりと笑って「痛ってえ」と言った。

刑事の野口と部下の夏木が、話をしている。
すると、声が聞こえて来る。
ゲンと章のケンカだった。

それを懸命に、サヤが止めようとしている。
章がゲンを罵倒していた。
夏木刑事が動きを止めた。

「早苗」と言う。
サヤも夏木を見て、固まった。
「ボケ!ボーケ!」と章は罵倒している。

夏木刑事を見て、動かないサヤを章がひっぱたく。
「てんめえ!何やってんだよ!」
怒鳴りつけ、章を殴り飛ばしたのは夏木刑事だった。
「俺の妹に何やってんだよ!」

章が驚きのあまり、夏木刑事を見る。
「もう、ほっといてよ!」
サヤが叫び、章の手を引いて行く。
野口に抑えられ、ゲンも帰って行った。

深夜食堂で野口刑事と夏木刑事が、話をする。
夏木刑事には父親がいなくて、母親が仕事が大変だった。
兄である夏木刑事が、妹のサヤの面倒を見ていた。
年が離れていたせいか、サヤには厳しくなってしまった。

夏木の言葉に野口は、「まあ、刑事やってるとな。そうなる時もあるよ」と言う。
サヤは高校出るとすぐ、章と付き合って家を飛び出していった。
夏木は止めたがその時、サヤに「私が選んだことに一度も賛成してくれたことがない」と言われた。
店の隅に、唐揚げが落ちていた。

夏木刑事が拾って言う。
「あいつ…、好きなもの変わってないな」。
マスターが「夢の中でいつもお兄さんに食べられちゃうんだって」と言った。
「だからつい、いつも唐揚げ頼んじゃうんだって、子供みたいな話、俺に教えてくれたよ」。

「すごいねえ、楽屋入ったの、あたしが初めて?」
ロングヘアの女の子が章の楽屋で、はしゃいでいた。
章は女の子に「カワイイ」と言った。
「何しても、かわいいな」。

女の子が笑い、「後で飲みに行くでしょ」と聞いた。
相方がやってきて章に「出番」とうながした。
章が女の子に笑いかけて、ステージに出て行く。

ステージに出て行った、相方が沈黙した。
続いて出て行った章が、客席を見て目を見張る。
小さな客席は、やくざで埋まっていた。

さっきの女の子が客席にやってくる。
周りを見ると、一目散に逃げていく。
章は言葉が出ない。

最前列にいたのは、ゲンだった。
ゲンは章を凝視していた。
必死に章はギャグを言おうとするが、相方は微動だにできない。

章も黙ってしまった。
ゲンが立ち上がった。
ステージに上って来る。

章の前に立つと「女に貢がせて、この程度かよ」と言う。
「お前、男やめろよ」。
章は声も出ない。

サヤが、深夜食堂に向かって歩いて来る。
足を止める。
階段の方に、兄の夏木刑事がいた。

深夜食堂に、唐揚げをあげる音がする。
「母さんには連絡してんのか」。
兄の問いにサヤは無言だった。

「そうか。どんな生き方してくれてもいい。俺はずっとサヤの味方だから」。
唐揚げが2人の前に置かれる。
夏木が箸をとって、サヤに渡す。
唐揚げを、サヤの皿に載せる。

サヤが箸を持つ。
食べる。
サヤの顔が、ゆがむ。
涙をこらえる。

泣きそうになりながら、サヤは食べる。
やがて、泣き始める。
兄が箸を置く。
サヤの頭をそっと撫ぜた。

ガラッと戸が開く。
ゲンが入って来る。
のれんをめくる。

章がいた。
動かない章は、ゲンに肩を押される。
章が店に入って来る。

「いろいろなことがあったみたいだけど、結局サヤちゃん、この男とは別れたみたいだよ」とマスターの声がする。
「サヤちゃんは母親の家に戻ったが、こうやってたまに遊びに来る」。
深夜食堂にサヤが入ってきた。

忠さんが「サヤちゃん、このごろ眠らなくなったね」と言った。
「うん、だって良く寝られるんだもの」とサヤは笑った。
「サヤちゃんの寝顔が見られなくて残念がってるお客が、けっこういるんだけどな」とマスターは言う。
深夜食堂の壁に貼られたメニューに、ハイボールが加わっていた。

「マスター、結局男ね~!」
客に笑われて、マスターがメニューをはがす。
それを止めようとする客。
深夜食堂に笑いがあった。



サヤは、平田薫さん。
「猫侍」で北村一輝さんのお隣さんでした。
かわいい。
でもなんか、不幸そうと思ったら、あんな男に貢いでたのですね。

こんなところで、夏木刑事とつながるとは思いませんでしたが。
夏木刑事の先輩刑事の野口が、竜ちゃんと個人的な関係があった。
今度は竜ちゃんの舎弟のゲンちゃんと、夏木刑事が個人的に関わった。
深夜食堂は、それぞれの肩書を取ったつながりができる場所ですね。

売れない芸人の章は、サヤに良いかっこしてお金を引き出している。
後輩に良いところ見せるのに、サヤからお金もらってるんだからそれだけでダメだなってわかる。
なのにサヤをバカにしきっていて、横柄な態度を隠さない。
サヤに暴力も振るってたんでしょう。

この時のマスターの殺気が、すごい。
とっさに醸し出す殺気。
あ、追い出す。
この人、やっぱりただもんじゃないんだと思いました。

しかしその時、ゲンちゃん登場。
「痛ってえ」と言って、笑うところが怖い。
調子に乗っている章は、ゲンちゃんを罵倒。
夏木刑事にぶっ飛ばされて唖然。

その時のサヤの態度と、夏木刑事の話から、サヤは兄に反発していたんだとわかる。
サヤは自分を肯定してほしくて、いつも章を甘やかしていたのではないでしょうか。
自分の選んだ人がダメで、いや、ダメにしたのは甘やかした自分かもしれない。

でもいつも兄に反対されていたサヤが、兄に反発して選んだ道だから、修正できなかった。
章に貢ぎ、報われなくても兄に対する意地で別れられなかった。
だけど兄の自分への愛情を確認して、兄に「何があっても俺は味方」と言われて意地を張る必要がなくなった。

今回、マスターも迫力ありましたけど、かっこよかったのはゲンちゃんです。
アニキの竜ちゃんも、小寿々さんが惚れ込む男だけど、舎弟のゲンちゃんもなかなか。
ゲンちゃんの怖さも知らず、罵倒した章は怖ろしい目に遭う。

さすが、竜ちゃんの舎弟。
ゲンちゃん、かなりな顔なんですね。
あれぐらいの人間を連れてくるぐらいの、顔ではある。

章はサヤをなめきっていて、浮気もしていた。
その女の子は、さっさと逃げてしまった。
まあ、あれで逃げない娘はいないと思いますけど。
章はサヤをなめきっていて、そのために人を見る目ももう、鈍っていたんでしょう。

サヤから別れを切り出したのか、章が切り出したのかはわかりません。
でもおそらく、章は自信喪失しているでしょう。
サヤは吹っ切って、よく眠れるようになった。
けど、章に安らかな眠りは訪れていないように思います。

これ見ていたら、唐揚げが食べたくなってしかたない。
マスター、ハイボールは結局、メニューに加えなかったんでしょうか。
最後の唐揚げの作り方を説明するサヤ。
後ろで夏木刑事が食べているのが、楽しい。


人生を変えるきんぴらごぼう 「深夜食堂」第28話

深夜食堂で、ゲンが食べている。
ゲンは剣崎竜、常連客の竜ちゃんの子分だ。
竜ちゃんはこの辺りでは、マスター曰く「イイ顔の兄さんだ」。
大きな組織の、幹部である。

ゲンが食べていると、1人の女性が入ってきた。
女性は、きんぴらごぼうを注文した。
その女性を見て、ゲンは固まる。

「きんぴらはささがけにしたんじゃ、良さが出ない」と言うその女性に、ゲンは恐る恐る言う。
「やっぱり、きんぴらは千切り…ですよね」。
それを聞いた女性は「お兄さんも好きなんだ、きんぴら」と笑った。

突然、ゲンは立ち上がって最敬礼した。
「ご無沙汰してます、市川先生!」
「林ゲンです!」

「ケンカばっかりしてた、あのゲンちゃん?」
「見違えたわね~!良い男になったわね、何年ぶり?!」
「10年ぶりに帰ってきて、まさか君に最初に再会するとはね、何か縁があるのかしら」。

女性は市川千鶴。
ゲンの中学時代の部活の顧問で、英語の教師だった。
ニューヨークで暮らしていて、10年ぶりに帰国したのだと言う。

「向こうで一緒に暮らしている人って、旦那さんですか」。
「同じ職場のルームメイトよ」。
この年齢で結婚していないなんて、みじめ?と千鶴が聞くと、ゲンは慌てて否定する。
「先生はあの頃と、全然変わってないです」。

ゲンは、千鶴と飲みに行く。
下戸なのに飲んで酔っぱらったゲンは、小寿々のゲイバーで「先生、愛してる!」と叫ぶ。
千鶴は、ニューヨークへのみやげを買う。

ゲンは、それに付き合った。
千鶴が、手ぬぐいを手にする。
花火の模様の手ぬぐい。

深夜食堂で、忠さんがその手ぬぐいを広げて「良いねえ」と言う。
小寿々もそれを見て、「どれどれ、アタシにも見せてよ」と言って近づく。
隅で食べているゲンが「汚すんじゃねーぞ」と注意する。

「あら、カワイイじゃない」と小寿々が言う。
「ゲンちゃんに似合ってるかどうかは、別として」。
小寿々が手ぬぐいを折って、自分の肩にかける。
「アタシには似合うでしょ」。

ゲンが猛然と立ち上がり、奪い取っていく。
小寿々が「先生、ゲンちゃんの仕事知ってんの」と聞く。
「自由業だって伝えてあるよ」。

忠さんが「まあ、やくざも自由業だから嘘じゃねえけど」と言う。
「なあ」。
小寿々は「女が一番嫌いなのは、隠し事する男よ」と言った。

「わかってるよ!」
「今、その、頃合いを見計らってるんだよ」。
マスターが小寿々に酒を運んできて「先生、いつ帰るんだい」とゲンに聞いた。

「2週間こっちにいるって言ってたから、あと…、4,5日会えると思う」。
「今から寄れば?」と小寿々が言う。
「忙しんだよ。毎晩、昔の仲間や、世話になった人と飲み明かしてっから」。
それを聞いた忠さんが、ポツリと言った。

「なんだか…、お別れ言いに来たみてえだなあ」。
マスターも、ゲンも一瞬、沈黙する。
「どういう意味だよ」。
「どっちみち、自分の番が来るまで待つしかないってわけね」と小寿々が言う。

その3日後、ついにゲンちゃんの番がやってきた。
ゲンは深夜食堂に、千鶴と来た。
この前の小寿々の店で酔っぱらったことをゲンは、詫びる。

携帯電話の振動の音がする。
千鶴が、自分の携帯をひっくり返す。
しかし、近くの席の男が自分の携帯を取り、話し始めた。
千鶴の携帯は、鳴っていなかった。

「俺なら、良いっすよ、さっと食って帰りますから」とゲンは言う。
「違うの。明日から熱海に行く予定だったんだけど、全然連絡なくって。やんなっちゃう」。
「彼氏…、さん、ですか」。
ゲンが視線を落としながら、聞いた。

「昔の男」と、千鶴が言った。
「女房が怖いんでしょ」。
「あー、どうしようかな」。
千鶴は、きんぴらごぼうを食べていた。

「あの…」。
思いつめたように、ゲンが言う。
「俺じゃダメかな」。
「あ、熱海」。

「え?」
千鶴がビックリする。
「ゲン、くんと?」

うつむくゲン。
黙って、うなづく。
「良いの?こんなおばあちゃんで」。
「いいっす、いいっす!」

ゲンは立ち上がる。
「おばあちゃんなんて、とんでもないっす!」
「そんなこと言うやつ、俺、ぶっ殺してやりますから!」

ゲンはそう言って、ドスを構えるポーズをする。
「大変ね、マスターも」。
微笑む千鶴。

千鶴が滞在しているホテルまで、ゲンは送って行った。
「明日、遅刻しちゃダメよ」。
「俺、もうガキじゃないっすから」と、ゲンが笑う。

「ごめん」。
ホテルのガラスドアーが開いて、男性が近づいて来る。
「ちょっと職場でごたごたあって」。

千鶴が約束していた男性だった。
「でも大丈夫。明日一緒に行けるから」。
そう言ってゲンをちらりと見て、「知り合い?」と聞く。

「昔の教え子」。
「そう。部屋まで送ってくよ」。
そう言うと、男性は千鶴の荷物を持とうとする。

千鶴は身をよじって、拒否した。
「怒ってんの」。
「そりゃ怒りますって、先輩」。

ゲンが口を出した。
「先輩からの電話、先生がどれだけ、待ちわびてたか。だからもっと、大事にしてあげてください」。
腰を落として、両足を開き、ゲンは首を垂れる。
「お願いします」。

「ゲンくん…」。
「先生も意地はんないでさあ、気持ち良く2人で行って来なよ!」
「みやげは、干物で良いっすから!」

そう言うとゲンは、「お先に失礼します」と言って去って行こうとした。
「行かないで!」
千鶴が叫んだ。

ゲンの手を引いてホテルに入っていく。
フロントを通り過ぎる。
「何!」
驚いたゲンが言う。

「イイの!」
ゲンの手を引きながら、千鶴は言った。
「お互い、とっくに賞味期限切れてんのに…。バカよね」。

ゲンはためらいながら「俺、先生に隠してたんすけど、実は…」と言った。
「やくざなんでしょ?」
千鶴は、ゲンがやくざであることに気付いていた。

「どう見たって、堅気には見えないもん」。
「ほんとに、俺なんかで良いんすか」。
「その代わり、ちゃんと抱いてね」。

「え?」
ゲンは驚く。
「明日まで取っとくつもりだったけど、残ってる時間は少ないんだから!」

「目いっぱい楽しもう?」
千鶴は笑顔だった。
「はい」とゲンは言う。

深夜食堂で、ゲンは千鶴を待っている。
ゲンが高校止めて上京する時だった。
「先生は『良い男になって戻っておいで』と言って餞別をくれた」。

そして、自分のお弁当をくれた。
「汽車の中で食べなさい、って」。
マスターは「良い先生じゃないか」と言った。

ゲンの前には、きんぴらごぼうが置いてあった。
「他にも、具は入っていたんだけど…」。
ゲンは遠い目をする。
「そんな中で、こいつの甘じょっぱさが体に沁みてよ」。

「…」。
ゲンが沈黙する。
「俺、…足を洗って、先生幸せにしたいと思ってる」。

「アニキにそのこと打ち明けたら、逆だって殴られた」。
アニキとは剣崎、常連の竜ちゃんのことだった。
「女がお前を幸せにしてくれるんだよって」。

マスターが「先生、明日帰るんだろう」と聞いた。
「伝えたのか?」
「また思い出にしちまいたくねえから」。

その時、深夜食堂の戸が開いて、千鶴がやって来た。
2人の様子に「何なに、何の話?」と聞く。
「それより先生、具合どうだったんですか」。

ケンの質問に千鶴が「え?」と言う。
「今日、入院してる友達の見舞い行くって言ってたじゃないですか。元気だったんすか」。
「うん。ビックリするぐらい元気だった。来月退院できるって」。

「良かったじゃないすか!」
ケンはビールを頼んだ。
めでたい時は、乾杯だと言って頼んだが、下戸のゲンはビール一杯で眠ってしまった。

隣でカウンターに顔を押し付けて、ゲンは眠っていた。
マスターが千鶴に「次はいつ帰って来るんだい」と聞く。
「わかんない」。

「ゲンちゃん、さびしがんだろうな」。
マスターがタバコをふかす。
それを見ていた千鶴が「一本もらっていい?」と聞いた。

マスターがタバコの箱を千鶴に向け、千鶴が一本、抜き取る。
千鶴のタバコに、マスターが火をつける。
「向こうじゃ愛煙家は肩身が狭いって聞くけど」。
「行ってから止めてたけど、もういいの」。

ふーっと、千鶴は大きく煙を吐いた。
マスターが灰皿を、千鶴の前に置く。
「あたしはもう、思い出さない」。

千鶴はなぜか、キッパリ言った。
「ここで会った時も、ゲン君に言われなきゃ思い出さなかったしね」。
千鶴が煙を吐く。

「ずっとアメリカに、いるつもりかい」。
「ううん」。
「今度はもっと、遠くに行くの」。
「だからゲンくんも、あたしのこと、忘れてほしい」。

ボーン、ボーン。
時計が鳴る。
カチコチと、時計の音がする。

「こらっ、ゲンくん、行くよ!」
千鶴は帰ろうとするが、ゲンは朦朧としている。
ゲンは、ホテルのベッドの上でも寝ていた。

すーすーと、寝息が聞こえる。
千鶴は、ゲンの傍らに腰を下ろす。
そっと、ゲンの顔に自分の顔を寄せる。

「せんせい…」と、ゲンが寝言を言う。
「バイバイ」。
そう言うと、千鶴はスーツケースを転がし、バッグを肩にかけて出て行った。

深夜食堂。
常連客のカメラマンが「今日ものぞいたらちゃんと働いてましたよ」と言う。
忠さんが言う。
「ほんとに。足を洗って堅気になるとはな」。

「そろそろ、ひと月になるんじゃないか」。
「あたしも、人生変えるような恋がしたいなあ」。
常連のサヤが言う。

「これ食べないと!」
そう言うと、忠さんが自分の前にあった皿を置く。
「ご利益あると良いけど」。
その深夜食堂には、エアメールが置かれている。

ゲンはパチンコ屋で、働いていた。
頭には、千鶴にもらった手ぬぐいをバンダナにして巻いている。
一人の客が、ゲンを呼び止める。

帰るので、いっぱいになったパチンコの玉を持ってくるように言ったのだ。
パチンコ玉でいっぱいになったいくつもの箱を、ゲンは引きずっていく。
目の前に、兄貴分だった竜ちゃんが立っていた。
黒ずくめにサングラス。

ゲンが気づいて、立ち上がる。
竜ちゃんがスーツの内ポケットから、エアメールを出す。
ゲンに渡す。
きょとんとして、ゲンはエアメールをながめる。

中を開ける。
手紙を出す。
字面を追う。

もう一枚、折りたたまれた手紙を開ける。
ゲンが、呆然自失といった表情で固まる。
目が泳ぐ。
竜を見て、何か言う。

そのまま、固まっている。
突然、ゲンはいっぱいにパチンコ玉が詰まった箱を蹴る。
蹴り飛ばす。

力いっぱい、箱を踏み潰す。
パチンコ玉が床に飛び散る。
さらに箱を蹴り飛ばす。
ひっくり返った箱を手に、今度は床にたたきつける。

座っている客が、何事かとゲンを見る。
ゲンは床に膝を着く。
号泣していた。

向こう側、ゲンがパチンコ玉を持っていくはずの方向に向かって、剣崎が何か言う。
丁寧に頭を下げる。
ゲンが床に座り込み、前のめりになっていく。
落ちているパチンコ玉を握りしめる。

肩を震わせ、ゲンは泣く。
頭に巻いていた、バンダナにしていた手ぬぐいをはぎ取り、ゲンは泣く。
ひたすら、泣いている。

セピア色の風景。
ベンチに座る千鶴と、ゲン。
ゲンの横には、千鶴が買ったいくつものショッピングバッグがある。

上着が、千鶴の膝にかかっている。
千鶴が、コーヒーの紙コップを持っている。
ゲンが同じ紙コップを持ち、飲む。

そよそよと、風が吹く。
緑のイチョウの葉が、揺れている。
千鶴は静かに満足そうな顔をしている。

視線が、上の方に向いている。
ゲンもまた、静かに満足そうな顔をして上を向く。
千鶴は、前を向いている。

ゲンが千鶴をちらりと見て、幸福そうに視線を前に向ける。
静かな時間。
幸せそうな2人。
…。



いきなり、深夜食堂です。
しかも28話。
すみません。

深夜食堂、第2シーズンになって存在感が増してきたゲン。
山中崇さんが演じてます。
千鶴は、つみきみほさん。
美少女アクションでデビューしたつみきさんですが、しっとりとした大人の女性役が似合っていました。

千鶴が滞在しているニューヨークのことをゲンが、「アメリカの首都だよ!」と言う。
こんなところでくすぶってる自分なんかとは、世界が違うとはしゃぐ。
常連客が「アメリカの首都はワシントン…」と言いかける。
ゲンの睨みで「ニューヨークです」と言う。

そう、常連客とは親しくなったけど、ゲンちゃんはやくざ。
兄貴分の竜ちゃんも、深夜食堂の常連だけど、大組織の幹部。
竜ちゃんは、松重豊さん。
こういう役やると、シャレにならないほどハマる。

最初の時、ゲンがやってきて、マスターに絡む。
その時、食べていたホストはまず、ゲンを見てひるむ。
ゲンの後に入って来た竜ちゃんを見て、「お、俺、もう行かなくちゃ」って逃げていく。

「ビッグマネー!」というドラマで、松重さんは総会屋の小日向さんの用心棒というか、右腕を演じていました。
そこでも主演の長瀬さんが、松重さんの演じるマッキーを見ると、飛びのいてましたもん。
最初にやって来るのを見た時は、「うわああ…」って言ってましたし。

その松重さんの竜ちゃんの子分が、ゲンちゃん。
最初こそ、感じ悪かったゲンちゃんだけど、この後、竜ちゃんが刺客に襲われます。
その時、最初に手を切られたのはゲンちゃん。
ゲンちゃんが転げまわって悲鳴を上げていて、竜ちゃんはゲンちゃんをいたわりつつ、刺客を蹴散らした。

その後、ゲンちゃんに「大丈夫か」と声をかけていた時、道の端にいたホームレスが突然、竜ちゃんを刺した。
最初にゲンちゃんを襲って、竜ちゃんに隙が出るのを待っていたんですね。
この後、ゲンちゃんは竜ちゃんを襲った相手の組の幹部を刺して、追われる身になりました。

小寿々さんの店にいたゲンちゃんにマスターが「兄貴分に迷惑かけて」って怒りました。
出頭していくゲンちゃんを待っていたのは、竜ちゃんでした。
「逃げませんから…」と頭を下げるゲンちゃんに竜ちゃんが「付き合わせろよ」と言う。
そして、付き添って行く。

この話はまた、別の機会に書きたいと思います。
12話ではゲンちゃんは、女の子に貢がせて、乱暴な扱いをしている男に腹を立てて、思い知らせてました。
ゲンちゃんって、結構なドラマがある登場人物なんです。

そして竜ちゃんが、すごく良い兄貴分なんです。
ゲンちゃんは、竜ちゃんを「アニキ!」と慕っていた。
そのゲンちゃんが、足を洗うと言うんだから、大変なこと。

足を洗う自体、大変なこと。
おそらく、竜ちゃんがかなり、動いてくれたんでしょう。
ゲンちゃんは五体満足で、ちゃんと働いていました。

山中崇さんが、実にうまくゲンちゃんを演じています。
やくざのゲンちゃんの、純情が切ないぐらいに伝わってきます。
高校を辞めて上京して、やくざになったゲンちゃんのおそらく初恋だったのでしょう。

千鶴のために頭を下げるゲンちゃん、まんま「お控えなすって」の世界なんです。
あの時、ホテルの前で千鶴が昔の彼氏を選ばなくて、本当に良かった。
そして千鶴は、全部わかっていた。

最後、エアメールが深夜食堂でアップになってからは、無音です。
テーマソングが流れるだけ。
だから最後、竜ちゃんがゲンちゃんに何を言ったのかはわかりません。

ゲンちゃんが何を言われたのか、何の手紙だったのか、はっきりと描写はされていません。
すごく悲しく、良い演出です。
そして、セリフがなくても伝わって来る山中さん、松重さんの演技が素晴らしいです。
竜ちゃんのお詫びの言葉、きっちりとしたお辞儀なので、聞きたかった。

忠さんの「お別れみたい」という言葉。
やめていたタバコを、吸っていること。
入院していた友達の見舞いに行っていたと言いながら、それを聞かれると「えっ?」と戸惑っていたこと。

マスターに「あたしはもう、思い出さない」と言った時の口調、
「今度はもっと遠くに行くの」。
「ゲンくんもあたしのこと、忘れてほしい」と言う言葉。

そこからの想像されること。
千鶴が日本に帰って来た理由は…。
不治の病だったから。
千鶴は、自分の余命を知って、日本にいる人たちにお別れを言いに帰って来た。

入院している友達の見舞いというのは、自分の診察だった。
もうすぐ退院というのは、余命いくばくもないということだった。
今度はもっと遠くに行く、というのはこの世を去るという意味。
最後のエアメールは、千鶴のニューヨークのルームメイトから。

ゲンちゃんに伝えてほしいと言われたルームメイトが、深夜食堂に送って来た。
そしてマスターは、誰にも言わずに竜ちゃんにだけは話して、エアメールを託した。
でなければ、堅気になったゲンちゃんに竜ちゃんが会いに来るわけがない。

そして最後の、ゲンちゃんのあの嘆き。
あの手紙は、千鶴の死の知らせだったのでしょう。
何もはっきり、言われていないけど、この想像は切なく、胸を打つ。

幸せそうな2人の、最後のシーン。
ゲンちゃんの幸福そうな顔と、その心の中。
隣で幸せそうに、それでも宙を仰ぐ千鶴。
その心中を思うと、とても哀しく切ない…。

手紙を持ってきた竜ちゃんが、赤いウインナーを食べる理由を描いた第11話があります。
まだ純情だった竜ちゃんの、少年時代。
その想い出の人。
竜もその思い出の大事な人を、病で亡くしている。

たまに登場する野口刑事と竜ちゃんには、個人的な関係があったことがもわかる。
この話もまた、書きたいと思いますが、かなり切ないお話でした。
あれを思い出すと、この時の竜ちゃんもかなり切ない。

あの丁寧なお辞儀は、「筋を通す人」という性格だけじゃない。
ゲンちゃんへの寄り添う気持ちの表れだと思いました。
竜ちゃんは自分のつらい経験を、ゲンへの思いやりにしているのでしょう。

知る人ぞ知る、深夜ドラマなんでしょうが、「深夜食堂」。
俳優も演出もとても、良い。
ドラマに一番あってほしい、人間を描いているドラマ。
心に響く、良作だと思います。