1980年の映画、「わるいやつら」。
これも、米倉涼子さんでドラマ化されましたね。
その時の米倉さんは、看護師の
本来は主役ではありません。

映画では、信一が主役。
片岡仁左衛門となる前の、片岡孝夫さんが演じています。
隆子は、松坂慶子さん。

彼女と組んで、信一をはめる弁護士の下見沢は藤田まことさんです。
それぞれの「悪」が描かれます。
最後に笑ったかに思えた、隆子と下見沢。

弁護士の榊は、どっちが上手だか。
お似合いの2人だよと、言う。
下見沢の犯罪を立証する手立てはない。

しかし、その2人も関係がもつれたか。
3年後。
信一の無期懲役が確定し、網走刑務所に送られることになった。
その船の中で刑事が新聞を見て、ぼやく。

「最近の男は情けなくなったな、フラれたぐらいで女を刺すなんて」。
「いやあ、それだけ女が強くなったんだよ」。
「見るかい?」

信一が見た新聞に載っていたのは、隆子が刺されたという記事だった。
有名デザイナーとのコラボのファッションショーを成功させて笑顔の隆子。
彼女のマネージャーに収まっていた下北沢だが、解雇されていた。

隆子に近づく下見沢。
その手に光るナイフを見た隆子の顔色が変わる。
逃げようとする隆子の背中に、下見沢がナイフを深々と刺す。

「やめろ!」と止めに入る男たち。
ナイフを振りかざし、取り押さえられてもなおも暴れる下見沢。
のけぞる隆子。
暴れる下見沢。

ストップモーション。
ファッションショーのための、華やかな音楽が流れ続ける。
これまでのことが画面に映っては消える。
それはまるで、信一の脳裏をよぎるこれまでの記憶のようなキャスティングクレジット。

チセ、梶芽衣子さん。
トヨ、宮下順子さん。
たつ子、藤真利子さん。
信一の妻の慶子、神崎愛さん。

刑事の井上は、緒形拳さん。
信一の担当弁護士の榊、渡瀬恒彦さん。
やっぱり、この辺り、渋くて良いです。
自分の仕事をきっちり、こなしている。

ここではトヨは、悪女の1人。
トヨは信一に殺されそうになり、実際に死んだと思われて遺棄されている。
ところが、息を吹き返して助かっていた。

雨の中、連行される信一。
向かい側には女性の被告が、護送車に乗せられている。
その時、連行されていたのはチセだった。

チセはちらりと信一を見ると、皮肉な笑みを浮かべて護送車に乗り込む。
その目は信一に対する思いなど、みじんも感じられない。
ただ、バカな男に付き合って、バカなことをした自分。
目の前の男など、もう見たくもないという顔だった。

女の保身と心変わりにため息をついた信一だが、次に目に入ってきたのはトヨだった。
この時のトヨの表情が、宮下順子さん、見事。
信一を見た途端、パッと顔が明るくなる。

口は半分、開き、その目でトヨが信一を愛しているのがわかる。
自分を殺した男なのに。
トヨは信一に、微笑みかける。
かつて、そうしていたように。

しかしそれはほんの一瞬。
一秒に満たないほどの一瞬。
次の瞬間、トヨの目は据わる。

「どうだ」。
「あたしを捨てたお前の今の身の上は、どうだ」。
「思い知ったか」。
「ざまをみろ」。

そう言わんばかりの不適な笑み。
憎しみ。
軽蔑。
どれとも取れる表情を浮かべる。

信一を小バカにしたように見ながら、トヨは護送車に乗っていく。
宮下順子さん、見事。
トヨという女性、信一に対する思いがこの一瞬でわかる。

裁判ではトヨは、信一は悪くないと泣く。
検事はトヨのことを、こんなにも被告を愛している。
そんな女性の証言が、信じられるでしょうかと言う。
この検事、蟹江敬三さん。

あのトヨの表情を見ていると、これが嘘泣きであるように思えます。
それと同時に、本音であるようにも思えます。
信一さんを、誰にも取られたくなかった…。

実に味わい深い。
トヨの表情だけでも、一見の価値があります。
米倉さんのトヨも良かったですが、こちらも素晴らしい。
野村芳太郎監督の「わるいやつら」、2時間十分楽しめます。


スポンサーサイト
2017.10.14 / Top↑
プールでは一時、1年で365㎞以上泳ぐことを目標としていた時期があります。
その時は4㎞ぐらいはノンストップで泳げました。
遠泳できる、と思いましたが、海では泳ぐことはありませんでした。

海は怖い。
泳げると思って過信して、沖に流されるってこともありうる。
過信しなくても流されるってことが、ありえる。
プールで横でアクアビクスやっていたらなかなか逆らって泳げないのに、海の力はもっとすごいだろう。

それに、海にはいろんな生き物がいる…。
「ジョーズ」なんか見ると、サメの恐怖っていうのも実際にあるなと思います。
あんな大きくなくても、十分怖い。
めったに人を襲うようなことはなくて、どちらかというと人間の方がサメを捕ると聞いても。

サメの映画と言うと、有名なのは「ジョーズ」。
見てリアルで怖いと思ったのは「オープン・ウォーター」。
休暇でバケーションにカリブ海に出かけ、スキューバダイビングをしたカップル。

ところがダイビングを中止したはずの男性が参加したために、指導員が人数を勘違い。
カップルがまだ海にいるのに、全員そろったと思って帰ってしまう。
海から浮上したカップルは、乗るべき船がいないことに気付いたけど、どうにもならない。
どっちが岸かもわからない。

やがてカップルの周りに、サメが集まり始める…。
おそらく、沖へ沖へ流されて行っている恐怖。
周りに海と空と太陽しかない静寂さが、それに拍車をかける。
ここで発狂しても、誰も構ってくれない。

やがて日没。
スコール。
稲光の中、浮かび上がるサメのシルエット。

弱って行く2人。
ラスト、港で釣り上げられているサメ。
捕まえたサメのお腹に、カメラが入っていたよ…。

前置きが長くなりました。
サメ映画の名作に加えたいと思った「ロスト・バケーション」。
ネタバレしているので、注意してください。


休暇で秘境のビーチに来た、アメリカ人のナンシー。
母親を救えなかったことで、医者を続けることに自信をなくしていた。
父の言葉も、今のナンシーには届かない。
医学部を辞めることも、考えていた。

人気がないビーチに連れて来てもらったナンシーは、サーフィンをする。
このビーチは、母親に教えてもらったビーチなのだった。
海に向かって、母に向かってナンシーは問いかける。

一番助けたい人を助けられない、医療なんて無力。
私が医者を目指す意味って何?
生きるって何?

その意味って何?
人は死んでしまうのに。
そんな心境。

同じく旅行中のサーファー2人も、サーフィンに参加した。
彼らが帰る時、ナンシーも一緒に帰るべきだった…。
ナンシーは、クジラの死体に群がるカモメを見た。
不吉な予感を感じたナンシーは、戻ろうとする。

そこで、ホオジロザメに攻撃される。
左足を負傷し、やっとのことで這い上がった岩礁。
岸は見えている。
だがこの負傷した足で、サメが泳いでいる海を泳ぎ切れるわけがない。

負傷した足が、しびれて来る。
医療の心得があるナンシーには、壊死の危険が迫っているのがわかった。
女性がしているネックレスとネックレスのヘッドを使って、傷を開き、とりあえずの治療をするシーンが痛い。
予想がつく痛さ。

日没。
夜の海の上は、寒い。
さらに怖ろしいことには、満潮の時間が迫ってきていた。

満潮になれば、この岩礁は海に沈む。
サメはやすやすと、ここにやってくることだろう。
ケガと、時間との闘い。

岸にやってきた酔っ払いにコンタクトを取るが、酔っ払いは彼女の荷物から金だけあさって去って行こうとする。
ここで酔っ払いが岸で寝込んで、サメに襲われてしまうのが自業自得っぽいというか。
翌日、昨日のサーファー2人がやってきて、ナンシーに気付く。
だが彼らも、サメの餌食となってしまう。

ナンシーは、1人が持っていたカメラに自分のメッセージを映す。
そして、海に投げる。
もし、自分がサメに食われた時、誰かがこれを見つけて家族に伝えてほしい…。

ナンシーのいる岩礁に、カモメがやってくる。
カモメもまた、クジラに群がっていた中でサメに襲われた一羽だった。
このカモメの存在が、ナンシーに生きる実感を与える。

1人ではない。
体温がある存在が、自分の他にもうひとつ。
近くで生きているということが、極限状態でどれほど救いとなるか。

決意の時間が迫る。
ナンシーは、カモメを触る。
「大丈夫、折れていない」。
そう言うとナンシーは、カモメの脱臼した翼を元に戻す。

ビーチにやってきた地元の子供は、デジタルカメラを拾った。
何が映っているのだろう。
カメラを見た少年は、父親の元へ走り出す。

そこにはカメラの持ち主であるサーファーに何が起きたかが、映っていたのだった。
知らせを受けた少年の父親は、何もかも察した。
少年の父親は、ナンシーをこのビーチまで乗せてきたトラックを運転していた。



ここから先は、物語の結末に触れています。
未見の方は、気を付けてくださいね。


こんな状況に陥った時、どうするべきか。
考えたけど、わからなかった。
あきらめたらそこで、ゲームオーバーよ。

そんなことは良く言われることだけど、この状況で精神状態を保っていられるだろうか。
考えてしまった。
ナンシーは、ブレイク・ライブリー。
美しく、ほとんど一人芝居の演技を、とてもうまく演じていました。

医学を志した意味もなくし、生きる意味もなくしかけていたナンシー。
サメは彼女に迫りくる、死の化身。
この迫る死の化身と極限状況とカモメが、彼女の生への執着を呼び起こす。
生きる意味を思い出させる。

この心境の変化が、素晴らしい。
そして、素晴らしいのはカモメ。
ただいるだけで、何もしない。
でも、存在感がすごい。

ナンシーが、カモメに手を伸ばす。
飛べないカモメ。
どこにも行けないカモメ。
まるで自分だ。

岩礁の上から動けないという意味でも。
母を亡くし、医師としてやっていく自信がなくて、どこにも居場所がないという意味でも。
痛さにカモメがナンシーを噛む。
その痛みさえ、今のナンシーには生きている証となる。

カモメだけでも、生きてほしい。
生きられるのなら、生きてほしい。
人は極限状況に陥ると、そういう心境になるのだと思った。

ナンシーは医学生だから知識もあった。
賢くて、強かった。
勇気と知性があった。
そして、あきらめない意思があった。

医学の心得。
勇気と機転。
これが彼女を生還へと導く。
助かった彼女の目に移ったのは、飛ぶカモメ。

ああ、生きている。
そして私も生きている。
生きているって素晴らしい。
それだけで意味がある。

ナンシーの目に、涙があふれる。
彼女は父親と海にやって来る。
海はもうたくさん、とはならなかった。
私は生きる意味を、ここでつかんだのだから。

生きとし生ける者は、生きたいと思っている。
ならば、それと共に闘うのが医師である自分の使命だと気づいたのだから。
このラストには、そんな意味があると思いました。
海のシーズンの夏に見るのにも、良い映画だと思います。


2017.08.01 / Top↑
全く、何の予備知識もなく映画を見ることがあります。
これはその一つ。
「縞模様のパジャマの少年」。
全てネタバレしていますので、未見の方、ご注意願います。


無邪気に走る子供。
名前はブルーノ。
時は、第2次世界大戦中。
場所は、ベルリン。

ブルーノの父は、ナチスの将校。
パーティが開かれ、ブルーノは恵まれた生活を送るお坊ちゃまだった。
まだ子供であって、戦争のこと、ナチスのこと、何一つ知らない。
友達との遊びは、戦争ごっこだ。

ある夜、父が昇進することを聞かされたブルーノは、父の転勤でベルリンから田舎に引っ越す。
不満なブルーノは不機嫌なまま、引っ越しをするが新居の近くには学校もなかった。
ブルーノには、家庭教師がつく。

それにたまに、妙なにおいが風に乗ってやってくる。
「奴らは焼かれても臭いですね」と、父の部下が言う。
母親は父親に、こんなところに子供を連れてこないほうが良いと抗議する。

窓の外に見えるのは、農場。
農場だと、ブルーノは思った。
そこにいる人たちは全員、縞模様のパジャマを着ていた…。

ブルーノの家に、ジャガイモの皮をむきに来る人がいる。
下にはあの、縞模様のパジャマを着ている。
家で下働きしている人は、みんな必ず、縞模様のパジャマを着ている。

ブルーノは、傷を作ってしまう。
すると、その皮むきの人はテキパキと手当てをしてくれた。
その人は、お医者さんだったらしい。
だが今は、キッチンの隅で、ジャガイモの皮をむいている。

どうしてなの。
腕が悪かったの?
こんなにテキパキしているのに。
すると、その人は泣いた。

その夜、ブルーノは父親になぜかと聞いてみた。
父親は言った。
ユダヤ人になど、気安く手当させるなと。

独りぼっちのブルーノは、友達が欲しかった。
「農場」に行けば、友達ができるかもしれない。
ブルーノはある日、「農場」に行ってみる。

「農場」は、鉄条網で囲まれていた。
家畜が逃げないようにだと、ブルーノは思った。
鉄条網の中には、8歳の少年がいた。

ブルーノは彼に話しかける。
彼の名は、シュムエル。
同じ年だった。

家族みんなで、この「農場」に来ているのだと言う。
縞模様のパジャマを着て、頭は丸刈りだった。
パジャマに、数字のワッペンをつけていた。

「それ、何のゲーム?」
聞かれても、シュムエルにもわからない。
わかっているのは、自分はここにユダヤ人だから入れられていること。

ブルーノはこの日から、「農場」に通う。
「シュムエルのパパは何してる人?」
「ボクのパパは時計職人だったよ。今は大工」。

「僕のパパは、軍人さんだよ」。
「軍人嫌いだ。僕たちの服をとっちゃったんだ」。
「僕のパパは、そんなことしないよ!」

家庭教師は、ブルーノに教育を施す。
ドイツは世界一である。
また、ドイツ人は最も優秀な種族である。
それに害を及ぼす者がいる。

ユダヤ人がどれほど、ドイツに損害をもたらす害悪なのか、家庭教師は教える。
だが、ブルーノにはわからない。
シュムエルはユダヤ人だが、友達だ。
彼が自分に害を与えることなど、全くない。

しかしある日、ブルーノは家にシュムエルがいるのを見つける。
シュムエルは、グラスを磨いていた。
その小さな手が、小さなグラスを磨くのに必要だったのだ。

シュムエルは、お腹を空かせていた。
だからブルーノは、お菓子をあげた。
すると、父の部下のナチス軍人がやってきた。

彼はブルーノの父の信頼が厚く、熱心なナチス党員だった。
紳士的で優しくて、姉は彼にあこがれていた。
彼はシュムエルの口に、お菓子の食べかすがついているのを見つけた。

「盗んだな!」
シュムエルは「友達にもらった」と言う。
「この嘘つきのユダヤ人め!」
ナチス軍人はブルーノに、本当か聞く。

本当に「こんな」ユダヤ人と友達なのか、と。
自分が知っている彼と、全く違う彼を初めて見たブルーノは恐怖した。
そんな様子は見たことがなかった。
思わず、ブルーノは「そんな子、知らない」と口走ってしまう。

姉が教えてくれた。
あれは「農場」ではない。
「強制収容所」というものなのだ、と。
父はそこの所長に栄転となったのだ、だから自分たちはここに来たのだ、と。

そう言われても、ブルーノにはよくわからない。
しかしブルーノは、後悔していた。
友達を裏切ったことを。

ブルーノはシュムエルに会いに「農場」へ行く。
お菓子やおもちゃを持って行く。
だが何日も何日も、シュムエルの姿はなかった。

やっと金網越しに見つけたシュムエルの顔には、ひどく殴られた跡があった。
「ごめんなさい」。
「僕は怖かった」。

シュムエルは「許してくれる。
ブルーノは決心する。
二度と、友達を裏切ったりしない。
2人はそれから、一層仲良くなった。

母親はこんなところに子供を連れてきたと父を責めるので、父はブルーノに収容所の映画を見せた。
そこではみんな、映画を見たり、作業をしたり伸び伸びと暮らしていた。
ではなぜ、シュムエルは殴られたのだろう?
なぜ、彼はいつも一人で座っているのだろう?

「シュムエルがいる場所は、良いところなんだろう?」
「わからない。でもお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは死んじゃった。お葬式も出せなかった」。
「僕には友達は君しかいないよ、ブルーノ」
「僕も君しか友達がいないよ、シュムエル」。

そしてある日、シュムエルは父親がいなくなったと言う。
ブルーノは約束する。
一緒に探す、と。
ブルーノは二度と、友達を裏切らないのだ。

でも農場にいる人は、みんな縞模様のパジャマを着ている。
着ていないと、農場の人間じゃないってわかってしまう。
シュムエルは、持ってきてあげると言った。

いっぱい、いっぱい、あるんだよ。
子供用のも、たくさんあるんだ。
ねえ、ここ、土が柔らかいよ。
金網の下を子供が一人、通れるぐらいの穴を掘り、ブルーノは「農場」に入る。

縞模様のパジャマを着る。
2人は、シュムエルの父親を探す。
どこにもいない。
2人が入った小屋は、病人と老人ばかりがいた。

すると、音が鳴り響く。
父親と同じ制服を着た男たちが、やってきた。
行進しろ。

たまにあるんだ、とシュムエルは教えた。
シュムエルのいる場所の人はみんな、行進していく。
大人の列の中、子供2人は追い立てられていく。

出て行きたくても、列の横にはブルーノの父と同じ制服を着た軍人がいて、出られそうにない。
青い縞模様のパジャマを着たブルーノは、出られない。
追い立てられた先には、小さな部屋があった。

みんな、縞模様のパジャマを脱がされた。
ここはシャワー室だ。
そう、説明された。

説明した男たちは、出て行く。
大人たちが体をぶつけあうほどの小さな部屋に、ぎっしり詰められている。
ふっと、灯りが消えた。

おかしい。
ブルーノとシュムエルはしっかり、手をつなぐ。
固く、固く、つなぐ。

部屋の小窓が開く。
そこから顔が見えた男は、がっちりとしたマスクで顔を覆っていた。
何かが、黒い粉が降って来る。

部屋の鉄の扉が、ガタガタと振動する。
脱ぎ捨てられている、大量の縞模様のパジャマ。
その頃、母親はブルーノがいないことに気付いた。
姉とともに探す。

父親にも、ブルーノがいないことが知らされる。
犬を使って探す。
走る犬は、収容所に向かっていた。

ブルーノの服が、金網の前に脱ぎ捨てられている。
穴は、金網の向こうにつながっている。
母親と姉が絶叫する。

父親は真っ青になって、収容所を走る。
雨が激しく降って来る。
父も、父の部下たちもパニックを起こしていた。
ブルーノ!

返事はない。
静まり返った鉄の扉。
脱ぎ捨てられている、たくさんの青い縞模様のパジャマ。



もう、ねえ…。
見るんじゃなかったってぐらい、いや~な気分になりました。
でも、見て良かったとも思いました。

「軍人は嫌い」
「パパはそんなことしないよ」。
この会話の残酷さ、虚しさ。

当たり前ですが、軍人、ナチスの将校にもそれ以外の顔がある。
そして誰かが愛していたり、誰かの大事な人であったりする。
同じことがユダヤの人にも言える。

リミット」ではないですけど、どんなにしても嫌いな人、合わない人というのは出て来る。
だけど、その人にも別の面があって、誰かの大切な人だ。
それを思う気持ちがあれば、殺したりはしない。
だから人間は人間を殺さない、殺せない。

しかし、ここでは相手を同じ人間とは思っていない。
良い大人の間でも、いじめがあるんだから、戦争なんてなくならない。
でも、同じ人間。
同じではないと教育しても、少し離れて見ると、同じにしか見えない。

縞模様のパジャマを着ているドイツ人の子供と、ユダヤ人の子供の区別はつかない。
着ている服ひとつで、明確に区別できないぐらいのこと。
それが人を死に追いやる理由になるのか、と。

こんなことが「カフェに行って相談しようよ」。
「ここから出られないんだ」。
同じ年齢の子供をここまで隔たった環境に追いやるのか。

父親と同じ軍服の大人、優しい大人が耐えられないような別の顔を持つ。
この子供の目線で作った映画。
知らないということが、最後に怖ろしい結果をもたらす。

純粋無垢ということが、最後に怖ろしい悲劇となる。
こんな現実、子供に教えたくなかったんでしょうけどね。
知らないと言うことは、いろんな意味で罪。

教えないと言うことは、いろんな意味で罪。
教えると言うこともまた、やり方によっては罪。
ブルーノの姉は、時代の空気に染まっていきました。

「処理がスピードアップする」と言っていたブルーノの父親は、何を思ったでしょうか。
母親の抗議の通り、ここにつれて来るべきじゃなかった、でしょうか。
ちゃんと「教えて」おくべきだった、でしょうか。
自分のやってきたことを、どう思うでしょうか。

スピードアップの数字は、数字ではなくて人間だと思うんでしょうか。
思ったら、あの時代には生きていけないのかもしれない。
ユダヤの人から見たら、悲劇なんでしょうか。
因果応報、なんでしょうか。

自分の身に同じことが起きた時、それがどういうことか。
文字通り人は身をもって知る、ということでしょうか。
それまでは文字通り、他人事。
でも何も、この子が父親の因果応報であんなことにならなくても…と思って、とても気持ちが暗くなる。

ここまでナチスの将校の子供が、ドイツの現状やユダヤ人について知らないかどうかはわかりません。
実際に強制収容所の「監理者側」の家族は、自分たちの父親や夫が何をしていたか知らなかったらしいですね。
やっぱり、言えなかったんでしょうか。

この映画でも収容所について、ブルーノには嘘を教えていました。
大人になれば子供には見せられない顔を持つのは当たり前ではあるけど、子供に嘘を教えなきゃ成立しないようなことは…、。
彼女も一体、何を思ったでしょうか。
この家族は戦争をどう過ごし、そしてどういう戦後を送ったのでしょうか…。

誰もいない部屋の前に、たくさん、たくさんある縞模様のパジャマ。
静まり返った扉。
沈黙と、動くものがない画面のとてつもない哀しさ、残酷さ。

2008年のイギリス映画。
だからドイツ人が、英語話してたのか。
そんなくだらない突っ込みしないと、気が滅入ってしかたないけど、すごい映画だと思います。
唯一の救いは、ブルーノとシュムエルの固く結ばれた手です。


2017.03.08 / Top↑
書いていて、とても疲れます。
つらくなります。
利一を東尋坊につれていく前で一度、書くの挫折してます。
ここで終わってどうするんだ、ってところですよね。


大好きな大好きなお父さん。
自分がしゃべったら、大好きなお父さんが困る。
大好きなお父さんのために、あんなに小さいのに。
あんなに、ひどいことされたのに。

こんな目にあわされてもかばうなんて、親子だなと言う刑事の言葉。
一瞬でも「似てないよ」と言われたことが、引っかかった宗吉には恥ずかしかったに違いない。
利一は大好きなお父さんのために、自分の存在を消し去るつもりだ。

ここに出てきた登場人物の誰より、利一は純粋で強く、人間らしい。
恨んでない。
憎んでない。

利一の足元にひざまずいて、号泣する宗吉。
いっそ、罵られたほうが楽だったでしょう。
何年も修行をして、それでもたどり着けない自己犠牲という、最も崇高な行為を利一は自分に対してやっているわけですから。

菊代に子供ができたと言われた時、うれしそうな宗吉。
後の話を知って見ると、とても残酷なシーンです。
「生んでくれ!」
「俺、子供欲しかったんだ」。

何という残酷な場面でしょうか。
お梅はひたすら怖いけど、最初から鬼畜だったわけじゃない。
言ってましたね。

あたしと一緒になったから店が持てたんじゃないか、一緒になってなかったら、渡りの職人じゃないかって。
銀行員も言っていました、奥さんは、やり手だって。
それが愛人を作られて、子供まで作られていた。

鬼のようになってもしかたがない。
また、菊代が逆上したとはいえ、人として品格を疑われることを言っている。
お梅が一生懸命働いてきて、宗吉はそれだけでも、お梅に頭が上がらない。
それなのに、外に愛人を作った。

子供ができた。
喜んで、生ませた。
ひどい。
さらにそれを愛人が、子供がいないお梅に向かって指摘し、最後には嘲笑した。

こんなことになった元凶は宗吉。
お梅に人として、やってはいけないことをやった自覚があるはず。
傷つけたことが、わかっているはず。
だから元々、頭が上がらなかったお梅が何をしても、止めることができない。

お梅に「子供を自分が生んだんで、頭にきているんだろう」と言った時の菊代の顔。
これもまた、鬼畜の顔。
「わかりました」と言った時点で菊代はもう、眠る前に子供を置き去りにすることを決心していたように見えます。

それは宗吉たちに対する復讐でもあり、菊代がこれから生きていくのに邪魔だと言う計算も見えます。
しかし、だとしても子供を、あそこに置いていくというのは、どうにも理解できない。
仕返しにはなるけど、お梅に子供を押し付け、宗吉の性格を知っていたら、子供がどうなるかなんてわかる。
鬼畜生!と叫んだ菊代もまた、鬼畜だったということでした。

岩下志麻さんと小川真由美さんの最初の対決は、極妻なんてもんじゃないです。
小川さんはこの後、全く出ませんが、強烈な印象を残します。
男性にとっては悪夢じゃないですか、この事態。
岩下さんはこの後、「疑惑」では桃井かおりさんとも今度は理性的ながら、バチバチの対決を見せてくれます。

庄二が殺され、良子が置き去りにされ、利一は自分はそうはいかないと示す。
そこで宗吉は、利一を連れて出る。
良子も利一も、あんまりそういうことがなかったんでしょうね。
それがわかる様子が見ていて、痛々しい。

能登に行った宗吉が酔って、利一に語る自分の生い立ち。
「六つの時、母ちゃんもどっかに行っちまった」って、まるで、利一たちと同じです。
「でも一番嫌だったのは、弁当持たずに学校行くのだったな」。
この時の宗吉の、声の崩れ方。

「人の、だぁれもおらん運動場」。
もう、本当に本当につらそうで。
1人、運動場にポツンといる少年が目に浮かぶような語り口。

「父ちゃんのこと、奉公に出したまんま。捨て猫みたいに置いてきぼりだ」。
哀れだった。
でも、宗吉は良子を、捨て猫みたいに置いて来た。

誰よりもつらさがわかっているはずなのに、同じことしてしまう。
宗吉は徹底して弱くて、情けなくてみっともない。
さすが緒形拳って感じです。
良子の行方を聞く利一を連れて行く時の顔は、これもまた鬼畜でした。

この人は、刑務所でも小さくなって、仲間はずれにされるんだろうなと思う。
腹が立つにしろ、同情するにしろ、宗吉という男がダイレクトに感じられる。
いや、岩下さんにしろ、蟹江敬三さんにしろ、本当にこの登場人物の今までの人生が感じられるように演じてます。

蟹江さん演じる阿久津は、あの家がもう、嫌で嫌でたまらなかったんでしょう。
晴れ晴れとして出て行く感じがしました。
刑事に呼び止められて、本当にかかわりにならなくて良かったと思うことでしょうね。
最後にちょっとだけの出演ですが、婦警役の大竹しのぶさんが存在感を示してくれます。

自分で自分のことを選べない者に対しての仕打ちは、見ていて本当に不愉快。
嫌いな人、多いでしょうね、この映画。
私も見ていて、書いていて疲れました。
後にビートたけしさんと黒木瞳さんでドラマになりましたが、私はもう、見なかったです。

でもこれ、もう、40年近く前の作品なんですよね。
初めて見た時は子供の側で、宗吉もお梅も菊代もひどい、と思いました。
今は自分も大人の側にいる。

だからお梅の気持ちも、宗吉の弱さも、菊代の意地も。
察しがつかないわけではないです。
良いとは思わないけど。

最後の児童相談所の男性の言葉が、まるで現在のことを語られているみたいで、切ない。
嫌な映画で、好きな話じゃないけど、一度は見ておいて良い映画なのかもしれません。
俳優さんたちの演技は素晴らしいですし。

救いのない話の中、岩下さんが以前トーク番組で、言っていました。
あの、子供にご飯を詰めるシーン。
監督に本当にやるんですかと聞いたら、本当にやってくださいと言われて、すごく気が重かったそうです。

子役が怯えるのはわかっていたので、撮影にはいつもたくさんのお菓子を持って行った。
そして、おもちゃのプレゼントも持って行った。
休み時間には一緒に遊び、おばちゃんはいじめたりしないよ!あれはお芝居なんだよ!ということをわかってもらおうと必死だったそうです。

そのかいあってか、利一くんと良子ちゃんは、わかってくれた。
でも庄二くんはダメだったそうです。
岩下さんが来た途端、火が付いたように泣く。

そう言うと、その番組には庄二くん役だった子が来ていました。
中学生になっていました。
岩下さんは「ごめんねえ、ごめんね」と言っていました。

庄二くんは、全然覚えてないと言ってました。
司会は「俺、志麻に膝の上で飯食わせてもらったことがあるぜ!って自慢しなよ」と言ってました。
岩下さんは胸にずっとつかえていたものが下りたようで、とっても良かったとおっしゃっていました。
私も聞いていて、ほっとしましたよ。

「ママが迎えに来るまで良い子でいなきゃだめよ?わかった?」と言われる利一。
利一はずっと、良い子で我慢してましたよ…。
宗吉にもお梅が面倒見てくれるから、良い子でいろって言われてましたよ…。
この子は運が強い子だよっておそらく、派出所の奥さんだと思う女性が言ってました。

本当にそうだと信じたい。
良子とも会えて、そして利一は幸せになったと思いたい。
宗吉が利一にやってしまった不幸の連鎖を終わらせる強さが、利一にはあったと信じたい。
こんなきついお話にお付き合いくださった方、ありがとうございます…。


2017.02.06 / Top↑
翌日、利一は「よっこいないの」と言った。
「どこ行っちゃったんだよう、よっこ」。
宗吉は「表行って遊ぶんだ!」と叱った。

「よそで預かってもらったんだ」。
「言うこと聞かないと、お前もやっちゃうそ」。
利一が黙る。

「よっこいないの」。
今度は阿久津にしがみつく。
「もう帰ってこないの」。

阿久津が「どこ行ったんだ。ママんところか」と聞いた。
「ママんとこなんかじゃないね」。
「ん?ママんとこだろ」。
「違うね」。

宗吉とお梅の顔色が変わってくる。
「こら、仕事の邪魔すんじゃないよ」とお梅が言う。
「ねえ、よっこどこいったんだよ」とまた、阿久津に言う。

「ママんとこだろう」。
「違うね」。
「ねえ、どこ行ったんだよ」。
宗吉は利一を抱いて部屋につれ、放り出す。

お梅がビンを宗吉の前に置く。
「青酸カリ」。
銅板屋が置いて行ったものらしい。
少しずつ、だんだん弱るから、気づかれないとお梅は言う。

利一は、良子のようなわけにいかない。
年は6歳。
置き去りにしても、住所も言えるし、名前も言える。
気が進まない様子の宗吉にお梅は言う。

「あんたあいつの目、まともに見れる?」
「あいつの目は何もかも知ってる目だよ。庄二のことも、良子のことも」。
「あたしは今朝みたいなこと嫌だよ、心臓止まっちまうよ」とお梅は言った。
「あんただって、青い顔してたじゃないか」。

「でも庄二は俺じゃねえ」。
「あたしがやったっての。あたし一人に押し付ける気!」
「俺は何もしなかったし」。
「とぼけないでよ!」

お梅は宗吉を叩いた。
「あんた、片付いて助かったって顔してたじゃないか!「」
「あんただって、シートがずり落ちたら、って、そう考えてたじゃないか」。

「ちゃんとわかってんだから!いいよ、この際、チビのことはどうだって」。
「でもね、良子のことは、これっぽっちだってあたしゃ、知らないよ!あんたが一人で始末したんだから」。
そう言うとお梅は、「いやだいやだ!こんなのたくさんだ」と言った。

利一は一人で、商店街を歩いている。
駅に向かい、誰かの連れのようにくっついて改札を通る。
電車に乗り、男衾の駅に着く。

また、誰かの連れのような顔をして改札を通る。
元の家に戻る。
誰もいない。

利一は裏の山に上ると、隣の家の水浴びを見る。
親子の水遊び。
利一は、じっと見ている。
日が暮れて、橋を利一は一人で渡っている。

宗吉とお梅は、利一が暗くなっても戻らないので、パニックを起こしていた。
「冗談じゃないよ、あたし知らないよ。まさかあの女が連れ出したんじゃないだろうね」。
「そんな女じゃない」。
「ふん、あの女のこと、よくわかってんだね」。

「ほっとくの」。
「警察に届けるわけにいかないじゃないか」。
「しゃべりゃしないよ」。

2人は2階を探す。
はらり、と紙が落ちる。
「オニババ」と、お梅を描いた紙だった。

シートが落ちる。
宗吉が飛びのく。
シートが乗った背中を払う。
宗吉の肩から、紙が落ちる。

オルゴールの音がする。
凍り付く2人。
必死の形相で、オルゴールを探す。

庄二のオルゴールがある。
「ちきしょう!」
お梅がオルゴールを投げようとしたとき、パトカーが止まる。
「あんた…」。

利一は、パトカーに乗せられ、戻ってきた。
警官は、ちゃんと住所も言えたし、父親の名前も言えたと言う。
利一は自分を良子のように捨てるわけにはいかないことを、証明して見せたのだ。
殺すしか、ない…。

宗吉は上野動物園に行き、パンに青酸カリを混ぜる。
利一ははしゃいだ。
夕方になり、人気のない道路に宗吉は利一といた。
帰る前に、食べてしまおうと言って、宗吉は利一にパンを渡す。

利一が口にする。
しかし、「苦い」。
利一は吐き出してしまう。

「食えよ」。
「やだ」。
利一が顔をそむける。
「食べろよ!早く!食え!食え!」

宗吉が利一に食べさせようとして、もみ合っている。
横を、若い男女が通りかかる。
その異様さに、男女が立ち止まる。
我に返った宗吉は、座り込む。

利一が走って離れる。
男女は歩いていく。
離れていた利一が「帰ろうお父ちゃん」「帰ろう」と言ってくる。

宗吉は、泣き出した。
利一は宗吉の顔をのぞき込みながら「帰ろう」と言う。
宗吉は泣き続ける。

その晩、お梅は「熱海に錦ヶ浦ってあるだろう」と言う。
「飛び込んだら何日も死体が上がんないんだってさ」。
「うん、でもあの辺は車の量が多いからな」。
するとお梅は鋭い声で、「伊豆のあっち側だってどこだっていけるだろう!」と怒鳴った。

お梅は利一の服のメーカーのタグを、切っていた。
「こうやっときゃ、身元がわかんないからね」。
ぱちん。

翌日、宗吉は利一を連れて新幹線に乗った。
外を見ながら利一は「あ、駅止まんなかったよ」と言った。
「ああ、ケチな駅は止まんないんだよ」。

「あっ、東京タワーだ!」
利一が歓声をあげた。
「見える見えない」。
東京タワーが建物に隠れて、見えたり見えなかったりする。

「見える見えない」。
「見える見えない」。
「見える。ほら、見て見て!また見えた!」
うつむく宗吉。

お梅は汗を拭きながら、印刷機をかけていた。
新幹線が、一直線に進む。
「お父ちゃん、富士山!」とまた、利一が歓声を上げた。

車掌がやってくると宗吉は「あ、乗り越し」と声をかけた。
「この坊ちゃんは?坊やいくつ?」
「五つだよな」と、宗吉が言うと、利一はうなづく。

「父ちゃん、どこ行くの?よっこのとこ?」と利一は聞く。
着いたのは、福井だった。
利一の手を引いて宗吉は、東尋坊へ向かうバスに乗った。

「早く早く!海見ようよ!」
利一は、はしゃぐ。
海は、荒波だった。

利一は、崖の端の方まで行く。
海を見下ろす。
宗吉はその背中を、じっと見つめる。
海が光る。

その夜、居酒屋に宗吉は利一を連れて入った。
賑やかに太鼓が、たたかれている。
花火をしている親子を見ながら、利一は宗吉に手を引かれていく。

利一が立ち止まる。
「おい。行こう」と宗吉が声をかけるが、利一は動かない。
「行こうよ」。
利一は動かない。

夜の駅で利一は、宗吉の膝の上で眠っている。
能登のポスターが、宗吉の目に入る。
夜行で宗吉は、利一を連れて能登へ向かった。
宗吉は、夜の海を利一の手を引いて歩く。

翌朝、光の中、利一は海で遊んだ。
後ろから虫かごと網を持った宗吉が歩く。
また、夜。
漁船が海に出ている。

利一はテーブルの上を這う、2匹のヤドカリを見ている。
酔った宗吉は、利一を前に話し始める。
「父ちゃん花、まじめに仕事一本。脇目も振らず、一生懸命働いた。とおの時から働いたんだ、印刷屋で」。

「小僧のうちは追まわしって言って、人間扱いじゃなかった。つらかったなあ、石版磨きは」。
「石版に使う石に、砥石をかけてつるっつるに磨くんだ。何年も何年も。朝から晩まで」。
宗吉は磨く仕草をする。

「だから見ろ、指だってつるっつる」。
「つるっつる」と言って、利一の顔を撫でる。
利一がくすぐったそうに笑う。

「ははは、へへへ」と、宗吉も笑う。
「父ちゃん、石版の印刷にかけちゃ日本一。名人だぞ」。
宗吉は胸を張った。

「父ちゃんの父ちゃんはもう、生まれた時はいなかったんだ。どんな顔してたかな。六つの時、母ちゃんもどこか行っちまった。それっきりだ。へへへ」。
「それから父ちゃんは、あちこちの親類知り合い、順繰りにたらい回しだ。どこのうちでも貧乏で。どこのうちでも厄介者で。だあれも構ってくれねえ」。
「ふふふ、へへっ」と宗吉は笑った。

「ああ、着るものだっておめえ、恥ずかしいみたいな格好して。でも一番嫌だったのは…、弁当持たずに学校行くの」。
宗吉は遠い目をした。
目に涙が浮かんでくる。

「父ちゃん、昼飯の時間になると、1人で外に出んだ」。
「あの景色…」。
「…忘れんな」。
宗吉の声が、涙声になる。

「人のだあれもおらん、運動場…」。
「へへへっ」。
泣き笑いをしながら、宗吉は酒を飲む。
利一は横になっていた。

「利一、ねみいのか。おい」。
声をかけられて、利一は起き上がる。
「よし、さ、これ食べな」。
宗吉は枝豆を利一の口に運ぶ。

「印刷屋に奉公出て2年目にな、やっとお給金がいただけんだ」。
「そうすりゃ、まんじゅうも買えるし、うどんも食える。たんのしみで楽しみで、もうふたつきもみつきも前から、わくわくしてたよ」。
声に笑いが含まれる。

「ところがお給金の日に、父ちゃんだけ出ねえんだ」。
利一は父親を見ている。
「父ちゃんのこと、奉公に出したおじさんが父ちゃんの給金、そっくり前借りしちまってたんだ」。
「向こう何年分も、そっくり」。

「ガックリしちまった…」。
「そのおじさん、あちこちに借金してて、二進も三進もいかなくなって夜逃げしちまった」。
「父ちゃんのこと、奉公に出したまま」。

「捨て猫みてえに置いてきぼりだ」。
「ひでえもんだ…」。
「へへへっ」。

宗吉は泣きながら笑っていた。
「ひでえもん」。
「へへへっ、へへへへ。ひでえもんだよ」。
その夜、お梅もまんじりともせず起きていた。

翌朝。
宗吉と利一は、宿を出る。
宿の主人が「どうも、上りですか、下りですか」と聞いてきた。
「え、ええ」と、宗吉は口ごもる。

「お父ちゃん、見て見て!」と利一が呼ぶ。
「じゃ、どうも」と言って、宗吉は外に出る。
「お船に乗ろう」と、利一が言う。
「う、うん」。

2人は、小さな遊覧船に乗る。
「ほら、灯台だ」。
「あっちに島が見えるぞ」。
「おーい」と、利一が叫ぶ。

船を下りると、利一は海の方へ走っていく。
岩場だった。
「父ちゃん、ほら、カニ!」
「おお、いたか」。

バスが来る。
宗吉と利一が、乗っている。
バスが関乃鼻という停留所で止まる。

「父ちゃん、早く早く」と利一が急かす。
「利一、おい利一。あぶねえぞ」。
宗吉がそう言った時、利一が転んだのか、姿が見えなくなった。

「どうした!」
宗吉は思わず、駆け寄る。
崖の下は波の荒い海だった。

宗吉は利一に駆け寄って、助け起こした。
利一は、絶壁の端まで走って行く。
「あぶねえぞ」。
「大丈夫だよ」と、利一が言う。

「見てみて、ほら」。
利一が、崖の下を指さす。
宗吉は息を詰めて、下を見る。

岩に、波が激しく打ち付ける。
夕日の中、断崖に2人の影が黒く浮かび上がっている。
利一を抱き、宗吉は後ろに下がる。

夕日で赤く染まる海。
薄暗い中、バスが停留所に止まっている。
バスが、出て行く。

そのバスから少し離れた木の下で、宗吉がバスを見ている。
利一は、宗吉の膝に頭を乗せ、眠っていた。
「利一、利一」と、宗吉が言う。

「もう行かなきゃ」。
「起きな」。
何の抑揚もない、平らな声だった。

利一は眠っている。
宗吉は利一を、じっと見つめる。
利一を抱きかかえて、立ち上がる。

宗吉は、ふらふらと海のほうへ歩く。
夕日が沈んでいくところだった。
下は海。
岩を波が洗っている。

宗吉のジャケットが、落ちる。
利一は寝ている。
その顔に夕日が映る。
宗吉の顔にも夕日が映っている。

利一を抱いた宗吉のシルエットは、夕日の海に向かって黒く浮かんでいる。
次の瞬間。
宗吉は力尽きたように、手を下に伸ばした。
利一の姿が消える。

夕日が、海に沈んで、半分になっている。
波が岩を洗っている。
ざぶん。

波の音だけが、響く。
宗吉は虫取り網を海に向かって、投げた。
利一のかぶっていた帽子も投げる。

うろうろと辺りを探し、ジャケットを持った。
宗吉は暗くなりかけた道を、1人、引き返していく。
海は暗くなっていた。

翌朝。
日の光の中、パトカーが走る。
地元の消防隊員が「おうい、何か見つかったか」と叫んでいる。
「もうちょっと手前!」

派出所に利一が、寝かされている。
「子供だけ突き落とされたんだ。心中じゃないね」。
地元の漁師が、利一が松の根元に引っかかってるのを見つけて通報したのだ。
昨日バスで、父親らしいのが一緒だったのが目撃されていると派出所の警官は言った。

傷だらけの利一が、「うーん、うーん」とうなされる。
「おっかねえ夢見ているんだ。かわいそうになあ」。
利一を仰いでいる女性が「良かったねえ。この子はきっと、運の強い子だよ」と言う。

利一の着ていたシャツも、メーカーのタグが切ってある。
どうやっても事故ではないと、判断された。
シャツも靴も傷んでいる。

石けりの石が、ポケットに入っていた。
利一は、それだけしゃべったらしい。
「誰かをかばってるのかな」。

はい、と婦警さんが利一に、お菓子を出した。
利一は黙っている。
「仲良くしてくれないの?仲良くして!名前…、忘れた?」
「あきひろくん?はるきくん?…じゃあ、まさやくん!」

利一は、しゃべらない。
お年は?と聞かれると、指で7を示した。
「ねえ、坊やは五つじゃない。だってこないだ、お父さんと泊まった旅館、あそこで女中さんに五つって言ったじゃない。忘れちゃった?」

「良い子は嘘ついちゃ、だめじゃない」。
「お父さんと二人だったのね、どこから来たの?」
「汽車に乗ってきたんでしょ。お父さんの御用で?でなきゃ…、わかった!」

利一が、婦警を振り向いて見た。
「遊びに来たのね!そうでしょ!」
利一が、うなづく。

「ああ、やっぱりね。お船に乗ったでしょう」。
「海、綺麗だった?お船を下りて、そっからバスだったのよね?そしたら海の見える崖の上の原っぱに来たのよね?」
「そこで何して遊んだ?遊んだじゃない、何かして。教えて?」

婦警が、利一の肩に手をかける。
「ガッチャマン」。
初めて、利一が口を利く。
「ん?」

「ガッチャマン」。
「ああ、ガッチャマン。それから?」
「カニ、取ったの」。

「取ったカニは?」
利一が首を横に振る。
「それで?」
「眠くて」。

「ああ、眠っちゃったのね。それから?」
「落っこっちゃったの」。
そう言うと、利一は黙る。
刑事もため息をつく。

「おかしいじゃない、1人で落っこったなんて。眠ってる間に、ひとりでに歩いてったの?」
「そうじゃないわよね?起こしてくれなかった?お父さん」。
利一は黙っている。
「ねえ、思い出してよ」。

「眠ってる間にどうして、落っこちたか。お父さんどこ行ったのかな?」
利一は、正面を見ているだけだった。
「おうち帰っちゃったのかな?」
すると今度は、主任が厳しい口調で言い始める。

「坊や、なぜ黙ってんだ。今聞かれたこと、ほんとはみんな、知ってるんだろう?ん?」
「知っているのに黙っているのは、とってもいけないことなんだよ。うちのことだって、お父さんのことだって、言えるね?」
「坊やの知ってること、おじさんたち、ちゃんとわかってるんだぞ!言いなさい!」
だが利一は、じっと前を見たまま黙っている。

「いつも暑いすね」と、一人の男が刑事部屋に入って来る。
課長の名刺を持ってきた業者だ。
机の上に置いてってくれと言われた男が、別の机の上にあるものに、ふと、目を止める。

それを手に取る。
利一のポケットに入っていた石だった。
「どうかね」。
利一のそばにいた刑事が出てきたので、他の刑事が聞く。

「主任が頭にきてますよ」。
そう言った刑事が、男がいる机のそばにやってくる。
「おい、何見てるんだい」。

「お世話になってます。いやあ、珍しいものありますね」。
「ええ?珍しいものって?」
「かけらですけど、こりゃ石板に使う石材ですよ。今時珍しいなあ」。

そう言って男は「模様みたいなのが残ってますな」と言った。
「おい、これどんな模様か、印刷できるのか」。
刑事が色めきたつ。

「ええ?でも」。
「できるのかできないのか」。
「すいませんちょっと…、アラビア糊を敷いて、インキをかければどうかなあ」。

竹下印刷では、阿久津が挨拶をしていた。
お梅が「どうしても田舎に帰んなきゃいけないの」と、悲しそうに言う。
阿久津は、年寄りの面倒見なきゃいけないし、4つになる子供も喘息気味だしと言う。
今から出直しだと大変だが、やるしかないと言って、「お世話になりました」と挨拶をした。

道に出た阿久津を、刑事が呼び止めた。
宗吉が、階段下に座っている。
腑抜けたようだった。

「陽気のせいだね。気がつくと、あたしもボケーッとしてるよ…」。
お梅がしみじみ、言った。
水の音がする。

宗吉が顔をあげる。
立ち上がる。
「だけど、なんだな。みんな生きてくのに苦労してんだな」。
そう言って、機械を回し始める。

家の外に、刑事が立っている。
宗吉が見る。
目に恐怖の色が浮かぶ。

刑事が、2人になっている。
お梅が不思議そうに、宗吉を見る。
やって来る刑事。

今度はお梅が、刑事を見ている。
「竹下さんですね」。
宗吉が呆然としている。

新幹線の中。
刑事が「おかしな男だよ」と言う。
「自分が殺すところだったくせに、生きてたって聞いて本当に助かったって顔してやがる」。
トイレから出てきた宗吉が、手錠をかけられ、2人の刑事に挟まれて座る。

宗吉は能登南警察署に着いた。
「せがれを連れてきてやるからな」。
刑事が「チビはな、お前のことについちゃ完全黙秘。とにかく親の名前も住所も、どんな職業でどんな顔してるのか、どう脅してもだましてもすかしても絶対に口を割らなかったんだよ」。

「あんな目に遭いながらかばうなんて、やっぱり親子なんだよな」。
「おいっ、お前!良く罰が当たらなかったもんだな!」
「何て言って謝るんだ?」
「え?謝り切れないだろう!」

利一が婦警に、連れられてきた。
目に涙をためながら、微笑む宗吉。
利一が見ている。

「さあ、坊や。見てごらん。あの人」。
刑事が宗吉を指さす。
「知ってるよな?誰だか言ってごらん。ほらっ、さあ」。

利一は、黙っている。
「言いなさい。坊やのお父さんだろ」。
利一は、首を横に振る。
口を開ける宗吉。

「どうしたんだい坊や!もういいんだよ、ほんとのことを言っても。みんなわかったんだから」。
「な、坊やのお父さんだな」。
「違うよ父ちゃんじゃないよ」。

刑事は、利一の言葉に仰天した。
「坊や、何を言うんだ!え?どうしたんだよ、坊や!」
「父ちゃんなんかじゃないよ、知らない人」。

「父ちゃんじゃない」。
利一は、言いながら泣いていた。
「よその人だよ。知らないよ」。
「父ちゃんじゃないよ!」

利一は、泣きじゃくり始める。
立ち上がる宗吉。
利一の前に、膝まづく。

「勘弁してくれ利一」。
「勘弁してくれ利一」。
そう言うと、「おおおお」と泣き始める。

「利一」。
「うわああああ、利一、勘弁してくれ利一」。
宗吉は利一の足の上に頭を乗せ、這いつくばっていた。
「うわあああ、ああああああ」。

利一は、激しく泣きじゃくっていた。
「勘弁してくれ」。
「うう、ふううう」。
見ていた婦警も、刑事たちも沈黙していた。

「捨て子は今でも、多いですか」。
児童相談所の男に、刑事が聞いている。
「いや、多いと言うほどでは。それより若い親で、子を育てる能力と言うのか、育てる意思のないのが増えてねえ」。
男は仰ぎながら、言う。

そこに、利一が連れられてくる。
「どの養護施設も満員ですわ」。
「あ、もういいのかね」。
「ええ」。

涙を目にためた宗吉が、連行されてくる。
利一を見る。
立ち止まる。
笑いかける。

だが宗吉は、後ろから押されて歩き出す。
うなだれている。
留置所へ向かう扉が開かれる。

児童相談所の男は、利一に優しく話しかけた。
「坊や、坊やがこれから行くところにはね、坊やみたいな子が、何人もいるの。だから、すぐ友達ができるよ」。
児童相談所の、白い車が警察署の前に来る。

利一が中に入る。
婦警が優しく言う。
「男でしょ、元気出さなきゃだめよ!ママ、きっと見つかるわ。ママが迎えに来るまで良い子でいなきゃだめよ?わかった?」
利一が、うなづく。

児童相談所の車が、出て行く。
利一はその車の中で、じっと前を向いていた。
海沿いの道を、車は走っていく。
白い車は、利一を乗せて遠くなっていく…。


2017.02.05 / Top↑