後悔しない買い物

今月は本も何冊も購入したし、今の自分はこんなことしてて良いのかって思うんです。
でも。
「シン・ゴジラ」のブルーレイ、買ってしまった!
いや、去年から購入は決めてましたけどね、それにしてもね。

堪え性がないなあ、自分!
去年、ものすごい断捨離したじゃないかー。
しかしDVDは捨ててないよ。
自分で自分に応えてみる。

だけど、良い買い物しましたよ。
うん、絶対、良い買い物だと思います。
買わなかったら…、後悔しただろうな。

特典ディスクが2枚もついて、本編1枚と計3枚。
この特典見て、庵野監督のこだわりのすごさがわかりました。
すごいですね。
異常なこだわり。

これは一緒に作っている人を泣かせる、凝り方です。
それがあの、リアルさを生んでるのかな。
ゴジラという虚構にリアルさを持たせるには、あそこまでのこだわりが必要だったか。

「バイプレイヤーズ」で大杉漣さんが、「総理大臣演ったんだけど、ゴジラに殺されちゃったよー」ってうれしそうでした。
ゴジラにやられるって、やっぱり俳優さんにはうれしいものなのかな。
東京都知事が光石研さんでして、こちらも良い感じでしたが、都知事は大丈夫だったのかしらん。

自分の堪え性のなさには反省して、これからは気をつけようとは思いましたが…。
やっぱりこれは、後悔ない買い物だったと思います。
「必殺」シリーズのDVDと同じです。
ばんざーい。


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ゴジラが断捨離

「シン・ゴジラ」では東京に熱核攻撃がされるということで、2週間の猶予が与えられ、人々が避難していきます。
臨時総理がぼやくように、この避難は一時退去ではありません。
これまでの生活を、根こそぎ捨てるということです。
そう簡単に言うなよなあ、という事態です。

避難していく人は、スーツケースを持ち、東京を離れていきます。
その時、思いました。
自分なら、もう戻れないとわかっていたら、何を持ち出すだろう?

あれだけ。
あれだけしか、持って行けないんだ。
何を持って行くだろう?

しかも、選んでいる時間は大してありません。
後悔しても、もう戻れない。
自分に選べるだろうか?
後で後悔しないだろうか?

そう考えると、自分は何を残したいか。
何を手放すか。
自分には何が大切なのか。
考えることになります。

逆に言えば、この時、手放せるものは手放しても良いものかもしれない。
もしかしたら、今、家にあるものでも、この時で持って行かないものは、本当はなくてもいいものなのかもしれない。
行った先で無かったら、不自由でも新たに調達可能なもの。

代替品があるもの。
それで良いと、あきらめられるもの。
だったら、手放して良いのかもしれない。

今、私は断捨離していますけど、結構、サクサクと捨てています。
持っているものが3分の1程度に、減っている気がします。
収納スペースがガラガラです。
まるまる空いたクローゼットも、あります。

街で何かを見ている時も、自分に問いかけてしまいます。
「シン・ゴジラ」のこのシーンが、自分にかなり影響しているかもしれません。
「これ、避難する時、持って行く?」


ロス大統領

「シン・ゴジラ」の中で、総理大臣と総理大臣代理が、ぼやいてました。
「無茶言ってくる、あの国は」。
「本当に無茶言ってくるんだな~、かの国は」。
…だったかな。

「ロス大統領」が、日本の政府に言って来てるみたいでしたけど。
何処の国とか言ってませんでしたよ、たぶん。
だけどこのセリフを聞いた時、わいてきたイメージは何故か、ブッシュ大統領でした。
ブッシュ大統領が攻撃的な大統領だとは、思わなかったんですけどね。

だとするとこれ、来年からはトランプ大統領なんだ。
ううむ。
う~ん…。
(考え込んでしまう)。

そうか…。
何故か、納得する。
(するな、自分)。
でもこの感じ、わかってもらえます?

アメリカの人たちが自分たちで選んだ、自分たちの国のトップ。
私が文句を言えるものか。
大きなお世話というものでしょう。

こちらでも、連日、あんまりな言われ方してました。
そんなに…、ひどいかぁ?と、つい思っていたところ、このシーンを思い出したのでした。
何故だろう…?
なぜかしら。


宿命のスクラップアンドビルド

「シン・ゴジラ」のことをこんなの、ゴジラじゃない!
おもしろいけど、ゴジラより災害シュミレーション映画だという感想も聞きました。
この感想は、1998年のハリウッド版ゴジラでも似たようなことが言われていましたね。
モンスターパニック映画としてはおもしろいが、これはゴジラじゃない!とか。

ゴジラ映画ではなく、別ジャンルとして評価したいと言われる。
自分もこのゴジラには、そんなこと言ったと思います。
「シン・ゴジラ」もそんな声が聞かれます。

でも「シン・ゴジラ」って、原点に立ち返っていると思うんですよね。
やはりゴジラは、特に最初のゴジラは神のようなものだったと思うんです。
自分たちの想像を超えた存在。
暴れる理由も、何もわからない。

ただ、そこにいて暴れ狂う。
自然災害のような存在。
カヨコも言ったけど、人智を越えた神の化身。

2014年の「ゴジラ」ではゴジラのことを「原始生態系の頂点に君臨する。いわば神ね」と言っている。
それに対して主人公は「モンスター…」と言いますが。
こうなるとゴジラとムートーとの対決は、神々の戦いなわけです。

神々の戦いに、人間の抵抗は無意味。
戦っている神々は、地上の人間のことなど考えない。
戦闘中の人間が、地面の蟻を気にしないのと同じ。

でも、このゴジラはまだ、主人公と目が合っている。
蟻に対するような気持ちであったとしても、人間の主人公と目が合って、認識している。
生物としての「意思」を感じないこともない。
ところが「シン・ゴジラ」のゴジラは、意思の疎通なんて無理そうです。

劇中でも行動パターンを分析するも何も、ただ歩いているだけと言っていますが、意思なんて読めない。
第2形態なんて、何でこっち来るんだって思いしか抱けないような違和感ある容貌。
意思があるのか?
本能のみか?

そういうものが自分たちの良く知っている光景に入ってきて、日常を壊していく衝撃、拒否感。
今の日本人には、それは震災を思わせる。
だから今度のゴジラの所業には、戦慄する。
もうダメかと思ったが、最後の最後に日本はゴジラを凍結させることに成功する。

日本は今後、ゴジラと共存していく覚悟を固める。
まるで震災時の原発事故。
「スクラップアンドビルドで、この国はのし上がってきた」。
赤坂の言葉は、震災を経験した日本へのメッセージ。

先の大戦で日本は徹底的に、破壊された。
その他にも日本は嫌でも、定期的に自然災害により破壊されてきた。
だから今度も、今も、これからもスクラップアンドビルド。
これが宿命の国かもしれない。

これが悲劇であり、強みである国。
だから「諦めず、最後までこの国を見捨てずにやろう」。
矢口のこの言葉もまた、メッセージ。

思ったんですが、これってゴジラそのものにも言えるんですね。
「シン・ゴジラ」はゴジラ映画ではないと言うのであれば、ゴジラは「シン・ゴジラ」で一度スクラップされ新しいゴジラをビルドされたことにならないかと。
制作費もスケールもはるかに巨大なハリウッドにまかせたゴジラを、もう一度日本で作る。

これはかなり怖いこと。
正直、私もあまり期待していなかった。
だから「シン・ゴジラ」を観て、そんな思いを初めから抱いていた自分を申し訳なく思った。

前にも書いたけれど、こんなゴジラ映画を作るのはかなりな勇気が必要だと思う。
監督も、そして東宝も勇気がいったと思う。
ここで言うスクラップアンドビルドは、ゴジラそのものにも、さらには日本映画に対しても当てはまるのかもしれない。


矢口蘭堂はいるか

想定外の事態には、想定外の人間が対処する。
昔読んだマンガに、不可解な事件を解決するのに専門家を呼んでくれというシーンが出てきました。
その専門家も、ちょっとどこかネジが飛んだような人が良いと。

結果、助手が主人公に「先生、私この人、ちょっと怖い…」とつぶやくような変わり者がやってきます。
でもネジが飛んだような発想のその人は、見事に事件の関連性を見つけます。
想定外の事態には、想定外の人間が対処する。

「シン・ゴジラ」で御用学者はダメだと言うことで呼ばれたのは、文部科学省のはみ出し者、変わり者の尾頭ヒロミ。
彼女の肺魚みたいに陸上でも活動できるという説を聞いて、文部科学大臣が尾頭をにらむ。
余計なことを言うなと言わんばかりに。
でも結局、尾頭の言うことは正しい。

「シン・ゴジラ」で矢口副官房長官が結成した、巨災対。
各省庁、研究機関の異端児、変わり者、鼻つまみ者の集まり。
優れた能力は持っているが、周りとのバランスを取るのが苦手な人間たち。
従って出世からは、外れている。

個人的な感想ですが、政治家や官僚、いや、全てに対してなのかもしれませんが…。
出世する人って、もちろん、能力は優れている。
しかしまた能力同様、政治的な読み、バランスの取り方がうまい人が出世していくって感じがします。

だから巨災対に集まった人は、能力は抜群に優れているけど、出世には縁がないだろうって人たちばかりです。
最後にそんな彼らが、日本を救う一翼を担う。
想定外の事態には、想定外の人間が対処する。

実は、このエンターテイメントの王道を「シン・ゴジラ」も行っていたのかもしれません。
さて、この組織を結成したのは矢口。
長谷川博己さんが、演じています。

矢口蘭堂。
父親の後を継いだ、二世政治家。
米国特使のカヨコについて官房長官が赤坂に、「親のコネさえも臆することなく利用する野心家」と言いました。
「矢口同様、キミの苦手なタイプだ」と。

そのカヨコに依頼され、矢口は牧教授の行方を警察に命じる。
この過程の中で警察庁長官?が「彼の父親には恩がある」か「世話になった」と言っています。
矢口は大物政治家を父親に持ち、当然のように父親の後を継いで政治の道に進んだ男なのでしょう。

政調副会長の泉は「出世は男の本懐だ」と矢口に言います。
出世が目的でないのなら、なぜ政治家になったのか?と言いたげです。
すると矢口は言います。

この世界は敵と味方が明確だ。
性に合っている。
この映画では、個人個人の背景を一切描きません。
でもこのセリフは、矢口がどういう人生を歩んできたのかと思わせます。

自分はゴジラ対策に失敗した時の腹切り要員だと、矢口は言う。
つまり、彼にはもう、いろんなことが見えているんです。
それでも必要だと思ったことを遂行し、自分が責任を負う覚悟ができている。

ヤシオリ作戦を目前に、危険を承知で現場に赴き、語る矢口。
以前、ある総理が「自分は平時の政治家ではないと思う」と言ったことがありました。
その人は、ある人の名前を挙げ、その人もそうだと言いました。
だから自分やその人が出て来るというのは、国の非常事態なんでしょうと。

矢口こそ、まさに非常時の男でした。
彼がいなかったら、巨災対はなかった。
ゴジラ凍結させられませんでしたね。

周りが期待するような無難な意見を言わない矢口は、赤坂には「口を慎め」「お前を起用した官房長官の立場を考えろ」と、たしなめられる。
「ベストではなくても、力は尽くしている。うぬぼれるな」とも言われる。
そういう人なので、政府がもはや機能していなかったのも矢口や巨災対には良かったんでしょう。

「ゴジラ」は、日本にやってくるかもしれない。
それは地震という形でなのか、あるいは戦争としてなのか。
病原体なのか、事故なのか。
何かはわからないけど、やってくるかもしれない。

その時、日本に矢口は現れるだろうか。
矢口は、巨災対は機能してくれるのだろうか。
「シン・ゴジラ」は、そんなことも考えさせてくれました。

プロフィール

ちゃーすけ

Author:ちゃーすけ
癖の強い俳優さんや悪役さん大好き。
俳優さん、ドラマ、映画、CMその他、懐かしいもの、気になるものについて、長々と語っております。

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