大晦日ですね。
年の瀬は何となく、せわしいような、寂しいような、それでいてホッとするような感じです。

このブログに来て下さった方、見てくださっている方、ありがとうございました。
来年が皆様にとって、良い年になりますよう。

本当にありがとうございました。
来年もよければ、お付き合いくださいませ。

では皆様、体には気をつけて良いお年を。
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2008.12.31 / Top↑
今日、掃除をしていたらこんな電話が来たんですよ。
初めに電話が鳴った時は、間に合わなくて留守電に切り替わってました。
留守電だとわかると、ぷつっと切れたので、セールスだなあと思いましたが、後から着信履歴見ると同じ人でした。
二度目に掛かってきた時は窓掃除していたので、こちらも間に合いませんでした。

次に掛かってきた時は出ました。
「もしもし」と出ると、か細い女性の声で「先生をお願いします」。

私の家、整骨院と番号が似ていてたまに間違えて掛けてくるお年寄りがいるんですよ。
でもこの声は若い女性でした。

「病院と間違えてますか?こちらは病院ではないんですよ、似ているけど番号違ってますよ」と言うと、
「先生に診てもらいたいんです」。
「ですからここは病院ではなくて、普通の家なんですよ。間違えてませんか?」。
「先生を出してください」。

以下、その会話です。

「あの、ここは病院ではないんですよ。間違えてますよ」
「先生を出してください」
「いえ、ここは病院じゃないんです。だから先生と言われてもいないんですよ」
「砒素を水道に入れるのを止めてほしいんです」

この時、砒素って聞こえた気がしたんですけど、まさかね、と思いました。

「…はい?ごめんなさい、良く聞こえませんでした」
「先生を出してください」
「ですから、ここはね、病院じゃないんですよ。わかりますか?普通の住宅に掛かってますよ」
「心臓が」

心臓って言ったかな?と思い、
「もしもし、ここは病院ではないので、ちゃんと調べて掛けた方がいいですよ」
「先生の責任じゃないですか」

この時、その「出してほしい」という先生の苗字を言ったんですが、確かに私の苗字なんです。
でも間違ってますから、
「間違いですよ、先生と呼ばれるような人はここにはいないですよ」
「先生に診てもらいたいんです」

それで今度は下の名前を言ったんですが、それは父の名前と一字違いだったんですね。
奇妙だなあと思いながら、
「ここは病院ではないですから、先生はいませんよ」と言いました。
すると、「ここに電話するように言われたんです」
「言われたって、どなたに言われたんですか?」
「先生を出してください」。

小さい、か細い、抑揚のない声で言うんです。

「もしもし、その方にもう一度お聞きになった方がいいですよ」
「先生を出してください」
「ですから、ここは病院ではないですよ」
「先生の責任じゃないですか」
「ここは病院じゃないんですよ、わかりますか?」
「先生が私の心臓を潰したんです。私の心臓と左手を潰したのは先生じゃないですか」

えーっ?って感じですよ。

「もしもし、具合が悪いなら、ちゃんと調べて電話した方がいいですよ、病院じゃないところに掛かってますよ」
「先生を出してください」
「ですから、ここに先生はいませんよ。病院じゃないんです」

「砒素を水道に入れるのを止めてほしいんです」
「はい?」

今度は聞こえました。砒素って言ってます。

「砒素が水道に入っているんです」
「水道がおかしいんですか?水道局に電話した方がいいですよ」

「砒素を入れるの止めてほしいんです。サツマイモにも、??にもみんな砒素が入ってるんです」
「…あなたのおっしゃってることが、よくわからないんですけど。警察に相談されたらいかがでしょうか?」
「先生を出してください」

もうね、懇願するような声なんですけど、抑揚がないんです。

「ここは病院ではないですよ、わかりますか。私とお話していても問題の解決にはならないですよ。」
「傷つけるの、止めてください」

…。
携帯から掛けているのはわかったので、
「携帯からお電話してるみたいですね。何度も言いますが、ここは病院ではないとしか言いようがないんですよ」
「先生を出してください」
「ですから、病院じゃないところに掛かってるんですよ。私と話していても何にもならないんですよ、わかりますか?」

「私、とても傷つきました」

…。

「ごめんなさい、お話が通じないようなので切ってもいいですか?」
「先生を出してください」
「ここに電話してきてもあなたの助けにはなれないんですよ」
「先生を出してください」
「もしもし、ご家族かどなたかに相談された方がいいですよ。こちらに掛けてもどうにもできないんですよ、わかりますか?」
「傷つけるの、止めてください(英語とも何ともわからない言葉を喋りだす)」

…?

「ごめんなさい、わからないので切りますよ、いいですか、切ります」
ガチャ。

こんな感じの電話だったんです。
一体、何だったんでしょうね~?!

言ってることが変なんですけど、名前とか妙に一致しているし…、何か名簿でも見て、掛けてきてるんでしょうかねえ?
誰に言われて掛けてきてるんでしょうか。
適当に何か見た人が番号教えて、それで掛けてきたんでしょうか?
言ってることが穏やかじゃないんですよね。

謎です…。
2008.12.30 / Top↑
この映画、何も考えず、カンボジアの事もほとんども知らず、観に行きました。
体調のあまり良くない人、疲れている人は、以下は読まないほうがいいです。

もう、すごいショック受けましたね。
近くのクリーニング屋さんにカンボジアの人が働いていたのですが、彼を見る目が変わりましたもん。
自分なんか想像もつかない事を、乗り越えてここにいるんだな、と。
この映画を見るずいぶん前ですが、お店のお客さんがクリーニング屋のご主人に「あの人は国に帰らないの?」と聞いていて、ご主人が「帰れないでしょう。帰ったら殺される」って言ってたのをたまたま聞いてたんですが、全てが氷解しましたね。
帰れるわけないって。

1975年4月17日、ポル・ポト率いる「クメール・ルージュ」いわゆるポルポト派が、親米で軍人のロン・ノル政権と内戦の結果、勝利を収めます。
「プノンペン解放」です。

人々が内戦の終了にホッとしたのはつかの間、ポル・ポトは、まず国民の強制移住を実行しました。
都市部から農村へ。
病人たちも病院から出され、移動させられたと言います。
徒歩での強制移動、体力のない人が移動中にバタバタ死んでいった。
次にポルポトは、知識人の大量虐殺を行いました。
人口4分の1以上が殺され、または強制労働により命を落とし、200万人いた首都プノンペンはゴーストタウンと化したと言います。

ポルポトは理想的な共産主義国家を作ろうとしました。
だけど国民が築いてきた私有財産を完全に手放させ、その意識を変えるのはなかなか難しい。
働いて得たものは、自分のもの。
例えば鉛筆1本にしても、やっぱり自分のものは自分のもの、所有という認識があります。
この考えを捨てさせることは、生半可な方法ではできない。

そこでポルポトが考えたのが、真っ白な状態の子供の教育です。
この子供達を教育し、ポルポトが目指す理想の国家を実現させるのです。
その為には家庭というもの、親子というものを子供から完全に切り離し、子供はポルポト政権のものとして、国家が教育しなければならない。
子供に余計な知識を吹き込むような大人は、全部殺してしまえばいい。

政府が男女を選び結婚させ、そこに子供が生まれたら親から引き離し、国家が子供を管理し、教育していく。
そうすれば理想の国家ができる。
音楽も映画も全部禁止、もちろん宗教も禁止です。
ポルポトはそう考えたんですね。

有名なのが学校だったトゥール・スレーン収容所です。
テレビなどでも紹介されていますが、処刑前の人の写真や骨が積み上げられているあそこです。
会社の同僚の奥さんがボランティアで行ったので、話を聞きましたが…。
ああ、だめだ、残酷さに気分が悪くなってきた。
読んでる方、すみません。
以上、間違っていたらすみません。

「キリング・フィールド」、虐殺の地という題名の映画は、このポルポト政権の大虐殺の実話の映画化です。
カンボジア内戦を取材していたアメリカ人記者のシドニーと、彼の通訳兼運転手など、助手だったカンボジア人プランが主人公です。
プランは知的で優しく、ベンツのマークをほしがる子供にそれをあげたりしてます。

しかし4月17日、ポルポト軍が内戦に勝利し、プノンペンに入って来ます。
兵士達は外国人たちから時計を差し出させ、それをひったくる様にして取り上げ、腕に何本も腕時計をしてお互いに自慢しあっています。
その兵士を見ただけで不安になりますが…、この後に来る地獄はそんなものではなかったのです。

ポルポトが政権を握り、外国人記者であるシドニーはフランス大使館に避難。
帰国しなくてはいけません。
プランを連れて行く為に、彼らは必死にパスポートを偽造しようとし、それは成功するかに思えたのですが、パスポートの写真は黒く変色し、偽造はできませんでした。
後から考えれば、カバンに詰め込んででもいい、連れて行ってやってほしかった…。

「あなたは私の兄弟です」と言って、笑顔でシドニーたちを見送るプラン。
帰国したシドニーは、カンボジアのニュースを聞く度、プランを思って暗い気持ちになるのですが、プランはシドニーの想像をはるかに超える地獄にいたのです。

子供が大人に手のひらを見せさせる。
するとその子供が、いきなりその手をバシバシ叩く。
手が綺麗なのです。
労働者の手ではない。
そう判断されると連れて行かれて、処刑されます。

学校では黒板に親子が手を繋いでいる絵が描かれています。
1人の子供が指されて前に出ると、その親子の繋がっている手をゴシゴシ消します。

そういった描写が続きます。
ある激しい雨の日、屋外で疲労のあまり倒れ、雨に打たれているプランに1人の子供が近づきます。
子供は誰も見ていないことを確認すると、プランを繋いでいた鎖をはずしてくれます。
それは、ベンツの時のあの子供だったのです…。

その頃、シドニーはピュリッツアー賞を受賞していました。
しかし、心は晴れない。
プランを置き去りにしてもらう賞。
シドニーは自責の念に駆られ、プランを何とか探し出そうとします。

以下、ネタバレしてます。 

プランはそこの強制労働からは逃げ出しますが、逃亡の間、おびただしい人骨の山を目撃します。
過酷な旅にプランは力尽きてしまいますが、ある労働集団の監督に助けられます。
彼の身の回りの世話をさせられるプランは、たびたび彼に英語で語りかけられます。
しかし、知識層だったとわかればどうなるか、もうわかっているプランはわからない振りをします。
知識層だったと名乗り出れば助けてやると言われ、名乗り出た留学生や医者、教師、役人、通訳や新聞記者などが次々殺されたからです。

ある夜、プランはこっそりラジオの外国語のニュースを聞いているところを見つかりますが、監督は何もしません。
それどころか監督は、自分に何かあったら子供を連れて逃げてほしい、と言います。
そしてその監督はある日、別の監督が人を殺そうとしているのを止めて撃ち殺されます。
プランは何人かと脱走し、約束通り子供を連れて「キリング・フィールド」と化した国土を、タイ国境の難民キャンプ目指して逃げます。

その途中で、次々と仲間は命を落としていきます。
ジャングルで地雷を踏んだ仲間から抱いていた子供を受け取りますが、地雷は炸裂。
プランは子供を抱いてタイの国境に向かいますが…、子供はもう息をしていませんでした。
ジャングルの向こうに、ついに見えるタイの国境。

プランは難民キャンプにたどり着きます。
そして、プランを探していたシドニーと再会します。
すまないとプランに詫びるシドニーにプランは笑顔で言います。
「あなたは私の兄弟です」。
流れるジョン・レノンの「イマジン」。



ポルポトは信頼とか、尊敬ではなく、恐怖で人を統治しようとしました。
しかし次は自分達が殺されると察した兵士たちは恐怖に駆られ、ヘンサムリン政権となる反乱軍を組織し、結局、ポルポト政権は4年で崩壊しました。
恐怖では人は統治できなかったんですね。

プランを演じたハイン・S・ニョールはカンボジア人の元お医者さんで、本当にカンボジアから逃げてきた人です。
この映画の中に出ているカンボジアの人も同じ境遇だそうです。

アカデミー賞助演男優賞受賞ですが、多くの映画評論家の言うように、これは彼は主演男優賞ではなかったかと。
そのハインは1996年、ロサンゼルスの自宅前で銃撃されて亡くなっています。
また、この時にポルポト政権によって教育を受けた子供達が成長し、社会復帰に苦労しているという話もあります。

シドニーとプランの実際の関係はそれほどではなかったとか、いろんな話もありますが、とにかくこの映画を見て、一部分でも知って何かを感じてほしい。
そう思っての、在米カンボジア人たちの参加だったのではないでしょうか。

カンボジアから来た人によると、ある日、学校から帰ったらラジオから政府が転覆したというニュースが流れ、その日から何もかもが変わってしまった。
このポルポトの大虐殺下では1人も欠けずにいられる家族というのは、ほとんどなかった。
そしてこの時、カンボジアの人たちはみな、誰でもいい、家族の中で誰かが逃げて生き延びられればいいと思っていたそうです。

この後、「ルワンダの涙」や、少年兵も出てくる「ブラッドダイヤモンド」など内戦の凄まじい話はいくつか見ましたが、「キリング・フィールド」も凄まじい映画です。
 
2008.12.28 / Top↑
ベトナム戦争映画が一時、とてもたくさん作られたことがあり、私も「プラトーン」「フルメタル・ジャケット」「カジュアリティーズ」「グッドモーニング・ベトナム」と結構見ました。
「地獄の黙示録」はそれより時期が早かったですが、こちらも見ました。
「プラトーン」と同じ頃でしょうか、ちょっとずれているでしょうか、こんな曲がMTVで話題を呼びました。





何を言ってるか、良くわかる日本語バージョン。

2008.12.28 / Top↑
12月27日の昨日も、NHKではジュリーのドームコンサートを45分放送していました。
ああ、声が本当にちゃんと出ている、走り回っている、すごいな、と思いました。
このすごさ、ある程度の年齢になると、どれほどすごいことかがわかるのではないでしょうか。

さて、12月28日(日)、
BS-1で午後10時30分から0時まで
「人間60年ジュリー祭り 沢田研二 IN 東京ドーム」を放送します。
曲は、わかっている限りですが、

「そのキスがほしい」
「確信」
「シーサイドバウンド」
「巴里にひとり」
「いくつかの場面」
「睡蓮」
「君のキレイのために」
「さよならを待たせて」
「不良時代」
「サムライ」
「我が窮状」
「TOKIO」
「ROCK'N ROLL MARCH」
「勝手にしやがれ」
「あなたに今夜はワインをふりかけ」
「ヤマトより愛をこめて」
「気になるお前」
「いい風よ吹け」
「愛まで待てない」

だそうです。
2008.12.28 / Top↑
ここから先はネタバレです。 

アパートに戻ってきた玲子がドアを開けると、そこでは男と女が抱き合っていた。
「良ちゃん…!」
玲子に気がついた男女はぱっと離れたが、良と呼ばれた男は「出て行って」と言われると、ふてぶてしくタバコを口に「お前が家空けるからいけねえんだよ」と言った。
立ち上がった男はコートを着ると、玲子は「そのコートだって背広だって、みんなあたしが…!」と言った。
しかし男は「その度にいい思いしたんだろう?あたしが、あたしが、って言うなよ。こっちはぞっとするよ。学生崩れの悪い癖だなあ」と言うと、女に「行こう」と声をかけた。
出て行く男に「待って!」と叫んだ玲子だが、男は行ってしまった。

出産した女性の名簿を調べていた亨は「大谷玲子」という名前に行き当たった。
「あれ、ちょっと、アニキ。これ源さんとこの妹さんと同じ名前だよ」
「まさかお前」
「そりゃそうだよね、玲子ちゃん仙台だもんね、この人、東京のアパートだもん」
取り合わなかった修だったが、内心、不安に駆られていた。

寿司屋で一人、源が酒をくらっていると修が入ってきた。
「俺にも酒くれ」と、修。
修は「源さん、何か俺に隠してんじゃねえか?」と聞いた。
「別に」と言った源だったが修は「源さん、ごまかすな」と言う。
しかし源は、玲子は仙台でちゃんと勉強していると言う。

「それじゃあな、言いたくねえ事も言うけどな、玲子ちゃん何の勉強してるかわかんねえぞ!」
そう言うと修は、5ヶ月前に同姓同名の女性が子供を産んでいること、医者で住所を聞いて訪ねて行ったら5ヶ月前に引越ししていたことを告げた。
「お前、うちの玲子が捨て子したとでも思ってんのか」。
「俺なあ、心配だから言ってんだよ」と言う修に源は、「玲子はな、今仙台にちゃんといるんだよ!あの女がお前、そんなことできる女だと思ってんのかよ?玲子じゃねえぞ!」と掴みかかった。
しかし、修は「部屋にいるんだろ?源さん、俺にまで隠すことねえだろ」と部屋を覗こうとした。
その修に観念したように源は「…いるよ」。

玲子の勤めているサロンの前で待っていた修。
玲子と歩きながら、「修さんが訪ねてくるなんてビックリしたわ。話って何?」
「玲子ちゃん、実は…子供のことなんだ」と言う修に、玲子は「子供?何のことそれ?」ととぼけた。
「健一のことだよ」
「健一…、ああ、健太君のこと?」

修は「しらばっくれんな」と言ったが、玲子は知らないものは知らないと言い張った。
「いつ仙台から出て来たんだ?」と聞かれた玲子は「お兄ちゃんから聞いたでしょ?」と言ったが修は、源はべらべらべ喋る男じゃないと言った。
だが玲子は「お兄ちゃん一人でいいかっこしてんのよ。幾らアニキだからって妹をがんじがらめにする権利なんてないわ」と言う。

「いつ出て来たんだ、今どこにいんの?」と言う修に、「そんなことどうでもいいでしょ」としか言わない。
「やっぱり男と一緒か」と言われると、「寒いわ、もういいかげんにして」と帰ろうとした。
「お前、ほんとのこと言ってごらん、子供生んだんだろ?」と言う修を玲子は笑い飛ばした。
「ねえ、あたしまだ21よ、そんなお荷物背負うはずないでしょ」。
だが修が、「そうか、じゃ明日健一つれてくるぞ」と言うと、玲子の笑いが止まった。

「捨てられた子供のこと、考えてみろ」と静かな怒りを表す修に、目を伏せる玲子。
「話は済んだんでしょ」と言う玲子を引き止めた修は、「玲子ちゃん、男と別れろ」と言った。
すると玲子は「代わりに面倒見てくれるって言うの?」と答えた。
玲子の意外な質問に、答えられず、目を伏せる修。

玲子は「人の気持ちもわからないのに、勝手なこと言わないでよ!」と声を荒げた。
「あたしね、もう修さんに心配なんかしてほしくないのよ。帰って!人の気も知らない唐変木が、よけいな口出ししないでよ!」と怒鳴った玲子の頬を、修は思わず叩いてしまう。

頬を抑えた玲子は、修に背を向ける。
その背中を見た修は、玲子を振り向かせると「すまん」。
玲子は「アタシにキスしたの、覚えてないんでしょ」と言った。
修は玲子の顔を見る。
「ほっぺただったけど、高校卒業のお祝いにって、してくれたじゃない」
そう言われた修は「変なこと覚えてんだな」。

「アタシが仙台から追いかけた男ね、やっぱり騙されちゃったけど修さんに似てたの」
驚いて玲子の顔を見る修。
修から目をそらして逃げるように去っていく玲子。

アパートで食事の支度をしている玲子。
ドアがノックされる。
入ってきたのは兄だった。
帰ってきて、男がいるのを見た良は「何の真似だ?」と言ったが、玲子は「兄なのよ」と答えた。
源に対して良は玲子が子供を捨てようが関係ない、玲子を拾ってやったのにガキまで拾う必要があるのかよ!と言った。
源は、玲子と結婚する気があるのかと聞いたが良は鼻で笑った。
「貴様、玲子をおもちゃにしたな!」
怒りの源は、良を殴ってしまう。

源に殴られて逆上した良は、部屋にあった鋏を手にした。
鋏を持った良と取っ組み合いになる源。
止めに入った玲子に鋏が刺さってしまった。
身動きできない良に向かって今度は源が逆上した。

その時、ドアが開いて飛び込んできた修が源を止めた。
興奮する源から、何とか鋏を振り落とす。
倒れて動かない玲子を抱き起こすと「玲子ちゃん!」と呼びかけるが、玲子の返事はない。
子供を抱いた亨に向かって修は「おい、救急車呼べ!」と叫んだ。

寿司屋のカウンターに、玲子のお骨と位牌があり、その前に寿司が供えられている。
源は「玲子…、俺んとこじゃなくて、おめえんとこに赤ん坊置いたりして…、甘えてたんだな」。
タバコを吸う修、酒をあおる源。

落ち着いたら健一を引き取ると言う源に修は、子供をおぶって商売していくのは難しいと言って、健一をそのまま藤田夫妻に預けることを勧める。
辰巳も、上手く報告書を書いてくれたようだ。
「健一は何も知らずにすくすく育つ、それでいいんだよねえ?」と亨。
「と思うけどねえ」と修。
「まあ、俺もよ、千葉に子供預けてるんだけど、今になってみると…それで良かったんじゃねえかな、と思う時もあるんだ」。

源「その方が幸せになるかなあ?」
「ああ」と、修。
「ああほら、ちょっと雪が降ってるよ、雪!ほらあ!」と言うと亨が外に出て行った。
修は、「しかしバカは年取らねえって言うけど亨が羨ましいよ俺は。
ま、健一はああいう風にならねえと思うよ」と言った。
笑う源と修。

雪がどっかり積もった田舎の風景に、十日町小唄が流れる。


今回の歌は「に~げ~た~女房にゃ、未練はな~い~が~」と十日町小唄です。

玲子が兄に「妬いてるの?」と言ったり、殴られた倒れた玲子から見えた下着に一瞬目が行ったり、兄妹、本当の兄妹じゃないのかなと思いましたが、そうじゃありませんでした。
ちょっと、「あれ?」と思うような描写があったんですが。

修としたら常にどこか不安そうな亨、心に傷を抱えている亨を見ているから、捨て子っていうのは許せない。
更に修にとって、健太を親戚に預けっぱなしにしていることはいわば泣き所。
そこを突かれて、自分のしたことを正当化する玲子を思わず叩いてしまう修。

だけど、こんな生活をしている自分と暮らしても、健太の為にはならない。
田舎で暮らした方がいいんじゃないか、とも思っていたわけですね。
14話で見た限りでは、あんまり居心地良いようにも思えなかったんですが…、それでもそれなりに楽しい田舎生活なのかもしれません。

修にとって玲子は子供だし、友達の妹。
玲子にしてみると兄の友達の妹で、妹のような存在。
決して異性としては見てもらえないわけで、もしかしたら玲子が源をうとましく思ったのは、そこから始まったのかもしれませんね。
修も少し、玲子の恋心がわかっていたのかもしれませんが…、玲子はまだ子供だったし、やっぱりその気持ちに応えることはできない。

そして玲子が付き合っている男、修とどこが似ているんでしょうか?
それとも追いかけていったのは良じゃなくて、良には拾われたんでしょうか?
そうすると、いつも玲子は男の人の後ろに修を見ているわけですから、男の方もいまいち玲子を思ってくれなかったのかもしれない。
結果、ちょっとどこか修を思わせるようなところがあるだけの、つまんない男にひっかかってしまう。

全ては玲子の片思いから始まっていたとしたら…、修ちゃん罪深い。
修の所に健一を捨てたのは、修に預かってほしかった女心でしょうか。
ちょっと一途過ぎて怖い心情ですけど、もっと踏み込んで気持ち的には修の子供だったら良かったのに…、という思っていたのかも。

それから、修を好きになった女性の死亡率って、結構高そう。
やっぱり罪深いですねえ、修。

今回は辰巳さんも赤ちゃん預かって、結構、情が移ったみたいです。
ちょっとしか出ませんでしたけど、病院長の犬塚弘さんも印象的です。
玲子の子は、きっと幸せになると思います。
2008.12.27 / Top↑
兄妹に十日町小唄を

白塗りの顔のまま、眠りについたのが原因なのか、修ちゃんの妙な夢から始まります。
夢の原因は、どうも、お金がないからって毎日チンドン屋やってるせいらしい。
目覚めた修の耳に、赤ん坊の泣き声が入ってくる。
ドアを開けると、部屋の前には赤ん坊が。
その上には手紙が。

「健一といいます、よろしくお願いします」。
修「いい名前じゃないか、なあ?」
亨「健一が?」
修も亨も心当たりがない。
警察に届けるにも、修も亨も警察には関わりたくない。
自分の子供だって食べさせていけないのに、人の子まで預かっていられない。
街を歩きながら途方にくれた2人、住宅地に入った修は「藤田小児科」という看板に気がつく。
「こういう家はね、子供が好きなんだよ」。
こっそり小児科医の門から中に入った修は、玄関先に赤ん坊を置いてきた。

亨、「あの医者、いい医者だといいけどねえ…」
修、「小児科なんてのはな、子供が好きじゃなきゃできない商売なんだよ」。
ペントハウスで少し落ち込み気味の2人。
亨の「もう捨て子なんつうのは、俺一人でたくさんなのになあ」、という言葉を聞いた修の耳に赤ん坊の泣き声、目には赤ん坊の泣く姿が…。
修はペントハウスをはじかれるように飛び出し、小児科医の家へ走る。

健一は小児科医夫婦にあやされていた。
修たちの姿を見た藤田(犬塚弘)と妻は、修が捨てたのだと思って憤慨。
修は身の潔白を証明する為に辰巳を呼ぶ。

辰巳は修の事を「明るく、まじめで、健康的な勤労青年であることはワタクシが保障いたします」と言ってくれた。
藤田夫妻は、この子供の身上調査をその場で依頼した。
夫妻には子供がいないので、跡取りにしようというのだ。
修と亨は、行きつけの寿司屋に亨が健一を背負ったまま行く。
板前の源(渡辺篤史)には仙台の大学で勉強している妹、玲子(伊藤めぐみ)がいるが、最近連絡は取っていない。
健一が捨て子ということと、玲子ちゃんも何やってるかわかんない、という亨を修は叱り付ける。
健一の着ている服に「カエル堂」というタグがついていた。

健一のオムツカバーは、半年前に製造を中止していた。
修はオムツカバーの小売先と、5ヶ月前に出産した女性の名簿を持ってきた。
調査を進めながら、健一の面倒を見る2人は辰巳にも健一のお守りをさせる。
その頃、源に妹の玲子が住んでいた下宿を出て、大学も辞めたようだという手紙が届いていた。
その日から源の寿司屋は休みに入り、数日が経った。

源さんは玲子を探し当てたが、玲子は大学を辞めて東京に出てきていた。
兄の期待を裏切らないよう大学に行ったが勉強が嫌になったと言う玲子。
だが、源は玲子の友達から玲子は男を追いかけて東京へ行ったことを聞いていた。
玲子はもう男とは別れたと言った。
「捨てられたのか」と聞く兄に、「捨てたよ、あたしが!」と言う玲子だったが、様子がおかしい。
男物の服が壁に掛けられているし、玲子は勉強が好きだったはずなのだ。
源は夜の仕事に出かける支度をする玲子を思わず殴り、店に連れ帰った。

オヤジやおふくろの前で良く反省しろと、玲子を2階に置いた源。
戸が開けっ放しの店に入った修が声をかけた。
雪が降ってきたのを見て修を早く返そうとした源だが、修は1本つけてくれと言った。

修は、亨が源をからかったことを謝った。
「こないだは亨の奴が源さんからかっちゃったけどさ、あいつも悪気があって言ったわけじゃねえんだ許してよ。
玲子ちゃん、そんなバカな真似しないからさ」
人懐こい笑顔に思わず、「修…」と言いかける源だが、修の「変わりないんだろ玲子ちゃん?」という言葉に結局は「まあな、元気でやってるらしいわ」と答えながら、2階を見上げるだけだった。

飲んでいる修を見つけた亨が、一人でずるいと言いながらやって来た。
雪の様子を聞いた源は、「俺の故郷じゃあ、雪はあんまりめずらしくなかったな」。
「源さん、故郷どこ?」
「十日町って知ってるかい?」
修「そういえば十日町小唄ってあったなあ」。
源兄妹は新潟の十日町出身なのだ。
修は十日町小唄を亨に歌ってやる…、と言っても最初のフレーズだけだったが。

故郷を出たのは、源さんが17歳、玲子は小学校3年生だった。
「2人で夜汽車に乗ってあんまり寒いもんだからよお、あの野郎、俺に体ピターッと…」。
源の脳裏に雪深い新潟を走る列車が浮かぶ。
それから10年。

修がしみじみと言う。
「両親なくして、よく源さんも一人で頑張ったねえ」
その言葉に胸が詰まる源。
「よくここまでグレねえように来たと思ってよ。俺なんかだったら、とうにグレてるよ」と、フッと笑う。
「まあ、源さん、玲子ちゃんのこと恋人みたいにかわいがってたからなあ」
その時の源の視線を受け止めた修は、ほんの少しだが違和感を感じる。

「玲子のやつはガキの頃、良く泣きやがってよお、俺のことお兄ちゃんお兄ちゃんって…」と言うと、源は自分の湯飲みに酒を注ぎ、一気に飲み干した。
修も亨も源の様子がおかしいことに気がつく。
「源さん。何かあったんじゃないかい?」と聞かれたが「いや、何もねえよ」。
もし何かあって、自分たちに力になれることがあれば言ってくれ、と修。

亨は源の店で、修がベビー用品を売っている店で健一が着ているオムツカバーや服を見せて聞いたところ、店員さんが買った女性を思い出してくれたことを話した。
店員によると、その女性は顔の、目頭よりの鼻の横に、かわいいほくろがある女性だったというのだ。
思わず、視線が2階の方向に走る源だが「でもよお、ほくろがある女なんて、世の中、大勢いるしな」と言った。
「そうなんだよね~」と亨。

店の忙しい時間、兄の隙を見て玲子は店の外に逃げた。
しかし、駅へ向かう途中、正面からやってきた修とばったり会ってしまった。
「お~、玲子ちゃん。玲子ちゃんじゃないか、おい」。
玲子は修に挨拶もせずに横道へ走ったが、修は玲子を「何だおい、帰ってたのか」と引き止めた。
「どうして源さん、俺に教えてくれなかったんだろうな」と言う修に「あたし、ちょっと急ぐの」と言った玲子だったが、修は「久しぶりに会ったんだからよお、お茶ぐらい飲もうよ」と玲子を連れて行った。

ふくれっつらで修と歩く玲子。
「玲子ちゃん、まじめにやってるか、おい?」
「修さんたら、すぐアニキぶるんだから」
「しょうがねえだろう、玲子ちゃんは俺にとっても妹みたいなもんなんだからな」
「いつも私は妹みたいなもんなのね」
「女と思ったら、源さんに怒られるからな、お茶でも飲もうよ、ねえ?」と言った修に玲子は、「あたし急ぐから」
「何でそんなに急ぐんだよ?」と引き止めたが、玲子は急に思いつめたような顔で「…健太君、元気?」と聞いた。
「ああ、元気だよ」
「じゃ、あたしこれで」
修は、走る玲子の後姿を見送った。
2008.12.26 / Top↑
テレビ神奈川で年が明けた
2009年1月2日(金)PM2時からは「ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム」を放送。 

ゴールデン・カップスに多大な影響を受けたミュージシャン、各界からファン総勢44名のインタビューで綴るSIDE-A、解散から31年ぶりに行なわれた復活ライヴの模様を収めたSIDE-Bの2部構成です。
テレビ神奈川が映らない地域の方、早めに映る地域にいる方などに連絡して録画をお願いしましょう。
2008.12.25 / Top↑
東京メトロポリタンテレビ(東京MXTV)では、毎週月曜日夜11時から「帰ってきたウルトラマン」を放送中です!

先週は27話「この一発で地獄へ行け」で、12月29日は28話「ウルトラ特攻大作戦」です。
キャストを見ますと…、「坂田健:岸田森」と出ております。

さらに毎週土曜日夕方5時からは「ウルトラマン・バトルセレクション」、ベムラー・バルタン星人・ゴモラなど歴代の人気怪獣たちを文字通りセレクトして13回放送していました。
こちらは12月27日「さらばウルトラマン」で最終回、残念です。
2008.12.25 / Top↑
なーんてことでしょう。

深海魚好きなのに深海魚フィギュアが、とある清涼飲料水のオマケについていることを知らず、気がついた時には既にありませんでした。

それが!
今日、手に入ったのです!
し、しかも全品!
い、いたいだ、あっ、動揺してちゃんと打てない、いただいてしまいました!

も~、ほんとにありがとうございます。
今年のクリスマスは良いことあった!!
 


センジュナマコフィギュア

猫になぎ倒されないよう、ケースを買おう!
2008.12.25 / Top↑