2011年。
17日間、入院して、手術して。
おかしいと思っていた原因が取り除かれて。

自分にも大変だった年。
自分だけじゃない、周りの人も大変だったと思います。
いろんなことを感じ、考えざるを得なかった年。

そして、東日本大震災。
被害に遭われた方へ、心からお見舞い申し上げます。
一日も早い復興を願っております。
無事に平穏に年を送ることの大切さを切ないほど感じた年でした。

どうか、どうか、来年は平穏無事な良い年になりますよう。
心から願わずにはいられません。
今年、こちらに来てくださった方、ありがとうございました。
皆様にとって、来年が良い年になりますよう。


スポンサーサイト
2011.12.31 / Top↑
19話「こうもり男」。


あさって、的矢所長の息子の浩一の誕生日に合わせて、SRIではプレゼントのプラモデルを組み立てていた。
的矢所長の「そろそろ引き上げようか」の声で、SRIは外に出て帰宅しようとした。
その時、コウモリの群れが襲ってきた。
車の中に避難したり、転がってコウモリの襲撃をやり過ごしたSRIの目に立った今、出てきた建物の窓に映る人影が見えた。

SRIに戻ったメンバーだが、中には誰もいなかった。
ただ、机の上にコウモリの剥製と、隣に「119」と書かれたメモがナイフで刺されていた。
町田警部を呼んで「119」の意味について、考えるSRIだったが、数字には覚えがない。
その時、電話が入った。

相手は「コウモリ男」と名乗り、1月13日17時、渋谷ハチ公前に現金1千万円を持ってこいと言う。
牧は脅しに屈してはならない、敵は必ず次の手を打ってくるので出方を待とうと提案。
町田警部と的矢所長は、これまでに捕まえた犯人の写真を見ながら相手を探る。
そしてまた、SRIにコウモリの影がやってくる。

さらに脅迫状が入り、「2千万円に値上げする」と言って、今度は14日13時にラグビー場に現金2千万円を持って来るよう指示があった。
14日、町田警部と警察が待ち受ける中、コウモリ男が現金を取りに現れる。
バイクで現れた黒ずくめのコウモリ男だが、警察が包囲する中、ジェット噴射で空中に舞い上がる。
マントを広げて飛んでいくその姿は、まさしくコウモリ男だった。

浩一の誕生会当日。
牧と野村、さおりは誕生会に出席していたが、的矢所長は三沢と共にSRIでコウモリ男の正体を探っていた。
その中で三鷹の警察署で扱った事件の犯人・岩井勝一郎が、コウモリ男に似ていることに気づく。
だが、岩井は服役中のはずだった。

父親を待つ浩一。
玄関のベルが鳴り、プレゼントが浩一に届いた。
届いた戦車のプラモデルをリモコンで操った時、部屋のガラスが割れ、大量のコウモリが襲ってきた。
浩一と母親、さおりを避難させ、1人奮闘する野村。

牧が飛び込んできて、動いている戦車に目を留める。
戦車を壁にたたきつけて壊すと、飛んでいたコウモリも一斉に落ちる。
三沢が入ってきて、コウモリがリモコン操作されている機械であったと言う。
ついに家族にまで、コウモリ男の手が伸びたのだ。

的矢所長と町田警部が調べると、岩井は1年前に脱獄し、行方不明になっていたことがわかる。
岩井は茶会の帰りに友人を殺したが、灰になった遺体を調べた的矢は、殺してから火をつけたことを突き止めた。
科学捜査の勝利として、的矢所長の名前が一気に上がった事件だった。
コウモリ男は、岩井だ。

確信した的矢所長は岩井の家を訪ねた。
岩井の妻が茶をたてて迎えてくれた。
なぜ、8年も経って岩井は脱獄したのか。
すると岩井の妻は「幸子の死と関係がある」と言う。

「あなたはそうして、生きてらっしゃるじゃないですか」。
しかしそう言った途端、的矢所長の目はくらみ始めた。
意識が薄れ掛ける中、的矢所長は、岩井が幸子のマスクをはぎ取るのを見た。
岩井は笑い、「幸子の命日。その日がお前の死ぬ日だ」と言った。

さおりがあわてて牧たちに、新聞を持ってくる。
その新聞には本日、浅草寺にて的矢所長の葬儀が行われるとの告知が載っていた。
驚いてやってきた町田警部。
的矢所長は棺の中に眠っている。

牧が僧侶に、葬式は誰が出したのか聞くと、昨夜男性から連絡があったと言う。
野村が棺の前で泣いていると、突然、的矢所長が起き上がる。
「みんな、どうしたんだ?ここはどこだ?」
薬で仮死状態になっていただけだったのだ。

岩井の家を調べると、カレンダーの1月19日のところにナイフが刺されている。
2年前の1月20日辺りが、岩井の妻の命日であることがわかる。
牧は例の119が日付だったら、と三沢に言う。
的矢所長は家に早く帰宅することを勧められ、車で帰って行く。

身辺警護も断った的矢所長が帰宅すると、SRIに町田警部も協力するとやって来る。
牧たちはあらかじめ、的矢所長の車に発信機を乗せていた。
警察官を装い、岩井は的矢所長の車を乗っ取ることに成功した。
的矢所長を車ごとスクラップにしようとする岩井だが、牧たちが駆けつけ、すんでのところで機械は止まる。

不敵に笑い、鉄骨にぶら下がって笑う岩井。
鉄骨の上には高圧電流が流れる電線があった。
それに気づいた的矢所長が、スクラップ工場にある鉄のパイプを投げる。
鉄のパイプは、岩井が留まっていた鉄骨と電線にあたった。

「ギャアーッ」という悲鳴が響き、高圧電流が岩井に流れる。
岩井がもがき、落下した。
そこにいた全員が、落下した岩井の元に行く。
やがて、全員が散っていく。



思い出したんですが、子供の頃、夏休みで田舎に行って夕方、川の近くを歩いていると、ヒラヒラとコウモリが舞っていました。
雀ぐらいの大きさで、ヒラヒラ、夕闇に黒い姿が舞ってました。

私の友人は、南の方へ旅行した時、フルーツバットという、果物を主食にしているコウモリを食べたそうです。
コウモリの姿そのままに「きゃー」とか言いながら、「あ、淡白」と冷静に食するのを見て、我ながら食を求める本能ってすごい!と感じたそうです。
ぎゃ。

今回は的矢所長メイン、しかも的矢所長が狙われるという展開で、的矢所長の警察にいたという過去のお話も出てきます。
コウモリ男は、要するに逆恨みですね。
岩井は奥さんのことはとっても好きで、奥さんの病死はもしかしたら、夫が逮捕されたことで心労が重なってのことだったかもしれない。

岩井は自分の家庭が壊れたことを恨んでいるので、的矢所長の家族にも手を伸ばす。
家に立派な茶室があり、岩井の犯行も茶会の帰りだったと言うから、いい家の息子だったのかも。
脱獄してあんな装備を用意で着るんだから、お金にも困ってなかったんじゃないかな。
ジェット噴射、リモコンのコウモリ、いろいろと大変そうな準備も万端。

的矢所長が、浩一にプレゼントする戦車のプラモデルを作りながら「困ったもんだ。今の子供は戦争の恐ろしさを知らんからな」と言ってる。
この前、何かで聞きましたが、子供の頃もらってうれしかったプレゼントで、男の子はプラモデルが1位でした。
組み立てるのは、私も楽しいと思う。

しかしリアルに戦車や戦闘機の怖さを知っている世代には、ああいう玩具にも複雑な気持ちなんですね。
「あたしも知らないわ」と言うさおりと、野村も戦争を知らない世代だから屈託がない。
的矢所長の子供は、もっとわからない世代。
罪もなく、かっこいいものをほしがっているだけ。

戦争を連想させるものにも、玩具とはいえ、こだわりのない世代とはこんな風に差があるんですね。
浩一を抱きしめる的矢所長の顔は、SRIの所長というより、家族を守ろうと決意する父親の顔。
戦争中も親は、こんなだったんだろうなあとふと考えてしまう。

さて、コウモリ男は追い詰められても笑って空に飛んで逃げる。
真昼のコウモリは大胆。
でも笑いながら空を飛ぶシーンは、映画のワンシーンみたいでどこかユーモラス。
それと、奥さんに化けるって、小柄な人なんですね。

しかし、空を飛べるからって余裕がありすぎ。
的矢所長を眠らせただけ。
たぶん、もっとじわじわと追い詰めようとしたんでしょうが。

最後に笑って鉄骨に留まってるから、やられちゃった。
うーん、常にこの人、詰めが甘かったんじゃないのか。
時間がなかったのか、コウモリ男が落下するとテーマソングが流れました。

配役がクレジットされている中、その場にいた全員がコウモリ男の落下した所にやってくる。
そして去っていく…、ということは、岩井は死んじゃったんでしょうね。
的矢所長が直接手を下す形になって、それも科学的に追い詰めてやるのではなくて、とっさの反撃。

コウモリ男、あれだけの装備して、これでアッサリ。
所長メインだから、手の込んだ逮捕劇になるのかと思ったんですけどね。
ちょっとビックリなラストでもありました。


2011.12.31 / Top↑
お酒を飲む機会が多い季節ですね。


女子高校生が会話している。
ねえ、知ってる?
コアラって凶暴なんだって。
観光客が頭なでようとしたら、ひっかかれたんだって。

かわいい顔して、わかんないよねー。
あたし?あたしは見た目どおりだよ。
かわいらしく、女子高校生は首をかしげて笑った。

その日、私、八頭田はただ、誰かと酒が飲みたかった。
ただ、それだけだった。
それがまさか、あんなことになろうとは。

エレベーターで同僚を誘ったが、用があるのでと断られた。
降りたところで、部下の沓谷という男を1人確保した。
ようし、1人確保。

でもこれだけじゃ、盛り上がりに欠けるなぁ。
やっぱり男2人じゃ。
そう思った八頭田の前に、エレベーターから黒いコートに黒いミニスカート、黒いレースの薔薇模様のストッキングのOLが降りてきた。

「お疲れ様」。
藤浦百合子、彼女はダメだ。
島田部長の愛人だ。

もう1人、ベージュのトレンチコートの女性が降りてきた。
笠沼洋子、彼女もダメだな。
家が遠いからすぐに帰ってしまう。
よし、次にエレベーターから降りてきた人に…。

降りてきたのは、宮入係長だった。
営業部の係長同士だが、八頭田とはほとんどなじみがない。
だが、単身赴任してきた1人暮らしだから誘っても問題はない。

八頭田は宮入に声をかけた。
「宮入さん、もう終わりですか?」
宮入は肩をすぼめ、小さくなってちょこちょこと歩いていた。
「今、沓谷くんと一杯やろうって話してたんですよ、どうですか。宮入さんもご一緒に」と八頭田は言う。

「あ、お酒ですか…」と宮入が小さな声で言った。
そこに沓谷が来て、「宮入さんも行きますか?」と言う。
「私なんか田舎者で、何のおもしろみもない男ですから…」。

八頭田は、知ってるよ、そんなことは、と心でつぶやく。
他に誰もいないから、誘ってるんですよ。
心の中ではそう言ったが、八頭田は「そんなこと言わないで行きましょうよ。同じ営業部じゃないですか」と言う。

「じゃあ…、ちょっとだけ」と宮入は言った。
「行きましょう、行きましょう」。
3人は居酒屋へ入った。

「とりあえずビール。宮入さんはどうします?」
「私は…。お酒を熱燗で」。
「おっ、いきなりお酒ですか」。
「宮入さん、もしかして相当いけるくちですか?」

八頭田に宮入は小さな声で、下を向きながら「いえ、全然強くないんですよ。お酒を一本、それ以上飲むと、ちょっと…」と言った。
そして顔をあげると、八頭田に妙なことを言う。
「いいですか。私のお酒は2本までです。それ以上飲みそうになったら、とめてください」。

宮入は、すがるように言う。
「お願いします。2本までですよ。お願いします」。
そして、「そうでないと…。翌日…。つらいことになっちゃいますから」。

八頭田は笑って「私も最近、翌日残っちゃうんですよ」と言った。
「約束ですよ、2本までです。お願いします」。
宮入が頭を下げる。
その真剣な表情、そこで私は気づくべきだった。

やがて、宮入は下を向いて、沈黙した。
八頭田は、こころでつぶやく。
こうなると思ってたよ、盛り上がるわけがない。
でもせっかく来たんだもん、この場をどうにかしないとな。

八頭田は明るい声で聞いた。
「どうです、宮入さん。単身赴任は」。
宮入は言った。
「すぐになれましたよ」。

「そりゃあ、良かった」。
「父親なんて、うちにいても無視されるだけで、いてもいなくても同じようなもんですから」。
「まあまあ、そんなこともないですから」。

そう言いながら、八頭田は思った。
何だろう、この卑屈さは。
完全に、心が捻じ曲がっている。
どうせどうせって、さっきからそればっかりじゃないか。

宮入が察したように言う。
「どうも、すいません。私、どうも話が暗くて。ムードを壊してしまうんです。やっぱり私なんか、誘わなかった方がよかったんじゃないですか」。

八頭田が、心でつぶやく。
何なんだ、こいつは。
せっかく誘ってやったのに。

八頭田は明るく、「宮入さん、そろそろパーッとやりましょうよ」と言った。
沓谷も「今日は帰しませんからねー」と言う。
「だからさ、宮入さんそんな景気の悪いことばっかり言ってたら、こっちまで暗くなっちゃうじゃないですか」。

「すいません、不愉快でしたか」。
「違うんですよ、男としての気の持ちよう!今ね、あなたは男として花のある時期を過ごしてるんですよ。東京の本社でばりかばり働くビジネスマンじゃないですか」。

すると、宮入がボソッと言った。
「この年、やっと係長のね」。
「そういう風に考えるから、ダメじゃないですか!人生ここからが勝負じゃないですか」。

宮入が飲みながら、「あ、この酒2本目ですよね」と手を止める。
「いいじゃないですか、まだまだこれからですよ」。
「ですから、あんまり酔わないように」と言った宮入を抑えて八頭田は、「いいじゃないですか、パーッと行きましょうパーッと」と言った。

やがて、酒が進み、酔った沓谷は島田部長に飲みに誘われたことを話した。
「たまんないっすよねえ、会長の息子だからって言ったって。なんなんだ、あの態度」。
沓谷が酔っ払って言う。
「えらそうに。自分が一番えらいと思ってるんですよ、バカ扱いですからね、宮入さんも気をつけた方がいいですよ」。

宮入は悩んでいた。
「どうしようっかなあ…。もう1本飲もうかなあ」。
そして、「もう1本だけ。絶対にもう1本だけ」と言った。
「そうですよ、宮入さん。やりましょうよ!」
そうして私たちは、越えてはならない一線を越えてしまった。

沓谷が愚痴る。
「いくら会社が組織だって言ったって、それを支えてるのは人間じゃないですか。だからサラリーマンってのは、人間としての思いやりがなくっちゃ、ダメなnですよ、絶対!」
「そうだ!そのとおり!」と八頭田が言った時だった。

「よく言うよ」。
暗い、重い声が響いた。
「何が思いやりだ。笑わせんなよ」。
宮入だった。

何だこいつ。
いきなりどうしたんだ?
八頭田が、心の中で戸惑う。

沓谷が言う。
「ダメなんですってば。思いやりなんて甘い人生観かもしれないけど、大事ですよ」。
宮入はいつもの小さい声ではなかった。
どすのきいた声で、沓谷を真正面から見据えて言う。

「そんなもんのどこが人生観なんだ。みんな僕に優しくしてください~って泣き言言ってるだけじゃないの。そんなもんは」。
宮入は口に手をやって言う。
「赤ん坊の、ばぶばぶと同じだよ。ははは」。

そしてカウンターの方を振り返ると大声で怒鳴った。
「おぅい!酒だ!熱燗をもう1本!」
八頭田は、今度はハッキリと、あわてた。
「宮入さん、楽しく飲みましょう」。

「楽しく?楽しく笑って人間関係を誤魔化して行こうってのが、このハムスターみたいな男の考えだろう?」
宮入は八頭田を見て言った。
「僕と仲良くしてよ~って、すり寄るだけの人生。そんなもんがえらそうに、思いやりなんて言うじゃないよ」。

八頭田はドギマギしながら言った。
「そういう意見もあるだろうけどさ」。
沓谷が割って入る。
「あのね、宮入さん」。

沓谷をきっと見据えて宮入は言う。
「宮入さん?」
宮入は沓谷を見て言った。
「気配りが大事だなんて言う男が上司に『宮入さん』なんて言うのか!ばかやろう!」

宮入が怒鳴った時、八頭田は思った。
しまった…、酒乱だ、この男は。
酒乱だったんだ。
とんでもない男を誘ってしまった。

八頭田は「もっと楽しく飲みましょうよ」と取り繕い、沓谷は「すいません、ムード悪くなっちゃいましたね」と笑った。
だが、宮入は笑わなかった。
「ムード?」

「ムードなんかで状況を判断するなよ!もっと頭使えよ、お前は。もっとも新入生歓迎会でセクハラまがいのゲームをして親睦を深めようとするような頭しかないだろうがな」。
それを聞いた沓谷が、完全に沈黙してうつむく。

八頭田が、心でつぶやく。
…すごい。
この男は相手の言われたくない部分を、確実についてくる。
怖ろしい男だ。

「宮入さん、そこまで言っちゃ。もっと楽しく酒を飲まないと」。
しかし、宮入は笑わなかった。
「楽しく楽しくってな。あんたはただ、その場をまとめて誤魔化すだけの係長か?大の男が『私は職場の潤滑油です~』?」
「そんな…、厳しいなあ、宮入さん」。

「厳しい?」
「いや、厳しいっていうか」。
「厳しかないよ、事実だよ。私は、事実を言ってるだけだ、八頭田さん」。
おどおどし始めた八頭田に宮入は強い口調で言う。

「人と話す時は、揉み手はよしなよ。みっともねえ」。
「は、はい」。
宮入はぐいぐいと酒を煽る。
カウンターを振り返り、大声で言う。

「おぅい、もう1本!」
振り返ると、宮入は八頭田に言った。
「それから、若い女の尻をあからさまに見るんじゃないよ。いくら見つめたって手に入らないものは入らないんだ。ひっひっひっひ」。
宮入は笑い出した。

普通じゃない。
完全にいってしまっている。
「何が東京本社だ。何が係長だ。リーダー面する暇があったらな、仕事とって来いよ仕事!」

宮入が怒鳴り、隣の席の客が帰って行く。
そして、宮入は八頭田のカバンから雑誌を取り出した。
「たかが係長風情で、無理してプレジデントなんか読んでんじゃないよ」。

ガタン!と宮入がテーブルを叩く。
何かが落ち、割れる音がする。
八頭田が心臓をドキンドキンさせながら、手をそっと伸ばす。
これ以上、酒に手を伸ばさせてはならない。

しかし、八頭田の手は宮入に抑えられた。
「そうだろう!」
宮入が怒鳴る。
「はい!」
居酒屋には、宮入とうつむいた沓谷と、八頭田以外、誰もいなくなった。

私はただ、誰かとお酒が飲みたかっただけだ。
八頭田がつぶやく。
翌日の帰り。

沓谷とエレベーターで一緒になった八頭田は言う。
「だめだぞ、今日は行かないぞ」。
しかし、沓谷は言った。
「違うんですよ。大変なんです、部長ですよ、島田部長」。

「部長が、どうしたんだ」。
「さっき宮入さん誘ったんです、飲みに行かないかって」。
驚いた八頭田は、沓谷を見た。
「もちろん断ったんだろう?」

「それが最初は何だかんだ言って断ってたんですけど、部長やけにしつこくて、東京での飲み方を教えてやるとか、だいたい君はダサいんだ。少しは垢抜けたらどうだ?最後には部長くやしかったら、もっとはじけてみろよ、って」。
「それで?」

「宮入さん、そういうことでしたらご相伴させていただきますって…。さっき2人で出て行きました」。
クラシック音楽が鳴っていた。
ちょうど、劇的なクライマックスだった。

背筋に冷たい物が走った。
そして宮入さんは…。
会社の廊下の掲示板に、張り紙がしてある。

そこには「異動」と書いてあった。
「宮入昭三 仙台支店」。
それは部長と宮入が飲みに行ってから、わずか1週間後のことだった。



うは。
いる、いる。
酒乱というか、酒癖が悪いという人。

笑って楽しくなるならいいですよ。
泣くならまだいい。
一番困るのは、絡む人。

暴れる!
乱暴になる人!
何があなたをそうさせる!

会社で大人しく、何でも「はい」と言って引き受ける男性がいました。
酒を飲むと、乱暴になる。
飲んで記憶がないっていうけど、わかっててやってんじゃないのかなあと思いました。
だって絶対、上に絡んで行かないですもん。

少なくとも、ある程度の冷静な判断が利いている状態と思われました。
しかし、翌日、送って行った同僚に土下座して泣きながら謝っていたことがあるそうなので、記憶がない時もあるのかな?
同僚だから良いと思って飲んで、絡んだ結果か。

後輩の女性にも「俺のこと、あんたはバカだと思ってるんだろう!」と絡んだことがあったらしい。
それで、冷静に後輩は「はい」と言ったらしい。
あまりの冷静さに、絶句して、その後は彼女には絡まなかったらしい。
まあ、彼女は別の部署から助っ人に来ていた人だから、その辺の判断は利いたんだろうな、との噂。

学生時代の友達の話。
彼女は、店を出て駅に向かう途中の道端で寝ちゃった。
そうしたら親切なタクシーが来て、止まってくれた。
だから、「ごくろー!」と片手を挙げて乗り込んだ。

それで家を聞かれて「うち!」と叫んで、豪快に寝込んだ。
目が覚めたら、見覚えのない場所だった。
毛布はかかっている。

目の前に鉄格子みたいなのがある。
へ?
ここ、どこ?

するとお巡りさんが来て、「あ、目が覚めたね」と言った。
えっ?えっ?
もしかして、留置所?!
私、暴れたんですかーっ!

「いや、道端で足投げ出して寝てるから、パトロール中に見つけて起こしたの」。
ええええ。
「何度起こしても起きなくて、パトカーに『ご苦労!』と手を挙げて乗り込んだら寝ちゃって、後は何度聞いても『うち行って!』って言うだけ」。

そ、それで?
「物騒だから連れてきたの。だけど酔っ払いも来るし、ここ一応、安全だからね」。
でっ、でも…。

「ダメだよ、女の子が正体なくすまで飲んじゃ。パトカーだったから良かったけど、危ないよ」。
はい…。
それで、つぶつぶみかんの缶ジュースもらって飲んで、帰ったそうです。
今からずーっと前の話ですけどね。

後で笑える話のうちは、いいんです。
でも人間関係を壊すような飲み方は、どうかと思う。
この宮入さんは上にも下にも、同期にもそれをやっちゃう人。
その点では計算してやってる感じじゃなくて、わけ隔てなく迷惑でいい?んですけどね…。

宮入さんは、いつもは小さくなっていて、大人しい人。
部下もちょっと侮るぐらい。
でもいつも鬱屈としたもの、抱えてるんでしょう。
しかし、大人しいけどいつも鋭く見てるんだろうな。

こんな人と飲んだら、私もめちゃくちゃ言われちゃうんだろうな、やだやだ。
翌日、つらくなるのは当たり前。
家庭内がうまく行ってなさそうだったけど、この酒癖が影響してるんじゃないだろうか。

八頭目係長は、渡辺いっけいさん。
こういう役やると、リアリティでは右に出る人がいない!
係長で本当にいそう。

最後は宮入さん、やっちゃいけない人相手にやっちゃいましたね。
部長が愛人持ってることに気づいていて、それを指摘もしたんでしょう。
これでまた、家族が呆れるんじゃないだろうか。

飛ばされて、そしてまた、この人は次の場所で同じことをするんだろうか…。
楽しいはずのコミュニケーションの場で、人間関係壊しちゃうんだ。
はあ…。
こういうの、治らないんでしょうか。


2011.12.30 / Top↑
掃除の最中。
まじめにやれって。
こっ、腰が。

28日の朝、テレビ東京で「チェブラーシカ」の映画を放送していたことを後で知り、ガックリ。
白いチェブラーシカのグラスを使っている私は、ガックリ。
まだソ連崩壊前に、珍しいソ連のアニメーションだといってチェブラーシカを見たのが最初。

かわいいものに縁がないと思っていた共産圏のキャラクターで、チェブラーシカはとってもかわいらしかった。
どことなく漂う、物悲しさにも心惹かれた。
あんまり遭遇できないから、遭遇できると貴重だった。
しかし、プルシェンコが青いチェブラーシカ持っていて、羨ましかった!

あ、お昼だ。



2011.12.29 / Top↑
18話「死者がささやく」。


伊豆の海を見渡す若い夫婦。
夫の田原昭夫は無理して、一週間の休暇を取ったと言い、妻の澄子は喜んだ。
その時、海に男の遺体が浮かんでいるのが目に入った。
海に浮かんでいたのは、県警の警部補だった。

あれは殺人事件だった、と澄子が告げる。
すると、昭夫の耳に「苦しい」「俺はお前に殺された警視庁の下沢だ」という声が聞こえる。
「どうして俺を殺したんだ」。

そして昭夫の前にもがく下沢警部補の姿が現れる。
だがその姿も、声も、澄子には見えないし、聞こえない。
怯えた昭夫は澄子の手を引き、車に逃げる。

するとまた、車の中に下沢がいるように見え、昭夫は悲鳴をあげた。
「あなた、シートに水が」と澄子が言う。
さらに「苦しい。俺はお前に殺された警視庁の下沢警部補だ」と言う声が聞こえた。

その時、県警の刑事がやってきて昭夫に逮捕状を見せた。
犯行に残された指紋が、昭夫のものだったらしい。
この前から妙なことがあると昭夫は言ったが、刑事は昭夫を連れて行ってしまう。
無実を訴える昭夫はその後、脱走した。

SRIに電話が入った。
「世の中に同じ指紋の人間が、2人いるってこともありうる。そいつを証明してください」と電話の男は言った。
「あなた、どなたです」。
「今朝、脱走した田原と言うものです。お願いです。もう頼れるものはあなたがたしかいないんです」。

SRIは、指定された熱川のホテルに向かう。
的矢所長と三沢が向かうと、昭夫から呼び出しが合った。
三沢が刑事ではないことを確認した昭夫が出てくるが、三沢は同じ指紋の人間はいないと言う。
自首するように勧めると昭夫は「僕じゃない」と叫んで、逃げて行ってしまった。

「無実なんだ!信じてくれ!僕じゃない!」
的矢所長と三沢は、昭夫を見失ってしまった。
彼のアリバイは、妻の澄子が証明している。
しかし、警察はそれを取り上げようとはしなかった。

だが、昭夫には下沢警部補を殺す動機がない。
昭夫を犯人とした捜査には、重大なミスがあるのではないか。
「信じてくれ!君だけは信じてくれ!」
海岸で、昭夫は探しに来た澄子に訴える。

その時、再び下沢警部補の声が聞こえる。
「聞こえないのか?あの声が」。
「あなた、どうしたの?あなた、まさか…」。

「信じてくれ、澄子」。
「ええ、信じているわ。あなたはそんな人じゃないわ」。
だが、2人の前の海は赤く染まり、渦を巻く。

ごぼごぼと泡が立ち、渦を巻き、下沢警部補の遺体が浮かんでくる。
それを見た昭夫は錯乱し、座り込んでしまった。
「あなた、しっかりして」と、澄子が肩を支える。

澄子が三沢を訪ねてきて、昭夫を助けてくれるように懇願する。
はっきり言って、状況は不利だ。
だが、三沢も昭夫の無実を信じていた。
そして、澄子と自分を見ている男がいることに気づいた三沢は、小型カメラで密かに男の写真を撮る。

的矢所長によると、写真の男は地下銀行に関係している男らしい。
地下銀行といえば、密輸の決済などをする組織だ。
下沢警部補は、その捜査をしていたらしい。
何かをつかんで、それで殺されたのではないだろうか。

しかし、なぜ犯人でもない昭夫が、下沢警部補の幻影に苦しめられるのだろう。
捜査本部は、真犯人だからこそ、殺した相手の幻影に苦しめられるのだと考えていた。
やがて、昭夫は逮捕されてしまった。
昭夫を十三階段の天辺に登らせるには、県警がつかんだ証拠だけで十分だろうと的矢所長は言う。

三沢は地下組織が証拠は作ったんだ、と主張する。
科学を悪用したからくりは、科学で暴こうと的矢所長は言う。
指紋を作ることだって、きっとできるだろう。

すると、牧から電話が来て、それは可能だと話した。
最近開発された合成皮革のユニポリエステルのユニプレンというものに、あらかじめ採取しておいた指紋を移す。
完全にこれだと指紋が出る。
指紋は1人だけのもので、死ぬまで変わらないという常識が覆される。

さおりが電話を代わり、昭夫の調査結果を教える。
昭夫の父親は田原産業の会長だが、昭夫は学生時代に不良グループに入り、事件を起こした為に田原家を離れていた。
結婚は最近したのだった。

的矢所長は、昭夫の結婚が、殺された下沢警部補が地下組織の何かをつかんだ後だったことを確認した。
しかしその時、澄子が三沢に行った昭夫のアリバイは嘘だったと言い出す。
ずっと一緒だったというのは嘘で、本当は1時間ほどシャボテン公園で、はぐれてしまったのだと。
1時間ほどあれば、監禁していた下沢警部補を殺して、また戻って来ることができる。

その時、的矢所長が怪しい車に気づく。
「何だろうあの車」と双眼鏡で見ると、男が銃で狙っているのが見えた。
「危ない!」
あやうく2人は、狙撃を免れる。

狙撃した男が来るまで逃げたのを追うと、反対側から県警の車がやってくる。
車を止められた男は、外に逃げたが逮捕された。
その警察の車から頬かむりした男が出てくると、三沢が顔を見て「警部!」と驚く。
町田警部だった。

「警察だって、そうバカにしたもんじゃないさ」。
町田警部に昭夫の無実の訴えをしようとする三沢を、的矢所長が制する。
的矢所長が町田警部に握手をすると、町田警部は妙なゴムの手袋のようなものを握らされた。
「何だこれは?」

「我々はそいつを探していたんだ。やつの車の中にあった」と的矢所長は言った。
町田警部が「妙な手袋だな」と言う。
的矢所長は、「おみやげだよ。持って帰って、調べてごらん」と笑った。
「その手袋には、指紋があるんだ」。

それを聞いた町田警部が手袋をした手で車のガラスに手をやると、町田警部の手の形そのままに指紋がついた。
「こりゃ驚いた。うまくできてる」。
「その指紋、たぶん下田署に殺人容疑者として留置されている、田原昭夫とまったく同じだよ」。
「何だって」。

その頃、澄子はホテルで何者かに電話をしていた。
「ええ、今、広崎が逮捕されたわ」。
「そうか、逮捕されたか。お前の身辺も危ないぞ。お前はその男からすぐ離れろ」。

「はい」。
「しかしもう、情が移っているのではないか」。
「あたしは大丈夫。その点、割り切っているわ」。

澄子が外に出ると、的矢所長と三沢が「もう指紋も犯罪捜査の決め手とはなりませんね」と話し合っている。
「うん、犯罪手口も段々巧妙になるぞ。今に想像もつかないほど…」。
澄子たち3人の前に車が着き、中から町田警部に連れられて昭夫が出てきた。

「あなた」。
「澄子。ありがとう」。
昭夫が澄子の手を取る。
「君だけはどんなことがあっても信じてくれてる。そう思うと、力が出た」。

昭夫の言葉を聞いた澄子は、昭夫から顔をそらした。
「せっかくの旅行が、こんなことになった。でももう、忘れよう」。
澄子が目を伏せる。

昭夫が澄子が行きたがっていた山の方に行こうと誘うと、澄子は逃げるように歩いていく。
「澄子」。
その時、澄子がつまづいた。

「澄子。どうしたんだ」。
昭夫が澄子を支えた時、「苦しい」という声が聞こえた。
澄子が落としたコンパクトが開き、中から小型のテープレコーダーが現れていた。

「苦しい。苦しいぞ」。
「これは何だ!」
澄子が逃げる。
「澄子!」

振り向いた澄子は、昭夫に小型のピストルを向ける。
「近寄らないで」。
「少し細工が過ぎたようだな」と、コンパクトを拾った的矢所長が言う。
「下沢警部補殺人犯の犯人に仕立て上げる為に、この男に近づいたんだな」と町田警部が言った。

「そうよ!近寄らないで!」
澄子は自分の頭に、ピストルを押し当てる。
昭夫が「やめろ!」と叫ぶ。

澄子が後ずさりしていく。
「あなた、来ないで」。
澄子は車に乗り、運転して行ってしまう。

「待つんだ!」
澄子の車は坂を上がって行き、ピストルの音がすると止まった。
「澄子!」

クラクションが鳴りっぱなしになった車に、昭夫が駆け寄る。
「おい、澄子!」
運転席に突っ伏した澄子を起こした昭夫だが、澄子は頭から血を流して死んでいた。
昭夫は澄子を車から抱いて出すと、そのまま呆然と歩き出す。



「犯罪手口も段々ん巧妙になるぞ。今に想像もつかないほど…」。
指紋認証が広がる現代を先取りするかのような、指紋を題材にした犯罪。
世界に2人といないはずの同じ指紋、しかしここではこの時代にもう、それを覆す犯罪が起きちゃうんですね。

そのトリックが解き明かされた後、さらに意外な展開が。
前回に引き続き、密輸組織が関わっているアクションが展開されるかと思ったら違った。
組織に属していた女性の、夫への複雑な愛情を描いて終わりになりました。

密輸組織の広崎が逮捕された後、ボスらしき男との会話では、澄子は組織の女性らしくクールで徹底したところを見せていたのに。
お、悪女だったのか!と思いました。
これが捕まるところが、最後の見せ場か?と。

この電話では、昭夫には計算づくで近づいただけで、何の愛情も持ち合わせていないみたいでした。
ところが、解放されてきた昭夫のひたすら自分を信じていた言葉を聞くと、澄子は動揺してしまう。
思わず昭夫から顔をそむけて逃げ出し、証拠となるコンパクトを落とすという失態を犯す。

「少し細工が過ぎたようだな」って、的矢所長は澄子の正体をここで初めて知ったんでしょうか?
それとも、感付いていた?
町田警部に昭夫に近づいた動機を言い当てられた澄子は、「そうよ!」と言う。

単に、利用しただけ。
ところが澄子の言葉と表情が、そうではなかったことを示している。
さらに澄子は昭夫を撃って逃げるのではなく、車に乗り込み、少ししたところで自分を撃った。

逃げると見せかけて、銃声。
唐突に止まる車。
鳴り響くクラクション。
澄子にはビックリするほど、逃げる気がなかった。

そこから思うのは、このピストル自殺は、警察に追い詰められてというよりも、昭夫に知られてしまったからではないかということ。
昭夫を裏切っていた自分が許せない。
いや、全てを知った昭夫の愛情を失うのが耐えられなかったのかも。
平然と昭夫が追われるのを見ていたはずで、実は澄子も苦しんでいたのかもしれません。

だって昭夫が幻影を見て怯えている時、澄子も怯えている。
そして昭夫は澄子の目的を知ってもなお、澄子への愛は変わらなかった。
地下組織がどうなろうと、自分の無実が証明されようと、澄子を失ってしまった昭夫にはもう関係がない。
昭夫が澄子を抱きかかえて呆然と歩くラストシーンは、まさにそんな感じでした。

前回と共に、的矢所長と三沢が出張しましたが、今回は野村が出ません。
岸田さんも活躍少な目。
しかし、今回は完全に子供が見る話じゃないですね。
澄子の複雑な昭夫への思いがわからないと、おもしろくないかも。


2011.12.28 / Top↑
3年間、見続けて終わりました。
終わった瞬間、気が抜けました。
来年からはないんだなあ、と。

3年間って、いろんなことがあると改めて知りました。
自分にも、世の中にも。
これからの3年間に、良いことがありますように…と思った3年目の「坂の上の雲」でした。


ついに始まった、運命の一戦。
負ければ、日本はロシアの植民地。
夏目漱石が言った、ロシアの植民地になれば、日本の文化は全て失われるだろう、という恐怖が現実のものになろうとしている。

アメリカのイロコア族の悲劇、食い尽くされる清。
あれが日本の現実となろうとしている。
1部から言われてきた白人の黄色人種に対する扱いを知れば、ロシアが極東の島国を支配すればどう扱うかなんか火を見るより明らか。
帝国主義が世界中に吹き荒れた、弱肉強食の時代。

そんな時代に起きた戦争を、当時の日本を、今の平和の中に暮らし、今の価値観で否定しても意味がない。
国家の存亡を賭けて、戦うしかなかった。
この時代の日本人はそうならない為に、壮絶な、悲壮な戦いの中にいた。
それを現代の自分たちが、どうこう言っても仕方がない。

さて、海軍の常識を打ち破ったT字戦法が取られる。
この降ってきた幸運に、思わず神のご加護だと口走っちゃうロジェストヴェンスキー。
回頭していく三笠が波に現れるCGは、迫力満点!
この海戦で重要なのはもう一つ、「火薬」だそうです。

明治24年、海軍技師・下瀬雅允が発明した「下瀬火薬」。
砲弾を細かい破片にして、あらゆる方向に同じ速さで飛ばす能力を持っていた。
この弾丸に当たったバルチック軍艦は、マシンガン攻撃されたようになったそうです。
さらにこの火薬が気化する時に出す熱は、3000度という高熱で、それによって艦のペンキが引火し、炎が上がったらしい。

だからバルチック艦隊が、ごーごー燃え上がってたんですね、納得。
もうひとつ、この火薬を砲弾の中で爆発させるには信管というものが必要なのですが、ここで登場するのが伊集院信管。
魚雷指揮になっていて、明治33年に、海軍の軍人だった伊集院五郎が完成させました。
この信管がないと、下瀬火薬が使えなかったらしい。

この2つが、日本の砲弾の威力を格段に高めた。
日清戦争には間に合わなかったけれど、日露戦争では大いに活躍したものですね。
ロシアの信管は質が悪く、不発弾が多かったとも言われているとか。
とにかくこの2つが日本海海戦に、ものすごく大きな役割を果たしてくれたみたいです。

バルチック艦隊の砲弾だって、そりゃ砲弾だから殺傷能力はすごい。
当たれば。
これが、黒鉄ヒロシさんも言ってましたが、1000発撃ってるのに、外れるほうが圧倒的に多かった。
射撃訓練をあんまりしていなかったことや、「天気晴朗ナレドモ波高シ」、要するに波が高くて当てにくいことが影響した。

何発かは当たってましたが、火薬庫とかには命中しなかったんですね。
だから被害は出ても、致命的にならずに済んでいた。
さらにあの、バルチック艦隊がもうもうと吐き出す黒い煙。
視界が遮られて見えない。

しかし、日本の煙はそんなことなく、バンバン撃ってくる。
風上でもあったのかな?
命中精度が高い。
当たれば蜂の巣状態になり、火が燃え上がり、燃え広がる。

もう、開戦前の予想はどこへやら。
日本、圧倒的だったんですね。
最初にスワロフに命中した時は、こちらまで「おおっ!」と声が出てしまいました。

「距離6200!」と船中に伝令が出され、黒板に距離も書いたりして、何かすごいな、と思いますが、伝令ってとっても大切。
ロシアの艦隊は水兵の教育と言う点でも日本に負けていたみたいで、どんどん士気も下がっていくのがわかりました。
それと、東郷さんがすばらしいと言われるのは、危険なんですよ、もちろん危険なんですが、司令塔に入らずにあそこにいて動かなかったところらしい。
実際、破片が飛んで来ても、すっと手をかざすだけで動かない。

武士だなあと思いました。
本当、この当時の日本の指導者は武士だったんですね。
徳川の長い世で武士も腐ったとか、堕落したと言われても、腐っても武士という人間がいた。
武士という、特殊な教育を受け続けた人間が上にいたのも、明治の日本にとって幸運だったんだと思いました。

真之が「武士の情けです!」と攻撃をやめてほしいと言い出したのに対して、「本当に降伏したのかわかりもはん!」と言う東郷。
ここら辺が冷静かつ、非情です。
しかし一歩間違えれば艦の人全てを死なせてしまうかもしれないという責任を背負っているなら、これも必要。
この辺り、情緒に負けてしまう明治の真之と、幕末を生き抜いた東郷の時代の人間の違いなのかもしれません。

だけど、203高地もそうですが、戦いは、戦争は悲惨なものです。
火がついて海に落ちるロシア兵、吹き飛ばされる日本兵。
阿鼻叫喚の地獄です。
あれを見て、戦争はカッコイイなんて絶対思わない。

戦争は、「生きている人間」「待っている人もいる人間」を多く殺したほうが勝ち。
203高地でも最後の殺し合いを見て、「こんなことはいけない」「やりたくない」と思ったように、真之も悲惨な水兵たちを見て心が痛みます。
見ているこちらが心を痛めるんですから、実際に血のにおいを嗅いだら、そりゃあ…。
「俺がやった」という気持ちにもなるでしょう。

それまでは勝つことしか考えなかったでしょうが、実際に血を流す人間を見たら、これを自分が築いた死体の山と思えば、たまらなくなったでしょう。
この後、真之が坊さんになりたいと言い出しますが、わかる気がします。
あの悲惨な状況をロシア、日本と見たら、人間は同じだと思うでしょう。
わけ隔てなく、供養もしたいと思うでしょう。

そういえば、旅順戦では、ロシアの教皇がロシア側も日本側も、死んだ兵士を弔ってくれていたようです。
そしてこの後の日本とロシアの争いを思えば、これが最後の「武士道」が通じた戦いだったんだな、と思います。
ただ、あにさんの方がやっぱり豪胆で、真之の方が繊細なんだなとは思いました。

幼い頃、真之の腕白に手を焼いて、自害をうながした気丈な母親もなくなります。
真之が心から甘えられる相手は、もういない。
真之の様子を見た季子はまるで、真之がどこかへ行ってしまいそうな不安を感じたのでしょう、しっかりと止めていました。
泣き崩れる真之を支える季子、外では決して見せてはいけない軍人のもろさを支える妻です。

ロシアの将校の、世界最強の自分たちの艦隊が燃え上がる光景を見た時の信じられない思い。
絶望といったものも、感じられました。
ロシア側の俳優さんたちも、うまいです。

勝った日本が、オスラビアが沈んでいくのを悲痛な表情で見ているのが興味深い。
まるで、自分たちの艦が沈んでいくような表情で見ている。
あれは同じ海軍としての痛みか。
滅ぼさなければいけないものだが、素晴らしい艦が沈んでいくのを見て、哀しみを抱いたのか。

そして日本海海戦の事情が明らかになり、海軍研究家のウイルソンさんは「偉大な勝利」と絶賛。
歴史上見たことがない、このような完全な勝利。
実際、日露戦争はきわどい勝利だったのはわかりますが、このアジアの小国で島国の日本がバルチック艦隊を撃滅したのはそれほどの意味があった。

この海戦が、白人優勢の時代を変えた。
黄色人種が将来、白色人種と同一の基盤に立つきっかけを作ったと言っていい、そのぐらい、歴史を変えた勝利だったんですね。
東郷の名が外国で残っているはずです。
ロシア帝国に恨みを持っている人や国にしたら、日本の勝利は胸がすくものだったんでしょう。

アメリカ海軍でも、東郷は尊敬されているそうですね。
ニミッツ提督は太平洋戦争勝利の後、日本の軍備を解き、軍を象徴するものを撤去する時にも、東郷関係には手を触れさせなかったと聞いたことがあります。
いや、世界に誇れる軍人をご先祖様に持ち、その人たちや無名の兵士に至るまでがこんなにも必死に戦った。
小さな島国なのに、そんな歴史を持つ日本は、自分の国を大切にしなきゃいけないと思いました。

だが、講和条約ではロシアから賠償金は取れなかった。
アメリカが仲介役。
もう、何か、アメリカの影が。

しかし考えたらこんな小さな島国で、30年ちょっと前は黒船にビックリしていた人たちでしょう。
それがこんな火薬と信管を発明し、ロシアを相手に戦争するんですからすごいと、それだけを考えたら単純に思います。
この後、アメリカとまで戦争するなんて、なんて国なんだろう、とそれだけを考えれば単純に思います。
自分の国ながら、どうなっちゃってるんだろうと思います。

それで賠償金が取れなかったことで、人々が弱腰を非難。
でも、起こした火を消すのは難しいんですよね。
現在公開中の映画の「山本五十六」も、「硫黄島からの手紙」の栗林中将も、戦う前から勝てないとわかっている戦いをしなくてはならなかった。

負けるにも負け方があるとして、それをどうするか。
考え、実行しなくてはいけなかった司令官を描いている。
児玉もまた、講和を考えなくてはいけなかった。

だけど戦場を知らない国民は、戦争継続を訴えて暴動、日比谷焼き討ち事件で戒厳令が敷かれる。
そして、多くの新聞が人々を煽る。
この後も、もしかしたら今も?マスメディアなんていうのは、時の流れに乗って煽り立てる、後から考えるといい加減で困ったものなんでしょうか。

福澤諭吉さんが「政府は国民の鏡。決して国民のレベル以上の政府は生まれないし、国民がこれだから政府がこれなんだ」と言いたくなったのは、これかなと思ってしまいました。
それにしても、この頃の日本人は暴動起こすのか、と。
食べられないと江戸時代はお百姓さんでも一揆起こしましたけどね、やっぱり今はおっとりしちゃってるんでしょうか。

夏目漱石は私も今でも持っている「吾輩は猫である」を執筆中!
ちょっと揶揄して、律に不愉快と言われたり、集まった仲間に子規はそんなこと言わないと言われたりする。
漱石に文士の妬みなどと言わせてしまうのは、ちょっと気の毒な気がしますが、素直に妬みだと言える漱石の器は大きい。

それに、漱石も明治からの日本語を支えた礎を作ったと功績も称えられてる。
漱石の真之=軍人に対する複雑な思いは、松山時代の真之と子規を知らない。
子供時代を知らず、学校で知り合った仲というのが、影響している気がします。
そして必死な季子を見て、心からすまないと思って手を合わせてくれる、基本的にはとてもいい人。

真之は子規の墓参りに行く。
そして、あの日の風景を思い出す。
初心に帰ったというべきか。
それを思いだし、立ち直っていき、結局海軍は辞めなかった。

わかりにくい描写だったかもしれませんが、最近、猫のお墓参りで塔婆を立てた時の事を思い出しました。
確かにお墓参りとか、仏事には人の気持ちを変える力があります。
やっぱり、ああいうセレモニーは大事なのだと思います。

外来語などが入り乱れた時代、子規の友人であった真之の日本語はさすがだったらしいです。
「皇国の興廃この一戦にあり」。
「天気晴朗なれど浪高し」。
そして真之の考えた連合艦隊解散の辞などは、お手本になる日本語だったらしい。

外来語と入り乱れた…、というので思ったのですが、明治と言う時代は西洋文化を取り入れた時代でしたね。
日本はその島国と言う特長からか、外部から来たものを取り入れる吸収力が早い。
そして、それを自分たちに合うように発達・発展させていく能力がすごく優れている。

以前、お肉を網で焼いていたら、「網で焼くっていうのも日本らしい、おいしい発展のさせ方だよね」と言われ、「ああそうなのか」と思ったことがあります。
日本って、うまく食べ物をアレンジするんだなと、その時は思いました。
他に、たらこ・明太子パスタなんていうのも、そうだなと思いました。
でも今は、食べ物だけじゃなくて文化とか全部、日本は取り入れて発展させるのがうまいんじゃないかと考えてしまいますね。

真之は兄・好古と初めて、釣りに行き、兄が久しぶりと言うのに対して、初めてですと言う。
そして母に答えてもらいたかった「人様のお役に立てたかのう」という問いに、答えをもらう。
兄が「お前はようやった。ようやった、よ」と言ってくれる。

1部の頃から、厳しく、ストイックで弟の為には働くが、決して甘やかさない。
兄、好古こそは、真之の父親のような存在。
それにそう言ってもらえた。
ここで真之の、一世一代の戦いはやっと終わりを告げられた。

真之と、好古のその後の人生は決して華やかなものではなかった。
しかし、使命を果たした人の、坂を駆け上がった明治の1人の人間のすがすがしさを感じました。
明治という時代は、とても楽天的な時代であったが、暗い面もあった。

だけど、そういう被害意識だけで歴史を語るのは、どうなのかと言っている。
この時代の日本人は、坂の上にきらめく一朶の雲を見て、それを目指して駆け上がって行った。
明太子パスタを思って、今の日本人の基礎って明治にあったのかと思ったんですが、そうじゃない。
武士の時代があって明治の時代があって、歴史全部、やっぱり当然だけど、全部、今の日本に繋がっているんだと。

最後に好古が死んで、明治は遠くになった。
けれど、空は青い。
古き良き日本は形を変えて、それでも青い空がそこにはある、という静寂なラスト。

あまりスポットを当てない、または暗い面だけが強調されがちな昭和以前の日本を、視点を違えて描いた「坂の上の雲」。
原作者の司馬遼太郎さんがこの原作の映像化に許可を出さなかったのは、何となくわかります。
戦意高揚みたいなドラマになっては嫌だという思いがあって、またその危険性があるというのもわかります。

しかしこれは秋山軍人兄弟は主人公ではあったが、明治時代の日本全体、日本人のドラマだった。
日露戦争を戦った日本人の、近代の洗礼を受けてなお、立ち上がった日本人のドラマでした。
戦争ドラマではなく、その時代に生きた人々の壮絶なドラマだった。

硝煙と血の匂いが立ち込める戦場を描き、これが嫌で武器が発達したのかなどとそんなことまで考える。
近代日本について、考える、知る機会をくれた貴重なドラマになりました。
NHKさん、これを作ってくれてありがとうございました。
3年間、楽しませてもらいました。


2011.12.27 / Top↑
満州の花揚樹。
好古は、電報を受け取った。
それはサダが、6月19日に病没した知らせだった。
好古は墨をすりながら「淳は間におうたかのう」と言った。

津田沼駅、セミの声が聞こえる中、真之が戻ってきた。
季子が頭を下げる。
「季子」。
「お帰りなさいませ。よく無事で」。

真之は家に戻ると、家族が頭を下げる。
奥の座敷に、白い布を顔に伏せたサダが寝ている。
真之は枕元に立ち、膝を折った。

サダをじっと見つめると、制帽を脱ぐ。
「日本海の海戦に勝ったことをお知らせしたら、本当に喜ばれて。一時はお元気になられたんです。淳が帰って来るまでうちは決して死なん。待っててやるのが、母の務めだとおっしゃって」と多美が言う。

「義姉さん。長い間、本当に母がお世話になりました」と、真之が頭を下げる。
「いいえ、大好きなお母様でした」。
真之は母の顔を覗き込むと、白い布を取る。
「お母さん…」。

じっとサダを見つめる。
「お母さん、生きとるうちに帰っこれんで、すんませんでした。」
真之は、懐剣が乗った母の胸をそっとなでる。
「父さんによろしくのう。サダ、サダ言うて、あの世でも首を長うして母さんを待っとるはずじゃけん」。

「母さん。わしは…世の中のお役に少しは立てたんじゃろうか」。
「教えてくれんかのう。母さん」。
多美も季子もじっと、真之を見ていた。

夜。
真之は起き出し、蚊帳をまくって縁側に座る。
「眠れませんか…」。

季子も起き出して、真之の側に来る。

「真之さん」。
「季子」。
「はい」。
虫の声が響く。

真之は庭に下りる。
季子が思わず止める。
「どちらへ」。
「散歩じゃ」。

「こんな夜更けに…。おやめなさいまし」。
「寝付かれぬ。気晴らしにちょっと行ってくる」。
季子が背後から真之にしがみつく。
「離せ」。

「嫌です。やっと…お帰りになられたのに。「この日をどんなに心待ちにしていたことか」。
真之は、「…海軍を辞めようかと思う」と言った。
季子は、まるで真之がどこかに行ってしまって、会えなくなるかのように止める。

「死んだ人間を仰山見すぎた。わしはもうこれ以上…、人が死ぬことに耐えられん」。
季子を見つめる顔が歪む。
泣き崩れる真之。

「坊さんになりたい。坊さんになって戦没者の供養をせにゃならん。対馬の海には日本とロシアの将兵が仰山、沈んでおる」。
「わしは坊さんになりたい。日本人もロシア人も等しく、供養をしたい」と手を合わせる。
季子も思わず、手で口を抑える。
泣いている真之を抱きしめる。

ロシアの帝政は強大な軍事力を持つことによってのみ存在し、国内の治安を保ってきた。
それが崩壊した以上、日露戦争はロマノフ王朝そのものを、崖っぷちに追い込んでしまったことになる。
この時、ロシアに講和を働きかけたのは、米国大統領セオドア・ルーズベルトだった。

日本側の講和先遣大使には、小村寿太郎が命ぜられた。
伊藤博文以下は、小村に全幅の信頼を寄せていると言って送り出した。
「君が帰朝の折りは、例え誰1人出迎えの者なくとも、余だけは必ず小村くんを迎えに来る」と伊藤は言った。
「ルーズベルトが…、どう出るかが鍵になりましょうな」。

明治38年9月5日。
ポーツマスで、日露講和条約が調印された。
しかし日本は、ロシアから賠償金を得ることはできなかった。

ここに大群衆が登場する。
大群衆の叫びは、平和の値段が安すぎるというものであった。
講和条約を破棄せよ。
戦争を継続せよ、と叫んだ。

国民新聞をのぞく、各新聞はこぞってこの気分を煽り立てた。
9月5日、日比谷公園で開かれた全国集会は3万人が集まった。
彼らは暴徒化し、政府はついに一時、戒厳令を引かずにはいられなかったほどであった。
小村を迎えたのは、伊藤博文だけだった。

勝利と言うものは、絶対のものではない。
敗者が必要である。
伊藤が、小村に手を出し、小村は頭をたれている。
ロシアは自らに負けたところが多く、日本はその優れた計画性と敵軍のそのような事情の為に、きわどい勝利を拾い続けたというのが、日露戦争であろう。

連合艦隊が、横浜沖で凱旋の式を行った翌々日。
真之は、朝早く、まだ暗いうちに家を出た。
途中、団子を食べ、うぐいす横丁の子規の家を聞いた。
義太夫のお師匠さんかなんかですか?と、そこの娘は言った。

真之が、子規の家の前まで来る。
子規が死んで、3年が過ぎていた。
真之は門をじっと見つめると、何も言わずに立ち去る。

坂を上る真之の後姿を、家から出てきた子規の母が見た。
曲がっていく真之の後姿を見て、母は干し物をしている律に、淳さんがいたように見えたと言う。
律は表へ走っていく。
だが真之の姿は、もう見えなかった。

真之はその後、3キロの道のりを歩き、田端の子規の墓まで行った。
まだ墓碑はできていなかったが、その草稿だけはできていた。
墓こには子規が残した俳句、短歌のことは何も残されておらず、自分の名、生国、父の藩名とお役目、母に養われたこと、勤め先、享年、月給の額が書いてあった。

真之は丁寧に墓参りをして、拝む。
子規の墓をじっと見つめる。
やがて、雨が降ってきた。
真之は立ち上がり、天を仰ぎ、立ち去っていく。

律は洗濯物を取り込む。
「さっきのお人、間違いなく淳さんじゃと思ったんだが」と母が言う。
「淳さんなら軍艦に乗っておいでじゃけん。人違いじゃろう」。

「そうかのう」。
「そうに決まっとりやす」。
戸口の方を見て、律が目を閉じる。
律が母を見ると、母は雨の庭を見ていた。

真之は鉢をかぶり、子規の墓前を後にし、雨の坂を下った。
道は飛鳥山、川越へ繋がる旧街道である。
雨の中で緑がはるかにかぶり、真之はふと、三笠の艦橋から臨んだあの日の日本海を思い出した。

坂の上から見る風景。
鉢を深々とかぶった真之は、まるで僧侶のようだった。
真之は結局、海軍を辞めなかった。

明治の日本語は、外来語と旧来の体制が崩れたことで混乱したが、その中で規範とするべき日本語があった。
それらを書いたのは子規であり、漱石であり、また真之の連合艦隊の解散の辞もそうであった。
東郷が読み上げる。

「百発百中の一砲 能く百発一中の敵砲百門に対抗しうるを覚らば 我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず 惟ふ(おもう)に武人の一生は連綿不断の戦争にして時の平戦に由り 其の責務に軽重あるの理なし」。
「事有れば武力を発揮し、事無ければこれを修養し 終始一貫その本文を尽くさんのみ」。

「神明はただ平素の鍛錬に力め(つとめ) 戦はずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に 一勝に満足して治平に安ずる者より ただちにこれをうばふ 古人曰く勝って兜の緒を締めよ、と」。
真之は前を向いて聞いていた。

明治39年1月、乃木の第三軍が凱旋した。
乃木は明治天皇に拝謁する時、児玉に呼び止められた。
「乃木よ、乃木のジジイよ。その格好で陛下に拝謁するのはいかがなものかのう。戦場の埃にまみれておるではないか」と児玉は言った。

「ようやく、終わったのう。また生きながら得た」と言う児玉に、乃木は「うん」と答える。
「これから先き、一体どうなるかのう。一つじっくりと見届けねばなるまいのう」。
乃木は言う。
「何一つ、変わりはせん」。

「そうかのう?」
「うん」。
「そうかのう…」と、外を見る児玉。

前を見て進む乃木。
見送る児玉。
乃木は角を曲がって、見えなくなった。

維新後、日露戦争までと言う30年あまりは、文化史的にも精神史の上でも長い日本の歴史の中でも実に特異である。
これほど楽天的な時代はない。
無論、見方によってはそうではない。

庶民は重税にあえぎ、国権はあくまで重く、民権はあくまで軽く、足尾の鉱毒事件があり、女工哀史があり、小作争議がありでそのような被害意識の中から見ればこれほど暗い時代はないであろう。
しかし被害意識でのみ見ることが、庶民の歴史ではない。
明治は良かった、と言う。

「降る雪や明治は遠くなりにけり」という、中村草田男の澄み切った色彩世界が持つ明治が一方にある。
この物語はその日本史上、類のない幸福な楽天家たちの物語である。楽天家たちはそのような時代人としての体質で前をのみ、見つめながら歩く。
上って行く坂の上の青い天に、もし一朶の白い雲が輝いているとすれば。
それのみを見つめて、坂を上っていくであろう。

紅葉、雪、桜、そして緑。
子供たちが川で魚を取っている。
その子供たちがいる、橋の上を真之は兄の好古と歩く。

真之は好古と、海釣りに出た。
2人並んで、釣り糸を垂らす。
好古が「何十年ぶりかのう。お前とこうして釣りをするのは」と言う。
真之が「いや、あに兄さんとつりをしたことなぞ、一度もないぞね」と言う。

「そうか?そうじゃったかのう?」
「そうじゃ、一度もない。貧乏で貧乏で、あにさんは釣りなどして遊んだことなぞ、なかったでしょう」。
「そうか、それはもう、貧しかったからのう。お前はよう遊んじょったがのう」。

真之は笑う。
「あにさん」と真之が言う。
「なんだ」と好古が言った。
そして、「なんのなんの。お前はようやった。よう、やった、よ」と言う。

真之は黙って下を向く。
「この先、一体どうなるじゃろうなあ。お前にもわからんか」と好古が言った。
「…急がねば一雨来るかもしれんぞね」と真之が言う。
好古は笑う。

「それは急がねばならんな」。
「おっ!」
「やられた」。
兄弟は笑う。

秋山真之の生涯は、必ずしも長くは無かった。
大正7年2月4日、満42歳で没した。
前を向いて歩く真之。

臨終の時、集まっていた人々に「みなさん、お世話になりました。、これから1人で行きます」と言った。
それが最後の言葉だった。
去っていく真之の後姿。

道を自動車が行く。
その道を、好古が馬に乗っていく。
好古は、やや長命した。

陸軍大将で退役した後は故郷の松山に戻り、私立の北洋中学と言う無名の中学の校長を務めた。
「校長先生、おはようございます」と子供たちが挨拶をする。
「おはよう」。

昭和5年11月。
死の床に着いた好古は、数日うわごとを言い続けた。
「まだか。先陣じゃあ」。

多美はそれを聞いて、子供や孫たちに「お父様はまだ、満州の荒野をさまよってらっしゃるわ」と言った。
家族が集まってくる。
好古は「馬ひけい。行くぞ」と言って、宙を見つめる。
「奉天へ」。

多美が好古の手を取る。
そして、そっと肩に手をやる。
「あなた、馬から落ちてはいけませんよ」。
「ああ…」。

好古は目を閉じる。
呼吸が静かになる。
多美が見つめる。
手を握る。

そして、傍らの椅子に座り込む。
好古が目を閉じる。
医師と看護師が、出て行く。

長い廊下を歩く看護師。
右側は大きな窓だった。
光が差し込んでいる。

一面の光で、窓の外の景色は見えない。
やがて、看護師が角を曲がり、見えなくなった。
窓一杯に、広がる青空が見える。



2011.12.27 / Top↑
最終回、「日本海海戦」。


「取り舵一杯!」
東郷が右手を挙げ、この時から世界の海軍戦術を破った異様な陣形が指示された。
T字戦法。

スワロフでこれを見たロジェストヴェンスキーは「東郷は狂ったか」と口走る。
「これは神のご加護だ」。
速度を16ノットとして、全ての艦が回頭を終わらせるまで、10分。

その間、艦は静止状態を狙い撃ちされることと同じだ。
この黄金の10分を無駄にするな。
「三笠を撃沈せよ!」との命令が下る。

三笠の東郷たち司令官に、波がかかる。
敵前でUターンというより、三笠はαを描いたように左へ曲がっていく。
ロジェストヴェンスキーは、2本以上の矢の束のように北上していく。
東郷は矢の束を寸断し、この頭を抑えようとした。

だが、この戦法は場合によっては味方の破滅を招くことがある。
回頭している間、ほとんど射撃ができないのだ。
敵にとっては、静止状態を狙い撃ちするほどにたやすい。
三笠は波に洗われながら、曲がっていく。

曲がり終えた時、東郷に「砲撃を開始します」との声がかかる。
「よし」。
「距離6400。撃ち方、初め!」

次々と艦内に伝令が発する言葉が走る。
「距離6400。撃ち方、初め!」
号令と共に、砲撃が開始された。
日本の砲台が火を噴いたのを見て、ロシア艦隊内の水兵が「来るぞ」と走る。

「これが例の『鞄』というやつか?」
「何だ、あの爆発は?!」
「また来たぞ」。
ロシアの艦が騒がしくなる。

「距離6200!」
三笠の砲台が、再びバルチック艦隊を捕える。
次々と発射される砲弾。
艦内が、固唾を呑んでバルチック艦隊を見守る。

砲弾は轟音を立て、ロジェストヴェンスキー指令塔のあるスワロフが炎を上げた。
目標は、旗艦スワロフであった。
火柱が上がり、司令塔にも煙が入る。

水戦の始まりにあたっては、全力をあげてやにわに2~3艘を討ち取るべし。
秋山真之が、日本の水軍案から得た戦術だった。
スワロフにも、主砲を急ぎ撃てとの命令が下る。
東郷は、真之の立てた戦略の通りに艦隊を移動させた。

天気晴朗なれども波高し。
この意味は、天気晴朗ならば取り逃しはない。
波が高いなら、射撃が定まらず、ロシア艦隊に不利。
射撃訓練に十分な日本軍には有利という意味だった。

スワロフが燃える。
水兵たちが走り回る。
足を取られ、倒れた大佐が伸ばした手は、瀕死の水兵の手に触れた。

「距離5800!」
三笠もまた、火を噴く。
ロシア水兵の背に火がつく。

バルチック艦隊は今や、炎を上げて燃えていた。
怒号が飛び交う中、司令室へ急ぐ大佐の前に遺体がある。
大差は、思わず十字を切る。

「閣下。我が艦隊は悲惨なことになっております」。
大佐が報告する。
参謀長が「少し、艦隊の感覚を変えたほうが良さそうですな」と言った。
「だいぶ敵弾が当たり過ぎているようですから」。

「こっちの弾だって当たっているのだ」とロジェストヴェンスキーは言う。
その瞬間、着弾音が響き、司令塔が揺れる。
大佐が言った。
「外をご覧ください」。

ロジェストヴェンスキーが双眼鏡を構えて、狭い、横に広がった窓から外を見る。
大佐が出て行くと、パニックを起こした血まみれの兵が「なんでこんな船に乗せたんだ」とつかみかかる。
その時、衝撃で皆が飛び上がる。
煙が立ち込めて、何も見えない。

やがて煙が流れ、視界が開ける。
目を閉じていた大佐は意を決したように、外に出る。
階段を上がっていく。
あちこちで炎が上がっている。

煙が流れ、炎が上がっている中、大佐は上に上がって行った。
海を見て、大佐は目を覆う。
覆った手の指の間から、目をのぞかせて絶望の言葉を振り絞るように吐く。
「なんということだ」。

マストが、斜めに炎を上げて落ちていく。
目の前の艦が、その後ろの艦もまた、炎上している。
熱で視界が歪む。

オスタビアが、傾いている。
日本海は黒い煙を噴出し、炎上しているバルチック艦隊が列をなしていた。
艦の側で白い水柱が上がる。

「オスタビアが沈没しつつあるぞ!」という声が三笠に響く。
「おおーっ!」
体に火がつき、逃げ惑うオスタビアの水兵は次々海に落ちた。
オスタビアの甲板が、斜めになっていく。

水兵たちは必死に直角になっていく床にしがみつこうとして、海に落ちていく。
波が甲板を洗う。
炎に包まれ、自ら海へ落ちる者。
波に現れながら必死でしがみつく者。

容赦なく着弾する砲弾。
艦内には、勢い良く海水がなだれ込む。
足を取られ、転倒する水兵。

三笠にも着弾があった。
水兵が吹き飛び、東郷たち司令官たちが衝撃に揺らされる。
東郷が立つ近くに着弾があり、破片が飛んでくる。

背を低くし、逃れる者。
東郷は軽く目の前の破片を振り払うように、手をかざしただけで動かない。
波が降り注ぐ。

「見て来い!」と真之が言う。
三笠の艦内でも、負傷者が続出する。
「距離4600!」
「配置につけ!」

三笠でも水をかぶりながら、水兵が走る。
砲弾が込められる。
「距離4600!急ぎ撃て!」
三笠の近くで、バルチック艦隊が撃ってきた水柱が上がる。

煙を上げて、三笠が撃つ。
スワノフにまた着弾する。
爆発する艦内。

「閣下、三笠です!」の声が、司令塔に響く。
「三笠が、こちらに接近しています!」
ロジェストヴェンスキーが叫ぶ。

「三笠を撃て!三笠を沈めよ!」
「全砲撃て、6インチ砲急ぎ撃て!」
だが砲弾は、三笠の周りに水柱を上げただけだった。

三笠でも、衝撃で日章旗が落ちて来る。
迎え撃つ三笠。
ロジェストヴェンスキーも撃ってくる。
艦と艦同士が、撃ちあう。

だがスワノフが、炎を上げた。
砲台が吹き飛ぶ。
外を見ていた司令塔にも衝撃が走り、ロジェストヴェンスキーが転ぶ。
激しく炎を上げるバルチック艦隊。

スワノフに静寂が訪れた。
倒れている機材の下から、ロジェストヴェンスキーが這い出てくる。
三笠にいる東郷は、前を見据えたまま、微動だにしない。

ロジェストヴェンスキーが外に出る。
動く者はもう、誰もいない。
いたるところに、遺体がある。
動く者がない。

死の船と化したスワノフ。
よろよろと、上に上がっていくロジェストヴェンスキー。
「オスラビア!」と、叫ぶ声が聞こえる。

その悲痛な声で海上を見たロジェストヴェンスキーが見たものは、沈んでいくオスラビアだった。
黒鉛に包まれ、炎上し、オスラビアは沈んでいく。
信じられない光景に、ロジェストヴェンスキーは目を閉じる。

炎の上がる海の中、手を上げて波に飲まれる水兵。
悲鳴が日本海に響く。
海の中でも、炎は静まらない。
水兵の絶望的な叫びが、手が、天に向かって突き出される。

オスラビアが、彼らの目の前で海に向かって直角になっていく。
日本側も息を呑み、見つめていた。
砲弾の着弾による水柱、砲撃の音。

スワノフでは、ロジェストヴェンスキーが水兵に運ばれていく。
呼ばれた大佐に「指揮権をネボガドフに」と、ロジェストヴェンスキーは囁く。
三笠を見回る真之の目には、負傷した水兵たちが目に入る。
炎を上げ、爆発し、もはやただ燃えるのみのバルチック艦隊。

見つめていた連合艦隊たちも息を呑み、声もなく見守る。
世界最強のバルチック艦隊が火を噴いている。
それはロシアの将軍達にとって、目の前の悪夢。

信じられない光景。
まるで連合艦隊までが、目の前の光景を信じていないかのように。
自分たちが沈んで行くように、真之たちは悲痛な表情を浮かべる。

真之の対バルチック艦隊の戦方は彼の独創で、どの国の戦術所にもない。
細長い日本海を7段に区分し、白昼の主力艦隊による砲撃戦と日没の駆逐艦、水雷低による夜襲を繰り返すことで敵を一隻残らず沈める。
夜襲は50隻を越える駆逐艦、水雷艇の役目であった。
彼らは夜明けまで、一睡もしないであろう。

船室に入った東郷に、「だいぶ、怪我人ができました」との報告がされる。
負傷者が、うめいている。
東郷が「もっとできる…、つもりじゃった」と言う。
そして、真之を見る。

海軍省では、戦況の情報を待っていた。
「連合艦隊からの電報です」。
山本権兵衛の前で、軍令部長の伊東祐亨が電報を読みあげる。

「連合艦隊は本日沖ノ島付近で敵艦隊を邀撃。大いにこれを破り、敵艦少なくも4隻を撃沈し、その他には多大な損害を与えたり。我が艦隊には損害少なし。

駆逐艦、水雷艇隊は日没より襲撃を決行せり」。
勝っている!
だが山本は、「まだ…、まだ…、バルチック艦隊を全滅させたわけではありもはん」と言う。

5月28日。
ネボガドフが「総員対比、攻撃してはならんと言う。
バルチック艦隊には着弾が続き、炎が上がっている。
しかし日本の攻撃は、続く。

真之が言う。
どうも様子がおかしい。
「どうして一発も撃ってこんのじゃ?」

旗が揚がっているように見える。
白旗が揚がっているようには見えるが、降伏信号までは揚がっていない。
「降伏です!ニコライ一世の小塔に、我降伏せりとの万国信号が揚がっています」。
真之が「敵は降伏しております、我が艦隊の発砲を止めましょう、発砲を中止しましょう長官!」と言う。

だが「距離6800 目標ニコライ1世!」との声が響く。
砲弾が打ち込まれる。
真之は「長官!武士の情けであります、発砲をやめてください」と言う。
しかし東郷は、「ほんなこて降伏するのなら、そん船を停止せにゃならん。やんせ、敵はまだ前進しておるじゃなかか!」と言った。

ニコライ一世は、ガタガタに崩れていく。
真之は、イラついた声をあげる。
加藤が「秋山!敵艦隊はまだ前進を続けておるのみならず、その砲門をこちら側に向けている。軽々しく戦闘中止はできんぞ」と言う。

「敵艦に信号を出しましょう。一刻も早く旗艦を停止させましょう」。
東郷が、真之を見つめる。
その時、ニコライ1世が停止した。
他の4隻も停船したようだった。

「ニコライ1世の小塔には降伏信号旗とともに、わが日本国旗が上げられております!」という報告が入る。
「戦闘旗を降ろせ!」
「撃ち方やめい!」
三笠に伝令が響く。

水兵が、顔を見合わせる。
その顔が喜びに輝く。
顔も服も真っ黒にした水兵が、戦闘旗を降ろしていく。

「終わった…。終わったか」。
真之がつぶやく。
東郷が「秋山、ゆけい」と言う。
「はい」。

「中佐、十分、注意してください」と、一緒にネボガドフの元に向かう山本が言う声に真之は「ああ」と答える。
真之は傷つき、呆然とした表情の兵がいる中、艦隊に上がる。
案内されて入った艦内では、負傷者を運ぶ水兵がいた。
ふと、真之は足を止める。

その奥には、ロシア兵がいる。
血だらけの包帯を頭に巻いている者、立ち上がれない者。
負傷者の山。

驚く山本だが、真之はその船室に入っていく。
ロシア兵たちが、真之を見つめる。
部屋の奥、積み重なった遺体の山。
真之は帽子を取り、跪いて祈る。
水滴が絶え間なく、たれている。

東京・根岸の子規の家では、子規の弟子が集まった。
子規の母は、文芸誌「ホトトギス」を渡される。
「人が何と言おうと、淳さんがいる連合艦隊は勝つ」。
「松山にいる頃から、淳さんがいる時はケンカに負けなかった」。

「そうじゃ、そうじゃ!」
真之がいれば勇気やら安心やらと、集まった皆が話す。
「兄さんはケンカ弱かったがのう」と律が言う。

漱石がやってくる。
「表で猫にちょっかい出して、引っかかれた」と漱石が言った。
「我輩には、大和魂が欠けておるからねえ。だから最近は大和魂に会うと、少し道をよけている」。

「夏目さんが言うと、大和魂が目に見えるようじゃね」と子規の母が言った。
すると漱石は言う。
「誰も口にせぬものはないが、誰も見た者はない。誰も聞いたことはあるが、誰も会った者がない。大和魂はどんなものかと聞けば、大和魂さと答える。大和魂はどんなものかと聞いたら、大和魂さと答えて行き過ぎた。五、六間行ってからエヘンという声が聞こえた 」。

すると、「漱石さん…」と律が言う。
「何か…、バカにしているようで不愉快じゃ…。淳さんたちが今、命を賭けて戦こうているのは何の為じゃ。」
漱石は黙る。
そして言う。

「…揶揄したわけではなくて、これは妬みだ」。
「何の妬みぞね」。
「文学士などと言うが、いざとなれば軍人に頼るしか生きていけない。三文の価値すらない。自分の無力が悔しいんです。正岡が生きていれば、同じことを言うでしょう」。

すると律は言う。
「あにさんは…、そうは言わん」。
「はっ?」
「うん、そうは言わんな」という声が飛ぶ。

「言わんじゃろうな」。
それを聞いた漱石は、「ふむ…、そうか。そんな気もするな」と言った。
「私はね、怖いんだ。もし、バルチック艦隊に負けたら日本はロシアの植民地だ」。

「我輩はかつて、文学を捨てて軍人になった秋山真之を軽蔑した。しかし今頼れるのは、その秋山だ。それが悔しいんだ」。
なくなった子規が、机の前に座っているのが見える。
「しかし確かに正岡は悔しがったりしないような気がする、うん」。

漱石はそう言うと律に「謝ります。申し訳ない」と頭を下げる。
子規が庭を見つめている。
いつまでも頭を下げている漱石の前に、律が手で頭をあげろと示す。

「もっと素直に言わんかね。秋山がんばれと言えばいいぞね」。
漱石は頭を上げ、「謝りついでに、今月の『吾輩は猫である』です」と冊子を出した。
そして、根津のお稲荷さんで季子を見たと言った。

ずっと拝んでいたので、声をかけそびれた。
いくらなんでももういないだろうと律たちがお稲荷さんに向かうと、季子はまだ、ひたすら拝んでいた。
祈っていた季子が律の気配に気づき、朝から思い当たるところを訪ね、片端から拝んでいたのだと言った。

律も思わず、一緒になって手を合わせる。
「軍人も、文学者もあるものか」。
「すいません」と漱石が言って、手を合わせる。
子規の母は、「ノボ、読んでください」と渡された冊子を仏壇に上げ、拝んだ。

東郷の使者として艦隊を訪れていた真之は、ネボガドフ提督との話し合いに臨んだ。
「こんな服装で申し訳ない」と、ネボガドフは言った。
バルチック艦隊は一切を連合艦隊に従います、とネボガドフは言う。
そして、「できれば他の船がどうなっているのかお聞かせ願いたい」と言った。

真之は、「残念ですがネボガドフ提督、ロシア艦隊は敗北し、現在少なくとも戦艦、装甲巡洋艦など11隻が沈没しております。沈没した戦艦はスワロフ、アレクサンドル三世、オロジノフ、オスラビア、巡洋艦はウラルです」と言った。
ネボガドフは椅子に座り込む。
真之の声はさらに「それに駆逐艦3席と工作艦カムチャッカや貨物船ルッス、そして…」と続く。

一体これを、勝利と言う規定の曖昧な言葉で表現できるであろうか。
日本側の損害は水雷艇3隻と言う、信じがたいほどの警備さで、無傷と言うに近かった。
これに対し、ロシア艦隊の主力艦のことごとくは撃沈、自沈、捕獲されると言う、当事者たちでさえ信じがたい奇跡が成立したのである。

H.W.ウイルソンと言う英国の海軍研究家は、日露双方の発表によって日本海海戦の事情が明快になった時、「何と偉大な勝利であろう。自分は陸戦においても海戦においても歴史上このような完全な勝利と言うものを見たことがない」と書き、「さらにこの海戦は白人優勢の時代が既に終わったことについて、歴史上のイチ新紀元を画したというべきである。将来は白色人種も黄色人種も、同一の基盤に立たざるを得なくなるだろう」とし、この海戦が世界史を変えたことを指摘している。
真之が戻ると、艦は喜びに満ちていた。

「号外!号外!大勝利!」という声が、町に響く。
季子が号外を手に、家の中に飛び込んでくる。
「大海戦公報 敵艦全滅」という見出しの号外だった。

枠の上には「帝国万歳」と言う文字が赤く載せられている。
歓喜の声が聞こえてくる。
季子は号外を抱きしめるように抱え、泣き始めた。

「お母様!お母様!」と多美が好古の家の中に、走ってくる。
「これ、号外が出て、大勝利!真之さん、大勝利!」
寝ていた母のサダは起き上がり、「淳は、順は生きておるかね」と言うと、多美が「淳さん、ちゃんと生きてます!」と叫ぶ。

「そら良かった」。
「良かった、本当に良かった」。
2人は手を取り合って、泣き始める。


2011.12.27 / Top↑
あ~、3年間見続けた「坂の上の雲」がついに完結。
3年。
3年経ったんだ…と。

いろんなことがあったと、改めて考えてしまう。
自分も。
世の中も。

さて「坂の上の雲」、最終回を前に、他局で東郷平八郎について黒鉄ヒロシさんが語っていました。
前後を見ていないし、「ながら」で聞いていたので、実はよくわかりませんが、先週までを見て、友人と語ったことに似ているなあと思いました。
もちろん、誰もが思ったわけですが、この戦いに負けたら、日本はロシアの植民地だっただろうと。

この時代の指導者は、武士だったこと。
黒鉄さんは、東郷だって武士だったからと言ってました。
明治の時代の人もすごいんだけど、やっぱり武士はすごかった。

そして、日本はとにかく徹底して、バルチック艦隊が来るまで、射撃の訓練をしていた。
ロシアは千発撃って、200発ぐらいしか当てられなかった。
だが日本の命中率は、番組内で語っていた数字によると75~80%ぐらいはあったような。
それが波高しでわかるよう、ロシアの艦隊には不利な条件である上に、訓練が生きたこと、訓練は大切だ、というようなことを語ってました。

しかし、見終わってみて1話のイロコア族の話、白人優位世界の話から、ここまで来てるんですね。
ウイルソンという海軍研究家の、日本海海戦は白人優位の世界史を変えたという指摘。
奇跡の勝利であり、薄氷を踏むような勝利だったことはわかります。

だけど、あまり語られない明治とその時代の日本、日本人。
弱肉強食がむき出しになった時代と、戦争。
それについて、改めて考えるきっかけを与えてくれたドラマでした。
NHKさん、作ってくれてありがとう!と、とりあえずそれだけは、今言いたいです。

それにしても、今週は「ミタ」さんから「妖怪人間」。
この「坂の上の雲」と異様に、近年ない充実したドラマ週間だったな~。
良かった。


2011.12.26 / Top↑
「妖怪人間ベム」が最終回。
後半、強盗犯がベムと夏目・緒方一家がいるコンサート会場に乱入してからは、見せ場が続きましたね。
名前のない男は、ベムたちと同じ、人間になるはずだった。
だが人間になるはずが、ベムたちと分離し、2つの妖怪人間ができた。

人間には悪と善の、2つの面がある。
名前のない男には、人間の悪が。
ベム、ベラ、ベロには、人間の善が。

だから名前のない男の悪を、ベムたちが体内に取り入れれば人間になるという。
名前のない男が仕向けなくても、人間は悪に走る。
そこに隠れて聞いている、夏目がそれを証明してくれたではないか。
言われて夏目は出てくる。

夏目の息子を死なせたのは、自分だ。
憎いでしょう、さあ、私を殺しなさいとステッキを渡す名前のない男。
さきほど、名前のない男は自分にステッキを刺し、緑の血液を全てステッキに吸い取らせれば、自分でも死ねると教えてくれていた。

夏目はついに、床に転がっているステッキを手にする。
ベムたちに緊張が走る。
だが夏目はステッキを名前のない男に手渡し、「僕にはできません」と言う。

名前のない男は、では自分は自分の正義を貫くと言う。
「人間の悪を開放するまで」。
そしてベムたちが自分を必要とし、呼べばすぐに現れると言って消えてしまう。

しかし、名前のない男の悪を体内に取り入れたら一体、どうなるのだろう?
「自分たちは本当に人間になりたいのだろうか」と悩むベムたち。
夏目は「僕は人間になってほしいと思います」と言う。
ベムたちは、自分が守ると言う。

自分たちの家に誘い、楽しい時を過ごす夏目一家とベムたち。
人間になれば、こういう思い出を重ねていけるのだ…。

悩む3人を夏目が、夏目一家と緒方一家が行くコンサートへ誘う。
だがコンサート会場には、警察に追われた強盗グループが乱入。
強盗グループが逃げる途中、彼らの前には名前のない男が現れていた。

コンサートに来た客を人質に取ったグループは、凶暴性を出す。
人質を救う為に変身しそうになるベム。
「いけない!ベムさん!」と気遣う夏目を後ろに、3人は変身。
パニックを起こした犯人たちが乱射する銃から人間を守る為、自分たちが撃たれっぱなしになる。

そして弾丸が尽きた後、強盗犯を退治。
だが1人の強盗犯はまだ意識があり、ベムに向かって銃を撃とうとする。
そこを夏目が阻止。
「守るって言ったでしょう」。

強盗犯が流した涙に、ベロが手をやると、人間の皮膚には戻らない。
つまり、彼らは名前のない男にそそのかされたのではなかった。
研究所で、ベムたちはついに、名前のない男と対決。
「答えは出ましたか」。

「俺たちは人間になりたい、だが、人間にはならない!」とベムは言う。
「お前は、俺たちが止める!」
「いいのですか?私が消滅すれば、あなた方は未来永劫、人間にはなれないのですよ」。

「ああ、それがあたしらなのさ!」とベラが言う。
「おいらたちは妖怪人間なんだもん!」とベロも言う。
「俺たちはそうやって生きる!」

自分たちは妖怪のままでいい。
死なない妖怪でいて、人間を助け続ける。
名前のない男と、ステッキとステッキを激突させ、激しくぶつかり合う。
その激烈さに、空間が歪む。

固唾を呑むベラ、ベロ。
ベムは言う。
「こうするしかないんだ。悲しむ人間を増やさない為に」。
ベムのステッキが、名前のない男に刺さる。

男が悲鳴を上げ、緑の血液がステッキに、床に流れていく。
床に流れた緑の血液は、ランプの火に引火する。
炎が燃え広がっていく。

名前のない男は、「あなたたちの未来を思うと、同情しますよ」と笑う。
「それに引き換え、私は幸せだ」。
苦しみながらも、その表情は安らぎに満ちていた。
「ようやく死ねる…」。

ステッキは男の血液を全て吸い取った。
男の顔の色が、赤から灰色に変わっていく。
安らぎの表情を浮かべ、倒れる男。
夏目が駆けつけた時、研究所は火に包まれていた。

「ベムさん!」
叫ぶ夏目の目には、涙を目に、微笑むベム、ベラ、ベロの姿が映る。
研究所に入ろうとした夏目だが、研究所は炎の中、崩壊する。

炎が全てを焼き尽くして収まった後、夏目が見たものはステッキだった。
3人の姿はない。
夏目は3人がひっそりと暮らしていた船を訪れるが、そこにはベムたちがいた形跡がそのまま残っていた。
ベムの帽子、ベラの髪飾り、ベロのゴーグルを夏目は置いて行く。

夏目一家は息子をなくした傷口は開いているものの、前を向き出した。
緒方は2本のステッキを前に、自分たちが知らないことがまだ世の中にはあるとうなっている。
いなくなったはずの栄太郎が、ベムたちと作った家に戻っていた。
進路に悩んでいた小春もまた、前を向き始めていた。

夏目一家のピアノの前には、ベムたちと撮った写真が飾られている。
小春の「決めたら一途なんだよ」は、ベラに言われていた言葉だ。
夏目は刑事を辞めず、今日も犯人を追っていた。

ふと、犯人を見失う。
探す夏目の背後に、拳銃を構えた犯人がいた。
犯人が発砲する瞬間、何かが夏目を倒して弾丸を避けさせた。
夏目が起き上がった時、犯人は倒されていた。

「ベムさん…?」
答えはない。
夏目が天を仰ぐと、そこには美しい満月。
そういえば、満月を背に、ベム、ベラ、ベロは飛ぶように走っていた。

妖怪人 ベム、ベラ、ベロ。
3人の姿は消えた。
だが、彼ら正義の魂が死ぬはずはない。
きっと、どこかで生きているはずである。



いや、思った以上に良いラストでした。
確か、アニメでは人間を食べて、体を乗っ取る妖怪が出てきた。
それで、ベムたちもそうやれば人間になれることに気がつく。
しかし、ベムたちはそれをやらずに、妖怪を倒す。

だが建物に火がつき、ベムたちも炎に包まれる。
焼け跡には、ベムのステッキ、ベラのムチ、ベロのゴーグルが残っていた。
彼らをその後、見た者は誰もいない…、で終わっていた、はず。
これはアニメのラストの香りをさせつつ、ずっと人間とは?善と悪とは?の疑問に、ベムたちなりの答えを出して終わっていました。

犯人たちを前に、変身しなければいられなかったベム。
とっさに出ようとしたベロを、ベムの顔を見て止めるベラの優しさ。
人間たちに当たらないよう、弾丸を浴び続ける妖怪人間。
呆然としている夏目の妻と娘、緒方一家を背につらそうに去っていく3人。

「お父さん!」と叫んだ夏目の娘の声が、「ベムたちを守ってあげて!」に聞こえました。
ベムたちを呼び止めることはできなくても、最後にベムたちの写真を飾っていたことが、彼らの答えだと思います。
そして、ベラの言葉を自分も言ったことが小春の答えだと。

異形の3人でも、心は異形ではない。
自分たちには、大切な「人」だ。
大切な仲間だと。

だけど、名前のない男には、そういうことはなかった。
私だって人間になりたい。
誰かに、名前を呼ばれたい。
名前のない男の哀しみと、長い長い孤独を感じました。

自分がそそのかさなくても、人は悪に走るということで、自分を取り入れさせる決意を促した名前のない男。
だが、ベムは彼が誘わなくても人間は悪に走る、と悟った。
それならそういう人間から善に留まっている人間を守り、悪に走った人間をも救うことができるのは自分たちだけだ、と悟った。
妖怪でなくなったら、人間を助けられなくなる。

悪に走るのが人間だとしても、悪に誘う名前のない男の存在を許すわけには行かない。
そして、男を殺すことで、ベムは人間になることをやめた。
彼らは人間になることが望みではなく、「人間らしく」生きることを選んだ。
その為に生き続け、人を助け続ける為に妖怪に留まる道を選ぶ。

名前のない男・柄本明さんが、素晴らしかった。
「悪がそんなに醜いですか?人間は悪ではないのですか?」と言う名前のない男。
ベムたちはそれでもただの妖怪にならないと言える強さを持っていたし、長い年月を経たけれど、夏目と言う友人ができた。

しかし、名前のない男は孤独の中を生きてきた。
悪の面だけを見続けた男の哀しみ。
最初にベムに殺し方を教えた時点で、ベムがもしかしたら自分を殺すかもしれないと感じていたはず。
そうしたら自分は、長い孤独に別れを告げて、やっと安らぎを得られる。

だからベムたちの今後を考えたら、かわいそうだと言った。
そしてベムたち3人は、名前のない男へも憎しみではなく、哀れさを感じた。
彼への深い共感の涙。
夏目への別れの涙。

最後にベムたちは消滅していないのでは?と感じさせて終わるのが良かった。
ドラマを貫いたテーマに、答えを出して、希望を出して終わる。
アニメは哀しく終わったので、この希望ある終わり方はこのドラマには良かったです。

亀梨和也さんも、良かった。
「必殺仕事人」の田中聖さんといい、「ラストマネー」といい、KAT-TUN起用は私個人には良い結果になることが多いみたいです。
ベラに杏さんが、あんなにはまるとは思わなかった。
「醜い容貌より、醜い心になる方がよっぽど嫌だ」というセリフが、このドラマのテーマを表していましたね。

鈴木福くんのベロは、最初に人気子役にベロなんて狙いすぎかなと思わないでもなかったですが、良かった。
しかし3人ともカッコイイ、美しい、かわいいで、人間にならなくても十分、大丈夫よとか思いました、ごめんなさい。
ビジュアル面では、アニメのベムには名前のない男が近かったですね。

北村一輝さんの、ちょっと頼りない、しかしベムたちに人間の良さを教えてくれる刑事さんも意外にハマっていた。
彼はベムたちにとって、やっとあえた運命の人…というべきか。
彼らがまた再び会える日は来るのか。

逃げ出した栄太郎を「帰る場所はわかっている」と戻ることを信じていた緒方一家、そして栄太郎は帰ってきた。
それが伏線だとすると、ベムたちは密かにあの町にいると思うんですよね。
自分たちを受け入れてくれたあの町が、彼らの帰る場所。

「妖怪人間ベム」に続編があってもなくても、ドラマは綺麗にまとまって終わってくれたと思います。
次から土曜の夜が寂しくなる。
いや、クリスマスイブにいいものを見せてもらいました!


2011.12.25 / Top↑