こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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真剣を使う

「切腹」という映画は竹光で切腹するシーンが、非常に残酷。
カンヌ映画祭の上映では気分が悪くなる女の人が何人もいたそうですが、あの撮影では、小林監督は真剣を使わせたそうです。
ひゃー!
それができるって、すごい時代。

使うと役者さんたちには、わかる。
本物の刀は、重い。
相手に向かって振り下ろした時は、もう止められない。

竹光でさえも相手に向けて打つ時は、相当怖い。
だけど竹光やジェラルミンの刀なら、撮影で相手に当たりそうな時でも何とかそらすことができる。
でも本当の刀は重い。
一度向けたらもう、そらせない。

「切腹」で仲代さんの相手役の丹波哲郎さんは「俺は頭がおかしい奴じゃないから、頭なんてかすめないよ」と言った。
それでも撮影の時は、怖かった。
見ると、この緊張感が画面に出ているそうです。

「切腹」は、主人公の息子が竹光で切腹させられる。
竹光で切腹させられた息子の仇討ちには、当たり前だが真剣が使われる。
竹光と真剣の対比。

ここで撮影に本物の真剣が使われる。
緊張が画面に溢れる。
対比がより一層、鮮やかになった。

しかし監督もすごいけど、俳優さんもすごい。
緊張感出るからって、やらせれば良いんじゃない。
迫力が出るからってやらせて事故になって、映画がダメになるって十分にありえる話でしょう。

監督の見極めと俳優の技、スタッフの技術。
いろんなことが優れていて、噛み合ってないと無理なことなんですね。
「切腹」はすごい映画だけど、撮影からしてすごい映画だったんですね。


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なめたらいかんぜよ!

仲代さんの著書には、自分が知っている俳優さん、女優さんの話が出てきて、非常におもしろい。
「鬼龍院花子の生涯」は私も好きな映画ですが、そうです、仲代さんは鬼龍院政五郎役でしたね!
養女の松江が、夏目雅子さん。

いやもう、夏目さんは美しかった。
凛々しかった。
仲代さんも夏目さんを、絶賛しています。
あの撮影の時、もう夏目さんは病気だったそうです。

夏目さんは仲代さんに、「私、病気持ちなんです」と言ってきた。
「仲代さんとは、ラブシーンがありますから。驚かれると思いますので、先にお見せしておきます」。
夏目さんはそう言って、ぱっと胸元をはだけ、手術跡を見せた。

この時、仲代さんは夏目さんを、すごい女優だなと思った。
女優なのに、自分の傷跡を見せた。
それも仲代さんがビックリしないようにと仲代さんを気遣って。
心打たれた仲代さんは、夏目さんに精一杯の演技指導をした。

「なめたらいかんぜよ!」
あの言い回しも、教えた。
「こういう時にヤクザはこう振る舞い、こう声を出す」。
仲代さんの演技指導に夏目さんは、一生懸命応えた。

原作者の宮尾登美子さんは自分の小説の映像化に対して、非常に厳しい人だった。
でも「鬼龍院花子の生涯」は、すごく良かったと誉めてくれた。
あの映画は、女優たちがすごく良かったと仲代さんは言います。

女房役の岩下志麻さん。
「仲代さん、ヤクザの女房ってどんな歩き方するんでしょうね」と聞いてきた。
でも仲代さんだって、その世界のことをそこまで良く知っているわけじゃない。

仲代さんは「用心棒」の時の、山田五十鈴さんを考えた。
昔のヤクザの女房っていうのは大概、女郎あがりなんじゃないかと思った。
それを教えると岩下さんは、撮影所に入ってくる時も赤線地帯にいた女性たちみたいな歩き方をして入ってきた。

敵方のヤクザの女房は、夏木マリさんが演じた。
夏木さんも良かったと、仲代さんは言う。
私もあの夏木さんは、すごいと思う。
夏木さんのあの啖呵の切り方には、女優としてやっていく決心が出ていたと仲代さんは言う。

仲代さんはというと、自分が演じる鬼政という男は、愚劣であるがストレートな人間だと思った。
インテリの役は、自分の思いをあまり出せない。
でもこのヤクザは、自分の思うままだ。
思うまま生きている。

だからこの役は思いっきり、感情を出して良い。
子供っぽい男でもある。
荒っぽさと弱さと、両方ある。

無法者。
だから、妻と妾を何人も同じ家に住まわせている。
どっちが嘘をついたか、殴り合って証明してみろ!なんて言って、子供と大人の女性に殴り合いをさせる。

やっていて非常におもしろかったそうです。
それはやっぱり、監督の五社さんがすごかったから。
五社さんの父親って言うのは、テキヤだった。

そのせいか、五社さんのアウトローの描写はすごかった。
世の中からはみ出した、すねた人間を描くことにかけては名人だった。
…いやいや、仲代さんの個性豊かな監督たちの話は、本当に興味深く、おもしろいです。


いったい何~?!

金曜日の帰り、自分が利用している電車が事故で止まりました。
この電車が動かないと帰れない。
しかたがない。

今日の月曜日、自分が利用している電車に接続している電車が、事故で止まってました。
自分が利用する電車にも遅れが出ることは予想されたので、早めに出勤。
やっぱり30分くらい遅れていて、電車は地獄のサウナと化していました。

もう、通勤時間帯に電車止めるとか、テロだろ!と言ってる人も。
まあ、そんな気分にもなりますな。
この混雑と遅れは、人から優しさを奪う。

というか、こんな時くらい、エアコン効かせたら?
倒れる人いると思う、などと、心の中でつぶやいてみる。
さて、やっと到着。

解放されたと思ったら、乗り継ぎの電車が止まっているという情報。
え~。
何なの?と思った。
しかし、電車は動いていた。

良かった~、と思ったのも束の間。
次の駅で、電車が発車しないじゃありませんか。
緊急停止ボタンが押されたそうで、ここで私、先週から何なの?!とムッとしてしまった。

人間できてないから。
月曜日から、もう帰っちゃおうかな!とか思ってしまった。
落ち着け、会社はすぐそこだ。

やっと動いて会社について、も~、会社でブツブツ文句言った。
それで仕事して「今日は早く帰るぞ!」
「急行乗るぞ!」と思った。
思ったんです!

そうしたら、電車出ないの!
またまた緊急停止ボタンなの!
何なの?!

でも電車と天気と開かない踏み切りと交通渋滞には、文句言ってもしょうがないのね。
誰にも文句って言えないのね。
それでみんな、イライラしちゃうの。

しかし先週から何なの?
電車の遅れは、もうこれで終わりにしてください。
急行には、乗れなかった。
くやしー、コロッケが売り切れだわ!


砂塵舞わせろ!用心棒

仲代さんの話を読むと、昔の監督はすごいって言うか、映画の作り方のすごさに驚きます。
黒澤監督の「用心棒」。
舞台となる宿場町には西部劇のように風が吹いていましたが、あの風に舞う砂塵。
あれは砂と、きな粉と、塩だったそうです。

撮影が冬だったので、霜が立たないように塩を入れたらしいんです。
これが、目に入ると痛いこと痛いこと。
目を開けていられないんだそうですが、黒澤監督は「目を開けてろ」と言う。
いや~、難しいことをさらっと、要求しますね。

あの映画の仲代さんは首にマフラーを巻いて、連発銃を持っていました。
それに対して批評家が、ありえないと批判した。
すると黒澤監督は、それは誰が言った?と聞いて、直接話に行ったそうです。

あり得ないと言うけど、幕末で外国と貿易のある港町なら手に入ったんだ。
マフラーだって、卯之助はおしゃれだったから、身につけていてもおかしくない。
監督はそう説明したけど、卯之助の設定の理由は本当は違うんだそうです。

時代劇をやる俳優さんの首って、短いらしいんですね。
猪首。
だから着物や鎧が似合う。

ところが仲代さんは首が長く、細い。
黒澤監督は「首が短いのが良いなあ」と言う。
目を開けろ!には何とか応えられても、これはどうしようもない。
だから長い首を隠すために、仲代さんにあのマフラーをさせたそうです。

でも黒澤監督は、外部の人にはそういうことは言わなかった。
仲代さんの首を隠すために、マフラーさせたとは、言わなかった。
そういう人なんです、と仲代さん。

黒澤監督は映画のテーマについて聞かれても「テーマなんてない。俺は俺の撮りたいものを撮るだけだ」って言っていた。
だけど、テーマはあるんですと仲代さん。
言わないだけ。

監督が言いたいことを見るのではなく、その人の感覚で見て欲しいから。
俳優にも、自分の感覚で演じてもらいたいから。
だから言わない。
テーマ言ってもらうと、俳優としては楽みたいですが。

「用心棒」はというと、「どうしたら街からヤクザがいなくなるだろう」って考えてできた映画なんだそうですね。
「それにはヤクザ同士をケンカさせたらどうだろう?」
「用心棒」は、そんな黒澤監督の考えからできた映画。

黒澤監督は、メチャクチャなことも言うし、やる。
けれど、やっぱり俳優さんやスタッフには尊敬される。
人をがんばらせることをさせられる人だったんだなって、思います。


必殺シリーズで屈指の後味の悪さ救いのなさ「暗闇仕留人」第18話

第18話、「世のためにて候」。


大吉のところで、おきんも大吉も瓦版「よろずひょうばん」を読んでいた。
この瓦版は「世の為、人の為」を掲げ、暴露記事を得意としている。
2人が読んでいたのは、獄門に処せられた極悪人・ましら小僧の父親が、向島の酒屋「灘屋」の息子と暴露した記事だった。

おきんが来る時見たが、みんな、「灘屋」の前で騒いでいた。
灘屋はピッタリ雨戸を閉めて閉じこもっていたと言う。
「よろずひょうばん」の版元の「聖古堂」に、1人の頬かむりをした男がひっそりと訪ねて来た。
男は灘屋の主人で、番頭の弥七を見ると、店を売った金だと百両を渡し、これ以上、記事にしないでくれと頼み込んだ。

だが弥七は冷たく、「こうなる前に、世間様に知られる前に腹をお決めになれば良かったんです」と言う。
「この通りです」と泣きつく主人に、弥七は言う。
「間違いないでくださいよね。当方は看板どおり、世の為、人の為にお尽くししているのです。あなたが詫びなければならないのは、世間様に対してです。私どもは世間の皆様に成り代わって、悪党を生み、育てた親としてお詫びをしろと申し上げただけだ」。

「弥七さん!」と灘屋が声をあげる。
金を差し出す主人に弥七は、「世間様に対する詫びが、それだけで済みますかな?」と言った。
「ではいくら?」と、悲壮な顔つきで主人は聞く。
「さああ」。

弥七は奥に引っ込むと、版元の聖古堂の主人の儀兵衛のところに行った。
灘屋が差し出した百両を出し、灘屋が泣きついてきたが、もう百両出せと言ったことを報告した。
「お前もやっと、この道のコツがつかめてきたようだな」と儀兵衛が言う。
その時、聖古堂の若旦那で、儀兵衛の息子の与之吉が、儀兵衛に金を無心に来た。

「また女か。いくら使えば気が済むんだ」。
「いいから、いいから。あんたの死に水を取るのは、どうせオイラだ。ケチることないだろう」。
「よう、親父。よう」と与之吉は財布を儀兵衛の前に吊り下げる。
口では何と言っても息子がかわいいらしい儀兵衛は、笑いを浮かべて財布に小判を入れた。

その頃、ましら小僧を捕まえた主水の同僚・田口のことが「よろずひょうばん」に載っているのを読んだせんとりつが、「悔しい」と涙を浮かべていた。
情報収集の為、奉行所に弥七は来ており、田口に取材をしていた。
それを見たほかの同心も「よろずひょうばん」に載せてほしい為、弥七を呼び、資料を見せたりしていた。

「ちょっと拝借を」。
「ああ、かまわん」。
それを見ていた主水も弥七を呼び、自分のことも書いてくれと言うが、弥七は気のない声で「承知しました。そのうち必ず」と返事をする。
このままでは家に帰れないと言う主水に、「それはそれはお困りで」「さようでございますねえ」とバカにしたように答える。

同心の山口が戻ってきたので、弥七が何かあったか尋ねる。
山口は「ただの首吊りだ」と答える。
灘屋の主人が、首を吊って死んでいたのだ。

その日、おきんが、のんびりと日向ぼっこをしていた時だった。
貢が現れ、目の前の小間物屋「蔦屋」に入っていくのが見えた。
気づいたおきんが後を追って蔦屋に入ると、貢はかんざしをいろいろと見ていた。

かんざしを手に取っていた貢の背中から、おきんが「よう」と声をかける。
「どこ行ったかと思ったら、こんなとこで何してんだよ」。
だが貢は答えなかった。
大声に主人の政吉が、「いらっしゃいませ」と声をかける。

おきんはあわてて、近くにあった櫛を持って、いくらかと聞くと、「5両でございます」と言われる。
「5両!」
おきんは櫛を髪に差して見ていると、貢はかんざしがほしいと言う。

政吉が相手の年齢を訊ね、おきんが耳を澄ます。
だが貢は「いや」と曖昧に口を濁し、1本手に取る。
かんざしを握ってみるが、たちまち貢はその1本を曲げてしまう。
「お客様!」と政吉が声をあげる。

しかし貢は「蔦屋には丈夫でいい品物が揃っていると聞いてきたんだが、大したことはないな」と動じない。
それを聞いた政吉が「丈夫な品物…。はい、ちょっとお待ちを」と言う。
政吉は奥から別のかんざしを出してきて、「お言葉ですが、これ以上の品物は、他所様ではごらんになれないはずでございます。さ、どうぞ」と言って並べた。
貢はそのずらりと並んだ品物を見つめ、折れたかんざしを放り投げた。

その中の1本に目を止め、「いくらだ?」と聞く。
「2分1朱、頂戴いたします」。
「曲げたのも入れて、か?」
貢の問いに政吉は「手前どもは、お客様のお気に召さない品はお売りいたしておりませんので」と言う。

きっぱりした態度に貢が笑みを浮かべ、かんざしを買い求めた。
その時、女房のおゆきが「お前さん!」と飛んで来る。
客がいるのを見たすぐにおゆきは口を結んだが、政吉は「ありがとうございました」と言って貢を送り出す。
貢が出て行こうとし、おきんが見靴に声をかけようとした時だった。

「よろずひょうばん?」と言うう政吉の声がした。
貢が一瞬、立ち止まったが、出て行く。
おきんも出て行くと、政吉とおゆきは「大丈夫か。おっかさん」と言った。
「まさか、兄さんのことじゃないと思うけど」。

店の奥では蔦屋の先代の女将・おせきが弥七に過去の話をされていた。
おせきは後添いとして、先代の息子・文治郎が3つの時、蔦屋に入った。
そして、今は女将となっているおゆきを生み、政吉を婿養子にして店を継がせた。

「うまくできている」と弥七は言った。
「しかたがなかったんですよ」と、おせきが搾り出すように言う。
本当は先妻の子・文治郎に店を継いでほしかった。

だが、文治郎は極道者になったので、おせきは追い出すしかなかったのだ。
その文治郎が人を殺して、島流しに遭った。
弥七はどうやら奉行所でそれを聞きつけて、やってきたのだ。

「世間様への詫び代、5百両!」と弥七は言う。
「わたくしどもの、どこにそんなお金が!」
「店を売りなさい。5百両にはなります。出しますね?でなければ私どもの『よろずひょうばん』が、黙ってはいませんよ」。

その時、政吉がやってきて「出て行ってください!」と言う。
「何が世間様ですか」。
「いいんですか、世間様に刃向かって」。
弥七は「また来ますからね」と笑って、引き上げて行った。

外では町を歩きながら、おきんが貢を責めていた。
立ち止まった貢は「おきん、お前のところへ泊めてくれぬか」と言う。
「はあ?」と、おきんが目を丸くする。

「すっかり銭がなくなってしまったんでな」。
おきんが「ダメ!絶対ダメ!」と言うと、貢はさっさと行ってしまった。
「ちょっと!三味線!貢って!」

振り向きもしない貢をおきんが大声で呼び止めていると、主水がおきんを路地に引っ張り込む。
おきんが思わず声をあげると、「ばか!人目があるところで、大声出しやがって」と主水が言う。
主水だとわかったおきんが「貢だよ。貢!あんのやろう、女作りやがって」と怒る。

家に戻った主水は、懸命にせんとりつに手柄をアピールしたが、せんとりつのあまりの視線の冷たさ、鋭さに押し黙った。
せんとりつに問いただされ、主水はこの前の「よろずひょうばん」に乗るはずだった手柄を話した。
子供をおろす医師を召し取ったのだが、その医師は20両の罰金を払った後、行方不明になったと言うと、りつは怒った。

そんな医師はいなかったと、せんとりつは言う。
「え?どういうことだ?」
本所にはそんな医者はもうないと言うのを聞いて主水は、「おかしいな。ないとなると言ったら、どこに行ったんだ?確かに20両ぐらいの金で潰れるような店じゃなかった」とつぶやく。

翌日、主水はその医師の小西屋を探し、荒んだ町の一角で、小西屋をついに見つける。
「あのう、何か」と小西屋は怯えたように主水を見る。
「何かじゃねえやな。どうしたんだ、一体」。

すると小西屋は主水に「どうか、これを」と言って、財布を逆さにし、主水の手の上に小銭を出した。
「こんだけしかないんです。ですからもう、ご勘弁を。これ以上、いじめないでくださいよ」。
「いじめるって、俺がいつ」。
「お帰りください」と言って、小西屋は逃げるようにあばら家へ駆け込んだ。

その頃、蔦屋のおゆきは、牢に入った兄の文治郎に、政吉と共に会いに行った。
牢内から文治郎は、蔦屋は父親が必死になって築いた店だと言う。
自分が継いでいれば、とっくの昔に潰していただろう。

「おゆき、おめえ、いい亭主持ったな」と文治郎は心からの言葉を口にした。
その言葉におゆきは泣き崩れる。
「義兄さん!」と、政吉も声をかける。

牢からの帰り、夜道で「犯した罪には、必ず報いがあるんだ」と言う声がして、弥七が出てくる。
「遠島とは、お気の毒なことだ」。
「うるさい!」と政吉が怒る。
「気の荒い婿養子さんだ。これじゃせっかくの店を潰しても、不思議じゃあない」と弥七が嘲笑う。

弥七は、親子水入らずで暮らしたいなら、世間様へのお詫びに5百両出せと言った。
「こんなところで、あつかましい!訴えてやる!」と言うおゆきだが、弥七は「江戸の人気者『よろずひょうばん』をよ、人殺しの身内が訴えて。ええ?世間様はどっちの言い分を信用するかな?」と言った。
声に笑いが混ざる。
「およしなさい、無駄なことだ。それよりも長いものには巻かれろ。素直にこっちの申し出を聞いた方が利口だ」。

その夜、聖古堂の主人の儀兵衛と弥七が歩いていると、数人のヤクザ者がやってくる。
恐縮し、丁寧な態度を取る儀兵衛の名前を確かめると、ヤクザたちが囲む。
人気のない川のほとりに連れて行くと、ヤクザは「蔦屋から手を引け」と脅した。

「なるほど。あの婿養子に頼まれましたな」。
儀兵衛の口調が変わった。
「手を引くのか、引かないのか」と聞かれ、儀兵衛は笑い出した。

「これは弱りましたな。手を引かぬと言えば、この場で痛い目に遇うだろうし、手を引けば世間様に申し訳がたたん。番頭さん、どうしたもんでしょうかねえ?」
「旦那様のお心どおりになさいませ」と弥七は言った。
「わかりました。命あっての物種。手を引きましょう」と儀兵衛が言った。

ヤクザ者が引き上げると、儀兵衛は平坦な声で「弥七」と言った。
「はい。わかっております」。
弥七はうなづいた。

政吉は飲み屋でヤクザたちに金を渡し、酒を振る舞った。
その後は、吉原に案内すると言う。
聖古堂を振り切ったと思った政吉がホッとした時、2階から突然、男が降りてくる。
男は聖古堂の用心棒の道玄で、道玄はヤクザたちを殴ると、1人の肩をはずしてしまった。

親分が立ち上がると道玄はにらみをきかせ、襲い掛かってきたヤクザたちを次々叩きのめす。
さらに匕首を持った親分の骨を外し、わめいている親分の元に政吉を連れて行く。
怯えた政吉を殴り飛ばすと、今度は弥七が出て来て「嘗めた真似しやがって。バカヤロウが」と政吉の顔を踏みつける。

その翌日、「よろずひょうばん」が出た。
おきんが買ってきて、大吉に「今度はちょっとおもしろいよ」と声をかける。
だが大吉はおらず、奥に貢がいた。

おきんは「よろずひょうばん」を読んだ。
そこには、蔦屋の跡取り息子が継母にいびり出され、身代を乗っ取られた話が載っていた。
跡取り息子は追い出された後、グレてついに人まで殺してしまった。
おきんは「跡取り息子がかわいそうでならない、跡取り息子の気持ちがよくわかる」と言う。

そこに主水がやってきて、貢を見ると「貢!久しぶりだな!何してんだ?」と言う。
主水におきんは、蔦屋の様子を聞く。
だが貢は関心を向けず、かんざしを研ぎ、先を確かめる。

主水がえらい騒ぎになっていると言うと、おきんはざまあみろと言って、貢に見に行かないか聞く。
貢が断ると、主水を誘うが、主水は貢と話があると言う。
「何だよ。ああいうのはさ、みんなで行かないとつまんないんだよ!」と言うが、貢の反応のなさに1人で出かけて行った。
主水は戸を閉めると、貢になぜ行かないのかと聞いた。

「別に」。
しかし怖ろしい。紙切れ一枚で、あっという間に店が潰れてしまうのだから。
すると、貢が聞く。

「蔦屋の話ってのは、本当なのかい?」
「あ?」
「継母が跡取り、いびり出したってのは?」

「ああ、『よろずひょうばん』が言ってることだ。間違いはねえだろう」。
「確かめたのか」。
「いや別に確かめたわけじゃねえけどな」と主水は言うと、「『よろずひょうばん』についちゃ、ちょいと引っかかるところがあるんだ。おかしな噂もねえことはねえしな」。

主水は貢が研いだかんざしを見て、「何だそりゃ」とのぞいた。
貢はかんざしをかざして見ながら、主水に「話があったんじゃないのかい?」と聞く。
かんざしを握り、その具合を確かめる貢を見て、主水は妙な面差しになる。

「うん、いや、もういいんだ。あやさんが、ああなっちまったからなあ。おめえも裏の稼業の方の、気が変わったんじゃねえかと思ってな」。
「変わらんさ。変わるわけないだろう」。
貢は、かんざしだけを見ていた。

蔦屋では、表に人が集まり、閉め切った雨戸にはよろずひょうばんを張られ、看板は持ち出されて割られ、石を投げられていた。
おきんに誘われて行った大吉は「自業自得ってやつだな」と言う。
「悪いこたあ、できないんだよ」と言うと、おきんは自分も石を探し始める。

蔦屋ではおせきが病の床に伏しながら、「文治郎がぐれたのは自分のせいだ、世間様にお詫びしなきゃ」と這い出していた。
「起き上がってはいけない」と、政吉が医者を呼びに外に出た。
政吉が外に出ると、群集が「こいつが婿養子だ」と叫んだ。

群集は政吉を取り囲んだ。
やっとのことで医者にたどり着いた政吉だが、医者は政吉を追い出した。
傷だらけで戻った政吉におゆきは「どうしたのよ。お前さん。黙ってたらわかんないじゃない。どうしてお医者様連れてこなかったの?だったら薬はあるんでしょ?薬出してちょうだい」と言った。

政吉はおせきに向かって頭を下げ「おっかさん、すいません。私が至らないばっかりに」と言った。
そしておせきの顔を見て、悲鳴をあげた。
おせきは目を見開き、死んでいた。

政吉もおせきも、号泣した。
蔦屋は閉店した。
少し経った頃、町外れに一軒の粗末な立ち食い飲み屋ができた。

大吉はそこの煮物が上手いと言って、食べていた。
そこに貢が来て、「おゆきさん、いつものやつね」と言って、小さな椅子に座る。
貢がなじみらしいと気づいた大吉は、「おめえも目、つけやがったなあ」と言うが、貢は黙って漬物をつまむ。

この店は今夜が初めてで出遅れたが、これからが勝負だと言う大吉に、貢は「ばか。あの人は亭主持ちだよ」と言った。
「どんな野郎だよ、そのにくったらしい亭主ってのは!」
酒を持って来たおゆきは貢に、「糸井さん。いつもごひいきにありがとうございます」と言う。
すると貢が「この人が、あんたの亭主、見たいんだってさ」と言う。

おゆきは「あらあ」と言うが、大吉はわけを訊ねられて、仲のよい夫婦を見たいとごまかした。
「どうせ店も終わりなんだから、政さん呼んでくれないか」と貢が言うと、おゆきは呼びに行く。
大吉は亭主の顔など別に見たくないと言うが、おゆきに連れられて政吉がやってくる。

「やあ、政さん。どうだ一杯」と貢が陽気に語りかけると、政吉はこちらに背中を向け、腰を折って「はい、どうも」と卑屈に返事をした。
消え入りそうな声で「いつも…、ごひいきに」と消え入りそうな声で言う。
「あのう、私は、お酒のほうはどうも…」。

縮こまる政吉におゆきが「お客様がああおっしゃってるんだから」と言うが、政吉は小さくなってブツブツ言っていた。
大吉が「いいじゃねえか!一杯ぐらい」と大声を出し、貢が眉をひそめたが、大吉は政吉を連れてくる。
だが、政吉は顔を上げない。
「おい。おめえ、何でそんな、びくついてんだ?ほら、やんなよ!」

大吉は酒を注いだが、政吉は大吉の顔を見るやいなや、酒をこぼしながら急いであおると、さっさと奥に引っ込んでしまった。
貢は渋い顔をしながら、酒を飲んだ。
「ありゃあ…、ほんとにおめえさんのご亭主か?」と大吉が驚く。

台所の隅に座り込んだ政吉におゆきが、「お前さん。どうしたのさ。いい加減、元気を出してくれなくっちゃ」と言う。
「蔦屋が潰れたのは、お前さんのせいじゃない。そうでしょう、お前さん!」
すると政吉は台に突っ伏しながら、「俺のせいだ。俺のせいだ。俺が潰した。俺がぁあ」と言って泣き始めた。

政吉の耳に、瓦版を売る鈴の音が聞こえてくる。
「あああ、俺が潰した。俺のせいだ、俺のせいだぁあ」。
政吉は台に叩きつけんばかりに頭を上下させ、喚き始めた。
おゆきは、たまらなくなり、泣きながら政吉を抑えた。

外に出た大吉が「何だあの、ふやけ亭主は」と文句を言う。
「女ってのは、わからねえもんだなあ」。
貢は腕を組みながら、「お前、気づかなかったのか。あの夫婦な、ほんの三月前まで、蔦屋って小間物屋やってたんだ」と言う。

「蔦屋?蔦屋ってのはおめえ、あれじゃねえか」。
「そうだよ」。
「そうか!あの2人か!」

大吉が戻ろうとするのを「おい!」と貢が止める。
「そっとしておいてやれよ!」
「だっておめえ、あいつら…」。

「どんな夫婦だったんだい?!」。
「どんな、って…。確かに女房は、ありゃあいい女だった。それは間違いねえや。おっかあだって、同じこと言うに決まってらぁ。だけどな、なんだい、あの亭主野郎は」。
「変わっちまったんだよ。『よろずひょうばん』に書き立てられてからな」。
「よろずひょうばん?ああ、瓦版か」。

「しっかりした、いい男だったんだがな、それまでは」。
「おめえ、何が言いたい?」
「そっとしておいてやれば、それでいいんだ!」
貢は怒ったように言うと、歩いていく。

おゆきの飯屋は、繁盛し始めた。
客が一杯になり、おゆきはかいがいしく動いていた。
その時、「蔦屋さんじゃねえか」と言う声がして、聖古堂の与之吉が立っていた。

おゆきが凍りついたように、与之吉を見る。
「やっぱりそうだ。ほら、『よろずひょうばん』で書きたてられた、蔦屋さんですよ」。
すると、客が立ち上がって、「へえ、蔦屋?!」と言い始める。

おゆきが奥で小さくなっている政吉に「お前さん、どうしよう。もう、ここに住めないよ」と言う。
政吉の耳に、瓦版を売る鈴の音が響く。
ぶつぶつと政吉が、「すまない。ほんとにすまない」と言い出す。

「お前さん、逃げましょう!」と、おゆきが言う。
「無理だよ。ダメだよ」。
政吉は一点を虚ろに見つめたまま、言う。

大吉の家で、主水はおきんに「おめえ、その『よろずひょうばん』の言ってることが、嘘だったとしたらどうする?」と言った。
おきんは笑いながら「まさか!」と言い、主水が自分の名前を出してもらえないもんだから、いちゃもんつけてるんだろうと言った。
「なぁんだい、男の癖にケツの穴ちっちぇねえ。第一ねえ、この『よろずひょうばん』は世の為、人の為って、ここ見ろ、ほらあ!」
主水は「ばか野郎、俺の名前が出なかったのにはわけがあったんだ」と言った。

「そこのところを調べていて、段々とわかってきたんじゃねえか」。
奥では貢が、茶漬けを食べている。
「おきんよ、ひょっとしたら俺たちはこの『よろずひょうばん』に、どえらい片棒を担がされていたかも知れねえんだ」と大吉が暗い顔をして言った。
貢は淡々と茶を注ぎ、茶漬けを食べている。

その頃、おゆきは出会い茶屋に呼び出されていた。
政吉が倒れたので保護したということで、飛んで来たのだ。
「お前さん、大丈夫かい!」と布団をすっぽりかぶっている男に向かって、おゆきは駆け寄った。

だがそれは政吉ではなく、与之吉だった。
おゆきは政吉が倒れたという知らせがあったので、やってきたのだ。
与之吉に抱きつかれ、おゆきは悲鳴をあげた。

やがて、与之吉が去って行き、ふすまの向こうに政吉がやってきて座った。
おゆきが起き上がる。
政吉はうつむいて、震えていた。

「おゆき」。
政吉が部屋に入って行こうとするが、おゆきは「お前さん!来ないで!」と必死にふすまを閉めようとする。
「大丈夫だ。大丈夫だよ、もう追ってこないよ。請け負ってくれたんだよ。もう係わり合いはないんだよ、おゆき。これからはね、そっとしておいてくれるよ。ちゃんと約束したんだよ」。

政吉がふすまに向かって喋ると、おゆきが絶叫した。
そして静かになった。
政吉は下を向き、手ぬぐいを握り締めて泣いていた。

ふと、ふすまを開けて、部屋の中を見ると、おゆきは目を見開き、舌を噛んで自害していた。
「おゆき!…許してくれえ」。
目を見開いて死んでいるおゆきに頬ずりして、政吉は泣いた。

案内され、政吉とおゆきがいた部屋に、主水が岡っ引きと入ってくる。
政吉はおゆきの後を追っていた。
鈴の音が響く。

大吉の家で、主水からこの話を聞いて、貢は無言だった。
おきんは目を伏せた。
大吉も黙っていた。
主水も、無言で火鉢の前に座っていた。

おきんが立ち上がり、髪に手をやって櫛を取る。
丁寧に磨き、「これ…。仕留め料だよ。あたい…、前に蔦屋さんからあずかったんだ」と言う。
それは、蔦屋で万引きした、5両と言われた櫛だった。

貢の声が響く。
「どこにでもいる、仲の良い夫婦だった」。
おきんが涙ぐみながら櫛を見つめ、「やるね?やらなきゃ」と言った。

その夜、聖古堂では儀兵衛が弥七から、新しい「天罰てきめん」と書かれた瓦版を見せられて、「よくここまで追い詰めたな」と言っていた。
与之吉が「これも世の為、人の為。おぜぜの為」と言う。
儀兵衛は弥七に瓦版を渡す。

弥七は作業場に行くと、職人に「200枚」と言って刷るのを急がせた。
刷られて干してある瓦版に、移動する大吉の影が映る。
瓦版がたたんで、床に並べられていく。
弥七は満足そうだった。

吊るされている瓦版の後ろで、胡桃を砕く音がする。
弥七が吊るされている瓦版の1枚を取り、眺めている。
すると、瓦版の間から、大吉の手が伸びて、弥七の口を塞ぐ。

背後から大吉は、弥七の心臓をつかむ。
弥七は立ったまま、絶命する。
やがて、がたっという音がして、弥七が倒れる。
職人たちが「うわっ」と声をあげ、墨がこぼれて瓦版を黒く染めていく。

儀兵衛の後ろで、与之吉が財布に金を詰めている。
「また、女か」。
儀兵衛はそう言うが、止めない。
与之吉はご機嫌で歌を歌いながら、道玄に自分を背負わせて庭から外に出ようとした。

2人が通り過ぎた庭に、主水が出てくる。
与之吉と与之吉を背負った道玄が、振り返る。
主水が鯉口をカチン、と鳴らして、刀を抜く。
与之吉と道玄が立ち止まり、与之吉が道玄の背中から下りる。

不思議そうに顔を見合わせた与之吉に向かって、主水が刀を横に払う。
「うっ」と与之吉がうめくと、小判が音を立てて庭に落ちた。
小判の音に、儀兵衛が気づくが、何ごともなかったように前を向く。
儀兵衛の部屋の、開いたふすまの間から貢が見える。

庭では主水が、道玄を相手にしていた。
主水の刀を押さえている道玄に向かって、主水は小刀を抜き、刺した。
与之吉は逃げようとして、走り出す。

だが表に控えていた大吉に捕まり、主水の方へ突き飛ばされる。
主水は抜いた小刀で、突き飛ばされた与之吉を斬る。
与之吉が倒れ、手を伸ばす。

貢に気づいた儀兵衛は「何の真似だ!」と言った。
かんざしを儀兵衛に向けると、首筋を刺す。
儀兵衛はわずかに声をあげ、倒れた。

倒れた儀兵衛から、貢はかんざしを抜く。
儀兵衛の首筋には2つ、小さな血のにじんだ穴が開いていた。
貢はそれを見つめると、出て行く。

その帰り、貢と主水と大吉は橋の上から暗い川を見下ろしていた。
大吉が去っていく。
反対方向に主水も去る。
貢はまだ、川を見つめていた。



これは、ものすごく後味も悪くて、救いもない話。
曖昧な情報で、世間からはじかれ、さらに暴徒と化した集団からヒステリーのような暴力にさらされる、罪のない人。
あるマンガのヒロインと弟を襲う悲劇に通じる、不愉快さがあります。
そして、情報操作の怖ろしさも感じます。

「前回から行方不明になっている貢が、突如、現れる小間物屋。
貢はおきんを見ても、心が平坦なまま。
しかし、貢はたった一つのことに夢中になっている。

それはかんざし。
前回、あやさんのかんざしで仇を討ったからか、かんざしに執着しているように見える。
小間物屋に来て、いきなり商売ものを曲げちゃうっていうのもどうかと思う。
今までの貢だったら、絶対やらないと思う。

おきんがかんざしを買った貢に勘違いして怒る。
「あんたってひどい男だね!自分のかみさんがなくなって間もないってのに、もう女できちゃって!デレデレ、デレデレ。なんだい、えらそうな顔していい男ぶって!あやさんが、かわいそうだと思わないのかよ!」
しかし、貢は聞いていない。

さらにおきんに「お金が尽きたから泊めて」って、秀才の優等生だった貢とは思えないことを口にする。
別におきんに関心があるわけではなく、本当にただそうだからという口調が、貢の抱えた空洞を感じさせる。
本当にカラッポ。
もう何も貢を喜ばせたり、関心を持たせたりできないように見える。

だけど貢の突然の「泊めてくれ」におきんは驚き、「ダメ!絶対ダメ!」と言い、見たこともないのに貢にもう、女がいる前提で「へちゃむくれの年増に頼みゃいいじゃない」と言う。
さらにおきんは、主水に貢に女がもうできたと言って怒る。
「女?」と主水が聞くと、見てもいないのに、おきんが言う。
「ああ、ひっどいブスだよ、それも!」

そこまで言うと突然、おきんは主水に向かって手を出し、「八丁堀、銭」と言う。
何でも自分の名前が「よろずひょうばん」に載っているから買え買えと言われて買ったのに、出ていないから瓦版代の5文返せと言うのだ。
さすがに主水じゃなくてもそう思うけど、主水は「お前の話はどうしてそう、コロコロ変わるんだ」と嘆く。

「何だって、貢に女ができたって?」と主水は、そっちの話を聞きたがる。
だけどおきんは「5文だよ5文、貢は貢、5文は5文じゃないか、返して早く!」と言う。
主水は5文返しながら、おきんの耳に向かって「うるせえ!」と怒鳴る。
おきんのがめつさ、ちゃっかりさ、でも愛らしさ。

その貢は、偏執的にかんざしを磨く。
しかも、大吉の家で。
大吉があやがいると、こんな長屋でもこんなに小奇麗なのかと言った家を出て、貢は大吉の家にいる。
むしろ、今は大吉のほうが、生活が安定しているようにさえ見える。

そこに、「よろずひょうばん」を持って、おきんがやってくる。
貢に気づくと、「なんだ、貢。何やってんの?どしたの、かんざしなんか研いで」と言う。
しかし貢は返事もせず、かんざしを研いでいる。
さすがにその様子におきんも「あのさ、あたいね、この前からおかしいなと思ってるの」と言って、貢に近寄る。

そしてついに、「ねえ、あんた、かみさんが死んじゃってからさ、だいじょぶ?」と、おきんは自分の頭を指差す。
「…おつむ」。
すると貢は笑いを含んだ声で、「ああ、大丈夫だよ」と答える。
それ以上、言いようがなくて、おきんは「あ、そう。お大事にね」と言う。

そしてあの、かんざしを売った養子は、虫も殺さぬ顔をして、ひどい婿養子だと言って「養子ってのは、ロクなのいないよな」と言う。
でも貢は何も答えず、かんざしを研ぎ続ける。
「あ、あんたも婿養子さんだったね」と、おきんが気づいて言う。
「あんたは、いい婿養子さんさ」って。

しかし、「蔦屋の話ってのは、本当なのかい?」と貢ぐだけが疑問を持つ。
ちょっと主水も「よろずひょうばん」に疑問は持っている。
まったく相手にされていなかった主水だからこそ、「よろずひょうばん」の正体が見抜けたのかもしれない。

昼行灯だから、ひとつ、はずれた視点からものを見られる。
ここでは貢と主水が思慮深く、大吉とおきん、特におきんが一緒になって騒ぐ。
でも貢はかんざしだけを見ながら、主水に「話があったんじゃないのかい?」と聞く。

主水はあやさんが死んで、貢の裏の稼業を続ける気がなくなったんじゃないかと言うと、貢「変わらんさ。変わるわけないだろう」。
そして、かんざしだけを見てる。
いや、おきんも主水も思っただろうけど、やっぱりおかしい。
おかしいよ。

何にも心を動かされないと思えた貢だけど、同じように心に傷を負った人には敏感だった。
政吉夫婦の飯屋に行った時、努めて明るく振舞い、政吉にも声をかける。
政吉はあの時のお客さんだと気づいているのか、いないのか。

貢が行った小間物屋の主人の政吉は、とってもきりっとしていて、しっかり者だった。
お代はいただけません、とか、奥から丈夫なかんざしを出してくるところで、この仕事にプライドと信念を持ってやっているのが感じられた。
その若旦那の、完全に精神をやられてしまった様子がショッキング。

全てに自信がなく、小さくなって暮らしている。
人と顔を合わせることもできない。
完全に、人も何もかも怖い。

群集に取り囲まれて乱暴され、医者にも追い出されたんだから、無理もない。
しかも義母が死んだ時の表情が、虚ろな目を見開いて、生きているかと思ったらそのまま死んでいる。
成仏できなさそうな表情が、これまたショッキング。
自分のせいだと思ったら…。

じゃあ、どうすればよかったのか。
ヤクザに頼んだのはまずかったけど、どうにもできなかったと思う。
しかし、おゆきは頑張って飯屋を営んでいる。
本当に町外れで、小さな。

だけど、それなりに繁盛し始める。
この夫婦の堅実さと、誠実さがうかがえる。
それが、もう放っておいてもらうことを条件に、おゆきを差し出すまでに追い詰められる。

おきんの騙されぶりが愚かに思えるけど、悪でもない、善意の人たちが扇動されてるのが、怖い。
石がないかなんて、やりすぎだとは思うけど。
真実を知ったおきんは、櫛を差し出す…。
って、あれ、くすねてたんですか!

真実を知った仕留人たちは、重く押し黙る。
とても救ってやれない。
心が痛む。
自分たちにできることは、恨みを晴らしてやるだけ。

だけど、聖古堂を殺しても、蔦屋や、破滅させられた人たちが帰って来るわけじゃない。
何ともやりきれない思いで、仕留人たちも仕留めた後、黙っている。
「もういじめないでくださいよう~」という、同じく逃げた小西屋の声。
そして、政吉の怯えきった姿。

人があんなになるのって、見たくないと思う。
あんな風に人を追い詰めるのって、やってはいけないことだと思ってしまう。
だけど、ああいう形だとそれに加担したという罪の意識が薄いのも、怖いと思う。
現代にも通じる怖さで、人間っていうのは、なかなか変わらないのかもしれないとまで思ってしまう。

仕留めは、貢の顔が、灯りに照らされて浮かび上がる。
かんざしを手にする。
顔の前まで持ってくる。

かんざしをかざす音が、シャキン!と言う。
貢のかんざしの輪が、儀兵衛を捕えている。
ずっと磨いていたかんざし。
蔦屋で買い求めた、恨みのかんざし。

恨みを晴らしたのとは別に、貢は自分の磨いたかんざしの威力をじっと見つめる。
やっぱり変わった。
何かが変わった。
貢の明らかな変化。

仕留めを終えた3人が、暗い川面を見つめている。
誰も何も話さない。
大吉と主水が、やがて別々の方向に散っていく。

貢は1人、川面を見つめている。
誰も何も、話したくない。
そんな気持ち、わかる…。
救いのない、トラウマになりそうな話。


殺さなければ… 「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」

前に書いた通り、仲代達矢さんが自分の半生を振り返った著書「仲代達矢が語る日本映画黄金時代」を読んでいます。
この前、「時代劇はなぜ滅びるのか」の著者と同じ、春日太一さんが聞き手です。
時代的にそういう人は多いのかもしれませんが、仲代さんの幼少期も壮絶です。

やはり、この壮絶な人生は演技に反映すると思いました。
仲代の目が必要だ。
あの、狂気がほとばしる目が必要だ。
監督が必要と考えた目を作った、仲代さんの半生。

仲代さんは、昭和7年生まれ。
少し上の世代は、戦争に行ってしまったから男の人の数が少ない。
ちょっと上の世代の男優さんも、少ないんだそう。
だから年上で先輩の女優さんの相手役も、多かった。

昭和16年、太平洋戦争が始まるんですが、その年に仲代さんはバスの運転手をしていた父親を亡くしています。
すぐに社宅を追い出され、喘息持ちの母親と姉、仲代さん、幼い妹弟は路頭に迷います。
母親が洋裁店の下働き、姉が有名な布団屋に勤めることで何とか生計を立てましたが、すぐに行き詰ります。

そこで青山の弁護士事務所の下働き兼、住み込みの留守番の仕事を見つけて、一家は青山に移り住みます。
仲代さんも青山の小学校に転入するんですが、そこはいいとこのお屋敷のご子息ご令嬢が通っていたんですね。
青山に住んでいれば誰だって通う学校なんですが、学校の教師に「あなたたちが通う学校じゃないんですけど」なんて言われる。

この経験も元になっているのか。
仲代さんの、教師への不信感は強い。
戦後の食うや食わずの時、仲代さんは用務員のバイトをした。

お昼に仲代さんは、教師たちのためにたくさんのコロッケを買って来る。
教師たちが、それを分ける。
ガリガリの仲代さんが学校にも行けずにバイトをし、それでもちゃんと食えてないことは、教師たちにはもちろん、わかる。

でも誰も、誰一人、そのたくさんのコロッケのひとつもくれようとしない。
1個あげるよ、も、食べて良いよ、もない。
その教師たちは「人が平等に暮らせる社会を作る!」「人間はみんな平等!」「人はみな、同じ!」と演説する。

仲代さんは、思ったそうです。
何が共産主義だ!
何が平等だ!
信用しないぞ!と。

食べ物の話ですから、本能が働きますよね。
理屈じゃない。
これは嫌いになると思います。

さて、仲代さんが5年生の時、戦争が激化して、疎開となります。
しかしいいとこの坊ちゃんたちは、家からあんまり遠くに行けない。
親御さんが会えなくなりますから。

それで仙川が疎開先になるんですが、ここの隣に軍需工場があったんですね。
だから疎開しているのに、グラマン戦闘機が機銃掃射に来る。
逃げ惑ったそうです。
お墓の隅に隠れたり。

仲代さんも飢えて、子供たちみんな飢えて。
こういう時代を知っているから、仲代さんは現代の日本が不景気だ、食えないなんていうのが信じられないとおっしゃる。
ちょっとお高い焼肉店に行って、自分でもちょっと贅沢だなって思っていると、そこに家族連れが来る。

それで子供と一緒に、食べている。
寿司屋行くと、トロなんて食べている人がいる。
自分の知っている「食べていけない日本」は、こんなもんじゃなかった。
米一粒が手に入らない。

死ぬかもしれなかった。
時代の違いかもしれないけど、仲代さんの知っている「食っていけない日本」っていうのは、ほとんどの人がそんな状態だった。
仲代さんが見た人たちは、金持ちなのかもしれないけど、それでも日本人はそういうの食べられているじゃないかと思ってしまうんだそうです。

仲代さんは空襲があって、黒焦げの死体の中、学校に行ったこともある。
空襲の時、女の子の手を引っ張って、逃げたことがある。
必死に逃げて、逃げて。

何とか、逃げおおせたと思った。
そして、握っていた手を見た。
女の子は、腕だけしかなかった。
自分は腕だけを持って、逃げていたんだ。

相手はグラマン戦闘機やB29だけど、自分を殺しに来ていると思った。
こいつ、グラマンやB29を殺さなければ、自分は生き延びられない。
殺さなければ、自分は生き残ることができない。
そういう時代だった。

斬りあいや決闘などのシーンをやる時、こういう「生死紙一重」の経験が大きく影響していると思うそうです。
殺すんだ。
そうしなければ、自分は明日、朝を迎えられない。

ガキの頃に植えつけられた「今日も何とか生きられた」という思い。
でも「明日はどうなるか、わからない」。
「明日の夜も、生きていたい」と願う気持ち。

やっぱり、こういう経験は根底にあるんでしょうと仲代さん。
三船さんの戦争時の話も、すごいんですよ。
こういう経験をしている人が、サムライを演じる。
だから、その迫力といったらない。

では、そんな経験がない人の演技はダメか。
別の本ですが、平泉成さんが「いや、今の人も演技うまいですよ」とおっしゃってる。
逆に、平和で自由で豊かな時代に生まれた人じゃないとできない演技があるというようなお話をしています。

しかし、仲代さんは斬り合いや対決のシーンの時、この思いが甦る。
だから、迫力が出るわけなんですね。
その鬼気迫る目を、監督たちは欲しがったわけです。

ちょっと違う話になりますが、滝田栄さんが大河で徳川家康を演じる時。
滝田さんは家康の平和を願い、戦国の世を終わらせたかった気持ちと、容赦なく相手を滅ぼす行為の間で、演技に悩んだ。
だから家康の境遇に似たところに、自分を置いてみようと思った。

そしてわかった。
今の自分よりはるかに年少の子供が、これよりつらい境遇に置かれていたのだ。
子供がこんな境遇に置かれる時代は、終わらせなければ。
戦国の世を、終わらせなければ。

そのためには、時には鬼とならなければ守れないことがあろう。
やれないことがあろう。
平和を守るために、やらなくてはならない戦がある。

家康は、そう思ったに違いない。
滝田さんに家康の気持ちが、滝田さんなりにわかった。
つかめた。
自分の家康ができた。

やはり、経験が役を作るってことはあるんですね。
しかし狂気の目を持つと言われた仲代さんは、狂気どころかボーッとした性格とか。
そうところがまた、俳優さんのおもしろいところであります。


裏切りごめん! 「隠し砦の三悪人」

戦国時代。
秋月、山名、早川の三つの国があった。
だが秋月は、山名との戦に敗れた。

百姓であったが、戦に参加し、一旗挙げようと考えていた太平と又七はヘトヘトになっていた。
そこに秋月の雪姫を捕らえた者、居場所を伝えた者に黄金10枚の褒美がもらえるとの話が伝わってくる。
また、秋月の隠した黄金2百貫の噂も入ってくる。

2人は山名の侍たちに捕らえられ、人足にされる。
山名の侍たちは、お前たちは人間じゃないと言い放った。
その扱いに耐え切れなくなった百姓たちは、脱走を企てる。
幾重もの列で銃を発射され、多くの百姓が倒れたが、2人は逃げおおせる。

逃げた2人は米泥棒をして、飢えをしのいでいた。
鍋で米を炊いていた時、薪にした木から黄金が出て来る。
もしや、秋月の隠し金では。
薪を拾った場所に向かった2人を、1人の屈強な男がつけてくる。

男は、自分は真壁六郎太だと名乗った。。
だが真壁六郎太と言えば、秋月の侍大将だ。
こんな山賊のような男であるはずがない。

そう言って笑った2人の前に、美しい娘が現れる。
娘の美しさと威厳に、2人はこれはもしや、秋月の雪姫ではと思う。
しかし六郎太はあれは自分のものだから、手を出したら殺すと言った。

それに秋月の雪姫は、すでに捕らえられて処刑されているはず。
雪姫を捕らえ、報奨金を手にしたのは自分だと言って、六郎太は黄金を見せた。
だが処刑されたのは、雪姫の身代わりになった六郎太の妹の小冬であった。
雪姫が死んだと山名が思っている間が、脱出のチャンスだった。

姫の身代りになるなど、小冬も家臣として果報者であると言う六郎太に、雪姫は激怒する。
自分も16。
小冬も16。
命に軽い重いはない。

妹を犠牲にして涙ひとつこぼさない六郎太を、雪姫は責めた。
乳母は殿が嫡男に恵まれなかったため、雪姫を男のように育てたことを嘆いていた。
六郎太を責めているが、雪姫こそ、小冬のために涙ひとつこぼさないではないか。
しかし六郎太に怒りをぶつけた雪姫は、隠し砦の頂上で、小冬のために号泣していた。

太平と又七は故郷に帰るため、秋月と同盟関係にある早川領に入ることを考えていた。
しかも山名勢に道が占領されているため、わざわざ山名の関所を通る考えだった。
それを聞いた六郎太は、自分と姫が2人の道連れになり、その方法を取ることに決めた。

六郎太はお家再興の黄金を、金の延べ棒にして薪の中に仕込んでいたのだ。
太平と又七に協力させ、薪を運ぶと装い、馬に乗せて黄金を運ぶことにする。
問題は姫をどう隠すかだ。

いくら百姓娘の格好をさせても、人品はごまかせない。
そこで六郎太は、姫が口をきけないことにする。
こうして秋月の家臣たちは、六郎太に姫を祈る思いで託し、見送る。

道中、山名の兵に見つかりそうになったため、六郎太は馬で敵を追いかけ、斬る。
関所を越える時、薪に黄金が隠されているのをごまかすため、六郎太はわざと1本、薪を差し出す。
こんなものを拾ったと言う。
黄金を見た山名の家臣たちは薪を取り上げ、色めきだす。

六郎太は山名の兵に見せた薪を返せと言い、教えたのだから褒美を寄越せとごねる。
すると山名の侍たちは、六郎太を邪険に追い払う。
追い払った後で、殺したはずの雪姫が替え玉だった知らせが来る。

男3人、女1人で薪を運ぶ者は、すべて捕らえよ!という命令だ。
今の4人が、雪姫たちだった。
六郎太を追い払った兵の顔色が変わる。

雪姫たちは宿場町に到達した。
そこで、六郎太は見事だから馬を譲ってくれと言われ、銀を手に握らされ、馬を持っていかれてしまった。
雪姫は虐待を受けている娘を、その金で買い取った。

黄金を自分たちで運ばなくてはならなくなった太平と又七は文句を言うが、そこに雪姫たちを探しに山名の兵がやってくる。
しかし六郎太たちは馬も持っておらず、宿場町で買い取った娘もいたため、人数も変わっている。
山名の兵たちは、六郎太たちが雪姫一行とは気づかない。

さらに途中、六郎太は知己の間柄の山名の武将・田所兵衛と出会う。
2人の槍の勝負。
延々と場所を移りながら、2人は勝負を繰り広げる。

長い槍を振り回し、幕を引き裂きながら勝負は続く。
勝負は六郎太の勝利だった。
首をはねられるため、大地にひざまずいた兵衛に六郎太は「また会おう」と言って去っていく。

この六郎太の留守中に、雪姫の脚と眠る顔の美しさに、太平と又七は良からぬことを考えた。
しかし姫に助けられた百姓娘が石を振り上げて、2人をにらむ。
2人は、姫に手が出せない。

山名は火祭りの開催を利用して、薪を集めることを考えた。
祭りなら、薪が集まって来る。
薪を積んだ車を集め、そこから金を積んだ車を探すのだ。

六郎太は祭りのために集まった車と一緒に、薪を運ぶ。
知らない人々は、運ぶのを手伝う。
山名の兵が、薪を燃やすのを見張っている。

薪の中に金がしこまれていることを気づかれない為に、炎にためらいもなく薪を投げ入れた。
祭りが始まった。
人々が歌い、踊る。

人の命は火と燃やせ
虫の命は火に捨てよ
思い思えば闇の夜や
浮き世は夢よただ狂え

歌を歌い、踊る人々。
その生命力に魅了された雪姫も、輪の中に加わる。
歌を歌う。

翌朝、太平と又七は薪の燃え跡から金を探していた。
その頃ついに、雪姫と六郎太は捕らえられる。
黄金を拾った太平と又七だが、やって来た山名の兵に奪われてしまった。

六郎太と雪姫と百姓娘は、牢に捕らえられていた。
見張りの兵は、集まってくる兵たちに「金2百貫はまたと拝めんぞ」と言う。
だがさらに「拝むなら雪姫だ」と言う。
「これこそ目の果報。だが明日には打ち首とは」。

押し寄せる兵たち。
「寄るな寄るな」「頼む、拝ませろ」との応酬。
そこにやってきたのは、六郎太と勝負した田所兵衛だった。

兵衛は首実験に来たと言って、牢に入っていく。
気づいた六郎太は「おお、田所兵衛!」と声をかける。
扉が閉まる。
陰のシルエットとなった兵衛は、何も答えない。

「どうした兵衛」。
兵衛が入ってくる。
するとその顔の額から頬にかけて、斜めに大きな傷が走っている。
顔に裂け目ができたような、深い傷だった。

「どうしたその顔は」。
兵衛は黙っている。
「おぬし、人が変わったの」。
「変わりもしようぞ」。

「わけを話せ。敵味方に分かれても、貴公と俺は百年の知己だ」。
「知己?」
屈託のない六郎太の口調に、兵衛の顔がこわばる。

「なぜならなぜこの俺に。勝負に敗れたこの俺に。なぜ情けをかけた!」
「勝負に勝って相手の首を取らぬのは、情けと見えてこれ以上むごい仕打ちはないぞ!見ろ、この俺を」。
「見ろ!満座の中で大殿に罵られ、したたか打たれたこの傷を!」

すると雪姫が叫んだ。
「愚かな!」
「これが音に聞く田所兵衛か」。

「人の情けを生かすも殺すも、己の器量次第じゃ。また家来も家来なら、主(あるじ)も主じゃ!敵を取り逃がしたと言って、その者を満座の中で罵り打つ」。
「このわがままな姫にも、ようできん仕業じゃ!」
兵衛が沈黙する。

すると、百姓娘が「姫は私です!」と叫ぶ。
だが雪姫は「もうよい!志はありがたいがこれまでじゃ」と言う。
「姫は潔よう死にたい」。

六郎太も言う。
「姫!この六郎太、申し訳もありません。姫の身には、耐え難いこれまでの苦難。その甲斐もなく…」。
すると雪姫は言った。

「違うぞ六郎太!姫は楽しかった!この数日の楽しさは城の中では味わえぬ!」
「人の世を。人の世の美しさを。人の醜さを、この目でしかと見た。六郎太、礼を言うぞ!これで姫は悔いなく死ねる…」。
「姫!」

「六郎太!あの祭りはおもしろかった。あの歌も良い」。
そう言って、火祭りの時の歌を雪姫は歌う。
百姓娘は、泣き出した。

人の命は火と燃やせ
虫の命は火に捨てよ
思い思えば闇の夜や
浮き世は夢よただ狂え

処刑の日。
後ろ手に縛られ、馬の上に載せられた姫と六郎太。
百姓娘はただ、歩かされている。

兵衛はそれを、座って見ていた。
雪姫と六郎太が、後ろの兵衛を振り返る。
兵衛も2人を見る。

後ろには、野山が見える。
あれを越えれば、早川の国である。
それを見ながら兵衛は、歌を口ずさんだ。

人の命は火と燃やせ
虫の命は火に捨てよ
思い思えば闇の夜や
浮き世は夢よただ狂え

「ええい!」と言って、兵衛が立ち上がる。
「ようし燃やすぞ!馬の向きを替えい!」と兵に命じた。
「…いや、替えるな!」

そう叫ぶと兵衛は、金を積んだ馬を逃がしてしまう。
追おうとした兵に向かって、兵衛が槍を突き出す。
たちまち山名の兵たちは斬られ、1人2人と馬上から落ちる。
うろたえる雑兵たち。

兵衛は雪姫の縄を切り、六郎太の縄も切る。
「六郎太、急げ!姫を!」
そう叫ぶと、百姓娘の縄も切る。

雪姫に向かって、兵衛は叫ぶ。
「あっぱれ!将に将たる器!」
「大事にせい!」と兵衛は六郎太に向かって叫ぶ。

逃げていく山名の兵を追いかける兵衛。
雪姫が叫ぶ。
「兵衛!犬死無用!志あらば、来るが良い!」
雪姫の言葉に、兵衛が「はっ!」と言って、頭を下げる。

兵衛は槍を振り回し、雑兵たちを追い払う。
姫が馬を駆って走る。
六郎太も馬で走り、百姓娘の手を取り、ヒラリと馬に乗せる。
兵衛を恐れた雑兵は、近寄れない。

「裏切り、ごめん!」
兵衛はそう叫ぶと馬に乗り、走る。
山道を、馬は走っていく。
誰も追いつけない。

国境を越えた。
頂上で姫が、下を見下ろす。
百姓娘を乗せた六郎太が笑った。

姫も金を積んで逃げる馬を指差し、大笑いする。
兵衛も笑う。
あっはははは。
金を乗せた馬が、早川領へ走り去っていく。

一方、金を手に入れられなかった太平と又七は座り込んでぼやいていた。
「金を手にした時は、どんなにうれしかっただろう」。
「村に帰ったら仲良くやっていくべよ」。

泣いている2人の前に、金を乗せた馬が走ってくる。
馬は止まり、草を食べ始めた。
「うわあああ、金だあ!」
すると今度は2人は、金は自分のものだとケンカし始める。

「半分こ、と言ったはずなのに!」
「うるさい!」
2人は、つかみあう。

もめている2人の前に、早川の武将たちがやってきた。
「秋月家のご郎党か?」
「…ただの百姓だ」。

百姓のはずの太平と又七が金を持っている。
2人は怪しいものとして、捕らえられてしまった。
牢で、2人は「あの世へ行っても仲良くすべえな」と泣き出す。

2人は牢から出された。
いよいよ処刑と怯えきった2人。
平伏した2人は「又吉、太平!おもてをあげい!」と言う声に顔を上げた。

頭を上げると、そこには雪姫がいる。
「どうした、俺じゃあ!」と六郎太が声をかける。
だが2人は、きょとんとしている。

「無理じゃ!姫も見違えた!その拝領の鎧兜、よく似合う!」と雪姫が言う。
その通り、六郎太は秋月家の家紋入りの鎧を身にまとっていた。
「真壁六郎太!男ぶりが一段と上がったぞ!」
雪姫の声に、控えていた兵衛が笑う。

「又吉、太平。雪姫の顔も見忘れたかおしじゃ。おし娘じゃ!」
2人は雪姫の顔を、まじまじと見る。
美しい着物を着た雪姫が立ち上がる。
こちらに歩いてくる。

脇に控えている六郎太と兵衛が雪姫に頭を下げ、両側から歩いて雪姫に続く。
六郎太が言う
「又七、太平。お前たちには筆舌に尽くせぬ苦労をかけた。だがあの金は、秋月家再興になくてはならぬ軍用金。わしはもちろん、姫にも自由にならぬのだ。これで許せ」。

そう言って、薪に隠した金の棒を渡す。
「ほれ。ほうれ」。
恐る恐る、手にした2人に雪姫が「仲良う分けるのじゃ!けんかはならぬぞ!」と言う。
2人は褒美をもらい、城を出て来る。

城の階段を降りながら、2人は門を振り返る。
セミの声が聞こえる。
「これ、おめえ持ちな」。
「おめえ、持っててくれよ」。

2人は金を押し付けあう。
「だって、よう」。
「いいってことよ」。

へへへ。
へへへへ。
2人は笑って、城を後にする。
セミの声が響いていた。


やっぱり、これも時代劇、いや、いろんなドラマの基本になってますね。
古いですよ、でもおもしろい。
もう、たくさんの時代劇、ドラマ、映画を見ているはず。
それでなお、この古い白黒映画が、おもしろい!

六郎太、雪姫、兵衛の3人が脱出するクライマックスは、爽快。
観客の意表をつくより、観客が期待している展開を見せてくれるこの作りが良い。
スターウォーズは、この映画を参考に作られているそうですが、「ジェダイの復讐」とか、この作りまでも、ちゃんと継いでますね。

ハンソロ救出、反乱軍が帝国軍に勝利。
騎士として主人公が父親と対決、そして皇帝と対決。
息子の危機に父親らしい気持ちがよみがえった父親が、息子を助ける。

平和とロマンスの成就。
ジェダイの騎士たちの見守り、と観客の期待を満たしてるスターウォーズ。
観客が見たいものを、ベタであろうがちゃんと見せてくれる誠実な作り。
「隠し砦の三悪人」は、これです。

太平と又七は危機には「仲良くすべえな」と言う。
でも黄金見るとケンカ。
なくなると「仲良くすべえな」と言って、くっつく。
笑っちゃうんですが、ダイレクトに、金を前にした人の欲望をすなおに描いてます。

雪姫の上原美佐さんのセリフが、意外にも棒読み。
しかしこれが段々、男勝りだが心優しい姫が、意地を張っている口調に思えて来るのが不思議。
ずっと、口がきけない娘として、セリフがない設定が効いているんです。
黒澤監督は、かなり良い判断しましたね…。

そして、美しい。
ただ美しいんじゃない。
姫であることが納得できる、品格のある美しさ。

なりは百姓娘にできるが、この品格はどうにもならないと家臣たちが黙らせることに決める。
そんなことしなくても、別に大丈夫じゃないの?とは思わないんです。
途中、人買いが雪姫を見て「こっ、この女、売ってくれっ」って言葉に詰まっちゃう。
もう、際立ってるんです。

美しいだけじゃない。
気品、それがあるのは教養と気高い精神を持っているため。
守らなくては!と思わせる姫なんです。

兵衛に山名を裏切らせるんです。
裏切るのは、太平と又七じゃないんです。
殿に打たれたとは言え、兵衛は侍大将と互角にやりあうほどの武将。
主君に仕え、家を守る誇り高い侍。

これに「裏切りごめん」と叫ばせ裏切らせるからには、雪姫にはそれだけの説得力がなければ。
美しいだけではいけない。
雪姫の気高さが、この裏切りに説得力を持たせるんです。

また、すごいのが山名の兵を追う三船さんの殺陣。
両手を離して、刀を構え、追手を斬る。
あの馬のスピードでやるんですから。
手を離してる~!って言ってしまった。

延々と続く兵衛との決闘。
長槍の扱いだって、すごい。
でも自分が一番惚れ惚れとしたシーンは、百姓娘をヒラッと馬に乗せて逃げたシーンです。

片手で、まるで紙の人形のように軽々と乗せて走る。
どういう力なの!?って思いました。
すごい。

私は女性、悪女が登場すると「おもしろくなってきたぞ~」とワクワクしますよ。
でも三船さんが演じる侍を見ると女の出る幕じゃないなあ、って思ってしまう。
そのぐらい、男っぽい。

また三船さんスタントではなく、自分で演じてるらしいから、すごい。
この人についていけば、大丈夫なんだよ!大将なんだから!と、思わせる強さ。
「あなたの後ろが一番安全!」と、若い青年のところからスティーブンセガールの後ろに駆けて来るヒロインの気分です。

六郎太は相手が真の武士なら、敵であろうと敬意を払う武将です。
だから捕らえられても堂々として、威厳と迫力がある。
中村敦夫さんが、三船さんは侍に成りきってしまうと言いましたが、三船さん見ていると「侍がいる…」って思います。
きっと侍ってああだったと思います。

姫の将たる資質に、山名を裏切った兵衛。
妹を犠牲にしても守る六郎太。
姫に恩義を感じ、その気高さと優しさに打たれた百姓娘も姫を守る。

対してさっさと褒賞金のために、山名側に走る太平と又七。
姫、六郎太、兵衛と百姓娘と対照的に、百姓の太平と又七には金が全て。
刹那的で愚かで卑しいが、それが戦争時の百姓でもある。

対照的な人間が存在するからこそ、違いが際立つ。
それを表現する俳優さんたち。
侍と百姓の佇まい、口調、演技が、まったく違う。
姫と百姓娘も、まったく違う。

この道中で元々、将たる資質を持った雪姫は、さらに良い主君になることでしょう。
雪姫、六郎太、兵衛が人間としての気高さを見せてくれて、太平と又七は変わったか?と思わせるラスト。
それぞれの人物があるべき場所に収まり、物語が見事に収束して行く爽快な映画です。


セミ?

梅雨明けしたような天気ですね。
ずっと雨で、いい加減晴れてくれないかなあ、洗濯したい…って思ってました。
そうしたら、いきなり猛暑。

公園の前の道を歩いていたら、ジージーという音が聞こえる。
セミ?
まさかね。

そして今日。
やっぱり聞こえる。
これは、セミの声!

おかしくない季節なのかも知れないけど、早いな~!って思いました。
夏か、夏が来たのか!
帰り道が未だ明るくて、暑いけど、明るいのはうれしい。

でもあんまり暑いと、セミもいなくなっちゃうみたいな話、聞きました。
夜中まで鳴いてるのが、もう夏の定番になってるから…。
聞こえないのは寂しい、がんばってくれ、セミ。



石坂浩二さんと糸井貢

石坂浩二さんといえば、広い芸能界でも1、2を争う知性の持ち主と思っています。
勝ち抜いていくほど賞金が重なるクイズ番組では、何とかして石坂さんが答えられない質問を考えて出していました。
最後のほうではもう、私なんか何の話してるんだかわかんない。
それでもって、何で石坂さんがそんなことまで知ってるんだか、私なんかには見当がつかない。

知性的な石坂さんは、勝ち逃げは許されないと知っていると思いました。
ちゃんと?最後は負けてあげて、相手の顔を立てているのではないか。
そんな風に思えました。

若い頃の石坂さんと言ったら、インテリジェンス溢れる美青年。
この頃の石坂さんを前にて、好きにならない女性っていないんじゃないかって思いますよ。
石坂さんと同世代で、石坂さんを自分に投影できた世代の人って幸せだなあって思ってしまう。

当時の大河ドラマの権威といったら、今よりも相当にすごかったはず。
それにあの年齢で主演した石坂さんは、若くして一流の地位を築いていたと思います。
絵を描けば一流だし、俳優としては一流だし。
きっと若い時には、良い人たちと触れ合っていたんだろうなと思います。


「暗闇仕留人」を見ると、石坂浩二さんの俳優としての良さを改めて感じます。
いやいや、糸井貢というキャラクターは、石坂さんにしかできませんね。
必殺には1話ごとに収束するエピソードと、もうひとつ、物語を通じて紡いでいく話があって、それをつなぐ糸となるキャラクターがいました。

「仕留人」はそのキャラクターが貢であり、貢の、そして貢による主水の変遷の物語でもあったと思います。
時に重くなるその物語を救うのが、大吉のあっけらかんとした個性と近藤さんの演技でした。
良いバランスでしたね。

以降、「仕留人」のネタバレが続きますので、未見の方は注意してくださいね。


6話、悪女のおちかが、夜道にいる貢を見て、顔を輝かせる。
貢とおちかが、互いに歩いてくる。
2人が出会った時、貢がおちかを抱きしめる。

おちかの顔がうっとりとして、貢を見つめる。
その時、鈍い音がして、おちかが目を見開く。
貢が思い切り、バチを上に跳ねさせる。

おちかを見ている貢の顔色が、みるみる変わっていくんです。
もうダメ。
悪女だろうと何だろうと、人を殺したことの罪悪感と重みに、貢は押しつぶされるような思いがしている。

1人、歩いていく貢は待っていた主水と大吉の前を素通りしていく。
「ちゃんと仕事を済ませてきた」思いの主水と大吉は顔を見合わせ、貢とは逆方向に歩いていく。
インテリの孤独を思います。

貢は家に戻ってきた。
外からあやを見て、笑顔を作ると「ただいま」と声をかける。
縫い物をしているあやに「酒が飲みたいな」と言うと、あやは「ちょっと買ってきます」と言う。
「いやいや、俺が行くよ」と、貢が立ち上がる。

貢は外に出るとうつむき、そして前を見て夜の中、歩き出す。
吹っ切ったように。
自分を立て直して。

あやの存在が、貢の救いなんです。
彼女の存在が、貢を日常に戻してくれる。
あやがいるから貢はこの仕事を正当化できて、罪悪感から逃れてやっていられる。

そう、許せない悪はいるけど、貢は怒りに燃えて悪を抹殺しようという気持ちでこの稼業に入ってきたわけじゃない。
もともと、あやを助けたくて、強盗しようとしたことがきっかけだった。
それでも人を助けたという思いはしていた。
だが3話で、助けたはずの女郎に「行ってよ!」と突き放され、助け切ったわけじゃないことを思い知って呆然とする。

もう、貢には切ないことばかり。
それでもあやがいる。
あやを守って生きていける。

9話、おきんに好きな男ができた。
おきんは足を洗い、普通の女として暮らしていきたいと願った。
大吉は、この稼業に首までどっぷりつかったおきんを、あっさり抜けさせるわけに行かないと言う。

主水はというと、おきんの気持ちもわかる。
大吉の言い分もわかる。
それで半次に、「いつでも横丁のご隠居のような物分りの言いことを言う」と責められる。

緊迫した空気の中、貢は何と、祝言に行くと言って家を出て来ていた。
この感覚!
さらにはそれを聞いた妻が花を持たせてくれたと言って、おきんに手渡す。
そして何の含むところなく、手放しで祝福する。

これには全員が、唖然。
責める大吉には「あんた、どうして認めないんだ?」 と聞く。
聞かれた大吉は、「俺たちは仮にも、殺しを商売にしているんじゃねえか」と言う。

しかし、貢は平然と聞き返す。
「だから?」
「だからって…」。
大吉、絶句。

「人並みの幸せつかもうなんて、ふざけちゃいけねえよ!」と大吉は言う。
すると、貢はこう言った。
「そりゃあんたの覚悟だろう?自分の覚悟を他人に押し付けるのは、どうかと思うね」。

ぎょっとする大吉。
貢には人と同じ幸せをつかんではいけないといった裏稼業の負い目、罪悪感はなかったらしい。
さらに「他人」と言い放たれたことに、大吉は引っかかる。
「他人?俺たちは仲間じゃなかったのか」。

すると貢、「そりゃ仲間さ」。
「しかしね大吉さん、どだい殺しなんてものは自慢できる稼業じゃないんだ。私は今に天罰が下ると思ってる」。
「だからこそ、私たちの仲間からまともな幸せをつかめる人が出てきたら、私は素晴らしいことだと思いたいんだ」。

それはそうだ。
だが、大吉にしたら、そんなことが許されると考えているところが、もう、根本から違っている。
こんなことが許されるのか、というところから始まっているのに、何で許されないの?と言う。
出発点からして違うのだから、どこまで行っても噛み合わない。

そしてさすがインテリだけあって、単純にものを考えて行動する大吉では、貢に言い返せる言葉がない。
おきんは貢の暖かい、普通の人としての言葉に耐え切れず、泣き出す。
だが、おきんを送り出してやりたかったのは、みんな同じなのだ。

できないから、つらいんだし、もめる。
貢も裏稼業の人間であることには、違いない。
そのつらさは思い知っているはずだった。

だけど、おきんを送り出す貢の口調には重みがない。
そこから開放してやれる、喜びしかない。
まるで、学校を卒業することを語るかのようだ。
裏稼業卒業、おめでとう。

同時に、一緒に獄門になるかもしれない仲間への愛着もない。
一体なぜなのか、大吉にはわからない。
貢の祝福は、この稼業への思い入れのなさから来ているように思える。
そして今に天罰が下る…、そう言いながら貢の裏稼業への認識は、誰よりも甘かったのだった。

しかし貢には1つだけ、聞かなければならないことがあった。
「おきんさん。1つだけ聞いておきたいことがある。その相手の男というのは、もちろんカタギなんだろうな」。
「ええ」と答えるおきん。
それがわかった貢は「そうか。所帯持ったら、一日も早く俺たちのことは忘れるんだ」と言う。

これ以上の言葉はなく、半次も主水も出て行くしかない。
だが彼らが人並みの幸せをつかむことが、どれほど難しいかは、すぐに証明される。
おきんが好きになった男は同業者、しかも子供も手にかける外道の親方を持つ殺し屋だった。

相手が子供も手にかける殺し屋だとわかった時、仲間の沈黙を前におきんは「みんな…、どうしようって言うのよ」と言う。
すると、一番祝福した貢が一言、「殺す」と言う。
「やっぱり、ダメだったか」と言ったような、大吉や主水との表情とも違う。
貢は、裏切られたような思いをしている。

「おきん、諦めろ。罪もねえ年寄りやガキ殺めるなんて、許されることじゃねえんだ。悪い夢だったな…」。
結局、おきんは自ら手を下すと言う。
だが、相手はプロの殺し屋。

逆に匕首を取り上げられてしまう。
反射的におきんに向かって振り上げた匕首を抑え、仕留めたのが貢。
怒りというより、貢は哀しい。

9話はおきんの哀しい恋を通して、貢という男が仕留人というより高野長英門下の秀才のままだということがわかってしまう。
この裏切りが痛かったのか。
10話からは貢は怒りに燃えて、仕留仕事に関わっていく。
もっとも、10話の刺青男とその一派は、被害者との関わりからも貢が怒りに燃えるのも無理はない外道だった。

こんな男に殺し屋は無理なのだと思われた貢は、こうして徐々に殺し屋として成長していく。
しばらくの間は、それでよかった。
だが貢の言った「天罰が下る」は、またしても最悪の形でやってきた。

他の殺し屋組織との抗争が勃発し、貢の妻あやは殺される。
妻の為に始めた裏稼業が、妻を死に追いやってしまった。
この17話で、貢はあやの死以降、口をきかない。
そして仕事というより、復讐で、怒りで相手を仕留める。

18話で、貢は友人と再会する。
自分も友人のように、異国に渡る夢を見ていた。
妻を犠牲にする友人に向かって、「そんなことをしていいのか」と貢は言う。

あれは、自分自身を責める言葉だった。
そしてあやのことを聞かれ、「最後は俺が殺したようなもんだ」と言う。
貢は、自分を責め続けているのだ。

その友人夫婦が犠牲になると、貢は仕留め仕事にかかる。
迫る貢に、許してくれと懇願する相手。
すると貢は、笑みを浮かべる。
助かった…と安堵する相手を貢は冷酷に仕留める。

この残酷さ。
貢を見たおきんが、「あたい、貢が怖い」とつぶやく。
それほどの凄みを貢は身につけた。
主水は、本当の仕留人になったと言う。

この後、貢は裏稼業のプロとして生きていくことに、人生を変えたように見えた。
貢は今度はその生真面目さから非情に、正確に殺し屋としての仕事をこなしていくようになる。
しかし、貢の本質はやはり、高野長英門下生の秀才のままだった。

最終回、それは最悪の形で明らかになる。
貢はあやを失って虚ろになった心を、仕留め仕事につぎ込むことで、かろうじて自分を支えていただけだった。
鉄や錠や、後の市松や印玄、己代松や正八と言った、「ロクな死に方しねえよ」と言いながらも裏稼業に居場所を得て生きていける人間ではなかった。

殺した男の子供の恨みの視線を前に「でっけえお釣りが来たもんだ」と、割り切った一言を言える男にはついになれなかった。
最後まで、貢は腕はプロだが、プロの殺し屋にはなっていなかったのだ。
「私を殺せば日本の夜明けは遅れるぞ!」の一言は、蘭学者の意識を捨て切れなかった貢に、暗殺者としてはありえない隙を作った。

殺し屋としての存在意義に踏み込むような疑問を持ってしまった貢はもう、殺し屋ではいられない。
蘭学者として日本を憂いていた男はこうして、斬られるべくして斬られる。
貢は最後、本当に死ぬしかなかったのだ。

義理の兄弟ということもあって、主水は貢と真の裏稼業の仲間になったと思っていた。
しかし貢の精神は、徐々に死んでいっていた。
主水も、大吉も、おきんもそれに気づかなかった。

そもそも既に、破滅の予兆は最初からあったのだった。
貢の死に様は主水や大吉に、自分たちの未来を見せた。
そして主水は思った。

貢という男は、裏稼業に引き入れていい男ではなかった。
さらに言えば、あの標的を貢にやらせるべきではなかった。
つまり貢は、自分たちが、いや、自分が殺してしまった。

貢の死は、主水を変えた。
もともと、主水は奉行所の正義に挫折した男。
だから自分のことを正義とは言わないが、獄門台にあげられてもしかたがない悪党だからこそ、悪党を殺せると信じてきた。

自分を悪党とわかっているが、外道ではない。
しかし貢は、その正義にさえ疑問を突きつけて去っていってしまった。
確かにそれは、この仕事を続けていけば、いずれはぶち当たる問題だった。
頭が並外れて良かった貢は、すぐにこの問題にぶち当たってしまった。

そして生真面目に、悩んでしまった。
鉄や市松なら、金を貰って悪人を殺すのであれば、そもそもそんなことで悩むべきではないと言うだろう。
自分たちはお金をもらって仕事として成立させた以上、外道に踏みにじられた人間の側に立つだけだと言うだろう。
「俺は外道にだけはなりたくねえよ」という、その一言だけで鉄ならやっていける。

主水をさらに空しくさせたのは死んでいく貢が、最期に自分たちに伝えた一言ではなかったか。
「すまなかった」。
息を吹き返した貢は、そう伝えた。

貢だって、わかっていたのだ。
主水たちの殺しの意義を。
居場所のない自分の、居場所がないように見えて唯一の居場所が、仕留人だったことを。
それを否定してしまった自分の罪を。

最愛の妻の名前でもなく、恨み言でもなく、貢の命が尽きる瞬間の一言は、主水たちを打ち砕いた。
こうして主水は、彼らは、仕留人を続ける意味をなくした。
大吉も1人、旅に、おきんも雪の舞う江戸を去っていく。

時代の系列から行けば「仕留人」世界は、「仕置屋」世界には繋がっていない。
だけど、「仕置屋稼業」の最初の主水の中には、貢の影があるように思える。
そして「仕留人」以後も、貢の言う「天罰」のように、「必殺」の殺し屋たちは最後に崩壊していく。

「必殺」シリーズにおいて、貢の存在は実は非常に重いものだった。
この重い存在に、石坂さんと言う俳優さんはピッタリだった。
石坂さんの存在は、その重さを見事に表現していると思います。


「役者は1日にしてならず」 中村敦夫さん

「時代劇はなぜ滅びるか」の著者、春日太一さんが俳優さんたちにインタビューする「役者は1日にしてならず」。
中村敦夫さんのインタビューも出ています。
まず、俳優座について。

「きちんとしたカリキュラムでしたが、それが身につく人とつかない人がいます。私は、つかないほうでした。でも絶えずまじめに出席率100%で一生懸命にやった人が伸びるかと言うと、必ずしもそうではないところが、おもしろいところです」。

あの、これは私自身も思ったことがあります。
私はある研修ですごく成績が良かったんですが、私は「いや、こういう奴は実戦では使えないよ」と言ってました。
たぶんそうだろうなと思ってました。
実際、そうでした。

「ライバル同士の切磋琢磨と言うのも、それほどではないんだよね。スポーツマンは競えあえば試合で結果が出るけど、俳優の場合はそうではないので」。
「自由自在に遊びまわったほうが、良かった気がします。遊びまくっていた奴ほど、後で俳優として伸びて行った。太地喜和子なんて名女優になりましたが、養成所ではお酒飲んで遊んでばかりいて、みんな彼女が女優になれるわけがないと思っていましたから」。

でもただ遊んでいて、俳優として大成はできない。
やっぱり、素質なんでしょうね。
遊びから、いろんなことから吸収して演技の幅に、糧にできるというのも才能なんでしょうね。

中村さんといえば、「木枯し紋次郎」。
木枯し紋次郎について。
「市川監督は、現代感覚で時代劇をやろうとしていました。それで史実にない大きな笠と、長い道中合羽をデザインして。それを着る俳優は背が高くてなくてはダメということで」。

「監督の映画制作のお金も、企画からピンハネしないといけないので、スターは出せない。だから誰かいないかと言うことで、俳優座に連絡が来たんです。その時、僕は大河ドラマで石田光成を演じていた。それで市川監督にあったらすぐに決まったんです」。
中村さんは良く、謙遜してこの話を語ってます。
でも市川監督は中村さんが歩いてくるのを見て、もう、「ああ、紋次郎が歩いてくる」と思ったそうですね。

「今までの時代劇ではいないキャラクターですから、役をつかめないでいました。市川監督もそういう説明はしませんから。市川さんは自分のイメージした外形的な絵から入る人で、『そこで上を向いて立っていてくれ』『走って突然止まって、振り向け』としか言わない。なぜ上を向くのかわからないまま、やっていました。だから『紋次郎はこういう奴なのかな』と探りながら、つかんでいくしかなかった」。

仲代達矢さんもおっしゃってますが、市川監督は具体的なことは言わない。
画が頭の中にあって、それを作っていく。
それでいて、さらっと「下手だなあ~」とかおっしゃるそう。
でもそれが憎めない。

「テレビを蔑視してた映画人たちが、映画がダメになって、テレビをやらざるを得なくなって、その1作が「紋次郎」でした。将来の仕事もあるし、これをやらないと食えないから、みんな必死でした」。
「美術にしても照明にしても映画黄金時代のトップの面々が揃っているので、中途半端な仕事はしないわけですよ」。
「そこに今までの業界と縁のない僕みたいな人間が来たわけですからね。車持っていないし、電車でゴムぞうりでジーンズで来る。付き人もいない。カルチャーショックだったと思いますよ」。

撮影に来た中村さんを見た勝新太郎さんが、「何だあれ…」っておっしゃったことがあったそうですね。
何か、おかしい。
トイレに行って、かつらをぽんと窓辺に置いて忘れた中村さんがベテランの結髪師の方を「雷ちゃんさえいたら、こんなことには…」って泣かせてしまったエピソードも読んだことがあります。

「従来の殺陣ですと、踊りの基本を綺麗にやっていくんだけど、僕はジーパンにゴムぞうりで撮影所に来るような奴でしたから、そういうのができないんです。教えられてすぐ身につくものでもない。殺陣師の美山晋八さんが『これはあかん』と思って、『ドキュメンタリーでいこう』と」。
「脚だけは早かったから、全力で逃げて、敵は大勢で追っかけてきて後は勝手にやってくれと。しかも河原とか岩場とか条件の悪いところで、わざとやらせるんです。そういう発想も含め、天才的な殺陣師でした」。

「主役は転ぶし、追いかけてくる絡みはゼエゼエ言いながらふらついているから。綺麗事じゃない、殺し合いのリアルさが出たんだと思います」。
「実際の殺し合いってそういうものですよね。何がどうなるかわからない。それに北関東の寒村で、間引きされかかったような紋次郎が剣術なんてできるわけないですから」。

黒澤明監督は、京都のこの踊りを基本にした殺陣を崩したかったとか。
実際の殺し合いは、あんなもんじゃないだろうと思ってできたのが、「七人の侍」「用心棒」であり「椿三十郎」だと。
家の父は「木枯し紋次郎」のことを、「綺麗な殺陣じゃないんだよなあ。もうぐっちゃぐちゃで、どろどろで、みんなあんまり強いって感じじゃない。そこで勝っちゃう紋次郎がまた、すごいんだ」と言ってました。

中村さんは共演した三國連太郎さんについても、語っています。
とにかく役になりきる人。
「スパイゾルゲ」で共演した。

「あの人はもう、徹底的に化けきる。撮影の数週間前から、ドイツ料理しか食べていない。髪を染めて、青いコンタクトレンズをして、撮影所にグーテンモルゲンと言って入ってくる。そんな人に太刀打ちするにはどうしたら良いか、考えなくてはならない」。

できなかったら、ダメな俳優だと、演技ができない奴だと思われる。
中村さんが考えたのは、作りこんでくる三国さんに対して、何もしないこと。
そこで2人がやっていると、自然と呼吸ができてきたそうです。
だけどそんな三国さんも初めての演技では、主演の阪妻さんに下手で大笑いされたことがあるというんですから、みなさん、実は努力していらっしゃるんですよね。

そして大スター・三船敏郎さんのこと。
「半年ぐらい、毎日ご一緒させてもらいました。あの人は、本当に良い人なんですよ。豪快と思われがちですが、実はとっても生真面目な人で。朝、三船プロの前で掃除をしているんです。それでエキストラの人に『ご苦労様です』って挨拶をする、そういう人なんです」。
「ロケで何時間も2人でガンガンという、炭を入れたブリキ缶に当たりました。三船さんのことを怖い人だと思って、誰も近づかないんですよ。三船さんも口下手であまり喋らないから。僕は平気で2人で黙っている。時折、僕が冗談を言うと大声で笑った」。

こちらは中村さんが別の著書で語ったことですが、ある日、撮影で忍者が屋敷に忍び込むシーンを撮っていた。
その時、忍者の1人が塀を乗り越えられなくて落ちて、NGになった。
見ていた中村さんが「安い忍者を雇ったのかなあ」と言った。

その途端、カラスが飛び立つような大声で三船さんが笑った。
みんなビックリした。
後で「中村さん、何を言ったんですか」と聞いてきたそうです。

中村さんは三船さんのお葬式に出た中で、一番若かった。
自分はこの偉大なる大スターと共演した、最後の世代なのだと思った。
中学生の時に見た、黒澤映画では三船さんの印象は鮮烈だった。
良く真似をした。

銭湯の大人たちの話題は、「椿三十郎」のラストの三船さんと仲代さんの決闘のシーンだった。
だから、三船プロから話が来た時は感激した。
この出会いを与えてくれた運命に、改めて感謝したそうです。

「役者は1日にしてならず」の中に、綿引勝彦さんもいらっしゃいます。
綿引勝彦さんは、学生の時見た舞台が仲代さんの主演の舞台だった。
感動した。

だから「鬼龍院花子の生涯」で、仲代さんを狙う刺客の役で共演した時は感動したそうです。
胸も張り裂けんばかりだった。
「ついに、ついに、やっとここまでたどり着いたか」と思ったそうです。

仲代さんにそんなことは言わなかったけれど。
この綿引さんの話も、すごくおもしろいんですよ。
それで思ったんですが、こういう経緯をたどってきた人たちの演技が、心に響かないはずがないんです。

さて、中村さんは後に、キャスターになった。
「マニュアル的に同じ事を続けるのが嫌なんです。僕らサービス業は、驚きのあるものを提供するものだと思う。
安全だからやるというのは、時間を割いて見てくれるお客さんに対して失礼ですよ」。

「当時は俳優として一応は全国区になって、主演番組も次々とやって、そうすると自分自身が古臭くなっていくのがわかるんです。
パターンばかり要求されますから。それを死ぬまでずっと続けるのかと思ったら、ゾッとしちゃったんですよ。贅沢な話だけどおもしろくない。それで脱出したくなったんです」。

「人間と言うのは、誰でも演技者であると思います。社会を形成するのには、誰でも役割がある。それを果たすために、オヤジはオヤジらしくする。いつまでも若者みたいだったら困る。
子供が小さい時からオヤジらしかったら、大人の立場がなくなるでしょう。大人になったら、なおさらですよ。みんな、社会から台本を与えられているんです」。

「それを職業的身振りと呼んでいますが、その職業にふさわしい言葉遣いとか身振りとかがある。だから雰囲気を変えて演じないと、どんな仕事でもうまくいかない気がします」。
「人間と言うのはみんな俳優なんです。キャスターを演じる部分はありました」。

「政治家となると、ほとんど演技ですよ。街頭演説なんて、演技そのものです。自分に酔う。自分だけが正しいと思い込む。人に振り向いてもらうために、ここは声を大きくする、ここは笑わせる、ここは相手を攻撃する…と言い方を変えて工夫しなければ訴求力は生まれません」。
おおっ、政界入りしたこともある俳優・中村敦夫さんならではのお話!

中村さんは小説、シナリオも書いている。
「シナリオを書くのは、苦にならないんです。ピアノを弾く人も唄を歌う人も、うまい人に限ってそんなに努力しないでできてしまう。練習も人一倍やるけど、苦にならない。それが私にとってはシナリオなんでしょう」。

「演劇や映画の世界で人を自在に操ることができるのは、シナリオライターだけです。監督だって、脚本を元に人を動かしているんですから。どんな名優だって脚本がひどかったら惨敗です。これが同じ人かと思うぐらい、見る影もなくなってしまう。ですから俳優にも、脚本に関する努力は必要なんです。脚本に足りないと思うところは自分で補う」。

「でもやりすぎてはダメです。自分が目立つために、脚本にイチャモンをつける俳優はダメですよ。自分が目立ちたくて、そういう主張をする俳優はだめです」。
「僕は演出も脚本もやってきたから、自分の演じる役の全体での役割を先ず考えます。そこを勘違いして、自分のことしか考えない演技をすると、その芝居自体が壊れてしまいますから」。

「シナリオは歌で言う、メロディみたいなものです。それに沿って演じていけば形になる。それでも、空白の部分は必ずある。そこを埋められるかどうかが、その俳優が優れているかどうかの境目ではないでしょうか」。

いやいや、さすが中村さん。
もっともっと、この方のお話を聞きたいと思ってしまう。
中村さんと居酒屋でお酒を飲みながら、って私は飲めないんですけど、いろんなお話を聞くなんて企画があったら絶対参加しますよ。
いつも思うんですが、中村さんって人間的にもとても深い、優れた方なんだと思います。