こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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8月のあとがき

8月は、今年の8月は戦後70年ということで、戦争の特集にかなり力が入れられていたように思います。
戦争の話というと、悲しい話が多い。
映画もつらい話が多くて、怖い話より悲しい話が苦手な私でもかなり悲しい話の映画を見ました。
戦争以外でも「オルカ」という映画を久しぶりに見たけど、これがまた悲しい映画だった。

日常生活でも、左膳のことでいまだに泣く。
今年の8月は、悲しかった気がする。
左膳と言えば、左膳を最後に見た火曜日の翌日。
水曜日の早朝。

夢を見ました。
左膳がいつもの定位置、門と玄関を結ぶところにいる夢。
ずいぶんはっきりした夢で、「ああ、左膳がいる!」と思いました。

目が覚めて、今、夢に左膳いたと思った。
きっと気にしているからでしょうね。
その時、左膳の魂が来たとか、いろんな思いは胸に浮かぶけど。

夢判断によると、行方不明のペットが夢に出て来るのはどこかで生きているということらしい。
でも、もう会えないということらしい。
正式にペット、ではなかったけど。
どこかで幸せになっていたなら、良い。

私は毎朝、毎晩、御先祖様にお経をあげているんですが、その時にお線香を1本、左膳がいた場所にあげています。
左膳がいなくなった日の夜は、お経を上げながら泣いてました。
今でも思い出すと、泣いている。

電車の中や、会社のどこかで泣いたら不気味だし迷惑だから、泣かないようにしている。
風とか、地面の具合のせいなのはわかるけど、このお線香が燃え残る。
気になる。
考えすぎなのはわかるけど。

そして先週は、18年近く、集金に来ていた人が仕事をやめると言う。
月に一度会う人だったけど、これからいなくなると思うと寂しかった。
やっぱり、今年の8月は、悲しいことが多い気がする。

相変わらず、猫や動物には優しいねーと言われた。
別に大して優しくはないと思うけど。
そうしたら、この半分も人に優しかったら良いのにね~、と言われた。
…すみません。


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よぅし、わかった! 加藤武さん

俳優の加藤武さん。
私の世代では映画「犬神家の一族」や「悪魔の手毬歌」などの横溝正史原作の映画で、警察署長や警部さんとして有名でした。
勝手に「よぅし、わかった!」と手を打つ。
そして「犯人は珠代だ」と、見当違いの見立てをする。

これが毎回のお約束。
楽しみだったんですね。
サスペンス劇場で検事局長の弟と間違えて警察に引っ張られ、後で刑事さんたちが謝るシーンがないとつまらない。
そんなお約束。

この加藤さんが、実はすごい実力の俳優さんだと知ったのは、子供だから後でいろんな日本映画の名作を見てから。
身近で言えば、「必殺」シリーズの「助け人走る」16話。
この話、妹のしのと、恋人のお吉を人質に取られた文十郎の一瞬の大逆転があったり、話としてもかなりおもしろい。
加藤さんは、スリの親分にして岡引きの仙八を演じていました。

たくさんのスリの女性を縛り付ける悪党。
鮎川いずみさん演じるスリの女性・おようが、好きな男性・定吉のために抜けたいと願う。
そのため、彼女はスリができないように自分の手を傷つけた。
だがそんなことを仙八が許すわけもなく、おようは定吉の命と引き換えにもう一度スリに戻ることになる。

しかし、おようは仙八の前で茶碗を落とす。
手が使い物にならないなら、おようも定吉も殺されてしまう。
おようはまだ立派に仕事が出来ると、親分に懇願。

仙八は、それなら自分が街を歩く間に財布をすってみろと言う。
もしできなければその時は…。
おようは死ぬ思いで、仙八を待ち伏せする。
この緊張感。

ついに仙八の懐に、おようが手を伸ばす。
だが仙八は、おようの手をつかむ。
失敗だ。
おようの絶望的な表情。

それをあざ笑う仙八こと、加藤さんの笑み。
凶悪で、無慈悲な笑み。
凄みがある。

微笑がこんなに、こわいなんて。
あれが、「よぅし、わかった!」の人だなんて。
良い俳優さんだなあ。

その時、紫煙と、助け人のテーマソングとともに鬼の形相で現れたのが中谷一郎さんの平内さん。
このタイミング。
まさに助け人!

平内さんのキセルから抜いた針が、仙八の首筋にグッサリと刺さる。
仙八の笑顔は、凍りついた。
息を呑むおようを支える平内。
2人が仙八を見送る。

仙八がゆっくり、ゆっくり歩いていく。
機械的に。
そして倒れる。

人々が集まってくる。
病気の突然死。
この迫力あるシーンは、加藤さんの名演によるものです。
加藤武さん、長い間ありがとうございました。


左膳のこと

近所に白い野良猫がいた。
少なくとも、2年前にはもういた。
家にいた猫が白い猫だったので、気になっていた。

しかし野良猫だし、向こうは私には見向きもしなかった。
あれは家の猫じゃないんだなと、そのたびに私は当たり前のことを思っていた。
最初は白かったその猫の目がやがて、目やにで一杯になっていた。

野良猫の現実を見る思いだった。
そのうち、その猫は一軒の家の前にいるようになった。
あそこでご飯がもらえるんだと思うと、ほっとした。

その家は立派な家で、良かったと思っていた。
この家が今年の夏、建て替えになっていた。
そしてこの猫が、この家の隣の空き家になった家に居るのを見た。
お前、連れて行ってもらえなかったのか…。

その猫はご飯がもらえなくなったらしいが、どうやら誰かがやっているようだった。
するとその猫がいる空き家のオーナーらしき人が、看板を立てた。
「猫の餌やり、迷惑です」。

猫はそれで、ご飯がもらえなくなったらしい。
でも猫は、その家の玄関前にいた。
しかしある朝、その猫が垣根から顔を出していた。
今まで無視していた私に向かって、猫が鳴いた。

「助けて」。
なぜか、私はそう言われていると思った。
駅に向かうはずだったけど、家に戻った。
いけないと思いつつ、ひとつかみ、家の猫のカリカリを持って、猫にやってしまった。

その次の日。
車を避けようと、その空き家の駐車場だったスペースに入った時。
こちらに向いた、赤い光に気が付いた。

監視カメラだ。
猫にご飯をやるには、ここに立たなければならない。
だからカメラを置いたのか。

こうなると、本当にもう、誰も猫にやれない。
しかし猫はずっと、ずっと、家の前にいた。
ここに猫がいる限り、私にもどうにもできない。

7月の13日。
月曜日。
会社帰りの私の前に、白い猫が出てきた。
猫が外にいる。

外に出てきたんだ。
猫が私を見た。
そして、私の後をついてくる。

何で?
ためしに止まってみる。
すると、猫も止まる。

ついてきている。
猫がついてくる私を、会社帰りの男性が不思議そうに見ている。
このまま、家までついてくるだろうか。

私が門の中に入ると、猫は駐車場の方から入ってきた。
入ってきたなら、しかたがない。
家の猫のカリカリを、白い猫にやった。

その翌日。
火曜日の会社帰りにも、同じことが起きた。
そして水曜日の朝。
猫はもう、私の家の前からどかなかった。

見ると、猫の片目は閉じたままになっていた。
もう片方の目も、ちょっと怪しい。
片耳は、かさぶたに覆われている。

もう片方の耳には、穴が開いていた。
すごい風貌だ。
でも、最初からそんな風貌だったわけじゃない。
野良生活の過酷さを見る思いがした。

浪人でも、片目でも、したたかに強く生きる丹下左膳という話がある。
私はこの猫を、左膳と呼ぶことにした。
左膳は、家の玄関前の、牛乳を配達する箱の上によくいた。

牛乳屋さんも左膳を見て、最初はビックリしたらしい。
でも「どいて?」と言ったら降りてくれた。
「ちゃんと人のことをわかってる」だと言う。
「良い子だよ」と。

私はまだ、左膳には触ることが出来なかった。
ご飯をやっていて、左膳は近づいた私の手に一度、猫パンチをしたことがある。
血が出た。

きっとずいぶん、怖い思いをしてきたんだろう。
用心しなかったら、やってこられなかったんだろう。
左膳を怒る気はしなかった。

7月の25日、家の猫の健康診断で獣医さんが来てくれた時、左膳を呼んだ。
左膳は私を見ると何かもらえると思って、車の下から出て来るようになっていた。
獣医さんは左膳の耳を感染症だと言って、薬を出してくれた。

お金は要らないと言ってくれた。
しかし私に、さわれない子は飼えないと言った。
それから安易に家に入れないように言った。

思っている以上に、いろんな菌を持っている。
家の猫に移ると、大変なことになるから。
私にもうっかり、左膳が接触した服で、家の猫に接触しないように注意した。

猫を飼う、面倒を見るなら、ちゃんと面倒をするべきで、中途半端はやるべきじゃないと思っている。
そして猫を飼うことは、そんなに半端な気持ちで出来ることじゃないと思っている。
だから、左膳を外で面倒見ることには抵抗があった。

でももう、左膳を放り出すことは出来ない。
誰かが面倒を見るとも思えない。
夏は暑い。
自分が外にいたら、つらい。

外にいる左膳は、つらいだろう。
だから冷却シートを買い、左膳がいる車の下に敷いた。
冷却材も置いた。
何とかして、涼しくしようとした。

獣医さんからもらった薬を混ぜて食べさせて2~3日目。
左膳はカリカリを食べなくなった。
食べないことは、体力を奪う。
そう思った私は、家の猫の猫缶を与えてみた。

缶を開けるのを見て、左膳は舌なめずりをした。
待ちきれないと言った風に、手を伸ばしてくる。
よしよし、と思った。

それから2週間ぐらいは、食べていた。
スプーンで口まで運ぶ。
すると、食べる。

猫パンチされないように、スプーンの距離を保って、食べさせる。
今日は10何回、おかわりをしたとスプーンを差し出した数を数える。
よしよし、と思っていた。

しかし、そのうち、左膳は家の前にいないようになった。
暑いんだろうな。
どこかで涼んでいるのか。

あんまり家の外に、出て欲しくない。
家にいるなら、私がいろんなことをやればいい。
片付ければ良い。

でも、外ではまずい。
私の家の敷地内でやることで、黙認されていることが、自分の家に影響を与えるようになったらそれはダメだろう。
そう思っていたから。

確かに文句を言う人がいても、しかたがない。
臭いし、放置してしまうといろいろと虫も寄ってくる。
私の家ならまだ何とかなるが、外ではまずい。

しかしまだ、左膳は家には入れられない。
さわれるようになって、それから獣医さんに診せて、治療して家に入れる。
家の猫との相性もある。

左膳のいた場所には、左膳のお尻から出たものがついている。
下痢なのか、粘液なのかわからない。
私は掃除しながら、心配だった。
体力が奪われないと良い。

そのうち、左膳は猫缶もあまり食べなくなった。
どうしても食べて欲しい私は、いけないことだが、かつおぶしをかけてやった。
何とか食べた。

左膳のために猫用かつおぶしや、かにかまを買った。
しかし、左膳は家に帰って来ても見なくなる日が続くようになった。
休みの日もいない。

そして8月18日の火曜日。
朝6時に外に行ったら、左膳はいなかった。
でも白い毛が落ちてるから、いたのかな?と思った。
夕べは激しい雨だった。

会社行こうと玄関出たら、玄関脇の牛乳箱の上に左膳がいる。
あっ、お前来たのか!
家に入り、ご飯をやったら食べない。

左膳はひょこひょこ降りて、家の脇の方に行こうとする。
そして、バケツをのぞきこむ。
水やったら飲まなかったんだが、もう一度、お皿に水をやったら飲む。

左膳は、家の駐車場に行く。
座り込む。
これは獣医さんに見せなきゃと思った。

7時30分というのに、獣医さんに電話をした。
獣医さんを起こした。
客観的に言って、私は迷惑な人だ。

獣医さんに、左膳がご飯を食べないと言うと、獣医さんはわかっていた風だった。
たぶん行ってもダメだろうと言う。
わかっているんだろう。

さらには野良だし、渋るのは当たり前。
この時間は助手もいないし、行っても見るだけになると言う。
それでも、家で死なれるの嫌ですと私も言う。

会社は?
遅刻しますと言うと、獣医さんは1時間くらいで来てくれると言う。
私はほんとに、迷惑な人だ。

まず、左膳確保のため、段ボール箱をかぶせる。
度々見に行くけど、左膳は出て行こうとする。
外に行こうとする。

止めなければ。
さわれる。
左膳に初めて、さわった。

軽い。
背中は背骨がゴツゴツ。
痩せてる。
毛があるからわからないが、思った以上に痩せていた。

再び段ボールをかぶせて、洗剤の箱を乗せて置く。
8時20分頃。
見に行くと、左膳はいなかった。

出発寸前の獣医さんに電話をして、いないと言うと、ゲージじゃなきゃダメだよと言われた。
また消毒して使えるんだし。
でも家のゲージは、大きくて持ち出せないのだった。

獣医さんはもう、車もエンジンかけてたと言った。
捕獲したら電話してと言うことで、お詫びを言う。
ほんとに、迷惑な人だ。

でも私は「たぶん、もう来ません」って言った。
たぶん。
獣医さんも、そう思うと言った。

その日の夜、左膳はやはり、いなかった。
左膳は片目だし、左耳には穴が開いてる。
右耳にはカサブタ。

すごい容貌だけど、最初からあんなだったんじゃない。
白くて尻尾が長い。
かわいがられる家の子なら、優雅な猫になったはず。
かわいそうで堪らなかった。

左膳は私を見て、小さな声で鳴く。
野良は言葉でコミュニケーション取らないから、私に向かって言っているはず。
いなくなった日も、私に向かって鳴いた。
飼えばかわいい子だと思う。

家の者は、左膳はお別れに来たと言う。
うちで死にたかったのかな、とも言う。
死なれるのは嫌だ。
どこかにいると思いたかった。

左膳。
助けてほしくてついて来たのに、助けてあげられなかった。
ごめん。

何もできなかった。
ごめん。

カリカリを食べなくなった時点で、獣医さんに診せていたら良かったのか。
最初はあんなに食べていたのに。
ごめんね、左膳。

バイ菌だらけと言われたけど、落ちてる左膳の白い毛を一束、拾ってケースに入れた。
座っている姿から、ちょっと、安心と幸せを感じたのは自分の思い込みだろうか。

友人に話すと、今までつらかった野良生活で唯一、安らげたんじゃないかと言ってくれた。
助けてほしくて来たのはほんとだろうが、あれをしてくれとか、できなかったとか、そういうのはおそらく、人が考えること。

犬や猫はもっとシンプル。
親切にしてくれる人。
こわい人。
好きな人。

会いたいから行く。
そういうものじゃないかと言う。
左膳は体を休めていて、動けるようになると行ってたんじゃないか。
単純に会いたかったんだろうと言ってくれた。

左膳がいなくなった日の前日。
私のいない昼間に、玄関前にへばりつくように左膳がいたことがわかった。
その人が近づくと、やはり左膳はどいてくれたらしい。
家に入ろうとはしなかったと。

かわいい。
いじらしい。
幸せにしてやりたかった。

あれから、雨が降っている。
左膳の上に、雨が降っているのだろうかと考えてしまう。
野良の一生とは、なんて過酷なものなのか。

飼っていたペットは虹の橋にいて、人が来るのを待っていてくれると聞いたことがある。
左膳もいつか、虹の橋にいてくれるんだろうか。

今年は庭のブルーベリーがよくとれた。
毎年、良いのは取る前に鳥に取られていた。
今年は左膳がいたから、鳥が来なかった。

ブルーベリーは左膳からの贈り物だ。
左膳はいつも、私が帰ってくるのを見て、車の下から出てきたり、家の前にいたりした。
ブルーベリーの夏が終わる。
左膳のいた夏が終わる。


ささやかな欲望

帰宅トラブルに見舞われた翌日。
朝から、喉の調子が悪い。
風邪っぽい。

あああ、今、休めない!
とにかく、熱発しちゃならない!
ビタミンCとりまくり。
早く寝よう、夜10時30分には寝よう。

こうして微熱はあるな、と感じつつも食欲もあるし、対応が早かった。
体力もあったから、熱が上がることはないという金曜日。

仕事を終え、残業からは逃れて帰宅。
良かった。
お勤め果たした。

湯船に浸かりつつ、自分を誉めた。
誰も誉めてくれないし、誉められるようなことではないから当たり前。
でも自分で自分を誉めるくらい、良いよね。

今週、良くがんばった!
良くやった!
いや、夏休み取れなかったんだ。

だから、ずっとがんばってるんだ。
えらい。
私、えらいぞ!

おお、ホッとしたのか、食欲あるぞ。
途中で買ってきたタルト。
夜だけど食べちゃえ。

誘惑に負けるって、ほんと楽だし、気分良いよね。
エスプレッソ飲みたかったけど、眠れなくなるからやめた。
金曜日の夜更かしは楽しいんだけど、タルト食べたら、さっさと寝る。

自分で自分を誉めてみたけど、基本的には充分、自分の欲望に忠実だなあ、私は。
でも人に迷惑かけるくらい、大きな欲望じゃない。
ささやかな欲望だから、良いよね。
ああ~、熱あがらなくて良かった!

帰宅したい

いやいや、今週は電車のトラブルに遭いました。
早く帰って、ご飯炊いて~、洗濯して~、あれやって~、これもやって~、とか考えてたら電車が発車しない。
接続する路線で電気系統にトラブル。
全線でストップしているという。

それでも復旧を信じて10分。
次の駅まで行くというアナウンス。
だから次の駅で待てば、動くだろうと思いました。
しかし!

次の駅で待っても動かない。
復旧の目処は立たないと言う。
さらにトラブルは、その路線の系列の電車、ほとんどに及ぶ。

悪いことにトラブルから外れていた電車は、事故でストップしている。
これにさえ乗れば、何とかなったはずなのに。
つまり、帰れない!ってことです。
帰りたい~。

バスは良くわからない。
でも待たない方が良いと判断。
土地勘ない駅で降りちゃって、だったら最初の駅の方が良かったような気がする。
帰りたい~。

しかたない。
とにかく、車で帰るしかない。
車で帰る間に電車が復旧したら、ガックリしよう。

こういう時は、車もつかまらないんですよね。
帰りたいよ~。
車をつかまえる駅前。
焼き鳥の匂いがプンプン。

お腹空いた…。
帰りたい~。
しかし、決断が早かったせいか、思ったより早く乗れた。
電車は動かない。

私は1時間くらい遅れて帰宅。
予定していたことは、できなかった。
だが電車は自分が帰宅した4時間後になっても、動いていなかった。
ニュースでは、大混乱が映されていた。

天気は悪かったけど、あの暑さだったら倒れる人続出だったのでは。
車つかまえる間もキツかっただろうな。
まあ、良かったとしよう。
最近、電車止まること多いけど、大混乱になりますね…。


壁一枚、外は地獄 「Uボート」

終戦70年。
日本だけじゃなくて、ドイツだって70年。
ヒトラー、ナチスとして悪役に描かれることが多いドイツだって、あの戦争で兵士たちは相当につらかったと思わせる。

1941年。
ドイツ占領下のフランス。
ラ・ロシェル軍港。

イギリスの糧道を立つためにヒトラーが期待をかけた潜水艦隊は次々大西洋に出て行く。
だが敵も護送船団を強化している。
ドイツ潜水艦乗組員4万人。
そのうち、3万人が帰ってこなかった。

薄暗い、青い画面。
ゴボゴボという音。
うっすらと現れる巨大な影は、ドイツの潜水艦U-96。
潜水艦の映画は傑作が多いと言われますが、おそらくこれはその中でも最高峰でしょう。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
人一人がやっと立てるというような、厨房。
通路。

フランス娘を恋人に持つ乗組員がいる。
彼女のお腹には、自分の子供がいる。
そんなこと、レジスタンスに知られたら、彼女はただではすまない。

チャーチルの悪口ばかりを流しているラジオを聴いた艦長は、その老いぼれにドイツが追い詰められていると言う。
だって、味方の飛行機はどこにいるんだ?
ゲーリングは恥を知らないのか。

艦長は、英語の歌を歌うことを許可する。
いいじゃん、歌ぐらい。
「ナチスドイツの軍隊の兵士」じゃない。

みんな、人間だと感じる。
こういう人間たちが描かれ、一人一人に感情移入する。
その上で極限状況のドラマが描かれる。

敵の輸送船を見つけて、魚雷を発射。
2艘を撃沈。
しかし敵も追ってくる。

響くソナーの音。
上を通過する船のスクリューの音。
沈むにしたがって、ギシ、ギシと軋む船の音。

息を潜める。
すべてが終わるのを、じっと息を潜めて待つ。
まだ、まだ追ってくる。

潜航しろ。
メモリが150、160と進む。
船が軋んでいく。
水が浸水してくる。

ボルトがはじけ飛ぶ。
耐えるのか。
潜水艦はこれ以上の潜航に、耐えられるのか。

そこに突如、炸裂する爆雷。
潜水艦が揺れる。
水が入ってくる。

どこだってそうなのかもしれないけど、潜水艦で何名救出ということはないんだとわかった。
ダメな時はもう、全員。
全員ダメなんだ。
だって外は水圧がすさまじい、水しかないんだから…。

狭い、人がすれ違う時は、片方の人間は壁にへばりつかなくてはいけないほど狭い通路。
そこを乗組員たちが走っていく。
走らずにはいられなくなる状況。

U-96は狭い、幅11キロしかないジブラルタル海峡をU-96は通らなければならなくなる。
イギリスの修理港があり、駆逐艦もウヨウヨいる海峡だ。
とにかく、敵だらけ。

見つからないわけがない。
通れないに決まっている。
やはり、U-96は見つかり、爆雷をくらう。

あちこちがやられ、U-96は海底に沈んでいく。
200、210、水深計のメモリがどんどん進んでいく。
でも艦は止まらない。

メモリがない。
だが針は進む。
水深280メートル。

もう、深度計のメモリはないほどの海底。
よくも艦が耐えたものだと、感嘆する艦長。
艦長は「神が海底に置いてくださった」と言うが、それは強がりでしかない。

浮上するには、何もかもが故障している。
エンジンも、バッテリーも。
全員、酸素ボンベから空気を吸う。

そして横になる。
じわじわと、真綿で首を絞められるなんてもんじゃない。
極限状況。

その状況で、人間の精神がどうなるか。
乗組員の表情に恐怖と、狂気が浮かんでくる。
空気の音、しゅーっ、しゅーっ…。

15時間が経過。
艦長が同行した報道部の少尉であり、記者であるヴェルナーに艦長はすまないと言う。
15時間たった。

だが直らない。
すまない…。
しかし、U-96の機関長はじめ、機関兵たちは優秀だった。

ヴェルナーに、自分の故郷は今頃、雪だと言った機関長。
妻と一緒の写真があった。
出撃前夜、妻は出産のために入院した。
これが彼にとっても、最後の航海だった。

直った!と、機関長が報告に来る。
すべて直った!
そして空気を吐き出し、推進力として浮上する。
チャンスは1度だけだ。

浮上したら、全速力で逃げる。
ディーゼルが動くことを祈る。
奇跡だ。

運と、そして乗組員隊が相当に優秀だったこと、みんなをまとめあげる艦長と下士官たちが相当に優秀だったことも奇跡だった。
完全に沈めたと思った敵は、追ってこない。
U-96は走る。

あの、バラエティー番組で流れて相当の人が知っているであろう爽快感に満ちた音楽ともに、海上を走る。
全速力で逃げる。
息苦しい極限状態の後のこの脱走劇の、何と解放的で爽快なことか。

帰還の港。
45日間の極限状況は、はつらつと港を出た若い兵士たちの容貌を一変させていた。
それでも生きて、ロシェル港にたどり着いた。

テープが投げられ、迎えの人たちが笑っている。
負傷した航海長に、「太陽の光が拝めるぞ」と声がかけられる。
その時。

鳴り響く空襲警報。
やってくる敵機の編隊。
空襲が始まった時、ゲエッ?!と言ってしまった。
見る見るうちに、港は空襲の阿鼻叫喚の場と化した。

その時間、3分ほどだったと思う。
もうもうと立ち込める煙。
燃え上がる炎。

負傷したヴェルナー少尉が、フラフラと出て来る。
ヴェルナーのポケットに、何かある。
彼がポケットから出して見たのは、機関長の故郷の雪の風景と、そこにいる妻の写真だった。

その機関長。
士官。
乗組員。
みんな、みんな死んでいる。

そして…。
U-96が沈んでいく。
やっと浮かび上がって帰還したUボートが、沈んでいく。

頭がもう、少ししか水面に出ていない。
それをジッと、艦長が見ている。
食い入るように見ている。

なめらかにU-96は沈む。
Uボートが沈みきった時、艦長が崩れるように倒れた。
ヴェルナーが、よろよろと近づく。

艦長は横倒しになったまま、動かない。
画面が暗くなる。
タイトル。

お、終わった。
思わず、そうつぶやいてしまった。
このラストのあっけない破壊劇に、私は言葉を失いました。

戦争映画として最高峰なら、後味の悪さも最高峰。
無事帰還して終わりでも、構わなかったぐらいの映画。
でも「後味悪くすれば、印象に残るよね!」なんて安易な考えで、壊滅を見せたんじゃない。

このラストをつけたことで、この映画はものすごいメッセージ性を持ったと思う。
戦争が、どれだけ空しいことなのか。
その前で人間が、どれだけ儚い存在なのか。

戦勝国となった国で戦争状態となった国はあるが、日本とドイツは戦後70年、一度も戦争をしていないとこの前、話している人がいました。
…やらない。
やらないよ、そりゃ。
こんなの見たら、それはもう、やらないよ!

そう言いたくなるラスト。
戦争映画とか、アクション映画、サスペンスドラマもそうですが、これらの中では人が極限状況、危機に置かれる。
その状況で人間は、生き延びようとする。
この時、ドラマが生まれる。

だから戦争映画、アクション映画、サスペンスドラマは人の命と言うものが掛かっているにも関わらず、作られ続ける。
しかし戦争映画には、そのドラマにもう一つの状況が生まれる。
同じ、必死に生きている人間なのにお互いを生きるために殺しあわなければいけないということ。

この映画でも、もうとっくに人を避難させたと思って、船にとどめの魚雷を撃ち込むシーンがある。
ところが、乗組員はまだ避難していなかった。
「なぜだ!」と怒る艦長。

海に落ちた人たちが、こちらに向かって泳いでくる。
だが助けることは出来ない。
U-96は後ずさりするように、後進して行く。
みんな、苦しい。

「ナチスドイツ」兵なんかいない。
みんな、みんな、人間だった。
必死に生きようとした人間。
お互い生きたいのに、殺しあわなくてはいけない人間だった。

そして、やっと生き延びたと思った人たちが、あっさりと死んでしまう。
戦争映画には、こういう理不尽さと空しさが加わる。
加えてもわざとらしくならない。

戦争映画っていうのは妙な思想を感じさせたりするより、淡々とこの状況を描けばいいんじゃないかと思う。
妙にイデオロギー入れれば、反発を呼ぶだけ。
そして「Uボート」とかこの前の「英霊たちの応援歌」とか、そういうことを描いている映画を戦争賛美なんて言うのはおかしい…。

私はどういう経緯で誰と行ったのかはまったく忘れてしまいましたが、この「Uボート」は劇場で見ました。
そして当時、「船を『床板一枚、下は地獄』というが、潜水艦はまさにこれだと思わせる映画」と言われていたと記憶しています。
とても、とても息苦しい映画。

肉体的に狭い空間で、窮屈。
精神的に追い詰められて。
そして物理的に空気が足りなくて。
いろんな意味で、窮屈さを感じる映画。

自由がないなんていうのは、甘いぐらいの緊迫。
やはり当時、「『浮上できなかった潜水艦の、戸棚や引き出しは全部開いているらしい。乗組員が空気を求めて、すべての空間を開く』こんな話を嫌でも思い浮かべる映画」と言われていました。
閉所恐怖症の友人が、こういうのが一番怖いと言っていた気がする。

私も思った。
潜水艦には乗りたくない!
だから観光で、潜水艦に乗ろうと言われた時も断った。

当直の人間が寝ていたぬくもりのあるベッドで、当直ではない人間が眠るというベッド。
50人に1つのトイレ。
狭くて、おそらく熱気がこもっていて、臭気もこもっていて不快な空間。
観光の潜水艦はそんなんじゃないのは、わかる。

ネス湖の潜水艦は乗りたい気持ちもなくはないが、やっぱり嫌だ。
緒形拳さんが、しんかい2000に乗り込んで深海に行ったのを見たことがある。
この時、緒形さんは何か覚悟をしているのかなと思いました。

…こんなこと覚えているから、他のことは忘れちゃったのか。
だけどこの映画は忘れられない。
忘れられない映画。


私たちは未来のあなたです 「男たちの旅路」

鶴田浩二さん主演「男たちの旅路」。
第3部の1話「シルバーシート」。
出演者の豪華さに、驚きました。

志村喬さん、笠智衆さん、加藤嘉さん、藤原釜足さん、殿山泰司さん。
杉本たちが警備する羽田空港に、志村喬さん演じる本木が現れ、警備員に話しかけるとしつこくてしょうがない老人だと言う噂が流れる。
それを聞いた杉本と悦子は、本木を見ると避けるようになる。
すると本木は杉本と悦子に、逃げなくても良いと言う。

まだ昼休みは終わっていないんだろう?
そんなに嫌なら、話しかけない。
ただ、自分はここに来て、外国で仕事をしていた時の匂いを思い出しているだけだと。

突然、本木が倒れる。
そのまま、本木は亡くなってしまった。
吉岡に勧められて、悦子と杉本は本木がいた住所を尋ねていく。
するとそこは老人ホームだった。

同じホームにいる老人たちによると、本木の息子は金目のものだけを持つと、後はすべて捨ててくれと言ったらしい。
他に言うことはないのか。
何の感慨もないのか。

すぐに帰ろうとした悦子と杉本だが、彼らに酒をおごられて上機嫌に一緒に騒ぎ出す。
それが気になった他の入居者は、昼間からの酒が違反だと院長に訴えた。
しかしそれは酒ではなく、水だった。

驚いた悦子と杉本は、老人たちに小遣いをやって帰って行った。
それから悦子と杉本は、老人たちに小遣いをやるようになる。
だがある日、この老人たちは都電に乗り込み、電車ジャックをする。

悦子と杉本が説得に来るが、老人たちは応じない。
吉岡なら何とかなるのではないか。
杉本は吉岡を連れて行き、吉岡は老人たちのジャックする車内に入っていく。

そこで老人たちは吉岡に、あんたも同じになると言う。
自分たちだってこうなるまで、年を取るのがどういうことかわからなかった。
人事だった。
だが、わかった。

老人たちは一人一人を指して、こいつは優秀な技術者だった。
そいつは職人。
だがもう、そんなことは誰も思わないし、彼らに求めない。

自分たちはただの老人。
世間のお荷物。
だけどこの年寄りはあんたが子供だった頃、電車を動かしていた人間だ。
学校を作ったり、お米を作っていた人間だ。

しかしもう、年を取って力がなくなってしまった。
そうしたら、誰も敬意を示してくれないんだ。
これでは人間の使い捨てじゃないか。

普通のおばあさんだって、子供を何人も育てた。
それだけで敬意を表されて良い。
人はやってきたことで評価されて良いじゃないか!

税金で世話になっている、人の世話になっている人間はおとなしくしていろ。
わかってるよ。
でも時々、うわーってやりたくなるんだよ。
無茶でもしたくなるんだよ。

そんな年寄りの気持ちなんて、あんたにはわからないよ。
本木さんが死んだのを見て悲しかった、くやしかった。
このまま、大人しくしんでたまるもんかと思ったんだ。
私たちは、あなたの20年後です。

吉岡は言う。
あなたたちは、甘えている。
自分はそうなる覚悟は出来ていると。

あなたたちのしていることは、子供がすねて閉じこもっているのと同じだ。
こんなところにいないで、外に出て声を出すべきだ。
しかし、吉岡の言葉は、老人たちの心に響かない。

年を取ればわかる。
あんたも同じだ。
使い捨てにされるんだよ。

このままでは警察に逮捕されると危惧する杉本。
だが、逮捕して欲しいと老人たちは言う。
普通に逮捕して欲しい…。
そして彼らは、逮捕されて出てきた。

バーで、杉本に吉岡は何を話し合ったか聞かれた。
だが吉岡は、「あんたも年を取る。年を取ったらわかると言われた」としか言えなかった。
いつも若い世代と真っ向から対立し、自分の考えを堂々と述べ、理解しあってきた吉岡。
しかし、今度の吉岡には語るべき言葉がなかった…。

あなたも年を取る。
年を取ったら、わかるよ。
私たちは、20年後のあなたです。

この時代にすでに、今日問題になっている老人問題を取り上げた作品。
あんた、シルバーシートが本当に思いやりだと思っているのか?
かわいそうな弱った老人に、席を譲りましょうというあのシルバーシート。

そんな考えが、そんな扱いが、本当に老人を幸せにすると思っているのか。
老人が何を求めているのか、何を幸せに思っているのか。
いや、老人じゃない。
これまで人生を積み重ねてきた、1人の人間だ。

もう何もできない。
衰えた。
そうかもしれない。
だが、だからといって、尊重されないのはつらい。

誰だって年を取る。
あんただって、そうだ。
その時、俺たちの気持ちがわかるだろうよ。

ベテラン俳優さんたちが演じる、老人たちの気持ちがひしひし伝わってきました。
いつも堂々と人とぶつかりあってきた吉岡が、言葉を失う。
生死の境を経験した特攻隊帰りの吉岡が。
鶴田浩二さんを絶句させるのは、ベテラン俳優さんたち。

私は枯れた魅力の笠智衆さんと、正反対のギラギラエネルギッシュな加藤嘉さんは正反対の魅力を持った同世代の俳優さんだと思っていました。
だからこの2人の共演に驚き、喜んでしまいました。
みなさん、自分の持ち味を殺すことなく、見事に調和していたからすごい。
志村喬さんの品格と口調で、「やっぱり良いなあ、この俳優さん」と思いました。

そしてこれは…、今日、問題になっていることですね。
さらにこれは、介護保険制度と言うものが成立した今でも、解決できていない領域の問題。
人の幸せの問題。
心の問題。

だから現在も共通の問題なんでしょうね。
この時代にこの問題を扱ったドラマを見せていたとは。
いや、本当にテレビドラマを見る意味があった時代なんだなと思いました。
そしてこの彼らの言った言葉は…、心に突き刺さったままになるなあ。


みんな孤独になって終わる「仕事屋稼業」

政吉とおせいの親子。
ろくでなしの蕎麦屋の亭主の半兵衛と、文句を言いながら支えるお春という男女。
仕事屋組織の崩壊も衝撃ですが、この人間関係の崩壊が切ない。
この時代はよく、物語の世界をとことん崩壊させて終わりましたが、これはもう、すごかった。

最後に、親としての情に負ける元締め。
相棒をとことん助けながら、最後はすべてを捨てて殺し屋として旅立つ半兵衛。
ヤクザな遊び人だった政吉は元締めとの親子の絆を沈黙のままに守り、殺し屋の掟を守って死んでいく。
仕事屋としての自覚に欠けると言われ続けた2人に守られて、元締めのおせいは生き延びる。

つらかったですね。
その前にも半兵衛と政吉が、旅先での後味の悪い仕事を終えて帰ってくるシーンの回がある。
蕎麦屋の前で半兵衛が「じゃ」って言って、別れる。
あ、そうか…って顔をした政吉は歩いて行く。

しかし、ふと立ち止まると、来た道を引き返して行く。
その時の政吉の、ヤクザっぽい、肩を揺らした後姿に行き場のないものすごい孤独感が漂っている。
旗本の養子になった政吉が、どうしてヤクザになっているのか。
この背景が一切明かされないだけに、重さが増す。

林さんの演技は、大してつらそうな顔もみせていないんですが、もうどうしようもない孤独がにじみ出ている。
この年齢の林さんだからできた演技かもしれません。
外道殺し屋との抗争や、奉行所からの追求、強敵との戦いで組織が崩壊するラストはありますが、「仕事屋」はそれはきっかけに過ぎない。

「仕事屋」の衝撃は、人間関係の崩壊のすごさ。
いつもどんでん返しの仕事屋らしく、最終回は親子の関係も、男女の関係も、元締めとちょっと自覚の足りなかった殺し屋も、すべての関係がひっくり返って終わる。
政吉の後ろ姿に感じた寂しさ、切なさが数倍強くなって、「仕事屋」は終わります。



おーい、水島!一緒に日本に帰ろう 「ビルマの竪琴」

「ビルマの竪琴」。
私が見たのは、1985年版です。
この年、日航ジャンボ機墜落事故がありました。

「ビルマの竪琴」は、この映画の前に学校で読みました。
児童小説だったと記憶しています。
ただ、まったくの童話ではなくて、実在の人物をモデルにして書いています。
確か、このモデルとなった方が亡くなった時に、ニュースになったと思います。

映画では、中井貴一さんがビルマに僧侶として残る水島上等兵を演じました。
水島の隊の隊長で、音楽学校出身の井上隊長は石坂浩二さん。
これがもう、2人ともピッタリなんです。

知性的で、インテリで、歌を歌って隊をまとめる井上隊長。
故郷を遠く離れた国の、つらい行軍でみんなで歌う日本の歌はどれほど心に沁みることか。
みんなをまとめることか。
力を与えることか。

ある日、疲れきった井上隊は、交戦国ではないタイの国境に近い村で休息を取る。
しかし世話になった村で、敵軍のイギリス兵たちに取り囲まれる。
住民を巻き添えにしないよう、彼らを裏口から逃がす。

井上隊長は兵士たちに「歌え!」と言う。
とまどい、怖れる兵士たちに、戦闘準備を整えながら自ら力強く歌いだす。
続いて兵士たちも歌い始める。

次には、広場に置かれている弾薬を取りに行く。
あれに弾丸が一発でも当たれば、大爆発を起こす。
兵士たちは酒に酔った振りをして、表に笑いながら出て行く。

パッと弾薬を積んだ車に飛びつく。
水島がその上に乗る。
決死の覚悟で、竪琴を弾き始める。

一発でも当たれば…。
俺たち、みんな粉々だ。
なんまいだぶ、なんまいだぶ。
囁く兵士もいる。

無事、弾薬を取りに行き、兵士たちは家に入る。
井上隊長が、サーベルを抜く。
その表情は、あの温厚なインテリ青年ではない。
厳しい表情の軍人がそこにいる。

サーベルを抜き、いざ…!と息を呑んだ時。
今まで歌っていた、「埴生の宿」が表から聞こえてくる。
なんだ、お仲間か…と笑った兵士がいたが、違う。
英語だ。

イギリス兵たちが、歌っている。
同じ歌だ。
英語だが、同じ歌。
彼らの表情もまた、兵士として戦場に行く前の自分を思い出していることが伺える。

井上隊も、同じ歌を歌いだす。
水島が竪琴を弾く。
一瞬、外が静まる。
だが次には英語と日本語の曲の、合唱となった。

井上隊は投降し、捕虜となった。
3日前に、停戦となっていた。
無駄な戦闘、無駄な犠牲者は双方出したくなかった。
井上隊の歌は、たくさんの命を救うことになったのだった。

日本は負けた。
この上は生きて全員で日本に帰ろう。
そして今度は、焦土と化したらしい日本を立て直すために働こう。

インテリらしい井上隊長の決意。
しかしまだ抵抗を続ける隊がある。
三角山のその隊を説得する役目が、井上隊に下る。
だが井上隊長は、戦死するかもしれない任務には就けない。

隊長がいなければ捕虜たちを英語で意思の疎通が難しくなるし、捕虜をまとめる人間もいなくなるからだった。
そこで隊長は、その役目を水島に頼む。
軍曹は自分ではないのかと言うが、三角山の兵士たちは気が立っている。
気性の荒い軍曹では、衝突こそすれ、説得は無理だと思われたからだった。

ところが水島の説得は、拒絶される。
やってきた水島の、日本が負けたという情報に動揺する者はいた。
だがこの時、兵士たちはちらりと隊長の顔を見る。

この隊長は、菅原文太さん。
隊長が玉砕だと言うのだから、自分たちはそれを鼓舞するような発現しか出来ない。
内心では、「本当ならやめたい…」と思っていても。

結局、時間切れとなり、イギリス軍の攻撃は再開される。
三角山の隊は全滅。
傷を負ってたった一人、ムドンの捕虜収容所まで水島は歩いて向かおうとする。
気を失った水島を助けたのは、ビルマの僧侶だった。

水島はこの僧侶の衣を盗み、腕輪をつけてムドンに向かう。
僧侶の衣を身にまとっていれば、食に困ることはなかった。
必ず、住民が拝みながら、食料を差し出した。

ムドンへの道の途中で、水島が目にしたものは鳥が全滅した日本兵の屍をついばむ光景だった。
見ていられなかった水島は、兵士たちを埋葬する。
しかし次には海岸線におびただしい数の屍があった。
たまらなくなった水島は、走り出した。

そしてムドンに到着。
近くの僧院に泊まることができた。
その時、僧侶たちが水島を仏に近い席に案内し、「そのような腕輪をする徳の高い僧侶には初めて会った」と言う。
水島が世話になった僧侶は、かなりの高僧であることがわかる。

明日は捕虜収容所で合流、と思っていた水島だった。
収容所の近くに、竪琴を弾いて、イギリス兵からお金をもらおうとしていた幼い少年がいた。
水島が弾く竪琴のうまさに、少年はそれが弾ければお金がもっともらえると言う。
少年に竪琴を教えていると、近くの病院から看護士たちが牧師とともに出て来る。

イギリス兵を埋葬するのだと少年が教える。
その時、水島の目はある墓標にひきつけられた。
「日本無名戦士の墓」。
この言葉は、水島の胸を貫いた。

無名戦士。
無名戦士…。
立派に埋葬してもらえる、イギリス兵。
水島が見てきた骸。

野ざらしになり、葬るものはいない。
水島は、仲間を前にして元来た道を戻っていく。
この時の水島の心情は、良くわかりました。

水島が戦死したと聞いた井上隊長は、非常に後悔していた。
そして、水島の生還を願っていた。
来た道を戻る水島は、捕虜として使役を果たしている井上隊が戻ってくるところに出くわす。

あの僧侶、水島に似ていないか…?
兵士たちは、すれ違う時、水島?と呼びかけてみた。
だが反応がない。
水島は、ビルマ人の格好をしてビルマ語を話すと、まるでビルマ人に見えたのだが。

戻った水島は、野ざらしになった骸を埋葬し始める。
興味深い顔で見ていた現地の人もやがて、水島を手伝い始める。
そしてある日、水島は埋葬のために掘った穴で、何か光るものを見つける。

ルビーだ。
現地の人は、不思議だと言った。
この辺りでルビーが採れることはないのに。
死んだ人の魂だ。

水島はルビーを握り締めた。
井上隊は、道を整備したために、イギリス兵の慰霊に参加することになった。
その時、僧侶たちの最後尾に水島そっくりの僧侶がいることに気づいた。
しかもその僧侶は、日本式の遺骨を持っていた。

井上隊長は、納骨堂にその僧侶が持っていた遺骨の箱があることに気づく。
そっと箱の中を開けてみると、中には輝くルビーがあった。
隊長は確信した。
あれは水島だ。

そして、水島はもう、隊には戻って来ない。
一体、水島は何を見たのだろう。
どんな経験をしたのだろう。
隊長は涙ぐむ。

やがて、隊に帰国許可が下りた。
沸き立つ兵士たち。
だが水島がいない。

あの僧侶。
もしあの僧侶が水島なら、収容所の鉄格子の前で歌えば出て来るのではないか。
そう思った隊員たちは、声がかれるまで歌い続ける。

あと3日しかない。
「日本ばあさん」と呼ばれている、収容所に来る物売りのおばあさんに言葉を教え込んだオウムを託す。
オウムは「おうい、水島。一緒に日本に帰ろう」と喋る。

帰国の日の朝。
あの、僧侶が来ている!
隊員たちは外に出る。

僧侶は無言だった。
だから隊員たちは歌い始める。
埴生の宿。

たまらなくなった水島は、傍らにいる少年の竪琴を弾き始める。
水島だ!
隊員たちは沸き立った。

良く帰ってきたな!
早くこっちへ来い!
だが、水島は動かない。
一体どうしたっていうんだ!

水島は、竪琴で「仰げば尊し」を弾いた。
今こそ、別れめ。
いざ、さらば…。
そして、朝もやの中、消えていった。

不可解な気持ちの隊員たちに、日本ばあさんが餞別を渡す。
ばあさんは、オウムも持ってきた。
いらだった軍曹は、そんなオウム要らないと言うが、これは違うオウム。
僧侶に渡したオウムの、兄さん鳥。

すると、そのオウムが喋りだす。
「僕は、日本に帰るわけには、いかない」。
この、人がいつも言う言葉を覚えるという、オウムの使い方もうまい。
ばあさんは、隊長に僧侶からと言って手紙も渡した。

帰りの船の中、隊長は手紙を読んだ。
そこには、水島がどれほど、仲間に会いたいか。
日本に帰りたいか。
復興のために働きたいかが、書かれていた。

だが、そうすることはできないことも。
自分は名もなく、異国で果てていった兵士たちを埋葬して回りたい。
その魂を慰めたい。
この仕事が終わったと感じたら、日本に帰れるかもしれない。

あるいは、この地で自分は一生を終えるかもしれない。
だがどうしても、日本に帰りたい気持ちに勝てなくなった時は、僧侶の禁を破って竪琴を弾きます。
手紙には、そう書かれていた。
みんな、泣いた。

そして、時がたち、みんなは帰国する故郷のこと、故郷でやりたいことを話し始めた。
小林はそっと、傍らの岡田に水島は本当にもう、日本に帰らないのだろうかと聞いてみた。
この小林上等兵は、渡辺篤史さん。
岡田上等兵は、小林捻持さん。

小林の言葉に、岡田は何だ、小林、水島には冷淡だったくせにと言った。
確かにそうだ。
今まで自分は、水島のことを考えたことはあまりなかった。

この話を知った今でも、水島のことを考えていたわけでもない。
ただ、水島の家の人はあの手紙を見て、どうするだろう。
隊長がきっと、うまく言ってくれるんだろうななどと、変なことばかり考えていた。

水島だった僧侶は、1人、ビルマの赤い土の上を裸足で歩く。
ビルマの土はあかい。
水島は、ビルマのその赤い土の中、歩いていった。

日本ばあさん役の北林谷栄さんが、また、見事。
それと、ビルマの高僧がすばらしい。
水島がおそらく、自分の衣と腕輪を盗っていくこともわかっていての沐浴。

日本兵の格好のまま、長い道のりはつらかろうと思ったのでしょうか。
おそらく、食うこともままならず、行き倒れるであることも。
悟り方、水島にかける情け。
さすが、高僧。

川谷拓三さんが、軍曹。
気が荒くて、でも決して嫌な軍曹ではない。
川谷さんも、菅原さんも、北林さんも、監督も、関係者の方々がなくなられていることが時の流れとはいえ、寂しい。

ビルマの描写、僧侶の戒律。
おそらく、日本人がハリウッド映画で描かれた日本や日本人を見て、違う!と思うことと同じようなことがこの映画にもあると思います。
歌で敵味方が殺しあわずにすむとか、そんな甘いことはないと言う指摘もごもっとも。
お互い、仲間を殺され、自分も殺されそうになっているんですから。

インパール作戦。
白骨街道。
自分の親戚の1人も、ビルマでとても若くしてなくなっています。

市川監督も、この原作者も戦争を知っている世代。
戦争が、戦場がどういうものか。
いかに悲惨か。
どれほど、人から人間性を奪うものか。

知っているからこそ、歌で殺し合いをしなくてすむ。
同じ人間であることが確認できる。
こういうファンタジーが作りたかったのでは。

国同士が争い、民族が違っても、通じるものはあるんじゃないか。
お互いの人間性を蘇らせるものは、あるんじゃないか。
音楽は、人類共通の言語なんじゃないか。

そんなファンタジーが、作りたかったのでは。
甘いと言われようとも、ベタな作りでも良い。
最後の「仰げば尊し」で、泣けてしまうベタな人間は思う。

うまく出来てる映画だと思う。
みんな、うまく演じてると思う。
実際の戦争は陰惨で、救いがないからこそ、こんな優しい戦争映画があっても良い。
そんなことを思った映画です。


カラー映像

戦後70年、戦争についての番組で次々、遺体の映像が出るのには驚きました。
米軍の残した映像だと、カラーのものがある。
この時にこれをカラーで残してることに、国力の違いも感じます。

しかし、白黒でもかなり、戦争の被害を撮影したものはきついんです。
いや、白黒であるがゆえに、その黒い部分が何なのか想像させられるのは、かなりきつかった。
ところがこれがカラーになると、ものすごい生々しいんですね。
リアルで、改めて衝撃を受けます。

だけど、あの、機銃掃射っていうのは、いや、原爆だって空襲だって何だってひどいんですけど、あれはひどい。
皮膚感覚で、嫌なんですね。
同じような感覚をもたらすものに、火炎放射器があります。
怖い。

ひどいと思います。
虐殺です。
戦争はそういうものでしょうが、虐殺という言葉が浮かぶ。
アメリカっていう国は東日本大震災の時に助けに来たのを見て、あの規模とか機動力とか、やっぱりすごいと思った。

衰えたとか言われることもあるけど、あの国力ってたまらない。
他にあんなことできる国、ないと。
あれが敵に回ったら、すごい怖い。
敵に回ったらあれ、全部爆弾になって降って来る…。

余計なことを考えてしまうのは、あの国と戦争した国だからでしょうか。
今は平和で、本当に良かった。
ありがたいです。
戦争の犠牲になった方のご冥福を、心よりお祈りいたします。