何となく、植物売り場を見ていると、食虫植物がありました。
何となく、これは今の時代はウケてる感じがします。
ギザギザした葉が両方から挟み撃ちする、ハエトリソウ。
鋭い歯が獲物を捕食するみたいです。

葉の先にベトベトする液を丸くたたえたモウセンゴケ。
小さなビーズみたいです。
虫を捕らえると、クルリとねじれて包み込む。

そして、ウツボカズラ。
ひょうたんのような形に変化した葉の中には、消化液が溜まっている。
甘い香りに誘われた虫は、内部表面には逆さに生えた毛のために、登ることができない。
つまり、2度と表に出ることができない。

昔むかし、それはかなりな昔。
みなしごハッチという、ミツバチの子が女王蜂のママを探して旅をするアニメがありました。
ハッチが友達とかくれんぼしてると、その友達はウツボカズラの中に隠れてしまった。

助けを求める場面まで覚えてます。
しかし、記憶はそこまで。
そこから次回に続いたのかな?

助かったんでしょうか。
ウツボカズラには、密室に閉じ込められた絶望感がありました。
あの状況で、溶かされて行くって恐怖。

このアニメのせいで、ウツボカズラはバッチリ覚えてます。
ハエトリソウやモウセンゴケとは違う恐怖の印象です。
私にとってのザ・食虫植物です。


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2016.08.31 / Top↑
「深イイ話」という番組で、猫の特集をしたことがあります。
この中でアナウンサーの吉川美代子さんと、愛猫ゲンさんを取り上げていました。
ゲンさんは22歳!
でも愛情注がれてかわいがられている動物が持つ目をした、かわいい賢そうな猫でした。

吉川さんは、ご両親を相次いで亡くした時、ゲンさんにとても救われたそうです。
猫に救われた。
これをすぐに自分に置き換えました。

家の19歳の猫が段々、年齢による衰えを見せていた時でした。
ゲンさんの更なる長生きを願いました。
この後、他の番組を見たのか、友人が、吉川さんはゲンさんが夏を越すかと言っていた話をしました。

たぶん、ゲンさんとの時間はあまり残っていない。
だから吉川さんは、ゲンさん最優先。
電話の最中でもゲンさんが甘えて来たら、ゲンさんに構うとのことでした。
幸せなゲンさん。

そのゲンさんが、5月に亡くなったことを知りました。
吉川さん、最期は3日3晩、仕事をキャンセルして付き添ったそうです。
そしてゲンさんは、僕はもう準備ができたから先に行くね、という感じで旅立った。

ゲンさん、きちんと生きて、旅立った見事な最期だったんだなと思います。
吉川さんとゲンさんの絆は、別の段階に行っただけで切れることはない。
でも今まで当たり前のように、そこに存在していたものの姿、感触、声、暖かさ、重さがない寂しさと喪失感は例えるものがありません。

愛情が深ければ深いほど、別れはつらく、喪失感と悲しみは深い。
でもゲンさんは、吉川さんに幸せでいてほしいはず。
自分を幸せにしてくれた人ですから、大好きですから。
書いてて、自分が泣いてるけど。

吉川さん、お疲れさまでした。
お体に気をつけて。
ゲンさんのご冥福をお祈りします。
ゲンさん、おやすみなさい。

2016.08.28 / Top↑
スマップ解散。
解散、そして今後の活動についても注目が集まっているようです。
不安になるような話も聞きます。

自分はあまり詳しくは知らない者ですが、SMAPは今まできちんと良い仕事をして、ちゃんとした結果を残して行っていると思うんです。
だから仮にどこからか、力が加わったとしても、様々な大物や実力ある人と仕事をして来て、認められているのであれば大丈夫。
多少やり方は変わるかもしれませんが、ファンも本人も納得が行く活動をし続けることができると思います。
また、そういう人が巨大な人気グループ解散後も活動していくことが、芸能界を変えるかもしれませんし、そうであって欲しいと思います。

でもこれほどのグループが解散する時は、メンバーが笑顔でいて欲しい。
解散は卒業であり、新たなステージへの旅立ちであって欲しい。
ファンも納得する解散理由であって欲しいです。


2016.08.26 / Top↑
「シン・ゴジラ」、大ヒットのようで、良かった良かった。
そういえば、もう5年以上前になると思いますが、石破・元防衛大臣。
「いつもゴジラを自衛隊が攻撃しているけど、あれは誰が命令してるのかな?」
なんか、こんな発言されてたような記憶があります。

聞いた知り合いは「何言ってるんだ」みたいなこと言っていたんですが、深刻な話だったんですね…。
UFOに対しては領空侵犯で対処すると思うと言っていたような。
「インデペンデンス・デイ」の話だったかな?
あの頃の話だったのかな。

それで「ゴジラは災害で対処」って言ってて「災害」って、周りは笑っていたような。
何で災害って。
大きいから?って。

更に害獣として対処って言って、「イノシシ?熊?」みたいな反応でした。
知り合いも「石破さん~(笑)」だったけど、あれ、マジメな話だったんですね。
政治家の先生の「シン・ゴジラ」の感想を聞いてみたいです。


2016.08.23 / Top↑
チャンネルNECOで、モスラの映画を7時間以上、放送していました。
その中の予告で知ったのですが、9月のチャンネルNECOは「特撮大国日本」特集の第1弾。
題して「日本のインデペンデンス・デイを探せ!」

9月はこの3作品を放送する予定だそうです。
「宇宙大怪獣ドゴラ」。
「宇宙人東京に現る」。
「吸血鬼ゴケミドロ」。

うわー、うれしい。
今、いろんなリメイク映画がありますが、今こそ、ドゴラを作ってほしいの。
当時はドゴラを撮影するのに限界があり、どちらかというとドゴラよりアクション映画になっていました。

でも今なら。
今の技術なら、ドゴラできるでしょ?!
ドゴラ見たい人、あんまりいないんでしょうか。
作ってください!

「宇宙人東京に現る」は、子供にはパイル星人の容姿が怖かった。
怖いんだけど、見たい。
岡本太郎さんデザインと知って、なるほどと。
ストーリーも大人に向けて作っているし、楽しみです。

「吸血鬼ゴケミドロ」。
これ、見た記憶がないんです。
あんまりにも怖いから、見せないようにしていたのでしょうか。

頭から緑の血液が流れ、ゴケミドロになる?シーンなんか見たら、子供うなされますね。
トラウマになりそう。
親はそんな面倒なことは嫌だったから、徹底して避けたのかも。
いやいや、楽しみ。

こんなこと楽しみに過ごしていると、夏が終わってしまう。
秋が来てしまう。
1年が早い…。
歳だ…。


2016.08.22 / Top↑
金曜日の夜8時から、テレビ東京で「やっさん」というドラマを見ています。
先週、なんと江幡高志さんが出演されていました。
良いご隠居といった感じで、何より「ああ、お元気なんだ!」と感動してしまいました。

ドラマに参加してくれる気力、意欲、体力が江幡さんにあることがうれしいです。
江幡さんに出演させてくれるスタッフさんがいることも、うれしいです。
ありがとう、江幡さん、テレビ東京さん。

2016.08.21 / Top↑
知り合いの旦那さんが、小学1年生の息子さんを連れて、「シン・ゴジラ」を観に行ったそうです。
旦那さんもあそこまで大人向けの映画だとは思わず、息子さんを連れて行った。
それで心配したけど息子さん、真剣に観ていたそう。

たぶん、細かいところは理解していないだろうけど、会議のシーンもちゃんと観ていた。
あのテンポの速い会話は、飽きなかったんでしょう。
俳優さんたちも、うまかったですしね。

息子さんはその後、今度はアクアラインに行った時、「ゴジラいないよね」と心配していたとか。
怖かったらしい。
「いないよ~」って笑ったけど、本気で怯えていたと言っていました。
見慣れた街が壊れていく様子も、怖かったんでしょうね。

漫画家の山岸涼子さんが1954年の「ゴジラ」を観て、強烈に記憶した話を描いていました。
社会科見学か、修学旅行かで国会議事堂を見た時、「ゴジラ」と思ってしまったそうです。
それぐらい、ゴジラは怖かったんですね。

山岸さんはその後、子供の恐竜を盗られた親の恐竜が都市に現れる映画を観た。
親の恐竜の咆哮が、だんだんと近づいてくる。
怖かった。
それを聞いた学者さんは、「それは本能的な恐怖です」と答えたそうです。

「ゴジラ」を怖がった子供の頃の山岸さん。
「シン・ゴジラ」を怖がった知り合いの息子さん。
「ゴジラ」が怖いのは、本能的な恐怖なんでしょうか。

確かに最初の「ゴジラ」って、話し合いの余地がない。
共存を考える余地もない。
「シン・ゴジラ」も同じです。
さらに人間が太刀打ちできる相手ではないと、思い知るような圧倒的な存在です。

「シン・ゴジラ」に至っては第2形態がもう、気持ち悪い。
さらに第4形態のゴジラの、小さな、まるで金属に黒点がついて動くような目。
ギャレス監督の「ゴジラ」は、主人公と目が合っている。
こちらを気遣うとは思えないけど、人間が蟻を見るぐらいの意識はしているとは思いました。

「シン・ゴジラ」は、そういうこともしているとは思えない。
だいたい、ゴジラに人間と共通する感情があるように見えない。
人類と地球を守ってくれるのがゴジラだと思っていた人は、このゴジラにショックを受けるでしょうね。

聞いた話ですが、庵野監督は「女性と子供を意識しない作りにする」と話していたそうです。
これも聞いた話なので真偽はわかりませんが、長谷川博巳さんの矢口と、石原さとみさんのカヨコ。
あの2人は元恋人という設定にした方が良いんじゃないかと言う話が、東宝側からあったとか。
女性に受けるなら、恋愛を入れるセオリーですね。

だとすると子供に受けるように作るなら、ゴジラを倒せるすごい武器を登場させたかもしれませんね。
もしくは、ゴジラに対抗できるような人間側のヒーローが出てきたかも。
さらにそのために、わかりやすいキャスティングがされたかも。
結果として、そういうことをしなくて良かったです。

庵野監督は女子供に受けなくて良い、つまり女性や子供をバカにしているんじゃないと思うんです。
この映画には入れなくて良いものだから、入れなかったんでしょう。
それをやると、軸を描けなくなるからやらない。

共感しやすい人間ドラマを入れなかった。
恋愛要素を入れなかった。
子供に受けるシーンを入れなかった。
結果として、みんなに受けた。

子供って、自分が「ゴジラ」を見た時もそうだったと思うんですけど、わりとちゃんと見てるんですよね。
理解は及ばないかもしれない。
けれど、伝えたいことは何となくでも、くみ取っている。

少なくとも、ちゃんと本能的恐怖を感じていたんですから。
それで後から考えたり、知ったりすることもある。
もちろん、女性の観客だってちゃんと見ていると思うんです。

でもこれってやっぱり、すごい判断ですよね。
セオリー通りに作って成功しなかったら、「ゴジラ」がもう、受けないって判断されます。
でもセオリー通りに作らなくて成功しなかったら、個人が責められませんか。

庵野監督は、「日本映画の何かが変われば良い」と思ったそうです。
変わるかもしれませんね。
日本は「スクラップ・アンド・ビルド」を繰り返して成長すると、映画の中の言葉にありました。

「シン・ゴジラ」は、「スクラップ・アンド・ビルド」だったというわけです。
なるほど。
こういう映画がヒットして、本当に良かった。


2016.08.20 / Top↑
現在、家の中をスッキリさせようと「断捨離」しています。
それでいろんなもの、自分が知らなかったものなんかも見つかってます。
油ですね、おそらく頂いた物だと思うんですけど、結構な数が見つかりました。

ただ、ずいぶん前に賞味期限が切れてる。
でも封は切っていない。
だから、大丈夫かな~と思って、水曜日のお昼にその油で唐揚げを揚げたんです。

捨てるの、もったいないと思ってしまった。
貧乏性。
せこいんですね。

夜、何となく、おなかの調子が悪い。
でもすごく悪いわけじゃない。
なので放置していたら、時間が進むにつれ、お腹が痛くなってくる。

こんな時には正露丸。
しかし今回は、あんまり効かない。
朝になっても何か痛い。

それでも午前中はだいぶ良くなって、再び家の中の整理にかかる。
お昼、昨日作った唐揚げの残りを食べる。
しばらくして、昨日よりもっとお腹が痛くなる。
お腹というより、今度は明確に胃が痛い。

しかし家には胃薬がない。
めったに胃が痛くならないし、正露丸が効くので、ない。
買いに行くか。

だけど、あんまり動けない。
動くと、痛くなる。
それどころか、肩も凝ってきた。
全体的に、つらい。

胃薬~。
…と思っていたら、あった。
ちょっと前、自分にではなくて買ったセルベール。

自分に買ったわけじゃないから、忘れていた。
見ると、症状にちゃんと効きそうでしたので、飲んでみました。
頼みます。

夜になっても、あんまり食欲ない。
何が悪かったんだろう?と、食べたものを考える。
そしてふと、もしかして油かと思いました。
油、古かったのか。

友達に話すと、古い油は酸化していると危険らしい。
翌日も痛かったら、医者だと言われ、木曜日は夜の10時半には寝てしまった。
具合悪くて、疲れたんですね。

早朝、オリンピックの女子レスリングの決勝を見るのに起きましたけど。
木曜日は前日にずいぶん睡眠とったし、お腹はたまに痛むものの、昨日のような症状はない。
しかし久々にほぼ1日、具合が悪い日となりました。

それで気が付いたんですが、断捨離になってない。
古い油捨てられないとか、全然、断捨離がわかってないですよね。
いや、私のせこさこそが、断捨離できなかった最大の理由なんだな…。
反省。


2016.08.19 / Top↑
まだうまくまとめられませんが「シン・ゴジラ」。
しつこく書きます。
おそらく、まだ何度か書きます。
さて、賛否両論あるのは当たり前と思える「シン・ゴジラ」ですが、自分としてはこの映画、否定したくないんです。


60年以上前の作品であり、今見れば拙い特撮であったとしても1954年のゴジラは色褪せない。
今回、映画館でこの「シン・ゴジラ」を観た時、思いました。
1954年のゴジラを観た人たちって、こんな感じだったんじゃないかと。
映画を観て、こんな気分だったのではないかって。

1954年の「ゴジラ」は、まだ戦争の傷が生々しい時に生まれている。
実際に戦争の災禍を経験している人たちが、作っている。
観ている人たちにもまだ、強烈な戦争体験があった。
ゴジラによる破壊は、おそらく、かなり生々しかったのではないか。

「シン・ゴジラ」ではゴジラが上陸し、川を昇り、自動車が弾き飛ばされ、建物が崩れる。
街を焼き尽くす。
この光景は、日本を襲った災害を想像する。

瓦礫の下から見える足、靴。
逃げ遅れる家族。
電気が消えた地下鉄にいて悲鳴を上げた人。
地下に逃げた人。

そして、ゴジラが下を向いて壮大に吐き出した炎…。
これが映っているだけだが、これ以上は想像したくない。
これで充分。
目を背けたくなるリアル、生々しさ、無力感と絶望感があった。


1954年の「ゴジラ」は怪獣映画ではあるけど、怪獣を使ってメッセージを放った映画だった。
まず感じるのは、一般市民を巻き込んだ戦争への強烈な怒り。
反戦。

このゴジラで感じる反戦は、綺麗事でもなければ、理想論でも政治的に利用される反戦でもなかった。
どの政治にも思想にも属しない。
経験した者がもつ本当の怒りと哀しみ、強烈なメッセージがあった。

「シン・ゴジラ」にも何の政治的、思想的、イデオロギーは入っていない。
想定外の大災害が日本に起きた時、この国はどうするのか。
政府は、官僚は、国民はどうするのか、どうなるのか。

日本を取り巻く現実を浮かび上がらせた。
そして日本という国、日本人が持っている問題点、美点、底力を描いた。
強烈なメッセージがあると感じた。

こういう感情とメッセージが入った作品は、色あせないと思う。
1954年のゴジラは、色褪せない。
今度のゴジラも、そうであると思う。

どちらも「スクラップ・アンド・ビルド」の日本が作るゴジラ。
日本と日本人を、必要以上に否定も賞賛もしていないと思う。
「スクラップ・アンド・ビルド」の日本だからできた作品。


1954年のゴジラは製作者の人たちがこれを見せたい、伝えたい、感じてほしいと強烈に思ったものを作っている。
他の作品もスタッフさんが言っていたが、「俺はこれを見せたいんだ!」ってものを作ることが大切であると。
それに対しての正誤、善悪、異論は出る。
出るだろうけど、とにかく自分が見せたい・作りたい・伝えたいものを作る。

「シン・ゴジラ」も、これだと思う。
ウケやセオリーから外れても、描きたいものを描いた。
だからこの「シン・ゴジラ」を、嫌いと言う人は、当然いると思う。

いても良いと思う。
でも、これを作ったということは否定したくない。
全て否定するということは、今後の邦画の芽を摘んでしまうことになるんじゃないか。


また、「シン・ゴジラ」はゴジラが東京を破壊する意味も描かず、登場人物の背景も描かない。
今回の災害の中で起きている人間ドラマも描かない。
これは本当に、かなり思い切ったことをしていると思った。

描かないけど、あの、ゴジラという想像したこともない災害に立ち向かう人たちの姿で充分なのがすごい。
ゴジラを題材にした災害・戦闘シュミレーションのようだが、まるでドキュメンタリーを見ているようだった。
「プロジェクトX・ゴジラに立ち向かった日本」というか。
「シン・ゴジラ」で感じる思いは、ドキュメンタリーを見た時の思いと似ているかもしれない。

非難されるかもしれないが、思い切って今の日本に自分が見せたいものを作って見せた「シン・ゴジラ」。
プロジェクトX・ゴジラ。
これを承知した東宝さんも偉い。
応援します、また観ます、買います、書きます。


2016.08.16 / Top↑
ヤシオリ作戦に向かう矢口に、泉が言う。
「10年後の総理じゃなかったのか?」
泉は矢口に「行くな」と言う。

だが矢口は、政治的な判断が必要になることがあると言う。
「10年後、俺が総理になっていることより、10年後も日本があることを選ぶ」。
泉が言う。

「俺は官房長官のポストで良い」、だったかな?
「後を頼む」と矢口に言われ、2人は握手を交わす。
つまり、「生きて帰れよ」ということ。

ヤシオリ作戦に向かう自衛隊に矢口は、志願で行くのかと問う。
「いや、ローテーションで行きます」。
「みんな、自衛隊に入った時から覚悟してます」。

自衛官を前に、演説する矢口。
「日本を守る最後の砦が、自衛隊だ」。
これ、今の邦画で堂々と言っちゃうのって、勇気ありませんか?

でもこの映画にイデオロギーとか、思想はないと自分は思う。
だってそれに本当にそうだった。
東日本大震災、そして福島第2原発の事故で思った。

自衛隊だけじゃない。
消防庁も、警察も危機に立ち向かった。
ゴジラが見える場所に、矢口たち指令部が集まる。

ヤシオリ作戦開始ー!
反撃ー!
ヤシオリ作戦はもう、鳥肌立ちっぱなし!

鳴り響く音楽。
これ、「ゴジラ」の自衛隊さん出動の音楽でしょ?
その音楽にのって画面を走るのは、新幹線!

冒頭からちょくちょくテロップが出てたが、ここで「無人新幹線爆弾」と出る。
新幹線が、全車に爆弾を積んで、東京駅に向かって疾走していく。
いや、東京駅にいるゴジラに向かって突っ込んでいくのだ!

ぎゃああああ。

これは私には邦画史に残る、最高のシーンです。

新幹線爆弾をぶつけられたゴジラが、目覚める。
ゴジラはすでに背中からのレーザー攻撃という、ゴジラへの対空攻撃を無効にする技を持っている。
だが無人の米軍機が、ゴジラに向かってミサイルを投下する。

ゴジラが再び、発光し始める。
背中から数十の、紫のレーザーが発せられる。
次々、消滅する米軍機。

それでも、米軍機はさらに投入される。
撃ち落としていくゴジラレーザー。
指令所の放射線量も、上がっていく。
だが矢口も引き下がれない。

「この期を逃すな!」
「無人在来線爆弾、全車投入!」

在来線!
山手線、京浜東北線、東海道線ですよ。
通勤電車ですよ。
東京都民の足ですよ。

いつもゴジラに、ギャオスに、めちゃくちゃにされてるんですよ。
今回だって、冒頭に第2形態ゴジラにぶっ飛ばされてるんです。
そう、これはJRからの報復の一撃!

在来線が、ゴジラを中心に突っ込んでいく。
ゴジラの体に、脱線した在来線が這うようにして登っていく。
爆弾が炸裂する。
米軍の爆弾の何十倍、何百倍の爆弾が炸裂する。

電車の報復。
焼け野原にされた東京都民の足と、都民からの一撃。
日本人からの一撃。

米軍機がステルス攻撃の時、1号機の仇だと言ってましたが、これはゴジラによって失われた者の仇だ!
食らえー!と心が叫ぶ。
もう、もうね、在来線というところからして、日本が全力を投入しているんですよ。

私がいつも使ってる電車が、がんばってる。
普通の日本人がみんなで、巨大な相手に挑んで行くイメージ。
爆発上等!なんだけど。

無人在来線爆弾のために。
被災し家や家族に犠牲が出たであろう人たちが、自分のことを後にして仕事に掛かっているはず。
危険な状況下、休養も取らずに仕事に臨んでるはず。

線路だって、ポンプ車が通る道路だって、整備したに違いない。
ヤシオリ作戦は、こういう名もなき人々の活躍によって成功した。
日本の総力対ゴジラ(国難)。

「この期を逃すな!」
「無人在来線爆弾、全車投入!」

…しびれる。
本当はこんなこと、言わなくて済むのが一番なんだけどね。
こんなセリフ、一生に一度、言ってみたいのではないか。

ごめんなさい。
それほど、しびれた。
俳優さんって、幸せだなと思う時です。

ゴジラのレーザー攻撃にひるむことなく、続いて米軍は爆弾投下。
イージス艦からもミサイル発射。
ゴジラの周りの超高層ビルに炸裂。
ビルが倒れてくる。

自分たちで、自分たちの街を破壊している。
徹底的に。
もう、日本の総力対ゴジラ(国難)。

ゴジラ目掛け、全ての周辺ビルが倒れる。
咆哮するゴジラ、転倒。
これが仰向けに倒れなかったらどうするんだろう、なんて後で考えること。

ポンプ車、特殊建機第1小隊登場。
ゴジラの口に伸びるポンプ。
ああ、これはフクシマだと思う。
状態としては、歯医者の治療を受けるゴジラなんですが、そんなことは後で考えること。

血液凝固剤が、ゴジラの口から注入されていく。
20%投入完了!
しかし、ゴジラも抵抗する。

口からレーザーが出る。
第1小隊にレーザーが炸裂する。
小隊が跡形もなく、吹き飛び、消滅する。

「第1小隊、全滅!」
矢口が目を閉じる。
だがここで、ひるんではいられない。

再び、ゴジラを攻撃。
ゴジラ、転倒。
第2、第3小隊が向かう。
血液凝固剤を口から流し込む。

50%、60%、70%。
100%!
矢口についてきている安田が「頼むから計算どおり行ってくれ」と思わず、口に出す。

尾頭さんへの「ごめんなさい」と言い、この方は確かに偏屈かもしれないけど、悪い人じゃないと、ここでも思う。
ゴジラが立ち上がる。
動く。

再び、体が発光する。
だがその体の表面は、どんどん凍っていく。
光が失われていく。

ゴジラは咆哮し、完全に凍りついた。
終わった…。
ヤシオリ作戦、完了!
熱核兵器へのカウントダウンは、1時間を切っていた…。

カウントダウンに待ったをかけてくれた、フランス。
里見総理がフランス駐日大使の前で、頭を下げている。
腰を直角に折り、椅子に座っている大使に頭を下げ続けている。
その後ろでは黒いスーツを着た官僚たちも、すべて腰を直角に折って頭を下げている。

泣けたあ…。
すばらしいお辞儀だ。
美しいお辞儀だ。

避難所の子供が、笑顔になっている。
大人も笑っている。
そういえば、避難所に猫がいた。
日本にいるのは、人間だけじゃないんだもの。

尾頭に初めて、笑顔が浮かんだ。
この笑顔の破壊力も、すごい。
彼女は決して楽観はしていない。

でも笑っている。
彼女が笑っているということは、終わったんだ。
市川さんも、ヒロインだった。

カヨコが、矢口に言う。
フランスに情報を流したでしょう。
ああ、約束を破った。

フランスだけじゃない。
世界中に。
後悔はしていない。

カヨコが言う。
自分が大統領で、あなたが総理。
良いビジョンじゃない?

最良の傀儡ですか。
カヨコが矢口に言う。
辞めないでね。

でも責任は、取らなければならない。
しかし矢口は、これからの日本、立て直した日本を考えている。
日本の問題点も、良い点も浮かび上がらせたゴジラ。

矢口の横顔を見るカヨコも、前を向く。
そして言う。
好きにすれば。

初登場した時の、いかにもアメリカの特使といった事務的で合理的なカヨコじゃない。
心なしか、まなざしが熱い。
普通なら恋愛を絡めるところ、この映画はそう言う人間関係は一切、絡めなかった。

矢口と赤坂が話している。
これからが大変だ。
日本は、ゴジラと共存していく。
ゴジラが動けば、再び熱核兵器へのカウントダウンが始まる。

今回の責任を撮って、里見以下、内閣は総辞職する。
そして選挙だ。
矢口は言う。
辞めなくてはならないだろう。

でも今じゃない。
まだ、辞められない。
目線は凍ったゴジラに向けられる。
赤坂は言う。

「この国はスクラップ・アンド・ビルドで、成長してきた」。
破壊と再生を繰り返し、日本と言う国は伸びてきた。
「今度も大丈夫だ」。
「せっかくスクラップしたんだ。今度はもっとましな政府を作ろう」。

これだけの犠牲を出した反省。
監督はゴジラの形を借りて天災を、それによって押し流される日本を描いていた。
災害の時の政府及び自衛隊のシュミレーションを描き、戦争の時のシュミレーションを描いた。

これは日本が、国難に立ち向かう映画だった。
ゴジラという虚構の存在を使って、現在の日本を描いた。
日本の持つ弱点と、強さ。
日本を取り巻く現実。

守らなければならない国と国民を、国難に直面した時、どう守るか。
国民は国を、どうやって守るのか。
それを描いている。
この映画に政治的、思想的なものはなかったと思う。

日本を貶めてもいないし、賞賛しすぎてもいない。
日本への信頼と愛情。
この国には力があるんだよ、という希望は感じられる。
日本のプライドと底力に訴える映画だ。

それと、ヒーローがいない。
自分の仕事を果たす名もなき人たちが、ヒーローだ。
この点でもまさに、日本らしい映画だったと私は思う。

日本にハリソン・フォード大統領は、いない。
今回の「ゴジラ」のような「ヒーロー」はハリウッドでは作らないし、日本はハリウッドのような総理も作れない。
同じ「ゴジラ」を扱った映画で、文化の違いを思うとは。

大河内、そして里見臨時総理のお辞儀に泣ける。
財前の「仕事ですから」に、しびれる。
まさに日本だから。
日本人の感覚に、しっくり来るから。


そして…。
凍結したゴジラ。
カメラがそのゴジラを映していく。

尻尾だ。
尻尾の先に、何かがある。
手だ。
人間…?

これはどういうことだろう。
尾頭が「ゴジラより怖いのは人間ということですね」と言っていたが、ゴジラも一番の災害は人間だと思ったのか。
この状態で、なおもゴジラは進化するのか。

進化は小型化、群生化、有翼化と進む。
小型化、群生化するところなのだろうか。
凍結は危機一髪で間に合ったのだろうか。
それとも…。

目を凝らして観ようとした時、スクリーンは暗くなった。
ゴジラの音楽が流れ、クレジットが流れる。


2016.08.15 / Top↑