こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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飛んでいけ、カモメ! 「ロスト・バケーション」

プールでは一時、1年で365㎞以上泳ぐことを目標としていた時期があります。
その時は4㎞ぐらいはノンストップで泳げました。
遠泳できる、と思いましたが、海では泳ぐことはありませんでした。

海は怖い。
泳げると思って過信して、沖に流されるってこともありうる。
過信しなくても流されるってことが、ありえる。
プールで横でアクアビクスやっていたらなかなか逆らって泳げないのに、海の力はもっとすごいだろう。

それに、海にはいろんな生き物がいる…。
「ジョーズ」なんか見ると、サメの恐怖っていうのも実際にあるなと思います。
あんな大きくなくても、十分怖い。
めったに人を襲うようなことはなくて、どちらかというと人間の方がサメを捕ると聞いても。

サメの映画と言うと、有名なのは「ジョーズ」。
見てリアルで怖いと思ったのは「オープン・ウォーター」。
休暇でバケーションにカリブ海に出かけ、スキューバダイビングをしたカップル。

ところがダイビングを中止したはずの男性が参加したために、指導員が人数を勘違い。
カップルがまだ海にいるのに、全員そろったと思って帰ってしまう。
海から浮上したカップルは、乗るべき船がいないことに気付いたけど、どうにもならない。
どっちが岸かもわからない。

やがてカップルの周りに、サメが集まり始める…。
おそらく、沖へ沖へ流されて行っている恐怖。
周りに海と空と太陽しかない静寂さが、それに拍車をかける。
ここで発狂しても、誰も構ってくれない。

やがて日没。
スコール。
稲光の中、浮かび上がるサメのシルエット。

弱って行く2人。
ラスト、港で釣り上げられているサメ。
捕まえたサメのお腹に、カメラが入っていたよ…。

前置きが長くなりました。
サメ映画の名作に加えたいと思った「ロスト・バケーション」。
ネタバレしているので、注意してください。


休暇で秘境のビーチに来た、アメリカ人のナンシー。
母親を救えなかったことで、医者を続けることに自信をなくしていた。
父の言葉も、今のナンシーには届かない。
医学部を辞めることも、考えていた。

人気がないビーチに連れて来てもらったナンシーは、サーフィンをする。
このビーチは、母親に教えてもらったビーチなのだった。
海に向かって、母に向かってナンシーは問いかける。

一番助けたい人を助けられない、医療なんて無力。
私が医者を目指す意味って何?
生きるって何?

その意味って何?
人は死んでしまうのに。
そんな心境。

同じく旅行中のサーファー2人も、サーフィンに参加した。
彼らが帰る時、ナンシーも一緒に帰るべきだった…。
ナンシーは、クジラの死体に群がるカモメを見た。
不吉な予感を感じたナンシーは、戻ろうとする。

そこで、ホオジロザメに攻撃される。
左足を負傷し、やっとのことで這い上がった岩礁。
岸は見えている。
だがこの負傷した足で、サメが泳いでいる海を泳ぎ切れるわけがない。

負傷した足が、しびれて来る。
医療の心得があるナンシーには、壊死の危険が迫っているのがわかった。
女性がしているネックレスとネックレスのヘッドを使って、傷を開き、とりあえずの治療をするシーンが痛い。
予想がつく痛さ。

日没。
夜の海の上は、寒い。
さらに怖ろしいことには、満潮の時間が迫ってきていた。

満潮になれば、この岩礁は海に沈む。
サメはやすやすと、ここにやってくることだろう。
ケガと、時間との闘い。

岸にやってきた酔っ払いにコンタクトを取るが、酔っ払いは彼女の荷物から金だけあさって去って行こうとする。
ここで酔っ払いが岸で寝込んで、サメに襲われてしまうのが自業自得っぽいというか。
翌日、昨日のサーファー2人がやってきて、ナンシーに気付く。
だが彼らも、サメの餌食となってしまう。

ナンシーは、1人が持っていたカメラに自分のメッセージを映す。
そして、海に投げる。
もし、自分がサメに食われた時、誰かがこれを見つけて家族に伝えてほしい…。

ナンシーのいる岩礁に、カモメがやってくる。
カモメもまた、クジラに群がっていた中でサメに襲われた一羽だった。
このカモメの存在が、ナンシーに生きる実感を与える。

1人ではない。
体温がある存在が、自分の他にもうひとつ。
近くで生きているということが、極限状態でどれほど救いとなるか。

決意の時間が迫る。
ナンシーは、カモメを触る。
「大丈夫、折れていない」。
そう言うとナンシーは、カモメの脱臼した翼を元に戻す。

ビーチにやってきた地元の子供は、デジタルカメラを拾った。
何が映っているのだろう。
カメラを見た少年は、父親の元へ走り出す。

そこにはカメラの持ち主であるサーファーに何が起きたかが、映っていたのだった。
知らせを受けた少年の父親は、何もかも察した。
少年の父親は、ナンシーをこのビーチまで乗せてきたトラックを運転していた。



ここから先は、物語の結末に触れています。
未見の方は、気を付けてくださいね。


こんな状況に陥った時、どうするべきか。
考えたけど、わからなかった。
あきらめたらそこで、ゲームオーバーよ。

そんなことは良く言われることだけど、この状況で精神状態を保っていられるだろうか。
考えてしまった。
ナンシーは、ブレイク・ライブリー。
美しく、ほとんど一人芝居の演技を、とてもうまく演じていました。

医学を志した意味もなくし、生きる意味もなくしかけていたナンシー。
サメは彼女に迫りくる、死の化身。
この迫る死の化身と極限状況とカモメが、彼女の生への執着を呼び起こす。
生きる意味を思い出させる。

この心境の変化が、素晴らしい。
そして、素晴らしいのはカモメ。
ただいるだけで、何もしない。
でも、存在感がすごい。

ナンシーが、カモメに手を伸ばす。
飛べないカモメ。
どこにも行けないカモメ。
まるで自分だ。

岩礁の上から動けないという意味でも。
母を亡くし、医師としてやっていく自信がなくて、どこにも居場所がないという意味でも。
痛さにカモメがナンシーを噛む。
その痛みさえ、今のナンシーには生きている証となる。

カモメだけでも、生きてほしい。
生きられるのなら、生きてほしい。
人は極限状況に陥ると、そういう心境になるのだと思った。

ナンシーは医学生だから知識もあった。
賢くて、強かった。
勇気と知性があった。
そして、あきらめない意思があった。

医学の心得。
勇気と機転。
これが彼女を生還へと導く。
助かった彼女の目に移ったのは、飛ぶカモメ。

ああ、生きている。
そして私も生きている。
生きているって素晴らしい。
それだけで意味がある。

ナンシーの目に、涙があふれる。
彼女は父親と海にやって来る。
海はもうたくさん、とはならなかった。
私は生きる意味を、ここでつかんだのだから。

生きとし生ける者は、生きたいと思っている。
ならば、それと共に闘うのが医師である自分の使命だと気づいたのだから。
このラストには、そんな意味があると思いました。
海のシーズンの夏に見るのにも、良い映画だと思います。


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