こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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「管理されない楽しさ」 山崎努さんインタビューで

テレビ埼玉で今、「新・必殺仕置人」を放送しています。
時代劇専門チャンネルではもうすぐ「必殺仕置人」が放送されます。
念仏の鉄の違いを見るのも楽しいかも。
さて、「新・必殺仕置人」DVD発売の時、「時代劇マガジン」に山崎努さんのインタビュー記事が載っていました。


山崎さん「(仕置人の頃は)京都映画の撮影所が一番盛んな頃で、現場にも勢いがありました。
最初に準備稿を読ませていただいて、何よりおもしろかったのは、アウトローの話だったことですね。
職もなくてドロップアウトしているようなキャラクターが、結果的には勧善懲悪、悪者をやっつけるという話になる、そこがおもしろかったんです。

連続ものの場合は、そこから先どうなるかという部分をどんどん作っていくわけですから、キャラクターを膨らませることができる余地があったんですね。
(念仏の鉄は)坊主の出で、それがドロップアウトして、巷の隅っこでインチキな骨接ぎだがやって、タカリや何かで生きている。そういう設定でした」。


だから、山崎さんは京都の新幹線の駅内に床屋さんがあったので、撮影の行き帰りに剃っていたそうです。
CMにもそんな状態で、出演した。
しかし、頭を剃っていると、何を着ても刑務所帰りみたいになって、着るものに困る。
当時、幼かった子供さんと、遊園地に行くのに苦労したそうです。

しかも最初は仕事はこれだけだったのでそれでも良かったけれど、途中からそうもいかなくなって髪を伸ばしたとそれか。
確かに「仕置人」の最初は本当に見事に坊主でしたね。
それがちょっと、髪が伸びてきている。

仕置人は、台本的なスケジュールはきつかったけれど、撮影は5日ぐらいのところ、8日かけてくれたので、結構楽だったそうです。
カメラの石原さんと、照明の中島さんの評判は東京にも届いていた。
すごい画を撮る、と。


「彼らが一番張り切っていた頃だから、撮影開始時間も早いけれど、楽しいものだった。
ロケもあちこち足を伸ばしたし、チームワークも良かったし、仲良かったし、好き勝手にやっていたので、みんな楽しかったんでしょう」。


野川由美子さんもインタビューで、同じようなことを言ってしましたね。
山崎さんは定番の時代劇のパターンをどう崩すか考えていたし、カメラマンも監督もそうだった。
製作は若い人にチャンスをあげようと思っていたので、約束事はなく、自由にやれた。

「若い監督も入りやすかったんではないか」と、山崎さん。
「でもやはり、この番組のベースは工藤監督が作ったのではないか」と言います。
工藤監督は時代劇にも造詣が深いが、現代劇を撮っているような感じだった。

時々、演出に詰まる、何かもうひとつ、アイデアがないかな、という時は、即興でやっていった。
決まりきった演出ではなく、それもまた、楽しかった。
当時は山崎さんも、2階から飛び降りたりしていた。


「やることがなくなると、この番組は屋根に登るんだ」。
屋根といえば、マキという人が出てましたけど、彼は火野正平のマネージャーだったんですよ。
坊主頭で小太りでね、あのまんま。

『おもろいなあ~』とか普段から言っていて、いつも現場に来ているから、あいつを出そうってなった。
フンドシさせてね。
本当にフレキシブルな現場だったんですよ。
みんな乗っていたから、ああいうこともできたんだと思います」。


アクションシーンも、ご自分でされていたとか。
一度、竹光を持った相手との立ち回りで、眉の上も切った。
その時は真夏だから化膿しないようにと、涼しいクーラーのきいた部屋で2日間休ませてくれた。


「仕置人と、新・仕置人ではメンバーもずいぶん、変わりましたね。
藤田まことさんと僕だけが残って。
藤田さんはもちろん、おもしろかったですけれど、中村嘉葎雄さんがまたおもしろかった。
共演するシーンも多くて、大体アドリブでシーンを作っちゃいました。

筋はあるんですけども、脚本家さんも忙しいから、行間をどう埋めていくかは現場の作業になる。
そうなると、アドリブが一番おもしろい。
現場で『このぐらいはやっちゃおう』っていうのが、新鮮でしたね。

嘉葎雄さんと僕、藤田さんももちろん、アドリブのきく人なんでおもしろかったですね。
嘉葎雄ちゃんはボケが上手いんですよ。
でもツッコミもできる。
僕も両方できたから、上手い具合にいったんじゃないかと思いますね」。

「新・仕置人で虎の元締めを演じた藤村富美男さんも、印象に残ってます。
俳優としては素人なんですが、なんと言ってもキャラが立っていた。
黙って座っているだけで存在感がある人でしたから」。

「人柄がとても良くて、謙虚な方で、仲良くなりましてバットもいただきました。
あの物干し竿を。
うちにありますが、重くてとても振れないですよ、あれ。
当時でも振れませんでした」。


はあ、虎の元締めは本当にすごかったんですね。
山崎さんは藤村さんに甲子園の阪神-巨人戦のOB関係者席に招待してもらったことがあるそうです。
嘉葎雄さんが隣にいて、藤村さんは3つぐらい先の席にいて、後はずらりと往年の名選手が並んでいる。
ところが山崎さんはちょっとビールを飲んで、野球に夢中になっていたら、全部すっ飛んで、相手チームの応援をしてしまったそうです…。


「今なら、そんなにおかしくないと思うんですが、鉄がピアスをしていたり、ブレスレットつけていたりするのは、全部自分のアイデア」。
山崎さんは連続物があまり好きではなく、それは一つのキャラクターをずっとやっていると飽きちゃう為だとか。
だから飽きないように、いろいろやっていたそう。

鉄の場合はどんな風にもできるから、持ったんだとか。
髪が「新・仕置人」で伸びてくるのは、やっぱりそういった役柄に関する理由があったようです。
それと、やっぱり他の役柄、後の役柄の為だと聞きました。


「でもやっているうちに、前の約束事を忘れてしまうこともありました。
石原さんが『おかしいやんか!』と。
その時はそんなことがおもしろいと思って狙っていたんでしょう」。


連続して見ているせいかもしれませんが、たまに「あれ?」と思うことがあって、こちらは辻褄あわせを考えたりしてますが、単にそういうこと…?
レントゲン撮影も話題になったけれど、それは石原さんのアイデア。


「あれがバカバカしくて、ナンセンスなおもしろさがあって。
ですから、基本的には陽気なんですよ、鉄は。
底抜けに明るいんです」。

「いろいろ虐げられて社会の重圧がどうのこうのとか、そういうことではないんです。
何となく思いつきで感覚的にやっちゃう。
そういう線を狙っていたんですね。
それがまあ、うまくいったんじゃないかと思うんです」。

「この作品は視聴率も良かったし、僕の役にも、自慢するわけではありませんが、熱烈なファンの方がいて、『念仏の鉄の会』というものもできてました」。
当時、鉄のファンクラブもあって、再放送もされていたのでずいぶん長く続きました。
今ならパソコンで作れるけれど、当時としては立派な機関誌を作って送ってくれました」。


「かんのん長屋」の仕置人たちの日常を見ている感じだけでも「新・仕置人」は、見ているのが楽しかったものです。
つまり、これは俳優さん同士の日常でもあったような。
「アドリブが一番おもしろい」って、それでいて「素」で遊んでいるんではないんですよね。
ちゃんと役柄を演じて、その役が遊んでいる。
良い俳優さん同士の息が合うと、こんなシーンが作れたんだと感心します。


「最後に鉄が死んだのは、僕も限界だなって思っていたし、やめさせてくれとは僕からは言いませんでしたけど、製作の方もそう思ったんじゃないでしょうか。
でもね、死ぬシーンはおもしろいですからね、撮影は楽しかったですよ。
原田(雄一監督)くんがまだ若い頃で、何回もどうやって死んだらおもしろいかって相談してました」。

「それでやっぱり、鉄だから女郎屋で死ぬのが一番良いだろうな、って。
そういう部分でも鉄っていうのは、みんなに愛してもらえたキャラクターでしたね」。
「ずいぶんやってますけど、『観ました』って言われるのは、この『鉄』と、『ザ・商社』『早春スケッチブック』。
この3つは今でも言われます」。


あ、こちらは「鉄が死んじゃった~」と涙だったのに、現場は楽しかったんですね~。
はい、映画「刑務所の中」でも同室の俳優さんたちが初めて山崎さんを見た時は、「仕置人だぁあ…」と感動したそうです。
鉄を見ていた人は感動しますね、やっぱり。


「あの頃、あの年齢で、鉄と出会えたっていうことは、良かったんでしょうね。
僕の日記みたいなもので、その時思ったり、感じたりしたことを、最低限守らなければならない条件はありましたけれど。
それ以外はその時の自分が感じていたこととか思っていたこととかを、許される範囲で役に叩き込めたという意味でもね」。

「当時の若者達は、鉄のアナーキーなところに惹かれたんじゃないかと思います。
あまりこういういい方は好きじゃないんですが、多少、時代とも関係はあったと思うんですね。
高度成長真っ盛りの頃で、金権主義で自己中心的な、自分さえお金を持っていれば、儲かればいいや、みたいなそういう時代だった」。

「ですから、アウトローの貧乏人が金持ちの悪をやっつけるというのが受け入れられて、ヒットしたのかもしれません。
朝日放送の山内プロデューサーが冒険好きな人だったというのもベースにあるんですけれども、本当にこのシリーズがあれだけ人気番組になったというのは、石原さん・中島さんの功績だと思います」。

「(このインタビューは2005年)何年か前に久しぶりに会った時に、まだ中島さんもご存命で、みんなそれぞれ年をとってもきちんと仕事していました。
だから何か言っておいてあげたいと思うんです。
彼らが一番元気だった頃の功績を、ちゃんと残しておいてあげたいんです」。

同じようなことを、本田博太郎さんも語っていました。
工藤さん、石原さん、中島さんのことを語れるのなら、自分はどこでも行く。
語る、と。

「『必殺』を作った頃と今(2005年)とでは、社会状況も変わっているかもしれませんが、若者達はきっと今でも、体制や日常に管理されているというモヤモヤがいっぱいあると思うんです。
でも鉄という男は全く管理されない」。

「管理されていないなりのつらさとか厳しさ、寂しさみたいなものはあるのかもしれませんが、でも管理されない楽しさもこの男にはあったと思うんです」。
「これからあらためてDVDなりでご覧になる人たちには、そういうところを感じていただき、またスタッフたちの功績を思っていただければ幸いです」。


そうか、私は鉄の自由奔放さに、惹かれるんだな。
それだけの厳しさ、つらさ、寂しさはある。
けれど、管理されない楽しさと、楽しいだけの強さが鉄にはある。

人は自分にないものを持っている者に、惹かれる。
自分ができないことをやってのける者に、惹かれる。
そうか、だから鉄は時代が変わっても、私には魅力的なんだなとわかった記事です。


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Comment

No title
編集
>念仏の鉄の違いを見るのも
某所では第1シーズンの緑ジャケルパンと第2シーズンの赤ジャケルパンという例えも。

>中村嘉葎雄さんがまたおもしろかった。
>大体アドリブでシーンを作っちゃいました。
15話で鉄が自分が怪我をさせたおでん屋のオヤジに嘘くさい薬を売り込もうとすると、
松が、その頭に一撃くれて昏倒させながら、おでんを食べ続けるとかありましたね。
ああいうのもアドリブだったのか…。役者が自分で面白いと思って演じるから
自然体で笑いが取れる、後期に入ると脚本段階でコミカル描写を入れて無理に
笑いを取ろうとする所が出てくるので、この辺が差になってくるのかもしれませんね。

そういえば「新・仕置人」の頃は役者やスタッフが集まって社会人野球チームが
あったような気がしたのですが、あれは藤村さんの影響?
2013年03月27日(Wed) 17:02
巨炎さん
編集
>巨炎さん

>某所では第1シーズンの緑ジャケルパンと第2シーズンの赤ジャケルパンという例えも。

ああ、うまいたとえですね。
微妙に違うんですよね。
それが裏稼業のキャリアとか、年月を感じさせもするんですが。

>15話で鉄が自分が怪我をさせたおでん屋のオヤジに嘘くさい薬を売り込もうとすると、
>松が、その頭に一撃くれて昏倒させながら、おでんを食べ続けるとかありましたね。

ありましたね~。
鉄が自分が殴って気絶させた屋台のおやじさんに、傷薬を売りつける。
松ちゃんが鉄を殴りつけて気絶させる。
あのラスト、好きですよ。

>ああいうのもアドリブだったのか…。役者が自分で面白いと思って演じるから
>自然体で笑いが取れる、後期に入ると脚本段階でコミカル描写を入れて無理に
>笑いを取ろうとする所が出てくるので、この辺が差になってくるのかもしれませんね。

別のインタビューでも、中村さんは芸達者なんで、そういう芝居が成立するんだとおっしゃってました。
本当に仲がいいんだなって雰囲気は、こういう撮影だからかもしれませんね。

>そういえば「新・仕置人」の頃は役者やスタッフが集まって社会人野球チームが
>あったような気がしたのですが、あれは藤村さんの影響?

そんな試合、見てみたかったです。
きっと、藤村さんの影響ですよ。
2013年03月28日(Thu) 01:30












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