宮脇明子さん作「弔いの日」。


主人公・靖雄の母が亡くなったのは、満州事変の始まった日だった。
寒い12月8日の夜、雪の中でうずもれていた母親は、一体何の用があってあんな夜、外にいたのか。
その話はどこか、靖雄の家ではタブーとなっていた。
口紅をつけた死化粧の母を見た靖雄は、知らない女性だと言って泣いた。

靖雄の父は関東軍の将校で、その村で走らない人がいない英雄だった。
父親のように、立派な軍人にならなければいけないと靖雄は思ってはいたが、靖雄の体は小さく、弱かった。
そして、英雄の息子に面と向かって言う子供はいなかったが、靖雄は影で「ミミオ」と呼ばれるほど、耳が大きかった。
父親は靖雄にほとんど無関心だったが、たまに戻ってきた時はかなり熾烈に靖雄を教育をした。

靖雄のねえやが祖母に「大奥様、坊ちゃまが死んでしまう」と訴えるほどだった。
「ばかをお言いでない。我が子が憎いはずはないだろ」と祖母は言ったが、「憎い…、はずはない、じゃないか」とつぶやいていた。
父は、ふがいない自分を鍛えてくれているのだ。
私は父の期待に応えなくてはならないのだ。

そう思いつつ、靖雄は父がいなくなると寝込み、一層やせ細った。
何が父の逆鱗に触れたのかわからないが、12月8日の雪降る夜、靖雄は父を激怒させ、表に放り出された。
体が弱い子なのにと祖母は抗議したが、父は自分の息子だと言って、そのままにした。
吹雪の中、靖雄は誰かが歩いているのを見た。

雪の中、白装束の女性が歩いている。
それは靖雄の母だった。
母というより、あの弔いの日、紅をひいた女の顔だった。
気絶してた靖雄は、祖母に助けられた。

父親は、もっと鍛えた方が良いと言ったが、靖雄は母親を見たと言う。
「あっちのお山の方から歩いてきて、向こうの方へ行っちゃった」。
それを聞いたねえやは、昨夜は奥様の命日だったと言って、凍りついた。
山の方といえば、墓地の方角だ。

それ以来、靖雄は毎年、命日には山の方を見た。
毎年、母は命日に雪の中を歩いていた。
まるで、伝説の雪女のようだった。
そしてその話はしなかったが、毎年、その日には父親の姿が家にあったように靖雄は思う。

靖雄は陸軍幼年学校に、筋骨薄弱で落ちてしまった。
文学的な才能があるといって、文学少年たちは靖雄を文学に誘ったが、そんな軟弱なことはしないと靖雄は断った。
ある日、辞書を借りようとして、父親の書斎に入った靖雄は、父に不似合いな文学書を見つけた。
それは知り合いの文学青年が持っていたものと同じであり、目次に封筒がはさんであった。

封筒の名前は、母の旧姓だった。
靖雄は、その封筒の裏に文章が書かれているのを見た。
その文面は、母・喜久乃に当てたものであった。
「愛しい喜久乃さま 決心はつかれましたか。十二月八日です。お子様を連れては、とても無理だと思います。十二月八日、朝6時にそちらの駅につく電車に乗って行きます。愛する喜久乃さま 春陽」。

それは「春陽」という男からの、母の駆け落ちをうながす手紙だった。
12月8日は、母親の命日だった。
どういう事情があって母は吹雪の中、埋まっていたのかはわからないが、母は自分も、父も、この家を捨てて出て行くつもりだった。
この時から靖雄は、母親を憎んだ。

靖雄は一層、父のような立派な軍人にならなければならない、と思った。
そして陸軍学校に入った靖雄は、一学年上の岩谷と知り合った。
岩谷は靖雄が見上げるほど大きく、だが無意味に下級生をいじめることなく、気さくで、スポーツ万能、成績もトップだった。
男らしい岩谷は、靖雄がこうあるべきだという理想だった。

靖雄は憧れと尊敬を持って、岩谷を見ていた。
しかし、ある日、岩谷は女郎屋の前にいて、教師に叱咤された。
それを聞いた靖雄は岩谷に事の次第を聞くと、岩谷は靖雄をどこかで見たことがあると思ったら、幼馴染で、婚約者だった加代に似ているのだと言った。

祭りの日、靖雄は加代を紹介された。
この女のどこが自分に似ているのだ、第一、女に似ているなんて侮辱的だ、と靖雄は思った。
祭りの日とはいえ、あんなに女と近くで話をして、警官にでもとがめられたらどうするのだ、と靖雄が思った時、加代がそろそろ戻らないと、と言った。
「楼」の人に怪しまれる、と加代は言った。

「楼」。
娼婦?
驚く靖雄。
加代の父親は凶作続きで、ついに女郎屋に娘を売ったのだという。

今日、祭りの日に靖雄が誘われたのは、カムフラージュだ。
誰かに見られても大丈夫なように。
靖雄がそう思った時、岩谷は加代と駆け落ちするつもりだ、と話した。
どこか遠くに2人で逃げ、岩谷は年を誤魔化して働く。

考えた末のことなんだ、と岩谷は言った。
いけない。
そんなことをしては、いけない。
岩谷は立派な軍人にならなければ。

靖雄はそう思った。
来週の水曜、消灯の後、自分は抜けるが、靖雄は気がつかない振りをしていてくれ、と岩谷は頼んだ。
靖雄は教師に、岩谷の駆け落ちのことを話した。
すると水曜、駆け落ちの日、岩谷は宿舎ではなく、寮監室の方に泊まるよう言い渡された。

何故…と言った岩谷は出ていこうとしたが、教師たちは軍事教練の軍人に気づかれると大事になると言って、岩谷を抑えた。
その騒ぎの中、靖雄に春陽と名乗る男が会いにきた。
半分以上白髪になったボサボサの髪、欠けた前歯。
もしかしたら若いのかもしれないが、春陽は貧相な年寄りじみた男に見えた。

こんな男と、母は駆け落ちをしようとしたのか。
男を振り切ろうとした靖雄だが、年寄りを突き飛ばしているようなその様子に、周りは眉をひそめる。
しぶしぶと、靖雄は春陽の誘いに応じた。
向かい合った春陽に向かって靖雄は、「母と駆け落ちしようとした男だ」と言う。

驚いた春陽に、靖雄は母と春陽のことを「姦婦と下種野郎だ」と言い放つ。
「わかってもらえないかもしれないが…」と、春陽は言った。
母の喜久乃や春陽は詩を書いており、2人は愛し合っていた。
やむをえない事情で母は靖雄の父に嫁いだが、駆け落ちは「考えた末のことなんだ」と春陽は言った。

どこかで聞いた言葉だ、と靖雄は思った。
「人間というのは、思っているよりも自分に嘘はつけないものなんだ」と春陽は言った。
そして、母を憎まないでくれ、母は最後まで靖雄のことで迷っていた、と話した。
どっちにしても、母は春陽と待ち合わせの日には来なかったのだから…。

この男は、何を言っている?と靖雄は思った。
「行ったさ。12月8日に」。
「月が違うよ。11月8日だ」と春陽は言う。

これはお笑いだ。
では大事な駆け落ちの日を、この男は間違えて知らせたんだ。
だが春陽は、「そんなバカなことはないと言う。
すると靖雄は「じゃあ、何故、母の霊は出てくる?」と聞いた。

何故、12月8日に雪の中を歩いている?
たぶん、待ち合わせの方角に向かって。
「そんなことが…」。
腰を抜かした春陽を、軽蔑のまなざしで見て靖雄は去っていく。

春陽は、大きな耳をしていた。
靖雄の胸に、嫌な疑念が沸き起こる。
呼び止めようとした春陽だが、その途端、特高警察に連行された。

突然、家に戻った靖雄は驚く祖母を尻目に、父の書斎へ走る。
母への駆け落ちの文面。
だが良く見ると、「十二月」と書かれた文章の「十」と「二」の間が少し狭い。
これが「二」ではなく、「一」だったら?

悩みながら学校に戻ろうとした靖雄は、草むらから血が流れているのを見つける。
分け入って見ると、そこには、首を匕首でついた加代の姿があった。
裾が乱れないよう、両足を縛った加代の傍らには「遺書」と書かれた書き置きがあった。
靖雄はそれを震える手で持ち去り、中を見る。

「やっぱり駆け落ちなんて、できるわけがないと思いました。いい夢を見させていただいた、と思っています。でも夢を見た後の現実は、あまりに生きていくのがつらくて。何だか、糸がぷつんと切れたようで。
こんなところで死んで、ごめんなさい。せめて死ぬ時ぐらい、少しでも好きな人の近くで。私を見つけた人は『中村楼』まで知らせてください。きっと探していると思います」。

靖雄は走り、そして倒れた。
あれが、おまえのやったことだ!
そんな声が心の中に響き、追いかけてきた。

この事件の後、岩谷はずいぶんと引き止められたが、学校をやめた。
死んだ血まみれの加代の顔がちらついて、靖雄は起き上がれなくなり、学校から実家に帰された。
やっと起き上がれるようになった靖雄は、「加代は自分で勝手に死んだんだ」と自分に言い聞かせていた。
そしてまた、12月8日がやってきた。

特高から散々責められた春陽は、傷だらけになって釈放された。
「2度とくだらない文章を書くな」と言われ、雪の中、放り出された春陽は電車に乗り、靖雄の母と待ち合わせた方へ、ふらふらと歩き出す。
今年も母は、現れるだろうか?
そう思って山の方を見た靖雄の目に、雪女のような母親が目に入る。

靖雄は思わず、母の後をついていく。
すると、春陽が雪の中、近づいてくる。
母と春陽が再会する…!
そう思った靖雄の背後に、父親が立っていた。

「こんなことが…」と叫んだ春陽が母に駆け寄ろうとした時、父がピストルを抜いた。
「どけ」。
靖雄を突き飛ばした父が、春陽に向かって弾丸を発射する。
背中を撃たれた春陽が、母の姿を前に倒れる。

駅員が「今、何か音がしなかったか」と言うが、別の駅員が「おい、大変だぞ」と叫ぶ。
みな、すぐにラジオの方へ走っていく。
ラジオは、臨時ニュースを伝えていた。
「大本営陸海軍本部 午後6時発表 帝国陸海軍は本8日未明 西大西洋においてアメリカ軍と戦闘状態に入り…」。

母の姿が白い雪の中、消えていく。
父親は発狂したように笑っていた。
「永遠にすれ違えばいいんだ。会わせてなるものか」。
父親は笑い声を上げながら、雪の中、歩いていく。

その後、父の姿を見た者はいない。
12月8日は、父の命日もなった。
それから後は、幽霊どころではなかった。
世の中に、いろんなことが起きた。

町が焼け、多くの人が死に…。
ずいぶん後になって、靖雄は岩谷が戦死したことをと聞かされた。
そして何故か、自分は生き残ったと靖雄は思った。

老人となった靖雄は考えていた。
雪の中を歩いていた、雪女のような母の姿は何が見せていたものだったろうか。
死後にも残った、強い念か。

母を恋うる、春陽という男の思慕か。
父の妄執か。
そもそも、母は本当に、あの男と逃げるつもりだったのだろうか。

そして、靖雄は体が弱い弱いと言われながら、ふと気づくと父よりも母よりも長生きしている。
ヘルパーさんが庭を見ている靖雄に「お庭を見るのが、お好きなんですね」と、声をかける。
「ひざ掛けぐらい、なさった方が良いですよ。夕食はテーブルの上に用意してますから」と微笑んで帰って行くヘルパーに、靖雄は「ありがとう」と声をかける。

1人になった靖雄は庭を見て、考える。
あれは、何が見せているのだろうか?
庭先に立っている、あの2人は。
靖雄の視線の先。

そこには、頭から血を流した兵隊姿の岩谷。
隣には、首から血を流している加代。
2人の姿が、ぼんやりと並んで浮かんでいた。



作中でははっきり追求されていませんが、おそらく、春陽の手紙は靖雄の母親の手元に届く前に、父親に発覚していた。
そこで、父親によって日付が変えられた。
たぶん、父親は愛されていなかった。
しかし父親の方は再婚話を一切、受けなかったというから、母親を愛してた。

さらにもしかしたら、靖雄は父の子ではなく、春陽の子だったのかもしれないと思わせる描写がされている。
母が結婚する前に、既に靖雄がいたのか、結婚した後に靖雄を授かったのかわかりませんが。
そして父は薄々わかっていて、自分に似ないこの子をどこか憎んでいたのかもしれない。

靖雄は自分の理想を岩谷に見てしまったあまり、母と同じように駆け落ちする加代を憎んだ。
自分から理想の岩谷を奪って、岩谷をダメにする加代を憎んだ。
母親と加代が重なった。
だから、駆け落ちは阻止してやりたかった。

でも加代が死ぬとは思っていなかった。
結局、父親と靖雄は同じように女性を死に追いやった。
そして12月8日。
父親はついに春陽を手にかけ、母親は黙ってそれを見ていた。

何の感情も入っていない表情。
もしかして、どちらの男性も母は好きではなかったのかもしれない。
自分を縛りつけた父親。
守れなかった春陽の、どちらも。

どちらの男性も破滅させて、やっと母の思いは消えたように、姿は見えなくなる。
その直後、太平洋戦争開戦のニュースが流れる。
もはや、幽霊どころではなくなった。
幽霊話は、人の心に余裕がある時しか流れないものだから。

「人魚伝説」のロシア革命と同じく、戦争の描写はほんの数コマ。
しかし、苛烈さを感じさせるのが、この作者のうまいところ。
そして最後。

父親よりも、母親よりも長く生きた靖雄が庭を見て、考える。
雪女のような母親の姿は、何が見せていたのだろうか。
妄念、執念、後悔。
だとしたら、今、自分が見ているあれは何だろう?

庭先には、あの2人。
後悔か、罪悪感か。
靖雄はずっとずっと、あの2人を見るのか。
あの2人は幻か、それとも…。

サブタイトルに「昭和夢奇譚」とあります。
実写だと、どうしても昭和初期を作らなくてはいけなくて、借り物のようにならないよう苦労しますが、その点、絵というのはいいですね。
そう思うほど、丁寧に描き込まれている昭和。

絵だけではなく、この時代の暗さも描かれています。
娘を売るほどの、不景気。
物理的にも、精神的にも窮屈になっていく生活。

母親と加代、この時代の女性のままならない身の上。
体の弱い靖雄にしても同じ、実はままならない身の上。
今より、ずっとずっと、生き方の選択肢がなかった時代だった。


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(2004/10/15)
宮脇 明子

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「弔いの日」は「今宵おまえののど笛を」に収録されています。
こちらの作品が扱っているのは、吸血鬼。
怖おもしろいです。
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2012.09.10 / Top↑
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