こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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怨念の邪剣 剣客商売 「その日の三冬」の岩田勘助

その日、三冬は父・田沼意次の側女であった母の祥月命日で墓参りをした。
墓地の中、足を痛めた女がいて、その女の足を丁寧に洗い、手当する男がいた。
男はたいそうみすぼらしく、見ただけで身分が相当に低いことがわかる。

女を支えて寺に向かった男は、女の履物を揃え、階段の下で女が戻るのを待つ。
その後をついて言った三冬は、まるで犬のように女を待って座っている男に声をかける。
「勘助。岩田勘助であろう」。

男はうなづき、振り返る。
見上げて声をかけたのが三冬とわかると、「三冬様…」と言う。
「久しいのう」といわれた勘助は一瞬うれしそうな笑みをわずかに浮かべ、地べたに頭をこすり付けてお辞儀をした。

5年ぶりに会った勘助はかつて、三冬と同じ井関道場の門下生だった。
小兵衛が勘助について三冬に尋ねると、三冬は彼女が井関道場の四天王と呼ばれていた頃でも、本に1本は取られるほどの腕だったと言う。
だが、それほどの腕でありながら稽古をつけるのは、三冬しかいなかった。
勘助は身分が低い上、風采の上がらない容姿をしていた為、嫌われていたのだ。

しかし強い。
普段蔑まれていたせいか、立会いの時は闘志をむき出しにし、相手を散々に打ちのめす。
門人たちが勘助と稽古するのを嫌がるのは、それもあったのだろう。
誰にも相手にされず、眼ばかりを光らせていた勘助を、三冬はいつも見ていた。

当時、勘助は5千石の旗本に仕えていたが、井関道場が閉鎖した後はわからない。
勘助には連れがいたので、三冬は現在の住まいだけを教えてきた。
気が向いたら、訪ねてきてくれるであろう。

だが三冬はひとつだけ、小兵衛に嘘を言っていた。
勘助の消息が絶えたのは、井関道場閉鎖以前のことだった。
その日、三冬は勘助に稽古をつけていたが、太刀筋にいつものような覇気はなかった。
「気が乗らぬ稽古なら、せぬ方が良い!」と三冬は言った。

門人たちは美しい三冬が立ち去った後を見送り、稽古の後、井戸端で体を拭きながら話した。
「三冬様はなぜ、あの勘助ばかり」。
「贔屓しすぎる!」
「あの妙な男がなぜ、お好きなのであろうか」。

「小笠原家の面汚しだ」と、勘助が仕える小笠原家で勘助の上役である門人は言った。
「小笠原家の恥だ」とまで言った。
「おい、来たぞ」と合図があり、卑屈に前かがみになった勘助が門人たちの前を行く。
小笠原家の上役の門人は、頭を下げ、体を小さくして通り過ぎる勘助の側で、勘助にかかりそうに水をしぼる。

「いやあ、いつもながら三冬様の稽古着姿、俺はたまらん!」
「ひきむしりたい!」
男たちの野卑な笑い声が上がる。
勘助はそれを、背中で聞いている。

門を出た時、待っていた男装姿の三冬が「勘助」と声をかける。
少し自分に付き合わないか、と三冬は勘助を誘った。
体を小さくしながら、勘助は「はい」と言ったが、三冬は自分の持ち物を勘助に渡すと、明るく「参ろう!」と歩き出す。
勘助は肩をすぼめながら、うなづいてついていく。

颯爽と町を行く三冬に、人足の男は目を止めて後を見送り、娘たちはその後をついていく勘助を見てくすくすと笑う。
茶店に行った三冬が座ると、勘助は背中合わせの地面に座ろうとする。
だが三冬は「勘助」と席を軽く叩き、地面ではなく自分の隣に座るよう、うながす。

恐る恐る勘助が、身を小さくして座る。
「食べなさい」と三冬に皿を差し出された勘助はつい、手を伸ばしたが、そのままその手は宙に浮いた。
三冬は今日はどうしたのか、と聞いた。

何かあったのか。
胸にたまった嫌なことは、吐き出してしまえばよい。
そうすればさっぱりするであろう、と三冬は言う。
勘助は黙っていた。

三冬は勘助を心配していると言った。
そのように人と溶け合わずに年月を過ごしてしまえば、これからどうなるのか。
せっかく修業した剣術も、生きては来ない。

すると勘助は突然、三冬の手を取り、自分の額から頬に当てた。
目を閉じたまま、三冬の手を両手で包み、手の甲に唇を押し当てた。
三冬は驚いたが、そのままにしていた。
やがて勘助は「ありがとう…、ございます」と言って手を離した。

そして三冬を見上げると、走り去った。
「勘助!」
岩田勘助が小笠原家の上役を殺害して逃亡したのは、その日の夜のことだった。
三冬は勘助が唇を押し当てた手の甲を、そっと片方の手で触る。

旗本・角倉家。
勘助がそこで、庭の手入れをしていた時だった。
開け放した縁側から見える屋敷の中で、娘の絹の縁談について両親と兄が話している。
娘の絹に、3千石の大身の後妻になる話が持ち上がっていた。

角倉の父・伊織も兄の兵庫もこんな良い話は無いと、笑顔だった。
勘助は何かを見つけ、飛びついた。
手の中には小鳥がいた。

勘助はいとおしそうに小鳥を撫ぜた。
優しく、頭に唇を押し付ける。
そして、放してやる。
勘助は何か、思いつめた表情をした。

庭で大五郎の門人が、大治郎の子供・小太郎とコマをまわして遊んでいた時だった。
門の外に、勘助が立っている。
気がついた門人が洗濯物を干している三冬に声をかけると、三冬は「勘助!」と声をあげた。

座敷に通された勘助は、茶をいれる三冬に向かって頭を下げたままだった。
小さな道場で驚いたでしょう、と言う三冬。
道場で三冬の子供の小太郎を見た勘助は、「お子様が…」と言う。
「どこで何をしていたか、案じておりましたよ」と言う三冬に勘助は「その節はご無礼致しました」と言う。

「少しも気にしてはおりませぬ。と答えた三冬の言葉で、勘助はやっと顔を上げた。
そして三冬の笑みを見て、また平伏した。
「あの日、勘助の心はもう、決まっていたのでしょう」と三冬は言う。

小笠原家の勘助の上役で、勘助に斬られた男は彼によっぽどつらく当たっていたに違いないと三冬は言った。
その後、道場も閉鎖になり、勘助の噂も聞かなくなった。
だが三冬とて、勘助が江戸にいるとは、思いもしなかった。

勘助は、生まれ故郷の下総に帰ることも考えたと言った。
だが勘助には身よりもなく、無宿者の中にいたが、ある日、追っ手の小笠原家の者に捕まった。
「追っ手に?!」
勘助はうつむいたまま、「はい」とうなづいた。

「それで良く無事でしたね」。
「はい、許していただきました」。
勘助は、涙ぐんでいた。

小笠原家の家中の者に、勘助は首根っこをつかまれ、人気のないところに連れて来られた。
既に勘助は怯え、目の前を見つめて刀の柄を握り締めていた。
そこで、小笠原家の者たちは言った。
勘助が斬った佐倉が、勘助にしたひどい仕打ちは、よくわかる。

勘助を押し留めるように、脇にいた1人が勘助が手をかけている刀の柄に手を置く。
「足軽風情と立ち会って、破れるような者は小笠原家の家中にはおらん」と小笠原家の追っ手の者は言った。
公儀への届けも、佐倉の親への届けも、そのようにしておいた。
そして、勘助の前に小判が5枚、置かれる。

今さら、勘助を斬ったところで騒ぎが大きくなるだけ。
金を持って、いずこかへ失せろ。
他言は無用、さすれば今度こそ、命はないものと思えと侍たちは言った。
勘助は1人、残された。

1人になった勘助は、小判を踏みつけた。
勘助は刀を抜き、白刃を見つめる。
解き放たれてみると、改めて己の犯した罪の恐ろしさが身に沁みた。
上役を斬った罪を許す資格が、誰にあるというのか。

そのまま、勘助は川の流れに刀を捨てた。
「己に、罰を与えたのです」と勘助は言った。
それからの勘助は渡り中間となって、あちこちを渡り歩いた。

ある日、浅草寺の境内でたちの悪い地回りに娘が絡まれているのを助けたことで、今仕えている旗本の角倉家から取り立ててもらった。
先日、三冬が墓地で見た勘助の連れは、その娘・絹だったのだ。
今の暮らしに勘助は感謝し、生涯、この家に仕えようと思っていると言った。

三冬は「汗を流して行きませんか」、と道場で木刀で稽古を立ち会うことを提案した。
一瞬、勘助が微笑む。
「三冬様が…、お相手に?」
「私より、もっと強いお人がおります」。

勘助は、大治郎と立ち会った。
大治郎に向ける視線に込められた憎悪。
低く構え、大治郎に向かって次々と繰り出してくる剣。

あの大治郎が、緊張する。
勘助は剣を振り下ろし、そして上から下へと構え、相手に向かって切っ先を向ける。
大治郎を見据える、勘助の眼がギラギラしている。

立ち合いの後、父の小兵衛に大治郎は、勘助は穏やかで静かな男だったと言った。
三冬から聞いた印象とは、だいぶ違っていた。
だが父から太刀筋を聞かれると、言った。

「邪剣…、と申せばよいでしょうか」。
「何?」
「見かけの静けさとは打って変わって、凄まじい太刀筋。尋常一様ではございません」。

「なぜ、それを邪剣と感じた?」
「怨念を感じます。何か…、凝り固まったものを。つらいことにじっと耐え、表向きは静かな姿を保ちながら、ただ、一筋、その剣にのみ全ての怨念を込めたものに思われます。真剣持てば、血を呼ぶかも…」。

三冬は、その怨念を感じたのだろうか。
バカにされていた勘助を1人、かばっていたのだから、何か感じたのだろうか。
三冬は優しい。

勘助のような男を見ると、放置しておけなかったのだろう。
その時の勘助の剣は三冬の優しい気持ちに癒され、邪剣も邪剣でなくなっていたのではないだろうか。
「世の中には、刀より強いものがあるということよ」と、小兵衛は言った。

その夜、屋敷に戻った勘助を、絹がずっと待っていたと言って迎える。
「わかっているでしょう?お嫁に行くんですもの、私は。だからその前にもう一度。もう一度だけ。ね、明日。ね?」
勘助の目は、目の前の木戸を見つめ、じっと動かない。

翌日、勘助は供をして人気のない荒れ寺へ向かう。
絹が駕籠から下りる際、絹の履物を揃える。
お堂の中に入る絹を、勘助は外でまた、犬のように待つ。
眼を閉じ、勘助はじっと外で待つ。

絹は旗本の次男坊・青木丹三郎と逢引をしていた。
そして、絹はふた周りも年が上の、大身の後添えに行くことを話した。
勘三郎は次男坊。
兄が嫁を貰えば、立場がなくなるから嫁に行く、と言う絹の気持ちも、武家のしがらみもわかる。

「お互い、愛しい思いは変わらないな?」と言う丹三郎。
ならば2人で逃げよう、と丹三郎は言った。
そのつもりで自分は来たのだ。

だが、絹はためらった。
父も母も家も捨てる気は、絹にはなかった。
丹三郎と一緒に逃げ、日陰の身になって貧しく暮らすのはまっぴらだと絹は言う。
それを聞いた丹三郎は、「愛しいと言ったのは嘘だったのか」と詰め寄る。

絹は「帰ります!」と言って、出て行こうとした。
「帰さぬ!」と丹三郎は絹を押し留めた。
2人はもみ合いになり、絹は「勘助!」と叫んだ。

その声は、外で眼を閉じていた勘助の耳に届いた。
勘助が眼を見開き、お堂に駆け込む。
絹をかばい、勘助は丹三郎を突き飛ばす。

丹三郎も勘助を突き飛ばし、足蹴にする。
絹を外に逃がすと、勘助はまた足蹴にされた。
丹三郎は、刀を抜いた。

勘助は斬りかかった丹三郎の手を取った。
2人はもみ合いになったが、丹三郎は殺意を持って勘助に迫り、刀を振り回す。
勘助は逃げたが、丹三郎の刀が手に当たった。

手から血を流し、勘助は青木に向かってお堂にあるものを投げつけた。
暴れる丹三郎に、勘助が向かっていく。
刃を振り下ろそうとした丹三郎の手を取ると、勘助は丹三郎が腰に差していた小刀をつかんだ。

小刀を抜くと、丹三郎の足に斬りつける。
なおも暴れる丹三郎に向かって、勘助は小刀で肩口を斬った。
丹三郎が肩を押さえ、「痛い!」と引っくり返る。
「いいいたいー!」と丹三郎が泣き言を言う。

外では、絹がうろたえていた。
手から血を滴らせ、勘助が呆然としている。
勘助は、小刀を手から離す。

夜、角倉家では勘助が庭に控えていた。
角倉家の主人・伊織とその妻・すえ、そして兄の兵庫と絹の4人が話し合う。
青木丹三郎は命に別状はなかったものの、大変なことになったと伊織が言う。

絹はすえに、ふしだらだと叱咤されたが、青木丹三郎も評判の遊び人だと言って、兄の兵庫は絹をかばった。
だが、青木江は同じ旗本でも、家の格は角倉家よりずっと上。
相手は恥辱を与えられた、と言ってきた。

このままでは青木家に何をされるか、わからない。
絹に来た縁談も、壊れてしまうかもしれない。
庭から勘助は「申し訳ございません…。わたくしが青木様を傷つけてしまったばっかりに」とつぶやいた。
だが、伊織は「勘助、何を言う」と縁側に出てきた。

勘助には、落ち度がない。
今度のことは普段、刀を持たない勘助が刀を持ったはずみだ。
5年前、絹を助けてくれた時もそうだった。
命がけで、絹を守ってくれた。

だからどうしても、この家で奉公してもらいたかったのだと、すえも言った。
土下座する勘助は、嗚咽を漏らした。
「どうした」と近寄る主に勘助は、「うれしいのでございます。その優しいお言葉、うれしいのでございます、ありがとうございます」と泣いた。

「何の、礼を言いたいのはこちら。そのようにあちこち斬られて、痛うはございませんか」とすえは言った。
「もったいのうございます」。
伊織に手を取られて、勘助は泣いた。
「青木殿に誠心誠意、詫び状を書くので、明日、勘助が届けてくれぬか」と伊織は言った。

心をつくせば、青木殿もわかってくれると思う。
「行ってくれるか?」と言われた勘助に、それが一番良いと思うと伊織は言った。
「はい」と返事をした勘助に、今夜はもう、長屋に帰って寝た方がいいと伊織は勘助を帰した。
勘助の姿が見えなくなると、伊織とすえは顔を見合す。

翌日、青木家の侍に囲まれ、勘助は丹三郎に詫び状を差し出していた。
「貴様、この書状に何が書いてあるか、知っているか」。
勘助は黙ってうなづいた。
丹三郎は書状を持って勘助の前に来ると放り投げ、「これは詫び状だ。此度の刃傷沙汰について詫びてある」と書状を見せた。

「下手人を差し出すから、好きにしてくれと書き添えてある」。
勘助は眼を見張る。
「良いか。お前の命を持って、この一件を収めてくれと書いてある」。

丹三郎は勘助を嘲笑った。
地面に座っていた勘助は、放り投げられた書状を見て、そして拾い上げた。
裏切られた。

勘助は書状を拾うと、破り捨てようとした。
書状を丸めたまま、「嘘だ…」とつぶやく。
丹三郎は振り返ると、「嘘ではない」と言った。
「斬ってやれ」。

勘助が立ち上がる。
持った丸めた書状と一緒に、砂利が落ちる。
青木の家臣たちが、勘助に刀を抜いて斬りかかる。

勘助は、胸元と足を斬られた。
足を斬られた勘助が、1人の侍に飛びつく。
勘助は、殴り飛ばされた。
なおも、家臣たちが斬りかかってくる。

縁側に向かって投げ飛ばされた勘助が、侍を蹴る。
逃げる勘助は腕を斬られ、正面にいた侍の振り下ろした刀で頬を斬られた。
頬を押さえ、倒れる勘助。

次の瞬間、空に向かって勘助は吠えた。
立ち上がり、襲いかかってきた家臣の刀を受け止める。
刀を奪い、侍を刺す。
抜いた刀を振り回す。

低く構えると、侍たちに切っ先を向ける。
大治郎の言う、邪剣の構えだった。
1人斬り、勘助は表に走る。

「逃がすな!わが家の恥ぞ!」と怯えた丹三郎が叫ぶ。
外に出た勘助は、また1人に手傷を負わせた。
勘助に斬られて座り込む男の後から、追っ手がかかる。
1人、また1人と勘助が斬る。

咆哮し、勘助はまた1人、侍に向かって、刀を振り下ろす。
怨念こもる邪剣。
誰も、為すすべがない。
振り向いた勘助に一瞬、怖れをなした家臣がひるむ。

勘助が町を走っていく。
血のついた白刀を手に、血を流しながら勘助は走る。
通りかかった娘の手を取り、勘助は走る。
勘助が人質をとって空き家に立てこもったことは、すぐに小兵衛たちに知らされた。

小兵衛、大治郎、三冬が勘助の立てこもる空き家に駆けつける。
この説得は三冬しかないと小兵衛に言われ、大治郎に促されて三冬が空き家に向かう。
秋山小兵衛と大治郎の名前を聞いた役人たちは、時の権力者・田沼意次の名を思い出し、道を開けた。

三冬が空き家に入ると、そうとは知らない勘助は「来るな!」と叫ぶ。
「来るな、来るな来るな!来ればこの女の命…」。
狂気の叫びに三冬が「勘助、私だ」と、声をかける。

「この期に及んで何も申しません。そのおなご、わたくしにお渡しなされ…」。
勘助が押し黙り、刃を握り締める。
「今、そこへまいります」。

倒れたふすまを起こし、三冬が近づく。
勘助はただ、じっと近づく三冬を見ている。
三冬は勘助と向き合い、そっと膝を折って勘助と顔を見合わせる。

勘助は雨にぬれた犬のような眼をして、三冬を見ていた。
三冬は勘助の方にそっと手を伸ばすと、「このおなごを外に返してもよいか」と言った。
じっと三冬を見つめていた勘助は、うなづく。
女が悲鳴をあげながら、外に出る。

「今だ!踏み込め!」という役人に、小兵衛が「入ってはならん!」と一喝する。
勘助は既に刀を置いていた。
「三冬様…」。

勘助がポツリ、とつぶやくように言う。
「はい」。
「お願いがございまする。この、勘助の首…」。

勘助が、血のついた刀を取る。
「討っていただけませぬか」。
三冬の目が左右に動き、首を横に振る。
できない。

「三冬様、わたくしがこのような目にあったのはやはり、醜さのせいでしょう」。
「ばかなことを。人はみな、同じ。同じじゃ」。
勘助は悲しい眼をして、三冬を見つめた。
「こうして三冬様に今一度、お目にかかれて勘助は幸せ者でございます。もはや思い残すこととて…」。

勘助が息を呑む。
「ござりません」。
「勘助…」。

三冬に5年前の勘助が蘇る。
思わず、三冬の手を取って自分の頬に押し付けた勘助。
三冬の手を唇に押し当てた勘助。

刀を持った勘助の手に、三冬が触れる。
勘助が、涙をたたえた眼で微笑む。
眼が、狂喜に輝く。
勘助が三冬を見返す。

三冬が悲しそうに、勘助を見る。
勘助が、歯を見せて微笑む。
涙がたまっていく。
だが、眼の光は狂喜している。

三冬が1人、空き家から出てくる。
小兵衛と大治郎の元に戻ると、涙をこらえて背中を見せる。
三冬の握り締めた手に、涙が落ちた。
小兵衛も大治郎も無言で、三冬を見つめる。

役人たちが、空き家に踏み込む。
「死んでいるぞお!」
「腹を斬っている!」と、叫ぶ声が聞こえる…。



悲しい。
何度見ても、悲しい話です。
それでもう、こっちは勘助側に立っているので、絹にも丹三郎にも腹が立ちます。

何が「痛い」だ。
先に抜いて斬りかかっておきながら、泣くんじゃない!
斬られりゃ誰だって痛いし、怖い!

お前は斬らなきゃ、絶対斬っただろう!
自分が先に振り回したんだろう、バカ息子め。
バカ息子を演じるのは、「雲霧仁左衛門」で火盗の同心を演じた鷲生功さんです。
こんなところで、雲霧一味の州走りの熊五郎に仕返しですかい…、って関係ないんですね。

伊関道場で、勘助は門人たちが三冬に対して野卑なことを考えているのを、背中で聞いている。
あんなこと、自分はとても言えない。
おそらく、彼の思慕は彼らよりもっともっと純情なものだったけど、誰よりも三冬を慕っていたと思う。

いっつも、体を小さく丸めて、すまなそうにしている勘助。
孤独、卑屈。
勘助を演じるのは、本田博太郎さん。
髪を乱して、体を小さくして。

絹を待つ態度といい、忠実な犬のよう。
みすぼらしい犬が、拾われた主人について歩くよう。
余計なものは何も見るまい、考えるまいとしている。
絹が自分を犬扱いしてることも、嫌なところも見るまい。

気持ちが荒くなるようなものは、全てシャットアウト。
そんな勘助が助けを呼ぶ声にカッと眼を見開き、駆けつける。

出奔した後、小笠原家の家中の者に捕まった時の勘助は、無宿人の中に身を沈めていたというだけあって、危険な野良犬みたいな風情だった。
小笠原家の者が、勘助の前に小判を並べる。
まるで、金でどうとでもあしらえる男、と言われたみたいに。

誰も勘助にもプライドがあること、それを傷つけたこと、人間であることを認めていない。
小判を蹴る勘助。
こうしてまたひとつ、怨念が重なった。

一方で、庭で小鳥を愛撫する姿は、優しい男そのもの。
小鳥は、勘助をバカにしたりしない。
物言わぬ小鳥に微笑む勘助の笑顔が、彼の孤独を表す。
心許せるものは、そういう相手のみ。

彼は誰からも愛されない、どうでもいい存在。
三冬が「木刀で打ち込めば…」と言った時の、顔中に広がった笑顔。
はにかみながら、ためらいながら、「三冬様が…、お相手に?」と喜びを隠せない表情。

勘助は、ちゃんとしてあげれば生涯、尽くしてくれたであろうに。
命に代えても、守ってくれるだろう。
だが勘助は、最後まで報われない。

裏切られたと知った時の、彼の咆哮。
怨念の爆発。
うなり声を上げる、手負いの狼。

大治郎と立ち会った時は蛇が地を這い、鎌首をもたげて飛び掛るみたいな構えだった。
地面スレスレに刀を這わせ、相手に刃先を向ける禍々しい太刀だった。
殺気を感じたその剣が、ついに人を斬る為に解放され、勘助は鬼のように人を斬っていく。
血のついた刀を持って、町を疾走する姿は「八つ墓村」みたいに怖い。

その勘助は三冬を見て、うれしくて、涙をためる。
溢れる涙、でも目は笑ってる。
そんなことでしか幸せになれなかった勘助。

彼の最後の、三冬へ向けた笑顔が言ってる。
「もう、死んでもいい」と。
誰も彼を剣士として認めなかったけど、彼は武士らしく、自決して果てた。

以前にも書きましたが、本田博太郎さんの見事なる岩田勘助だったと思います。
勘助の死を知らせる声と、三冬の泣き顔で、ぷつん、と終わってます。
彼に他にどんなことができたのだろう。

どうすれば、良かったというのだろう。
あまりの不遇の勘助の一生。
三冬の「人はみな同じ」と言う言葉が、恵まれた人間だから言えるのだと言いたくなるほどにむなしく響く。
見終わった時、ほんと、突き放されたように「あ、終わった…」と思い、打ちのめされた思いがします。


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