ある満月の夜、大盗賊の夜兎の角五郎は同じ、盗賊の親分衆を集めた。
その前で盗賊の3か条を定め、掟として守るよう言い渡す。

ひとつ、盗まれて、難儀する者には手を出すまじきこと
ひとつ、盗め(つとめ)する時、人を殺傷せぬこと
ひとつ、女を手篭めにせぬこと

息子の角右衛門が、書かれた書付を丸めると、飲み込み、杯を飲み干す。
これで息子の角右衛門の、夜兎二代目襲名が為されたと、小頭の「前砂の捨蔵」が言う。
親分衆が頭を下げ、「おめでとうございます」と言う。

その後、次々、親分衆が挨拶に来る。
「くちなわの平十郎さんです」と捨蔵が紹介し、「まあ、一杯」と平十郎が角右衛門に杯に酒を注ぐ。
平十郎は、自分の配下の「綱六」を紹介した。

その2年後、角右衛門は捨蔵と駿河に向かう。
次々、兎の紋が入った黒い羽織を来て、仕事に向かう角右衛門たち。
平十郎から預かった綱六に、預かったからには夜兎の流儀を守ってもらうと角右衛門が言うと、綱六はわかっていますと答えた。
角右衛門のお勤めは、紙問屋の大和屋だった。

怯えるお店のものに、捨蔵は手出しはしないと言う。
角右衛門は、根こそぎは盗らない、ちゃんと困らない分は残してやると言った。
「なぜ、うち」と言う主人に角右衛門は言った。
今の世の中、その日の飯にもありつけない者がいる、それに引き換え、蔵に金がうなっている商人もいる。

その蔵に入っている金は、百姓や町人を泣かせて蓄えた金も入っているはずだから、自分たちはそれを返してもらうだけだ。
「そんな。手前勝手だ」と泣く主人に子頭の「前砂の捨蔵」は「盗人にも三分の理だよ」とニヤリと笑った。
その頃、おこうと言う奉公人が、お店の異常を外に知らせようとして、見張りの綱六に見つかった。
綱六が逃げるおこうを追う。

年が明け、正月。
角右衛門は、女房のおしんと10歳の娘のおえいと過ごしていた。
娘が角右衛門に、折り紙の兎を手渡し、角右衛門は喜んでそれを懐に入れる。
今年はウサギ年。

40を越えた角右衛門は、良くも今まで生き残ってきたと感慨に浸り、どうやら畳みの上で死ねそうだと言う。
その時、角五郎からお呼びがかかる。
寝込んでい角五郎の元に行った角右衛門に、角五郎は今の内に言っておきたいことがあると言った。
天道にそむく自分が畳みの上で死ねるとは思わなかったが、それもこれも、あの三か条を守ったおかげだ、と。

角五郎は角右衛門にあの三か条を守るようにきつく言い渡し、もし、それを破る手下があればそれは親分が責任を取らなければならない。
それは潔く名乗り出ることだ。
これほどの決心がなければ、夜兎の看板背負って仕事をしてはならない。
若いのは危ないので、特に気をつけるようにと言った。

角右衛門は確かに承知すると、角五郎は安心し、眠りについた。
やがて、角右衛門は角五郎と母親の墓標が並ぶ前に立っていた。
角五郎の妻は後を追うように、逝去したと言う。
墓の前で角右衛門はおしんに、実は自分はみなしごで、先代の角右衛門が育ててくれたのだと話す。

捨蔵の営む花屋に角右衛門が来て、次は来年の正月元旦に押し入ろうと相談した。
しかし、捨蔵はみな、鬼の長谷川平蔵を怖れ、江戸から去って行って、人がいないと言った。
この4月の間にお縄にした盗賊は、14,5人。
急ぐと危ないと捨蔵は言うが、あと10月ある、期限を決めなきゃ、ことは運ばないと角右衛門は決めた。

ある日、角右衛門の前にうろたえた奉公人が走ってくる。
ここで帳面をつけて、うっかり、45両の金子を置き忘れたのだと言う。
あの金がなければ、自分はどうしたらいいのか。
絶望し、座り込む男に、背後から女の乞食が声をかけた。

金を拾ったという女に、男は「盗ったな!」と叫ぶが、女は「盗るならこうして半時もここにいない」と言って45両、欠けてないので調べろと言った。
確かに45両、少しも欠けていなかった。
男はひれ伏し、お名前を!と言うが、女乞食は何も言わず立ち去った。

角右衛門は名乗るうようなお人じゃありませんよ、と言って、早く金をしまって帰るよう言う。
そして、拝んでいる男を置いて、女の後を追った。
女が神社で手を合わせているところを見つけた角右衛門は、声をかけ、「いいことをしたね」と言い、感心したと言う。
「びた一文くすねてないよ」と言う女に、角右衛門は一緒に飯を食いたいと言った。

こんな自分を買おうとでも言うのかと女は言い、右袖を振った。
女の右腕はなかった。
角右衛門に懐疑的だった女だが、うなぎはどうかと聞かれると顔色が変わった。
そして、角右衛門は一流の料亭に女をつれていく。

うなぎが好きでよかった、と言う角右衛門だが、実は女はうなぎが好きかどうかわからないと言う。
生まれてこのかた、うなぎを食べたことがないからだ。
だが、死ぬ前に一度は食べたかった。
食べずに死ねるか、と思っていた。

「おいしんだってね、うなぎは」。
角右衛門は45両、女がまったく手をつけずに返したことを感心する。
女は「あたしらみたいなもんは、人様のお余りいただいて、生きてんですよ。だから世の中には、義理があるんだ。笑っちゃいけませんよ、旦那。人間、落ちるところまで落ちてしまっても、胸ん中に頼るもんが欲しいんだね。言ってみれば看板みたいなもんさ」。
「看板?」

「人間誰しも看板かけていまさあね。旦那のお店にもござんしょう?」
「あたしらみたいなもんがかけている看板は、拾いもん返すってことなんですよ。
「おお」。
「せめてその看板の一つもかけていなきゃ、こんな商売しちゃいけないもんね」。

うなぎが運ばれてきた。
「さあ、おあがり」。
うなぎをじっと見つめていた女は、不自由そうに箸でうなぎを食べた。
一口、口に運ぶと絶句する。

「うなぎって…、こんなにおいしいもんだったんですね」。
「そうか。おいしいか」。
「とうとうあたしは、うなぎを食べました。食べましたよ」。
女は今度は手づかみで、うなぎを頬張る。

涙ぐむ女に、角右衛門は自分のうなぎも差し出した。
女は26歳だと言った。
「たった7年で、あたしゃこんなになっちまったよ」。
「お前さん、その右の腕、どうなさったね」。

「斬り落とされちまったんですよ」。
「斬られた?」
「7年前にね」。
女は駿河の大和屋という、大きな紙問屋に奉公していた。

忘れもしない7年前の暮れ。
泥棒が店に押し込んだ。
女は何とか知らせなきゃと店を飛び出そうとして、見張りに見つかった。
角右衛門が硬直して、酒をこぼしているのに、女が気づく。

「それで…、斬られなさったか」。
角右衛門の手が震える。
「腕と…、背中も」。
「よく…、生きていたね」。
「生きていて良かったのか、どうか。片腕のない飯炊き女なんて、どこも雇っちゃくれませんよ。うなぎって、ほんとにおいしいものなんだね!」

女は、おこうだった。
角右衛門はすぐに、捨蔵の元に行く。
7年前、駿河の時の見張りは綱六だった。
むごいところのある奴だったが…。

角右衛門はすぐに、捨蔵に綱六の居所を調べるように言うと、翌日、乞食が集まっている神社のはずれに向かう。
右腕のない女はいるか、と聞くと、おこうは夕べ死んだよ、と言われる。
明け方、鳥居で首を吊っていた。
おこうはうなぎを食べたことをはしゃいで仲間に伝え、極楽浄土だったと言った。

「もう2度とこんな楽しい、うれしい思いはできないねえ…」。
おこうはそう言って、笑っていた。
帰宅した角右衛門の表情は重く、夜になると妻に今日限り、自分のことは死んだと思ってくれと言った。
眠っているおえいの顔を見た角右衛門は、女房のおしんにおえいを頼むと言うと出て行った。

別れを告げられた捨蔵は、驚いた。
何の罪ない女の手を斬り落とした夜兎は、盗人の面汚しになった。
捨蔵は綱六のことを、「ようがす。見つけ出して腕、叩き斬ってやりましょう」と言った。
「腕より、いっそ殺っちまいな。あの野郎、生かしておいちゃ…何をするか」。
捨蔵はそのまま、旅支度をして出て行った。

その足で、角右衛門は火付の門を叩いた。
捨蔵は綱六を捜し歩いた。
備前下津井で、ご機嫌に酔って歩いている綱六を見つけた。
捨蔵は口元を覆い、1人になった綱六に背後から近づく。

気配を感じた綱六が、「なんか用かい?」と振り向く。
傘を向けてきた綱六だが、捨蔵は傘を払うといきなり綱六を刺す。
そのまま、綱六を道端に追い詰め、さらに深く刺す。
血が捨蔵の足元に落ちてくる。

綱六が、捨蔵を見上げる。
「夜兎の掟を破った報いだよ」。
捨蔵の最後の一突きで、綱六は絶命した。

角右衛門はひと月以上も留置されたまま、お裁きは下されなかった。
与力の鮫島が、鬼平から角右衛門のことは任されていた。
鮫島はお調べの時、角右衛門が言ったことが気に食わない、と言った。

誰しも看板がある。
夜兎にも看板があった、それを汚した、だから名乗り出た。
だが、おこうの看板と、夜兎の看板とじゃ、だいぶ違いがあると鮫島は言った。

「おめえが背負っている看板は、ただの見栄だよ。いきがっているだけの、ただの飾りなんだよ。わからねえか」。
「わかりません」。
「そうか、わからねえかい。その看板を汚した、だから名乗り出たって言うがよ。それだってよ、さすが夜兎だ、見事な覚悟だと盗人仲間に見栄を張っているだけのことだ」。

牢の中で、角右衛門が息を詰める。
「その女の看板とおめえのそれとじゃ、大きな違いがあるということ。それがわからないんじゃ、あの世に送っても、おめえ1人がいい気になるだけだ。その違いがわかるまで、じっくりと考えることだな。それがわかったらおめえのその首、はねてやる。それまでは大人しくしておれ」。
角右衛門は、墨田川河口の人足寄せ場に送られ、労働に従事させられた。

ある日、人足の中で角右衛門と一緒に働いていた老人の藤蔵が倒れた。
角右衛門は医者を呼んでもらうと言うが、藤蔵は息子を呼んでくれればここから出られると言う。
そのうち、見つかるよと角右衛門は言った。

逃げ出そうとして捕まる者。
いろんな人間がいて、角右衛門はそれを見て来た。
ある満月の夜、藤蔵は手を伸ばし、月をつかもうとしていた。
角右衛門が、どうした?と聞くと、藤蔵は自分はこうして、いつも欲にかられて盗みを重ねてきたと言った。

しかし、盗んでも盗んでも、結局は何も残らなかった。
揚句の果てがこのザマ…、藤蔵はこのまま死ぬよと言う。
もう今は未練もなく、すっきりしている。

余計な飾り物は取れて、身軽になってしまった。
「いいねえ、身軽ってのは」。
そう言うと、藤蔵は息絶えた。

藤蔵の棺桶を載せた船を見送った角右衛門は、「ごちそうさん」と笑顔になったおこうの姿も思い出す。
1人、人足部屋に残った角右衛門の元に鮫島がやってくる。
鮫島に角右衛門は、藤蔵は最後まで息子を待っていたと言う。
だが、藤蔵に息子はいなかった。
もう20年も前に、女房と息子は愛想をつかして出て行って以来、藤蔵は1人だ。

しかし、藤蔵は来もしない息子を待っていた。
それだけが藤蔵の生きがいだったんだろう。
「かわいそうな奴だ」。
鮫島がそう言うと、角右衛門は泣き始めた。

「何を泣く」。
「鮫島様、どうか私の首をはねてください。私の看板と、おこうという女の看板との違いがほんの少し、わかったような気がします。藤蔵さんも死ぬ間際に言いなすった。身軽がいいね。飾りも見栄もない、ありのままの姿が楽だ、って」。

「そうか、ようわかってくれた」。
浜辺で角右衛門は座っている。
角右衛門が目を閉じ、手を合わせ、鮫島の刀が抜かれる。

ある大雨の夜。
角右衛門の妻の家の戸を、捨蔵が叩く。
あれから捨蔵は上方に1年ばかりいたのだという。
角右衛門の行方は一向に知れない、死罪の話も出ない。

捨蔵は「二代目は、生きておいでかもしれないよ」と言う。
そして「俺はもう、二代目にも女将さんにもこの世で会えねえな」と言って雨の中、出て行く。
江戸では次々、大物の盗賊が火盗に捕えられていた。
角右衛門は角蔵と名乗って、人足寄せ場にいた。

同心に角右衛門が呼ばれるのを見て、人足たちが今夜また大捕り物があるかもしれないと噂する。
角右衛門が同心に呼ばれると、必ずその夜、火盗が動く。
「噂では角蔵さんも昔、盗人だったって話だ」。
通りがかりにそれを聞いた人足の男・信次が、「はあん。それが今じゃ犬か」と吐き捨てた。

平蔵が寄せ場の管理からはずれることになり、それを機会に角右衛門は外で店でも出したらどうか、という話だった。
ここに火盗が出入りするわけにもいかないからだが、まだまだ角右衛門の力が必要だ。
角右衛門は横綱町河岸に一軒、料理屋を持たされた。
ある夜、店を仕舞う時、角右衛門は暗がりに杖をついた捨蔵がいるのを見た。

捨蔵を店に入れた角右衛門に捨蔵は、こうして生きて店を構えているのを見れば、角右衛門は火盗の手先になったとしか思えないと言う。
このところ、お縄になった盗賊は夜兎に近い盗賊だった。
「二代目…、仲間、売りやしたね?」
角右衛門は3年の人足寄せ場で、自分の背負った看板がどれほど軽いか、思い知らされたと言った。

寄せ場には、そんな看板を背負った者がたくさんいた。
浅ましい者、だが自分はそれと同じだった。
「盗賊なんざ、人間のくずだ」。
捨蔵の徳利を持つ手が落ちる。

「自分の浅ましさや弱さを、看板上げて見栄張っていきがって…。とことん落ちて追い詰められたら、あっさりはがれちまうよな、やわな看板を背負ってたんだよ。だが、あの女の、おこうの看板だけははがしようもねえ、人の真心の看板だった。だからそれを教えてくだすった火付盗賊改方のお役人の為に…」。
「仲間ぁ、売ったぁ…」。
「そうだな…」。

「夜兎の看板の下で、お盗め重ねた俺たち…、一体なんだったんでしょうね」。
「勘弁してくれ」。
捨蔵は徳利を握り締めながら、「盗人は…、人間のくずか」と言って立ち上がる。
杖が転がり、捨蔵は貸そうとする角右衛門の手を払いのけながら、角右衛門のことは誰にも言わないと言った。
それが今まで世話になった恩返しだ。

3年後、川越に角右衛門は現れた。
飲み屋で、この川越で大店というとどこだろうと聞く。
その様子をじっと見詰める2人の男がいて、角右衛門の宿まで着いていく。
木彫りの仏像を、撫でさすっている男がその報告を聞いていた。

同業者じゃあるまいか、という意見に後ろを向いている男が、角右衛門の行き先を聞く。
旅籠にいる角右衛門に、今日は祭りだと仲居は言った。
ちょうど娘と同じ年の仲居の名前がおえいと聞いて、角右衛門はうさぎの折り紙をくれた娘を思い出す。
その時、角右衛門を訪ねてきた男がいた。

くちなわの平十郎だった。
「やっぱり、夜兎の二代目か。子分が気になるやつがこの川越をうろついているって言うから、人相風体聞いて見たら、二代目に良く似てるから、よぅ」。
火鉢の前に座った平十郎に、角右衛門は杯を差し出す。
「ん」と言って平十郎は酒をすすり、「水臭いことはなしだぜ、夜兎の。先代からの付き合いじゃねえか」と言う。

川越に来たわけを、秩父の三峰山に参る途中だと言った角右衛門に、平十郎は「嘘はいけねえよ、二代目。お前さんがどこかの大店に狙いをつけてるってことは、わかってるんだ」と言う。
「探ってんだろ。どうだい?手を組まねえか?こちらはもう、めぼしをつけてあるんだ」。

角右衛門はしばらく盗みから遠ざかっていると断ると、平十郎は角右衛門を見ながら「頼むよ。二代目と組めりゃあ、百人力なんだがな」と誘った。
「参ったなあ」と言う角右衛門に杯を差し出しながら、「頼むよ」と平十郎が言う。
目の前の杯を取ろうとした時、平十郎はそれを角右衛門に渡さず、自分で飲んだ。

鮫島に角右衛門から、くちなわの平十郎とツナギがついた、と知らせが入った。
手勢が整い次第、川越に向かう。
「あいつには、つらい思いをさせた…」。

神社を歩く角右衛門を、平十郎の手下2人が見張っている。
年かさの男が若い男に「何だよ、お盗めに怖気ついたか」と言うが、若い男はそうではなくて、何かがひっかかると言った。
それは人足寄せ場にいた、信次だった。
2人の前を、荷物を載せた車を引いて、神社の者が通っていく。

その瞬間、信次は思い出した。
人足寄せ場で、同じように車を引いていた角右衛門を。
「おかしら、いけねえよ」。
信次は、人足寄せ場で角右衛門を見た話をした。

その時分からあの男は火盗の犬になっていた、という噂だ。
木彫りの仏を紫の布で包むと、平十郎は「何だと」と憎しみの表情になった。
その夜、明日の盗みのことで頭が話を詰めたいと言ってると言われ、角右衛門は呼び出された。
平十郎たちが詰めている盗人宿に角右衛門が入ると、戸が閉められ、つっかえ棒がされた。

座敷に平十郎が座っており、半ば笑いを含んだ声で平十郎は角右衛門に話しかける。
「夜兎の。夜分、すまなかったな」。
「いや」。
「明日のしたくは、整ってるかい?」
「整ってるよ」。

「川を渡る、したくもかい?」
「川を渡るのかい」。
「ん。おめえには、三途の川を渡ってもらわにゃならねえ」。
それが合図となって、次々、くちなわの手下が刀を携えて現れる。
信次が「おめえ、寄せ場じゃ角蔵と名乗ってたね」と言う。

平十郎が「川越に来たのも、火付盗賊改方の差し金だったんだろう」と声を潜める。
立ち上がった角右衛門に向かって、「明日のお盗めはうっちゃって逃げることにしたが、おめえの始末だけはしねえとな」と言う。
一斉に手下たちが、斬りかかってくる。
逃げながら角右衛門は羽織を脱いで、懐から匕首を取り出す。

だが、右足を斬られ、何とか次の一撃は交わしたものの、信次に右手を斬られる。
立ち上がったくちなわの平十郎が、正面にいた。
角右衛門は平十郎に向かって行こうとしたが、また刺される。
柱に角右衛門がしがみついた時、戸が破られた。

「火付盗賊改めだ!」
鮫島が「火盗」の提灯を持った配下を率いて、踏み込んでくる。
信次が数人と2階に逃げるが、火盗に切り伏せられる。
平十郎の手下が、次々追い詰められ、小頭が斬られる。

立ち尽くす平十郎を、火盗が捕える。
鮫島の「引っ立てい!」と言う声に平十郎は柱にもたれかかり、座り込んでいる角右衛門に近づく。
「夜兎!てめえは盗人仲間の裏切りもんだ。覚悟するんだな」。

歯をむきだしてそれだけ言うと、平十郎は連れて行かれた。
その際、木彫りの仏像が落ちると、床に這いつくばって回収し、それだけは大事に抱えた。
右腕を押さえた角右衛門に鮫島が「苦労をかけたな」と言うと、角右衛門は「鮫島様、もう、これきりにしてくだせえ」と言った。

江戸に戻った角右衛門は、遠くから自分のいた店から女房と娘のおえい、おえいの夫らしき3人が出てくるのを見ていた。
縁日で、町はにぎわっていた。
川沿いをかんざしを買おうと足を止め、楽しそうな3人を角右衛門は少し離れた大きな木の影から見つめる。
「おえい」と角右衛門が微笑んで、近づこうとした時、背後から角右衛門に衝撃が走った。

背中から、深く深く、匕首が刺され、ねじられる。
振り向いた角右衛門の目に入ったのは、ひょっとこのお面をかぶった誰かだった。
「誰でえ」。
返事の代わりに、男はさらに匕首を深く刺した。
無言で匕首を抜くと、立ち去る。

角右衛門の足元に、血が落ちる。
ふと、女房のおしんがこちらを向くが、角右衛門には気づかない。
3人は楽しそうに遠ざかっていく。

角右衛門は川にフラフラと歩き、倒れる。
俺は畳みの上じゃ、死ねねえか…。
ひょっとこの面が、血とともに流れていく。
血を流して倒れている角右衛門に、しっかりしろと人が集まってくる。


火付盗賊改め方の庭の一角に、小さな祠がある。
角右衛門の功績と非業の死を悼んだ、長谷川平蔵によって作られたこの祠はいつしか、角右衛門稲荷と呼ばれるようになった。
平蔵は朝夕、手を合わせたという。



原作は池波正太郎さんの「白浪看板」。
角右衛門の心情に、大きな変化を与えた2人。

まず、おこう役の荻野目慶子さんが哀れだった。
何も悪くないのにどん底に落とされて、それでいて、人としてのプライドとかケジメを失わない。
いや、底辺に生きているからこそ、譲れない一線かも、と彼女を見て思った。

人生、思い残すことはない。
これ以上、いいことはもうない。
だから最高にうれしい日に、終わらせてしまおう。
哀れ。

そして藤蔵。
人間としてのプライドを見て、次に全て断ち切って綺麗になった藤蔵を見て、角右衛門は自分が背負ってきたものを考える。
いかにつまらないものだったか、言葉じゃなくて実感する。
その様子を梅雀さんが、細やかに表現してました。

自分の看板は、盗賊仲間だけに通じる、ちっぽけなものだったと知る。
粋だと思っていたものは、ただの盗賊の見栄だった。
盗賊は人様のものをかすめとる、人間のくずだった。

角右衛門は一度斬られたことになり、密偵になった。
だけどどんな志があろうとも、それは犬と呼ばれ、蔑まれるもの。
盗賊仲間からは、裏切り者と呼ばれるもの。
でもこれこそ、どんなに人に何か思われようとも看板を持っていた、おこうと同じものかもしれない。


蟹江一平さん、短い出番ながら印象的。
人足寄せ場にいた時から世をすねた感じだったけど、やっぱりあなた、盗賊だったの…って感じ。
いや、盗賊になったばかりみたいだったし、あれからもっと悪くなったのかな。
この方も上手いですねー。
あの嫌な感じ、これからもこの俳優さんには期待したいです。


そして、石橋蓮司さん演じる、捨蔵とっつあんが渋い!
声が良い、迫力ある。
綱六を追い詰め、刺し殺す時の凄み。
さすが、石橋さんだー。

だけど、最後に別れて行く様子は、とっても寂しそうだった。
捨蔵さんにしてみたら、ずっとずっと捧げてきた盗賊人生を二代目に否定されて、自分のしてきたことって一体なんだったのかと空しくなる。
お盗めの場面でとても粋で、楽しそうでもあったから。
悪いことなんだけど。

それとは別に、年を取って、自分の信じてきたものを否定されるっていうのは、すごくかわいそう。
人生の否定だ。
無理だろうけど、角右衛門と会わなければ良かった…と思わされたほど。

最後、角右衛門の手は払いのけたけど、たぶん、初代に恩義があるんだろう。
密告はしないと言って去る。
粋だった。
短いシーンだけで、捨蔵の人生を感じさせる石橋さんは、さすがだなあ。


さて、くちなわの平十郎。
詳しい描写はなかったけど、くちなわの平十郎って凶賊ですね。
くちなわ、って蛇のことで、蛇のように冷酷で、執念深い男。
鬼平では捕縛の際、平十郎の両手を折り「貴様だけは、江戸市中を引き回してくれる。さもないと、千賀屋敷で殺された20余名の霊も浮かばれぬゆえな」と言う凶賊。

「時代劇専門チャンネル」の視聴者には、あんまり説明しなくていい…と思った感じですか。
親分衆が二代目襲名の際、角右衛門を注視している中、ただ1人、「くちなわの平十郎」だけが目を閉じている。
ここからして、平十郎がここにいる盗賊たちとは違うと思う。

平十郎は、「他人を赦すことを知らず。他人を容れることを知らず。助けられたことだけを知って、助けることを知らぬ」男。
父が死んだ後、男を作った母を赦さず、母も男も惨殺。
逃げている間に盗賊に仲間入り。

人に親切にすれば、親切にしている自分に酔っている。
全ては自分の為。
かつて演じた蓮司さんが最後は捕えられて言ったセリフは、自分はゴミ溜めのようなところに沸く人間だと。
でもそのゴミ溜めを作ったのは、お上じゃないかって、自分みたいな人間は決して、いなくならないとうそぶく。
鬼平がそれに対し、「盗人にも三分の理屈だ」と言う。

本田博太郎さんのセリフが独特で、どこかコミカルなんだけど、怖い。
今は機嫌がいいというか、落ち着いてるけど、いつ怖いことするか、ドキドキしてしまうような人を目の前にしてる感じ。
「二代目に良く似てるから、よぅ」なんて、「似てるから、よん」って言い出しそうだったけど。

あの返事も、「うん」じゃなくて、「ん」に重点を置いた「ん」に聞こえる。
それで杯を自分で飲んじゃって、角右衛門も「何じゃ…」って感じに戸惑う。
ここが平十郎という男の、人から与えられることは知っていても、人に与えることは知らない男、という特長が出ているんでしょうね。
木彫りの仏像を後生大事に抱えていたけど、ああいう、人にはわからないけどわからないものに執着している偏執狂的なところも上手い。

捕縛され、顔を歪ませて角右衛門に「覚悟するんだな」と言うところは、本当に憎いんだろうなと思わせる。
あのひょっとこは誰か、わからない。
でも誰かが裏切り者を殺しに来る、その不気味さ。

角右衛門、俺は畳みの上で、死ねないんだなと思いながら。
娘に貰った折り紙を未だに持っている、近くにいたのに娘にも誰にも気づかれず、死んでいく。
哀れ。

「夜兎の角右衛門」はしんみりとした、人の心を描いた時代劇でした。
また次の時代劇を製作してくれているようなので、期待です。
時代劇は良いですよ!


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2011.03.24 / Top↑
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