ふと、ずいぶん前、学生の頃、読んだ本を思い出した。
その著者の父親はある種の有名人で、それも人々に避けられる人だった。
友達ができない。
みんなが自分を避ける。

好きな人がいても、近づくことも出来ない。
中学生にもなればみんな、好きな人のことを語り、中にはデートする子もいた。
なのに、自分はそんなこと絶対できなかった。

お父さんのせいだ、みんな、お父さんが悪いんだ。
でも…。
お父さんは自分のことを、とってもとっても愛してくれた。
だからお父さんを憎めない、恨めない。

お父さんは別の道を行けば、別のところで有名になったかもしれない。
だからお父さんは、道を間違ったんだと、彼女は思った。
だけどやっぱり、私には大事なお父さんだと思った。
その本は、そんな、切ない心情が書かれた本だったと思う。

一方、教科書に載るような、有名人を祖父に持つ人がいた。
その人も何かというと、祖父の名を出された。
学校の先生も成績が悪いと、「おじいさんはすごい人なのになあ…」と言う。

ある日、友達とケンカしたら「何よ、○○(おじいさんの名前)の孫だから信用してたのに」と言われた。
偉大な祖父と、どうしても自分を切り離して考えてくれない。
孫の自分でさえ、そうなんだ。

彼女の父親は厳しい人だった。
横暴で、威圧的だった。
思春期になった彼女は、父親とケンカばかりしていた。
大嫌いだった。

だがある日、孫の自分でさえ、これだ。
子供である父親はもっともっと、大変だっただろうと、ある日、思った。
その時父親が、初めて弱い一人の人間に思えた。
偉大な身内を持つ人たちは恵まれているであろう反面、やはりそれなりに大変でもあるのだろう。


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2013.01.29 / Top↑
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