去年、2011年の「文藝春秋」4月号。
戦後、そして政権交代を振り返り、「これが私たちの望んだ日本なのか」という特集記事が組まれていました。
そこに載っていたのは、日本海軍最後の巡洋艦「矢矧」の大四分隊長兼測敵的長だった池田武邦氏の言葉。

池田武邦氏は「硫黄島からの手紙」の主人公・栗林中将についての著作がある梯久美子さんの「昭和20年夏、僕は兵士だった」でもインタビューに答えていらっしゃいます。
600人を超える同期の半数以上は、戦死。
マリアナ沖、レイテ沖、沖縄と3つの海戦を経験して生存しているのは池田さんだけ、だそうです。

3つの海戦を生き抜いた池田さんは、終戦の時、広島県大竹で潜水学校の教官をしていました。
自分は軍人だから死ぬことは当然だが、子供たちを見て、この子たちの未来は守りたいと思っていたそうです。
だから、終戦を迎えた時は、正直ほっとした。

この時、池田武邦さん、21歳。
戦後は元・日本設計の代表取締役社長を勤めました。
そして2011年4月、この特集で語っていました。

「終戦後、日本の教育は、アメリカによってガラリと変わりました。
戦争は悪いことであり、その戦争に参加した軍人も否定されるべき存在でした。
命を懸けて特攻を行う、日本人の強靭な精神が恐ろしかったのでしょう。
アメリカは教育によって、日本が強さを取り戻すことを徹底的に防ごうと、考えたわけです。

戦後教育では、『自分を大事にする』ことばかりが強調され、公の為、国の為という言葉は禁句とされてしまいました。
しかし、人間とは放っておいても、自分の為に行動するものです。
それをいかに抑え、他人の為、愛する人の為、世の中の為に、どれだけ本気で行動できるか。
それこそが人間の尊厳だと、私は信じています」。

震災後の原発の作業員さん、警察官、自衛隊員、消防隊員。
彼らのニュースを聞いた時、この言葉を思い浮かべてしまいました。
池田武邦さんは息子さんからも、「どうしてお父さんは戦争になんか行ったのか」と言われたことがあるそうです。

そしてこの後、池田さんの現在の政治家に対して、厳しい言葉が並びます。
「私の息子は、昭和28年生まれ。
今の日本を動かしている政治家の多くが、同世代です」。

「彼らもまた戦後教育にどっぷり漬かり、口にする言葉も『ことなかれ主義』ばかり。
命を懸けて国の為に働こうという気概など、何一つ感じられません」。
「(震災の時の)首相は、『戦後、懸命に今日の日本を築いてきた方々』とは言っても、戦前の人間をまったく無視しているのはなぜなのか」。

「今、求められているのは、武士道の『誠』の精神である。
公の為、国の為、自己を捧げる精神である。
(震災後)今、この日本中で、その精神がごく自然に実践されている」。

この方の経歴や言葉から、思うことがある人、言いたいことがある人もいるとは思います。
でも、確かに昭和を生きた人の言葉は、重い。
「ああ、そう」と聞き流す気には、なれません。


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2012.06.22 / Top↑
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