先週がものすごくテンション上がったのに対して、今週はちょっとお休みなのかな?という気もしてました。
真之帰宅シーンなんかもあって、少し息が抜ける回なのか?
と思ったら、大間違い。


第12話、「敵艦見ゆ」。

バルチック艦隊はヨーロッパの黒海から極東の海まで航海を続けていた。
旅順要塞は既に押さえ、三笠以下、東郷は第1艦隊は呉へ、第2艦隊は佐世保に入った。
どの船も傷んでいた。

宮中では東郷以下、明治天皇に拝謁。
ロシアの艦隊が来るが、見込みはあるのかと聞かれた東郷はバルチック艦隊を撃滅することを約束。
「必ず勝って、宸襟を安んじ奉ります」と言う東郷に、一同は息を呑む。
青山の高樹町に真之は戻ってきた。

季子、そして好古の妻の多美と子供たち、母親までが真之を迎える。
故郷の言葉で話す母親に、子供たちは無邪気にはしゃぐ。
兄からの頼りは満州は寒くて、酒ばかり飲んでいるので酔っ払って落馬しないか心配だと書いてあったと笑う。
真之の立派な姿に、母親はおめでとうを言う。

そこに多美は「バルチック艦隊は、今どこにいるんですか?」と聞く。
「お義姉さん…」ととまどう季子だが、多美はご近所にも毎日聞かれるという。
「でも…」。

「バルチック艦隊は今、どの辺りにいるんでしょう?」
「それがわかれば、苦労はしません」
「それもそうね」と女性たちは笑う。
だが真顔になった多美は真之に「勝つわよね」と言った。

みんなの顔から笑顔が消える。
母親も真之を見つめる。
季子も真之を見ている。

「勝ちます」。
真之が言い切る。
季子が泣き笑いになる。
「淳は、えろうなった…」と老いた母親が泣く。

明治38年1月。
戦線は満州沙河で凍結していた。
奉天の南10キロを蛇行する川で、日露両軍とも長大な塹壕を掘っている。

旅順陥落後、野戦全ての兵力を奉天にそそぐのは決定していたが、それには乃木軍の北上を待たねばならなかった。
ロシア軍としてはめいっぱいに展開している日本軍の最も手薄な最左翼に強烈な重圧をかけ、同時に正面攻撃を行えば包囲殲滅できる。
好古はその最左翼を守りつつ、敵情偵察を行っていた。

旅順が落ちた今、ロシア軍は不意打ちをかけてくるだろう。
好古は後方かく乱、兵站の襲撃を永沼中佐に命じる。
「騎兵とは冒険と襲撃じゃあ!」
「非常な困難にあうだろうが、頼むぞ!」と兵を送り出す。


だが、永沼が見たものは、ロシア軍の大騎馬軍団が日本の前線に進軍していく光景だった。
数にして1万騎以上、森が動いているようだった。
とてつもない攻撃が始まると、永沼は本部に走る。
参謀の松川敏胤はこの寒さの中、攻撃があるなんてバカなことはありえないと言う。

この凍った地面に塹壕を掘るなど。
ナポレオンを破ったのはもう、百年も前。
今とは戦争のやり方が違う。

決戦は春だと児玉は判断。
総司令部の答えを聞いた好古は、8千の自分たちで何とかするしかないという。
3万までなら何とかなる。

黒林台の日本軍の騎兵に対し、闇に紛れてロシアのコサック騎兵が襲い掛かる。
馬のいななきと銃撃。
夜の中、火を噴く陣営。
このままでは持たない。

一度、退却しましょうという進言。
前線が破られ、このままでは全滅という報告がされる。
燃え上がる陣営。
好古に黒林台への攻撃が知らされた。

「来たか」。
吹雪の中、好古は敵の騎兵を見る。
「何ぜよ、あの数は」。
「3万どころでは…」。

部下が圧倒される中、好古は「何があっても引くな!」と言う。
黒溝台の会戦が始まる。
騎兵を育てたならば、世界一のコサック騎兵と戦ってみたいという子供じみた衝動は好古にもあったはずだった。
だが好古はその衝動を抑え、戦闘となれば馬から降り、歩兵の形を取り射撃兵となって戦うという柔軟さが好古にあった。

剣を抜き、やってくるコサック兵。
機関銃で迎え撃ち、最後はコサック兵と1対1の戦いになる。
援軍を頼むという総本部への電話に、児玉は中央から引っこ抜いても最左翼に回せと松川に命ずる。

その時、乃木がやってきた。
「乃木のじじいか!」
児玉の呼びかけに対して、松川は「疫病神だ」と密かにつぶやく。

「遅くなりました」。
乃木を見た児玉は笑い出す。
「わしが逆上しておっては、どうにもならんのう。乃木、これからおもしろいぞ。岩山相手ではないからのう」。

児玉は元々、日露戦争は純粋に軍事的な解決だけで収まるとは考えていなかったのである。
冷静な計算の上では、どのように日本軍が敢闘しても五分五分に持っていければ上等である。
そこを作戦で敵を凌駕し、六分四分にこぎつけるというのが大山も児玉の戦略だった。

日露戦争はその、わずかな勝ち星を続けて、ここまで来た。
「ここを破られれば全軍が崩壊するぞ。決して引くな。例え最後の1兵となっても、守りきるんだ」。
戦闘の中、好古は言った。

しかし、既に2年目に入ったこの戦争がもし、3年も4年も続けば日本の財政は死滅の危機に瀕することになるかもしれない。
戦争による、財政的滅亡…という危機感が最初からあった為に、日本政府がこの時ほど国家運営の上で、財政的感覚を鋭くしたことは、それ以前にも、それ以降にもない。
この同じ民族の同じ国が、はるかな後年、財政的にも無謀極まりない太平洋戦争をやったということは、ほとんど信じがたいほどであった…。

1月29日。
累々と雪の中、横たわるコサック兵の死体。
「ロシアが引いたぞ!」という声が響き渡る。
好古は馬を穴倉から出してやれ、と言う。
「我らは騎兵ぞ!」

黒溝台の会戦はロシア軍が発動し、その主導によって行われた。
成功寸前、ロシア軍は退却してしまった。
これは日本軍の勝利と言うより、防戦の成功だった。

松川がやってくる。
好古に「難戦でしたな」と言うが、好古は「松川。難戦と言うて片付けては、死んだ者に無礼であろう」と言う。
もともと敵が大集団でやってくるというのは、何度も報告し、警告した。
「それを軽視しきっていた為に、この不始末だ!」

「松川、そうは思わんか」。
松川は黙っていた。
好古は言う。
「こんなことはいかんのだ。こんなことは…。いかんのだ!」

その頃、バルチック艦隊はドイツとの石炭会社との紛争、本国からの指令の曖昧さに苦しめられていた。
真之は家で、天井を見上げて豆を食べながら考えている。
季子が不思議そうに天井を見上げると、真之は何もないと言った。
だが、自分には天井に海図が見える。

「バルチック艦隊は、どこを通るだろうか」。
「行こうかウラジオ、帰ろかロシア」と季子が歌う。
笑った真之だが、「さて、そろそろ行こうか…」と立ち上がる。

見送りに季子に手を取られて、母親が出てくる。
「また行ってきます。留守をよろしく頼みます」。
2人は真之を見つめる。
「行ってらっしゃい」。

真之は背筋を伸ばし、去っていく。
一度だけ振り向き、2人を見た。
見送る母。
季子も真之の後姿を見つめていた。

連合艦隊が佐世保を出たのは、2月20日だった。
軍艦マーチが演奏されたのは、この時だけだった。
同じ、20日満州司令部に各軍司令官が招集された。

奉天の会戦においては、陸軍の全力をあげ、勝敗を決する。
この会戦において勝ちを収めた方が、勝つ。
「日露戦争の関が原と言うも、不可ならん。いざ!」
その合図で杯を全員が割る。

ここでクロパトキンが握っていた兵力は、32万と言う空前の大兵力だった。
大山・児玉の日本の野戦軍は、どうしても25万ぐらいだった。
砲の台数はロシアが1200、日本側は990。
世界史上空前の大会戦になる。

両軍は砲台を前ににらみ合う。
やがて撃ちあいが始まった。
乃木軍に課せられた作戦目的は、遠距離運動を持って敵の右側に出て、さらに迂回してその背後をつくというものだった。
全軍の犠牲になれという、悲劇的なものだったのだ。

だが火力が違いすぎる。
このままでは北進どころか、第三軍は全滅する。
しかし、松川は第三軍の北進が遅いとイラつく。

援軍をと言う野津田大尉の電話に松川参謀は「総司令部は第三軍に多くを期待してはおらんのだ!」と言い放つ。
その電話を聞いていた司令部も、唖然とする。
児玉が黙って椅子に腰を落とす。

「総司令部は何と言った?」
野津田大尉は「…総司令部は、第三軍に多くを期待していない。兵を渡しても、また無駄死にさせるだけだろう、と…」と言った。
「わかった」。
乃木が立ち上がる。

沈黙の総司令部に、好古がやってくる。
「松川に作戦がどうも巧妙すぎないか?」と言った。
乃木が左側をつく、クロパトキンが驚いて兵力を振り向ける。
すると今度は、右側をつく。

また驚いて兵力を向けたところ、正面を突破する。
しかし、クロパトキンがそううまく反応するだろうか。
だが児玉はクロパトキンとは1年も向かい合っている。
過敏な神経を持っているので、必ず反応する。

危ういことは確かだ。
だが、日本軍は攻めの姿勢を続けている。
攻めて攻めて、一歩でもロシアの陣地を踏めば日本の勝利を世界に大声で言えるかもしれない。
この一戦で、日本の戦力は尽きるだろう。

だが尽きる瞬間には、優勢でなければならない。
死んでも前に進まなければならない。
それは乃木も承知のはず。

児玉は好古に乃木軍と合流し、乃木軍北進の尖兵となり、奉天北方の鉄道を破壊するよう命ずる。
迅速な攻撃。
「騎兵の本領じゃろう。存分にやれい!」

好古たちは北へ走る。
砲弾と銃撃戦が始まる。
戦術として、小部隊が大部隊を包囲することはありえない。
ところが、大山・児玉はその原則を無視してやってのけた。

そしてクロパトキンは日本が包囲作戦に出たのを見て、よほど大きな予備部隊を隠しているのだと錯覚した。
機関銃の前で突進していく日本の歩兵。
日本軍の頭上で、榴散弾が炸裂する。

土煙が上がる。
撃ってくるロシア兵。
この奉天包囲作戦は、日本軍としてはしかたのないことだが、危険極まりないものだった。

奉天役の列車の中で、クロパトキンには奉天北方に日本騎兵団が6千と、2倍に拡大されて伝わった。
日露戦争を通じての、最大の謎はこの時から始まった。
クロパトキンはそれでは鉄道道路が寸断され、全軍が窮地に陥ると判断した。
「北方に脅威あり、渾河の線まで退去せよ」。

クロパトキンはそう命令した。
6千ごときの兵力ならば狙撃兵第三旅団で撃退できる。
そう主張するものもいたが、この北方の脅威に対してはいったん退去し、戦線を整えて反撃するのが良い。
日本軍の攻撃は長くは持たない、せめてもう一両日と主張する者はいた。

だがクロパトキンは敵に何も残さず、奉天を引き払うことを命令した。
3月9日、朝。
天気は大風塵だった。
未明からロシア軍の退却は始まっていた。

好古は奉天からロシア軍が退却するのを見下ろした。
勝っているのに、なぜ?
「見よ」と好古は言う。

「奉天じゃ!」
風塵は止み、日が差していた。
その日の下、奉天が広がっていた。

「奉天じゃ!」
乃木軍が歓声を上げる。
光の下、見えてきた奉天を、乃木は見つめていた。

夜明け。
児玉は登ってくる太陽に向かって、合掌していた。
大山がやってくる。

「ここら辺りが、切りじゃな」。
「はい。三月もたてば、ロシアはさらに巨大になって攻めて来るでしょう。東京へ帰ります」と児玉は言う。
講和工作を急がせる。

「火をつけた以上、消さねばなりません」。
大山も登ってくる太陽に向かって、手を合わせて拝む。
「そいなら、児玉さん。よか風にお願いします」。
「はい」。

好古たちの行動は、クロパトキンを怯えさせ、思考を狂わせた。
そしてついには決戦への意欲を失わせた。
奉天の戦いはどう見てもロシアが負ける戦いではなかった。

兵力、火力でもロシアは優位に立っていた。
だが、作戦で破れた。
それも徹頭徹尾、作戦で惨敗した。

好古はバルチック艦隊を相手に、海軍はどう戦うかと聞かれる。
「海軍は例え、泳いででもロシアの軍艦にたどり着くであろう。おいはただ、それだけを期待しておれば良い」
そう言った好古に笑顔が浮かぶ。
馬のいななきと、ひづめの音がする。


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2011.12.19 / Top↑
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