こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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大変良くできた、と思います 「家政婦のミタ」視聴率

視聴率に繋がらなくても、おもしろいドラマはあります。
私は自分が見ているドラマの視聴率を、さほどは気にしませんが、視聴率が良いと放送が優遇というか、再放送の機会も特集も組まれたりして目に触れる機会も情報も多い。
だから、視聴率が良くて悪いことはないとは思います。

しかし、昭和の頃と違って、最近は視聴率が20%以上のドラマが少ない印象。
録画が一般的になった今、それほど視聴率は気にしなくても良いという意見も聞きます。
テレビ以外の娯楽が充実していたり、コミックを原作にするなど、ネタもだいぶ尽きた感じも確かにありました。

だから、やっぱりこの時代の40%はすごい!
ショッキングだから、というだけではないと思うんですよね。
そりゃ松嶋さんは主役クラスのスターだけど、「ミタ」さんは松嶋さんを主演にすえて輝かせる為に展開するスタードラマではない。
人気コミックや人気作家の原作でもない。

「仁」は人気コミックという原作はあったけど、やっぱり登場人物に引きつけられたから見ていたと思います。
コミックの世界を損なうことなく、俳優さんたちが演じていた。
「ミタ」さんも、ミタさんとその周りの人間に情けない、いらだたしい、嫌いという感情はもちろんわいたし、同時に何とかなってほしいという感情もわいた。
ショッキングな設定で、ショッキングな展開だったけど、それだけじゃ興味は長持ちしない。

感情移入したり、嫌悪したりしながらも、その人間がどうなるか見ずにはいられない。
つまり、放って置けなくなったんですね。
彼らがどう行動するか、そしてどうなるかが見たかった。
要するに「ミタ」さんに出てくる人間に、ものすごく興味を引かれたんです。

ファンじゃなかった人間も引きつける。
いや、ドラマでファンにしてしまう。
そういうドラマはこの数年で何本かありましたが、間違いなく「ミタ」さんもその1本です。


この脚本家の方は、「リミット 刑事の現場2」(私の書いた記事からは「2」が抜けてますね)を書いた方なんですね。
あれも不幸な境遇から通り魔殺人を犯し、「何で俺だけこんな目に遭わなきゃ、いけないんだよ。間違ってるだろ、こんな世の中!」と半泣きする犯人に、刑事がすごいことを言ってました。

「自分が如何に孤独で虐げられてきたか泣きながら話したら、誰かが話をじっと聞いてくれるとでも思ったか!」
「お前は、ただ、強い奴に向かっていくのが怖かった。だから弱い人を選んで刺し殺した。ただそれだけだ」。
「お前らに俺の気持ちの、何がわかる!」と犯人が叫ぶと、「わかるか、ばか!」と一喝。

「おめえの話なんか、わかってたまるか。てめえがいくらここで長いことくっちゃべっても、お前の気持ちなんかだーれもわかんねえ。みんな自分の人生背負って、精一杯忙しいんだよ。お前の人生に、その退屈な人生につきあってやってる暇はねえ!」と言う。

あまりの物言いに、「確かに今の世の中は、理不尽で不公平でどこに救いを求めれば良いのか、わからない」「彼のSOSを受け止めてくれる奴がどこかにいたら、こんなことにはならなかった。不幸な境遇があった」と、犯人に一定の理解を示す若い刑事が反論する。
すると「違う!」と年かさの刑事が叫ぶ。

「人間は生きているうちに、殺したいほど憎い奴に出会うことがある。だが普通の人は殺さない殺せない」。
「こいつにも親がいる惚れた男か女かいる。そう思うとそいつが人間に見えて、だから人間は人間を殺さない!そして殺せない」。

「だがこいつは違う!こいつは憎くもない人を弱い人を選んで刺し殺した。なぜそんな事ができたか!それはこいつが人間じゃないからだ!」
「おめえもしっかり踏みとどまって戦え、人間なら!」。
そして、「もうお前には遅いか。お前は、みんなの為に死んだ方がいい。ばあか」で締めくくる。

いや、びっくりしましたよ。
良く言った、いや、言い過ぎだ。
犯人に言ってやりたい、いや、この刑事の言っていることはおかしい。
そんな議論、そして抗議殺到を覚悟で書いたセリフだったでしょう。

それでも、この脚本家さんはこれを言いたかったんだと思います。
言いたいことを、表現したいことをぶつけた。
これなんか、視聴率は良くなかったかもしれませんが、見ていた方には強烈な印象を残す。
私は好き…というか、忘れないドラマです。

これと同じ脚本家さんの書いた「ミタ」さんは、すごい視聴率だった。
局、時間帯の違いは影響していると思いますが、今回はそのパワーと、それを表現した俳優さんたち、協力したスタッフさんたちの勝利。
言いたいことを、見せたいものを、やりたいことを貫いたご褒美。
そう言っていい高視聴率だった、と私は思いました。


スターの為のドラマ、人気原作の実写化でもないオリジナルの「ミタ」さんがここまで取ったとなると、これまでの常識を打ち破ったパワーは何か、考えてしまいます。
なぜミタさんが、ここまで人をひきつけたか。
この分析は今後、ドラマを作る人にはすごく参考になるのでは?

ええ、「わたくしは、大変良くできた、と思います」。


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Comment

No title
編集
常にババを引く人にも、ちゃ~んと意味がある。

視聴者でさえウザく感じさせたうららちゃんが、あんなにも重要な立ち位置だったとは恐れ入りました。

本当にビンタされていただろう前半の山場、「ミタ」さんがうららちゃんの本質を並べ立てることで、うららちゃんの存在の大きさが視聴者にまで気づかさせられる展開に、この脚本のすごさをミタ思いです。

シーンが変わって、相武ちゃんのホホにちゃんとビンタの跡が残っているのが面白かったし、結婚式のオチもスカッとしましたね。



「今、なぜこのドラマなのか」
遊川氏の脚本づくりの芯にはこの想いが必ずあると、以前何かのインタビューで話していました。
そして、必ず納得いくカタルシスを作るとも。

タブーや人が考えつかないことをキチンと描くことで、明確なメッセージが伝わってくるんでしょう。
(同じ日テレでは「ベム」も同じようなテーマが隠れていますね)
平和ぼけした世代をTVに呼び込むために『リミット』や『女王の教室』などは、荒療治が本質を曝け出すひとつの手段になっていましたものね。


「続編」への期待が高まるラストーシーンとは云うけれど
テロップは「終」でなく「完」。
意味あるテロップと思います。
「終わり」は「始まり」に繋がるけれど、「完」は「全うした」こと。

40%なんて怪物を生み出してしまったことで日テレの上層部は「続編」や「映画化」を無理強いしてくるかもしれないし、視聴者も「続編」を望む声が多くなるだろうけど、遊川氏には次なるものに取りかかって欲しいな。
ただ、『女王の教室』のあと同じスタッフで作った『演歌の女王』は、途中からスルーするようになった経験がありますが(笑)。

まぁ、あと4~5年経ったら「ミタ」さんの再登場も望むかな………
2011年12月23日(Fri) 13:10
mickmacさん
編集
>micmacさん

>常にババを引く人にも、ちゃ~んと意味がある。

ほんとに、ビックリ。
こんな意味があったとは。

>視聴者でさえウザく感じさせたうららちゃんが、あんなにも重要な立ち位置だったとは恐れ入りました。

どうしてあんなにタイミングが悪いのか、と思ってましたが、重要な意味があったんですね。
ただのはた迷惑で空回りしている人じゃなかったとは。

>本当にビンタされていただろう前半の山場、「ミタ」さんがうららちゃんの本質を並べ立てることで、うららちゃんの存在の大きさが視聴者にまで気づかさせられる展開に、この脚本のすごさをミタ思いです。

あのビンタ、すごかったですね~。
しかし、うららちゃんの役割にしっかり気づくのは、ミタさんだからですね。
この脚本、すごい!

>シーンが変わって、相武ちゃんのホホにちゃんとビンタの跡が残っているのが面白かったし、結婚式のオチもスカッとしましたね。

あの頬が赤くなっているのを見ていて「あ、ビンタ」と。
演出が細かい!
結婚式から後、畳みかけるようにこれまでのキャラクターのその後と天罰と救済が出たのは良かった。
あの部下、ものすごいコケ方してました。

>「今、なぜこのドラマなのか」
>遊川氏の脚本づくりの芯にはこの想いが必ずあると、以前何かのインタビューで話していました。

この方には、信念を感じますね。
自分の訴えたいものを作っていく。
それが成功する時もあれば、失敗する時もあるでしょうが、受け止めた人には忘れられないドラマになることがある。

>そして、必ず納得いくカタルシスを作るとも。

「リミット2」も、カタルシスありましたからね。
納得行くカタルシスを作ってくれるのは、すごく大事だと思います。
ここまで言ってやって、モヤモヤして終わらせられたら、たまらない(笑)!

>タブーや人が考えつかないことをキチンと描くことで、明確なメッセージが伝わってくるんでしょう。

もっと、自由にこの方に作ってもらえたら、どんな作品を作るのか…。
興味あります。

>(同じ日テレでは「ベム」も同じようなテーマが隠れていますね)

こちらも「異形」だけど心は異形じゃない者から見た視点がおもしろかったです。

>平和ぼけした世代をTVに呼び込むために『リミット』や『女王の教室』などは、荒療治が本質を曝け出すひとつの手段になっていましたものね。

それ言っちゃうの?!
それやっちゃうの?!
っていう、すごい突破口ですもんね。

>「続編」への期待が高まるラストーシーンとは云うけれど
>テロップは「終」でなく「完」。
>意味あるテロップと思います。
>「終わり」は「始まり」に繋がるけれど、「完」は「全うした」こと。

私はこれが「終」とか「end」なら次があるかと思うんですが、「完」だからないんだなと思いました。
この脚本を書いた人なら、「完」はそういう意味で使ってるんじゃないかなと。

>40%なんて怪物を生み出してしまったことで日テレの上層部は「続編」や「映画化」を無理強いしてくるかもしれないし、視聴者も「続編」を望む声が多くなるだろうけど、遊川氏には次なるものに取りかかって欲しいな。

はい、そう思います!

>ただ、『女王の教室』のあと同じスタッフで作った『演歌の女王』は、途中からスルーするようになった経験がありますが(笑)。

私もこちらは完走しませんでした…。
全部が自分にとって当たりじゃないところも、当たりが出た時の魅力かも。

>まぁ、あと4~5年経ったら「ミタ」さんの再登場も望むかな………

その時はミタさん、どんな風に変わってるでしょうか。
2011年12月24日(Sat) 00:25












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