「坂の上の雲」、お正月に友人は一気に見たそうで、お正月、私には退屈な番組が多かったので、それは良かったなと思ってしまいました。
日露戦争とか、歴史なのでどうなったかはわかるんですが、細かい部分はネタバレになるので友人とは話さないでいたんですね。
やっと解禁。
そこで、「坂の上の雲」の最終回を見た後に、ちょっと書いてなかったことやら補足的に触れてみたいと思います。

まず、交響曲で展開する海戦は、映画並みにすごかった。
黒い煙を上げ、燃えているバルチック艦隊を映した空撮もすごかった。
あんまり意味のないCGとか、3Dとか、今なんでこの映画で3D?みたいなのありますが、この海戦と三笠を見て、CGはこういう風に使うんだ!この為にあるんだ!と思いましたもん。

グイーンという音で、大砲がバルチック艦隊に向くのとか、すごい臨場感。
前に書かなかったんですが、「日本海海戦」の前の回、「敵艦見ゆ」で真之が「天気晴朗なれども」と書いた時、テーマ曲が流れるのも良かった。
このドラマは、こういう演出もうまかったと思います。

司令官の苦悩も、ありました。
東郷さんはどっしり構えてましたが、乃木さんとか、真之とかは胃潰瘍になりそうですもん。
あれですね、直接試合している選手も大変だけど、ベンチにいる監督が胃痛になりそうなあんな感じ。

乃木さんは203高地の戦場跡を歩いて、悟ったようになっている。
真之は自分の立てた作戦で大勝利したのに、衝撃を受けてしまう。
2人とも自分が築いた遺体の山というものに、心をひどく痛めている。

児玉さんとか、好古は踏みとどまっている。
乃木さんと児玉さん、好古と真之と、陸海軍で対照的な2人がいたんですね。
いや、でも児玉さんはこの後、燃え尽きたように急死してしまうので、やっぱり相当神経使ってたんじゃないかと思います。

好古兄さんは、これは私が勝手に考えたんですけど、武勲をたてた軍人としては意外にも地方の校長先生になっている。
やっぱり戦場で多くの人が死ぬのを見て来た人には、そうではない人にはわからない何かを背負うんだろうなと思いました。
その背負ったものが軍人として安泰な余生を送らせないのではないか、と。

これもまた勝手に思ったんですが、お馬さんが側にいるのも、お兄さんの精神には良かったんじゃないですか。
校長先生になっても、馬に乗ってましたね。
しかし、あの晩年の老けメイクはすごかった。

「皇国の興廃」の「一戦」の指導者に、武士がいてよかったなあとも思いました。
乃木さんとか、児玉さんとか、あの年代の人は武士なんですよね。
真之はバルチック艦隊が来るか来ないかでイライラしちゃうし、ロシア側の白旗を見て武士の情けです!攻撃をやめてください!とか言っちゃう。
それに対して東郷さんは「来る言うから来るんじゃろう」と言い、「まだ前進してるし、砲門がこっちに向いておる!」と、どっしり構える。

この辺りが、武士たるところ、司令官たるところだと思ってしまいましたね。
もう、幕末を越えてきた人は修羅場の数と度数が違う。
明治の人だって自分から考えたらすごい精神力だし、厳しさがあると思うんですが、その明治の人を「明治生まれは肝っ玉が据わってなくていかん」ぐらいに扱っちゃってるんじゃないかなと思いました。

「撃ち方やめー!」の号令が来た時、水兵さんたちの顔がパアッと明るくなったのも好きです。
「勝った?!」って感じ。
全員が本当に一丸となってしていたので。
伝令も、狙いをつけて撃っている水兵さんも、みんな一つになっていたので、良かったねと言いたくなりました。

連合艦隊、大勝利の号外を手に泣き出す季子さんも、良かった。
「真之さん、大勝利!」とかけてくる多美さんも良い。
まず「淳は生きておるかね?」と、病床から気遣う母親にもジーンと来ました。
真之を取り巻く家族を、一部から丁寧に描いてきたかいがあります。

ポーツマス条約に向かう小村寿太郎に、伊藤博文が小村に「君が帰朝の折りは、例え誰1人出迎えの者なくとも、余だけは必ず小村くんを迎えに来る」と言うのも、良いシーンでした。
伊藤は、小村の持ってくる結果をわかっているみたいなんですね。
賠償金も取れずに帰国することを。
世界における、日本の地位を。

鍵はルーズベルト、もはやアメリカだと。
それで実際、小村をたった1人、握手で迎えるのが伊藤さんにグッと来ました。
竹中さん、加藤剛さんの短い、セリフもない、しかし印象的な見応えあるシーンでした。

そして律さん。
子規の家に真之が訪ねてきて、会わずに戻っていく。
真之の後姿を母親が「淳さん?」と疑問に思って、律に言うと、律は一瞬、我を忘れたように走っていく。
結局、会えなかった律は「淳さんなら軍艦に乗っておいでじゃけえ」と答える。

真之は連合艦隊の軍人さんで、日本を救った英雄、季子という妻もいる。
自分たちには、もう縁がない立派な軍人さん。
もう遠い、永遠の想い人と自分に言い聞かせるような律の言葉。
静かな律と母親2人の生活、律の秘めていく恋心と別れを感じさせての幕切れでした。

映画「二百三高地」では乃木さんが明治天皇の前で、号泣しましたが、その謁見前、児玉さんと乃木さんが会うシーンがドラマにはありました。
「その格好で陛下に拝謁するのは、いかがなものか」と言う児玉さん。
あの格好が乃木さんとしては、自分が見て来た大勢の死者への礼儀なんだろうなあと思いました。
その児玉さんが「これからどうなるのか」と言う。

まるで、「これから日本はどうなっていくのか」という、不安な予感にも思えました。
すると、乃木さんは「何ひとつ変わりゃせん」と言う。
ポーツマス条約に見えるように、日本の世界における地位が、変わるわけではないというのか。

まだまだ日本は未熟で、日本人は未熟だというのか。
それとも、明治と言う楽天的な時代の日本がどんどん前に進んでいくことは、変わらないというのか。
同じように好古も共に戦争を超えてきた真之に、「この先、一体どうなるじゃろうな。お前にもわからんか」と言っている。

それに対して真之は、「急がねば、一雨来るかもしれんぞね」と答えている。
単なる天気の話か。
それとも、勝ち戦で高揚した日本にやがて訪れる暗い時代を暗示しているのか。
この辺りのシーンが、アメリカの影が、その後の日本を知る私たちに余韻を与えていますね。

奉天の夢を見ながら「馬ひけい。行くぞ、奉天へ」と言う好古。
「あなた、馬から落ちちゃいけませんよ」と、多美さんが言う。
おそらく多美さんは、生涯、このやんちゃ坊主みたいなだんなさんを笑って支えていたんだろうなと思わせるシーンです。
好古が息を引き取って、明治と言う、苦しいけれど輝く青年の時代が終わる。

見て、3年間見続けて良かったと思いました。
こういうドラマができて良かった。
司馬遼太郎さんがこのドラマ化には難色を示していたらしいですが、それはやっぱり難しいからだと思うんです。
戦意高揚、戦争肯定。

そしてナショナリズムに走ったドラマになる恐れがあるからと危惧したんだと予測がつきますが、このドラマはそうはなっていなかったです。
かといって、この時代の日本の進む道を否定もしていなかった。
現代の価値観で、描かなかった。
明治の日本がいかにして坂を駆け上がって行ったかを、高揚感を持って描いていた。

実に上手いバランスで、そういうところを描けていたと思うんです。
この時代の歴史とか、人物とか、ほとんど語られないんですが、やっぱりこれだけ必死になって戦った時代と、その指導者たちを知らないというのはどうなのかと。
そんな風に、明治と言う時代の日本、その時の世界を考えるきっかけになりました。

あー、これ、本当に1年間かけて、大河ドラマで見たかった。
もっともっと、映像化したシーンを見たかった。
最終回でも日本の四季を美しく表した映像が映されましたが、こういう美しい日本もずいぶん出ていました。
セリフにないものを感じさせる演出、俳優さんたちの、見応えあるドラマでした。

石坂浩二さんたち、60代から上の俳優さんたちは3年あるのでみんながんばろうねと言い合っていたそうです。
3年間、青年時代からずっと、容貌も含めてしっかり演じた俳優さんたちも、お疲れ様でした。
私はおそらく、何度も見直すドラマだと思います。


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2012.01.07 / Top↑
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