こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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これが裁きだ… 「ブラックジャック」 「ナダレ」

手塚治虫先生の名作「ブラックジャック」。
その初期のほうに「ナダレ」という作品があります。
最近、鹿の害というニュースがちらほら流れるのですが、そのたび、ふと思い出す話です。


ある青年脳科学者が「ナダレ」と名付けた白い鹿を、小鹿の頃からかわいがっていた。
青年は脳の可能性に注目し、入れ物を大きくすれば脳はもっと発達するのではないかと考えた。
弟のようにかわいがっていたナダレと、もっと高度な交流が持てたら。
そう考えた科学者は、稀代の外科医・ブラックジャックにナダレの脳を頭ではなく、胸に移す手術を依頼した。

あまり気がすすまなかったブラックジャックだが、障害や病の克服にも繋がると説得されて手術をし、ナダレの脳は胸に移った。
その為、科学者の考えた通り、ナダレの知能はどんどん発達して行った。
科学者が里帰りし、ナダレを呼ぶとナダレはやってきたが、その姿は大きく、強くなっていた。
「何だかどんどん、姿が変わるね…。野生に戻っていくのかい?」

その頃だった。
山奥を切り開いて近代化する工事が行われていたが、そこの現場に巨大な鹿が現れ、工事の人々を襲う事件が頻発した。
ナダレが現れると人々は怖れ、首を撃ってもびくともしないナダレを怪物と呼んだ。

ある日、科学者は里帰りした。
後から、彼の婚約者が来るはずだった。
ナダレにも紹介するよ、と言っていた。
だが青年がナダレと暮らした小屋には、ブラックジャックが待っており、彼にナダレの事件を伝えた。

ブラックジャックに連れられ、工事の人たちが殺された受難の碑が立っているのを見て、科学者は愕然とした。
これをナダレが?
知能が発達したナダレは山を荒らす者として、都会からやってくる人間、工事に携わる者を襲うようになっていたのだ。

その時、青年の婚約者が乗った車が、巨大な白い鹿に襲われ、事故を起こしたという知らせが届いた。
青年が駆けつけると、運転手も婚約者も血まみれになってなくなっていた。
だからこんな手術は嫌だと言ったのだ、とブラックジャックは言う。

こんなことは人間も、動物も、どちらにもいいことはないのではないかと。
「もういい」と青年はブラックジャックに言う。
「僕がナダレを始末する」。

夜、青年が吹く口笛を聞きつけたナダレが小屋に走ってくる。
猟銃を構える青年にブラックジャックは「奴の首は抜け殻だ。胸を狙え。だが外すとあんた、命がないぜ」と言う。
小屋の入り口にナダレが立った瞬間、青年は銃を撃つ。
弾丸が胸に当たったナダレは、ヒィーッという声を出した。

血を流しながら、ナダレは吹雪の舞う表に逃げる。
青年はナダレを追っていく。
小鹿のナダレと青年の、楽しかった日々が頭に蘇る。
弟のようなナダレ。

ナダレが振り返る。
青年はナダレを撃ち、ナダレは雪の中、倒れる。
倒れたナダレにすがって、青年は泣き崩れる。
「ナダレ、許してくれ。これが裁きだ」。

ブラックジャックはいつか、青年が言った言葉を思い出して言った。
「あんた、人が人を裁くのだと言ったね」。
雪がナダレと青年に降り積もっていく。
「人間は動物を裁く権利があるかね?」



マンガが手元にないので、思い出しながら書きましたので、細かいところが間違っているかもしれません。
しかしこれ、最初に読んだのは子供の頃ですよ。
その後、何回か読み返したとはいえ、ここまで印象に残っているっていうのは、すごい。

マンガでは最初に工事現場に、怪物のようなナダレが現れ、大暴れするところから始まってるんです。
そこから青年が帰ってきて、待っていたブラックジャックがナダレのことを話す。
ナダレがなぜそんな怪物になったか、手術によってだとわかる、そんな流れじゃなかったかな。

かわいらしい小鹿のナダレ。
まるでディズニーの「バンビ」のようなナダレと、楽しい日々を送ったであろう青年。
その日々も、婚約者も失って、ナダレを殺すのは自分の使命だ、自分のやったことに決着をつけるんだという気持ちと憎しみと、それでも消えない愛情。
切ないのは、全て自分が招いたことだということ。

つらい結末でした。
去年、ブラックジャックがドラマ化されましたが、あの時、「ブラックジャックで思い出に残っている話は?」という話になったら、まあ、出るわ出るわ。
「あれもあった」「あれも覚えている」「あっ、それもすごかったね!」って。
ずっとずっと、読み継がれていっても不思議はない作品。

ありえない設定、ありえない展開があり、今の発達したマンガやドラマには通用しないものは確かにあります。
しかし、ここまで心に残っている。
手塚治虫がマンガを通して、一番、子供に考えてほしかったことは的確に伝わったんじゃないかと思ってしまいます。

前にも書きましたが、小説にしたら、大問題になるようなことも、「子供のマンガだから」と言える状況で訴えかけたと解説している人がいました。
時代劇もそうですね、現代劇でドラマにしたら文句がつくようなネタも、「昔々の話ですよ」と言って通せる考えがあった。
「ブラックジャック」って、まさにそんな作品ばっかりじゃないでしょうか。
マンガだからできた。

月日が経てば余計に、手塚治虫さんっていうのは天才だったなーと思います。
どの分野にも開拓者とか変革者とか、天才っていうのはいるけど、マンガでは手塚治虫さんがそうですね。
手塚さんがいるといないとでは、今日の日本のマンガやアニメが違っていたんじゃないか。

「ブラックジャック」の生命への印象的な話は、医師の経験がある手塚さんだからか。
または戦争で、まだ少年の頃にいろんな人の生死に接してきたからか。
しかし、これを自分の体験談に留まらず、創作に燃やせるってすごい才能です。
神様からつかわされたような才能の持ち主っていますけど、手塚さんってまさにそんな感じがします。


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