第3話、「裏表大泥棒」。


以前、一度書いてますね。

「美しい…、この世のものとは思えぬ美しさ」。
絡み合う男女。
女の肌。

「あの暖かい肌色。その肌色を真っ赤に染める赤。ほしい…」。
なまめかしさを見せるその女が、つぶやく。
「見なければ良かった。この目が見なければ、ここまで私を苦しめることはなかったのに」。

女の声が切羽詰ってくる。
「ほしい…」。
「私はあの赤井戸という茶碗がほしい…」。

「あなたには、おわかりになりますまい。金さえあればこの世の全てが、美しいものが全て手に入ると思っておられる」。
「そうではありません。例えどんなに大金を積んでも本当に美しいものは、手に入りません」。
「女の心と同じように」。

男は油問屋の大蔵屋・藤右衛門。
相手は、妾の志津だった。
籐右衛門は、どこで赤井戸を見たのか聞くと、「戸沢様のお屋敷です」と答える。

藩邸のお茶会の時、秘蔵の名器と言って遠くから見ただけだった。
だが、志津は、一瞬にして魅了されてしまったのだ。
それを聞いた籐右衛門は「金さえあれば私には何でもできる」と、豪語する。

清兵衛のところに、昔の盗賊時代からの友人の嘉平がやってくる。
武家に茶碗を貸したが、返してくれないと泣きつかれた嘉平が、その茶碗を武家屋敷から盗み出してほしいと言うのだ。
だが嘉平はもう年を取っている。
そこで、清兵衛のことを思い出してやってきたのだ。

引き受けた清兵衛だが、依頼に嘘があった場合は…と言いかける。
すると嘉平は、この白髪首をバッサリやってもらおうと言う。
大蔵屋からは25両預かってきたと言う嘉平に清兵衛は、「前金が5両。後金が5両。それが裏の助け人の決めでございます」と断る。

早速、清兵衛は戸沢家から茶碗を盗み出すことにした。
利助が忍び込み、屋敷内を探り、蔵にあると見て、蔵の鍵の型を取ってくる。
茶道具一覧の書を盗んできた利吉は、清兵衛に足がつくと言われるが、朝までにちゃんと戻しておくと言う。

利助には、文十郎か平内、どちらか連れて行けと言うが、文十郎は泥棒までしたくないと言った。
というのは、建前で、文十郎は今は仕事をやる気がないのだそうだ。
「そんなに貯めこんだんでございますか?」と言う利吉に、文十郎は指を3本見せた。

「30両!」
「3両だよ」。
「欲のないお方だ」。

翌日、しのの働く茶店に利吉が行くと、「またあのやろう!」と思わず声を出す。
しのの茶店には、ここのところ連日、若い侍が来ていた。
その侍は、団子を20本食べないと腹の虫が収まらないと言って、何度もしのに団子を頼む。
利吉は対抗して、団子を30本頼む。

結果、利吉はうなりながら平内の家にいることになった。
あんな小娘のどこがいいと言う平内だが、しのとの仲を聞かれると、文十郎に絞め殺されると言う。
平内が女遊びに誘うと、利吉は仕事だと言う。

清兵衛を前に、利吉から説明を受けた平内は言う。
「俺たちは助け人だ。人を助ける為には人殺しでも何でもやる口だ。だがね、棟梁。泥棒はほんとに人助けになるのかね」。
「平内さん、あっしの受けた仕事だよ。今さらこの年で、欲にくらんだ盗人仕事は引き受けませんよ」と清兵衛は笑った。

平内と利吉は、戸沢の屋敷が見える蕎麦屋の2階から様子を探る。
利吉は、盗賊はざっと12年やったという。
棟梁のところに弟子入りしてまもなく、どうやらおめえは、大工より盗人のほうが筋がいいみたいだと言われる。
それは本当だった。

あの屋敷から何を盗むのか。
千両箱かと平内は聞く。
「とんでもねえ。そんなけちなもんには、目もくれませんよ」。
利吉は今度の仕事は自分が頭領。平内は助っ人。助っ人は頭領の言う通り、動いてくれればいいんです」と言った。

その時、利吉がしのの茶店に通う侍が屋敷から出て行くのを見た。
誰だと聞かれると、あっしの色敵だと言う。
侍は、戸田藩の若い侍、岩切半次郎といった。
岩切は同僚と共に屋敷を出た。

その後、茶屋から戻ったしのは家の中に飛び込み、文十郎に変な人がつけてきたと怯える。
お店によく来る客だと聞いた文十郎は、表に飛び出していく。
しのの長屋の先では、岩切が同僚に家さえわかればこちらのものと言われていた。

後は暮らし向きを探って2、3両の金さえ積めば、茶屋娘などどうにでもなると同僚は言う。
ためらう岩切に同僚は、自分が話をつけてこようかと言うが、岩切は「俺は何も…」と口ごもる。
「相手はたかが町娘だ。遊び飽きたら、また金で綺麗さっぱり。それが江戸詰めの極意ってもんさ」。
2人の背後に、ものすごい形相の文十郎が立っている。

「おい!」
「誰だ、貴公は?」
「俺はな、お前たちが付け狙っている、茶屋娘の兄だ!」

それを聞いた2人は逃げ出した。
途中、二手に分かれた2人だったが、文十郎は道をまっすぐ逃げる岩切を追った。
岩切を捕まえた文十郎は、したたかに殴った。

やがて文十郎は、岩切と飯屋にいた。
岩切は「拙者はあなたが思っておられるるような、浮ついた気持ちはもうとう持っておりません」と言った。
国元から両親が来るので、しかるべき仲人を立て、正式にしのを貰いたいと申し込むつもりでいた。
それがこの始末…、と岩切は泣き始めた。

文十郎は居心地が悪くなり、岩切に酒を勧めるが、岩切は酒もタバコもやらないと言う。
では、女かと文十郎が言うと、それもとんでもないと言う。
ただ、しのが勤める茶店で団子を食べることが楽しみだった。
文十郎は団子はないが、芋団子を串に刺して、「ほら、芋団子」と差し出してやる。

茶店の影で、しのは文十郎がすっかり、岩切を気に入ってしまったと利吉に訴える。
困り果てる利吉だが、しのに、今夜、兄に付き合っていると言ってくれるかと聞かれると、「殺されちゃう」と言う。
それに今夜は仕事だ。
しのはすねる。

その夜、平内と利助は戸沢藩に忍び込む。
岩切が同僚と見回りながら、「本気だ。俺はあの女を嫁にする」と話している。
思わず、平内がキセルを構えるが、2人は蔵を照らすと戻っていく。

赤井戸は嘉平の手に渡った。
嘉平は清兵衛に「大名屋敷に泣き寝入りせず、赤井戸を取り返したんだから、胸がすいた」と笑った。
そして、こんな茶碗に金に糸目をつけず、取替えそうというのは不思議だと笑った。
清兵衛も笑った。

嘉平の弟子の伊太八が、後金の5両を持って来た。
平内は2両を貰ったが、本当にこの泥棒は人助けだったのかと聞いた。
すると利助は、実はあれは盗みではなく、取替えしたのだと言う。
理不尽に奪ったものを取り返されたのだから、訴えるわけにもいかないだろう。

その日、文十郎は機嫌が良かった。
文十郎は、しのに岩切の嫁になるように言う。
その為、今日は岩切がやってくるはずなのだ。

戸田藩で、岩切は身なりを整えていたが、その時、上司が呼びに来る。
昨夜、ちゃんと見回りをしたかと言われ、蔵に連れて行かれるとタバコを吸った跡がある。
誰かが昨夜、蔵でタバコを吸った。

何かなくなっていないか調べると、赤井戸がなかった。
同僚が「えらいことになった」と嘆く。
赤井戸は、藩祖が時の関白・秀忠公から拝領した家宝。

納戸役出仕の折り、他のものはともかく、赤井戸だけは命に替えても守れと言われていたほどだ。
やがて、岩切が席を立つ。
隣の部屋から「ぐうっ」という声がした。
同僚が走ってふすまを開けると、岩切が切腹して果てていた。

待っても来ない岩切に、文十郎はまじめだと思ったのだが…、と首をかしげる。
その時、玄関に来客があった。
藩邸からの使いで、岩切が来るはずだったと確認した。
岩切が腹を切ったことを聞いた文十郎は、愕然とした。

清兵衛は、娘夫婦と孫と出かけるところだった。
表で水をまいていた利吉が突然、背後から文十郎に押さえつけられた。
「おめえ、泥棒したはずだな?どこで何を盗んだ?」

「中山さん、裏の稼業についちゃね、例え親兄弟でも」。
利吉がそう言いかける。
「言わんとその首っぱね、へし折る!」
文十郎がすごむ。

利吉が出かける直前の清兵衛に、耳打ちする。
清兵衛は顔色を変え、外出を取り止めた。
文十郎と利吉を伴い、清兵衛は嘉平の下へ行く。

座敷に上がりこもうとする清兵衛を、嘉平の下にいる数人が止めようとする。
文十郎が「どかんと斬るぞ!」とはねのける。
座敷の奥にいる嘉平の前に、清兵衛が立つ。

清兵衛は前金と後金の10両を返すと、嘉平は「人助けなら金はいらないとでも言うのかい?」と言う。
「人助けが人助けにならねえから、そう申し上げているんで」。
嘉平はいきり立つ手下たちを叱り付けると、文十郎が部屋の外に押し出してふすまを閉める。

清兵衛はあの茶碗の、本当の持ち主を聞いた。
嘉平は大蔵屋の籐右衛門と言うが、清兵衛は今日、戸沢藩で若い侍が1人、腹を斬ったことを話す。
はたして、嘉平が騙されているのか、それとも清兵衛に嘘を言ったのか。

事と次第によっては、掟通り、死んでもらう。
清兵衛はそう言って、持って来た匕首を見せる。
嘉平の隣にいた伊太八が、刀に手をかける。

文十郎に殺気が走る。
嘉平は清兵衛をまっすぐに見据え、持って来た匕首を貸してくれ、と言った。
「助け人のおめえさんが、手を汚すこたあねえ。俺に任せてくれ」。

その頃、志津は赤井戸を見て、目を丸くしていた。
「赤井戸…」。
「そうだよ。お前のほしがっていた、赤井戸の茶碗だ」。

「どうしてこれを」。
「そこまでお前が知ることはない。ただね、いつか私が言ったろう?この世の中は金さえあれば何でもできる。ほしいものは何でも手に入る。私はそれができる男だ。このことはようく、心に留めておいて貰いたいものだな」。

志津は赤井戸を寝屋まで持ち込み、うっとりと見つめていた。
「こんな茶碗の、どこがいいのだ?」
「この…、肌の色」。
「肌の?」

「この茶碗は生きているのです」。
志津は手に持ち、「こうして手に持つと、この茶碗の暖かさが手に伝わってまいります。この白は、人の肌色。この赤は、人の赤い血」。
うっとりと手にとって志津は言う。
「そう…。この茶碗を砕いたら、きっと赤い血が」。

その時、籐右衛門を番頭が呼びに来る。
籐右衛門はかごで急ぎ、店に戻る。
天井裏に利助が潜み、嘉平と籐右衛門を見ている。

籐右衛門は茶碗の例を言う。
しかし嘉平は、「おめえさん、まさかこの年寄りを騙しちゃいねえな?」とすごむ。
自分の古いなじみの助け人が、取り戻してくれたのだ。
それなのに、万に一つ、仲間を裏切ったとあっては…。

「今戸の嘉平、後々までも物笑いだ。どうなんだい?あの茶碗は本当にお前さんのものか?それとも…。戸田様のものを俺に盗ませたのか?どうなんだ!」
籐右衛門は目を見開き、固まった。
「返事のねえところを見ると…」。
籐右衛門は目を白黒させながら、あれは自分のものだと言った。

近くで、伊太八がじっと見つめている。
その冷酷な目。
嘉平はならば、戸田藩に行こうと言う。
籐右衛門は、ツバを飲み込む。

嘉平が匕首を抜き「どうした、大蔵屋!」と怒鳴る。
籐右衛門は手を振って、嘉平を制して、「ま、待ってくれ」とあわてる。
「金なら出す。金で話をつけよう」。

そう言うと金庫を持ち出す。
「どうだ。50両」。
嘉平は匕首を納めない。
「百!」

「百両だぞ!」
嘉平の匕首の先と嘉平を見て、「だめか」と言う。
「150!い、いや2百両!」

嘉平の顔が怒りに歪んでいく。
「こんの野郎…」。
「さ、3百両!3百両出そう!」

小判の包みが並べられていく。
伊太八が、ツバを飲み込む。
「ダメか…。こ、これで!」

籐右衛門が金庫を差し出す。
「これで話をつけてくれ!」
金庫をひっくり返すと、小判が音を立てて落ちていく。

伊太八の目つきが、次第に取り付かれたようになる。
小判を凝視している。
「ご隠居…」。

「頼むぅ!」
籐右衛門が頭を下げると、嘉平は着ていた半纏を投げつけ「金の亡者め!」と叫んだ。
「ひいい。ゆ、許してくれ」と籐右衛門が後ずさりしていく。
その時、伊太八が置いてあった刀を手にした。

目にも留まらぬ速さで刀を抜くと、背後から嘉平を刺し貫く。
天井で見ていた利助が驚愕する。
籐右衛門もまた、口をパクパクと開けて絶句する。

「伊太八、てめえ」。
伊太八は刀を抜くと、もう一度、嘉平に突き立てる。
籐右衛門に振り向くと「大蔵屋さん。この金は、俺が貰っとくぜ」と言う。

腰を抜かした籐右衛門に向かい、「ご隠居のシマは俺が引き継ぐ」と言って金を金庫に入れ始める。
「子分ともども、またごひいきに願いますよ」。
「なるほど…。これだけの金を積まれちゃ、親分もヘチマもないってわけか」。
持ち直した籐右衛門は、「伊太八さん。お前さんの仕事はまだ終わったわけじゃない」と言う。

「茶碗を盗んだ助け人とやらを、後腐れのないよう始末してもらおう。金はいくらでも出す。嘉平のシマを継ぐなら、それなりの後ろ盾になろう。ただ、茶碗のことは世間にもれちゃまずい」と言った。
「俺たちは旦那あっての商売だ。嫌とも言えねえだろう」。
そう言うと、伊太八は抜き身の刀を見つめる。

このことはすぐに、利助が清兵衛と文十郎が飲んでいるところに知らせに走った。
立ち上がろうとする文十郎を制し、清兵衛は平内を呼ぶように言う。
「どうもなんともやりきれん気持ちだ。たった一つの茶碗の為に、バカ正直な侍が1人。後生安楽なご隠居が1人、何も命まで落とすことはなかったんだよ!」
鉄心を床に突き、文十郎が憤る。

「何と言っても、たかが茶碗じゃねえか!ただの!」。
「いや、茶碗じゃねえ、金だ」と清兵衛が言う。
「ええ?」
「金って奴はなけりゃねえで、人を狂わせる。ありゃああるで、もっと人を狂わせる」。

清兵衛は薄く笑う。
「そういうあっしだってまだ心のどこかに、金がほしいって気持ちは消えちゃあいませんからね」と言った。
隠し部屋の階段を、清兵衛がそう言いながら上がっていく。
続いて、文十郎が上がっていく。

土蔵に出た文十郎が隠し部屋の戸を締める細工を上に上げると、床が閉まって普通の床と見分けがつかなくなった。
清兵衛がふっと、土蔵の明かりを吹き消す。
外に出る為、清兵衛が土蔵の格子戸を開けた時だった。
暗闇の中、数人が刀を手に襲い掛かってくる。

とっさに文十郎は戸を閉めようとするが、その数人は土蔵内になだれ込んできた。
文十郎が刀を合わせ、兜割を抜いて、2人を叩く。
清兵衛は燭台を手に刀を避け、2人をそれで刺して倒した。

文十郎は2人を叩きのめし、2人を同時に叩く。
清兵衛は自分に飛びかかってきた1人を組み伏せ、「言えっ。伊太八はどこにいる」と問い詰めた。
平内がいるはずの女郎屋に、利吉が急ぐ。
機嫌よく女郎屋を出た平内を利吉が捕まえ、耳元で囁くと平内と利吉は走る。

その頃、志津はじっと茶碗を前にして座っていた。
籐右衛門が伊太八に話す。
「変わった女でね。気が向くと一晩中でも、ああして茶碗をにらんでる」。

志津の目つきが普通ではない。
「気位が高い。高慢だ。私のことなぞ、心の底から軽蔑しきっている」。
志津のことを語る籐右衛門の顔が歪む。
「そんな女を、私は思うままにする。それができるのも、金の力でね」。

籐右衛門は笑う。
だが籐右衛門の言葉に伊太八は答えず、「遅せえな…、もうそろそろ…」と言った。
「助け人の息の根を止めた頃だ」。

「浪人者には、いくら払うんだね?」
「一人頭、5両」と伊太八は手を上げる。
「もちろん、それはお前さんの方で払うんだろうね」。
「大蔵屋さん、命が助かれば金持ちってやつあ、けちになるもんですね」。

その時、「ごめんくださいまし」という声がする。
「誰だ」。
籐右衛門の座っている座敷の入り口に、清兵衛が立っている。
「助け人の清兵衛と申します」。

そう言うと、清兵衛は座った。
背後の部屋には、伊太八がいる。
「助け人?何の用だ」。
「へい。先ほどのお礼に」。

そこまで言うと、伊太八が斬りかかってくる。
清兵衛は前のめりになり、避けた。
伊太八の手を抑えると、突き飛ばし、懐からノミを手にする。
籐右衛門はハッとして、逃げた。

怯えながら廊下に出ると、そこには平内がキセルでタバコを吸っていた。
驚いた籐右衛門は、平内を見る。
目を丸くし、口を開けて、後ろに下がっていく。

背後の障子が開く。
平内がキセルから針を取り出す。
籐右衛門が、目を飛び出さんばかりにむく。

背後の障子が外れ、外から籐右衛門を平内が押さえ込むのが見えた。
籐右衛門を押さえ、障子の側に突き飛ばすと平内はキセルの針を籐右衛門に叩き込む。
平内の針が、籐右衛門の額の真ん中に刺さる。

キセルが刺さったまま、籐右衛門がずるずると崩れ落ちていく。
目を寄り目にし、籐右衛門は足を投げ出して座り込んだ形になっていく。
キセルから煙が出ている。

清兵衛から伊太八は逃げ、戸を外して庭に出る。
表に出ようとした時、文十郎の横顔が見えた。
あわてて逆方向に走ろうとした伊太八は、清兵衛と文十郎の挟み撃ちにあった。

観念したように見えた伊太八は、ふいに文十郎に向かって刀を振り上げた。
だが、文十郎は伊太八を頭から一気に斬る。
うめきながら伊太八は転がり、文十郎をにらむ。

刀を収めた文十郎は、兜割りを取り出す。
立ち上がった伊太八を、正面から文十郎は刺した。
「ぎえええっ」と声をあげて、伊太八は倒れる。

座敷で志津は、ひたすら赤井戸に魅入っていた。
清兵衛たちが入ってきたのに気づくと、志津は赤井戸を抱きかかえ、「何者です!」と言った。
無言で清兵衛は志津に近寄り、しっかり抱きしめた赤井戸を志津の手から引き剥がすようにして奪う。
「あっ」と、志津の手が赤井戸を求めて、宙に浮いたままになる。

清兵衛は志津を見て、それから赤井戸を見る。
「惜しい茶碗だが、いつかまた、こいつのおかげで人が命を落とさねえとも限らねえ」。
赤井戸を人差し指で指して、「この肌の色が、そういう色なんだ」と言う。
清兵衛は赤井戸を片手に抱えると、庭に向かって投げた。

赤井戸は灯篭に当たって、砕け散る。
欠片を撒き散らして砕ける瞬間、「きゃあああ」という女の悲鳴のようなものが聞こえたような気がした。
清兵衛も、平内も、文十郎も黙っていた。
やがて清兵衛が座敷を出ると、文十郎も平内もその後に続く。

残った志津は、呆然と庭の方だけを見ていた。
1人きりになっても、志津は庭だけを見ていた。
やがて、志津は膝を折って、座敷にへたりこむ。



なまめかしいシーンから始まり、女性の肌と「赤井戸」が重なる。
「赤井戸」は気位が高く、容易に手に入らない女性のような茶碗。
志津は籐右衛門の妾ということですが、籐右衛門の本妻の影って全然感じない。
ただ、正妻として迎えられていないというだけで、正妻はいないのかもしれないです。

籐右衛門は、高木均さん。
ムーミンパパの声をやっていた方。
「新・仕置人」でも、奉公人を囲っていた卑怯な商人。
そういうのが得意なんでしょうが、「ムーミン」を見たことがあるこちらは最初見た時、ちょっとしたショックがありました。

志津のことを気位が高いと語る時の表情は、憎々しげ。
自分を心の底から軽蔑しきっている女を側に置き、そんな女を、私は思うままにするのが好き。
歪んでる…というか、金の力を使いたいだけでしょうか。

金の力=自分の力。
それを常に確認したいだけなのかもしれませんね。
自分にできないことはないと思いたいから、自分を嫌っているような女性を置いておく。
あ、やっぱり、歪んでる。

嘉平は、石山健二郎さん。
貫禄ある親分です。
岩切半次郎は、東野英心さんこと、東野孝彦さん。
田舎ものと茶店で噂になっているけれど、いかにも素朴で人が良さそうです。

そして圧巻は何と言っても、伊太八を演じた志賀勝さん!
こわ~いご面相でも、バラエティなんか出て楽しませてくれましたね。
お顔はこちらのサイトで、確認できます。
http://www.walkon.ne.jp/talent.html

夜道であちらから来たら、引き返す。
町ですれ違ったら、絶対ぶつからないようにする。
お客さんで来たら、メチャクチャ緊張して対応する。
だから、嘉平の横に控えているのは、すごい迫力で正解。

「前略おふくろ様」でも、新入りだけど、一目見て先輩の板前さんたちも飛びのいた。
それから、腫れ物に触るように扱ってました。
でも実はすっごく大人しい人なの。
笑っちゃう。

籐右衛門が「か、金で話をつけよう!」って金庫を持って来て、金を積み始める。
段々、金が増えていく。
この時の、徐々に変化していく表情がすごい!

目が釘付けになり、魅せられて行く。
赤井戸に魅せられた、志津の目と同じ。
ツバを飲み込む。

そして目にも留まらぬ速さで、親分に向かって刀を突き刺す。
非常にショッキングなシーンです。
人の心の動きを、手に取るように見せてくれるシーンです。
清兵衛の「金って奴はなけりゃねえで、人を狂わせる。ありゃああるで、もっと人を狂わせる」そのまま。

伊太八の寝返りで、籐右衛門はますます自分の力を確信する。
怯えるところから、再び自信を取り戻す、高木さんの演技も楽しいですよ。
最期は怯えまくって殺されるのも、上手い。
キセルから煙が出ているのと、高木さんの表情でちょっと笑ってしまえるユーモラスなシーンになってます。

暗闇での清兵衛と文十郎の乱闘もあり。
利吉の盗みのシーンもあり。
平内さんの見せ場もあり。
女郎屋から耳打ちされて、駆け出す平内さんもガラリと変わっていいです。

赤井戸は、魔性の茶碗。
またこのために、人が死ぬ。
人生の裏まで見尽くした清兵衛だから、わかるのかも。

赤井戸が砕け散る瞬間、女の悲鳴のようなものが聞こえるのは上手い演出。
最後に人を狂わせた茶碗を割るのは、予想できるかもしれないけど、悲鳴は考え付かなかった。
秀頼から拝領したというから、元からなんかあるのかも。
「ホープダイヤ」伝説みたいなことも、考えられそう。

あの悲鳴、清兵衛にも、文十郎や平内、そして志津にも聞こえたんでしょうか。
みんな、異様な緊張感を持って、息を詰めて見ていた。
もし、聞こえていたなら…、あれは…。

お金はないと人を狂わせ、あるともっと狂わせるという棟梁。
そこで、助け料はあの金額なのでしょうか。
狂わない適正価格と言うことで、よろしいですね!?


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2012.02.24 / Top↑
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