こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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異なもの味なもの

突然、今朝、先週見た夢を思い出しました。
退院する夢でした。
困り事、悩みがやっと終わるということらしく、せっかく思い出したので、信じよう。

明け方、廊下の夢を見ました。
結構スタスタ、古い日本家屋の廊下を歩いていました。
夢の中ではその廊下を知っているんですが、目が覚めた後思い出しても、行った覚えのないところ。
そこでたどり着いた部屋は戸が開いていて、中にすんなり入れました。

部屋のドアが開いている夢を見た時は、物事が順調に進むことらしいので、これも勝手に信じよう。
廊下の途中にかけられていた絵や、置かれていた花瓶などにも注意していると良いそうですが、絵は花の絵だったなあ。
夢日記になってしまった!

先日、書いた阿刀田高さんの「糸の女」。
平凡なサラリーマン生活を送る井崎だが、数年前から4月になると頭の中に23日という日付が強く浮かんでくるようになる。
記憶とは違うものだが、記憶としか言いようがないもので、23日が気になってしかたがない。
そして23日には三鷹に行きたくなる。

三鷹とは、まったく縁がないにも関わらず。
前の年にはついに会社を早退して、三鷹の駅で降りてみた。
改札を抜けると、なぜか、駅前通の角を右に曲がりたくなる。
2つ目の角は左に。

そして現れたのは、あるマンション。
入りたくなってしかたがないが、理由がないので引き返してきた。
23日を過ぎると、あの衝動が嘘のように忘れてしまう。

今年の23日は土曜日で休みだったので、ついに行ってみることに決めた、そう口にするとなぜか心が軽くなる。
勇気を出して、マンションに行くと、4階のエレベーターのボタンを押してしまい、8という数字が頭に浮かんで驚く。
4階の8号室。

そこにたどり着いてどうしようか考えていると、エレベーターから女性が出てくる。
女性は8号室の住人らしい。
8号室の前にいる伊崎は怪訝そうに見られたので、前の住人を訪ねて来た振りをして聞いてみる。
女性の顔を見た途端、胸がときめき、この人に会いたかったという気がしてくる。

しかし長居はできないので、適当に切り上げて礼を言って外に出てマンションを見ている。
すると、先ほどの女性が出てくる。
女性は公園を散歩し、ブラブラしているので声をかけてみた。

「あ、先ほどの」という会話から始まって、「どこか、出かけるんですか」と聞いてみる。
「いいえ、休みなんですが、特に用事はないんです」。
公園で鯉に餌を投げたりしているうち、お茶でもということになり、話が弾んだ。

「私は井崎と申します」。
「私は木下和代と申します」。
お互い、名乗り、それから夕食まで一緒にとって、付き合いが始まった。

出会いの奇妙さとは違って、付き合いは平凡だった。
休みの日に映画を見たり、動物園に行ったり。
そんなある日、井崎は和代を送りながら、23日のことを話してみた。

ここ数年、4月になると23日と言う日付が気になって落ち着かない。
どうしても三鷹に行かなければならない気がして、しかたがなかった。
あの日も衝動を抑えられず、三鷹に行くと自然に足が和代のマンションのほうに向き、自然に4階の8号室が浮かんだので、来てしまった。
そうしたら、和代に出会った。

見えない糸でも、繋がっているんだろうか。
前世というものがあるなら、そこで自分は何かよほど深い約束でもしていたんだろうかと言って、笑った。
「こんな話、信じないよなあ」。
和代の顔は暗がりでわからなかったが、ぽつりと「信じるわ」と言った。

その日を最後に、和代とは連絡が取れなくなった。
電話が通じない。
マンションに行ってみたら、和代は引っ越して行き先がわからなくなっていた。

和代が突然、自分の前から消えてひと月経ち、ふた月、三月、半年と過ぎて行った。
思えば、不思議な関係だった。
まるで、この世の出来事ではなかったようだった。

出会ってからもうすぐ1年という、今年の4月23日が近づく頃、住所の書いていない和代からの手紙が届いた。
手紙には、突然消えてしまった詫びが書いてあった。
そして、楽しかったし、心苦しいが、どうか自分を探さないでくれとあった。
私は怖い、と。

手紙には、井崎とは逆に、自分は数年前から23日に家にいてはいけないという衝動が起きていたのだと書かれていた。
頭の中に、1日中、外に出ているようにという考えが浮かぶ。
あの日もそうするつもりだったが、うっかり財布を忘れて戻ったところ、井崎に出会ったのだった。
それからのことは、井崎も知っている通りだ。

4月23日は、きっと井崎にも自分にも、何か意味のある日付なのだろう。
それは、何だかわからない。
だが、とても怖い。
2つの偶然がここまで重なるのは、普通のことじゃない。

井崎が三鷹に行くよう、何かに命令されたのなら、自分が決して井崎にめぐり合ってはならないと感じたのも、何かの暗示なのだろう。
自分は、これを信じる。
信じなければいけない、と思う。

楽しかった。
でもきっと、このまま続ければ、良くないことが起きる。
私はこの糸を、断ち切らなければならない。

井崎にも、この不気味さがわかるはずだ。
どうか、探したりしないでほしい。
井崎に惹かれるだけに、とても怖い。
手紙には、そう書かれていた。

数日後にやってきた4月23日にはもう、何の衝動も起きなかった。
見知らぬ意思は、使命を終えてしまったのか。
後にはまた、変わらない毎日が続く。


自分たちのわからないところで、何かが繋がっている。
しかしそれは、繋げてはいけないものだ。
何があったのか、このままだと何が起きるのかはまったくの謎。
だからこそ、怖い。

夢の中で見た人に出会って、向こうもハッとしたという話。
しかし、それで終わって、それっきりということ。
この「糸の女」を思いましたが、もし夢が何かを伝えていたなら、これで役目は終わったってことなんでしょうね。

仕事で、通勤で、お昼で、あるいはプライベートでよく行く場所で、よく会う人がいる。
挨拶をしたりはするが、それっきりの人もいれば、電話番号などを教えあい、付き合いが始まる人もいる。
無理に連絡先を教えあっても、何となく気が進まず、付き合いが進まない人もいる。

ここまで不思議な偶然はないが、もしかしたらこういうことは普通に起きているのだろうか。
無理やり、結ぼうとしてもダメ。
逆に何年も会わなくても付き合いが続いたり、縁が途切れない人もいる。
縁というもののは、異なもの味なものとは言いますが、考えてみれば不思議だなあと思います。


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