第23話、「裏切大慕情」。


神社にお参りに来た若い女が、浪人にすれ違いざま、気絶させられて拉致される。
浪人・石田無善は女を屋形船に運ぶと「望みの女に間違いないか?弾んでもらおう」と言った。
船で待っていた男は、無善に対して小判を投げると、気づいて抵抗する女を押さえつけようとした。

だが次に男は外にいた無善のところまで這い出してきて、「石田様、助けてください」と言う。
無善は黙って、女を斬り殺した。
女は川に転落した。

文十郎と平内に表の仕事で、生け花の師匠のところから、稽古に来た娘たちを家まで送り届ける仕事が来た。
娘たちは最近、辱められて殺されてあがる若い娘たちの噂をし、背後からついてくる文十郎と平内を見て、含み笑いをする。
文十郎がああやって、男をほしげにしているのも悪いと言うが、平内は襲う気持ちもわからなくはないと応える。
しかし、同じ年頃のしのがいる文十郎は、こんな事件が起きては兄として気が気ではないと言った。

平内は、しのなら大丈夫だと言うが、文十郎はしのの器量が悪いという意味かと問い詰める。
もちろん、器量よしの上にしっかり者という話だと言うと、文十郎は機嫌を直す。
しのの茶店に、利吉が来て、最近の事件でしのを心配していた。
「そんなことになったら、死んでしまう」と言うしのに、「それは困る」と言う利吉だったが、その時、龍がやってくる。

しのは笑って龍に「あら、龍さん、いらっしゃい」と言うが、しのとの間を邪魔された利吉は嫌がる。
だが、龍は裏の仕事の依頼人が来ていることを利吉に知らせに来たのだ。
清兵衛の店では御家人・橘一之進の妻女・ゆきが「自分を殺してくれ」と言う依頼をしていた。
「あっしんとこは、人助けが稼業でございますよ」。

人助けが仕事で、人殺しが仕事ではないと断る清兵衛に、ゆきは「助けると思って殺してください、自分は主人を裏切った」と話す。
しかし、詳細を尋ねられると、ゆきは黙ってしまう。
ゆきの話だけでは、殺すのに納得はできない。

だとしたら清兵衛としては、この話は引き受けかねる。
所詮、無理な話だったと言って、引き下がろうとしたゆきだが、突如「あの2人を殺してください!」と叫ぶ。
2人とは呉服問屋・美濃屋籐兵衛と、浪人・石田無善だった。

その時、利吉が来たので、清兵衛は気にしないように言うが、ゆきは帰ってしまう。
ゆきの様子が気になった清兵衛は、ゆきの言う美濃屋籐兵衛と石田無善、そしてゆきのことを調べるように言った。
籐兵衛は元は奉公人だったが、働き者であるところから先代の目に留まり、一人娘の婿として美濃屋に入った。

評判も良く、女の噂もなければ、悪い噂もないが、女房の方はすこぶる評判が悪かった。
傲慢で薄情、奉公人上がりの主人をせせら笑い、あれでは籐兵衛がかわいそうだと利吉は報告した。
籐兵衛の楽しみは、月に数回の夜釣り。
石田無善の方は酒と博打が好きな浪人で、腕前は凄腕らしい。

凄腕とはどのぐらいかと聞く文十郎に利吉は、「常識的に考えましてあなた以上でしょう」と言い、清兵衛も平内も文十郎も笑った。
ゆきの主人・一之進は小野派一刀流の免許皆伝の腕前を持つ、質実剛健の武士らしい武士と、これがまた評判の良い男だった。
平内が調べたところ、夫婦仲も良さそうで、「いい夫婦だぜ」と平内もつぶやく。
とてもあんな依頼をする事情があるようには、見えない。

清兵衛に報告した平内は、見ているこちらの心が温まるような夫婦だったと言う。
だが龍は上面だけではわからないと言う。
文十郎が平内を飲みに誘うが、平内は明日は八の日だと気づく。

綾が養育費を取りに来る日なのだ。
平内は利吉に前借りを頼むが、利吉は「あたしゃ、こんな夫婦にはなりたくない!」と言う。
その通り、夫婦はあんな風でなくてはと、平内は橘夫妻を思い出す。

翌日、綾は平内のところに養育費を貰いにやってきた。
たまには夫婦らしい会話をと思う平内だったが、綾は「あなたは勝手に侍をお捨て、辻家を飛び出したお人だということ、お忘れにならないでください」と冷たく言う。
綾は変わらないと平内は言い、綾は綾で平内が何を好き好んで、このような下賎な暮らしをしているのかわからないと言う。
「お前さんには、一生わかるまい。一生」。

そう言って平内は、綾に養育費を渡す。
少々大目にしておいたので、息子に春物の着物でも買うと良いと言うが、「頂戴いたします」と綾は顔色ひとつ変えない。
平内は哀しい悲鳴をあげる。

その帰り、綾は美濃屋に寄り、男の子の反物を仕立てたいと言う。
綾の冷たい、美しい横顔を籐兵衛が密かに見つめる。
龍が屋台で食事をして帰る途中、振り返った龍の目に、すれ違った綾が何者かに横道に引き込まれるのが入る。
「無礼な、何をなさるのです!」

綾を人気のない路地に引っ張ったのは、石田無善だった。
「なるほど、奴が好みの女だ」。
無善は綾を気絶させ、運び去ろうとした。

「お侍さん!妙な真似をするじゃねえか」。
龍が呼び止め、無善が振り返った。
無善はそのまま去ろうとしたが、龍が追いかけると、刀を向けてきた。
綾を降ろし、斬りかかってくる。
龍が履いていた下駄を手にし、「人攫いだ」と騒ぐ。

それを聞きつけ、数人が路地を覗き込む。
無善は刀を収めたが、悠々と去っていく。
気絶した綾を起こした龍が「ケガは?」と聞くと、綾は「危ないところをありがとうございました。わたくし、辻平内の妻、綾と申します」と礼をした。

その頃、利吉に絡みながら平内は酒を飲んでいた。
昨日、平内と綾のような夫婦にはなりたくないと言われたのをしつこく蒸し返し、「お仕着せのかかあなぞ、金輪際貰うな、相手の財産や親の意向など気にしちゃあいけない」と説教した。
利吉は「あの人には親もなければ、金もない。ちょっとへんてこりんな兄貴がいるだけなんでね」とつぶやく。
「誰のことなんだ」と聞かれると「こっちの話」と、ごまかすが、その時に龍が入ってくる。

龍を見た平内は「おお、龍。ちょうどいいとこ来た。座れ」と言うが、龍は「おめえさんのちゃんとした名、辻平内って言わなかったか」と聞いた。
「どうかしたのか」。
「やっぱりそうか。話がある」。

龍は平内を外に呼び出すと、助け料を要求した。
綾が襲われているのを、龍が助けたからだ。
相手は龍が冷や汗をかいた、凄腕だった。
2分では安いほどだ。

龍の話を聞いた平内が「綾は本当に無事だったのか」と、何度も聞くので、龍は「自分で確かめて来い」と言う。
すると平内はその足で綾の部屋の前まで忍び込み、戸を叩いた。
酔っている平内を責めながらも綾は戸を開け、平内は廊下に上がった。

今日は大変なことがあった、綾を助けた龍は同じ口入屋で働く仲間だと、平内は告げた。
「そうですか」。
綾は背筋を伸ばして、座敷に座る。

本当に綾が無事だったのか、平内が尋ねると、綾は黙った。
「綾、まさか」。
「愚かなことを!痩せても枯れても綾は武士の妻でございます。もしも、そのような辱めを受けたら、こうして生きているはずもございますまい」。
綾は毅然と、前だけを向いて言う。

それを聞いた平内は「そうか」と言って笑った。
「良かった、良かった、本当に良かった」。
「そのようなことで、あなたが心を動かすこともないでしょうに」。
眉ひとつ動かさない綾を見て、平内は突然、綾を押し倒す。

夜道を無善と、籐兵衛が歩いている。
「機嫌を直せ」と無善が言う。
「石田様らしくもない。大きな魚を逃がしてくれましたな。せっかく楽しみにおりましたのに」。
「思わぬ邪魔が入ってな」。

「あれだけの上玉、めったに見つかるもんじゃありませんよ」。
「気ぐらい高い武家女か。好みがうるさくて苦労するぞ。えらい女房の尻に引かれ、いじけたお前の気持ちはわかるがな」。
籐兵衛は笑うと、十分な礼をしているはずだが、無善はそれを酒と博打にすっている。
別れ際、籐兵衛は無善にもう一度、いつかのタマを連れてくるようにと言う。

すると、境内を降りてくる橘夫妻が見える。
平内が気づいて見ていると、しのは時折来て、この茶店にも立ち寄ってくれる夫婦だと言った。
素敵なご夫婦と言うしのだが、しのの茶店を通り過ぎた夫婦の前に石田無善がやってくる。
無善を見たゆきの顔色が、青くなる。

気づかずに先を行く一之進だが、ゆきは凍りついたように立ち止まる。
「どうした?顔色が悪い」。
「いいえ、参りましょう」。

その夜、ゆきは「どうしたら…、どうしたらいいの」と思いつめたように言っていた。
ゆきの部屋に、文が投げ込まれる。
外で待っていた無善に、ゆきは「もうあなたたちの言いなりにはなりません」と言った。

無善は美濃屋が船で待っていると言うが、ゆきは断る。
すると無善はゆきを気絶させ、連れ去った。
ゆきは籐兵衛が待っている船で、目が覚めた。

懐剣をつかみ、籐兵衛をにらみつけたゆきを見て、籐兵衛が言う。
「私の女房も私を鼻であしらいます。冷たい女でね。男をバカにしちゃいけないんですよ」。
無善はゆきから懐剣を奪うと、「後で返す」と出て行く。
籐兵衛がゆきに近づいていく。

ゆきがフラフラと、河原沿いの道を歩いていく。
清兵衛の店の前でゆきが足を止め、店を見る。
暖簾が風で揺れて、中にいる利吉がゆきに気づく。

利吉は思わず、ゆきの亡霊のような様子に気づき、「ひっ」と息を飲む。
「奥さん」。
ゆきはそのまま、亡霊のように立ち尽くしていた。

「お話はよくわかりました」と、ゆきから何もかも聞いた清兵衛が答える。
一月前にかどわかされ、籐兵衛に辱めを受けた上、無善に金まで要求された。
話にちょっとでも嘘があっては困ると言う清兵衛に、ゆきは「いいえ、決して」と言い「お願いでございます。私は死ぬ以外にはありません。どうか、助けると思って殺してくださいませ。10両のお金は間違いなく、ご用意いたします」と言った。
清兵衛はもう一度だけ、考え直してくれる気はないかと言うが、ゆきはできませんと答えた。

「承知いたしました。お引き受けいたしましょう」。
清兵衛の言葉に、ゆきの顔が輝く。
利吉も驚く。
「ありがとうございます」。

「いつどこで、どんな方法でかはお任せいただきましょう。よろしいですな?」
「はい。ただ、くれぐれも夫に類が及びませんよう」。
「よくよく、旦那様に惚れ抜いてなさるんですね」。
清兵衛はまっすぐに家に帰るように言うと、ゆきは立ち上がった。

ゆきが立ち去った後、清兵衛は考え込んでいた。
平内はなぜ、こんな仕事を請けたのか、平内は憤慨していた。
だが龍は「いやなら降りろ」と言う。
さっそく、清兵衛が引き受けてほしい仕事があると言って、やってきた。

「ああいいよ、俺は棟梁からの仕事、断ったことがねえや」と文十郎は言う。
「やだね、あっしは。あの奥さんを手にかけるなんて、ゾッとしねえや、棟梁」と平内は言う。
ところが清兵衛は勘違いしないでくれと言う。

清兵衛が引き受けたのは、ゆきを殺すのではなく、助ける仕事だ。
平内は笑顔で引き受ける。
だが、どうやったらゆきを本当に助けることができるのか。

龍は美濃屋籐兵衛と浪人・石田無善を殺す、と言う。
それも大仕事だが、その先も大変だ。
殺したとしても、ゆきを本当に助けることができるのだろうか。

文十郎はその先は、夫婦に任せるしかないと言った。
利吉が無善の居場所を知らせてきた。
清兵衛は利吉に、あの夫婦を見張るように言う。

何かがあってはいけない。
だが、平内がその役目を代わると言った。
あの夫婦の生き様を、しかと見ておきたいのだ。

一之進が道場の帰りに、ゆきの母親に会った。
母親は実家にたびたび、実家に金の無心に行っており、母親は大変心配していたと一之進は言う。
月初めに2両、次にまた2両、3日前には10両。
理由を問い詰める一之進に、ゆきは申し訳ございませんと言う。

「叱りはしない、本当のことを言ってくれ」。
「堪忍してください。そればかりは申し上げられません」。
夫婦の仲には隠し事は不要だと言う一之進だが、ゆきは「お許しくださいまし」と言うばかりだった。
どうしても隠しおおせたいのなら、夫婦の仲もこれまでと言う一之進に、ゆきは「私はあなた様を裏切りました」と言う。

夜道を急ぐ平内。
その頃、一之進は「お前が…、そんなばかな。信じられん。信じないぞ、ゆき!」と言っていた。
「お許しください、あなた。愚かなゆきでございます…」。
「愚かで済むことか!思いがけない災難だと、一度だけは思いもしようが、繰り返したのは何だ?何の真似だ?おのれ、不義密通を楽しんだのか!」

「惨う…、惨うございます。そんなゆきであろうはずが!」
ゆきの目から涙がこぼれる。
「ええい言うな!」

一之進は、ゆきの後姿を見つめると「ゆき、お前なぜ自害しない」と言った。
「よくものうのうと生き恥をさらして…さあ!」と、ゆきの前に刀を出す。
ゆきは涙をこぼしながら、ただ座っていた。

一之進がわなわなと震える。
「ゆき!死ね!」
一之進は一刀の元に、ゆきを斬った。
ゆきは崩れ落ち、「あなた…、あなた」と一之進に手を伸ばし「私は、あなたが…、好きです」と言って息絶えた。

「ゆき!ゆきー!」
庭に忍んだ平内が、部屋に飛び込む。
ゆきを抱きしめる一之進を見て、「ばかな!おめえさんが斬ったのかい?何て事を」と言う。

「貴様がゆきを?」
一之進が平内に飛び掛る。
平内はかわすと「血迷うんじゃねえや!」と叫ぶ。
「俺はな、この人に自分を殺してくれと頼まれた、闇の助け人だよ」。

「何?」
「一足遅かったか。こんな姿、決して見たくありませんでしたよ、奥さん」。
そう言うと平内は、目を閉じた。

平内は賭場の近くに、一之進を連れて行った。
もうすぐ賭場はお開きになり、無善は必ずここを通る。
「一之進さん、どうしても1人でやるんですかい?」

「ああ、この手で斬る」。
「奴は凄腕ですぜ」。
平内は助太刀を申し出たが、一之進は手出しは無用に願いたい、これは俺の勝負だと言う。

「あなたはただ、見届けてくれ」。
「わかったよ。思う存分、おやんなさい」。
無善が通りかかる。

一之進は「石田無善だな」と聞き、「橘一之進」と名乗った。
「とうとうあの女、吐いたと言うわけだな」。
無善は笑った。
「お前を斬る!」

一之進は刀を抜き、構えた。
斬りかかるが、無善は抜くと、一之進をバッサリ、斬り落とした。
なおもかかってくる一之進を抑えると、一太刀、また一太刀と斬った。
一之進は倒れた。

「未熟者めが」。
無善が立ち去り、平内は見ていた。
一之進は必死に立ち上がろうとしていた。

その首が、がくりと垂れ下がる。
一之進は、目を斬られていた。
目が見えなくなっている一之進は刀で必死に、体を支えて正座しようとしていた。
「刀が持てぬ。刀を。腹を切らせてくれ。介添えを頼む」。

平内に向かって、「頼む!ゆきが俺を待っている。武士の情け…、平内どの」と言う。
その言葉を聞いた平内は小刀を抜き、一之進に握らせる。
一之進は一気に腹につきたてた。
「夫婦仲良く、三途の川を渡んなせいよ」。

清兵衛は沈黙していた。
文十郎も黙っていた。
龍もうつむいていた。

「奴が動き出しました」と利吉が言って来た。
また、女性をさらう気だ。
「くれぐれも、気をつけてかかっておくんなさいましよ」。

「棟梁。お願いがある。万一の時は女房にくれてやってください」と言って、平内が清兵衛に金を渡す。
清兵衛が「なぁにを縁起でもねえ。預かってはおくが、必ず取りに来ておくんなさいよ」と言う。
「付き合うか」と龍が立ち上がる。
文十郎と平内、龍が出て行く。

夜道で、黒装束の文十郎が無善を待っている。
女を担いできた無善が、文十郎を見て、女を降ろす。
殺気に刀を抜き、走ってくる。
文十郎も兜割りに手を触れ、走る。

双方が走り、そして無善が刀を文十郎に向かおうとする。
文十郎が兜割りを閃かせ、刀を受けてはじき返し、無善を斬る。
動きを止めた無善をもう一度、斬る。

無善の目が、一之進と同じように斬られている。
「ああ」と無善が首を振る。
その時、龍が無善を捕える。
無善を担ぎ上げ、宙高く挙げるとそのまま振り下ろす。

船から籐兵衛が無善を待って外を見る。
外に平内がいる。
キセルから針を出す。
外をのぞいた籐兵衛の頭上から、平内が顔を出す。

籐兵衛の髷の上から、針が刺さる。
そのまま、外を見る形で籐兵衛がうなだれて絶命する。
平内が屋根から岸辺に下りる。

文十郎と龍がやってくる。
龍が船を離し、船はうなだれた籐兵衛を乗せて流れていく。
文十郎と平内は顔を見合わせ、歩いていく。



ものすご~く、理不尽を感じる回。
特に女性には、理不尽に感じられる回と思います。
さて、龍も仲間入りして3話目。

相変わらず口は悪いけど、平内さんも「飲め」と言ってくれるし、しのはにこやかに挨拶してる。
仲間になってきた感じ。
頼まれればゆきも殺すといった口ぶりだったけど、龍はゆきを絶対殺さなかったと思います。
ゆきにも生きろと言っただろうし、無善と籐兵衛を殺す気でいたのでは。

婿養子と蔑まれ続けた籐兵衛は、こういう女性を辱めて喜ぶ屈折した男になってしまった。
そして冷たく、気位が高い綾さんは、籐兵衛の好みにドンピシャだったらしい。
ゆきが懐剣を手にしたら、手出しはできない弱い男。
だから、無善に頼って狼藉を働く卑怯者。

こんな男の歪んだ趣味の為に、幸せそうな夫婦が…。
しかし、無善の強敵さ加減に、龍もうかつには手出しできない。
無善は「人攫い」と騒がれても、あわてて逃げたりしない。
ああやって悠々と引き上げていくと、かえって集まって見ていた人も怖くて、楽に逃げられるかもしれない。

冒頭、ゆきはなかなか清兵衛さんには、打ち明けにくかったかもしれません。
利吉がいたんじゃ、なおさらのこと。
こういう時、お吉がいたら良かったんじゃないかな。

橘夫婦に感化された平内さんは、綾さんと夫婦らしい会話をしようとする。
しかし、綾さんの鉄の仮面ははがれない。
この時の平内さんの「あーっ、もう!」と言いたげな、哀しそうな、いらだたしそうな叫びがおかしい。
利吉に「お仕着せのかかあなぞ、金輪際貰うな、相手の財産や親の意向など気にしちゃいけない」というのがまさに平内さんのことだとわかって、おかしい。

それでも平内さんは、綾さんを心配する。
やっぱり気持ちは、綾さんの夫だなあと思いました。
ちょっとうれしそうなんだけど、鋼鉄のような綾さん。

利吉に「ああはなりたくない」と言われた平内と綾夫婦と対照的に、仲睦まじく微笑ましい橘夫婦。
それだけに、固い絆で結ばれていたはずの一之進がゆきを責め、「なぜ死なない」と言うのがショック。
たぶん、気持ちが高ぶって言ってしまったんだろうけど。

手を伸ばしてゆきが「好きです」と言って息絶えた瞬間に、後悔していたはずだけど。
ゆきが死んだら、仇を討って自分も死ぬつもりだったのかもしれませんが。
死ななきゃいけないんですか、ゆきはそれほど、悪いことをしましたか、と思ってしまう。
潔癖なのは良いけど、それは人を不幸にする潔癖さ。

無善の「未熟者めが」はもちろん、腕のことを言ったんでしょう。
でも一之進の精神的な未熟さ、許容、包容のなさを指しているように聞こえました。
「鬼平」だと、過去、悪い男に引っかかった鬼平の奥方が、それをねたに火盗の情報を要求される話がありました。
思い悩んだ奥方だが、盗賊たちは無事捕縛される。

その時、鬼平への復讐の為、奥方を若い頃たぶらかして捨てた男が、鬼平にその話をする。
過去をばらして嘲笑おうとする男に対して、鬼平、余裕での「知っていた」と話す。
もう嫁にはいけないと嘆いた奥方の親に、鬼平は「俺が貰う」と言ったらしい。
それだけ俺は、惚れてたんだなあと、惚気のような一言。

男の器の違いを思い知った盗賊の一味の男は、ガクリとうなだれるしかなかった。
影で聞いて、全てをなくす覚悟だった奥方は鬼平の器量に泣き笑い。
鬼平に一層、尽くす気持ちになったことでしょう。
この夫にこの器があれば、この夫婦は死ななくて済んだと思ってしまう。

だって、ゆきは自分がかわいくて死ななかったんじゃないでしょう。
一之進のことを考えて、自害しなかったんじゃないか。
そして、一之進と何とか一緒にいたかったんじゃないの…。

結果的に、罪のない夫婦が2人とも、死ななければならなかった。
娘夫婦が死んでしまって、道で出会って話をしたゆきの実家もさぞかし、ショック受けるでしょう…。
自分はうまく行かなかったけれど、この2人には幸せになってほしいと思い、影ながら見守っていた平内がショックを受ける。
「ばかな!おめえさんが斬ったのかい?何て事を」の言葉と表情に、平内の無念さが込められる。

平内さんだったら、きっと、綾さんを死なせはしなかっただろうから。
そして、やっぱり平内さんは、元武士。
一之進の助太刀をせず、最後は切腹させてやる。
でもね、綾さんだって、ああはいってもたやすくは死ねなかったと思いますが。

綾さんにこの「下賎な」生活の良さは「お前にはわかるまいな」という、平内さんの嘆き。
平内さんが辻家の、武士の生活を嫌ったのは、自由がない、人情がないから。
対面を重んじて、「死」を選ばせる、選ぶ方が多いから。
今回、そんな風に思えました。

無善は、利吉が文十郎に対しても「あなたより強いでしょう」と言うから、ちょっと心配したんですが、何のことはない。
一之進と同じにしてやるだけの余裕がある。
無善が一之進とは違い、文十郎を見ただけで手強いと察するのは、さすが。
一瞬でケリがつく対決も、迫力満点。

しかし、文さん、とどめは無善と因縁ある龍に任せる。
無善役の田中浩さんは、私、この方こそ、「ハムの人」と呼んでました。
「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい」がキャッチコピーの、丸大ハムのCMに出ていたからです。
なかなか迫力ある悪役で良く見かけましたが、早くに亡くなられてしまいました。

諸悪の根源、籐兵衛の殺しは、平内さんに命乞いさせてからでも良かった感じがします。
籐兵衛をバカにし続けて、原因を作った妻への報いは?
美濃屋に主人がいなくなったら、困るであろうことでしょうか。
屋形船で死んでいる籐兵衛に浮気の噂でも立って、屈辱を味わったりするかもしれません。

助け人は人助けが商売。
なのに、この夫婦を助けられなくて、助け人たちの表情も重い。
仕事を前に、自分たち夫婦のことを思って、いつになく平内さんの言葉も重い。
2人の仇を討って、龍が去り、文さん平さんが共に去っていくシーンで終わりです。


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2012.04.15 / Top↑
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