今、パン食になじむ「ごぱん納豆」がヒットしているそうですね。
パンに納豆というと、小学校の時、食パンの上に納豆を乗せられた給食が出た。
私は納豆が苦手なので、こんなことされたら食べられなかった。

しかし、当時、給食というのは残したらいけなくて、食べられない子は昼休みも残した給食とにらめっこさせられた。
午後の授業が始まっても、掃除の時間になっても、給食を前に座っている子もいた。
この納豆パンの時、私も昼休みになっても食べられずに、にらめっこしていた。

好き嫌いをなくすためなのは、わかるけど、いつもいつも全部残しているわけじゃなし。
ひとつぐらい、食べられないものがあったからって、何という仕打ち!
これは子供の私に深い恨みと、学校不信を植えつけた…、なら、大きくなってそれなりに何か成し遂げたかもしれない。

けれど、単に納豆が余計に苦手になっただけ。
能力もだけど、執念とか、そういうものが決定的に足りないのね、私は。
執念ってすごいもんね。

でも、この「ごぱん納豆」は、味、コレステロール値など、開発に開発を重ね、東日本大震災で研究所も被害を受けながらも発売にこぎつけた製品らしい。
「すぐに結果が出なくてもいい。10年は売ろう」と言った苦労の作品。
執念というと言葉が悪い、これは根性を発揮した人たちの勝利。

そうだ、「根性」だ。
私になかったものだ。
したがってこの納豆は、私の「納豆食パン」とはまったく関係ない。
納豆好きにはたまらないだろうし、食べられたらきっと楽しいんだろうな~と思う!


そういえば、以前、友人が「私は前世で何かよほど、悪いことをしてきたらしい」と言った。
何かあるのかと聞いたら、「エビとカニにアレルギーがある」と答えました。
別の友人が「ほー、そりゃあ人生の食の楽しみの半分ぐらい、失ってるな」と追い討ちをかけました。
「何かに執念をかけられてる」と言う。

「前世に漁師さんだった」。
「エビやカニを荒らしまわったサメだった」。
「タコだった」。
「鯛だったらエビで釣れる」。

などなど、いろんなことを言われてました。
私のようなエビかにだったら、執念はかけられないな。
「大丈夫よ、猫だってエビやカニにアレルギーがあるけど、楽しく暮らしてるわよ」って私の言葉は、何の慰めにもならなかったことを記しておきます。


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2012.04.10 / Top↑
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