第10話、「地獄にて候」。


妙心尼のところに春香尼という若い尼僧が、預けられていた。
おかげで大吉は10日も妙心尼と会っていない。
春香尼が谷中まで出かけた隙を狙って寺に上がりこんだ大吉の耳に、按摩の笛の音が聞こえてくる。

出先から帰る春香尼を、按摩の玄沢が呼び止めた。
目が見えないはずの玄沢は、春香尼が得度してすぐの尼僧だと見抜いた。
そして一瞬で春香尼を気絶させると、目を開き、待っていた駕籠に春香尼を乗せてどこかへ立ち去った。

家で大吉が寝ていると、妙心尼が訪ねて来た。
喜ぶ大吉に妙心尼は、春香尼がまだ戻らないこと、春香尼の数珠がちぎれて落ちていたことを知らせる。
それから3日3晩、春香尼は戻らず、妙心尼の心配を見ていられなくなった大吉は主水に相談した。
大吉をからかった主水に、神田で若い尼僧の遺体があがった知らせが来た。

それは春香尼で、舌を噛み切って死んでいた。
かけられたムシロをはぐと、春香尼の背中には地獄絵図の刺青が施されていた。
「こりゃあ見事だ」と思わず主水が口にするほどの刺青だった。

春香尼の一件は、寺社奉行の管轄だった。
この事件はみだらな若い尼僧の事件として、中村家でもせんとりつが話題にあげていた。
そういう話題は好かないと主水はわざと音を立てて食事をして、話題を中断させる。

大吉は怒りに震えていた。
春香尼の肌には、前日まで刺青などなかったことを、風呂をこっそりのぞいた大吉が知っていた。
つまり、無理やり拉致され、刺青を施されて舌を噛み切って死んだのだ。
まだ18だった春香尼をかわいそうに思った大吉は、半次とおきんに刺青師を探るように頼んだ。

その夜、呉服商の美濃屋に、あの玄沢が現れた。
戸を開けたのは、娘のおそのだった。
おそのの手を取った玄沢は、おそのの肌が綺麗だと言って、主人の久兵衛に会う為、奥に引っ込む。
その様子を奉公人のおひさは、気味悪そうに見送った。

しかし、おそのはおひさに明日の朝、早く起きてお弁当を作ろうと誘った。
芝居小屋の、市村座に出かけようというのだ。
おそのも、おひさも貢に会いたいのだった。

玄沢は久兵衛の体を揉みながら、この前、あてがった春香尼の話をした。
正真正銘の尼僧で生娘だったと言われると、だから大枚20両を払ったと久兵衛は言う。
だが玄沢は、あと百両寄越すように言う。

春香尼は、久兵衛の相手をさせられた後、自害してしまった。
神田で若い尼僧の死体があがらなかったか、聞けばすぐにわかる。
久兵衛の顔色が変わった。

どうせ、玄沢たちの仕業に違いないと言うが、玄沢はかわいそうな尼僧の香典だと言う。
久兵衛は玄沢にすぐに帰るように言った。
香典はどうするのかと言う玄沢に、久兵衛は2両放り出し、もう2度と来ないように言い渡す。
「いいんですかい、これっぽっちで」。

久兵衛は出るところに出ると言うが、玄沢は立ち上がりながら、「お宅に惚れ惚れする器量良しの娘さんがいらっしゃるでしょう」と言った。
背を向けた玄沢の目は、開いていた。
「おそのさんとか言う…。嫁入り前の大事な体でしょう。間違っても墨で汚さねえように気をつけなせえまし」。

半次は連日、銭湯に通って彫り物を持つ男に話しかけては、自分も彫りたいと言って、刺青師の名前を聞いた。
だが風呂に浸かっていた初老の男が、「聞いても無駄だ」と言う。
ご法度の彫り物だ。
刺青師の名前を言わないのが、仁義だからだ。

そう言った男の肌には、半次が「うわあ」というほどの見事な刺青がしてあった。
男の銭湯からの帰り道、おきんが「あたし、この肌に彫り物したいんだよ。思いっきり粋な絵で飾りたいんだよ。わかるだろう?だから上手い彫り物師、教えとくれ」と声をかけた。
おきんを見た男は、おきんを家に連れて行った。

実は男は刺青師で、おきんを気に入ったので久々に針を持つ気になったと言った。
脱ぐように言われたおきんは、急な腹痛を装って逃げ出す。
その後、主水がやってくる。

恐縮する男に、今さら男を牢に入れる気はないから教えてくれと言って、春香尼の体に彫られていた刺青の絵を見せた。
男はすぐに、河原で上がった尼僧に彫られていた絵だとわかった。
「年寄りには、嫌な見ものでござんした」。

男はこんなものを彫るのは一人しかいないと言った。
演技でもない地獄絵図しか、彫らない男がいる。
会ったことがないので、どんな男かはわからないが、地獄彫りの夢幻と言うのだ。

玄沢が入った家では、嫌がる女に夢幻がまた、地獄絵を彫っていた。
さすが、たいした出来だと玄沢は言うが、夢幻は針を取り上げ、絵を傷つけようとした。
夢幻はこれはもう失敗だと言う。
玄沢は、何が気に入らないかわからないが、女にはまだ使い道があると言って連れ出した。

その日、おそのは市松座に貢を訪ねて行った。
おそのが朝から作ったという弁当を楽屋の貢に持っていくが、おひさはそろそろ久兵衛が帰る時刻だから、帰ろうと言う。
久兵衛が帰る時刻におそのがいなければ、黙って出たのがわかって、おひさが叱られてしまう。

「お父っつぁん、口うるさくて困ります…」。
おそのが口を尖らせた時、貢の出番が来た。
出て行く貢の袖におそのはそっと、「これ、私の気持ちです」と、おひねりを忍ばせた。
しかし、その帰り道、おそのとおひさは待ち伏せしていた玄沢に気絶させられ、おそのは駕籠に乗せられて連れて行かれてしまった。

おひさはすぐに貢の元へ走り、おそのがさらわれたことを知らせる。
貢は美濃屋に知らせると、久兵衛は貢が娘をたぶらかせたと責める。
暖簾をくぐりながら、責められた貢は「一刻も早く、奉行所に届けることだ」と言った。
「それができるくらいなら…」。

玄沢はおそのを夢幻に見せ、飛び切りの肌だから、思い切り腕を振るってほしいと言う。
たまには違った絵柄をと言う玄沢だが、夢幻はいつもの地獄絵だと言った。
抵抗するおそのに、春香尼の一件は久兵衛が原因だと教えた。

だから、娘のおそのが刺青されても仕方ない。
どうしても嫌だというなら、久兵衛を殺す。
そう言われておそのは泣き崩れた。

「聞き分けの良い娘さんだぜ」と玄沢は笑い、おそのを夢幻の前に寝かせた。
夢幻はおそのの背中に、下絵を描き始めた。
おそのが思わず、背中をそらせて泣く。

家に戻った貢はあやにご祝儀を貰ったと言って差し出すが、中には5両入っていた。
金額の多さにあやは驚き、貢も「こんな大金貰う筋合いはないんだが」と言って、「そうだ。さっそく、明日にでも返してこよう」と言う。
しかしあやがは、こんな大金が家にあると眠れないと言うので、貢は「少し遅いが、それじゃ今から返してこよう」と言った。
「お互い、貧乏性だな」と貢が笑う。

その頃、玄沢が美濃屋の庭に入り込んでいた。
玄沢が来たとわかると、久兵衛は匕首を懐に戸を開けた。
「この勝負、どうあがいてもあっしの勝ち…というところですなあ」。
「おそのを、おそのを返せ!」

玄沢は「いつかの香典…」と言う。
久兵衛は懐から百両出すと、「百両くれてやるから、おそのを返してくれ」と頼む。
玄沢はうなづくと、土蔵の中から千両箱を1つ持って来てくれと言った。
「玄沢、貴様!」

すると、玄沢は久兵衛に静かにするように言うと、目を開けた。
目が見える玄沢を見た久兵衛が、驚く。
「取り引きは静かに願います」。

貢が美濃屋に向かっていた。
千両箱を前にした玄沢は、千両を持って行こうとしていた。
久兵衛は、おそのは自分の命だと言ってすがる。

だが玄沢は「その大事なおそのさんを、千両箱ひとつで取り返せると思ってるのかい!」と言い、明日来るので、もう千両用意するように言う。
「お前って奴は!」
その時、表の戸を叩く音がした。
「美濃屋さん」。

貢だった。
その隙に久兵衛が匕首を抜いて、玄沢に襲い掛かる。
だが玄沢に逆に刺されてしまった。

庭に散らばった小判を玄沢が拾い集めていた時、足音がして貢とおひさがやってきた。
玄沢は、あわてて逃げていく。
刺された久兵衛を見たおひさは、「お医者様!」と言って走っていくが、久兵衛は駆け寄った貢に「医者は間に合わねえ」と言う。

「おそのを、あんたに」。
「美濃屋さん、口は利かないほうがいいぞ」。
「いや、聞いてください。私はバカだった。こんな目に遭うのは、元を正せばひと月前」。

美濃屋が話し出す。
「あの玄沢の奴に『おもしろい遊びがある』と誘われてついて行ったのが、始まりで」。
美濃屋は春香尼の元に連れられていった話をする。
「その尼さん…、舌を噛んで死んだ…」と、貢が思い出して言う。

「私は取り返しのつかないことをしちまった。申し訳ねえ」。
「そのことで玄沢はあんたをゆすりにかけ、断ると娘さんかどわかされて、またゆすった。おそのさん、彫り物彫られて、あんたのような男に売りつけられるってわけだな」。
貢の顔が歪む。

「やめてくれ!」
久兵衛は貢の手を振り切った。
「頼みます。おそのを探してください。金はいくらでも出す。頼みます。さがしてくだ…」。
そこまで言うと、久兵衛は事切れた。

翌日、貢は仕留人たちに話をした。
大吉は美濃屋も許せないと、怒った。
半次は、美濃屋は自業自得だが、娘に罪はないと言う。
主水は、玄沢も夢幻も生かしては置けないと言った。

おきんは、「そりゃ奉行所の仕事じゃないのかい」と言う。
だが主水は「一生かかっても消えねえ、あの彫り物を力尽くで彫られた娘がまだ他にもいるはずだが、誰も訴えてこねえ。かわいそうに、泣き寝入りだ」。
「俺たちがやらなきゃな」と貢が言う。
主水が半次とおきんに、手がかりの屋形船を探す為、川筋を片っ端から洗うように言う。

その夜、半次とおきんは屋形船を片っ端から探った。
半次は女郎にからかわれた。
主水は貢に、川筋を洗ったが、得物はかからないと報告した。

その頃、おそのは背中に夢幻によって、刺青をされていた。
屋形船で刺青をされた女が、どこかの男に売られていた。
目隠しをされた男が送られていくと、出てきた女が空を見上げて「お星さま!お星さま!落ちた、あはははは」とうれしそうに声をあげた。

驚く玄沢の前で笑い出した女は今度は突然、「眠いよー」と言うと目を閉じた。
半次とおきんが見ていて、女を担いだ玄沢の後をつけた。
玄沢は一軒の家に入ると、狂った女を駕籠屋に放り出し、「好きにしろ」と言った。

おそのの背中の刺青は完成した。
夢幻は「地獄の目だ」と言った。
さらに刺青の女の目に化粧を施す。

玄沢が来て、「とうとうできやしたね」と笑う。
「これは高値がつきそうだ」と手を伸ばすが、夢幻は針を手に「触るな!これは俺のもんだ!誰にも渡さねえ」と言う。
夢幻のあまりの剣幕に、玄沢は今夜一晩だけ預けると言って出て行く。
貢はおそのに貰ったご祝儀を「5両ある」と言って、仕留人たちに出した。

半次もおきんも、金を取ると出て行く。
大吉は怒りの表情で、主水もやりきれない表情で、貢も決心した表情で立ち上がる。

家から駕籠屋と玄沢が出て行くのを、貢が見送る。
3人は角を曲がり、貢は後をつけていく。
玄沢が気配に気がつき、立ち止まった。

駕籠屋を行かせると、振り返る。
貢が玄沢をにらみ、バチを構える。
暗闇の中、貢が走ってくる。
玄沢が杖を手に、身構える。

走ってきた貢が斬りかかり、玄沢がかわす。
貢はバチをうならせ、玄沢は杖を振る。
玄沢が振り上げた杖を、貢が弾き飛ばす。
次の瞬間、貢のバチが玄沢を切り裂いた。

主水が駕籠屋を見ている。
正面から来た主水に駕籠屋が思わず立ち止まり、「どうも」と言うとすれ違おうとした。
その途端、主水は駕籠を担いでいる男を殴り、もう1人も十手で殴ると、堀の中に放り込む。
男たちが溺れているのを、主水が笑って見下ろす。

「俺の地獄だ。俺のものだ」。
夢幻はおそのに手を伸ばし、笑った。
気がついたおそのは「やめて!」と逃げまどった。

夢幻が迫った時、背後から大声で笑う声がした。
先ほどの女が下の階段から顔をのぞかせ、笑いながらも「けだもの!」と夢幻に向かって、大声を上げた。
夢幻が女を蹴り飛ばすと、女は階段をまっさかさまに落ちて行った。

着物を着たおそのを、夢幻は気絶させた。
目を見開いて死んでいる女の横に、大吉の足が見えた。
大吉は女の目をそっと、閉じてやる。

夢幻は自分の彫った刺青に手を這わせていた。
大吉が胡桃をすり合わせながら、近づく。
「俺の地獄だあ」。

胡桃が砕ける音に、夢幻が顔を上げる。
大吉が夢幻を捕まえ、壁に押し付ける。
夢幻の背中の、色のついていない彫り物をたぐると、背中から心臓をつかむ。
壁を夢幻が伝わって、崩れていく。

手を抜いた大吉が振り返ると、おそのが気を失っている。
大吉が外に出ると、外には主水と貢が待っていた。
3人は顔を見合わせると、散っていく。



ひどい悪党や異常者が出てくる「必殺」シリーズ。
でも、「い~くらなんでも、これはひどいだろう」と言いたくなるのがこの「地獄にて候」の悪人。
ただ、町を歩いているだけの娘さんを誘拐し、刺青を彫った揚句、ちょっと異常なシチュエーションに興味を示す男に売る。
いくらなんでも、これはひどい。

刺青師がその気になる、おきんの肌と気風の良さも見もの。
確かに飾りたくなる女性かもしれない。
おきん、実はかなり綺麗なんだし。

「一生かかっても消えねえ」。
そう!
しかもあんな絵でしょう。
「誰も訴えてこねえ。かわいそうに、泣き寝入りだ」。

人に言えないよね。
刺青されたのは普通の娘さん。
もう一生、人に見せられない。

銭湯も行けないし、結婚もできない。
ああ、温泉にも入れないんだ。
狂った娘が出てきたけど、狂った人も、死んじゃった人も、出奔しちゃった人も、身を持ち崩した人もいたんじゃないか。

「お星さま!あはははは」と笑う女優さんの狂気の演技も怖い、そして哀しい。
あの狂った娘さんを貰って喜んでいた、あの誘拐一味の駕籠屋も許せない。
主水に堀に落とされて、溺れて死んだと思う。
でもあそこは、見事に斬り捨ててほしかったな。

地獄絵に魅せられた、狂気の刺青師・夢幻を演じるのは梵天太郎さん。
伝説の彫り物師だそうで、どうりで刺青を入れるシーンにリアルな迫力があった。
夢幻の狂気とも言える情熱を利用して、娘をさらってきて刺青をさせて売る、実は目明きの按摩が大木実さん。

おそのさんは「必殺」に、たびたびご出演の片桐夕子さん。
役者より、三味線引きの貢に初々しい憧れの目を注ぐお嬢様、趣味がよろしい。
貢に差し入れるお弁当も、頑張って自分で作ったらしい。

「これ、私の気持ちです」と、おひねりを渡すところなんか、一生懸命さが伝わってくる。
微笑ましかったのに~!
それだけにおそのを襲った運命が、残酷。

おひさはすぐに貢の元へ走り、おそのがさらわれたことを知らせるんだけど、舞台を放り出しては行けない貢はおひさを横目で見るしかできない。
娘がさらわれる原因は父親なんだけど、その糸口は貢。
だから貢が責められた。

しかし、貢が表立って動けるわけはない。
自分を慕ってくれた娘の難儀に、おそらく心を痛めながら奉行所に届けることを勧めるしかない。
表でどんなことがあっても、あやさんに心配事は持ち込まない貢。

金額が多いので、と、ちゃんと返しに行く律儀さ。
あんだけ責められたのに。
でも美濃屋に行ったのは、お金は口実で、おそのが心配だったんだと思う。

「おそのさん、彫り物彫られて、あんたのような男に売りつけられるってわけだな」って、自分を慕ってくれたお嬢さんにこれから起きることを考えると、貢じゃなくても切ない。
やったことがやったこととはいえ、ねじ切れるような悔恨の中、父親の美濃屋は死ぬ。
ここも地獄。
美濃屋は、梅津栄さん。

だから貢は、「俺たちがやらなきゃな」と今回はキッパリ言う。
半次とおきんが屋形船を探している間、貢は芝居小屋で三味線を弾いている。
その三味線の音と、刺青を彫られるおそのが交互に映る。

完成した地獄彫りに、陰鬱な音楽が重なる。
刺青を見て、おそのを手放せなくなって殺されるパターンになりそうな執着ぶりでした。
今回は玄沢と貢は、結構、斬り結ぶ。
鬼の所業の男だからか、仕留めた後、今回は貢もユウウツにならない。

あの後、おそのさんはどうしたんだろう。
仕事が終わった大吉も、あの刺青を見てどうにもできずに、ただ、外に出て来ていた。
おそのさんは、あの屋敷を逃げ出しただろう。

だけど背中には、刺青が入っていて。
家では、父親が殺されていて。
あれから、どう暮らしていったんだろう。

もう、2度と貢の前にも現れなかったに違いない。
貢が初恋だったかもしれない。
立派なお店があるんだから、頑張って継いで行ってほしい。
そう願わずにいられない。


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2013.04.08 / Top↑
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