そして15日の夜は「私は貝になりたい」を放送していました。
主演は中居正広さん。
私はフランキー堺さんの映画を見ていて、救いがない結末に愕然としたことがあります。

主人公・清水豊松は高知の漁港町の床屋。
妻・房江と息子の健一がいたが、戦争が激しくなると、豊松にも召集令状が来る。
戦闘の続くある日、B29が撃墜された。

豊松のいる中隊は、乗組員のアメリカ兵3人を発見、逮捕した。
うち、1名は既になくなっていた。
やがて、司令官から「処分せよ」という命令が下る。
命令は上から下に、小隊長へ、軍曹へ、そして上等兵へと伝えられた。

上等兵はアメリカ兵の処分をする男の1人に、豊松を選んだ。
敵兵を殺すことを拒否すれば、豊松は殺される。
命令の拒否と言うのは、ありえなかった。
豊松は木に縛られたアメリカ兵に突進し、銃剣で右腕を突き刺した。

やがて終戦を迎え、豊松は復員してきた。
床屋に戻った豊松は、家族と穏やかに暮らしていた。
しかしある日、豊松は逮捕される。
罪状は、あの、アメリカ兵殺害だった。

軍事裁判で豊松は、自分はただ、アメリカ兵の右腕を突き刺しただけと主張した。
司令官は自分の命令であり強制であり、罪は自分だけにあると言った。
しかし命令は命令書ではなく、口頭で伝えられていた為、証拠はなかった。
豊松に絞首刑の判決が下る。

独房で、豊松は再審の嘆願書を夢中で書く。
司令官も嘆願書を書いた。
そして1年が過ぎた。
巣鴨プリズンでの処刑はこの間、なかった。

死刑を宣告された元兵士たちは、サンフランシスコ講和条約に釈放の期待をつないでいた。
だがある朝、豊松は突然、「チェンジブロック」と言われた。
減刑かと思った。

しかしそれは、絞首刑執行の宣告だった。
後には、豊松の遺書が残される。
遺書には、こう書かれていた。

「もう人間は嫌だ。こんな目にあわされる、もう人間は嫌だ」。
「生まれ変わったら、私は貝になりたい。深い海の底にへばりつく貝になりたい。戦争も、兵隊もない。家族のことを心配することもない」。
「生まれ変わったら、私は貝になりたい」。



最期の最期まで、減刑の望みを信じている豊松。
いや、現実に処刑されるなんてことは、ありえないとどこかで思っている。
見たくないのかもしれないけど、処刑されるという現実に直面するのは、十三階段の前に来る時。

覚悟なんてない。
これがものすごくリアル。
人間って、そんなものだろうなと。

処刑の執行直前、扉が開く。
そこで見えるものは、十三階段。
階段の頂点に垂れ下がってるのは、ループが作られた縄。

豊松は十三階段を登っていく。
唇を引き締め、階段を踏みしめていく。
つぶやかれる、「私は貝になりたい」の言葉。

あまりに理不尽。
救いがない。
やっと戦争が終わって、生きて帰ってきて、何で。

この人ね、職業軍人じゃないんです。
床屋さんなんですよ、と言いたくなりました。
しかし、それが戦争であり、戦場だと。
こんなことがたくさん、たくさんあったのだと。

「ソフィーの選択」という映画が、ありました。
男の子と女の子、2人の子供を持つソフィー。
ユダヤ人収容所で、「どちらか1人しか助けられないから、どちらかを選べ」と言い渡される。

選べるわけがない。
すると、「では2人とも」と、2人が連れて行かれそうになる。
それでもソフィーは、決められない。

子供がママと泣き叫び、視界から消えようとした。
その寸前、追い詰められたソフィーは叫ぶ。
「女の子を!女の子を連れて行って!」

何てひどい選択をさせるのだろうと、思いました。
自分なら、どうしただろうかと考えた。
答えは出ない、どうしていいかわからない。
おそらく、衝動でしか答えは出さないだろうなと。

選択の余地がないことで、人を責めてはいけない。
「私は貝になりたい」を思い出しながら、そう思いました。
「貝になりたい」。

この言葉は人間への失望などではなく、本当に絶望したのだと感じさせました。
「貝に生まれ変わりたい」とまで言わせる心情。
キツイ、つらい映画だよ~ぉ…。


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2012.08.17 / Top↑
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