こたつねこカフェ

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白い地獄 生きては帰れぬ 「八甲田山」

暑いですねって、少しでも涼しくなろうと映画「八甲田山」を見ました。
白い地獄、生きては帰れないといわれた冬の八甲田山。
日露戦争開戦直前の、明治35年。
戦争に備えての八甲田山雪中行軍、その揚句に起きた遭難事件を描きます。

実際に真冬の八甲田山でロケして、ほんとーに!
本当にひどい過酷な、日本映画史上類を見ないロケになっちゃったらしい、この映画。
中でフンドシ一丁になって凍死する兵隊さんが出てくるんですが、この肌色が紫になっているのは本物の凍傷!
何人かの俳優さんは身の危険を感じてロケから脱走したというし、主演の高倉健さんは足が軽い凍傷になったというし、酷暑の夏にもってこいの映画(?)。

明治35年の1月。
弘前隊と青森隊は競うように出発させられたが猛吹雪の中、指揮系統は混乱。
暗い雪原の中で立ち往生。
やがて曹長が錯乱する。

音はない。
悲鳴も出ない。
声は吹雪にかき消されていく。
聞こえるのは、荒れ狂う吹雪の音だけ。

体にどんどん、雪がたまっていく。
前が見えない。
足が動かない。
顔が凍っていく。

手足が動かなくなっていく。
やっと動いた足は雪にはまり、行く手を阻まれ、立ち往生し、倒れて行く。
誰も人を助けられない。
自分が動けないのだから。

「動け、止まるな!」という声が飛ぶ。
動かなければ、雪に埋もれていくから。
凍り付いて、死んでいくだけだから。
だから動く。

もがく。
しかし、雪の中、隊員たちは次々、黒い塊となって座り込んでいく。
もう動けない。
進路を見失い、帰還もならず、猛吹雪の中、散っていく連隊。

遭難した者たちに、夏祭りの情景が浮かんでくる。
田んぼ、遊ぶ子供たち。
日差し、花。

田舎の日常の風景。
微笑が浮かぶ。
すると風景は消え、白い雪原と吹雪だけが残る。

賽の河原のあちこちに、雪から少し、黒い物が見えている。
それは、凍死していった隊員の死体。
連隊を巻き込んで荒れ狂う猛吹雪、その中で村山伍長が花畑に座っている。

微笑んでいる。
画面が変わると、そこは一面の猛吹雪の山の中。
この笑顔!

幸福そうな、凍りついた笑顔。
死を目前にした幻想を見た笑顔が、とてつもなく怖ろしい。
さすが、名優・緒形拳!

210名中、199名が死亡。
生還した兵士たちに、例え親兄弟にでも八甲田であったことは話すなと緘口令が敷かれる。
指揮者は、責任を取って、病室にて拳銃自殺した。

ラスト、現代。
ねぷた祭りで賑わう町とは裏腹に、墓標が立ち並ぶひっそりとした草原に、1人の老人が立つ。
兵隊の姿の銅像が立つ草原は、夏草がしげっている。
老人はロープウェーに乗り、八甲田山に登る。

横を若者が夏の登山に歩いていく。
老人はただ1人、生き残って里に運ばれた村山伍長だった。
顔は凍傷の後が火傷のように残り、杖をついた手も片方の先は見えず、両足は義足だった。

老人は今は夏の、青々とした八甲田山を見上げる。
あの雪中行軍遭難で生還した者も日露戦争の黒溝台会戦において、2昼夜飲まず食わずの激戦の後、奉天での勝利と引き換えに全員戦死していた。
やがて老人の姿も消える。
その記憶も薄れ行くばかりである…。



高倉健さん率いる弘前第31連隊と、北大路欣也さん率いる青森第5連隊。
弘前隊は生還し、青森隊は全滅。
それは指揮官の判断と能力によるものだった…、けれどそう言うにはあまりに悲惨。

青森隊の指揮官は、人としては悪くなかった。
あんな状況でなければ、良い指揮官だったかもしれない。
しかし緒形拳さんは指導者がダメだと判断して、独自に隊を離れた。
青森隊の指揮官は人としては悪くなかっただけに、本当に指揮官って大切なんだなと思います。

個人からチーム、会社、国民。
やっぱり、指導者っていうのは上に行けば行くほど、責任が重い。
人の、人々の財産と生命、人生が関わってくる…。
雪の凄まじさを見ようとして見直した映画でしたが、現代に置き換えて考えずにはいられませんでした。

高倉健さんが緘口令を敷いたのは、賽の河原で青森隊が全滅していたのを見つけたことでしょうね。
あれがわかれば、弘前隊と青森隊が、最後はともに行動したということになる。
さらに、幹部の遭難を知らなかったという証言も通らない。
軍のスキャンダル隠蔽の目撃のほかに、うかつに見たことを口にしたら、口にした者が危ないわけで…。

実際には弘前隊と青森隊が、八甲田山中で出会った記録はないんですね。
しかし、この映画からすると、会わなかったのではなく、会ったことを誰も言わなかったという解釈になりますね。
この映画は昭和52年なのですが、実際に昭和45年まで生存していた方がいらっしゃったようです。

凍傷で手足を切断となったそうなので、そんな状態になった方は戦争には行かなかったのでしょう。
生還した兵士たちも、みな、その後の戦争でなくなっている。
緒形拳さんは、あのような姿にはなるが生還し、現代まで生きた。
なので、ああやって慰霊に訪れていたと。

しかもその後、戦争で誰一人として戻ってこなかった。
結局、部隊は全滅したわけで…。
この空しさ。
だけど、日露戦争には勝ったのだから、この犠牲は無駄ではなかったと信じたい。

最後に八甲田山を見上げる姿がおぼろげになり、やがて消え、山だけが残る。
戦争も、その影にあった悲惨な事件も、全て遠いものになっていく…というラストが寂しく哀しい。
だから、こうして残すことも大切なのだと。

高倉健さん、北大路欣也さんがお若い。
「雪の八甲田山を歩いてみないか」じゃないですよ。
無茶な行軍をさせて最後は自決する三国連太郎さんも今でもお元気ですが、大滝秀治さんですよ!
声の張りが、今と変わらないじゃないですか。

いやいや、声だけ聞いていると、まったく現代と同じ。
と思うと、お姿を見ても、大して変わってらっしゃらない。
これには驚きますよ。

雪と寒さによって、肉邸的にも精神的にも狂気の果て、絶望に追い詰められていく兵士たち。
北大路さんの「天は我々を見放したあーっ!」の叫びは、当時、流行語にもなりました。
これを暑い中見れば、暑さがありがたくなる!
…わけがなくて、頭痛がしてきてしまう自分って、どうしようもない現代人なのだった。


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Comment

天は我々を見放したー!
編集
今年、たまたま行った図書館で、これのDVD特別版を借りて見ました。どんな映画化はある程度知ってましたが、劇場では見てないので、きちんと見たのは今度が初めてです。

大学時代に書いた「スターウォーズ」のパロディーに、タイトルの「天は我々を~~」の台詞を使ってるので、大体いつごろ公開されたかが、すぐに思い出せました(あ~~あの頃去ったんだなあ~~と)。

確か、撮影が、出演者を実際に苛酷な環境に追い込む、「剣の岳」の木村大作氏(だったか?)なので、物凄い迫力でしたね!

最近の特別版DVDだと、メイキング映像が入っているのが常ですが、さすがに「八甲田山」の撮影現場自体が凄かったようなので、動画の映像はなかったようですね(収録されてた特典は撮影時のスチール写真と、監督と大学生との対談だけでした)。

ちなみに、私が見たのは「冬」の真っ只中です……見た翌日、キッチリ風邪を引いてしまった(笑)。
2012年08月25日(Sat) 11:59
都の商売人さん
編集
>都の商売人さん

>今年、たまたま行った図書館で、これのDVD特別版を借りて見ました。どんな映画化はある程度知ってましたが、劇場では見てないので、きちんと見たのは今度が初めてです。

錯乱していく兵士たちとか子供の頃見たら、結構、ショッキングですよね。
凍傷で手足を切断するに至った兵士が出てくるし。

>大学時代に書いた「スターウォーズ」のパロディーに、タイトルの「天は我々を~~」の台詞を使ってるので、大体いつごろ公開されたかが、すぐに思い出せました(あ~~あの頃去ったんだなあ~~と)。

おおー、そうなんですか。

>確か、撮影が、出演者を実際に苛酷な環境に追い込む、「剣の岳」の木村大作氏(だったか?)なので、物凄い迫力でしたね!

はい、本当に鬼気迫ってました。

>最近の特別版DVDだと、メイキング映像が入っているのが常ですが、さすがに「八甲田山」の撮影現場自体が凄かったようなので、動画の映像はなかったようですね(収録されてた特典は撮影時のスチール写真と、監督と大学生との対談だけでした)。

ああっ、メイキングあったら凄まじかったでしょうね。
いえ、メイキング作れない!

>ちなみに、私が見たのは「冬」の真っ只中です……見た翌日、キッチリ風邪を引いてしまった(笑)。

わかります~。
あの冷たさや絶望感が感じられる。
「夏でよかった~!」って思える映画ですよね。

兵士たちも夏を思い出して、倒れていくし。
凍死していく脳裏に、あったかい日差しや花や夏祭りが浮かぶのが、本当にリアル。
心底、暖かさや日差しを求めてたんだな、夢見て冷たくなっていったんだろうな、と思うと、「暑い」とか言えないんですけど、言ってしまう。
2012年08月26日(Sun) 00:51












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