「怖がる人々」で、もうひとつ、思い出すのが、椎名誠さん原作の「箱の中」。
これは小説のほうを読んでいました。
「胃袋を買いに。」の中にあった1本です。
「箱の中」は「世にも奇妙な物語」でも放送されたらしく、ショートホラーとしてはかなりおもしろいんじゃないかと思います。


ある夜、男がタクシーに乗って自宅のマンションに戻ってきた。
深夜で、閉まりかけたエレベーターの戸を無理やり開いて、男は乗り込んだ。
誰もいないと思ったエレベーターの中の、表示板の前には女性が立っていた。
髪の長い、後姿のきれいな女性だった。

男は「すみません」と言うと、階数を押した。
エレベーターがあがっていく。
そう思った時、ガタンという音とともにエレベーターが停止ししてしまった。

「…止まっちゃったみたいですね」。
男がそう言うと、女性はこちらを向いた。
美しい、若い女性だった。
「故障でしょうか」。

女性は不安そうに、男を見つめた。
「こういう時は」と男は、表示板の階数のボタンを全部押した。
だが、ボタンの灯りはつかなかった。
「こういう時のために」と男は、外部と連絡がつくボタンを押した。

「大丈夫ですよ、こういうのには詳しくないけど、これで管理人とか外部の警備システムとかと連絡がつく」。
しかし、反応はなかった。
「大丈夫でしょうか…」。
女性が不安そうに言う。

「大丈夫ですよ」。
男はボタンを片っ端から、ガチャガチャ押し始めた。
途端にバシンという音がして、エレベーターの灯りまで消えてしまった。

「きゃっ」と女性が声をあげた。
薄暗い、非常灯だけがついた。
「弱ったな」。

男は時計を見る。
誰か、他にエレベーターを利用しようとした人間がいて、止まっているのに気づいてくれるといいのだが、時間はもうすぐ2時。
とても他の利用者がいるとは思えない。

「エレベーターは2台あり、もしもう1台が動いているのなら、このエレベーターが止まっているのには気づかないかもしれない」。
女性はじっと、男を見つめている。
警戒されている…、そう思った男は「もしそうだとしても、もうすぐ2時だから朝まですぐですよ」と明るく言った。
薄暗い中で、女性が男を凝視している。

男はバンバンと、エレベーターの壁やドアを叩き始めた。
こうすれば外部に聞こえるかもしれない。
もっとも、エレベーターが開いた時、マンション中の人間がドアの前にいるかもしれない。
男はそう言って笑うが、女性は無表情に男を見つめている。

「タジマヨシオに頼まれたのね」。
女性が突然、そう言った。
「え?」
「そうでしょう、そうなんでしょう。はっきり言いなさいよ。あんた、タジマの何なの?証券転売所のシマダイゾウとかいう人?」

女性の詰問調の言い方に、男は思わずたじろいだ。
「あ、あの」。
「しらばっくれないでしょ。タジマの言うことは電話で何度も聞いたわよ。あたしだってタジマの言うこと、わかってあげようと思ってたんだから」

「いいわよ、タジマが仕組んだんだか、あんたが勝手に考えたんだかしらないけど、あたしはタジマに会うわ。明日になったってタジマに会うから」。
「タジマはどこにいるの?」
この女、おかしい…と男は思った。

「ちょ、ちょっと待って」。
「待ってどうするの!苦しんですべてを始末してきたわ!死ぬほど苦しんで、きっぱり片付けてきたのよ。シマダさん!どうしてあたしの顔見られないの!」
女性が大声で叫んだ。
男はなんと対処していいかわからず、下を向いた。

「もういいわ。早く動かしてよ」。
「は?」
「決まってるじゃない、これよ」。
女性はガンガン、とエレベーターをヒールで叩いた。

「だから」。
「わかってるのよ、あんたが止めたこと。さっきと逆のことして、さっさと動かしなさいよ!」
男は落ち着こうとして、タバコに火をつけた。
たちまち、中は煙で充満し、女性が咳き込んだ。

「や、すまん、すまん」。
男はそう言うと、エレベーターの天井の排気口を開けようとした。
「何をしてるの?」

「タバコの煙を追い出そうと…」。
「勝手なまねはさせないわ…」。
「何だと」。

男はいい加減、腹が立ち、言い返した。
「何が勝手なまねだ!そっちこそいい加減にしろ!」
すると女性はポケットからなんと、カミソリを出してきた。
床屋が使うような、大きな折りたたみ式のカミソリだった。

「早く動かしてよ。あの女と一緒にいるところでないと、また言い訳されて逃げられるわ。早く言うとおりにしなさいよ!」
「あの、ちょっと待ってください」。
「もう十分待ったわ。何度も同じこと言わせないでよ」。
「俺はシマダじゃない。タジマという男だって知らない。このエレベーターだって勝手に止まったんだ!」

「じゃあ誰のせいなのよ!」
「だから誰のせいでも!」
「言い訳は嫌いだよ!それじゃあ、まるで、タジマヨシオじゃないか!それともお前はタジマヨシオなのか!」

女性がカミソリを振り回した。
男はとっさにかばんを顔の前に出して、遮った。
かばんを斜めに、カミソリが切り裂いた跡がついた。

その時、スピーカーから「もしもし、誰かいますか」という声が聞こえてきた。
「もしもし!もしもし!」
男が叫んだが、「誰もいねえみてえだよ、足立さん」という声がしてスピーカーは切れた。

「もしもし!います!ここにいます!」
男が絶叫した。
女性がカミソリで、背後から男の顔をなでた。
男は飛びのいた。

「大丈夫よ。一生、こんなところに閉じ込められているわけじゃないわ。うるさくてかなわないから、静かにしてよ」。
そう言って、女性は腕組みをした。
男はハンカチを出して、冷や汗をぬぐった。

「花のつぼみを数えましょうね、秋は木の実を数えましょうね…」と、女性が歌いだした。
そして持っていたバッグを大切そうに、胸に抱えた。
「あんた、子供はいるの?」
男は首を左右に振った。

「そう、あたしはいるのよ。まだ小さいけれど、今日はここに連れてきたのよ。とってもかわいいの」。
女性はそう言うと、子供を抱えるようにバッグを抱えた。
「ここにね、この中にいるの」。

女性が微笑む。
「子供はね、ばらばらになった子供をタジマヨシオに届けに来たの。あの人に見せてあげるの」。
その時また、「おーい、誰か、おりますか?」という声がスピーカーから流れてきた。

「はい、ここです。ここですー!」
男は叫び、エレベーターを叩き始めた。
「誰かいるみたいだよ。まずいな、こりゃあ」とスピーカーの声が言う。

するとまもなく、エレベーターの灯りがつき、ガクンと動き始めた。
エレベーターが、どこかの階についた。
扉が開いた。

「やっとついたわ」。
女性は笑顔になると、軽快な足取りでエレベーターを降り、廊下を歩いていった。
突き当りを曲がって、女性の姿は見えなくなった。

呆然としている男の前に、男性が乗り込んできた。
「あ、降りたかったんです」。
我に返った男は、ボタンを押した。

途端に、またエレベーターが止まった。
「また…」。
乗ってきた男は、黙っている。
やがて、男はポケットに手を入れた。

男が取り出したのは、口紅だった。
口紅を男は丁寧に口に塗り始めた。
唖然としている男を、口紅を塗り終わった男はじっと見つめる…。
エレベーターは止まったままだ…。



男は、真田広之さん。
女性は、原田美枝子さん。
薄紫の上品なスーツ、ハイヒール、長いきれいな髪。
深夜、マンションのエレベーターに乗っているのが不思議なような雰囲気でした。

最初は男も女性の後姿をじっと見つめたりしていましたが、エレベーターが止まってからは相手をおびえさせないようにいろいろ対処する。
それが突然、女性が「タジマヨシオに頼まれたのね」と意味不明のことを言った途端、おびえていたように見えた女性から狂気が漂い始める。
「証券転売所のシマダイゾウって人?」と、自分だけにわかる世界の話をし始めたとき、「これはおかしいな」とわかる。

勝手にストーリーを組み立て、相手が自分を陥れたと怒る。
それだけでも怖いけど、一応相手は女性…、こちらは男性…と思った時、女性がカミソリを持ち出す。
ぎゃーあー。
このカミソリの一撃、よく避けました。

斜めに一直線が記されたかばんを見て、当たらなくて本当に良かったとゾッとしました。
痛みが想像つくだけに、ものすごく生理的に嫌。
怖い。
これ、女性だったらアウトだったんじゃないか。

パニックになったところに、天の助けのようなスピーカーからの声。
しかし、相手には聞こえてない!
のんびりと「誰もいねえみてえだよ、足立さん」という声が絶望感を増幅させる。

男が最初に自分は独身だから、気づく人もいないだろうと言っているのに、「あんた子供は?」と質問する女性。
精根尽きたように、首を振る男。
女性が子守唄のようなメロディを歌いだし、持っていた大き目のバッグが、いや~な雰囲気をかもし出す。

子供を抱っこするようにバッグを抱え、「ここにいるのよ」というのが怖い。
本当にいるのか、いると思っているのかはわからない。
いないでほしい、いたら怖すぎる。
ばらばらになった人形とかであってほしい。

タジマという男と、シマダという男に、この女性はだまされておかしくなったのか。
最初はそう思いました。
タジマに裏切られ、つらい思いをして、すべてを処分してきてそれでおかしくなったのかと。
しかしこうなると、タジマヨシオが悪いのか。

もしかしたら、タジマヨシオも彼女の妄想の被害者なんじゃないか。
いや、そもそも本当にタジマヨシオなんて男がいるのかも怪しくなってくる。
全部、彼女の頭の中で作られた世界なんじゃないのか。
これ、乗り合わせたのが女性だったら、タジマヨシオが一緒にいると彼女が思い込んでいる?女性にされちゃったのかな。

エレベーターが動き、どこかの階につくと、彼女は打って変わったような笑顔になる。
音楽まで、コミカルなものになる。
だからひょっとして、エレベーターの中で男と2人になったから、おびえた彼女が男を寄せ付けないために一芝居うったんじゃないか。
そんな風に思えてくる。

しかし、それにしてはかばんをスッパリ、切り裂くなど、そこまでしなくていい。
やっぱり、彼女は普通じゃなかったんだ。
タジマヨシオという男が、このマンションにいるのか。
いないんじゃないか。

かつてはいたけど、もういないんじゃないのか。
だとしたら、彼女はどこの部屋に行くんだろう。
いや、彼女はこのマンションだと思ったこと自体が、おかしいんじゃないか。

男が乗り込んだ時、彼女は中にいた。
いったい、いつからいたんだろう?
そしてカミソリを持った彼女は、これから何をするんだろう。

こんな風に、いろんな想像が次々浮かんでくる。
やっぱり、ゾッとしてしまう。
女性がカミソリを出した時、「殺しのドレス」を思い出しました。
話が通じない相手がこんなもの持っている、まさしく恐怖。

最後に乗ってくる男は、佐野史郎さん。
いやー、そんなオチ、小説にあったかな?
あの後、止まったエレベーターで何があったんだろう。
「世にも奇妙な物語」は、こんなオチがあったんでしょうか。

誰が乗っているか、乗ってくるかわからない。
おまけに密室。
だからエレベーターは怖いんだ。

あの映画を見た時から、そう思って怖かったんだ。
エレベーターなんか、止まってしまうだけで怖いのに。
なるべく、行ける階は階段で行くぞ、私は。


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2012.11.24 / Top↑
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