俳優の三国連太郎さんが、なくなりました。
90歳でした。
私が初めて見た時にはもう、渋い役柄を演じていましたが、実はそんなお歳というわけでもなかったんですね。
友人が若いときの三国さんが好き!と言っていたのですが、初めてお若い頃を見た時に「な~るほど」と思いました。

佐藤浩一さんが、父親の死を語っていました。
ひどい父親ですよ、と言う佐藤さん。
でも、ひどいと言いながら、それは息子の佐藤さんにのみ許される表現だなと感じました。
俳優として、人として、反発し、憎んでもいた。

だからこそ、その大きさに圧倒されないように自分も俳優としての道を歩み、精進した。
ひどいとか、良いとか、好きとか、キライとかじゃない。
三国連太郎という俳優と人間がいなければ、俳優としても、人としても自分はいない。
これが全てじゃないか、と思いました。

やっぱり、人を巻き込んで迷惑をかけることもある男。
だけど、そのどうしようもない魅力を、息子としても俳優としても認めざるを得なかったんじゃないかと。
昔、山田五十鈴さんが娘さんのことを「普通の親子じゃないので、わかっていただけないと思います」と言ったらしい。
そのことを思い出しました。

三国連太郎さんが、稀有な存在であったことは、間違いない。
強烈な存在。
世の中がひとつ、つまんなくなるような気持ちがしますね。
ご冥福をお祈りします。


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2013.04.17 / Top↑
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