こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
2017年06月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2017年08月
TOPアニメ・コミック ≫ 復讐という出口を見つけて 山岸涼子「負の暗示」

復讐という出口を見つけて 山岸涼子「負の暗示」

古尾谷雅人さんの記事で「丑三つの村」という映画の話を出しました。
この映画は1938年、昭和13年に起きた実際の「津山事件」と呼ばれている事件をモデルにした映画です。
怖い話だと思います。
この事件は、本当に怖い。

「八つ墓村」の元になった事件ということも怖いですが、皮膚感覚で感じる陰湿さ、怖さがある。
田舎の村、閉塞した空気、濃密な人間関係、その人間関係が破綻する。
湿っていて、暗くて、古くて、そういうものがなぜ怖いのか。
つまりこういうことが起きるから、怖いんだ。

そんな気分になります。
また、怖いからこそ、知って、自分なりに納得したくなる。
だから衝撃的だからというだけではなく、これを題材にしたものが作られたのではないかと思います。

映画のことも書くつもりですが、この事件を題材にしたマンガでは山岸涼子さんの「負の暗示」があります。
1人の秀才青年が犯罪に至るまでを、山岸さんなりに描いてます。
まずは、こちらの話から。
追記:山岸涼子さんの「涼」は「にすい」ですが、文字化けの可能性も考えて涼にさせていただいてます、失礼します。


主人公の土井春雄は、大正6年生まれ。
春雄の父は春雄が2歳のとき、母は3歳のとき、結核でなくなった。
結核に冒された母に近寄ることができず、春雄はヤギの乳で育てられた。
生まれてまず最初にスキンシップが必要な時期に人のぬくもりが与えられなかったことが、人間形成に影響したかもしれない。

大正最後の年、祖母は春雄と3歳上の姉を連れて、山間の30戸あまりの小さい村に移り住む。
頭の良かった春雄を、祖母は溺愛して育てた。
雪の降る寒い日は、お前は他の子とは出来が違う、一日二日休んだからってどうってことはないと言って、こたつに入らせて学校を休ませた。
仏様に供える白米だけの飯は、春雄にのみ与えられた。

男尊女卑の時代だが、それにしても祖母の春雄への特別扱いは群を抜いていた。
春雄は級長も勤め、村の子供たちも春雄を特別扱いしていた。
村の有力者の息子も、春雄に勉強を見せてもらうために子分になると言った。
学校でも春雄は、特別扱いをされていたのだ。

だが最初の挫折は、中学に進学できなかった時に起きた。
中流に見えた春雄の家だが、春雄の両親の土地を売った金で、祖母は春雄と姉を育てていた。
だからもう、春雄を中学にやる余裕はなかったのだ。

しかし、祖母はそれを春雄にはハッキリ言えなかった。
村を出て下宿しなければならないことを理由に、両親もなくなった胸の病が心配なので進学してないでくれと祖母は春雄に懇願した。
自分より劣る同級生が中学に進学するのに、自分ができない。

春雄にはそれが認められず、寝込んだ。
同級生たちにも、教師にも進学しない理由は、胸の病で大事を取るのだと言った。
しかし結核が忌み嫌われていたこの時代、進学できない理由に胸の病を使うのは微妙な問題だった。

15歳で学校を卒業した春雄は、他の同級生たちとは違って百姓仕事に身が入らず、家に帰っては補習の本などを読んでいた。
教師の夢はまだ、捨てられなかった。
姉は畑仕事もせず、家で寝転がっている春雄と、畑を耕す祖母を心配しながら、20歳で隣村に嫁に行った。

ある日、祖母が腰を痛めたため、春雄は慣れない畑仕事をしていた。
すると前から顔見知りではあったが、あまり口を利いたことはなかった澄子が声をかける。
澄子は当時、30歳。
夫が友人の仕事を手伝っているため、留守がちであった。

この日も澄子の夫は、突然、仕事で京都に行ってしまった。
そのために昼飯があまっていると言って、澄子は春雄を誘った。
姉がいなくなってから祖母の作る食事に満足できなかった春雄は、澄子の菜飯のおにぎりをうまいと言ってほおばる。

澄子は色白の秀才さんは、他の村の男とは違う、畑仕事しか能がない男とは違うと春雄を誉めた。
春雄が自尊心をくすぐられるのは、久しぶりのことだった。
それも年上の女性に。
澄子は春雄を、「ここ日差しが強いわね。ちょっとお社の後ろに行かない?」と誘った。

こうして春雄は、澄子と関係を持つ。
当時、村の開放的な風習もあって、それから春雄は次々、女性と関係を持っていくようになる。
退屈している村の女房たちも、面白半分に春雄を誘った。

小さな畑は今でも、年取った祖母が1人で耕していた。
この頃になるとさすがに春雄にも、自分の家の逼迫した財政がわかっていた。
春雄が女性に溺れた理由のひとつは、女性との関係に溺れているうちはそういった問題を考えないで済む。
問題を先送りにできたからであった。

春雄は澄子の家に通ったが、夫が帰っているときは当然、澄子は春雄を追い返した。
澄子に会えない時間が続いた春雄は、村の有力者の男と関係を持っている須磨子という女と、誘われるまま、関係を持つ。
それを知った澄子は、やきもちを焼く。

うれしくなった春雄は、再び須磨子に誘われるが、こっぴどく断ってしまう。
怒った須磨子は、有力者の愛人なのは自分だけではない、澄子もだと教える。
澄子を独り占めしたい春雄だが、澄子を囲うだけの金はない。

だから春雄は澄子に向かって、教師になると見栄を張った。
そして実際、教師になろうと教材は取り寄せたが、そこには習っていない問題ばかりがあった。
秀才と言われてはいた春雄だが、所詮は僻地の級長止まりだったのだ。

春雄が女の誘いにすぐに乗ると聞いて、春雄と同年代のみゆきという娘が春雄を誘った。
若いみゆきを知ると、春雄は村のほかの女性には見向きもしなくなった。
これは須磨子だけではなく、女性たちみんなの反感を買った。

しかし、付き合ってみてわかったが、みゆきは言いたいことは言う娘であった。
春雄が百姓仕事をせず、老いた祖母が1人で畑に出ていることを「怠けてるんじゃない?」と指摘もした。
そのため、春雄はみゆきをうとましく思い始めた。

実は春雄は、「よしこ」というおとなしい娘が好きだった。
よしこは、姉に似た優しい娘だった。
だが春雄は本当に好きな女性には、消極的にしか行動できなかった。

ある日、春雄は前に関係した栄子という女に、みゆきはたしなみを知らないとふと、こぼした。
男を立てない女だという意味だったが、栄子はみゆきも澄子や須磨子と同じ男の愛人だと教えた。
つまり、春雄と関係を持つ女性は、そういう女性ばかりだったのだ。

その時、春雄は、うっかり、よしこのことを栄子に話してしまった。
世間知らずの春雄としては、誰かがよしことの仲を取り持ってくれるかもしれない、ぐらいの気持ちだった。
しかし、栄子が須磨子に話したのか、よしこは間もなく、須磨子が取り持った隣村の男に嫁いでしまった。

さらに驚くことには、みゆきが春雄の幼なじみの隆のところに嫁に入った。
春雄は百姓仕事ができないのに対して、隆はたくましい一人前の男に成長していた。
隆の春雄に対する態度も、かつての級長に対する態度ではなく、大人が子供に行って聞かせるような態度となっていた。

このことは、春雄のプライドを傷つけた。
だがみゆきは春雄に、本当は春雄はよしこが好きで、自分とは遊びだったのだろうと言って関係を断った。
春雄が、村中の女性に疑心暗鬼になった頃だった。

この小さな村にも、徴兵検査がやってきた。
徴兵検査の結果は甲種、乙種と、丙種があった。
春雄はすぐに徴兵されないためにも胸の病のことを軍医に伝えたが、それは乙種合格を確信してのことだった。
しかし結果はなんと、丙種だった。

丙種はこの村では春雄と、村はずれに住む半聾唖の男だけだった。
ショックのあまり、春雄は寝込んだ。
確かにこの時、春雄の診断は肺尖カタル、結核の前駆症状ではあった。
これまでの無節操な生活が、たたったのである。

そして中学進学の時と言い、春雄はいつも問題に直面すると寝込むのであった。
彼はいつも、受け入れたくない現実に直面すると寝込んだ。
だが今回は、タイミングが悪かった。

彼が回復して起き出した頃、村中では彼が重い結核病患者のような印象が行き渡っていたのだった。
春雄は女性たちに、無視されだした。
男たちは男たちで野良仕事もせず、教師にもなれず、毎日ぶらぶらしている春雄を女性たちとは違った目で軽蔑していた。

嫌われる理由が病気だけならば、春雄はまだ我慢できたかもしれない。
頭が良いだけに、春雄はわかっていた。
本当は自分が丙種だから、バカにしているのだ。
男として、バカにしているのだ。

そう感じた春雄は、今度は見苦しいほど女性たちの後を追った。
だがみゆきには、あんたより隆の方がずっといいと言われた。
春雄は傷つくだけ傷つき、それでも最後に澄子にすがった。

しかし澄子は、澄子の乱行を今まで見逃していたと思われた夫から、離婚をほのめかされていた。
こんな時に春雄と噂が立ったら、今度こそ澄子は家を追い出されてしまう。
澄子は、このぐらい強く言わないとダメだと思って、かなりきつい言葉を春雄に浴びせた。

「自分の都合のいいようにしか解釈しない」。
「秀才かと思って近づいてみたら、実体は並以下の夢ばかり見ている男だったわ」。
澄子の言葉は、二度と春雄から声をかけられないための言葉だったが、春雄には致命的だった。

プライドの高かった春雄の顔が、真っ青になっていく。
やがて屈辱に唇をかみ締め、そこから血を流す。
「この僕が、並以下」。
「澄子も僕が丙種なので、バカにしている」。

「澄子、みゆき」。
「女にここまで、バカにされていいのか」。
「春雄を支えていた何かが、音を立てて崩れようとしていた」。

「たかが女に…」。
「この僕が」。
「本来、甲種でもおかしくない優秀な僕が、こんなにもコケにされて」。
「丙種は僕の責任じゃない」。

「そうとも、すべて僕の責任じゃない」。
「いつも回りの人間が僕を悪い方へ、悪い方へと導いていく」。
「あいつら」。
「女ども」。

「この時、春雄は狂ってしまっても不思議はなかった」。
「だが彼は、からくもそれを食い止めた」。
「復讐という出口を見つけて」。

「あいつらに思い知らせてやる」。
「この土井春雄が、ひとかどの男だったことを、あいつらに嫌というほど思い知らせてやる」。
「後悔に涙を流させて、僕の前にひれ伏させてみせる…!」

彼は土地を担保に、銀行から今で言えば3百万の借金をして武器を買い込む。
無論、返す気はなかった。
毎日、山で銃を撃っている春雄が帰る時、山菜を取っていた澄子が出くわした。
春雄に撃たれると思い、澄子は腰を抜かした。

澄子だけが、春雄の異常に気がついた。
夫に澄子は、春雄への不安を訴え、須磨子にも話した。
だが春雄は男にも女にも無視されていたので、誰も取り合わなかった。

春雄は銃や弾丸、日本刀、匕首を買い込み、準備に1年近くかけた。
そして、犯行の夜、村の電線を切って停電状態にした。
この1週間前、澄子は夫をせっついて京都に引っ越してしまった。
「それはまるで、小動物が危険を察知して逃げるかのようだった」。

「澄子には、澄子だけには、春雄を追い詰めた自覚があったのだろう」。
「村の悲劇は、澄子以外、誰も春雄の絶望に思い至らなかったことで起きたともいえた」。
春雄は村の電線を切り、停電させる。

「もうひとつの悲劇は、誰もこの停電を疑問に思わなかったことだ」。
「この村だけが、停電だったのだ」。
日本犯罪史上に残る大量殺人事件は、こうして起きる。

春雄の頭には、2本の懐中電灯。
胸には自転車用のライト。
春雄にだけ、漆黒の闇の中で相手が見える。

祖母を残していくことを憂い、春雄はまず、祖母に残酷にも手をかける。
春雄は闇をかけ、栄子の家に入る。
栄子に日本刀を突き刺し、殺害。
「最初から銃声をさせて、村人に警戒させないためであった」。

栄子と二人の息子を斬り殺し、恨み深い須磨子の家に走る。
眠っている須磨子に日本刀を刺し、須磨子は即死。
続いて須磨子の家族4人、須磨子の娘を娶った家、と、春雄は次々襲撃していく。

春雄は「お前の悪口を言わなかった」と言って、見逃すこともあった。
「いかに春雄が、被害者意識を持っていたかである」。
「だがほとんどの人間は、声も上げずに殺されていった」。
「真の恐怖にさらされた者は、悲鳴もあげられないのだった」。

犯行は1時間あまり。
重傷者3名、後、2名死亡。
負傷者2名。
即死者28名。

凶行を終えた春雄は最後に村はずれの家を訪ね、そこの子供に紙と鉛筆を頼んだ。
子供は春雄を知っていて、素直に紙と鉛筆を渡した。
神社でお話をしてくれたからと、子供は言った。
「そういう意味では、春雄はやはり教師に向いていたのだろう」。

午前4時、からくも逃げ出した隆や、澄子の兄が駐在に走り、警官が村にやってきた。
寝静まっていると思われた村の状態を見た警官たちは仰天し、応援を頼んだ。
銃を持っている春雄を捜索するために、決死隊が結成された。
だが彼らが見つけたのは、銃で自分を撃ちぬいた春雄の死体だった。

事件は終わったが、パニック状態の村人たちは葬儀もすることができなかった。
「犯罪史上に残る事件は、極悪人でもなければ精神錯乱状態の狂人でもない1人の男によって引き起こされた。
だが、これは、彼がひとつでも現実を見つめて、克服すれば起きなかった事件である」と作者は結んでいる。

「逼迫した生計」。
「教師になれない学力」。
「百姓になれない体力」。

「体力のせいにしつつ、百姓になりたくないプライド」。
「丙種の劣等感」。
「春雄はそのどれも受け止めなかった」。

「彼は女性との快楽で、問題を直視するのを避けた」。
作者は、この事件は現実から逃げ切れなくなった春雄が起こした自殺であり、恨んでいた人々を道連れにした心中事件だと記している。
逃避はいずれ、もっと大きな問題となって帰ってくる。

さらに先送りにすると、もっと大きな問題になって戻ってくる。
この「負のサイクル」から、春雄は逃れられなかった。
「だがそれは、春雄に言えることだけではないのではないか?」


…これで、この物語は終わってます。
山岸涼子さんは、こういう登場人物に残酷なラストを与えてますね。
「天人唐草」でも、問題を直視しない女性主人公を最後に発狂させてます。

かわいらしい子供、賢そうな幼い子。
色白の秀才さん。
それがやがて、鬼の形相に代わっていく。

最後の凶行では、あの秀才さんの影もない。
八つ墓村のあの「鬼」の姿があるだけ。
ショッキングな描写です。

「春雄さん、こらえてくれ」と訴える老人に向かって、「お前は俺の悪口を言わなかったから許してやろう」と言う。
作者が言うように、彼がいかに日ごろ、被害者意識を募らせていたかがわかる。
さらに「これは今で言う、いじめだ」という作者の言葉がある。

「いじめとは、被害者を血祭りに上げればあげるほど、いじめる側に奇妙な連帯感が生まれる」。
「しかも集団でやるので、加害者意識が薄い」。
「被害者にしてみれば、積極的に加わらなくても見過ごしているということは、十分加害者なのである」。

つまりこれは、いじめられた男の復讐でもあったという。
いや、何か相当の理由がないと納得できないんですよね、こんな事件は。
だからこういう描写になるんだと、思うんですけど。

幼馴染の隆が春雄に、級長に対する尊敬の態度とは変わって「諦めろ。悪い女にひっかかったんだ」と諭すようになる。
隆はもう、子供の頃の隆ではない。
一人前に家族を食べさせられる、立派な青年だ。

対して春雄は、ろくに畑仕事もできない。
そうやって子供の頃の関係が変化したことも、春雄には受け入れられない。
現実が認められない。
さらに春雄の場合は、他に世界がなかった。

外の、別の世界に行けるわけでもない。
そんなことが、自由にできる時代でもなかった。
閉鎖的な空間で、自分に押された烙印から抜け出せずに過ごすしかない。
その境遇にいるにしては溺愛して甘やかした祖母、優しい姉に囲まれて培ってしまった秀才の彼のプライドは今さら崩せない。

これはいろんなことがいくつも重なった、怖い、残酷な事件の凄惨な結末と悲劇。
今の日本人にも、日本人のDNAにも訴えてくるような事件。
それなりに理由は提示されているけど、それで納得したかと言うと、やっぱり怖いと思う。
これを題材にした映画が古尾谷さん主演の、「丑三つの村」なのでした。


スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL