こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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そして10年 古尾谷雅人さん

茜さんのお弁当」で、古尾谷雅人さんについて、触れました。
古尾谷さんは背が高く、ワイルドで破滅的な役柄が似合いました。
ちょっと扱いに困るんだけど、彼が心を開いてくれたら、そりゃあもう、うれしいんだろうなと思うような青年。
そういうのを演じさせると、ぴったりだったと思います。

古尾谷さんといえば、「丑三つの村」をあげたくなります。
この映画は「八つ墓村」の題材にもなった、有名な大量殺人事件を描いています。
「津山30人殺し」と呼ばれている事件ですね。
不思議なことに、この映画がその事件そのものを描いているのに、この事件を語る時、引き合いに出される映画は「八つ墓村」なんですね。

映画の派手さ、話題性のほかに、この事件のそのものが原因なんでしょうね。
題材にしている事件の背景や、事件の特徴からして、どうしても内容が残虐、悲惨になる。
だから、一般映画として製作されたのに、「丑三つの村」は公開当時は18歳禁止になっていました。

そのせいで、「八つ墓村」のように認識されにくかったんでしょう。
DVDだってしばらく、出てませんでしたしね。
でも新聞には18歳禁止なんだけど、主演の古尾谷さんのファンだという16歳の少女が見に来ていたなどと載っていましたが。

ところが私、ずいぶん前ですが、この映画が何と正月の2日の夜中に放送されているのを見た記憶があります。
この映画の古尾谷さんは、滑稽で、哀しくて、怖くて、凄まじかった。
DVDも出たことだし、近々、見直してみようと思いました。

さて、さっき、ファンの18歳未満の少女がこの映画を見に来ていたと新聞に書かれていたと書きました。
そうなんです、当時の古尾谷さんは女の子のファンも多かったんですね。
なのに、こんな強烈な役を演じた。

でも古尾谷さんって言うのは、女の子の目を意識する俳優さんじゃなかった。
とことん自分の演じたいものを追及する俳優さんだったから、不思議はなかった。
でもやっぱり、この役を演じたっていうのは、すごかったと思います。
だからむしろ、女の子より、男性ファンがつくタイプだったんじゃないかと思いました。

「茜さんのお弁当」で、非行少年たちの面倒を見る兄貴は、適役だったんでしょう。。
あのまま俳優を続けていたなら、きっと若い俳優さんたちから慕われたんじゃないかと思います。
つくづく、残念です。
少し前、テレビでその古尾谷さんの奥様が、古尾谷さんが自殺に至るまでの経緯を語っていました。

70年代、80年代の初期が過ぎると、「必殺」シリーズもそれまでの作品と、「仕事人」の後半の作品の作りは違ってきました。
最近見た「右門捕物帳」だって70年代の「右門」と、80年代の「右門」の作りは違っていました。
70年代の方は暗くて、重くて、徹底的に事件を取り巻く人間を描き、彼らは事件の結末をつけるが時には何も救っていない結末となる。
80年代は最後にすっきりするお約束を重視しているから、見て楽しい娯楽作品…、といった感じでしょうか。

そうなると、それまでの重く、暗いが、濃密に人間を描いたドラマは作られなくなってきました。
時代の変化というのは当然あることで、日本は「アメリカンニューシネマ」的展開や結末を、「くらーい」と一言で言ってしまうような時代になってきた。
明るく、楽しく、軽くが受け始めた。

そして、今までのようなドラマとは、違うドラマが作られ始めた。
でも奥様が言うには、古尾谷さんは、それまでの濃密なストーリーや、その中で深刻な事態に陥る人物を演じることにこだわったらしい。
ここまで聞いて私は、古尾谷さんが、81年頃のインタビューで語っていたことを思い出しました。

古尾谷さんのデビュー作でのこと。
田中登監督に古尾谷さんは、「地でやっていいんだよ。お前じゃなくて、台本の青年の地で」と言われたと語っていました。
だから、青年になりきるしかなかったと。

そして、古尾谷さんはこの後、ドラマ「二人だけの儀式」に出演する。
出演のきっかけは、プロデューサーの人がこのデビュー作を見ていたこと。
プロデューサーは、古尾谷さんの目だけ覚えていて、それで呼んだと言う。
それだけ、古尾谷さんの目は印象的だったのだと思いました。

インタビュアーは、古尾谷さんの目は、まるでナイフのように見ているこちらを斬りつけてくるような目だったと書いていました。
「狂気」と「ナイーブさ」があると。
ほんと、まさにこの当時の古尾谷さんは、そんな目をしてました。

そして室田日出男さんが主演の映画に、古尾谷さんが出た時のことも語ってました。
ロケ先のホテルの部屋は、ボイラー室のせまい部屋だった。
そこに古尾谷さんは、共演者と3人で宿泊していた。

すると室田さんが来た。
べろんべろんに、酔っ払っていた。
そして3人に「何も考えず、うまくやろうとせず、草加の青年になりきってくれな」と言った。

室田さんの言葉を聞いた3人は、もう燃えちゃった。
草加の青年になりきった。
この映画で古尾谷さんは「あー、役者ってすばらしいなあ」と、思ったそうです。

インタビュー時の新作だった映画「ヒポクラテスたち」では、俳優もスタッフも燃えていたと言ってました。
いい意味での衝突がたくさん、あった。
自分も監督とやりあった。
しかし、この「ヒポクラテスたち」は高い評価を得ているし、古尾谷さんも、出演した俳優さんたちも高く評価されている。

古尾谷さんは、そういう時代にデビューし、そういう風にやってきたんですね。
ここで、俳優としての姿勢が築かれたんでしょう。
ところが、時代は変わった。
内容だけじゃなく、作り方も変わったんでしょう。

80年代後半だったか、90年代だったか。
そのぐらいの時の古尾谷さんを見て、ふと、思った時があったんですよ。
あるドラマに出ていた古尾谷さんを見て、この方、つらいんじゃないかなって思ったんです。

別にその中で嫌そうだったり、つらそうだったりはしなかったんだけど。
いい感じで、物語に味を添えていたんですけど。
何でそんな風に思ったんだろう?

そうして考えたらそれはやっぱり、「丑三つの村」なんてものすごい映画に出ていたのを見たせいだなと思いました。
あんな映画に出た人には、今のこういう状態って満足できないんじゃないか。
今の状況って不本意なんじゃないかなと、ちょっとだけど思ったんですね。
割り切ってやれるタイプじゃないんじゃないか、そんな風に思ったんです。

後で知ったんですが、古尾谷さんは松田優作氏のことが大好きで、敬愛していたらしい。
確かに背が高くてワイルドで、手強そうなところが、松田優作さんに似ている時がありました。
ただ、古尾谷さんには松田さんよりナイーブで繊細で、壊れやすい危うい雰囲気がもっとありました。

その頃、売れっ子の若手で、松田優作氏の演技やしぐさや口調をしていると言われる方がいました。
でもその彼は松田氏とはタイプも、芸能界での立ち位置も全然違う。
だけど、松田優作氏の作品を見て、彼の主演ドラマなんか見ると、影響受けてるなって思えるところが多々あったんです。

古尾谷さんは、松田優作氏と実際に接していた人です。
松田氏の役作りや現場を知っていたし、自分もその中にいた。
だから古尾谷さんとしては、そう言われる若手を見るのに複雑な思いがあったんじゃないか。

全く、背負った背景も芸能界での位置も違う若手が、自分の敬愛する俳優さんの真似というと語弊がありますが、真似をして出ている。
これに当時の古尾谷さんは、複雑な思いをしたのではないでしょうか。
それほど、時代と自分の目指すもののズレを感じていたんじゃないでしょうか。
全部、私の勝手な想像と思い込みですから、責めないでほしいんですけど、そんな風に思いました。

これまでのようなやり方で俳優として育ち、やってきた古尾谷さんとしては、こういった時代に馴染めなかった。
ということは、おそらくは現場にも馴染めなかったんでしょう。
さらに古尾谷さんは、共演して友人になった俳優さんたちとは違い、バラエティやトーク番組に出ることもしなかったんでしょう。
まっすぐで、まじめで、不器用なタイプだったのかもしれません。

奥様が言うには、出演を断り続ける古尾谷さんは、自然、出演の機会も少なくなってきた。
仕事がなく、家にいるようになってきた。
酒の量が増え、生活が荒れてきた。
すると億ションである自宅のローンの返済も、次第に生活にも困るようになって来た。

俳優としてだけじゃなくて、他にもいろんな問題もかかえていたみたいですが、やがて古尾谷さんは心が荒れ、家族に当たるようになってきた。
ついには、奥様に大怪我もさせた。
そしてそういう自分が嫌で、暴力を振るった後は奥様に向かって土下座して謝る。

自己嫌悪。
キレる。
自己嫌悪。

この繰り返しに陥って、抜けられなくなってきた。
そしてついに、自殺してしまった。
…つらい話です。
この後の奥様の話がまた、つらかった。

今、古尾谷さんの演じる姿を見て、思います。
時代が自分の目指す方向とは違って、納得いかない仕事であっても割り切って、出演を重ねていてほしかった。
そうやって、いつか来る時を待ってほしかった。
いつか来る、彼を最大限に生かすことができる機会を待ってほしかった。

「丑三つの村」に主人公が殺戮を計画し、「皆様方よ、今に見ておれで御座いますよ」とつぶやく場面がありました。
映画のコピーにもなったこのセリフは、怖ろしいセリフなんです。
不謹慎な言い方だけど、でもこのセリフを、現実の古尾谷さんにはポジティブな方向でつぶやいていてほしかった。

だって「茜さんのお弁当」での古尾谷さんのシーンは、見ごたえがありましたから。
現・非行少年たちの兄貴分として、彼らを本気で怒るシーンが多かった。
しかし彼らの痛みを自分の痛みとして受け取っている彼は、とても優しかった。

大人でもあったけど、まだ少年の気持ちも忘れていなかった。
彼ら少年には大人だけど、本当の大人の前ではまだ青年だった。
そんな元・非行少年を、実に自然に演じていた。

古尾谷さんが納得いかなかった時でも古尾谷さんの姿を見るだけで、うれしかったファンっていたはずです。
実にいい俳優さんだった。
奥様も古尾谷さんは苦労させられてもやっぱり、すばらしい俳優だったと語っていました。

男性、家族としてすばらしかったと。
苦労された奥様から出るこの言葉は、本当に真実だと思いました。
扱いに困るんだけど、彼が心を開いてくれたら、そりゃあもう、うれしいんだろうなと思った、彼の役柄そのままの男性だったんじゃないかと。

もういなくなってしまった俳優さんで、現在の彼らが見たかったと思う俳優さんは何人かいます。
成田三樹夫さんや、岸田森さん、菅貫太郎さんといった個性派俳優さんもそうです。
古尾谷さんも、確実にその中に入ります。

なくなって10年。
ニュースを聞いた時のショック、惜しくて、悲しい思いが蘇ります。
古尾谷さんのご冥福を改めてお祈りします。

そして支え続けて、今、そんな風に言える奥様。
幸せになってくださいね。
そんな私は近々、「丑三つの村」を再び見ようと思います。


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