「暴れ九庵」、見たことがないと思っていましたが、見てました。
覚えがある場面がありました、思い出しました。
途中から見たので、放送は終わりに近づいていたんですが、再放送がありました。
今度は最初から見ます。

最終回のひとつ前、24話「汚れはしたものの」に田中美佐子さんがゲスト出演していました。
父親と暮らしてきた娘が、自分たち親子を陥れた男を刺し殺した罪で、獄門になる。
これが田中さんの役。

田中さんが牢に入れられて、早速、牢名主たちの洗礼を受けそうになる。
だがこの一見可憐な娘は牢名主にもつかみかかり、地獄の道連れだ誰が相手になるんだ、かかって来いとすごむ。
同じ房の5人と、取っ組み合いの大喧嘩。

どう見てもかわいらしい、田中美佐子さんの暴れっぷりにハラハラ。
田中さん演じる可憐な娘が無残な境遇に追いやられ、獄門と決まって捨て鉢になる様子が痛々しい。
同心が飛んでくると、牢内の女性たちは一斉に田中さんをいきなり名主さんに殴りかかったりして、どうしようもないと責める。
すると同心は、この娘は獄門になるというのに、全然おとなしくならないとあきれる。

その言葉で、牢内はシーンとなってしまう。
こんなに若いのに、この娘は獄門なのか。
今まで生意気な小娘だ、締めてやるといった雰囲気の牢内は静まり返る。

みんなの目が優しくなる。
この牢内は、比較的、良い人が集まっていたのかな。
それとも、みんな、何かやむにやまれぬ事情があってこんな境遇に堕ちたわけだから、彼女の境遇に察しをつけたのかな。

極悪人とは思えない娘が、若くして獄門になるまでの罪を犯したんだから。
みんなの凶暴な目が、変わる。
優しく、いたわりの目になる。

私だって、「かわいそうだなあ…」「そりゃ、獄門になるんだから、牢の掟なんか守ってられないだろうな」とか考えていたんですから。
こんな境遇に追いやられたこの娘を、助けてやってほしい。
悪人じゃないんだから。

しかし、彼女は刑にかけられることなく、病で亡くなってしまった。
牢内ではみんな、最初とはうって変わって良くしてくれたみたいだった。
病に倒れた彼女を見守っている牢内のみんなの目は、優しかった。
田中さんも、牢内のみんなを名前で呼んで、「どうしてみんな、そんな悲しそうな顔をするの…」と言っていた。

不幸の連続の一生で、最後は牢内だとしても、そこで彼女は安らぎを得られたんだ。
良かった。
九庵が、首が離れないで綺麗なままだと言っていたのが、泣けました。
田中美佐子さんは大暴れしても、蓮っ葉な口を利いても、どこか儚げで愛らしかった。

一緒のシーンはなかったけど、このドラマには古尾谷雅人さんが出演している。
おおっ、「丑三つの村」の「継男」と「やすよ」じゃないか!
「俺が貰うたる。俺の子供生め。村一番の子供や!天才と別嬪さんのガキや!俺の血や!立派な…肺病病みの子や!」 の2人です。

「丑三つの村」の方が、撮影が先かな。
共演後だったのかな。
田中さんはあの映画でも、清らかだった。

あの映画は全てが陰惨で、暗かった。
救いがなかった。
村の人間は、全てが利己的だった。
その中で、彼女の存在だけが安らぎだった。

しかし、後に浅野ゆう子さんと、数人で旅行する番組で見た田中さんは、非常に男っぽかった。
レストランで何を食べさせられるかわからなかった田中さんは、店の人に「てめー、ほんとだろーなー!」と、言っていた。
落差に、ちょっとビックリは…、しました。

「女優は肉体労働者だから、みんな男らしい」と言ったのは、中村敦夫さんでした。
この田中さんを見て、その言葉が頭に浮かびました。
同時に素顔の男らしさを微塵も感じさせず、可憐な役を演じきる田中さんってやっぱり演技派だと思いました。

でも最終回前の回は、九庵先生は強くなっていた。
自分で敵を倒してた。
いつも殴りこみでピンチに陥る九庵先生を助けて、敵のボスを倒すのは古尾谷さんが演じる役なのです。

主人公が弱くて、ボスは助っ人が倒す。
「暴れ九庵」は、珍しい時代劇かもしれない。
でもこれが九庵先生の成長物語なら、九庵先生は見事に成長しておりました。


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2013.06.28 / Top↑
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