沖雅也さんを特集した番組を見ました。
番組を見て、時間外勤務100時間近いことを2年以上やっていたことがある頃を思い出しました。
自分より、もっともっと大変な人はいるのは承知。

でも我慢・ひどい環境でがんばった自慢じゃないから、どんな状態だったかは置いておいて、あんなことやってると休みは1日休んで終わっちゃうんですね。
人との交流はなくなる。
趣味の時間とか取れない。

そりゃ、仕事は大切だけど、その他の自分ってものが、どんどんなくなっていく。
自分の生活、自分って仕事だけの存在。
そう思いはしなかったけど、そんな感じになっていく。
心も体も疲れてしまうのか、笑顔がなくなっていくのを感じて、これはまずいなと思いました。

あの当時、芸能界をしばらく休むということがどういうことになるか。
でも、沖さんとは厳しさも忙しさも比べものにならない世界の私でも、思うんです。
休養は大事だ。


あとはその番組では、彼の美意識が彼を破滅に導いたような内容がありました。
だとしたら、彼は自分の価値を美しさ、容貌だけに置いていたのでしょうか…。
確かに彼は、創作意欲を刺激する容姿を持っていたと思います。

彼を題材に、美しい映像を作り上げたい。
沖雅也という俳優で、ひとつの世界を作りたい。
表現させたい。
彼はそう思わせるだけの容姿を持っていたと、思います。

でも沖さんの魅力って、容姿だけじゃない。
彼の持っている個性、雰囲気、演技。
それがすべて合わさって、魅力になっていたんだと、私は思いました。

世界を作り上げる力を持っている人。
だから、年相応の魅力を持ち続けられる人だった。
それだけの才能は持っていたと、思います。

沖さんはあの時いた自分の位置から、動きたくなかったのか。
時間を止めてしまいたかったのだろうか。
見ていて、そんな風にも思いました。

誰か、彼に、あなたの魅力は容貌だけじゃないんだよ、と。
あなたは年を取ればその年齢なりの魅力を持っていける人なんだよ、と。
教えてあげてほしかったと、つい思ってしまいました。

あの時の沖さんに必要だったのは、近くにいて、彼のすべてを肯定し、認めてあげる人だったんじゃないか。
何があってもどんなになっても愛してくれると思える人が、近くに必要だったんじゃないか。
今の自分を肯定して、愛してくれる人がいるという、自信が持てたら良かった。
ある俳優さんが結婚したことについて、「今のあの人にはあの女性みたいな人が必要だ」と言った方の話を思い出しました。

弱いんじゃない。
心が狭いんじゃない。
あの時の沖さんには、必要だった。
誰にだって、そういう存在が必要な時がある。

容姿とか俳優としての地位とか、彼についているものじゃなくて、彼自身を好きでいてくれると思える人が必要だった。
こういったこと全ては、普通は身近にいる人がやっているんでしょう。
でも彼は複雑な家庭環境にもあり、そういう人がいなかったのかもしれないと思いました。
こんなことを考えながら、沖さんって、30年経っても自分にこんなことを考えさせるような存在なんだということに驚きも感じました。


没後、30年。
あの番組に意見はあっても、沖さんがもっと、見てもらえるきっかけがあったのはうれしいと思います。
番組の中で沖さんと現代劇で共演した女優さんや、「必殺」で共演した女優さんが涙を流していたのが心に残りました。

彼女たちが輝いた時間の中に、沖さんがいた。
沖さんを知った人が沖さんに魅せられ、すばらしい姿が映像の中に永遠に残っている。
俳優として輝く時間があった沖さんは、多くいる俳優の中でも幸せな人。
それだけは、しっかりとわかります。


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2013.10.01 / Top↑
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