日曜朝、7時から放送の「ボクらの時代」。
今週のゲストが石橋蓮司さん、柄本明さん、でんでんさんという顔ぶれ。
先週の予告から、楽しみにしてました。
でんでんさんは、何でこんな大先輩のところに俺が、と言ってました。

でんでんさんと柄本さんが石橋さんのことを、「優しいんですけどね、すごく優しい」と言います。
石橋蓮司さん、俳優歴、およそ60年。
現在72歳だから、12歳の頃から児童劇団で活躍してたんですね。
60年!

すごいな、半世紀以上。
この世界で半世紀って、すごいことです。
76年には緑魔子さんと、劇団第七病棟を旗揚げ。
パートナーである魔子さんとの話も出ました。

柄本さんは今年、8月、テレビの撮影でペルーにいて、強盗に襲われた話をしました。
ペルーで死ぬのかと思ったと。
怖かったでしょうね~。

柄本さんといえば、今年3月、前立腺がん報道があった。
その時、下の息子さんの時生さんから寝ていた時に電話が来て、「オヤジ。何で俺に言わないんだよ。何で俺に黙ってんだよ!」と言われた。
「何よ?」
「テレビ!」

で、テレビつけたら前立腺がんの報道。
これについては石橋さんも心配して電話したら、奥様が出て、「私が悪いんです」「私が悪いんです」と繰り返す。
だから、何のことかと思ったそうです。
柄本さんが何でこんな報道になったか、調べたら、前立腺で病院にいかなければいけないのが行けないから、代わりに奥様が行った。

病院で奥様がお医者さんに、「今、前立腺が」と話した。
そこで話が終わったのを聞きつけられて「ん」が、ついた。
だから、「前立腺がん」報道になったと言う話。
いや、病気じゃなくて本当に良かったです。

そして蓮司さんは映画人と思われているけど、実は演劇人という話になりました。
蓮司さんは「アングラが全盛期の時の人間だからね」と言う。
柄本さんは、蓮司さんをそれで見ると演劇青年みたいだと話す。
懸命さがあると、でんでんさんも言う。

あんまり一緒の映画の仕事ってないんだけど、と言いながら柄本さんが蓮司さんと映画の仕事で一緒になったら、「何だろう、演劇青年じゃない。もっと、きたない」。
すると石橋さん、「何がきたない!」
「マニアックで、よごれによごれて、『おう、どっからでもおいで』みたいな」。

蓮司さん「映画は嘘つきでいいんだよ。カメラと言うものを媒介しちゃうから」。
「てめえの尿とか汗なんか、んなもの映りゃしねえんだよな。でも舞台って全部映っちゃうじゃない。映っちゃうっていうか、目撃されちゃうんだよ。だからちょっと緩めると、ばれちゃうんだよな。『油断させないよおまえら』っていうさ」。
ああ、俳優さん女優さんが、舞台にこだわる理由がわかりました。

蓮司さんが言う、アングラ演劇全盛の頃、67年。
柄本さんは、食べられないからNHKの大道具やってた。
NHKの大道具は、給料良かったらしいです。

すると蓮司さん「俺は幸いに、緑魔子のヒモだったから」。
「緑魔子は大スターだったから」。
柄本さんもでんでんさんも、緑魔子さんについては「ああ、そうそう」という感じの反応。

「ボディガード兼ヒモだよな。それでなんとなく食っていけたんで、余計あの、口だけは(口の横で、手をグーからパーにしてみて)先鋭的なことを言うし」。
「普通はやっぱり生活があるから、崩れていくよな」。
柄本さん、うん、うんとうなづく。

蓮司さん、魔子さんには感謝してるんだなと思いました。
でんでんさん「赤い糸で結ばれた緑さんのヒモになった…」と、一言。
それで蓮司さんに「おもしろくないよ!」と言われてました。

でんでんさんはその頃、マルイにいた。
自分は暗いのに、人を笑わせたくて、渥美清さんに弟子入りして、それで弟子にはなれなくて、でもこの世界でやるには生活の拠点は東京になくては。
東京に住まなきゃと思って、出てきた。
渥美さんの話が出たところで、俳優と笑いという話に。

志村けんさんとコントをやる柄本さん、志村けんさんは、脚本をすごく書き込んでると言う。
「脚本すごく読んでるけど、やる時は、じゃ、まあこんな感じで行きましょうってカメラ回すから怖い怖い」。
「あの、芸者の時とか?」
「そう」。

蓮司さん「何でそんな風にさ、お前が今の時代に受け入れられるのか、教えてよ。どういうゴマスリすればいいの?」
みなさん、爆笑。
でんでんさんが髪の毛を増やしてるってことについて、蓮司さんが「自分のこと、二枚目だと思ってるんだよ!」

柄本さん「蓮司さん、やっぱり口悪いよね」。
でんでんさん「ものすごく口悪いよね」。
しかし、優しいんだそうです。

でんでんさんに蓮司さんや柄本さん、「あまちゃんで忙しいでしょ?」
あまちゃんは、アドリブはないと、でんでんさん。
「台本にないことがアドリブじゃなくて、ドライの時に作る。ドライ、稽古の時に作ったものはアドリブじゃないですからね」。

そして蓮司さん。
結果として笑いがあって、笑わそうと思って、笑ってくれよと思わないでやってると笑いが来る。
ここ?ってところで笑いが来ると、言う。
柄本さんがよく、蓮司さんが舞台をシリアスにやってる時にでかい声で笑ってくれて、「あの声は柄本だな」と。
「お前を笑わすために、俺は芝居やってんじゃないっ!観客に泣いてほしくてやってんのに!」

柄本さん、バカにしているんじゃなくて、「あ、こいつ真剣だと思うと」笑いが出ちゃうらしい」。
蓮司さん「笑いって常に、そういうことなんだろう。笑いを狙ったら、柄本は無視しちゃうんだろうな。人が真剣にやってる、もっと言うと勘違いしちゃうのがおもしろいんだろうな。そういうことの差異みたいなものが、すごくおもしろいんだろうな」。

柄本さん「視点を変えれば、どんな状態でも笑えるよね。たとえば映画の現場なんかで『よーい』って言うじゃないですか。『よーい』と、スタートまでの時間ってものすごく笑えるよね。始まったら、それをやるしかないわけじゃない。ところがその『よーい』で、みんなが身作りをする、その中途半端さがものすごく笑えるよね」。
でんでんさん「笑えますかね」。
蓮司さん「だから、そう言うところを(柄本さんは)見てるんだよ」。

そして、蓮司さんが娘さんの芸能界入りを潰した話になりました。
娘さんはアメリカに行っていたから、この世界に関わりたかったって言うのもあるんだろうけど、と蓮司さん。
「脚本なんか書いて送ってきたのを、俺がずたずたに潰しちゃったからね」。

柄本さん「潰す親っていますよね」。
ここで、笑い。
蓮司さん「うん、潰すね」。
柄本さん「いるいる」。

そして息子さんが俳優デビューしている柄本さん「うちはそういうことはできなかったんだけれども、潰すって正常だなと思った」。
蓮司さん、娘さんの脚本を見た時の話をしました。
「『やっていくと、どんどん良くなるかもしれないね』じゃないじゃない。こういうのって才能みたいなものがあって、きらめきみたいなものが」。

「魔子なんかはさ、俺はさ、緑魔子の持っている、こうるさい言い方しちゃうと、空間が俺にないものを持ってるんだよ。見てると、すごいおもしろいわけ。それを俺ができるかっていうと、できないんだよ。それは技とか、そういう問題じゃないから。存在の問題だから。その代わり、一緒に暮らすの、とてもつらいわけよ」。
柄本さん「夫婦ですもんね」。
蓮司さん「夫婦だけど、夫婦だけど!つらいの」。

「うちの中と稽古場、大変でしょ」。
「ものすごい、もめるよね。大変なもんですよ。そん時はもう離れてるから。それでずうっと、別居してるわけですから、もう20年か30年近い。で、芝居の時はバッと集中して」。
柄本さん「そういう人と夫婦って、大変だよね」。

蓮司さんと柄本さんの奥様は、女優さん。
でんでんさんの奥様は、一般人だそうです。
奥様は一時教えていたこともあるけど、と言って、ちょっとピアノ弾く人と言ってました。

蓮司さん「勝新太郎さんの逸話で、勝さんが玉緒さんとけんかして、玉緒さんが泣いた。泣いたところ来て、鏡見せて、『ほら、その顔忘れるな』って言う。そこまで持ち込んじゃう?って話じゃない」。
柄本さん「それやられたら、たまんないだろうね」。
蓮司さん「もめない人もいるだろうけどね」。

それは、ピカソに似てますね。
愛人のドラ・マールと妻が、大ケンカになった。
その時、ピカソは止めるどころか「描かなくては!」と描き始めた。

結果が名作「泣く女」になった。
芸術家としては一流、しかし夫として、父親としては最低!と確か、娘さんの話だったような。
天才というのは、そういうはた迷惑なところがあるのかもしれません。

でんでんさん「役者って言うのは、軽いうつ病だったりしません?」
蓮司さん「そうだと思うよ。でも俺、自覚しないからね」。
明るい。
というか、柔らかい。

この柔軟性が60年、この世界で活躍し続ける理由のひとつかもしれないと思いました。
そして蓮司さんはでんでんさんのことを「年取って、体についた表現って持ってるから。お前がフッとセリフ言っただけでも、ああそうだねって思えるもの持ってるから」。
でんでんさん「初めてほめてくれた」。
蓮司さん「いつもお前と飲むと、ほめてるじゃない~。お前が気づかないんだよ」。

昔から蓮司さんって、すごく優しくて、女性にモテるって聞いてましたが、そうだと思いました。
すごく優しい、情け深い感じがします。
柔軟性があって、許容力がある、懐が大きい。
それでいて、自分にはストイックなんだろうなあと感じます。

70年代とか80年代の蓮司さんは、「子連れ狼」の赤猫まねきみたいな放火魔とか演じると、ほんとにすごかった。
あの挙動不審な動く目が、もう、ほんと、怪しくて怪しくて、もう、いるといないじゃ、話の説得力が違ってくる。
これはダメだ、これは何とかしなくちゃダメだという気になりますもん。

それでいて、「太陽にほえろ」で「その子に罪はない」とか、人生のまともな道を歩けない悲哀の人物を演じて長い間印象に残ってるし。
最近では私はなんといっても「雲霧仁左衛門」の小頭、「木鼠の吉五郎」が絶品でした。
今年、十三回忌になる父は、時代劇大好きだったんですが、石橋さんの悪役を見ると、「俺、こいつ苦手だな~」って言ってました。
それほど、真に迫ってたんですね。

でも「雲霧仁左衛門」を見た時、「石橋蓮司がいいんだよなあ。ほんとにいいんだよ」と言ってました。
当時、テレビではラスト3回が未放送。
あの木鼠の吉五郎と仁左衛門のすばらしい場面、別れの場面は見ていないんです。

その前の段階ですでに、すごくいいと言ってました。
貫禄、迫力、重厚だと。
黙っているだけで、すごい存在感。

あの役は、商人の顔も盗賊の顔も武士の顔も全部、本当のものに見える。
だから、正体は絶対、見破られない。
そんなことができるこの男の、いったい過去には何があったんだろうと思わせる。

あの時は仁左衛門の山崎さんはもちろん、州走りの熊五郎の本田さんもそんな感じでした。
ちょっと前、本田さんが「雲霧仁左衛門」の山崎努さんや石橋蓮司さんとの演技について語っていました。
あれだけの人たちを前に、演技なんてしたら失礼と。
魂というか、感性で、全身でぶつかっていかないと言うようなことを語っていました。

だから、本当にいいドラマができたと思います。
小手先の技術では通用しない、そういうことなんでしょうね。
俳優としての年輪って、こういうところに出るんだと思いました。
そんな石橋蓮司さんのお話をじっくり聞ける、貴重な時間でした。


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2013.11.18 / Top↑
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