第9話。


辺りをうかがいながら、佐吉が久太郎の長屋にやってくる。
それを見ていた、石渡。
「姿を見られたらまずいんですよ」と辺りを見回しながら、佐吉が言う。

「いやね。変なことをいい始めたんですよ、石渡が」。
久太郎(ドキッ)。
「玉之丞が生きてるかもしれないって」。
久太郎(ばれてる…!)

「もちろん、お侍様を疑っているわけではありませんが…」。
そう言いながらも、佐吉は疑いの目を向けてきた。
佐吉の視線が、佐吉の顔とともにぐんぐん、久太郎の方に圧力をかけてくる。

「玉之丞はこの手が斬った」。
そう言うと佐吉の視線に押し倒されそうになった久太郎は、佐吉の視線を押し返す。
久太郎に佐吉が、押し返されて、圧倒されていく。

石渡と岡引の八五郎は、物陰から長屋を伺っている。
八五郎が「踏み込みますか」と言う。
だが、石渡は「あわてんなよ」と言った。

久太郎の様子に気を取り直した佐吉は「ですよねー!」と、明るく言う。
そして「神経質になりすぎていたようです。まったく、肝っ玉の小さい男です」と自分を笑った。
「そのうち、石渡だって、気がつきますよ。死んだ猫一匹、かまっている暇はないって。あとは旦那様が早く元気になってくれたらいいんですが」。
主人の話になると、佐吉の声の調子は落ちた。

「新しい猫を飼うかもな」。
久太郎の言葉に佐吉は「いやいや、今回の一件で懲りたでしょう。旦那様に必要なのは、猫ではございません。日ごろから旦那様を思いやり、旦那様を支える者のありがたみ。そろそろ気づいてもらいませんと」。
佐吉はそう言うと、「もし新しい猫が来たら、その時はまた」とニヤリとした。

「…」。
「よろしくお願いいたします」。
佐吉は久太郎をジッと見つめる。
久太郎(きもっ)。

「じゃ、私はこれで」。
佐吉は笑みを浮かべて、出て行く。
久太郎(あいつの頭の中は、どうなってんだ)。

いそいそと帰る佐吉。
「行くぞ」。
石渡の声で、八五郎が久太郎の部屋の戸を叩く。
踏み込んだが、誰も射ない。

「あれっ、いねえ」。
「八、残れ」。
「え?」
「張り込むんだよ」。

「え、1人でですか。えっ。えーっ」と、八五郎は情けない声を出した。
石渡が出て行くと、八五郎は久太郎の部屋を見回し、たんすの上の招き猫をかたどった貯金箱を手にする。
貯金箱を振ってみる。
その様子は心細そうだった。

久太郎は、玉之丞を抱いて縁側から外に出た裏庭で、部屋の壁にぴったりくっついて隠れていた。
にゃー。
玉之丞が、鳴いた。

(まずい!)
その声に気づいた八五郎が、縁側のほうに戻ってきて、辺りを見回す。
玉之丞を抱きかかえ、「しーっ」と口に指を当てる久太郎。。

佐吉が通りを歩いていく。
ブチッと音がして、佐吉のぞうりの鼻緒が切れた。
「やだねー」と言って、鼻緒を直しかけた佐吉だった。

背後から「おいっ」と声をかけられた。
走ってきたのか。
石渡が、大きく息をしている。
佐吉に近づいて、肩を組むと「喉、渇かねえか?」と聞いた。

「は?」
「水、飲むか?」
石渡は、ぜいぜいと息を切らしている。
佐吉が、不安そうな表情になる。

久太郎は、まだ裏庭に潜んでいた。
そっと、部屋の前を横切ろうとした時、また玉之丞が鳴く。
あわてて戻る久太郎。

若菜が、どなつぼうを売って長屋に帰ってきた。
久太郎の部屋の前を通ると、中に八五郎がいるのに気づく。
足を止めた若菜に八五郎が「何だよ」と言う。
「別に」。

若菜はそう答えると、キコキコと音をさせて、屋台を引っ張る。
八五郎が、若菜を見ている。
その隙に、久太郎は部屋の前を横切っていく。

佐吉は、奉行所で石渡に首根っこをつかまれ、桶の中に顔を突っ込まれていた。
顔を上げさせられた佐吉は、苦しさに大きく息をしている。
「あの浪人に玉之丞、斬らしてんだろう。いくらで頼んだ?2両か3両か?」

「私には、何のことか、さっぱり」。
「そうか」。
石渡は笑うと、再び佐吉の顔を水桶に突っ込む。

部屋に戻った若菜が「疲れたあ」と言って、伸びた。
ギシッという音がした。
気配に若菜がそっと、地続きになっている裏庭の方を向く。

障子を開けようとすると、障子のほうから開いた。
「うわあ」。
若菜が小さく、悲鳴を上げる。

「邪魔するぞ」。
久太郎が、上がりこむ。
「邪魔するぞ、じゃない!」
「声が大きい!」

はっとした若菜が声を潜めて「どうしたの?あ、部屋に岡引がいたよ」と聞いた。
久太郎は注意深く戸を閉めると、「ちょっと力を貸してほしい」と頼んだ。
「ええ?」

「今は、お前だけが頼りだ」。
久太郎は懐を開いて見せる。
玉之丞がいる。

「わあ、玉ちゃん!」
若菜の顔がほころぶ。
「わかった」。
(ふーう、単純な奴でよかった)。

キコキコ、音をさせながら、若菜が屋台を自分の部屋の前に引っ張ってくる。
そっと久太郎から玉之丞を受け取ると、久太郎が屋台の荷台の中に入る。
上から、むしろをかぶせる。
すると、八五郎が外に出てきた。

「おい!」
ギョッとした若菜が「な、何?」と屋台をかばうように、立つ。
むしろの下で、久太郎がキョロキョロする。

「一本、くれよ!」
若菜が目を丸くする。
「どにゃつぼう」。
八五郎が薄く笑う。

「いや、腹減っちゃってさ」。
「ごめん。今日はもう売り切れなんだ」。
そう言うと、若菜があわてて屋台を引いて去っていく。
がっかりする八五郎。

辺りが草むらの中、一軒のあばら家が建っている。
「うん、まだ使えそうね」と、お七が言った。
「江戸に来たばっかりの時は、お金がなかったからさ。ここで雨風しのいでたんだ」。
「ここで?」と、若菜が聞く。

「女も長く生きてると、いろいろあんだよ~」とお七が言う。
「しばらくは、ここにいるしかないわね」。
しかし、若菜は言った。
「ずっと、ってわけには、いかないよ。玉ちゃん、加賀屋さんに返したら?」

「戻ったら、また命を狙われる」と久太郎が言った。
「でもお侍さんだって、追われてる。つかまったら、ただじゃすまないんだよ。玉之丞は夜にでもこっそり、屋敷に返すべきだと思う」。

久太郎は黙っていた。
「そうだ!他の猫、飼えばいいじゃない?こういう、ごたごたに巻き込まれないような猫をさ」。
久太郎は腕組みをしたまま、返事をしない。

「ね?」
若菜の提案に、目をそらす。
見ていたお七が、「玉之丞じゃないと、ダメなんでしょ?だって家族だもんね」と笑った。
「何が家族だ」と久太郎は言うが、懐にはしっかり、玉之丞を抱いている。

お七が、笑う。
若菜が玉之丞に聞く
「お前、お侍さんと一緒にいたい?」

にゃあーお。
玉之丞が鳴く。
久太郎が出て行こうとする。

「どうしたの?」
「玉之丞と待っててくれ。必ず戻る」。
そして、ふっと微笑む。

佐吉は、床に転がり、石渡に桶の水を叩きつけられていた。
「まだ、吐かねえか!」
石渡はさらに、水を叩きつける。

「まだ、吐かねえか!」
佐吉は苦しそうに、あえいでいる。
石渡が桶を叩きつける。
大きな音がする。

寝込んでいた加賀屋の主人の与左衛門は、夢を見て飛び起きた。
「玉ぁ!」と、玉之丞の名を叫んで目を覚ました。
そして「佐吉…」と、佐吉の名前を呼ぶ。
「佐吉はおらんのかあ!」

だが、佐吉もいない。
「誰もいなくなったあ…」。
さびしそうに、ポツリとつぶやく。

その時、ふすまが開いた。
石渡がいる。
「すまんな。急用だ」。

石渡は、佐吉を連れてきていた。
佐吉の髪は乱れ、表情はうつろだった。
与左衛門は「佐吉。お前どこにいたんだい?」と尋ねた。
「これはいったい、どういうことでございましょう」。

石渡は「こやつが玉之丞殺しの犯人だ」と言った。
「まさか。佐吉、本当なのかい?」
佐吉は黙っていた。
しかし、与左衛門を見上げる目は、ひどく悲しそうだった。

久太郎は、仕官の話のため、神社へ向かう。
そこに、内藤の部下の2人、立花と竹下が待っている。
「待ちかねたぞ」。
「さて、返事をお聞かせ願おうか」。

久太郎が答えないと立場母「まだ迷ってるのか。煮え切らんやつだな」と言った。
「この機を逃せば、一生浪人だぞ」。
すると、久太郎が低い声で言った。

「家を用意してくれ。家族を呼び寄せたい」。
「わかったわかった。お安い御用だ」。
「それと」。
「まだ何かあるのか」。

「…を飼っても良いか」。
「は?」
久太郎が何を飼いたいのか、聞こえなかった2人は身を乗り出す。

久太郎の口が、ぱくぱくと動く。
だが声には、ならない。
笠をかぶった久太郎の声は、声にならない。
「え?」

2人は聞こうとして、ますます身を乗り出す。
久太郎が、口をパクパクさせる。
うまく声が出ない。
単語が口に出せない。

だが次の瞬間、久太郎のやけになった大声が響いた。
「ねごをがいだいっ!」
「ねねねこ?」

立花と竹下は、きょとんとした。
そして、次の瞬間、大爆笑した。
「おぬしも、かわいいところがござるなあ」。
「いいだろう、10匹でも百匹でも、好きに飼えばいい。受けるんだな。八百長試合」。

久太郎は、うなづく。
「さすが、天下の斑鬼」。
立花がなれなれしく、ぽんと久太郎の肩を叩き、久太郎の視線にうろたえて手をはずす。

「とにかく、契約成立だ」。
「いいか。試合が終わったら、内藤様に向かって『まいりました』と土下座をするんだぞ」。
「それができなきゃ、家はなし」。
「猫もなし!」

「試合の最後、お前は内藤様に頭を打たれる」。
「そして土下座だ。今やってみろ」。
久太郎が頭の中で、歌いだす。
目が鋭くなる。

てーんかのよーうとう、ひーとたちでっ。
ひーろく、そーのなをとーどろかせ。
ひゃくせん、れーんまのけーんさばき。

久太郎が、ゆっくりと振り向く。
その視線に2人が息を飲む。
斬るべし、斬るべし、斬るべし。

むてきーの、まーだらおにっ。
その時、2人が「すいません!」
「調子に乗ってました!」と土下座をした…。

その夜、立花と竹下は内藤に報告した。
「今度の御前試合の相手が決まりました」。
「斑目久太郎です」。

内藤が押し黙る。
「どうなされました。斑目では不満ですか」。
「不満など、あろうはずもない。承知した」。

笠を目深にかぶって町を歩きながら、久太郎は思い出の中にいた。
「江戸へ行こうと思っている」と、妻に告げた。
「私たちは、連れて行ってもらえないのですね」と、妻は言った。

お春は、旅立つ久太郎に「父上。本当に行ってしまわれるのですね。これを」と、守り袋を差し出していた。
「行ってらっしゃいませ」。
丁寧に、頭を下げた。
涙声だった。

戸の影で、妻は涙ぐんでいた。
「仕事を見つけて、戻る!必ず、戻る!だから…待っててくれ」。
久太郎は、そう叫んでいた。
妻は泣いていた。

久太郎は、歩いていった。
もう一度、屋敷を振り返る。
すると、妻と娘が「行ってらっしゃいませ」と三つ指を突き、お辞儀をしていた。
まるで、城に出仕する時のように。

『これでいいのだ。これで、すべてが丸く収まる』。
『俺が負けさえすれば、みなが幸せになれる。だが!』
あばら家に戻ってくる久太郎に向かって、若菜が「おーさむらいさーん!おかえりなさーい!」と手を振る。
暮れ時に 心もとなく寄り添える 猫と君と俺と あばら屋



佐吉にパワーが出てきました。
脇がしっかり描けていると、ドラマは本当におもしろくなります。
主人公が食われてしまうのではないか、なんて、小さいことを気にしないですむのは、みなさんが本物の俳優さんたちだからこそかも。

佐吉の疑いの目に押されながらも、目力で押し返す久太郎。
その帰り、佐吉の鼻緒が切れる不吉。
間髪いれずに、やってくる石渡。
妙にくだけて、ぜいぜい言っている。

そこから、「喉渇かねえか?」「水、飲みたくねえか?」で、水責めに来る!
鮮やか~。
これが…、吐かない者はいないという、石渡の恐怖の水責め!
佐吉、もう水桶がトラウマになってしまいそう。

ユキリョウイチさんって、いい感じ。
すごい迫力で、すごい怖い。
だけど、何気に俳優さんを直撃しないようにしているところがいいです。
うまさと同時に、こういう気遣いが見られると、この悪役さん、いい俳優さんだなあと思ってしまう~。

さらに、八五郎の人間臭いところが出てて良かった。
1人で見張れと言われて、えーって、弱気になる。
実は気弱さんなんですね。

すごく心細そうにしていて、若菜にどにゃつぼうくれ、と言うのがかわいい。
若菜にも好感持ってそう。
どにゃつぼうがもらえなくて、がっかりしている顔もかわいい。

そして、すご~くくだけちゃってるのが、久太郎。
若菜に「今はお前だけが頼りだ」って、サラッと言えるなんて、こんなに口がうまい人でしたっけ?
承知する若菜に、単純で助かったなんて思っちゃうような人でしたっけ?

それから久太郎はやっぱり、ただ、かわいくて玉之丞を連れてきたわけではなかったのがわかりました。
自分が斬らなくても、いずれ、玉之丞はまた、命の危険にさらされる。
そう考えたからなんですね。

ニヤリと笑う佐吉を見れば、久太郎の危機感もわかる。
そんな佐吉を、「きもっ」と思う。
これも若菜に対する言葉と同じで、玉之丞と暮らす前の久太郎なら出なかった言葉かも。

緊急事態だろうがなんだろうが、鳴きたい時に鳴く。
それが玉之丞。
それが猫。
人はそれに振り回されるのだ。

久太郎にとって、玉之丞は家族。
そして、ファムファタールなんですね。
致命的な危機に陥ろうと、離れられない。

良く、人を振り回すコケティッシュな魅力の女性を猫のようというけど、本家本元。
まったくの計算なしで、ファムファタールになっちゃう。
最強のファムファタール、それが猫。

加賀屋の与左衛門が「別の猫を飼うかもな」と言うが、それはないことは久太郎がわかっているはず。
玉之丞の代わりなんて、いない。
久太郎だって若菜に、玉之丞は返したほうがいいんだ。

トラブルがない猫を飼えばいい。
そう言われても、頭でわかっていても、返事ができない。
人から見て、どんな猫だろうが、世界で一匹だけの自分の猫だから。

若菜にそう言われている時の玉之丞が、すごく不機嫌そう。
ムスッとしているように見えて、このドラマって本当に猫の演技がすごい。
猫の撮り方がすごい。

与左衛門は、佐吉がいなくて、「とうとう、誰もいなくなった」とポツリ。
あえて言わなかったけど、佐吉は与左衛門にとって、いてくれて当たり前の存在だったのでしょう。
佐吉は玉之丞に旦那様を取られたと思っていたけど。

今回のツボは何といっても、「ねごお、がいだいっ!」
猫を、飼いたい、ですね。
「…を飼いたい」。
「はあ?」

寄ってくる立花と竹下。
それでもまだ、聞こえない。
口、パクパク。

一言が剣の鬼だった久太郎には、言えないの。
「愛してます」が言えない不器用な男。
だから、この一言を言うのに、ものすごいバネが必要。

天地ひっくり返るほどの勇気で、ヤケで叫ぶ。
それが「ねごお、がいだいっ!」
この言い方で、必死さが伝わってきて大爆笑。

もう、立花と竹下の「ねねねねこ?」って、あまりの意外さに聞き返す反応も爆笑。
「おぬしも、かわいいところがござるなあ」って言われるのが、嫌だったんだよね?!
それでなめられるかと思ったら、そうはさせないところが斑鬼。

土下座を今、してみろと言われた時は緊迫感が走った。
久太郎の目力に、立花と竹下が土下座しちゃったけど。
自分を奮い立たせ、プライドを押し殺そうと、久太郎が斑鬼のテーマを心の中で歌うのが良かった。
あのままだったら、久太郎は土下座したと思う。

玉之丞は久太郎だけではなく、加賀屋さんにとっても、佐吉にとっても、ファムファタール。
男たちは、玉之丞の魅力の前に破滅していくのだ!
と言っても、全然憎む気になれない、玉之丞は生粋のファムファタールですね。
いや~、癒しの部分があまりにすごいからかな。
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2014.01.04 / Top↑
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