姓は丹下 名は左膳

享保の頃。
幕府の政治は遠い海鳴りのような、不安と不満を天下に漂わせていた。
その巷の中に、だからこそ、生き生きとうごめく隻眼隻手のその男。
名を、丹下左膳といった。

名刀、乾雲丸・坤竜丸。
この大小の刀が離れるということは、凶の札をめくったも同然。
何人もの血が流れ、互いを求めて刀が泣くという。

この刀の持ち主、道場主の小野寺鉄斉が娘の弥生とこの刀をかけた試合を開いた日。
試合に乱入し、刀を奪ったのは丹下左膳だった。
片目、片腕の凄腕剣客の左膳はこの名刀の争奪戦に加わった、ただの無頼漢と思われた。
しかしそれは間違いで、左膳は実は、刀収集家、いや、偏執狂ともいえる主君・相馬藩主の命を受けて、乾雲丸・坤竜丸を奪おうとしている相馬藩士なのだった。

左膳に惚れ抜いている悪女・櫛巻きお藤が盗んできても、左膳は拒否する。
自分の力で敵を倒し、乾雲丸・坤竜丸をついに手に入れる。
乾雲丸・坤竜丸を手に、殿の駕籠の前に走る左膳。

「ここに持参いたすことが、かないました」。
頭を下げる左膳の前で駕籠が開き、手だけが出る。
手が、こちら、と招く。

乾雲丸・坤竜丸を差し出す左膳。
駕籠の戸が閉められた。
左膳には一言の声もかけられず、駕籠は去る。

用人たちが刀を抜いて、左膳に迫る。
屋敷の戸が閉まる。
なぜ。

うなだれていた左膳。
しかし、くくくく、ははははは。
左膳の低い笑い声が、響く。

「無礼者!」
藩士・横光が叫ぶ。
「これが武士と言うものなのか」。
左膳がそう言って、顔を上げた。

「これが1年有余、乾・坤を捜し求め、宿願を達した俺への殿の御沙汰なのか」。
「斬れ!」
横光の声が響く。
「この素浪人を斬れ!」

「俺は信じていたかった」。
左膳が言う。
「主君と家臣の道を。それがこの始末だ。笑いたくなるぜ」。

「笑わずにいられるかい!この俺をな!」
この後の左膳の剣は、もともと強いが、鬼のような剣裁きとなる。
藩士を斬り捨て、左膳は叫ぶ。
「こんなことで、丹下左膳が死ねるかよう!」

左膳は相馬6万石を一人で相手にしかねないと、お藤は危惧する。
その通り、覆面の左膳は夜な夜な、相馬藩士を襲う。
なぜ、相馬公は、左膳を斬ろうとしたのか。

相馬藩主には刀について、幕府の調べが入った。
すると相馬公は、そんなことは知らない、丹下左膳なる家臣などおらぬとあっさり左膳を捨てたのだった。
しかも、左膳から乾・坤を献上させておいて、であった。

隠密・蒲生泰軒は、この大名を取り潰す案件には事欠かなくなったと、左膳に協力しろと持ちかける。
しかし、左膳は断った。
今は左膳は、相馬藩から乾・坤を奪うことに情熱を傾けでいた。

だが蒲生さえも、一介の使い捨ての道具に過ぎなかった。
蒲生は左膳に言う。
「おめえに世の中の仕組みを語っていた俺が、おめでたい」。

相馬藩取り潰しの幕府の策が、突然変わった。
もっと大きな藩を取り潰す策に、変わったのだ。
蒲生泰軒さえも、自分が幕閣の道具であったことを思い知っていた。

お藤は左膳に奥州街道を屈強な相馬藩主が乾・坤を携えて、相馬に向かうことを聞き込んできた。
奥州街道を追う左膳、左膳についていくお藤。
そしてもともと乾・坤の持ち主だった道場主の娘・弥生と、道場の弟子・栄三郎もまた、刀を取り返すため、相馬藩士たちの後を追う。

左膳に師を倒されてた栄三郎は、当初こそ、左膳とは敵対していた。
だが、いまや乾・坤をともに奪う同士なのである。
しかし左膳と栄三郎、弥生とお藤の4人が襲った行列は、偽物であった。
乾・坤は大洗の方角へ行っていた。

舟に乗られてしまっては、どうにもならない。
いまや左膳の協力者と貸した蒲生が、彼ら藩士を足止めする。
自分ももはや、左膳と同じ。
悪党退治が大好きなのだ、と言って。

ついに左膳は横光ら、相馬藩士と対決。
相馬藩士すべて斬り捨てた左膳と、横光の対決。
左膳の左袖から、血が流れる。
だが、次の瞬間、斬られ、倒れたのは横光だった。

乾・坤を奪った左膳だが、何と乾・坤を栄三郎と弥生に返してしまう。
栄三郎に、「剣の道の勝負はこれからだな」と言う。
だが栄三郎は、「勝負はもうついている」と言う。
おぬし、すなわち左膳の勝ちだ。

左膳は去っていく。
「左膳、どこへ行く」。
栄三郎の声に、左膳は答えない。

蒲生が栄三郎に、左膳が左肩をやられているのに気づいていたのかと聞く。
うなづく栄三郎。
「さすがだ」と蒲生が言う。

それを聞いたお藤が、左膳を追おうとする。
蒲生が止める。
「あいつは今、一人になりたいんだろう」。

「あいつは利き腕をやられている。それも相当な深手だ。あの出血じゃ、助からねえかもしれねえ」。
「だがあいつは、助けは拒むだろう。ようやく手にした乾・坤を、未練気もなく残していってしまう」。
「死ぬも生きるも己の勝手。そういう奴だよ、あいつは。好きなようにさせてやるのが、人の情けだ」。

お藤にもまた、捕り方の手が迫っていた。
左膳の後を追って、駆けて行くお藤を見た蒲生は言う。
「あの女も、左膳に似ている」。

お藤を見た左膳は、「来るんじゃねえ!」と言う。
左膳はいかだに乗り、川に漕ぎ出していってしまう。
後を追おうとするお藤だが、捕り方に気づく。
後ろ髪を引かれながら、逃げていくお藤。

いかだの上の左膳に向かって叫ぶ。
「しんじゃやだよ」。
「しんじゃやだよお!」
いかだは左膳を乗せ、遠ざかって行く。

…享保の頃。
幕府の政治は遠い海鳴りのような、不安と不満を天下に漂わせていた。
その巷の中に、だからこそ、生き生きとうごめく隻眼隻手のその男。
名を、丹下左膳といった。

いかだは流れていく。
動かない左膳。
左膳の生死は、誰にもわからない。



高橋幸治さん主演の、丹下左膳。
「水をもらいたい」。
声をかけられた女性が、左膳を見て気絶してしまう。

それほど、左膳の容貌は異様。
今だったら、こういう描写、できないんでしょうかねえ。
栄三郎は浜畑賢吉さん。
美青年ぶりが、左膳と対照的です。

左膳の実戦に適した、蹴りも炸裂するような剣法とは違って、美しい剣法。
剣を左膳と交えた時は、互角。
しかし、左膳の野性的な豪快な剣裁きに、やや押され気味。

「気が強いのもほどほどにしねえと、俺はおめえを斬らなきゃならねえ」。
左膳がそう言う相手は、左膳と父の仇と思い込む小野寺鉄斉の娘、弥生。
栄三郎、弥生、栄三郎の恋人・お艶の三角関係もあり。

芸者になってまで、栄三郎の役に立とうとするお艶は鮎川いづみさん。
しかし、お藤といい、お艶といい、目の上のブルーのシャドウがすごい。
時代を感じます。

左膳を捕らえようとする筆頭与力役で、岸田森さんも出演。
隠密・蒲生役は、田村高廣さん。
貧乏旗本で、お艶に横恋慕し、騒動に首を突っ込む鈴川は清水絋治さん。
楽しいキャスト。

市川監督の監修らしく、映像が凝っている。
闇にぽつり、ぽつりと浮かぶ御用提灯。
それがひとつ、ひとつ、消えていく。

左膳の襲撃だ。
提灯だけを斬っていく。
闇が濃い。
そして、昼の光、緑が鮮やか。

左膳は、実は無頼の輩ではなく、れっきとした相馬藩士だったんですね。
主君との絆を、武士の道を信じていた。
それがあっさり裏切られ、「おめでたいぞよ、丹下左膳。その主信じ、その言信じ、一命これに殉ぜんとした。お前はよほど大馬鹿者だ」と自分をあざ笑うことになる。
以後、左膳はニヒルにグレるのであった。

相馬藩取り潰しに暗躍していたのに、アッサリ政策が変わり、自分もまた、捨てられた立場の蒲生は左膳に自分を重ねる。
所詮、左膳も自分も、上の都合で動かされる道具に過ぎない。
武家の非情さ、悲しさ。

だが、左膳は道具の反乱を起こした。
自分は飛び出してはいけない。
だからこそ、蒲生は左膳に協力する。
田村さんの好演。

そして、高橋幸治さんって、いい俳優さん。
「子連れ狼」の烈堂さまも、良かった。
この頃、まだ40代じゃなかったなんて嘘のような渋さ、貫禄。
昔の俳優さんって、ほんと、成熟してたんだなあと思ってしまう。

今はお見かけしませんが、どうしていらっしゃるのでしょう。
渋いお姿を見てみたいと思うのですが、引退されてしまったのでしょうか。
確かにこの方の信長は、すごいでしょう。

横光との対決は、左肩を斬られた左膳。
しかし、まさに肉を切らせて骨を断った勝負だった。
一人、傷を癒す野生動物のように去っていく左膳。

傷を負っていると知ったお藤が、左膳を追う。
だが蒲生が、お藤を止める。
左膳も来るなと叫ぶ。
追っ手が迫り、しかたなく、去っていくお藤。

「しんじゃやだよ!」と言う声が、けなげ。
動かず、流れていく左膳。
これ、百万両の壷の続きがなかったら、かなり切ないラストになりましたね。

享保の頃。
幕府の政治は遠い海鳴りのような、不安と不満を天下に漂わせていた。
その巷の中に、だからこそ、生き生きとうごめく隻眼隻手のその男。
名を、丹下左膳といった…。


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