こたつねこカフェ

癖のある俳優さん、悪役さんが大好きです。時代劇、ドラマ、映画、俳優さんのことを好きに書いています。
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自分の時代のチャンスは一度 「徳川家康」

ビルの中で密談すれば 外の社会が私物に見える
凄い男になるためにゃ 汚れた金でもびくつくな
野望 陰謀 存亡 3つそろえ
野望 陰謀 存亡 金をばらまく

FRONT お前はリーダー
FRONT お前はレーダー
FRONT お前はフィクサー
FRONT 支払いたのむぜ

自分の時代のチャンスは一度 金の全てに命を賭けろ
空の部屋から下界を見れば 地球も私物に思えてくるのさ
野望 陰謀 存亡 3つそろえ
野望 陰謀 存亡 金にかみつく

FRONT お前はリーダー
FRONT お前はレーダー
FRONT お前はフィクサー
FRONT 支払いたのむぜ

これは、泉谷しげるさんが、今太閤・田中角栄氏を歌ったであろう曲の歌詞です。
野望、陰謀、存亡、3つ揃え。
まさに、太閤・秀吉となる男の姿にこの曲が重なりました。

信長が光秀に倒されたと知った時、武士も町人も百姓や山賊に至るまですべての人間が思ったのは、乱世への逆戻り。
ひたすら、三河を目指す家康の一行の後も、落人狩りや、武器を扱う狼たちがつけてくることが何度もあった。
夜盗たちに行き会ったときは、茶屋四郎次郎と金蔵は夜盗・多羅尾兄弟の振りをして道を退かせた。
「策というのは、あるものぞ。理を説く代わりに我らは夜盗の仲間入りをしたぞ」と言う家康。

堺を出て、3日目の朝。
食料は尽き、飲まず食わずで山を抜ける家康一行は十数人。
河内と山城の国境は越えた。
茶屋四郎次郎は田原まで先に出て、食料を調達するために、金蔵とともに先に行った。

田原に差し掛かった頃、一揆の群れがやってきた。
8百人はいる。
一揆の群れなら、黄金で追い払ったらどうだろうと家臣たちは言う。

いや、逆だ。
金を持っていると見れば、身ぐるみはぐだろう。
それを聞いた家康は、「八百か。何が望みかわしが聞いてやるゆえ、首謀者を連れて来い!」と言った。
「殿!話してわかる手合いではございませぬぞ」。

しかし、家康は「いいか、誰も口をはさむでないぞ」と言って、一揆の首謀者を連れて来させた。
弱気で善良な人間も集団を成すと、計り知れない凶暴性を発揮する。
これがまさに、その集団であった。
一揆の首謀者3人が来て、「やい、旅の侍!身包みを脱げ!」と、磨いた竹やりを向けてきた。

「その方たちは、領主に恨みがあるのか」。
冷静な家康の言葉に「こいつ、何をえらそうなことを言う」と3人が顔を見合わせた。
「わしはのう、その方たちを苦しめたのが誰であったのかを聞いておる」。

すると1人が、「わしらを虫けら扱いした奴は。みんな敵じゃい!」と激する。
「そう言う、うぬらの首も、はねてくれるぞ!」
「身ぐるみみ脱げ!」

家康の家臣たちはすでに、刀に手をかけていた。
だが家康は「落ち着いて話してみよ!」と言う。
「わしは良く話を聞いたうえで、その方たちに褒美を取らそうというのだ」。
「なに?褒美を?」

3人は、きょとんとした。
「そうじゃ。武将というはな、民をさまざまな乱暴者から守ってやるのが、頼みの勤めじゃ」。
「ごまかすな!」

3人は顔を見合わせた。
だが、表情に不安が走る。
「こいつは、たちが悪い奴じゃぞ」。

だが家康の次の言葉は、百姓たちの心を捉えた。
「年貢はどれぐらいじゃ」。
「え?」
「年貢?」

「どれほど、取られておった?」
「し、七三じゃ。三部の取り米で、年寄りや子供を抱えて、どうして食って行けと言うんじゃ!」
百姓の言葉に、感情が混じる。

「いや、その三部の米さえ、また戦となりゃ、取り上げくさる!戦は農民どもを守るためとお侍たちは言うが、だったらなんで、なけなしの米まで取る。何で、わしら馬のようにこき使う!」
「もう、戦は嫌じゃあ!だからわしらは、先手を取って…」。
「筵旗を立て、領主の米倉を開いたのじゃな?」

3人は、うなづく。
家康はさらに聞く。
「まさか、同じ苦しみの、ほかの村の百姓は襲いはすまいな?」
「なに?他の村の?」

3人が。顔を見合わせる。
顔色が曇る。
「仲間は守れよ」。

家康の言葉に、3人が明らかに動揺した。
「確かに織田殿は討たれたが、このまま乱世にはあいならぬ。わしの軍勢10万の他、羽柴筑前もただちに引き返す。それまでの間の乱れじゃ。その間、武将に代わって、よく仲間を守ってやれ。さあ、忠勝。黄金を。さあ」。
家康が本多忠勝に、黄金を渡せとうながす。

小さな袋を差し出された百姓は、恐る恐る、それでもひったくるように奪う。
「いずれ天下が治まり次第、名乗って出よ。必ず力になってやろう。今日はその黄金と、墨付けを遣わしておく、茶屋殿」。
家康は、茶屋から矢立を受け取り、筆を走らせる。

「さて、その方の名から順に」。
真ん中にいた百姓が、「へえ。わしは大石村の孫四郎、です」と答える。
「次は」。
左にいた百姓が、「わしは桜谷のセキ兵衛」と名乗り、一番右にいる男のことを、「これはししとび村の弥六でございます」と言った。

「右の者、田原の山中にて、道案内を努める段、殊勝なり。よって後日のため、一札、渡し置くものなり。家康」と、家康は読み上げた。
お墨付きを両手をあげてもらい、孫四郎は思わず、頭を下げていた。
一揆の群れに飛びかえり、みんなに見せる。

それは家康に従うものたちにとって、信じられない成り行きであった。
家康たちは無事、山口光俊の館にたどり着き、飯をほおばる。
だがそれもつかの間。

宇治の茶を一服差し上げたいと言う山口に対し、家康は半時もしないで立ち去る。
家康の、この判断は正しかったのだ。
この出発もまた、家康の動物的な勘であり、待ち受けていた危難を交わすことになる。

通過する伊賀では、伊賀衆は信長に征伐されていた。
織田に、恨みを持つものが多い。
伊賀衆は百姓一揆のようなわけには、いくまい。

家康たちが山道を行くと、「お待ちくだされ」と声がかかる。
行く手に2人の男が現れ、「このまま進まれては一大事でございます」と跪いた。
男は、「それより伊賀の丸橋に」と言う。

男の名は、柘植三乃丞。
その背後に、あの百姓・孫四郎がいた。
三乃丞が言うには、伊賀の衆が二つに分かれてしまったらしい。

この地の地侍は、織田に征伐された恨みを持ち、明智に味方するというものが多い。
だが我らはかつて、お館様に暖かい扱いを受け、恩義があると三乃丞は言った。
そこで、柘植三乃丞は説得した。
だが、納得できない者たちとは、結局、袂をわかってきたのだという。

三乃丞は、孫四郎を案内に、道を変えることを勧める。
家康は、すぐに承知した。
それを見た孫四郎は、「やっぱりお館様はすぐに話のわかるお方じゃ」と笑った。

孫四郎が案内に立つ。
事実、昼の間はわからなかったが、夜になると家康に味方する伊賀衆が、道の前後左右にたいまつをともし、警護していた。
夜の中、雷が鳴る。

孫四郎が声をかける。
「お館さま」。
「孫四郎と申したな。そちはなぜ、わしが頼みもせぬのに、伊賀衆の下に駆けつけた?」
「あの時、お館様を討っていたら、勝って負けになります」。

「ほう、それはなぜじゃ」。
「優しいお方を殺して、それよりもっとひどい人に天下を取られたら、百姓はまた、一生泣き続けねばなりません。だからお優しい方とわかったから、これを助けるのが結局は得策と、そう解いたら一揆の衆は納得しました。一揆の衆が納得したことゆえ、お侍衆が納得せぬはずはないと思うて」。
「伊賀衆の下へ、かけつけたというわけか」。
「へえ。そうしたら、この通り」。

「お館様、道理というものは強いものでございますな」。
「そうか、それが道理か」。
「へい」。

稲光が光る。
「どうじゃ。竹千代」。
孫四郎の顔が、稲光の中、鉄斉の顔になる。

家康が、驚き、息を呑む。
「おもとは心から、この百姓を哀れんで、優しかったのではあるまい」。
「鉄斉禅師!」
「あの場のわが身の無力を計算し、争うては千の一つの勝ち目もないと見たゆえ、それならば見苦しくないようにと、武将の務めを口にしてみたにすぎん」。

「だがそれがこの暴徒を動かし、やがておもとの危機を打開していく道につながった。おもとには、駿府で幾たびも説き聞かせたはず」。
「民の声は、深く深く味わいなされ、と。民の声に従うほかに、真理はないぞ!」
「竹千代、まだまだじゃの」。

そう言って、鉄斉の顔は孫四郎に戻った。
雷鳴がとどろく。
家康は思った。
「そうじゃ、この男。鉄斉禅師が、わしのためにつかわされたのじゃ」。

やがて家康たちは信楽に着き、伊勢湾の白子浜に到着した。
だが。ここの領主は、舟一艘も漕ぎ出すことを禁止していた。
その触れを出した高札が、立っていた。
漁師たちの家は、どこも硬く戸を閉ざしていた。

家康は、「わし自ら頼んでみよう」と言って、一軒の漁師の家の戸を叩いた。
「これ、ちょっと聞きたいことがある」。
戸の向こう、芯張り棒をつかみ、必死の形相の漁師の男が答えていた。
家の中では、子供と妻が恐怖に抱き合っていた。

「ご覧の通りのあばら家で、銭金はありませぬ」。
「盗賊ではない。あんじるな。対岸の常滑の浜まで舟を一艘、工面してほしいのだ」。
「そりゃあ飛んだ難題だ」。

「いかにも、舟を出してはならんと達しのあったことは存じておる。だが天下を再び騒乱の世にせぬため、三河等々み駿河三国の主・徳川家康が夜の明けぬ間にこの海を渡り、本国へ戻りたいと申しておる」。
「では」。
戸が開いて、主の漁師が出てくる。

「こなた様は、徳川様の御家来か。そうか。では、あきらめた。さあ、勝手にこの首をお斬りなされ」。
そう言って、漁師は膝をついた。
「首斬れと?」

「舟を出さずば、斬る気だろう。わしが斬られるを怖れて舟を出したら、今度はわしの家族親類がみな、御領主様の手で斬られる」。
「影で見ていた忠勝たちが、その言葉に驚く。
「これが乱世の領民の、むごい定めとあきらめているゆえに。さあ、お斬りなされ」。

漁師は、うなだれた。
愕然とした家康の耳に、再び鉄斉の声が響いた。
「聞いたか、竹千代!国と民を守護するはずの武将は、武器を持った厄介者と見られている。これが民の声じゃ!」

家康は言った。
「そうか、そのほうはそれほど、武士を無法者と思うていたのか…。よし、では他へ頼んでみよう」。
その引き下がり方に、今度は漁師が驚いた。

「もし、他に頼んだところで同じことじゃが。一体お前様は、徳川が他のなんとおっしゃるお方か」。
「家康自身じゃ」。
漁師が、ヒュッと悲鳴のような小さな声をあげた。
「家康は良いことを、こなたから聞いた。本国へ戻ったら、今のこなたの言葉を味わいなおそう。自身一心のためには決して、兵を動かさぬようにな」。

家康はそう言うと、歩き出した。
その足に、漁師がすがりついた。
「お、お待ちなされて!」
「出しましょう、舟を出しましょう」。

「なんと?!」
「わしはこの歳まで、わしらの言葉を聞いて下さったお侍様に、初めて出おうた!われら一族、たとえどのようなことになろうと、お館さま直々のお言葉とあれば、船を出します。出さずにはおられませぬ!」
漁師は言うが早いか、階段を駆け降りていく。
この漁師・孫蔵は正体不明の闖入者に舟ごと拉致されたことになった。

だが、もし、家康が伊勢を治める日がなければ禁を破った、彼ら親子はその生涯で再び相会う日は来ない。
舟の上で、家康は孫蔵に言った。
「孫蔵。駿河に送ってやろう。駿河までは決して、戦場にはさせぬからのう。そこでそなたが働ける土地を選んでやるゆえ、家族を呼んで暮らすが良い」。
孫蔵が微笑んだ。

伊賀越えに続いて、この白子浜で漁師たちが家康を助けたのは、意識していると否とにかかわらず、平和を保証されたいと願う心の現われなのである。
朝日に向かって、家康が合掌している。
本多たち、家来が「殿が合掌してござる」と言った。

「よほど、うれしかったのじゃ」。
「三方が原戦の時でも、合掌はせなんだからのう」。
家康は今、地獄の底から這い出るような、不眠不休の脱出劇に終わりを告げようとしている。

堺を出発してから、4日間。
全長、3百キロの強行軍であった。
京都に戻った茶屋は、今は納屋蕉庵となった波太郎に会い、家康の運の強さを報告していた。

納屋蕉庵は、言った。
次の天下は、誰に取らせたらよいか。
堺の商人たちで、入れ札を行った。

明智光秀5票。
羽柴秀吉5票
「すると、徳川様は」。

納屋蕉庵の娘の木の実が言う。
「1票ずつの、あとの6人でございます」。
「明智光秀を天下人と見るならともかく、羽柴秀吉とは…」。

蕉庵が言う。
「秀吉というのは、よほど不思議な魅力を持っておるらしい。彼に頼まれた者はみな、彼の味方になって働いている。それゆえ、浜松のお方にこれをみやげにするがよい」。
「流れに逆らうものは溺れる。次の天下人は、羽柴秀吉だ」。

その秀吉は今、姫路城に帰り着いていた。
6月8日。
秀吉は髪を剃髪し、坊主にしていた。

亡き御大将へのお志だと、秀吉は言った。
弔い合戦の準備が伴わなかったため、今までは剃髪しなかったのだ。
人間は、生まれたときは素っ裸。
自分も今、生まれたときに返る。

秀吉は、ある限りの金銀を、領内のすべての家臣に分けろと堀尾吉晴に命じた。
金子8百50枚、銀8百貫。
「よいか、よう今までわしのようなものに仕えてくれた!この秀吉はこれからもう一度、裸に返る。死んでもも生きても、もうこの城には二度と帰ってこん!」
「殿!」

「死んだら、誓詞だと思ってくれ。もし生きておったら、もっと大きな城を迎えるとるまでの食い代じゃと思え!」
「良いか、金銀と米の分配が終わったら、出陣じゃ!矢はツルを放れた!」
もはや秀吉の眼中には、姫路城はなかった。
光秀を倒して信長の偉業を継ぐか、玉砕するか。

二つに一つであった。
その秀吉、一気に京都を目指す。
11日にはもう、尼崎だった。
次第に味方の軍勢を増やしながら、信じられないような速さで秀吉は進軍していく。

今川義元を破った時、信長はすべてを捨てて完全とわが運命に立ち向かった。
その時、信長、27歳。
それと同じ気迫で今、己の運命をかける秀吉、すでに47歳である。

この勢いに世間はすべて、秀吉の弔い合戦を認めた。
秀吉の本陣に、明智の軍勢が総退却していく報が届く。
秀吉が立ち上がる。

「良くやった…」。
秀吉は、立ち上がる。
拳を、握り締める。

「良くやった秀吉!」
「良くやったーっ!」
自分で、そう叫ぶ。

雨の中、退こうとした光秀は山の中、落ち武者狩りにあって命を落とした。
本能寺から。13日だった。
家康は熱田の本陣で、茶屋からその報告を聞いた。
熱田から、安土に入ると見せかけて、家康は熱田から動かなかったのだ。

「そうか、光秀、暴民どもの手にかかって果てたか」。
「はい。思いもかけぬ、哀れな末路でございました」。
茶屋がそう言った。
「して、羽柴筑前はそれから何とした」。

秀吉は14日には京都に入り、本能寺に信長の供養をした。
「安土城は焼かなかったのか」。
「それが…」。
「焼いてしもうたのか!」

15日の夕刻、安土城が燃える紅蓮の炎は天を焦がした。
しかも城に火をかけたのは、織田信勝だったt。
敵までが焼こうとはしなかった名城を、手にかけるとは。

…織田家の前途の紛糾は免れまい」と家康は暗い顔になった。
茶屋にも、織田家の行方はわからない。
家康は熱田から兵を帰し、東の守りを固める。
やがて、秀吉の使いがやってきた。

まるで秀吉が、織田信長に代わったような口調であった。
家康の家臣たちは、大いに不満を持った。
「なんじゃあれは!」
「羽柴秀吉は、信長の家臣ではないか!」

だが家康は意に介さない。
「光秀は討たれたか。この際、秀吉に徳川軍の威力を見せてからの退却でなければ、後日侮られるのでは?」と家臣たちは言った。
しかし石川数正は、このまま引くのが良いという。
このままでは、秀吉と衝突の怖れこそあれ、何も得るものがない。

このたびの戦乱で、甲州信州には主なき土地がたくさんできている。
家康は、自分は秀吉の家臣ではないから、東をしっかり固めていれば、誰が天下を取ろうが、自分は自分で動けると言う。
数正に、「無理して取った天下は長続きしない」と言った。
東に憂いはないと、秀吉に思わせる。

必ず、それが後々のためになる。
その頃、秀吉は信長直系の孫、三法師に会っていた。
みやげをもち、自ら馬になり、三法師を手なずけた。

「殿どうやら浜松殿は、ここで殿に天下を…」と、家康の様子を報告する家臣に秀吉は「けえっ!」と声を出して、さえぎる。
「我、これから三法師君(ぎみ)は、猿めがお守りするということで」。
ほほほほほ、と秀吉は笑った。
周りにいた女性たちも笑っていた。

浜松に戻った家康は、無事帰還したことを祝う祝宴の最中だった。
しかし平八郎は、筑前の口上にまだ、納得していなかった。
家康は言う。

「まことの戦は、その局面の勝ち負けにないと悟ったから、陣払いをしたのだ」。
「わかるか」。
「わかりませぬ」。
「今にわかる」。

「わしはここ当分、わしの翼のもとで、安穏に暮らせる家人や領民の数で、秀吉や勝家と競うて行くぞ。領民の願いを果たし、願いを守る。わしの翼の元で安らかに暮らすものが多ければ、きっと行く末はわしの勝利じゃ。よいではないか」。
しかし、徳川家は織田家にとって、三河の親類と称された格別の家。
平八郎はまだ、納得していない。

「家さえ整っていらば、必ず大きな流れを味方にできる。それが力じゃ。その力を味方に持たずに動いたところに、光秀の惨めな末路があったのじゃ」。
ここは退いて、しっかりと足元を固めておく。
「光秀はあの年でこの二十日間、地獄の責め苦におうたであろう。そして報いられたは、泥でまみれた首を京わらべの前でさらし者にすることであったのじゃ。この教え、決して忘れてはならぬぞ」。

「かつて信玄公は我らに武略を教え、光秀はまた政略を教えていった」。
「世が安穏におさむるとき、己の欲に任せて兵を動かすのは…邪道だとな」。
「あいわかりまして、ござりまする…」。

亀姫・お愛と2人になったとき、家康は言う。
「わしは、武というもの字を思い起こしていた」。
「武功を遂げる。まことの武とは、殿のお言葉どおりか」。
「わしはこの、堺からの敵中突破の間、禅師の言葉を聞いた」。

家康の共の者には武者が揃っていたが、「戦乱の世を怒る百姓の前では、そのような力は通じない」。
「民の声を聞き、民の求めるものに答える。そのほかに、命を守るすべもなかったのじゃ」。
「天下とは何か。天下とは、己一人の天下にあらず。これ、万民のもの、天下は天下の天下なりじゃ」。
信長没後の20日間は、光秀と秀吉の生涯を決定したが、同時に家康にとってもその生き方を決めさせる重大な二十日間であった。



自分の時代のチャンスは一度。
今川義元を破った時の信長。
それと同じなのが、今の秀吉。

時流の読みの正しさ。
次々と危機を交わす頭の良さ。
本能とも思える勘の良さ。
人をひきつける魅力。

家康もすごいが、秀吉もすごいというところ。
ただ、これは後の歴史を知っているからいえることだけど、家康の最大の力は運の良さだったかなと思ってしまう。
つかもうとしてもつかめないこれらのものが、とてつもなく強い男、家康。

茶屋四郎次郎がこのところを感心しますけど、何かに守られているとしか思えない。
間近で見ていたら、そりゃ「この男、何かを持っている!」と思っちゃうでしょう。
天下を取る人には、こういうのが必要なんじゃないかって思ってしまう。

だからか、納屋蕉庵が家康1票、その他の6人の中の1人と言うと、茶屋四郎次郎は納得いかない顔してます。
降りかかる危機を次々交わし、潜り抜け、味方を作っていく様子を近くで見たら、それは納得いかない。
納屋蕉庵は、家康に対して、そこまでの評価はしてない。
まだ時の流れは家康に来ていないのが、わかるのか。

信長、秀吉に比べると地味な感じはします。
そのぶん、ここでの家康はかなり、良い人に描かれてます。
おもしろみには、かけるかもしれない。

当時、前半に話題になったのは、ほとんど無名だった役所広司さん演じる信長。
そしてこれから当時、話題になったのが秀吉です。
武田鉄也さんの熱演。

金八先生が鎧兜を着たようなのかと思ってたら、これがなかなか。
この土臭さが、秀吉にぴったりなんです。
金八先生より調子が良くて、当然、金八先生にはない腹黒さがある。

しかしパワフル。
良くやった、秀吉!
良くやったー!って自分で自分を誉める憎めなさ。

生きて、もっと大きな城に住むか。
もう、戻ってこないか。
今持っているものは、だからもう、いらない。

これから生まれたときに戻る!
そう言って全部、家臣に配ってしまう度胸。
思い切りの良さ。
彼のために働くのが、よくわかる。

「ここで殿に天下を…」。
家臣のこの言葉を「けえっ!」と、このタイミングで、ありありの野望をおもしろおかしく隠すのも秀吉ならでは。
三法師を自ら道化になって、手なずけるのも秀吉ならでは。

コミカルな顔がうまければうまいほど、そこにかくkれた野望は大きい。
本当に怖いのは、こういうおどけ役に徹することができる男なのだ。
道化を演じられる男だ。
秀吉を見ていると、思ってしまう。

元からの武士の柴田勝家たちが、サルと呼んでいた男に頭を下げるのは大変だと思う。
でももう、時代は秀吉に流れている。
流れに逆らえば溺れる。
そこで面子にこだわらず、自分の足元を固めていればいいと思える家康は、やっぱり強かった。

この話、後半の秀吉の派手さに目が行ってしまうけど、一揆の百姓を味方につける家康はすごい。
家康に仲間と言われた時、はっとする一揆の首謀者。
自分たちでさえ、忘れかけていた弱者への思いやりを問われて、ハッとする。

仲間は守れよ。
その言葉に彼らは、おとなしくなってしまう。
最後はつい、一揆の首謀者が家康に頭下げちゃってますもん。
ありがたく、すみつきを受け取っちゃってますもん。

孫四郎は、小島三児さん。
良い人を殺して、残酷な人が支配者になったら、自分たちの負けだ。
そう思ったら、言われもしないのに伊賀者たちの説得にまで行っちゃう人の良さ。
体が大きいので、気は優しくて力持ちという感じがすごく出てる。

そして次はさらに殺される運命を受け入れるしかない、あきらめきった漁師が出てくる。
悲惨な境遇に、家康の供も言葉がない。
彼にとって、武士は百姓たちを守る者ではない。
武器を持った厄介者なのだ。

現実を突きつけられても、家康は怒らない。
そのまま、漁師の言葉を受け入れる。
初めて出会ったそんな侍に、漁師は危険を承知で舟を出す。
この辺りは感動的。

家康の、本当の心のうちを知っている鉄斉が現れる。
これは家康の良心が見せているのかもしれない。
たとえ最初は「民の声を聞き、民の求めるものに答える。そのほかに、命を守るすべもなかったのじゃ」だったとしても。

秀吉はもともと、民から出てきた男だから、こういうところは言うまでもない。
人の心をつかむのは、ものすごくうまかったに違いない。
家康は武士。
しかし自分の苦し紛れの言葉に民が命がけで動いてくれたのを見て、家康は鉄斉の言葉の意味を知る。
「天下とは何か。天下とは、己一人の天下にあらず。これ、万民のもの、天下は天下の天下なりじゃ」。

最後の最後に、人はお金や名誉では動かない。
人は、人のために動く。
天下への階段を、一気に上る秀吉。
家康は自分のやり方で、ゆっくりと階段を登っていく。


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