谷ナオミさん。
60~70年代の、この頃の言い方で言うピンク映画の数々にご出演。
私は谷さんの現役時代に、リアルタイムで見たことないですが、谷さんが引退直前に答えたインタビューが持っている本に収録されている。
和服が似合う、しっとりとした大人の女性だな~と思います。

DVDレコーダーの整理をしていたら、現在の谷さんを取材した番組が入っていたんですね。
それで、ああ、確か私の持っている本で、引退とおっしゃってたなあと思いました。
すると、その引退後、大変な人生を送られてきたというではありませんか。

まずは、インタビューの谷さんの言葉。
引退する理由は、結婚ということもありますが、体が持たないということ。
30ですからお肌の曲がり角というだけではなく、体の曲がり角でもあるんですよとおっしゃる。
現在の30歳と、70年代の30歳では、全然違いますもんね。

特に谷さんの場合、ジャンルがSMということでハード。
体を維持していくのが、大変だが、「縛りの後遺症」というのが出てきた。
まずは体を治したい。
谷さんのSMは、トリックなしの素っ裸。

このインタビューの1年前の撮影で、お腹が膨れ上がってしまった。
腹膜からラッパ管から内臓が炎症を起こして、ドクターストップがかかった。
夫になる人にも、反対された。
とにかく撮影を無理して進めて終えたが、体のいろんなところにシコリができていると言われた。

谷さんは上京してきたが、博多なまりがひどかった。
なので、演劇の学校に入りなさいと言われた。
芝居は好きだったが、そこで勉強しても吉永小百合さんや岩下志麻さんのようになれる保証はなかった。
生活もかかっているし、芝居もやれるということでその当時、出演できるものはピンク映画だった。

初めは普通の役をやっていたが、ある監督の「刑罰史シリーズ」に出た。
その時、縛りや吊るしに耐えるという女優が、谷さんしかいなかった。
以来、谷さんにはこの手の映画の主演の話がやってくるようになった。
するとSM小説の大家の団鬼六さんが、自分が小説を描く時に思い浮かべるイメージが谷さんだと言った。

縄や縛りが似合う女性というのは、実はいろんな条件があるらしい。
長い黒髪。
和服が似合う。
色白。

その肌が、縛れば縄がドクッと食い込むような感じでなければならない。
顔も優しいだけではダメ。
少しきつくなければダメで、谷さんはその条件にピッタリらしい。

ピンク映画、SM映画だけど、やるからには小さくても、どんなジャンルでも一番になりたい。
そう思って、がんばってきた。
谷さんはやがて、SMの女王と呼ばれるようになった。

しかし、縛られ、吊るされる毎日は、相当な肉体労働だった。
この時、インタビュアーが見た谷さんの手は、女優さんの手とは思えなかったらしい。
谷さんは撮影で、ろうそく垂らされたり、鞭で叩かれたりする痛みは、跡になることもあるが一瞬だと言う。
だが、縄は違う。

じわじわ、じわじわ来る。
全身縛られて、1ヵ所きつくなると今度は全身が締まってくる。
これで全身に、血マメができる!
普通の人間では耐えられない。

「私の後継者は、おそらく出ないでしょう」。
「肉体的にも無理だし、私と同じ目にあわせたくないです」。
「逆さ吊りっていうのは、男性でも我慢ができないですよ。柔らかい肉に縄が食い込むのは、実は見た目ほど痛くないんです」。

「でも手首とか、足首とか、関節というのはクッションがなく、じかに来るんです」。
「それでYの字に足を広げて吊るんですよ、重心が中心に来るでしょう。両足が持たないんです。縄を解いた時には、体がバラバラという感覚です」。
…すさまじい。

ピンク映画をやるようになって、肌を焼いてはいけないと思い、一度も海には行っていない。
肌の手入れも、普通の女優さんなら、出るところだけやっていればいいかもしれないが、自分は全部である。
肉体のすべてがもう、耐えていけない。

それなら、性格派女優とか、演技派に転身する方法はなかったのかというと谷さんは、自分は不器用だから結婚して家庭を持つことと、女優が両立できないとおっしゃった。
艶っぽいとか色っぽいとか言われるが、自分はとても男っぽい。
行動も思考も男だと思う。
「だから私の色気は作った色気、(今で言うニューハーフのことを言う)色気なんです」。

縄から解き放たれて、谷さんは平凡な主婦になる。
引退したら、腰まである長い髪をばっさり切る。
そして海で泳ぐんです。
谷さんはそう言って、楽しそうに笑ったらしい。


さて、谷さんの現在を取材した番組。
谷さんは現在、九州でスナックを経営していた。
やはり、あの引退する時が、幸せの絶頂だったと言う。

谷さんは主婦になってすぐ、交通事故で全治6ヶ月という重傷を負った。
そして谷さんが平凡な主婦になると言った、その相手の夫は不倫をしていた。
しかも、相手は谷さんがこの土地に来て、最初にできた、初めての友達だった。

さらに、相手に子供ができた。
子供がいなかった谷さんは、離婚された。
夫と友人、両方から捨てられたとテレビは言った。
私はそれを見て、あの幸せそうな引退記事から、いろんなことが谷さんにあったんだと思った。

谷さんは3歳の時、母親が離婚で家を出て行ったらしい。
母親は、谷さんを連れて行ってくれなかった。
さらに今度は父親が、谷さんが5歳の時、谷さんを預けて出て行ってしまった。
以来、谷さんは親戚の家を転々とし、肩身の狭い思いをした。

だから18歳になって、上京してきた。
19歳の、生活費を稼がなくてはならない娘にできる芝居といったら、脱ぐことしかなかったと言った。
恥ずかしくないわけはない、と言った。
でも谷さんは、やるからには一番になろうと思ってやってきて、一番のジャンルを作ったんだと、インタビューを読んでいた私は思った。。

離婚した谷さんは思った。
スナックをやろう。
そして、そこに来る、お客さんや従業員という家族を作ろうと思った。

谷さんは従業員にも、お客さんにも誠心誠意、接した。
やがて谷さんを中心に、家族のような絆ができていく。
谷さんのファンだと言う芸能人は、谷さんはわざわざホテルまで迎えに来てくれたと言った。

18歳で家を飛び出して谷さんの店に勤めた娘さんを、谷さんは優しく、そして彼女のためにならないことを何度も言って諭そうとした。
彼女は谷さんのことを、母親のように思っていると言う。
育ての母親だと言った。
谷さんは27年つきあったこの娘さんにスナックを譲って、自分は引退することを決意した。

番組はその、谷さんの引退、娘さんへのバトンタッチの日を取材していた。
つらいこともあった谷さんだけど、さすが、逆さ吊りにも耐えた根性。
男だという、思考、行動力。
谷さんは強かった。

ちゃんと幸せを見つけて、ちゃんと谷さんじゃなければダメだという居場所をここでも作っていた。
64歳ということだったが、十分魅力的だった。
番組に出ていた男性が、谷さんまだ脱げると言った。
復帰できる、と言った。

人生のいろんな修羅場を越えて、それに押しつぶされなかった人が持つ強さ。
柔軟性。
それを人への思いやりにできた人が持つ魅力が、谷さんから出ていた。
人がひきつけられるに十分な魅力が、今の谷さんにあったと思った。

素敵です、谷ナオミさん。
私もファンになりました。
お元気で、本当に良かったです。


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2014.03.15 / Top↑
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