第13話、「いのち花わかれ盃情炎剣 袋井の巻」。

道端で、なにやら人だかりがしている。
「何をやらかしたのか」。
「みっともない」。

人々の視線の先。
一人の浪人が、灯篭に縄で縛られている。
両手を縛られ、灯篭に通しているため、ほどくことができないでいる。

「おい、みせもんじゃねえぞ」。
こんな状態の浪人の、それでも声には凄みがあった。
見ていた百姓たちは、あわてて立ち去った。

そこに黒の着流しを着た眠狂四郎が、通りかかった。
涼しい顔をして前だけを見て行く狂四郎に、浪人が声をかけた。
「おい」。
「私に何か用か」。

狂四郎の足が止まった。
「何か用か、は、ねえだろう。こうして縛られているんだから、同じ侍同士としてだ!いかがなされたか?ぐらい声かけたっていいだろう。気にならねえのか」。
「別に」。
「冷てえ男だな、おめえは」。

狂四郎が男の方を振り向いた。
「その様子では、賭場で負けが込んで、払えなくなったあげくのみせしめであろう。違うか」。
「はあ、そこまで。その通りだ」。

男は感心した。
「おぬしすげえ眼力だな」。
「さいころに身を持ち崩すような手合いは、もはや武士とはいえまい。したがって気にもならぬし、不憫とも思わぬ。屈辱をなめたなら、少しは立ち直ることだ」。

「屈辱なんかどうだっていいんだ。俺はな、腹減ってるんだ。何か食うもの持ってねえか」。
「あいにくだな」。
去っていく狂四郎の背に向かって、男は叫んだ。
「金のためなら何でもやるぞ!押し込みの相棒、勤めてもいいんだぜ!」

お蘭と金八は、宿場に来ていた。
金蔵は賭場に誘われて行ってしまったが、お蘭は鋭い目で辺りを見回す。
お蘭のいる宿に、狂四郎がやってきた。

「あ、旦那!」と、お蘭が声をかける。
「お待ちしてました。どうぞ」。
お蘭は狂四郎を部屋に招き入れ、酌をする。

狂四郎が杯を飲もうとすると、ふと、お蘭は「あ、ちょっと待ってください」と言った。
そして、庭の咲いている萩の花を摘んで、杯に浮かべる
「この、花びらごと」。
狂四郎がお蘭を見る。

「干すのか」。
狂四郎が、飲み干すのかと聞く。
「おまじないなんです。そうすると、縁が深くなるんですって」。

お蘭が微笑む。
「お蘭と俺のか」。
「お嫌ですか?」

「この俺と縁が深くなれば、地獄まで道連れになるぞ」。
「地の果てまでだって…」。
お蘭が狂四郎を見つめる。

しかし、狂四郎は飲まない。
「これ以上、死神を喜ばすこともあるまい」。
狂四郎は杯を置いた。
「それより用件を聞こう。この宿で俺に何をさせたいのだ」。

その夜、福知山藩主・朽木が滞在する本陣の寝所に狂四郎が現れ、朽木の喉元に刀を突きつけた。
だが狂四郎は朽木に向かって、朽木の「命はいらぬ」と言った。
「このたびの西国十三藩の密約書、いただきに参った」。

「おのれ!」
朽木は刀を手にするが、狂四郎の相手ではなかった。
狂四郎に喉元に刀を突きつけられ、朽木は密約書を突き出した。

用心を解かない狂四郎は、朽木に密約書を「開けろ」と言い渡す。
朽木が広げたその書には確かに、丹波・福知山藩の朽木の殿の名前、そして薩摩藩の島津公の名前が確かにあった。
密約書を手に、狂四郎は悠々と引き上げる。

門で用人たちが狂四郎を見つけ、「おのれえ、大胆な!」と言って斬りかかってきた。
狂四郎は襲い掛かってきた用人たちを次々斬り捨て、斬った1人の刀を取ると最後の1人に投げ、これを仕留めた。
密約書を奪われた朽木は、「福知山藩の立場がない」とうろたえていた。

水野の手に入れば、咎めがくるだけではない。
薩摩に対して、福知山藩の立場がなくなる。
すると側近の鮫島が、すべてを自分に任せるように言う。

鮫島の口笛ひとつで、黒装束の一群が舞い降りてきた。
忍びたちである。
その昔、伊賀と争って敗れ、家光の警護を解かれて追い出された雷神衆だと鮫島は説明した。

この太平の世に、忍びとは…。
懐疑的な殿の前で雷神衆は、火のついた矢を放った。
さらに、火のついた樽が正面から朽木に迫る。

朽木は思わず「やめろー!」と叫ぶ。
その途端、火は消え、樽は止まった。
鮫島と、雷神衆の頭領の加東次が「失礼つかまつった…」と深く頭を下げた。
雷神衆の実力を見た朽木は、「福知山藩のために働いてくれるか」と言う。

その頃、金八は珍しく、賭場で勝ちまくった。
しかし帰り道、
金を取り返しに来た賭場の元締めの袋井一家が、金八を追ってきた。
この賭場では決して、金を持って帰ることはさせないのだ。

逃げる金八と袋井一家の間に割って入ったのは、あの縛られていた浪人・片倉新九郎だった。
「おう!俺の刀、返してもらおうか」。
新九郎を見た親分は、「何ぬかしやがる、また痛い目にあいてえのかい。すっこんでろ!」と叫んだ。
完全に新九郎を侮っていた。

だが新九郎は、そう言った親分があげた手をあっさりつかむと、締め上げる。
「夕べはな。博打のツケが払えねえから、大人しく縛られてやったら…、勝ってもこういうからくりってわけか!」
調子に乗った金八が、「そうだよ!おめえらそれでも博打うちか!ごみ、だに、しらみ、のみ!」と叫んだ。

親分は「やっちまえ!」と叫んだ。
子分衆が刃物を抜いて、襲ってくる。
しかしまったく、新九郎に歯が立たない。
助けてもらった金八は、新九郎を女郎屋に誘う。

翌朝、金八は女郎屋で目覚めたが、新九郎は一人、廊下で座っていた。
新九郎は杯に庭に咲いていた萩の花を摘み、入れた。
「何それ、顔に似合わないオツなことして」と、金八が言う。

「こうするとな、男と女の縁が深くなるって。そう教えてくれた女が昔いたんだよ」。
「ふうん。ねえ、その人今、何してんの」。
「知らねえな」。

新九郎の顔を見ていた金八は、「まだ惚れてるね、その人にね。でも旦那みたいな生き様じゃ、大概の女は逃げ出すよ」と言った。
「これでも昔は、ちゃんとしてたんだ」。
「嘘ばっかり」。
「うるせえな!向こう行ってろ!」

新九郎に怒られて、金八は引っ込んだ。
一人になった新九郎は、酒を飲み続ける。
「こんな生き様じゃあ、まともな女は…、ふふ。確かにその通りだ」。

道を行く狂四郎の耳に、助けてと叫ぶ女の悲鳴が入ってきた。
一軒の農家で、百姓娘が男3人に押さえつけられようとしていた。
狂四郎が入ると、男たちが身構える。
女は狂四郎の背中に隠れた…、と思うと、「眠狂四郎!」と叫んで背後から押さえつけた。

雷神衆だった。
男たちが狂四郎に斬りかかる。
すると狂四郎は、すっと身を翻した。

男たちの刃は、狂四郎を背後から押さえつけていた女に刺さった。
狂四郎はその3人を斬ると、天井から、家の奥からさらに黒装束の男たちがやってくる。
すべての黒装束を斬ると、狂四郎はお蘭の待つ道にやってきた。

その頃、金八と新九郎も袋井一家に襲われていた。
このまま2人を帰したなら、袋井一家の面子が立たない。
親分はそう言った。

新九郎は、金八に逃げろと言う。
「こいつは俺のケンカだ」。
「俺だけズラかっていいの?」

「早く逃げろ!」
「恩に着るよ!」
金八が逃げた後、新九郎はたちまち3人の子分、そして2人の浪人の用心棒を斬り捨て、親分も斬った。

道の上で、通りかかった鮫島がそれをジッと見つめていた。
小川で血を洗っていた新九郎に近づくと鮫島は、「使えるな、おぬし」と声をかけた。
「金に不自由はしていないか?」
「なり見りゃ、わかるだろう!」

新九郎が去ろうとした時、背後で小判の音がした。
「ほんの手付けだ。おぬしを雇いたい」。
鮫島が地面に、小判を投げたのだった。

「袋井本陣へ訪ねて来い。丹波福知山・三千石が逗留しておる。ただし、勘違いしてもらっては困る。仕官ではない。あくまで人斬りとして、おぬしを雇いたい」。
鮫島はそれだけを言うと、去っていく。
新九郎が小判を拾う。

その背後の橋を、お蘭を乗せた駕籠が通り過ぎていく。
小判を拾い終わった新九郎が顔を上げると、お蘭の姿が目に入ってきた。
新九郎の顔色が、変わる。
そして、お蘭の駕籠の後を追った。

駕籠は、見附宿に入った。
旅籠に入ったお蘭を見て、新九郎は「間違いねえ!間違うはずはねえ!」と言った。
部屋で茶を飲んでいたお蘭の手から、湯飲みが落ちる。

お蘭が立ち上がる。
新九郎が、お蘭の前にいた。
2人は見つめう。

お蘭がやっと、口を開いた。
「どうして…、どうして…」。
「俺も驚いた。駕籠で行くあんたを見てな、夢中でここまで駆けてきた」。

そして新九郎は「しかし何だ、その格好はどうして旅なんかしてるんだ。あんたれっきとした…」と言いかけた。
お蘭がその言葉をさえぎった。
「もうやめてください。昔の話は…」。
お蘭は新九郎から、顔をそむけた。

「あなたこそ、どうしてこんなところに。それにしてもその変わりよう。昔、千代田のお城の勘定方にお勤めしていた頃の片倉新九郎様とは、とても…」。
「上役といさかいを起こして、逐電したこの俺だ。所詮は宮づかいのタマじゃねえのさ」。
新九郎の言葉に、皮肉っぽい調子が混ざった。

「いいえ!わたくしは知っております。あなたは上役たちの不正を正して、お城を飛び出したのです。あなたが去った後、何名かのよからぬ重役たちは評定所でお裁

きを受けました」。
新九郎は息を呑んだ。
「そうか、嫌、それを聞いて…、ずっと気になっていたんだ。俺一人が割りを食ったたと思っていた」。

新九郎は肩の荷を降ろしたような表情になった。
「うむ」と、ため息をついた。
気が楽になった…」。

そして新九郎は、お蘭を見た。
「美しくなられたのう、お蘭どの」。
お蘭は目を伏せた。

「本来なら夫婦(めおと)になっていた、俺とあんただ。そうなっていたら今頃は2人の間に子供がいて、つつがなく暮らしていたはずだ」。
「どうした父上は。碁がお好きで、良く碁の相手をさせられた」。
「父は…、先年、他界いたしました」。
「そうか」。

「新九郎様、どうか、お引き取りください。歳月の流れた今となっては、昔をとやかく話し合っても、いたしかたありますまい」。
お蘭の口調は、きっぱりしていた。
「お蘭殿!」

驚いた新九郎が、お蘭を見つめる。
「新九郎様、どうか!」
お蘭の目は悲しそうだった。
新九郎は、お蘭をジッと見つめた。

お蘭の目には、うっすらと涙がにじんでいた。
それを見た新九郎は「わかった…、もう会うこともないな。邪魔した」とだけ言う。
新九郎は、立ち去った。
お蘭は一人、立ち尽くしていた。

袋井の本陣にやってきた新九郎は、酒を飲んでいた。
「やはり来たか」。
鮫島が入ってきた。

「高いぞ、俺の人斬り代は!」
「よかろう、だがあるいは、おぬしが負けるかも知れない相手だ」。
「かまわん!たとえ野に屍をさらしても嘆く奴も、泣く奴もいねえ!」

そこに、雷神衆の頭領の加東次が、狂四郎が見附宿にいることを知らせてきた。
江戸からの使いと会うのだ。

道を行くお蘭。金八と合流した。
だが江戸からの使者を見つけるとお蘭は、金八に離れているように言う。
お蘭が、使者に近づく。

「お使者の方、お蘭です」。
編み笠を深くかぶった男は、「密約書をこっちへもらおうか」と言った。
その口調に、お蘭がいぶかしげに眉をひそめる。

傍らの草むらに斬り捨てられた本物の使者が、いた。
四方から、上空から雷神衆が降りてくる。
お蘭は懐剣を構えたが、捕らえられる。

そしてお蘭は、一軒のあばら家につれてこられた。
加東次はお蘭の持っていた三味線を解体するが、密約書はなかった。
「ない!」

お蘭を柱に縛りつけると、眠狂四郎の居場所を言えと迫る。
「どこかねえ?口が裂けたって言えないよ!」
「このアマ!」

加東次の合図で、雷神たちがお蘭を鞘に収めた刀で突く。
その時、新九郎がやってきた。
「おぬしか」。
加東次が新九郎を見る。

「打て!もっと打て!」
振り向いた新九郎は、打たれているお蘭を見て驚く。
お蘭もまた、新九郎を見て驚くが、すぐに打たれて前を向いた。

次々、お蘭を打つ雷神衆に向かって新九郎が「やめろ!」と一喝する。
「つなぎの女が帰ってこなけりゃ、眠という男もどっかの穴倉から出てきて、探し出すだろう。どうせ、この近くだ。こっちから仕掛けててやろうじゃねえか」。
そう新九郎は言った。

加東次は「ようし、逃がすな」と言って出て行く。
だが動かない新九郎を見て、「あんたは行かんのか」と聞いた。
「わかってる!」

新九郎が出て行った後、2人の男が見張りとして残った。
美しいお蘭を見る、2人の目が光った。
「けけけっ」と男たちが笑って、お蘭のあごを持つ。

気丈なお蘭は男に唾を吐きかけると男はお蘭を突き飛ばし、のしかかった。
お蘭の顔が、苦痛にゆがむ。
その時、その男が背後から刺された。

新九郎だった。
抜いた刀で、新九郎はもう1人も斬り捨てる。
お蘭の縄を切ると、「行け!」と言う。

「新九郎様、どうして!」
「どうして!あんな奴らの一味なんかに!」
「ははは、落ちるところまで落ちてるのさ。今の俺は金のためなら、何だってやるんだ」。
新九郎は乾いた笑い声を立てた。

そして「あんた、眠狂四郎の女なのか!そうなんだな?!」と聞いた。
お蘭は新九郎に背を向けて、答えない。
「まあ、いいや。しかし困ったなあ…。あんたの男を斬らなくちゃならねんだ」。

お蘭が、振り向く。
「どっちが死ぬのが望みだ」。
お蘭は顔を背ける。

新九郎はいきなり、お蘭を抱きしめる。
「恨みっこなしにしてくれ。俺は眠って男を斬る。そうしたら…、俺はあんたを…。そしたら、俺の女になってくれるか!」
「どうなんだ!」

お蘭は新九郎を見つめる。
その目に涙が浮かぶ。
お蘭は、哀しみで一杯だった。
「どっちも…、どっちも嫌。どっちも生きていてほしい」。

「信じろよ。必ずやる。眠って男をしとめる」。
「お願い、このまま、どっかに行ってください。いいえ、私を一緒につれてってもいいから。だから!」
「鍼九郎様どうか…」。
新九郎は、お蘭を見つめる。

「眠に伝えろ。必ず俺が命をもらいに参上するとな」。
そして「奴らが戻ってくる、早々に行け」とお蘭に出て行くよう促した。
お蘭は、新九郎の背中を見つめる。

その頃、荒れ寺で金八が、お蘭を助けに行かない狂四郎に詰め寄っていた。
「行けば、墓穴を掘ることになる」。
それを聞いた金八は、「何言ってんの!お蘭さん、だんなのために働いてるんでしょ!」と叫んだ。

だが、狂四郎は少しも声の調子を変えずに言った。
「それは少し違う。お蘭はもともと、俺を見張るために差し向けられた女だ」。
「いや俺さ、旦那のそういう、裏っかたの方、よくわかんねえけどさ、お蘭さんの気持ちわかってやんなきゃ。一生懸命なんだから!」

「奴らの狙いはこの密書だ。これが俺の手中にある限り、お蘭は無事だ」。
「気休め言ったって、つかまえてんの向こうなんだからさ!」
「人の心配より早うmここを抜け出すことだ」。
「え?」

「奴らはここをつきとめて、いずれ襲ってくるだろう」。
それを聞いた金八は「それじゃ、俺、ここにいない方がいいよね?」と聞いた。
狂四郎がうなづくと、金八は逃げていく。

その通りに、雷神たちは荒れ寺にやってきた。
しかし、狂四郎ももう、いなかった。
「逃がしたか…」。

お蘭はふらふらになりながら、道を急ぐ。
その先に狂四郎を見つけたお蘭は「だんな!」と叫ぶ。
「お蘭、無事だったか」。

「旦那、逃げて!逃げてください。相手は江戸で鳴らした、神道無念流の使い手なんです」。
「相手を知っておるのか」。
お蘭はハッと、息を呑む。
「お蘭」。

お蘭は、うつむいた。
「今は何も聞かないでください。後生です、逃げてください」。
お蘭は狂四郎に、頭を下げる。

だが狂四郎は逃げない。
「自ら好んで阿修羅に生きるこの俺に、その言葉は無用だ」。
「お蘭、無理をするな。お前は自分の生きたいように生きればいい」。
「生きたいように…」。

そう言うと、狂四郎は歩いていく。
お蘭はその背中を見送る。
「旦那…。生きたいようにって、あたしが生きたい道は…」。
お蘭が涙ぐむ。

雷神が新九郎をつれて、狂四郎の襲撃に向かう。
暗闇の中、表に出た新九郎は、少し離れた木陰から自分を見つめるお蘭を見る。
「お蘭どの」。
新九郎が、お蘭に近づく。

「どうした?」
お蘭の唇が震える。
「案内します…。そこで…。決着を…」。

「あなたたちが今行こうとしたところには、もういないんです。ほんとに恨みっこなしです。どちらかが…、そしたら、私…。自分がはっきりするんです」。
「わかった。案内してくれ」。
お蘭が先に立ち、川べりの道を新九郎と歩く。

小川の流れが、背後に見える。
水面が光る。
お蘭が口をきく。

「私、娘の頃、あなたの花嫁になることばかり考えていました。ほんとに…身も心も綺麗なままで…。あなたにどうしたら、気に入られるかって…。男と女がこんな風にして出会うなんて。やっぱり会わないほうが良かったんです…。会わないほうが…」。
お蘭が、新九郎を振り返る。
目には涙が浮かんでいる。

お蘭を見つめる新九郎の目も、悲しそうだった。
新九郎の視線が、下がっていく。
お蘭の手には、小刀が握られていた。

突然、お蘭が新九郎の懐に飛び込む。
持っていた小刀が、新九郎の胸、深くに突き刺さる。
まったく抵抗せず、お蘭と、お蘭の刃を受け止めた新九郎。

お蘭が、驚いて見つめる。
「どうして…」。
「いいんだ」。
新九郎が、かすかに微笑む。

「これでいいんだよ…。どうせならお前に…」。
新九郎は倒れる。
2人の頭上の木の、花が散っている。
風が吹く。

その頃、旅籠にいた狂四郎の座敷に爆薬が投げ込まれる。
たちまち、座敷は炎に包まれた。
障子を破り、狂四郎は二階から地上に飛び降りた。

体を回転させ、狂四郎は脱出する。
旅籠が炎上する。
次々やってくる雷神衆。
狂四郎も、次々雷神衆を斬る。

雷神衆は、爆薬を投げてくる。
狂四郎は雷神の一人を盾にして、爆薬を防ぐ。
楯にされた雷神の背中で、火が燃える。

両側から、樽が転がってくる。
しかし狂四郎はヒラリと飛び上がると、樽は衝突して止まる。
狂四郎は、最後の2人を斬る。

今度は、鮫島が現れる。
刀を抜いて、構える。
正宗を持つ狂四郎の手が、頭上に上がる。

すらりと頭上に上げた正宗の切っ先を、今度はピタリとを地面に向ける。
刀の先が、キラリと光る。
徐々に刀が弧を描いて、上に上がっていく、。
狂四郎の周りを、刀の光が彩っていく。

その時、雷神の頭領の加東次と、最後の一人が襲って来る。
しかし狂四郎は2人を交わし、斬る。
斬りこんで来た鮫島も斬る。
鮫島が倒れ、狂四郎は刀を納める。

翌朝。
峠の茶店には、お蘭と狂四郎がいた。
「行くか。お蘭」。
「はい、江戸へ立ち戻ります。こうやって一度けじめをつけないと」。

狂四郎が自分が飲んでいた杯を、お蘭に渡す。
徳利を傾ける。
お蘭が狂四郎に、酒を注いでもらう。

酒が注ぎ終わると、お蘭がお辞儀をする。
ふと、狂四郎が立ち上がる。
傍らの萩の花を摘む。
そして、お蘭の持つ杯に浮かべてやる。

「旦那…」。
お蘭がうっすらと微笑む。
もうひとつの杯に狂四郎も、萩の花を浮かべ、飲み干す。
お蘭が杯を飲み干し、微笑む。

街道を行く狂四郎を、お蘭が見送る。
「縁が深くなりますように…」。
そっと、お蘭がつぶやく。

狂四郎の後姿を見送っていたお蘭は、江戸へ向かう。
2人は、背中合わせに離れていく。
ススキの穂が、日差しを浴びて、光って揺れていた。



第13話、「いのち花わかれ盃情炎剣 袋井の巻」。


人だかりが、している。
「何をやらかしたのか」。
「みっともない」。

人々の視線の先。
一人の浪人が、灯篭に縄で縛られている。
両手を縛られ、灯篭に通しているため、ほどくことができないでいる。

「おい、みせもんじゃねえぞ」。
こんな状態の浪人の、それでも声には凄みがあった。
見ていた百姓たちは、あわてて立ち去った。

そこに黒の着流しを着た眠狂四郎が、通りかかった。
涼しい顔をして前だけを見て行く狂四郎に、浪人が声をかけた。
「おい」。
「私に何か用か」。

狂四郎の足が止まった。
「何か用か、は、ねえだろう。こうして縛られているんだから、同じ侍同士としてだ!いかがなされたか?ぐらい声かけたっていいだろう。気にならねえのか」。
「別に」。
「冷てえ男だな、おめえは」。

狂四郎が男の方を振り向いた。
「その様子では、賭場で負けが込んで、払えなくなったあげくのみせしめであろう。違うか」。
「はあ、そこまで。その通りだ」。

男は感心した。
「おぬしすげえ眼力だな」。
「さいころに身を持ち崩すような手合いは、もはや武士とはいえまい。したがって気にもならぬし、不憫とも思わぬ。屈辱をなめたなら、少しは立ち直ることだ」。

「屈辱なんかどうだっていいんだ。俺はな、腹減ってるんだ。何か食うもの持ってねえか」。
「あいにくだな」。
去っていく狂四郎の背に向かって、男は叫んだ。
「金のためなら何でもやるぞ!押し込みの相棒、勤めてもいいんだぜ!」

お蘭と金八は、宿場に来ていた。
金蔵は賭場に誘われて行ってしまったが、お蘭は鋭い目で辺りを見回す。
お蘭のいる宿に、狂四郎がやってきた。

「あ、旦那!」と、お蘭が声をかける。
「お待ちしてました。どうぞ」。
お蘭は狂四郎を部屋に招き入れ、酌をする。

狂四郎が杯を飲もうとすると、ふと、お蘭は「あ、ちょっと待ってください」と言った。
そして、庭の咲いている萩の花を摘んで、杯に浮かべる
「この、花びらごと」。
狂四郎がお蘭を見る。

「干すのか」。
狂四郎が、飲み干すのかと聞く。
「おまじないなんです。そうすると、縁が深くなるんですって」。

お蘭が微笑む。
「お蘭と俺のか」。
「お嫌ですか?」

「この俺と縁が深くなれば、地獄まで道連れになるぞ」。
「地の果てまでだって…」。
お蘭が狂四郎を見つめる。

しかし、狂四郎は飲まない。
「これ以上、死神を喜ばすこともあるまい」。
狂四郎は杯を置いた。
「それより用件を聞こう。この宿で俺に何をさせたいのだ」。

その夜、福知山藩主・朽木が滞在する本陣の寝所に狂四郎が現れ、朽木の喉元に刀を突きつけた。
だが狂四郎は朽木に向かって、朽木の「命はいらぬ」と言った。
「このたびの西国十三藩の密約書、いただきに参った」。

「おのれ!」
朽木は刀を手にするが、狂四郎の相手ではなかった。
狂四郎に喉元に刀を突きつけられ、朽木は密約書を突き出した。

用心を解かない狂四郎は、朽木に密約書を「開けろ」と言い渡す。
朽木が広げたその書には確かに、丹波・福知山藩の朽木の殿の名前、そして薩摩藩の島津公の名前が確かにあった。
密約書を手に、狂四郎は悠々と引き上げる。

門で用人たちが狂四郎を見つけ、「おのれえ、大胆な!」と言って斬りかかってきた。
狂四郎は襲い掛かってきた用人たちを次々斬り捨て、斬った1人の刀を取ると最後の1人に投げ、これを仕留めた。
密約書を奪われた朽木は、「福知山藩の立場がない」とうろたえていた。

水野の手に入れば、咎めがくるだけではない。
薩摩に対して、福知山藩の立場がなくなる。
すると側近の鮫島が、すべてを自分に任せるように言う。

鮫島の口笛ひとつで、黒装束の一群が舞い降りてきた。
忍びたちである。
その昔、伊賀と争って敗れ、家光の警護を解かれて追い出された雷神衆だと鮫島は説明した。

この太平の世に、忍びとは…。
懐疑的な殿の前で雷神衆は、火のついた矢を放った。
さらに、火のついた樽が正面から朽木に迫る。

朽木は思わず「やめろー!」と叫ぶ。
その途端、火は消え、樽は止まった。
鮫島と、雷神衆の頭領の加東次が「失礼つかまつった…」と深く頭を下げた。
雷神衆の実力を見た朽木は、「福知山藩のために働いてくれるか」と言う。

その頃、金八は珍しく、賭場で勝ちまくった。
しかし帰り道、
金を取り返しに来た賭場の元締めの袋井一家が、金八を追ってきた。
この賭場では決して、金を持って帰ることはさせないのだ。

逃げる金八と袋井一家の間に割って入ったのは、あの縛られていた浪人・片倉新九郎だった。
「おう!俺の刀、返してもらおうか」。
新九郎を見た親分は、「何ぬかしやがる、また痛い目にあいてえのかい。すっこんでろ!」と叫んだ。
完全に新九郎を侮っていた。

だが新九郎は、そう言った親分があげた手をあっさりつかむと、締め上げる。
「夕べはな。博打のツケが払えねえから、大人しく縛られてやったら…、勝ってもこういうからくりってわけか!」
調子に乗った金八が、「そうだよ!おめえらそれでも博打うちか!ごみ、だに、しらみ、のみ!」と叫んだ。

親分は「やっちまえ!」と叫んだ。
子分衆が刃物を抜いて、襲ってくる。
しかしまったく、新九郎に歯が立たない。
助けてもらった金八は、新九郎を女郎屋に誘う。

翌朝、金八は女郎屋で目覚めたが、新九郎は一人、廊下で座っていた。
新九郎は杯に庭に咲いていた萩の花を摘み、入れた。
「何それ、顔に似合わないオツなことして」と、金八が言う。

「こうするとな、男と女の縁が深くなるって。そう教えてくれた女が昔いたんだよ」。
「ふうん。ねえ、その人今、何してんの」。
「知らねえな」。

新九郎の顔を見ていた金八は、「まだ惚れてるね、その人にね。でも旦那みたいな生き様じゃ、大概の女は逃げ出すよ」と言った。
「これでも昔は、ちゃんとしてたんだ」。
「嘘ばっかり」。
「うるせえな!向こう行ってろ!」

新九郎に怒られて、金八は引っ込んだ。
一人になった新九郎は、酒を飲み続ける。
「こんな生き様じゃあ、まともな女は…、ふふ。確かにその通りだ」。

道を行く狂四郎の耳に、助けてと叫ぶ女の悲鳴が入ってきた。
一軒の農家で、百姓娘が男3人に押さえつけられようとしていた。
狂四郎が入ると、男たちが身構える。
女は狂四郎の背中に隠れた…、と思うと、「眠狂四郎!」と叫んで背後から押さえつけた。

雷神衆だった。
男たちが狂四郎に斬りかかる。
すると狂四郎は、すっと身を翻した。

男たちの刃は、狂四郎を背後から押さえつけていた女に刺さった。
狂四郎はその3人を斬ると、天井から、家の奥からさらに黒装束の男たちがやってくる。
すべての黒装束を斬ると、狂四郎はお蘭の待つ道にやってきた。

その頃、金八と新九郎も袋井一家に襲われていた。
このまま2人を帰したなら、袋井一家の面子が立たない。
親分はそう言った。

新九郎は、金八に逃げろと言う。
「こいつは俺のケンカだ」。
「俺だけズラかっていいの?」

「早く逃げろ!」
「恩に着るよ!」
金八が逃げた後、新九郎はたちまち3人の子分、そして2人の浪人の用心棒を斬り捨て、親分も斬った。

道の上で、通りかかった鮫島がそれをジッと見つめていた。
小川で血を洗っていた新九郎に近づくと鮫島は、「使えるな、おぬし」と声をかけた。
「金に不自由はしていないか?」
「なり見りゃ、わかるだろう!」

新九郎が去ろうとした時、背後で小判の音がした。
「ほんの手付けだ。おぬしを雇いたい」。
鮫島が地面に、小判を投げたのだった。

「袋井本陣へ訪ねて来い。丹波福知山・三千石が逗留しておる。ただし、勘違いしてもらっては困る。仕官ではない。あくまで人斬りとして、おぬしを雇いたい」。
鮫島はそれだけを言うと、去っていく。
新九郎が小判を拾う。

その背後の橋を、お蘭を乗せた駕籠が通り過ぎていく。
小判を拾い終わった新九郎が顔を上げると、お蘭の姿が目に入ってきた。
新九郎の顔色が、変わる。
そして、お蘭の駕籠の後を追った。

駕籠は、見附宿に入った。
旅籠に入ったお蘭を見て、新九郎は「間違いねえ!間違うはずはねえ!」と言った。
部屋で茶を飲んでいたお蘭の手から、湯飲みが落ちる。

お蘭が立ち上がる。
新九郎が、お蘭の前にいた。
2人は見つめう。

お蘭がやっと、口を開いた。
「どうして…、どうして…」。
「俺も驚いた。駕籠で行くあんたを見てな、夢中でここまで駆けてきた」。

そして新九郎は「しかし何だ、その格好はどうして旅なんかしてるんだ。あんたれっきとした…」と言いかけた。
お蘭がその言葉をさえぎった。
「もうやめてください。昔の話は…」。
お蘭は新九郎から、顔をそむけた。

「あなたこそ、どうしてこんなところに。それにしてもその変わりよう。昔、千代田のお城の勘定方にお勤めしていた頃の片倉新九郎様とは、とても…」。
「上役といさかいを起こして、逐電したこの俺だ。所詮は宮づかいのタマじゃねえのさ」。
新九郎の言葉に、皮肉っぽい調子が混ざった。

「いいえ!わたくしは知っております。あなたは上役たちの不正を正して、お城を飛び出したのです。あなたが去った後、何名かのよからぬ重役たちは評定所でお裁

きを受けました」。
新九郎は息を呑んだ。
「そうか、嫌、それを聞いて…、ずっと気になっていたんだ。俺一人が割りを食ったたと思っていた」。

新九郎は肩の荷を降ろしたような表情になった。
「うむ」と、ため息をついた。
気が楽になった…」。

そして新九郎は、お蘭を見た。
「美しくなられたのう、お蘭どの」。
お蘭は目を伏せた。

「本来なら夫婦(めおと)になっていた、俺とあんただ。そうなっていたら今頃は2人の間に子供がいて、つつがなく暮らしていたはずだ」。
「どうした父上は。碁がお好きで、良く碁の相手をさせられた」。
「父は…、先年、他界いたしました」。
「そうか」。

「新九郎様、どうか、お引き取りください。歳月の流れた今となっては、昔をとやかく話し合っても、いたしかたありますまい」。
お蘭の口調は、きっぱりしていた。
「お蘭殿!」

驚いた新九郎が、お蘭を見つめる。
「新九郎様、どうか!」
お蘭の目は悲しそうだった。
新九郎は、お蘭をジッと見つめた。

お蘭の目には、うっすらと涙がにじんでいた。
それを見た新九郎は「わかった…、もう会うこともないな。邪魔した」とだけ言う。
新九郎は、立ち去った。
お蘭は一人、立ち尽くしていた。

袋井の本陣にやってきた新九郎は、酒を飲んでいた。
「やはり来たか」。
鮫島が入ってきた。

「高いぞ、俺の人斬り代は!」
「よかろう、だがあるいは、おぬしが負けるかも知れない相手だ」。
「かまわん!たとえ野に屍をさらしても嘆く奴も、泣く奴もいねえ!」

そこに、雷神衆の頭領の加東次が、狂四郎が見附宿にいることを知らせてきた。
江戸からの使いと会うのだ。

道を行くお蘭。金八と合流した。
だが江戸からの使者を見つけるとお蘭は、金八に離れているように言う。
お蘭が、使者に近づく。

「お使者の方、お蘭です」。
編み笠を深くかぶった男は、「密約書をこっちへもらおうか」と言った。
その口調に、お蘭がいぶかしげに眉をひそめる。

傍らの草むらに斬り捨てられた本物の使者が、いた。
四方から、上空から雷神衆が降りてくる。
お蘭は懐剣を構えたが、捕らえられる。

そしてお蘭は、一軒のあばら家につれてこられた。
加東次はお蘭の持っていた三味線を解体するが、密約書はなかった。
「ない!」

お蘭を柱に縛りつけると、眠狂四郎の居場所を言えと迫る。
「どこかねえ?口が裂けたって言えないよ!」
「このアマ!」

加東次の合図で、雷神たちがお蘭を鞘に収めた刀で突く。
その時、新九郎がやってきた。
「おぬしか」。
加東次が新九郎を見る。

「打て!もっと打て!」
振り向いた新九郎は、打たれているお蘭を見て驚く。
お蘭もまた、新九郎を見て驚くが、すぐに打たれて前を向いた。

次々、お蘭を打つ雷神衆に向かって新九郎が「やめろ!」と一喝する。
「つなぎの女が帰ってこなけりゃ、眠という男もどっかの穴倉から出てきて、探し出すだろう。どうせ、この近くだ。こっちから仕掛けててやろうじゃねえか」。
そう新九郎は言った。

加東次は「ようし、逃がすな」と言って出て行く。
だが動かない新九郎を見て、「あんたは行かんのか」と聞いた。
「わかってる!」

新九郎が出て行った後、2人の男が見張りとして残った。
美しいお蘭を見る、2人の目が光った。
「けけけっ」と男たちが笑って、お蘭のあごを持つ。

気丈なお蘭は男に唾を吐きかけると男はお蘭を突き飛ばし、のしかかった。
お蘭の顔が、苦痛にゆがむ。
その時、その男が背後から刺された。

新九郎だった。
抜いた刀で、新九郎はもう1人も斬り捨てる。
お蘭の縄を切ると、「行け!」と言う。

「新九郎様、どうして!」
「どうして!あんな奴らの一味なんかに!」
「ははは、落ちるところまで落ちてるのさ。今の俺は金のためなら、何だってやるんだ」。
新九郎は乾いた笑い声を立てた。

そして「あんた、眠狂四郎の女なのか!そうなんだな?!」と聞いた。
お蘭は新九郎に背を向けて、答えない。
「まあ、いいや。しかし困ったなあ…。あんたの男を斬らなくちゃならねんだ」。

お蘭が、振り向く。
「どっちが死ぬのが望みだ」。
お蘭は顔を背ける。

新九郎はいきなり、お蘭を抱きしめる。
「恨みっこなしにしてくれ。俺は眠って男を斬る。そうしたら…、俺はあんたを…。そしたら、俺の女になってくれるか!」
「どうなんだ!」

お蘭は新九郎を見つめる。
その目に涙が浮かぶ。
お蘭は、哀しみで一杯だった。
「どっちも…、どっちも嫌。どっちも生きていてほしい」。

「信じろよ。必ずやる。眠って男をしとめる」。
「お願い、このまま、どっかに行ってください。いいえ、私を一緒につれてってもいいから。だから!」
「鍼九郎様どうか…」。
新九郎は、お蘭を見つめる。

「眠に伝えろ。必ず俺が命をもらいに参上するとな」。
そして「奴らが戻ってくる、早々に行け」とお蘭に出て行くよう促した。
お蘭は、新九郎の背中を見つめる。

その頃、荒れ寺で金八が、お蘭を助けに行かない狂四郎に詰め寄っていた。
「行けば、墓穴を掘ることになる」。
それを聞いた金八は、「何言ってんの!お蘭さん、だんなのために働いてるんでしょ!」と叫んだ。

だが、狂四郎は少しも声の調子を変えずに言った。
「それは少し違う。お蘭はもともと、俺を見張るために差し向けられた女だ」。
「いや俺さ、旦那のそういう、裏っかたの方、よくわかんねえけどさ、お蘭さんの気持ちわかってやんなきゃ。一生懸命なんだから!」

「奴らの狙いはこの密書だ。これが俺の手中にある限り、お蘭は無事だ」。
「気休め言ったって、つかまえてんの向こうなんだからさ!」
「人の心配より早うmここを抜け出すことだ」。
「え?」

「奴らはここをつきとめて、いずれ襲ってくるだろう」。
それを聞いた金八は「それじゃ、俺、ここにいない方がいいよね?」と聞いた。
狂四郎がうなづくと、金八は逃げていく。

その通りに、雷神たちは荒れ寺にやってきた。
しかし、狂四郎ももう、いなかった。
「逃がしたか…」。

お蘭はふらふらになりながら、道を急ぐ。
その先に狂四郎を見つけたお蘭は「だんな!」と叫ぶ。
「お蘭、無事だったか」。

「旦那、逃げて!逃げてください。相手は江戸で鳴らした、神道無念流の使い手なんです」。
「相手を知っておるのか」。
お蘭はハッと、息を呑む。
「お蘭」。

お蘭は、うつむいた。
「今は何も聞かないでください。後生です、逃げてください」。
お蘭は狂四郎に、頭を下げる。

だが狂四郎は逃げない。
「自ら好んで阿修羅に生きるこの俺に、その言葉は無用だ」。
「お蘭、無理をするな。お前は自分の生きたいように生きればいい」。
「生きたいように…」。

そう言うと、狂四郎は歩いていく。
お蘭はその背中を見送る。
「旦那…。生きたいようにって、あたしが生きたい道は…」。
お蘭が涙ぐむ。

雷神が新九郎をつれて、狂四郎の襲撃に向かう。
暗闇の中、表に出た新九郎は、少し離れた木陰から自分を見つめるお蘭を見る。
「お蘭どの」。
新九郎が、お蘭に近づく。

「どうした?」
お蘭の唇が震える。
「案内します…。そこで…。決着を…」。

「あなたたちが今行こうとしたところには、もういないんです。ほんとに恨みっこなしです。どちらかが…、そしたら、私…。自分がはっきりするんです」。
「わかった。案内してくれ」。
お蘭が先に立ち、川べりの道を新九郎と歩く。

小川の流れが、背後に見える。
水面が光る。
お蘭が口をきく。

「私、娘の頃、あなたの花嫁になることばかり考えていました。ほんとに…身も心も綺麗なままで…。あなたにどうしたら、気に入られるかって…。男と女がこんな風にして出会うなんて。やっぱり会わないほうが良かったんです…。会わないほうが…」。
お蘭が、新九郎を振り返る。
目には涙が浮かんでいる。

お蘭を見つめる新九郎の目も、悲しそうだった。
新九郎の視線が、下がっていく。
お蘭の手には、小刀が握られていた。

突然、お蘭が新九郎の懐に飛び込む。
持っていた小刀が、新九郎の胸、深くに突き刺さる。
まったく抵抗せず、お蘭と、お蘭の刃を受け止めた新九郎。

お蘭が、驚いて見つめる。
「どうして…」。
「いいんだ」。
新九郎が、かすかに微笑む。

「これでいいんだよ…。どうせならお前に…」。
新九郎は倒れる。
2人の頭上の木の、花が散っている。
風が吹く。

その頃、旅籠にいた狂四郎の座敷に爆薬が投げ込まれる。
たちまち、座敷は炎に包まれた。
障子を破り、狂四郎は二階から地上に飛び降りた。

体を回転させ、狂四郎は脱出する。
旅籠が炎上する。
次々やってくる雷神衆。
狂四郎も、次々雷神衆を斬る。

雷神衆は、爆薬を投げてくる。
狂四郎は雷神の一人を盾にして、爆薬を防ぐ。
楯にされた雷神の背中で、火が燃える。

両側から、樽が転がってくる。
しかし狂四郎はヒラリと飛び上がると、樽は衝突して止まる。
狂四郎は、最後の2人を斬る。

今度は、鮫島が現れる。
刀を抜いて、構える。
正宗を持つ狂四郎の手が、頭上に上がる。

すらりと頭上に上げた正宗の切っ先を、今度はピタリとを地面に向ける。
刀の先が、キラリと光る。
徐々に刀が弧を描いて、上に上がっていく、。
狂四郎の周りを、刀の光が彩っていく。

その時、雷神の頭領の加東次と、最後の一人が襲って来る。
しかし狂四郎は2人を交わし、斬る。
斬りこんで来た鮫島も斬る。
鮫島が倒れ、狂四郎は刀を納める。

翌朝。
峠の茶店には、お蘭と狂四郎がいた。
「行くか。お蘭」。
「はい、江戸へ立ち戻ります。こうやって一度けじめをつけないと」。

狂四郎が自分が飲んでいた杯を、お蘭に渡す。
徳利を傾ける。
お蘭が狂四郎に、酒を注いでもらう。

酒が注ぎ終わると、お蘭がお辞儀をする。
ふと、狂四郎が立ち上がる。
傍らの萩の花を摘む。
そして、お蘭の持つ杯に浮かべてやる。

「旦那…」。
お蘭がうっすらと微笑む。
もうひとつの杯に狂四郎も、萩の花を浮かべ、飲み干す。
お蘭が杯を飲み干し、微笑む。

街道を行く狂四郎を、お蘭が見送る。
「縁が深くなりますように…」。
そっと、お蘭がつぶやく。

狂四郎の後姿を見送っていたお蘭は、江戸へ向かう。
2人は、背中合わせに離れていく。
ススキの穂が、日差しを浴びて、光って揺れていた。


松尾嘉代さん演じる密偵・お蘭。
綺麗だなあとは思っていましたが、今回のお蘭は本当に美しい。
狂四郎の杯に花を浮かべて、「縁が深くなるんですって」と言う。
「この俺と縁が深くなれば、地獄まで道連れになるぞ」。

いつも狂四郎と関わる女性は、死んでいくから。
巻き添えで、死ぬ人間も多い。
それを知っているお蘭は、「地の果てまでだって…」と答える。
お蘭の目が熱く、艶っぽい。

しかし、狂四郎は杯の酒を飲まない。
お蘭を死なせてしまうことになるかもしれないから。
「これ以上、死神を喜ばすこともあるまい」と、杯を置く。
物騒な会話の、でもとても美しいシーン。

そして狂四郎が最初に出会った、すさみきった浪人。
これがお蘭の元・許婚だった。
演じるは、ウルトラセブンこと、森次晃嗣さん。

本当は腕が立つのに、博打で負けたからと言いなりに縛られていたらしい。
狂四郎は武士とはもう言えないと言ったけど、こういう律儀さはやっぱり、ならず者ではなくて、武士らしい。
金のためなら何でもやると言いながら、あんまり凶悪さは感じない。

襲ってくるヤクザに向かって、これは俺のケンカだと言って、金八を逃がすのも武士らしい。
恩に着るよ!と言って逃げる金八もおかしい。
卑怯なヤクザに向かって金八の「のみ、しらみ!」も、おかしい。
アドリブかと思ってしまう。

さて、助けてもらった礼に金八は新九郎を誘う。
勝った金で金八は遊ぶが、新九郎は遊ばない。
一人でいて、昔、女が教えてくれたと言って、花を浮かべて酒を飲む。

ここでわかる。
あ、お蘭の元恋人だって。
しかも、お蘭のことをこの人はまだ好きだ、って。

賭場で勝った金を追って来たヤクザから金八を守って、新九郎と金八は関わりあう。
そして新九郎は、狂四郎とも関わってる。
さらに鮫島がスカウトに来たことで、狂四郎と命のやり取りをすることになる…、はずだった。

この鮫島に向かって新九郎、「金に困ってないか、見りゃわかるだろ!」と投げやりな答えをする。
すると小判を放り投げる鮫島。
仕官ではないというところが、傲慢。

金のためなら何でもやると言っておきながら、新九郎は落ちるところまで落ちた自分が嫌だと思っている。
それでも金を拾う自分が、嫌だ。
この人は正義感の強い、立派な武士だったんだとわかる。
だからこそ、今の境遇がものすごくつらいだろうと思う。

使者が殺されたことでお蘭は捕らえられ、新九郎と再び会うことになる。
新九郎は、お蘭のピンチを救い、そして今のお蘭の狂四郎への思いを察する。
金で請け負った殺しだったが、新九郎にとって狂四郎との勝負はそれ以上のものになった。

もし、狂四郎を殺したら、一緒になってくれ!と叫ぶ新九郎。
お蘭が一緒になってくれるなら、この暮らしから立ち直ってみせる。
そう思っているように聞こえる。

どちらが死ぬのも嫌だ。
ならば自分を連れ去ってくれて、かまわない。
お蘭の表情が、美しく、切ない。
狂四郎と新九郎はお互いそれと走らずにお蘭をめぐって、そして金で命のやり取りもすることになった。

そこでお蘭は狂四郎に会う。
一見冷たく、突き放しているような狂四郎。
しかし狂四郎はお蘭に、「好きなように生きろ」と言う。

お蘭の好きなように生きろ。
無理をするなと。
そんなことを言ってくれる男は、おそらくいなかったに違いない。

ここでお蘭の心は、ピタリと決まったんだと思う。
殺したら自分のところに来てくれと言った新九郎と、好きなように生きろと言った狂四郎の違いをお蘭は感じたんだと思う。
今の自分がついていくのは、狂四郎だ。
自分で自分の過去にけじめをつけよう、と決心した。

この時のお蘭の悲しそうな、美しい表情。
松尾さんがとても綺麗。
新九郎もまた、お蘭が自分を刺すのを、無抵抗で受け入れる。
驚くお蘭。

どうせ落ちてしまった自分はいずれ、ろくでもない殺され方をするだろう。
ならば、お蘭の手にかかって死にたい。
武士として、男として、新九郎はやはり立派であったのだ。

森次さんの悲しい、そして深い愛を感じる表情。
お蘭と新九郎は、どこか似ていたのかもしれない。
平和な生活であったら、良い夫婦だっただろう…。

今回、奇妙な縁で狂四郎と、新九郎と、お蘭と、金八は全員顔見知りになっている。
しかし結局、狂四郎と新九郎はその後、顔をあわすことはなかった。
最後まで、相手の素性がわかっているのは、お蘭と新九郎だけ。

他は誰も自分とどういう縁があったのかは知らないまま、永遠に別れている。
もう、永遠に誰も、知ることはない。
ここがすごく切ない。
運命と言うか、人の縁って何だろうって思わせる。

最後に、杯を拒否した狂四郎が自らお蘭に教えられたように、花を浮かべて杯を飲み干す。
去っていく狂四郎の背中を見つめるお蘭に、後悔はない。
右と左に分かれながら、お蘭がつぶやく。

縁が深くなりますように…。
光るススキの穂と、お蘭と、萩の花と、狂四郎。
美しく、切ないラストシーン。


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2014.11.11 / Top↑
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