このドラマのタイトル、「ボーダー」とは、生と死の一線。
話が進むにつれ、それ以外、正義と悪の一線のことだということもわかってきた。
悪を倒そうとする時、一線を越えなくてはできないことがある。
その時どうする?というドラマなんだな、と。

最終回を見て、最初からこの結末に向けて物語ができていたんじゃないかと思いました。
遠藤憲一さん演じる上司が、かつての純粋な自分を見るかのように育てていた若い刑事・石川。
それがある夜、瀕死の重傷を負う。
結果、頭に弾丸が止まり、死者と話せるという不思議な能力を得て、復帰。

その能力を生かして、事件を解決。
やがて、裏社会の人間とも接触。
不思議な能力があるがゆえに、犯人を知ってしまう石川。

段々と犯人を探すのではなく、わかっている犯人を追い詰めることに変わってしまう。
そうなると他の人には石川が自分の考えに固執して、犯人にするために違法捜査をやるようにしか見えなくなる時もある。
検死官が「見えちゃいけないものが見えるということは、心に与える影響がすごいことになってる」と言ってました。
その言葉どおりというべきなのか、石川はさらに死者の痛みや無念まで共有してしまうことから、徐々に暴走していく。

表情がおかしくなっていく小栗さんの演技は、すごく良かった。
目が狂気を帯び、そして濁っていく。
セリフに頼らないで見せているのも、すごかった。

上司は石川の異変に気づき、その危険にも気づく。
何とかこちら側に留まってもらいたい気持ちで、いろいろと忠告をする。
おそらく、彼は戻れなくなった人間を見ている。
裏社会の人間を知っていることからも、彼自身少々逸脱しているところがあるんでしょう。

だから、わかる。
しかし石川は、ついに最終回で向こう側にいってしまった。
自分を殺そうとした警察内部の人間を捕らえたが、すんでのところで踏みとどまったのに。
取り逃がした外務大臣の息子と「掃除屋」をなぞるような捜査、完璧なる悪の側に立つ男を知り、ついに道を踏み外した。

最終回の前にも、「絶対的な正義は時に人を殺す。それはもう、正義とはいえない」という回がありました。
あれも私の周りでは、後味が悪いと不評なエピソードでしたが、見事にあの話が生きている最終回だったんですね。
この回は、私としては70年代の不条理な結末のドラマや映画もあるし、「ああ、この話ではこういうの、ありだな」と思ったんですが。
でも、受け入れられないという人も相当いるだろう、と思いました。

それで最終回を見ていて、ああ、また、この壁だ、今度はどうするのかと思いました。
すると今度は超法規的措置というか、正義の暴走というか。
石川は自ら、手を下してしまった。
つまり、石川が犯人を殺してしまった。

殺したというか、胸倉をつかんで、そして手を離した。
手を離せば、落ちるのがわかっていて。
相手も、抵抗どころか、悲鳴ひとつあげずに落ちていく。

政治家の息子に高飛びされたエピソードで掃除屋が、自分を表に出したのはあなたが初めてだと言っていた時、彼は石川に感情を動かした、と思いました。
その時から、石川の正義の暴走は予測がついた。
しかし、その次の回で、石川はそれを克服した…と思いました。
…そのところに、この最終回です。

本当のヒーローは、誰も殺さないと言っていました。
だから石川は、本当のヒーローにはなれなかったんでしょう。
石川には一線を超えてほしくなかったという意見は、すごくよくわかります。

大森さんの役柄は、映画「セブン」の犯人と同じなのかなと思って見ていました。
「憤怒」で自分を殺させて、犯罪を完成させる。
彼を、自分と同じ、人を殺す人間にさせる。
自分に、ふさわしい終わらせ方があるとしたら、これだ。

人に絶望を与えることができれば、それで良い…。
誰かをこちらがわに、引きずり込みたい。
そんな、悪魔が乗り移ったような男。

そう覚悟している男を前に、石川の怒りは、いや、誰の怒りも涙も無力。
彼を後悔させることも、反省させることも、恐れさせることもできない。
もう、怖いとかそういう感情もない。

だから実際に彼は悲鳴ひとつ上げずに、落ちていった。
石川に絶望を与えて。
満足して。
この小栗さんの演技も、非常にリアルでしたね。

最後、石川が犯人を殺し、犯人の幽霊に出てこられても、そこで石川に後悔がなかったらスッキリして見られたんじゃないでしょうか。
「俺は悪の上を行く悪になる」と、言ったなら。
「そうだ。俺はそっち側に行く。でも俺とお前とは違う」とか何とか言ったなら。

それで犯人の幽霊に「違わないさ」と言われ、「そのうち、わかる」とか言われ「見てろ」とかやり取りしたなら、スッキリしたラストになったんじゃないでしょうか。
これなら、続編もありそうですし。
…って、これは「必殺仕置人」か。

私は「必殺」シリーズが好きで見ているので、この最終回を見て、つい、中村主水や念仏の鉄を思い出してしまったんですね。
彼らは自分たちを、「悪の上を行く悪」だと自覚していました。
そうしなければ、滅ぼせない悪がいるのだと。

あれは斜めに構えて、かっこつけてるわけじゃなかった。
仕置人たちは、正義の味方じゃないんだ。
悪党だ。
実はあの自覚と覚悟は、非常に大切なものだったんだと、石川を見て思いました。

それから、「JOKER」も思い出しましたね。
もう、伊達さん呼んでくるしかないわとかね、思いました。
伊達さん、JOKERだってやはり、自分のしている正義に悩んだ。

それでも最後は自分を必要悪として、自分なりの基準で恩人の罪を追求しました。
お前の手で送ってくれと言う犯人を拒否し、法の手に引き渡して、彼なりの納得を得た。
しかし、石川にはそれはなかった。

この最終回見終わってわかったのは、これは石川という人間がボーダー越える話だったんだということ。
でも、最後に石川が悪の側に行ったことに、違和感を持ち、スッキリしない人がいたと思う。
特に、石川が能力を駆使して事件解決する話が好きで見ていたり、精神力でボーダーを越えずに乗り越える話を期待してたら余計にガッカリでしたよね。

時には踏み越えても、遂行するべき正義があるとしたら…。
石川にはできるのか?
でも果たしてそれは、正しいのか?

あなたはどう思う?
あなたなら、どうする?
そういう問いかけがしたかったドラマなのか、と思いました。
だから、これで良いと言う人も、嫌だと言う人もいて良いんでしょう。

そういう終わり方してました。
だけど、石川に覚悟と納得が見えたなら、後味はだいぶ違ったと思います。
これまでは頭の弾丸もあるし、続編やりそうだな~と思っていたんですが、この最終回見たら、続編はないと思ってしまいました。


確実に思ったことは、やっぱり普通見えないものは、見えなくて良いんだということ。
見えなくて良いんだ、見えることは幸せじゃないと言った人の言葉が、わかる。
それと、小栗さんは確実に俳優として成長しているなあと思いました。
「ルパン三世」、見ても良いなと思ってしまった…!


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2014.06.08 / Top↑
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