「深夜食堂」第1話、「赤いウインナーとたまごやき」。

ここは新宿。
繁華街から少し外れた場所にある、古い小さな、昔ながらのといった食堂。
マスター1人で経営している。

メニューは600円の豚汁定職と、アルコールのみ。
しかし客が注文したもので、マスターができるものは作ってくれる方針だ。
寡黙で人情味があふれているマスター。
だが、額から目、頬にかけてうっすらと刃物で切りつけられた跡が残っている。

営業時間は、人々が家路に着く夜の12時から朝の7時ごろまで。
マスター『客が来るか?って?
これが結構、やってくる』。

サラリーマン、学生、ホスト。
今夜は新宿の看板ストリッパーのマリリンが、マカオの巡業から戻ってきた。
マリリンは惚れっぽく、今夜のオーダーは「たらこのミディアムレア」。

新しく好きになったマカオで、ディーラーをしていた男の好みなのだ。
その前に好きになった男は、ピアニスト。
マリリンに言わせると、男は指先の器用さなのだ。

たらこを食べ終わって、スーツケースを引っ張っていくマリリン。
数段の階段を登り終えると、向こうから黒いシャツ、黒いスーツ、黒いサングラスの背の高い男が歩いてくる。
すれ違いざま、マリリンが挨拶をする。
男は黙って、「深夜食堂」の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい」。
マスターはそう言う。
この背の高い男の名前は、竜。
新宿のこの辺りでは「良い顔」の、お兄さんだ。

ここいらを仕切る組の幹部で、身長と言い、顔つきと言い、誰もが道を避ける迫力がある。
竜ちゃんが黙って座った席から2つ3つ離れた席で食事をしていたサラリーマン風の男は、思わず背中を向けた。
しかしマスターの、竜ちゃんに対する第一印象は最悪だった。

ある夜、ホストの若い男が食べながら客に片っ端から電話をかけていたのを見たマスターは、「器用だねえ」と声をかけた。
こうして少しでも営業かけないと、と男が言うと、マスターは「アジフライ食うかい?」と聞いた。
「でも」。
「試食だから、料金はいらない」と言われて若いホストは「アザースッ!」と笑った。

その時だった。
引き戸が反対側まで、目一杯力任せに叩きつけられるように開いた。
「ここかい?注文したらなんでも作ってくれる店は」と、派手なシャツを着たスーツの若い男がやってきた。
その後からゆっくりと、背の高い男が入ってくる。

胸元を大きく開いた白のシャツ、黒のスーツ、黒のサングラス。
最初に入ってきた若い男は、「兄貴」と呼んでいた。
子分の男にじろりと見られたホストの男は、「お、俺もう、店に戻らなくちゃ!」と席を立って出て行った。

「おやじぃ。エスカルゴ」。
子分の男はカウンターにカタツムリを2匹、這わせた。
それを横目で見たマスターは、「できないね」と答えた。

「じゃああ~、ツバメの巣のスープは」。
「そんな高級なもの、おいてないね」。
「…んだよ、何にもできねえじゃねえか!」

マスターは包丁を取り上げ、その手を背後に回した。
黙って立っていた黒いスーツの男が、「ウインナーあるかい?」と聞いた。
「赤いウインナーだ」。
「あるよ。タコの形で炒めてやろうか」。

じゅうじゅうと音をさせて、フライパンで赤いタコのウインナーが炒められた。
ひとつ、男が箸でつまみ、口にする。
ゆっくりと咀嚼していき、驚いたようにマスターの顔を見る。

仕上げにビールを飲んだ男は、「いくらだい?」と聞いた。
「さっきのあんちゃんの分と合わせて、2千円」。
それを聞いた子分が「あ~ん?」と大きな声を出した。

「何であいつの分まで兄貴が払わなきゃいけねんだよ?!潰しちゃうぞ、この店!」
だが立ち上がった兄貴分は黙って、一万円札をカウンターに置き「釣りはいらねえよ」と言って出て行く。
あわてた子分は兄貴分を真似して「釣りはいらねえよ」と言って、後を追った。
それ以来、竜ちゃんはうちに時々、顔を出すようになった。

カウンターに男女がいて、もう一人、端に化粧を施した初老の痩せた男性が座っている。
この道48年。
2丁目でゲイバーをやっている、小寿々だ。
小寿々の横の若い男が、おそるおそる、目をやって、すぐに目を伏せた。

若い男の視線の先には、竜ちゃんがいた。
ビールを飲んでいた小寿々は、「おいしそっ」と言った。
横の若い男が小寿々の顔を見るが、小寿々さんは手を小さく振って、その手で竜ちゃんのウインナーを指した。

竜ちゃんが小寿々を見る。
そして、黙って赤いウインナーとキャベツが乗っている皿を、小寿々さんに差し出す。
「え?いいの?」

黙って竜ちゃんはビールを注ぐ。
「いただきまぁす。う~ん、懐かしい味!」
「お兄さん、もらってばっかじゃ悪いから、あたしの玉子焼きどお?少し箸つけちゃったけど」。

「悪いな」。
「どおいたしまして」。
小寿々の、玉子焼きをほおばる竜ちゃんを見る視線が熱くなっていく。

やがて、小寿々は竜ちゃんの隣に座っていた。
「あたし、ヤクザなんてだぁ~いっきらいなんだけど、あんたは別」。
「俺も、もともとオカマ大嫌いなんだよ」。
「何よ、えらそうに」。

「まあ、いいか」と言うと、小寿々は竜ちゃんに寄りかかって眠ってしまった。
「珍しいな、小寿々さんが酔いつぶれるなんて」。
マスターが言うと、竜ちゃんが自分にもたれかかって眠っている小寿々さんを見る。

ある夜。
マスターが玉子焼きを作っている。
小寿々さんに出すと「来た来た、ああ~良い匂い」と喜ぶ。
カウンターには初老の帽子をかぶった男と、カメラの手入れをしている男がいる。

カメラを持った男が小寿々の玉子焼き好きを指摘する。
「昔の忘れられない男が、好きだったとか?」
「どおかしら?」
小寿々は答えない。

朝も7時になった。
「小寿々さん、ウインナーいためてやろうか」。
カウンターでまだ飲んでいる小寿々に、マスターが声をかける。
「いいわよ。竜ちゃんのもらって食べるから、おいしんじゃない」。

「竜ちゃんも、おんなじようなこと言ってたな」。
「そうお?」
小寿々がうれしそうに笑う。
「あああ。今日は来るかなと思ってたけど、またふられちゃったみたい…」。

玉子焼きを包んでもらいながら、小寿々は寂しそうだった。
戸を開けて出て行く後姿が、心なしかしょんぼりしている。
外はもう、明るかった。

ある夜。
マリリンはもう、たらこのミディアムレアを頼まなかった。
「あんなマザコン、こっちから願い下げよ!」と、マリリンは言った。

ある夜。
客が帰っていく中で、カメラの男、小寿々、マリリン、帽子の男がカウンターに座っている。
小寿々がマリリンに、「人一倍惚れっぽいくせに、人一倍飽きっぽいんだから。それじゃあ良い男、つかまえられないわよ」と言った。

「うるさい、オカマ」。
「おだまり、小娘」。
「ヤクザに惚れるなんて、小寿々姉さんも焼きが回ったわね」。
タバコをくわえたマリリンにカメラの男が「マリリン」とカメラを向けて、声をかける。

「そういうんじゃないわよ。惚れた腫れたで、死ぬの生きるのなんて、とっくに上がっちゃってるわよ」。
「人より余計に長く生きてるくせに、脇が甘いっていうか。ヤクザなんかに入れあげたらけつの毛まで、むしりとられちゃうわよ」。
マリリンの言葉を聞かずに小寿々は「竜ちゃん来ないかなー」と言った。
「カツアゲで忙しいんでしょ」。

「あの人は筋を通す人なのよ。あたしにはわかる」。
会話が聞こえる外で、竜ちゃんが立っていた。
黙って店には入らず、去っていく。
帽子の男が「人は見かけによらねえって言うからな。でも背が高すぎじゃねえ?」と言っていた。

竜ちゃんは、子分のゲンを連れて、地下道を通りかかった。
反対側から、携帯で会話をしている男がやってくる。
「申し訳ありません、こちらのほうでできるかぎりの」と携帯を押さえながらすれ違った男は、いきなり「剣崎ぃーっ!」と叫び、ドスを抜いて襲い掛かってきた。

振り向いたゲンの顔が、ドスで切りつけられた。
ゲンが悲鳴をあげて、うずくまる。
竜ちゃんは相手の手を押さえた。

相手の膝を蹴飛ばす。
竜ちゃんはなおも、ドスを手に襲い掛かろうとする男の手を押さえつける。
2人は通路の端にダンボールに入っていた、浮浪者のところでもみ合う。
浮浪者が悲鳴を上げる。

竜ちゃんが、ドスを持っている手を蹴り飛ばす。
ドスが音を立てて落ちる。
相手が逃げていく。
「痛いよ、痛いよ」とわめいているゲンを、竜ちゃんが起こす。

「すみません」と泣くゲンを支える竜ちゃんの背後で、浮浪者の男がナイフを抜いて近づいてくる。
「いやああああっ!」
浮浪者を装った男が体当たりする。

竜ちゃんは体にナイフが刺さったまま、壁まで後ずさりする。
崩れ落ちていく竜ちゃんにゲンが「兄貴、兄貴、兄貴!」と叫ぶ。
「待てこらあああ!」と逃げていく男を追っていく。

翌日の新聞に、暴力団の抗争再燃か、幹部刺されると記事が載っていた。
幸い、竜ちゃんの傷は命には別状なかったが、竜ちゃんはしばらく、入院することになった。
材料を仕入れて帰ってきたマスターの後ろから、小寿々がやってきて声をかける。
「マスター。お願いがあるんだけど」。

晴れた日。
病院の屋上で、車椅子に乗った竜ちゃんがタバコを吸っている。
その横に、小寿々がいた。

「一段目。二段目。そして、三段目!」
小寿々は、重箱の段を、一つ一つ、竜ちゃんに見せていく。
「豪勢だな」。

「マスターに頼んで作ってもらったの。召し上がれ」。
小寿々は割り箸を割って、竜ちゃんに持たせる。
竜ちゃんが、重箱に箸を伸ばす。
「赤いウインナーと玉子焼きって、やっぱりお弁当の2大スターよね」。

「竜ちゃんは、ウインナーに思い出とかあるの?」
小寿々の問いに竜ちゃんが、小寿々の顔を見る。
竜ちゃんの口が開きかけ、そして閉じ、視線が落ちた。
それはいつものこわもての竜ちゃんの顔ではなく、とまどっているような、ゆがみかけたような表情だった。

すかさず、竜ちゃんがポケットに手を伸ばし、サングラスを取る。
サングラスで目を覆った竜ちゃんを見て、「心にしまっている大切な思い出って、誰にでもあるもんね」と小寿々がポツリと言った。
竜ちゃんは黙って、赤いウインナーをほおばる。
「でも、あたしの玉子焼きの思い出、いつか竜ちゃんに聞いてもらいたいな」。

竜ちゃんは黙って、正面を見て、口を動かしていた。
小寿々は竜ちゃんの横顔を見た。
「…死ななくてよかった」。

「竜ちゃんいなくなったら…、あたし…」。
小寿々の手が、竜ちゃんの太ももにそっと置かれた。
その手をぐっと、竜ちゃんが元に戻す。

「わかってるわよ!」
小寿々が笑う。
竜ちゃんがまた、重箱に箸を伸ばす。
天気の良い、穏やかな日だった。

「そろそろ、帰ったら?仕事あるんだろ?」
朝の7時になってもカウンターで飲んでいる男に、マスターが声をかける。
その時、一人の女性が戸を開けて入ってくる。
「かつぶし、ある?」

「あるけど、なんだい?」
「あったかいご飯に、おしょうゆかけて食べたいんだけど」。
「ねこまんまかい?」
マスター『それがこの子がうちに来た、最初の日だった』。


松重さんに期待して見た「深夜食堂」。
イマドキの深夜ドラマって、いいもの多いんですね。
俳優さんを好きに選べるのか、要所要所にツボにはまったような絶妙なキャスティングがされています。
そして比較的自由に描けるのか、脚本も演出も良い!

これは第1回にふさわしく、ヤクザの竜ちゃんとオカマの小寿々さんという、超個性的な2人を描いています。
松重さんのヤクザの迫力といったら「ビッグマネー!」で長瀬くんが見るたび、猫のように飛びのくのも無理はない迫力。
この強面に、その道48年の小寿々さんが惚れてしまう。

酸いも甘いも裏も表も十分、人間も散々見てきた小寿々さんが惚れるんだから、見ただけではわからない魅力が竜ちゃんにはあるんだろう。
それを予感させる十分な、松重さんの演技。
ほとんど、それらしいセリフはない。
ただ、この人には見かけの怖さとは別に、何か人を魅了する何かがあるんだろうと思わせる雰囲気を出している。

ちょっとした表情だったり、声だったり。
最後の小寿々さんとの会話も、何もない。
珍しく、酔いつぶれてしまう小寿々さん。
黙って、嫌いなオカマを寄りかからせている竜ちゃん。

竜ちゃんは自分を慕う小寿々さんの言葉を聞いて、黙って去っていく。
優しいところにいてはいけない。
いたらダメになるとでも、思っているように。
自分には、そんなことは許されないと思っているように。

さすが、長身を生かしてのアクションシーンは、かっこいい。
まさか浮浪者が刺客とはね。
子分役のゲンの、「エスカルゴ」のふざけた発音も良いです。

病院の屋上。
タバコ、良いんですか?
竜ちゃんなら、いいか?

小寿々さんに思い出を指摘された時の松重さんの表情は、ここいらでにらみを利かせているお兄さんの顔じゃなかった。
一人の、人間としての顔だった。
わかってもらえたことに対する喜び。
言いたくても言葉が出ないもどかしさ。

涙が出るのか。
弱いところを人に見せまいとしているのか。
すっと、かけるヤクザ風サングラス。

この人はずっとこうして生きてきたんだろう。
竜ちゃんという人が、見事に表現されている。
小寿々さんの手を、押し戻すところも、けじめがきいている。

だから、小寿々さんは好きなんだろう。
「竜ちゃんの思い出、聞きたい」じゃなくて、「玉子焼きの思い出聞いてほしい」というところが、小寿々と言う人の優しさだ。
いつか竜ちゃんは、小寿々さんの思い出を、聞いてあげられるだろう。

あの風貌と赤いタコさんウインナーからして、絶妙の組み合わせ。
しかし設定された小道具以上に、正反対の面を持つ魅力的なキャラクターを松重さんは相変わらず見事に演じている。
松重さんだけじゃなく、それぞれがみんな、ちゃんと人が期待している世界、キャラクターを見せてくれる。
ツボを押さえた作りって、こういうことを言うんだろう。

奇をてらうばかりが、ドラマじゃない。
登場人物の人生が見えるから、ドラマは楽しいんだ。
当たり前のようなことを改めて思わせてくれた、「深夜食堂」。
登場人物たちに命を吹き込んでいる俳優さんたちの、良質なドラマです。



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2014.08.06 / Top↑
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