こたつねこカフェ

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幸せになれ 「ゴジラ」(1954年)

さて、第1作の「ゴジラ」。
すでに「ゴジラ」を見てきた人が、ちらほらいた中、「ゴジラ」見られない私は、第1作の「ゴジラ」を見てました。
すでにハリウッド「ゴジラ」見てきた人によると、津波のシーン、原発のシーンはやはりきついからそのつもりで、とのこと。
直接経験してなく、画面で見ただけにしても、あれはきついと言われました。

確かに。
完全に、他人事の空想の世界、じゃなかった。
あの日、自分の上に起きる可能性があった、最悪の事態だった。

しかしあれが配慮の上、カットされなかったのは、映画としては良かったんだろう。
こちらにはきついが、経験していない観客には純粋にエンターテイメントとしてあったほうが緊張感や、脅威、恐怖、パニックがわかって良かったのだろう。
そんな今、第1作を見て思ったのは、第1作のゴジラの被害の描写です。

まだ戦争の傷跡が生々しい人たちにとって、このゴジラの被害の描写は厳しかったのではないかと言うこと。
戦争の、空襲時の被害を思わせるに十分でしたから。
スピルバーグ監督の「宇宙戦争」も、宇宙からの攻撃による惨状を見せていた。

でも本当に見せているのは、地球上で起きている、起きた場合になる戦争や、大災害による惨状。
感じてほしいのは戦争の惨状や、大災害による惨状だと思いました。
直に、1954年の「ゴジラ」はこれよりはるか前に、こういう見方をさせる映画だった。

主人公の一人、芹沢博士は、見ればなかなかの美貌の男性。
それに、オキシジェン・デストロイヤーを開発した頭脳。
現在なら、時代の寵児でしょう。

しかし彼は、誰にも省みられないような場所に一人、こもる。
戦争で失った片目に、黒い眼帯をして。
かつて、好きだった女性も諦め、ひたすら、世の中と係わりを絶った。
そうして研究に没頭するしかなかった結果、オキシジェン・デストロイヤーに行き着いた。

ゴジラによるリアルな被害描写。
逃げ遅れた母親と幼い子供。
母親が言う。
「お父様のところへ行くのよ」。

野戦病院と化した病院。
母親が運ばれて行く。
すがりつき、泣く子供。

芹沢博士に、ゴジラを殺すオキシジェン・デストロイヤーの使用を承諾させた映像。
胸に迫る悲劇。
これはあの戦争経験者が現役世代にいたからこそ、できた描写だったと思いました。

人間は、こんなことができるんだ。
こんなことまでしてしまう。
戦争とは、そういうもの。
屈服させるとは、そうすること。

そうだ、オキシジェン・デストロイヤーだって使うに違いない。
必ず、新しい強力な武器を為政者は使う、という芹沢博士の言葉に説得力があった。

オキシジェン・デストロイヤーは自分が操作する。
そう言って、芹沢博士は潜水服を着る。
頭には、まるで戦場に向かう兵士のような鉢巻き。

頭の中のオキシジェン・デストロイヤーの設計図とともに、自分は二度と浮上しない覚悟。
人間の都合で目覚めさせたゴジラを、人間の都合で抹殺する詫びに、道連れになる覚悟。
好きだった女性に言い残した一言。
幸せになれ。

これは、戦争映画だった。
1954年のゴジラは、戦争映画だったんだ。
幸せになれ。
このゴジラは特別とあらためて感じつつ、不死鳥のように復活するゴジラを生み出したこの最初のゴジラに敬意を感じないわけにはいきませんでした。



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