以前、書きましたが、子供の時、睦月とみさんという漫画家さんのマンガを読みました。
睦月さんは蝶々をテーマに何作も描いていて、その中に、「うその鳥」というのがありました。
時代は、おそらく江戸時代より前。
京都が都、首都だった時代でしょう。


山里にある村、そこではなぜか鳥というものがいなかった。
だが村には蝶が豊富に飛び、人々は蝶を「鳥」と呼んでいた。
里の娘、ぬいは恋人の清二にいつも「清ど(清二どん)、あの鳥、取ってくれろ」と言って、蝶を取ってもらっていた。
「清どやあ、あの鳥、取ってくれろ」。

清二はやがて、里から都に行商に行くようになった。
その方が儲けが多かったからだ。
行商から戻った清二と会ったぬいは、いつものように「あの綺麗な鳥を取ってくれろ」と言う。

ところが清二は「あれは鳥ではない」と教えた。
自分は初めて、都で「鳥」というものを見た。
「鳥」は、ここで呼んでいる「鳥」とは全く違うものだった。

しかしそんな話は、ぬいにはわからない。
飛んで行く蝶を見て、「ほれ、逃げてしまうに」と言う。
清二はぬいに、鳥の説明をする。

鳥は翼を持って、飛ぶもの。
ぬいは「あの鳥だって飛んでいる」と言う。
さらに清二は説明する。

鳥とは、雛を育てるもの。
ぬいは「あの鳥だってどこかで子供を育てているのかもしれない、探せば巣というものも見つかろう」と言う。
あれは鳥ではないと、どうやったらわかるのか。
清二は考えた。

「そうだ」。
清二は言う。
「鳥というのは声を出して鳴くものだ」。

「声を?」
「それは美しい声で鳴くものだ。あの鳥の声など聞いたことがあるか」。
「あの鳥は、うその鳥じゃ」。

困惑して蝶を見送るぬい。
その様子を見た清二は「お前に無理強いをするようで、心が苦しい」と言う。
清二は、それからも都に行く。

ある日、清二を見た村の年寄りは、「清二には都におなごがおる」と言う。
それを聞いた女性は、「じゃあ、おばば、おぬいさんは…」と聞くと、年寄りは「それが清二の気がかりよ。悩ましさよ」と言った。
「しっ、おぬいさんが…」。

女性たちはあわてて話をやめたが、すでにぬいは話を聞いてしまっていた。
悲しい目をして、清二が帰ってくるのを迎えるぬい。
ぬいがすべてを知ったのを察した清二。
「ぬい」と言って、ぬいを抱きしめる。

その夜だった。
ぬいの家に言った清二は、戸の向こうで自分は都に行き、都で暮らすと告げた。
村の暮らしは、もはや清二には耐えられなくなっていたのだった。

「いつまで待てば良い?」
「俺を待つか。それはならねえ」。
「いいえ。言っておくれ。それを頼りに、ぬいは生きていくゆえ」。
言葉に詰まった清二の目に、蝶が飛ぶのが見える。

「俺が帰るのは…」。
「あの鳥が鳴いた時だ!」
そう言うと、清二は一目散に山を駆け下りていく。

ぬいが、戸を開ける。
蝶を手にしたぬいは言う。
「清ど、この鳥はうその鳥。鳴きはせぬ」。

だが、ぬいは思う。
うその鳥だって、百年に一度、千年に一度は鳴き声をあげる時があるかもしれない。
清二のためなら、鳴かない鳥も鳴く。
運命も変えよう。

私は待とう。
その時を待っていよう。
「清ど、やあ」。

それからぬいは、村のはずれで毎日、清二が山を登って帰ってくるのを待っていた。
清二は、帰っては来なかった。
だが、年寄りたちは、あれほど優しかった清二が何の気がかりもなく、都で暮らせたとも思わなかった。
それでもああ言って出てきた手前、里には戻れなかっただろう。

鳴けよ、うその鳥よ、鳴けよ。
清二もそう思って、暮らしたのではないか。
村人は、そう言った。

時は流れて、現代。
相変わらず、蝶が豊富なこの地方に、1人の青年がやってきていた。
村の年寄りから、前の晩、この話を聞いた青年は、言い伝えにある清二と首のところに同じようなほくろがあった。
青年は蝶を採ることに、新鮮さと情熱をなくしていた。

かつて、蝶は彼の情熱をかきたてた。
しかし、それを職業にしてからはたちまち、蝶は輝きを失った。
今の自分にあるのは、蝶の魅力に魅入られた情熱ではなく、ただお金と名誉のために蝶を追う日々だった。

その日、霧が出そうだから、あまり山に入らないほうが良いと青年は言われた。
旅館の娘も、そう言った。
おぬいさんが連れて行くと、娘は心配した。
この前、来たお客さんも山で事故にあった。

「きっと、おぬいさんが連れて行ったんだ」と娘は言った。
「あんたも連れてく。
きっと連れてく。
おぬいさんは、欲張りだもん」。

だが青年は蝶を追って、山に入った。
美しい蝶が、止まっている。
霧が出た。

蝶に、霧が降りる。
羽根がぬれる。
まるで、蝶が泣いているみたいだ。

こう思って、青年はぎくりとした。
泣いている。
泣く。
鳴く…。

その時だった。
『清ど、やあ…』。
かすかな声が響いた。
『あの鳥、取ってくれろ…』。

背後に、誰かいる。
影のようだが、それは確かに着物を着た女性の姿に思えた。
『取ってくれろ…』。

青年はやっとのことで、声を絞り出した。
「僕はもう、蝶は取らな…」。
だが声は響く。
『ほれ、逃げてしまうに』。

自分は、清二の生まれ変わりだと言うのか?
いや、違う。
蝶の泣く日に、この山に入って蝶を追った男はみんな、ぬいに会うのだ。

『取ってくれろ…』。
青年は憑かれたように、蝶を追う。
『ほら、ほら…』。
蝶は飛んで行く。

青年は夢中で追う。
ぱっと、蝶を捕まえた瞬間、青年の目は輝いた。
それは、久しく忘れていた感動だった。
だが次の瞬間、青年の姿は消えた。

「おとう!こっちだ!」
旅館の娘が大声を出して、父親たちを呼んでいた。
「木の根っこに足が絡まって、引っかかってるだ!」

青年は山道から、崖に落ちていた。
しかし運が良く、木の根っこに足が引っかかってぶら下がっていたのだった。
青年は引き上げられ、旅館で手当てされた。

娘が言った。
「あたし、おぬいさんにこの人、取られたくなかっただよ」。
父親は娘に「この娘っ子が、年寄りの昔話に、すっかり当てられやがって」と言った。

それでも青年には「あんたも。度を越すと妙なもんに魅入られっだぞ。気をつけな」と釘を刺した。
青年は娘に「ありがとう」と微笑んだ。
娘の頬が赤くなった。

それから、青年は蝶への情熱を取り戻した。
色あせていた蝶は再び、鮮やかな色彩を持って映るようになっていた。
青年は思う。
僕は蝶を追うのを、やめない、と。

魅入られることを、恐れはしない。
だって、僕はもう、すでに魅入られたのだから。
蝶が泣く日のできごとに。
青年が手の中につかまえ、再び離した蝶が、日の光で輝いていた。


子供の自分には、ちょっと大人の、不思議な話でした。
嫌いになった以外の理由で別れてしまうという。
好きだけどいなくなってしまうというのが、理解しにくかった。

あんなに可憐なおぬいさんが、亡霊になってしまった。
こうして、土地の幽霊話は生まれるんだと思って。
それもショック。

あの時の、新しい世界を知った清二には、古く狭い村が耐えられなくなった。
一度、広い世界を見て、知識を得た若い清二には、純粋だが無知なぬいに愛しさと同時に苛立ちを感じてた。
蝶を鳥と言って、信じて暮らしている村の生活。
ぬい。

蝶に象徴される村の暮らしは、清二には耐え難くなっていたんだと思う。
でも私も、清二はおぬいさんのことを忘れなかったと思う。
月日が経つに連れ、そして、つらいことがあると思い出したはず。

だけど、戻れなかったんだと思う。
今なら、ああ、哀しい話だなあと思います。
蝶の美しさとともに、印象に残っています。





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2014.09.28 / Top↑
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